ブラック・ジャックをよろしく   作:ぱちぱち

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今回長くなりすぎたので前後篇になりました。
後編は後書き書いたらアップします。

とりあえず一言言い訳ですがめちゃめちゃ苦戦しました遅れてすみません(白目)

誤字修正。ヒロシの腹様、たまごん様、酒井悠人様、匿名鬼謀様、名無しの通りすがり様、クラスター様、佐藤東沙様、竜人機様ありがとうございます!

文章修正:和服表現→スーツへ変更。asobi様ありがとうございました!


八木 俊典(前)

 それが起きたのはある日の午後だった。

 

 取り立てて普段と変わらない平凡な日常。縁側でお茶を啜っていた老人。公園で子供と遊んでいた母親。母親に手を引かれていた子どもや、両親と共に歩く少女。配達の為にバイクを走らせていた青年、営業回りの休憩で車を止めていた男性、昼ドラを見ていた奥様、買い物を済ませた主婦、夜勤明けで眠っていた青年達。

 

 彼ら彼女らは、今日もまた普段と変わらない日々が過ぎていくと思っていた。

 

 その瞬間。わけもわからない内に吹き飛ばされ、瓦礫の中に埋もれるまではそう思っていた。

 

 暫くして、幸運にも救助された者たちは口を揃えてこう話す。

 

 自分たちの日常全てが瞬き程の時間で吹き飛んでしまい、そして。

 

 ”彼”が来なければ、自分たちは今この場で話すことすら出来なかっただろう、と。

 

 

 

 ドゴォン、と断続的に続く爆発音。可燃物に引火したのだろう。そこかしこで火の手があがりかつて賑わった町並みは瓦礫と化していく。

 

 そんな町並みの中を平然と、その男は歩いていた。

 

 真っ黒な体。人型だがその頭に生える2本の触角がこの男が人類ではないことを教えている。筋骨隆々とした2m大のそれは鋭い視線を周囲に向けながら、燃える町中を歩いていく。

 

 えーん……うえーん

 

 その男の耳に、少女の泣き声が届いた。男は声のした方向に視線を向け、そこに生きた人間の少女の姿を確認する。

 

「パパー、ママー……どこぉ……」

 

 両手で涙を拭う彼女は、自分に向けて歩を進める男の姿に気づかない。ただ泣きくれる彼女に向かって男は右手を差し出して――

 

 グアブッ!

 

 瞬く間に鋭利な爪を生やし巨大化させた右腕で、男は殺意を持って空間ごと彼女を握りつぶす。

 

「……………む?」

 

 いや――正確に言うならば握りつぶそうとした、だろうか。

 

 開いた右手の中に誰も居ない事に気づいた男は周囲に視線を向ける。あの泣きくれるだけの少女に自身の手から逃れる術はない。ならば、居るはずだと彼の本能が教えてくれたのだ。

 

「何者だ、お前は」

 

 そしてその直感は正しかった。

 

 バサリと風に煽られてマントが揺れる。後ろ姿だけのその存在に、男は初めて口を開いた。

 

 言葉を受けたマントの男はフッと微笑みを浮かべて、しかしその質問には答えず。

 

 己の腕の中で震える少女の頭を優しく、親が子供を守るように撫でる。

 

 怖かったのだろう。心細かったのだろう。涙を止めない少女に眉を寄せて、男は強い決意と共に満面の笑顔を彼女に向ける。

 

「もう大丈夫!」

 

 大きな声だった。力強く、生命力に溢れたその声に涙に濡れた瞳を持ち上げ、少女が彼を見る。

 

「何故って?」

 

 その瞳の涙を拭いさるために、男は更に声を張り上げた。もう泣かないでも良いんだと。

 

「――私が来た!」

 

 救いは必ず訪れるのだと、彼女に伝えるために。

 

 

 

 

「オールマイト!」

 

 思考の底に落ちかけていた意識がその一言で呼び戻され、オールマイト――八木俊典は居住まいを正す。

 

「少し、長話が過ぎましたか」

「そうかもしれません、何せ彼は体が」

 

 失態だ。隣に座る校長のフォローの言葉に恥じ入る思いを感じながら、八木は眼前に座る2名……紳士然とした初老の男性とゆったりとしたスーツに身を包んだ青年に目を向ける。

 

 それは彼にとっても初めての経験だった。いや、厳密に言えば似たような思いを持ったことは過去に一度だけある。ものさしとして使えるのがその一度だけとも言えるのだが。

 

 ごくり、とツバを飲み込む音。それが八木の物なのか、それとも校長のものなのかはわからない。

 

 自然体のままソファに座り、紅茶を楽しむ姿。確かにスーツの上からでもわかる老人の体格、鍛え抜かれた刃物のような雰囲気。

 

 間違いない。八木は確信を覚えながらセバスと名乗った紳士に目を向ける。この紳士は、かつて自身を死の間際にまで追い詰めた、あの男と……いや。もしかすればあの男よりも。

 

「お話は私もお伺いしております。私の友人――知り得る限り最も優れた外科医曰く、そのまま亡くなってもおかしくはない重傷だったとか」

「! その、失礼ですがその方が……?」

「ええ、左様でございます」

 

 思わず口を挟む八木に視線を向け、老人――セバス・チャンは穏やかな口調のまま言葉を続けた。

 

ブラック・ジャック()はすでにこの世界に」

「……ブラック、ジャック」

 

 ブラック・ジャック。その名を告げた瞬間に向けられた視線の圧力を真正面から受け止めて、八木は小さくその名を口ずさむ。黒い男。それが何を意味するのかは今の段階では分からない。ただ、余りにも美味い話にすぎる今回の案件に宿敵の影が脳裏をちらつき、八木は快く首を縦に振ることが出来なかった。

 

 止まる会話。チクタクと時計の針だけが動く室内で、八木とセバス・チャンの視線が交わり続ける。互いに無言でにらみ合うかのような時間が過ぎていき――そして唐突に終わりを告げる。

 

「まぁ」

 

 カチャリ、と音を立てて陶器製のグラスがテーブルの上に置かれる。

 

 八木、校長、セバス。3名の視線を受けながら、グラスを置いたスーツ姿の青年はにこやかな笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「急な話でもありますし、急がないといけないってわけでもありません。一旦ここは持ち帰って御一考頂く、というのが筋でしょう。そうだな、セバス?」

「さようでございますな。いささか性急に過ぎました。申し訳ございません、モモンガ様」

「その言葉はあちらに言うべきだろう。申し訳ない、オールマイトさん」

「あ、いえ。こちらこそはっきりとお答えできず」

 

 会話に入らず、ただ黙ってやり取りを見ていたモモンガと呼ばれた青年の言葉に先程までの空気が霧散するのを感じ、横に座る校長が静かに安堵の息を漏らす。戦う力を失った自分と違い彼はそもそもが後方要員だ。先程までの重圧は彼にとっても負担が大きかったのだろう。

 

 背中にかいた冷や汗を意識しないように注意しながらぺこぺこと頭を下げるモモンガに頭を下げ返し、緊張感とは別のなんとも形容しがたい空気に応接室が包まれる中。目の前に座る青年に対して、違和感のようなものを感じ八木は彼に視線を向ける。

 

 先程のやり取りから、恐らく彼がこの老執事の主であることは理解できた。しかし、だ。この老人に規格外な何かを見出した八木にとって、それはいささか以上に”おかしな”ものに感じられたのだ。

 

 言ってしまえば、見る限り特に特徴のない青年が、これほどの人物に傅かれている。人は見た目ではないというが、余りにも普通にすぎる。あえて言うならば気弱そうな外見の青年と、明らかに逸脱している老人の組み合わせは、少し人間関係に疎い所のある八木から見ても大きな違和感を覚えさせるものだった。

 

 恐らく隣に座る校長はより強くそれを感じているだろうが――

 

「所で、オールマイトさん」

「……はい。なにか」

 

 そんな感覚でモモンガを観察していたからだろうか。唐突な声掛けに動揺を誘われ、一呼吸を置いて八木は返答を返す。

 

「こちらにも時間制限のような物がありますので、少し慌てて話を持ってきてしまったのは、その。申し訳ありません。ですが、決して我々は貴方を貶めようだとかそういった意図を持っているわけではありません。信じて頂けるかはわかりませんが」

「はあ」

「今回は一旦退散させていただきます。ただ、未来のことを語る事は難しいですが、ほぼ間違いなく貴方の体を回復させることは出来る、と我々は確信しています。そこだけはご理解頂きたい」

 

 そう語るモモンガの言葉は、気弱そうな外見とは裏腹に自信に満ちた言葉だった。

 

「……一つ、最後に一つお伺いしたいことが有る」

「はい、私に答えられる事であれば」

 

 隣に座る校長からの視線を半ば無視し、八木は口を開く。この話を耳にしたときからずっと尋ねたかった言葉。セバスに気を取られて結局途中まで尋ねることが出来なかったこの一言を、八木はどうしても目の前の青年に尋ねたかったのだ。

 

「何故、私なのですか?」

 

 それは本当にただの疑問だった。目の前に立つ彼らが世界の外からやってきた存在であるとは耳にしている。主に政府や国連といった国家組織間との話し合いをメインにする存在であることも、彼独自の伝手から耳にしている。

 

 問題は、だ。そんな明らかにスケールの違う存在が、今。かつては兎も角として今では全ての力を失った元ヒーローに目を向けたのか。今回の件に一切彼らのメリットも理由も見えない。AFOの存在が頭をちらつくが、しかし策略にしてもこう。どうにも目の前に座る青年からは謀略等といった匂いを感じないのだ。

 

 あくまで八木の感覚。しかし、悪や策略といった害意には鼻が利く彼の直感は、自身の人間関係以外には抜群の冴えを見せる。

 

「……ああ、そうですね。それは少し、私的な事情になるんですが」

 

 だからこそ、モモンガの口から出てきた言葉に。

 

「貴方が、正義の味方だったから。私の信じた、私の最も尊敬する正義の味方を思い出させる人だったから、ですかね」

 

 恥ずかしそうなその表情に、小さな驚きと納得の感情を覚えて、八木は小さく頷きを返した。

 

 

 

 

「私の名はワクチンマン! 地球意思により、環境汚染を繰り返す人間どもと害悪文明を滅ぼすために生み出された存在だっ!」

 

 対峙する巨漢と巨漢。走り去る少女から視線を変え、まず初めに口火を切ったのは街を廃墟に変えた黒い巨漢だった。憎悪と怒りを秘めたその言葉を対する巨漢……青いスーツに身を包んだオールマイトは彼の言葉を否定するでもなく、ただ静かに聞き続けた。

 

 ワクチンマンの言葉は、事実なのかもしれない。いや、怪人という者は基本的に何かしらの目的に合わせて生み出される存在だ。ここまではっきりとした目的を持つ彼が、地球の意思により生み出された存在であるというのは間違いないのだろう。

 

 だが。ちらりと焼け野原になった街に目を向け、そちらで動く影を目尻に捉えたオールマイトは少しの思索の後、ワクチンマンの意識を引くように彼に対して質問を投げかけた。

 

「成程。そちらの主張は分かった。だが、そうであるならば大きな疑問がある」

「何?」

「お前が地球意思により誕生した怪人である、それは成程間違いないのだろう。だが、そうであるならば分かるはずだ」

 

 問答無用で攻撃される可能性も考えながら、ゆっくりとした口調で言葉を続けるオールマイト。だが、懸念していた事態は起こらず、少なくともワクチンマンの注意を引くことは出来ているらしい。

 

 ならば出来る限り時間を稼ぐ。それに地球意思を代表するという彼に尋ねたいことがあったのも事実。

 

 自信に溢れた外面から想像できないほどに緻密で――有る種臆病とすら考えられるほどの思考を巡らせて、オールマイトは言葉を続ける。

 

「お前が地球意思の使徒であるのならば、この世界と外の世界について。その状況を知っているはずだ。理解しているはずだ。人類と戦っている場合などではない、という事に」

「……」

「1年前。全ての世界を襲った未曾有の大災害。世界が”一つの世界”に混ざり合うというこの事態をこの世界の地球はどう認識し、どう感じたのか。答えてくれ、ワクチンマン」

 

 自身の言葉に思案する表情を見せるワクチンマンに、オールマイトは視界の端で動く赤い影に意識を向けないよう注意しつつ、続けざまに言葉をぶつけていく。相手は間違いなく高い知性を誇る生命体。その誕生した経緯から人類と手を取り合う事は難しいだろう。

 

 だが、彼自身の言葉を信じるならワクチンマンは世界が混ざり合う事によって間違いなく最も被害を受けただろう”世界”そのものの代弁者とも言える存在だ。彼が持つ情報は、あるいは全く進まないこの世界の謎を解き明かす鍵になるかもしれない。

 

「……」

「……ワクチンマンっ!」

「……地球は、今も昔も変わらない。たとえその姿を変えようとも」

「…………」

「そして、私の役目もまた変わらない。構えるが良い、外の世界の人間よ」

「そう、か……」

 

 故に、少しの逡巡の後。憎悪とはまた違う表情を見せてその体を変質させるワクチンマンに、オールマイトは少し目を閉じた後。

 

「私はオールマイト――ヒーローを生業としているものだ」

 

 カっと目を見開き、かつて最高と呼ばれたヒーローは、倒すべきワクチンマン(ヴィラン)を見据えて口を開いた。

 

 

 

 

 考え事をしたい時ほど何故か体を動かしたくなる。最早骨身に染み付いてしまった感覚。衰えた体とボロボロの心肺機能を少しでも強く、そして何よりも己の後継者の母に伝えられた――生きて彼を導くという約束を果たすために。

 

 ほぼ日課となったジョギングをしながら、八木は先日の話を考えていた。

 

 最後の一言。あれを受けて、彼の中にあった疑念はきれいに消え去っている。だが、まだ八木はモモンガに返答を返しては居ない。

 

 ゴホッと咳を一つ吐き、もしこの話が6年前だったなら、一も二もなく飛びついただろうな、という確信を懐きながら、では今ならばどうなのか。と考えると……

 

「……今更、か」

 

 全てを受け継がせた後。ただの無個性へと戻った彼が回復したとして、かつてのような戦いに身を投じる事は出来ないだろう。

 

 いや、なまじ知名度と実績がある分、混乱を招くことも考えられる――何よりも。

 

「治すのならば」

 

 頭に過るのは、無茶ばかりしてしまう己の後継者の顔。かつての自分のように無茶ばかりをしてしまう緑谷出久を思い浮かべ、八木俊典は苦笑を浮かべる。

 

 モモンガからの話を断ってしまう事になるが、頭を下げて頼み込もう。後継者の為、というなら彼も悪くは思わないだろう。

 

 尤も、彼らが連れてきたという異世界の医者(ブラック・ジャック)が言うほどの実力を持っているならば、だが……

 

「……む?」

 

 八木がつらつらとそう考えながら林道を走っていると、林道側に設置された自販機の前で首を傾げる青年が見えた。困惑したような表情を浮かべる彼の姿を見て、無意識の内に走る速度が落ちていく。

 

「どうされました?」

 

 最早骨身に染み付いた感覚その2。困っていそうな人を見かけたら声をかけてしまう自分の性根に、奇妙なおかしさを感じながら八木は自販機の手前で立ち止まり、青年に声をかける。

 

「……はい?」

「っ!?」

 

 こちらに目を向ける彼を見て、思わず息を呑んでしまったのは八木にとって不覚と言える所業だった。

 

 左目周囲を覆う浅黒い肌と手術痕。頭の半ばから白く変色した髪。いや、それだけであるならば彼も声を上げるような事は無かっただろう。

 

 彼が驚いた事、それは。

 

「轟、少年……?」

「? いいえ、私は間という者ですが」

 

 その身体的特徴が、彼の教え子にそっくりであったという点だ。

 

 いや、厳密に言えば違うのだろう。彼の教え子である轟 焦凍の顔のそれは火傷であるし、目の前に立つ青年の髪の色は白と黒。対して轟 焦凍の髪の色は白に赤茶色というべきものだ。

 

 だが、それを差し引いても――

 

「と、申し訳ない。知り合いに、良く似た少年がおりまして」

「……私と……それは、その。失礼ですがその少年は間黒男という名前ではありませんか?」

「いえ、彼は轟という名前です」

「……………………左様、ですか。ありがとうございます」

 

 似すぎている。

 

「……所で、いかがされたのですか」

「ああ。そういえば」

 

 ここ数ヶ月の事件。活発化するヴィランの活動と、決着をつけたとは言えその残滓を世に放った宿敵の存在。警戒心を内に秘めながら、八木は彼に会話を促し。

 

「……お恥ずかしい話なんですが……実は万札しか持っておりませんでして」

「あ、ああ……」

 

 予想以上に普通すぎる困りごとに思わず肩の力を抜くことになる。

 

 

 

オォルマイトォォォォォ?」

 

 学生服を着たまま爆走し、師であるオールマイトの姿を探す緑谷出久は、目的の人物の姿を見つけ大声を上げながらそちらに駆け寄り――

 

「ひと目につく容姿ってのは分かるが、毎回職質されてもな。その、困るんですよ」

「分かる。私も最近、道を歩いてると病院から脱走してるって良く言われまして」

「それはその。親切な人が多いんだな、としか」

 

 林道側のベンチに座り、今までに見たこともない程くだけた様子でのんびりと缶コーヒーをすする恩師の姿に思わず目を点にさせながら立ち止まった。

 

「ん? おお、緑谷少年! どうしたんだい、君もジョギングかい!?」

「どうも。八木さんの教え子さんですかな?」

「ええ。彼は私の一番弟子のような存在で」

 

 息を切らせて姿を探していた師匠が知らない人と仲良く談笑していた場に突っ込んだ件。等という事が頭に浮かんだかは兎も角として、緑谷は居心地の悪さを感じながら深く呼吸を吸い、息を整える。

 

 急ぎの用事があり、出来ればこの話はオールマイト以外に聞かれたくはない。しかし、談笑している二人の邪魔をしてしまう事に罪悪感を覚えて緑谷がまごついていると、それを見かねたのか青年がふっと小さな微笑みを浮かべる。

 

「さて、どうやら彼も八木さんに用事があるようだし、私はそろそろお暇させて頂きましょう」

「すみません、気を使わせて……しま」

 

 黒い外套を羽織った青年の言葉に緑谷は軽く頭を下げ。こちらを向いた彼の容貌を見て、言葉を止めた。

 

「……あ、え。轟、くん?」

「緑谷少年もそう感じたか」

「八木さん、その話はもう止めておきましょう。先程も八木さんに言われたが、私の名は間。その轟君とは他人の空似という奴だろう」

 

 苦笑しながら間と名乗った彼は飲み終わった缶コーヒーをゴミ箱に入れると、二人に会釈をして歩き去ろうとし――ふと何かに気づいたかのように緑谷に視線を向ける。

 

「……君、その右手」

「へ?」

「見せてみなさい」

「間くん?」

「すみません、八木さん。これでも私は医師の端くれでして。これは少し見過ごせない」

 

 怪訝そうな八木の言葉に軽く頭を下げ、間は有無を言わさない口調で緑谷の右手を取る。混乱する緑谷を尻目に青年は目を細めながらじっくり彼の右手と腕を観察し、小さなため息をついて頭を掻いた。

 

「グチャグチャになった骨と筋肉が歪んだ形で定着している。どれだけ無茶をすればこうなるんだ」

「あ、あはは……」

 

 診察を受けた病院の医師と同じ反応に、緑谷は気まずそうに愛想笑いを返す。数回に渡る大怪我の結果、彼の右腕にはもう少しで使えなくなるほどの後遺症が刻まれている。全ては緑谷の未熟と無謀の結果である。それはもう、彼の中で受け止められているものだ。

 

「だが……優しい手だ」

 

 だから、そこから続いた言葉を、最初緑谷も。側で聞いていた八木も信じられなかった。

 

「メスを入れて、1週間はマッサージ治療と再生剤の投与が必要だろうな」

「あはは。ですよね……え?」

「……再生剤?」

 

 聞き慣れない単語に疑問符を投げかける八木に、間は「ええ」とだけ返して胸元からごそごそと何かを取り出し、呆然としている緑谷ではなく八木にそれ――一枚の名刺を手渡した。

 

「暫くそちらの病院に厄介になります。時間を見て、彼と一緒に訪ねて来て下さい。八木さん、貴方も一度診察を受けたほうが良い。今日のお礼はその時にでも」

 

 見慣れない病院の名前、AOG総合病院と書かれた名刺を受け取った八木に、間は会釈して背を向ける。

 

「ブラック・ジャックに呼ばれた。受付にはそう告げて下さい」

 

 

 

 

 

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