ブラック・ジャックをよろしく   作:ぱちぱち

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新年あけましておめでとうございます(白目)
大変遅くなり申し訳ありません。
こちらは前後篇の前編となりますので、合わせてご覧いただければ幸いです。

誤字修正、佐藤東沙様、拾骨様、コダマ様ありがとうございました!


如何にしてその吸血鬼はFire Bomberの追っかけとなったのか

 ――空を駆ける列車に乗り込み、私達は故郷の空をいく。

 

 

 

 行き先は分からない。ただ、安全な場所だという説明だけを受けての汽車の旅。知り合いも、そうじゃない人も。友達も、友達じゃない人も含めて私達は防衛機構に保護された。

 

 共に乗り込んだ友人の、くすん、と鼻を啜る音がする。窓の外を流れていく風景を眺めて頬に涙を浮かべる彼女を、傍らに佇んでいた彼女の双子の姉が無言のまま抱きしめた。

 

 二人の様子に、心の底に溜まったヘドロのような感情が表に出てきそうになるのを、大きく息を吸って堪える。彼女たちが悪いわけでも、私が悪いわけでもない。それでも、この現状が。泣き言を言いたくなる現状が、強いストレスとなって襲いかかってくるように感じて――ふぅ、とただ呼吸するようにため息を偽装して、胸の中のもやもやを口から吐き出した。

 

 視線を横にずらす。双子の家族と私の父が顔に暗い影を落としながら話し込んでいる姿が目に映り、余計に気分が落ち込んでいくのを感じて私は頭を振った。

 

 少し、席を外そう。できるだけ音を立てないように立ち上がり私達に割り当てられた寝台車から隣の車両へと足を向ける。

 

 なんで、こうなったんだろう。ぼんやりとした思考でそう考えながら、すれ違う人を避けながら、私はどんどんと先へと歩み続ける。

 

 漫画やアニメは好きだった。そう、それは嘘偽りなく言えることだ。

 

 作家をしている父親は所謂ヲタクと呼ばれる趣味嗜好の人物で、資料と称して様々な漫画やアニメのビデオを所有しており、幼い頃から彼を見て育った私が立派な漫画ヲタクになるのは、まぁ当然の帰結といえるだろう。

 

 漫画やアニメのキャラクターたちを見て育ち、当然のように彼らに憧れて。世界を救うような冒険をしたい。特別なナニカに目覚めたい。中二病なんて呼ばれる、ほぼ全てのヲタクが疾患する不治の病にこれまた当然のように侵されて。そしてそれを証明するかのようにあの人。

 

 黒い男が、目の前に現れた。

 

「……ふふっ」

 

 ピタリ、と足が止まる。思わず漏れてしまった笑い声。非日常をどこかで求めていた自分の前に、彼は唐突に現れた。あれが、全ての始まりだったのかもしれない。

 

 いや、彼が全ての原因だなんて言うことは出来ない。だって、彼はただ私と言葉をかわしただけ。私が彼を追い求めたのは私の都合だし、私達がこの列車に乗り込む事になった事に彼は少しも関与していない。私は私の望むまま、思うままに行動していたし、私達が故郷を追いやられることになった原因も、自分たちの都合で私達を襲ったのだ。

 

 いつか起きることが、たまたま今起きた。それだけの話だった。

 

 今回の顛末は、それだけの話なのだ。そして、たまたま。私達は、そうなる生まれだった。

 

 ――まさか、自分がその漫画やアニメの登場人物で。しかもメインキャラクターで。それが原因で、住んでいた世界を追い出されるように逃げ出す羽目になるなんて、少し前までは思いもしなかった。

 

「あはっ」

 

 つい先日。助けられた後に読まされた本。自分がメインキャラクターを演じている漫画を目にした時を思い出し、今度ははっきりと笑い声が出てくる。笑ってしまうしか無いだろう、あんなものを見せつけられては。笑うしか無いだろう。自分が創作物の登場人物なんだとはっきり見せつけられては。

 

 よろけるように近くの椅子にもたれかかる。この事を考えると、どうしようもないほどに体に力が入らなくなるからだ。まともに立っていることも出来ずにそのまま椅子に座り込む。

 

 黒い男を追い求め、色々と探っていた自分でこれなのだ。何の覚悟もなく襲われ、故郷を奪われた友人たちが憂鬱にくれるのも仕方のないことだろう。仕方のないことだと分かっているのだ。

 

 ――分かっているけれど、もっとうまく立ち回ることができていれば。自分がもっとうまく対処できていれば、彼女たちは住んでいた場所を追われずに済んでいたのでは。父が、母との思い出がこもった家を手放す羽目にならなかったのでは。

 

 そんな、どうしようもない後悔ばかりが頭に浮かんで、消えていき。

 

 こらえきれなくなった涙が視界を歪め、頬を伝い、そして――

 

「やぁ、お嬢さん」

 

 うつむいた私の頭上から、その声は降ってきた。

 

 見上げたそこには、赤。

 

「Fire Bomberは好きかい?」

 

 赤一色の服を着た黒髪の誰かが、滲む視界の中私を見下ろし。

 

 そう言って、笑った。

 

 

 

 

 

統合歴元年 始まりの日

 

 

 異物が混ざり込む瞬間というのは、存外分かりやすいものだ。

 

 その日。かつてドラキュラと呼ばれていた男は空を見上げた。世界がかつて己が知っていたモノではなくなった事を、夜空に浮かぶ月がもうかつてのものでないことを察したためだ。

 

 愛しき主にその事を告げると、彼女は訝しむような表情を浮かべながらも関係各所に連絡を取り始めた。彼の言葉は酷く抽象的で分かりづらいものだったが、無駄なことを口にする男でもない。明敏な頭脳を持つ彼女は彼の言葉をそう判断し、放置するべきではないと結論を下した。

 

 程なく、彼の言葉が正しかった事は証明された。

 

 地球は、球状ではなくなっていた。平べったい、果実を大地に落としたかのような楕円状に広がる何かへと成り果ててしまったのだ。

 

 イギリスから西に船を走らせてもアメリカにはたどり着かず、どこまでも続くようなゴムのような土が続く大地が広がっている。科学全盛の時代に天動説が蘇ったかのような光景。

 

 その果てになにがあるのかを確認するために旅立った者たちは帰ってこなかった。途絶えた衛星からの信号と一切の連絡が途絶えた調査隊の存在は、その果てにあるモノがどういう物なのかをなんとなしに示しているかのようだった。

 

 ――男の仕事が増えた。それを察知することが出来る存在は、それほど多くはなかった。故に、彼にお鉢が回ってきたのだろう。男にも男の仕事があったが、それは少なくとも現状、十分に替えが用意できるものだった。故に、外から来るナニカに備えるために、彼の上司は彼を動かした。

 

 

 

 そして、またもや彼の上司の判断は正しかった。

 

ジャイアント(G)ごきげんよう!』

 

 巨大な人型のナニカが眩く光る蝶を従え、人類の感知圏を超えて西の海を渡る。ロンドンに迫ったそれは警戒する空軍の戦闘機を羽虫のように散らし、人間の英知の結晶たる科学の名誉を丁寧に溝の底に叩き落とした後。彼の主人が仕える王朝の、宮殿前に降り立った。

 

 居並ぶ精兵達の銃口を物ともしない人型のナニカから放たれた言葉が、日本語の挨拶であると知ったのは後ほどの事だった。少なくともこの時、其の場に居た男にはその意味が伝わらなかった。

 

 だが、闘争の気配に気を昂ぶらせていた男にはそれで構わなかった。意味など伝わらなくても、相手の意図は伝わったからだ。

 

「極楽蝶を届けて早幾万里をかけ」

 

 巨大な人型から、人の声が聞こえた。

 

「果てることなき大地を征きようやく人の住まう地にたどり着いたと思っていればな」

 

 ふわりと、それは数十層のビルに匹敵する高さから飛んだ。豊満な肉体を包むドレスを風にたなびかせ、何十メートルもの高さから音もなく石畳の上に舞い降りたそれは、美しい女の姿をしていた。

 

 ゾクリと、男の鼓動を止めた筈の心の臓が昂ぶりを告げる。ただ降り立ち、言葉を発しただけのその女に、男は視線を奪われた。

 

「面白いモノが居るじゃないか」

 

 誘うような女の視線に、男は半月のように口角を吊り上げる。

 

 ――イイ女だ。おそらく人ではない。けれど、どこまでも人の気配がする。良い、女だ。

 

 むしゃぶりつきたくなるような魅惑の誘いに、男の足は自然と前へと踏み出される。

 

 浮遊感、少し経った後の衝撃。石畳のレンガに亀裂を刻みながら、彼の視線は女と同じ高さになる。

 

 導かれるように一歩、二歩。少しずつ縮む距離。互いの両手が互いに届くまで。息が触れ合うまで歩み寄り、そして息が触れ合うほどの距離へ。

 

 屈めば口づけが出来るほどの距離で、二人は互いを見つめ合った。その瞳から相手を深く知ろうと、恋人同士が見つめ合うかのように。

 

 数秒か、数分か。もしかしたら数時間もの間見つめ合う二人に、周囲を取り囲む者たちは固唾を呑んで様子をうかがい、そして。

 

 カラン、と。緊張に耐えかねた一人の兵士が手を滑らせ、銃底を地面に打ち付けた乾いた音が響いた時。

 

 ギャリィッ

 

 それが、はじまりの合図となった。

 

 金属がぶつかりあったかのような音。互いに笑みを浮かべ、無言のまま、彼の貫手と女の貫手がぶつかり合う。

 

 腕試しに近しいそれに、互いの笑みが深まっていく。強い、それはそれだけで素晴らしい事だ。

 

 言葉を超え、拳を交えてこそ分かる世界がある。それを体で体現しながら、二人の舞踏は続く。

 

 ――これが最も最初に彼らが遭遇した異世界の徒――葉隠(はらら)との遭遇の顛末。

 

 人命こそ失われる事はなかったものの、その邂逅は重要文化財の幾つかを崩壊させ、”世界”がこれまで通りのものではないのだという事を、この世界の人間に知らしめた。

 

 そして、未知が広がっているという事が既知に変わったこの瞬間。

 

 男にとって至福とも言える時代は、幕を開けた。

 

 

 

 

 

「まず押さえるべきは『PLANET DANCE』だ。この歌はFire Bomberのオープニング曲のようなものでね、デビュー曲であると同時にFire Bomberのテーマとも言える曲だ。そしてそこに続けるならやはり『突撃ラブハート』だろう。この曲からFire Bomberを知り、ファンになったという人物は多い」

「はぁ」

「といってもこの2曲のように激しい曲調がFire Bomberを代表する、という訳でもないのが彼らの凄いところだ。My Soul for Youのようにゆったりとした、聞かせてくる音楽も彼らは作ってくる」

「なるほど」

「わかってくれるか!」

 

 力強く語る真っ赤な服装の青年の言葉に相槌を打つと、青年と彼の隣に座る彼の連れだろう花束を持った女性が嬉しそうに笑顔を見せる。小さなスピーカーを使って自身で編集したというアルバムを聞かされ、その内容や各楽曲の特徴をとつとつと語られれば誰でもわかるようになるのではないかと思うが、そこに言及することはしなかった。

 

 好きなことを他人に説明するときは勢い任せになる。その事を経験談として私は知っている。父親が週刊飛翔のアニメ化作品を語る時に似たような様子だったので、慣れているというのもある。

 

 慣れているというのも……あるのだが。

 

「…………」

 

 落ち込んだ気分で。歌なんて、聞いていられる精神状態ではないと自分では思っていた。

 

 ――歌が、心を離してくれないのだ。

 

 彼が手に持つ小さなスピーカーから流れてくるメロディ。彼女の感覚からすると少し古い曲調のその歌に。落ち込んだ、深海のように沈みきった自分の心が、揺さぶられているのが分かるのだ。

 

 聞こえてくる力強い男性の歌声。そんな彼に合わせるように、時には負けないほどに声を上げる女性の歌声。二人の歌声を支えるように紡がれるキーボードの音。土台を支えるドラムの音。

 

 全ての要素が絡み合い、一つのメロディとなって。

 

「良いだろう。彼らの歌は」

 

 胸の中で燻っていた淀みが、歌という風で吹き飛ばされていくような。そんな錯覚に身を委ねていると、青年は分かっている、と言いたげに数回うなずいて口を開く。

 

「彼らの歌には、不思議な力がある。物理的なものじゃなく、もっとこう――根源的な部分を揺さぶってくるような、力がある。歌がうまいだとか、演奏が凄いだとかいうチャチな理屈じゃない。理屈じゃないなにかが、確かにある」

 

 スピーカーから流れる音を追いかけながら、目の前に座る青年の言葉を聞く。その声は落ち着いているようで、けれど熱く燃えるような感情の波を持っている。

 

 きっと彼は、その理屈じゃないなにかに魅せられたのだろう。

 

「お嬢さんが何かを抱えているのは見て分かった。私が予約した席に倒れ込むように座る姿も見ていたからな」

「それは……申し訳」

「その点についてなにか苦情を言うつもりはない。私も隣の彼女もFire Bomberの話を交わす以外にやる事がなかったからな。良い暇つぶしにもなった」

 

 頭を下げようとする私に青年は首を横に振り。

 

「だがまぁ、もし悪いと少しでも思っているのなら」

「……はい」

「また、暇を持て余した我々の話相手にでもなってくれればいい。新しいファンへの布教は、先達の義務だからな」

 

 ニヤリ、と笑みを浮かべて、そう口にした。

 

「……喜んで」

「くくっ。聞かせたいアルバムはまだあるんだ。明日は、それも用意しておこう」

 

 これは断れないなという諦めと、確かに彼らの歌に惹かれている感情がごちゃまぜになった、なんとも複雑な心境だ。その感情が表に出ていたのか、了承の意を伝えると青年は愉快そうに笑い声を上げる。

 

 この人、結構強烈な性格をしている。

 

「まぁ、そんな顔をしないでくれ。お嬢さんにどんな事情があるのかは知らんが、そういう時にこそFire Bomberの歌を聴くと良い。今はまだ効能が認められていないが、ガンにも効く万能薬だ」

「いやそれは流石に大げさですって」

「大げさなどではない。なんなら私は、彼らの――熱気バサラの歌で蘇った人間を一人知っている。直接この目で見て、確かめた事実だ」

 

 真面目な顔をして言い切る青年に思わずいつもの調子でツッコミを返す。確かに、彼らの歌で気分が上向いたのかもしれない。そう内心で思いながらもガンに効く、はないよなぁと思っていると、青年は真面目な表情のままそう言い切った。

 

 人が生き返る、そんな馬鹿な。それこそドラゴンボールでもなければそんな事なんて起こり得るわけが。

 

 そんな言葉が頭をよぎって、けれど口から出すことが出来ず私は押し黙る。彼の表情に気圧されたという事もある。だけど、もし。

 

 もし、本当に、そんな事が起きたのならば。死んだ人間を蘇らせる事が、出来るのなら。私の思いは、願いは。

 

 母さんの遺影を前に手を合わせる、父の背中。普段はおとぼけた様子の父が、何も言わず頭を垂れる姿が、頭をよぎる。

 

「……それは、本当なんですか?」

「ああ、勿論。確かに奴は、あの時。あの戦場で、心臓を撃ち抜かれ息絶えた、筈だった」

 

 私の言葉に相槌をうちながら、青年は言葉を続けた。

 

「あの日、あの場所で。あの戦場で。ああ、懐かしい……たしかにあの時」

 

 何かを思い出すように。その口の端を歪ませ、愉快な――とても愉快なものを思い出したかのように嗤って。

 

「ブラック・ジャックは、死んだ」

 

 青年はそう、口にした。




お嬢さん:出典・???
 いったい何泉こなげふんげふん

青年:出典・???
 Fire Bomberが好きな吸血鬼

葉隠散:出典・覚悟のススメ
 覚悟のススメの主人公、葉隠覚悟の兄にして姉。意味がわからない?それ以外に形容が出来ません(白目)

白い帽子の少女:出典・マクロス7
 所々でバサラに花束を渡せない少女。こちらの世界でもまだ渡せていない。

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