ブラック・ジャックをよろしく   作:ぱちぱち

28 / 52
こちらは前後篇の後編です。
前編を未読の方は前編からお願いします。

誤字修正、見習い様、エーテルはりねずみ様、Kimko様、Mk-2様、佐藤東沙様、拾骨様、赤頭巾様ありがとうございました!

作品コードが不明なので明日まで少し弄くります(ました)


アーカード

――統合歴2年 某日

 

 

 彼は、至福の中に居た。

 

 

 

 ゾブリと手のひらを貫く刀。持ち手の歪む顔に青さを見取り、口を歪めながらそのまま手を押し込んでいく。根本まで貫かせ驚愕に目を見開く少女の手を柄越しに握り――

 

 潰そうとする前に、文字通りの”横槍”が彼の顔を抉り削る。

 

「翼ッ!」

「か、かな……」

 

 横槍の持ち主の叫びに、声をかけられた少女の怯えたような声。それらを残った左の耳で楽しみながら。彼はくつくつと嗤って抉られた顔を再生させる。

 

 成程、聖遺物というのはこういった代物なのか。再生した筈の顔と左手に残る違和感。それすらも楽しみながら、吸血鬼はいたいけな少女たちに視線を向ける。

 

 怯えたような顔でへたり込む青い髪の少女の姿。そんな彼女を守るように立つ赤髪の少女の姿。それらを視界に収め、吸血鬼は小さく両手を叩き合わせる。

 

 パン、パンと叩き合わされる拍手の音。怪訝そうな表情でそれを見る少女たちを一瞥し、吸血鬼はくるりと踵を返す。出来れば小娘たちではなく、あの大柄な男の方にこそ手合わせ(・・・・)をお願いしたかったが。とっさの判断に、あの踏ん切りの良さ。まぁ、悪くはない。

 

 軽いつまみ食いのつもりが予想以上の美味だった。その事実を咀嚼するように噛み締めながら、彼は指定されたポイントへと足を運んだ。つまらない話し合いの、武力をちらつかせるための随行人。それが今日の彼の仕事なのだから。

 

 

 

 あの日――世界が入れ替わったあの瞬間から、大凡2年の月日が経過した。

 

 当初は自分たちの世界がどうなっているかすら分からなかったが、彼の上司も、彼の上司が所属する国家も、そして彼が所属する世界を構成する他国も、決して無能な椅子磨きばかりではない。それだけの期間があれば当然ある程度の現状把握を行うことが出来る。

 

 そして、把握したからこそ起こるトラブル――異世界との衝突。全くルーツの異なる技術や文明との、武力行使も含めた対峙。

 

 時には文を、時には銃を交えて。複数世界との交流は、彼にとっても満足の行く”仕事”だった。

 

 己すらも殴り飛ばす剛拳の使い手。

 ただの人間でありながら、銃の腕前だけで己に肉薄する青年。

 霊能力を操り、まともな闘いすら己にさせなかった美女。

 魔法と呼ばれる神秘を扱い、或いは己の全てすらも薙ぎ払いかねない少女。

 

 百年前、全身全霊を以って闘った己をたった4人で打倒した男たち。彼らにも劣らぬ輝きを持つ人間たち。

 

 素晴らしい。やはり、人間は素晴らしい。その事を再認識させてくれた彼らを吸血鬼は深く敬愛し、尊敬の念すら抱いた。

 

 空に浮かぶ偽りの月は忌々しいが、それすらも気にならないほどの愉悦。この状況を作り出した奴がもし目の前に現れたならダンスの一曲でも誘ってしまいたいくらいには、彼は現状を楽しんでいた。

 

 まぁ、現状に満足しているのは彼のような戦闘狂くらいなもので、そんな日々もそう長くは続かない。どれだけ銃弾を交わそうとも、どれだけ争いが起きようとも、人は食べなければいけないし営みは行われていくものだ。

 

 しびれを切らしたどこかの世界の上層部が、比較的価値観の合う他世界の上層部を巻き込んで協力関係を作り。その流れに乗って諍いを起こしていた世界達が纏まり始め、忙しない日々を過ごしていた彼の日常が退屈さを取り戻しはじめた頃。

 

 吸血鬼は、面白いものと出会った。

 

 

 

 それを見かけたのは、偶然だった。前々から目星をつけていた戦士にちょっかいをかける。軽い気持ちで赴いた世界で起きた大規模な戦闘。その現場にそいつは居た。

 

 夏場だというのに真っ黒なロングコートを羽織った、白と黒に分かれた髪を持った異貌の男。銃弾飛び交う戦場のど真ん中で、医療行為を始めた大馬鹿者。ついつい見入ってしまう光景に、先程まで考えていた予定も全て吹き飛ばして彼は戦闘が終わるまで男を見続けた。

 

「……その年齢で女装趣味は、どうかと思うが」

 

 そして、彼に声をかけた男の、第一声がこれである。

 

 彼は万に等しい数の命を啜り己のものとしていた。当然、その中には老若男女が含まれており、彼はその時、己が命を啜った存在、一人の少女の姿をしていた。それをこの男は看破し、そしてそう口にした。

 

 口角が吊り上がるのを感じながら姿を変じる。彼が最もよく用いる青年の姿。男の周囲の人間が息を呑む音を聞きながら、吸血鬼は再度男に声をかけ、尋ねた。なぜ戦場で治療を始めたのか。安全な場所で行うべきではないのか。

 

 ついつい口元に笑みを浮かべながら尋ねる吸血鬼に、男はため息交じりに答えを返した。

 

「患者を見捨てる医者が、居るものか」

 

 その答えに。そう真顔で、即座に言い切る姿に、吸血鬼は一瞬呆気にとられた後。

 

 なにかを噛みしめるようにその言葉を反芻し、羨むような表情を魅せ。小さく息を吐いた後、「ああ」、と小さくつぶやいた。

 

 その呟きを肯定と捉えたのか。彼から視線を外し、男は負傷者を探して戦場跡へと戻っていった。

 

 ああ。

 

 小さく、その姿に再び小さく呟きを漏らす。

 

 医者である。ただそれだけで、あの男はそれがどこであろうと構わず医者であり続けるのだろう。なんと愚かな男だ。医師になれるだけの知識があるならもっと賢く生きることも出来るはずであるのに。なんと愚直な男だ。己の生命を顧みず、他者の生命を優先する矛盾。

 

 そう内心で独りごち、彼は男の背中へと視線を向ける。その背中が、彼にはやけに眩しく感じた。

 

 まばゆいものを見た。魅せてもらった。

 

 やはり、人間は素晴らしい。

 

 吸血鬼は、しばらくこの男を追おうと思った。この男が。この信念と情熱と、そして行動力に溢れた男がどのような生を送るのか。それが見たくなったからだ。

 

 男には、仲間が居た。誰も彼もがまばゆい程の魂を持つ者たち。

 

 霞ジャギ、野比のび太、間桐雁夜、レオリオ・パラディナイト、ソーフィヤ・イリーノスカヤ・パブロヴナ、風見農華。

 

 そして。

 

 そして、ブラック・ジャック(間 黒夫)

 

 彼らの旅路を。出来ればその結末までを。そう決めた後、吸血鬼は彼らに同行するようになる。

 

 時には助け、時には面白半分に邪魔をし。青臭い成り立て(・・・・)の農華に怪物としての闘いを教授する事もあれば、異世界の知識を教えられることもある。

 

 総じて言えば、彼は楽しんだ。彼らとのやり取りを、心ゆくまで楽しんだ。

 

 第二の至福の日々。彼らとの旅は、そうとも言えるほどに彼に満足を与えた。

 

 終わりがやってくる、その日まで。

 

 彼は確かに、彼らの仲間と言える存在だった。

 

 

 

 

 

――統合歴2年 某日 ロンドン

 

 

 

「…………ああ」

 

 唐突に開かれた戦端。現れた前大戦の亡霊。出身世界に戻り、上司からの小言と新しい命令を受けている矢先に起きた、潜伏していた不穏分子の、乾坤一擲の賭け――吸血鬼化した1000名のナチス残党による襲撃は、大いなる成果と多大なる被害をかの国に与えた。

 

 それらを見越し、備えに備え準備されていた全てはゴミクズにされ。守るべき民は吸血鬼たちにより戯れのように虐殺され。

 

 その様を見届けた、彼の上司は最後の切り札を切る。

 

私はヘルメスの鳥

 

私は自らの羽を食らい飼い慣らされる

 

 吸血鬼――アーカードの最大の権能。それは彼が吸収してきた命、その全ての放出だ。吸血鬼となった彼がその永き時間の間に喰らい続けた、数十、数百万にも及ぶ魂を死者の群れと変えて開放。彼を殺す事を夢見るある軍人が“運動する領地”と称したそれは、発動した瞬間に盤面をひっくり返す。

 

 知略も、武略も、策謀も。あらゆる思惑を問答無用でご破産にする死の河。瞬く間に街を埋め尽くした死者の群れが、殺し、殺され、蹂躙する。

 

 激変した戦況。街を、国を。或いは世界をも滅ぼす彼の全霊によって撃滅されていく敵勢力を尻目に、吸血鬼は街を飛ぶ。死を振りまくために。愚かな、怪物にも至らぬ狗どもを駆逐するために死を振りまく。

 

 数分にも満たない時間で、街に巣食ったなり損ないの吸血鬼どもの、その殆どを狗の餌と変え。

 

「死ぬのか、お前」

 

 己の手の中で息絶えた魔弾の射手を抱えたまま、アーカードは己が目で捉えた事実を、淡々と口にした。

 

 彼の視界の中。心臓を魔弾に撃ち抜かれた黒い男の姿。

 

 視線を巡らせる。のび太とソーフィヤ、農華の姿はない。恐らく別所で今も闘っているのだろう。ジャギを見る。格上の拳士を相打ち気味になりながらも倒したのか。息絶えた拳士のそばで、血だらけになったジャギは壁にもたれ掛かるようにして意識を失っている。レオリオを見る。吸血鬼達によって数多の銃傷を受けて、それでもなおレオリオは闘っている。雁夜を見る。機械化した右腕を打ち砕かれ、左手だけになりながらも心臓を撃ち抜かれた――ブラック・ジャックを、懸命に助けようとする、雁夜を見る。

 

 つい一時間前まで、いつもと変わらぬ姿で居たあの者たちが。著名なロックバンドが慰問に来ると楽しそうな声を上げていたレオリオとジャギのやり取り。それを愉快そうに見るのび太。落ちてきた花瓶をいつものように避けて騒ぐ雁夜、それを見てため息をつくソーフィヤ。成熟した姿をしていながら、内実は小娘にすら至っていない農華をあやす黒夫の姿が、アーカードの頭をよぎる。

 

 己が喰らう前。魔弾の射手が放った銃弾は、ブラック・ジャックの拙い防護を突き破り、その心臓を穿った。多少の心得こそあれど、ブラック・ジャックは戦闘者ではない。手練から引き離された彼を殺すことなど、造作もない事だったろう。

 

「そうか……」

 

  そこまで考えて――目の前の、まばゆい輝きを持つものの終わりを、アーカードはようやく受け入れた。

 

「クソッ! 畜生、止まれ、止まれぇ!」

 

 雁夜の声が夜の街に響く。必死になってブラック・ジャックの胸元を押さえる姿に、哀れみすら感じながら吸血鬼はその姿を眺めていた。その最後をこの目で見届けるのが、自身に課された義務だとすら思った。

 

「まだ死なないでくれ、先生! 俺も桜ちゃんも、まだアンタに何も返せて居ないんだ! 畜生! 止まれ、止まれよ! 目を開けてくれ、先生! 黒夫ぉ!」

 

 周りに集う有象無象を、彼は配下を使って押し止める。彼らの別れを邪魔させてはいけない。

 

 壊れてしまった宝物を眺める童子のように、アーカードは最後の瞬間を待つ。

 

 胸を刺すような痛み。人の命などどうとも思っていない彼だが、確かに今この瞬間、悲しみを感じていた。あれほどの輝きを持つ男が、こんな所で無残な死を迎える。それが戦、闘いであるとはいえ。

 

 幾度も経験したことの在る痛み。彼ならば、彼らならば己を打倒するのではという思いが塵と化した無念。複雑な思いをこらえ切れず、アーカードは空に浮かぶ偽りの月を見上げた。

 

 そして。

 

 アーカードは、それを目撃した。

 

 上空を駆けるジェットの音。無作為に機銃を乱射する、赤い塗装の戦闘機。英国空軍、ではない。見たこともない機体の姿に、どこぞの世界からの援軍か、と彼の頭がはじき出す。

 

 そいつはぐるりと戦場上空をめぐり、敵勢力の空中母艦や何もない市街地に銃弾をばらまいた。なぜ何もない場所に、という疑問が彼の頭をよぎり、次の瞬間に氷解する。

 

「戦争なんて…………」

 

 銃弾が打ち込まれた場所から響く声。スピーカー? わざわざ、この状況で軍の広報用の機体でも引っ張ってきたのか?

 

 戦場で呆気にとられる。戦闘者である彼には珍しい、それこそブラック・ジャックと出会ったあの日以来の出来事だ。

 

 思考が止まったアーカードは、それを為した戦闘機の姿を目で追いかけ。

 

「争いなんて、くだらねぇぇぇぇえええっっ!!!」

 

 絶叫が彼を。街を、死を貫いた。

 

「テメェら全員! 俺の歌を、聴けぇぇええええええええっっ!!!」

 

 

 

 

 木霊する。

 

 時折聞こえる爆発音と戦闘機が空をかけるジェット音以外の、全ての音を失った街に。

 

 戦闘機の主の声が木霊する。

 

 全ての人が、モノ(死者)が、怪物がそれを見た。上空を駆けるそれを見た。誰も彼もがそれを見上げ、奇妙なほどに静かな数秒の時間のあと。

 

 誰も彼もが動きを止めた中。

 

 ギターの音が。男の声が。

 

 静まり返った街を包み込むかのように。

 

「天使の声」(ANGEL VOICE)

 

 歌が、始まった。

 

 

 

 まばゆいものを見た。

 

 ――懐かしい、光景。

 

 美しいものを見た。

 

 ――あれは、いつだったか。思い出すことも出来ないほどの昔。かつて己が、ただ一人の人間であった頃。

 

 そう、あれは――

 

 吸血鬼がなにかを幻視するように赤い戦闘機を目で負っていると、ざわめき声すらも消えた街を空中母艦から発射されたミサイルの群れが引き裂いた。

 

 狙いは――赤い戦闘機。

 

「なんというっ」

 

 その光景に、アーカードは吐き捨てる。

 

 無粋。無粋の極みとも言えるミサイルの嵐。

 

 認識した瞬間、激高し飛び出そうとするアーカードを、眼下で必死に生きる間桐雁夜の声が押し止めた。

 

「く、黒夫! 生き、生きて」

 

 その声に、視線を向けたのは。未だに彼が、その事実を惜しいと思っていたからだろうか。ありえない事だというのは分かっていても、確認せずにはいられない。ブラック・ジャックが、彼の輝きがアーカードの一歩を押し留めた。

 

 そして、だから彼は、それを目にすることになる。

 

 血だらけになった雁夜のそばで起きている、ありえない事柄を。

 

「…………がふっ」

 

 死んだはずの男が、ブラック・ジャックが、間黒夫が。

 

 手を宙に伸ばし、血反吐を吐いて、起き上がろうとしている。

 

 間桐雁夜の、耳元で叫ばれた声に反応を見せず、ブラック・ジャックは血の気の引いた顔を歪めながら、なにかを探るように自身のコートを弄っている。その光景に、先程までとはまた違った意味でアーカードの心を冷ややかなものが駆け抜けていく。

 

 まさか、あれほどの男が。あれほどに人間としての誇りに満ちた男が、己と同じ怪物に堕ちたのか。

 

 そうとしか思えない光景に、そうであってくれるなと願う吸血鬼の疑問は、即座に否定された。

 

 ブラック・ジャックはなにかを探り当てると、なにかを呟いた後にそれを撃ち抜かれた()()()()()に打ち込んだ。一拍ほどの時間を置いて、ガフッ、ガフと血反吐を吐き散らし、えずくように呼吸を繰り返す。

 

 不死者、ではない。不死者となっているならば、呼吸はそもそも必要がない。

 

 その事実を認識した瞬間、上空で爆発音が響く。そちらを見やると、赤い戦闘機のすぐ側に小さな人影が見える。覚えの在る顔だ。たしか、野比のび太の戦友――いや、幼馴染だったか。

 

 どうやら、彼が赤い戦闘機の直掩について、無粋甚だしい魔の手から赤い戦闘機を守ったのだろう。赤い戦闘機は彼の周囲をくるりと回転すると、再びギターの音を響かせ始めた。そうか、また歌うのか。まだ、歌ってくれるのか。あれほどの無粋を受けて、それでもまだお前は――

 

「…………歌?」

 

 カチリと、なにかのピースがハマる音がする。頭の中で、今目の前で起きている奇跡の答え合わせが起こっているような感覚。

 

 声がする。これは、上空を飛ぶ戦闘機のものではない。吸血鬼の人間離れした聴力が捉えた微かな声。いや、これは――――歌だ。

 

 聞き覚えのある声だった。いつぞや遊んだ二人の聖遺物、たしかシンフォギアと呼ばれる物の使い手たち。いいや、それだけではない。これは、聖歌? 援軍と称してやってきた火事場泥棒(ヴァチカン)の、兵士が?

 

 次々と街中で上がる声。歌。

 

 自ら歌い始めるものも、誰かの歌に同調するものも、手に持った兵器を投げ出して。

 

 街が。たった数分前まで死で覆われていた街が、歌い始める。

 

「……雁夜」

「黒夫! 傷は」

「大丈夫、とは言えんが……がふっ……――コが間に合った」

 

 眼下では、ブラック・ジャックがボロボロの体を引きずりながら。間桐雁夜の肩を借りて、立ち上がる。

 

 そうか。そういうことか。

 

「――歌、か」

 

 どういった原理であるとか。どういった理屈であるとかではない。

 

 歌が。この街を、この戦場を覆う歌が。

 

 全ては、この歌によって。

 

 吸血鬼は両腕を広げる。街を覆う歌を抱き止めるかのように、両腕を広げる。

 

 清々しい気分だった。ここ500年感じたことのないような、素晴らしい心地だった。

 

 奇跡を目の当たりにした。水をワインに変えるでも、石ころをパンに変えるでもない。そんな、神とやらが戯れに行う奇跡などではない。

 

 人間だ。人間が起こした、人間による本物の奇跡。

 

 広げた両腕を、誰かを抱きしめるかのように閉じる。

 

「――――」

 

 人間は、素晴らしい

 

 その一言を口に出さず。

 

 吸血鬼は、その場を飛び立った。

 

 彼にはまだやることがある。もはや闘争の空気たり得ないこの場で、自身の行動もまた無粋の類であるのは理解しているが、収拾をつけるものは必要だ。

 

 死の河が戻り始める。この戦場で散った者共も含めた、数百万もの生命を新たに取り込んだ死の河が戻ってくる。

 

 ついでとばかりに生者をつまみ食いするのは、止めだ。闘りたい者同士、外れものの外道同士で殺して殺されるのが己達の決着には相応しい。

 

 感傷にも似た感情を懐きながら、アーカードは空を征く。決着をつけるために。無粋な蛇足を終わらせるために。

 

 そして。

 

 彼は、決定的な敗北を喫することとなる。

 

 

 

 

「吸血鬼殿。世話をおかけいたしました」

 

 生真面目そうな青年の声に、アーカードは思い出から現実に意識を引き戻される。視線を向ければ、(はらら)の弟が青い髪の少女を背負ってこちらに頭を下げている姿が目に映る。

 

 少女は、眠っているのか。壁にかかった時計を見れば、すでに夜中と言っても良い時間になっている。話に夢中になりすぎていたようだ。隣に座る連れの少女も、うつらうつらと船を漕いでいる。Fire Bomberの話題で彼女がこうなるか。

 

「どうにも、歳を取ると話が長くなっていかん」

 

 気にするなと伝えると、青年は一言「はい」と返事を返し、一礼した後に踵を返す。あの()と同じ血が通っているとは思えない姿にくつくつと笑い声をあげ、隣に座る少女に声をかける。一等車両の椅子は良いものだが、眠るならば寝台車に戻ったほうが良い。変に寝違えて、明日は寝台車から動けない、などという事態になれば暇を潰す手段がなくなってしまう。退屈は不死者の天敵だ。まだまだ次の停泊地までは時間がかかる以上、暇つぶしの手段は多いに越したことはない。

 

 ――そういえば、次の停泊地であるカセイには黒夫の奴も居るんだったか。

 

 くっと口元を歪め、右手で胸元を触る。

 

「そういえば――礼がまだだった、な」

 

 くつくつと笑いながら、吸血鬼は少女の手を引いて寝台車へと消えていく。

 

 己を殺した礼。さて、どう返してくれようかと考えながら。

 

 

 

 

 

 

side.蛇足

 

 

 

「随分とまあ、酷い有様じゃないか」

 

 コツリ、コツリと足音を響かせて。間黒夫は怪物に声をかける。

 

 ボロボロになったコートを風になびかせ。自らを保てなくなった怪物に、軽口を叩くような口調で声をかける。

 

 全身に浮き出た目が一斉に彼を見る。なぜココに、どうやって。そういった疑問を考える機能はもう怪物には存在しない。故に、間黒夫はなにも言わずにズル、ズルっと震える足を動かした。

 

 身動きせず、間黒夫を見つめる怪物。そんな怪物を、無言で見つめ返し。

 

 怪物の前で、黒夫は足を止めた。

 

「お前が、周辺を掃除してくれたのは知っている」

 

 胸元に手を伸ばし。返事も期待せずに黒夫は口を開く。

 

「俺は、いいや。()は、借りを借りっぱなしにするのがどうにも苦手でな?」

 

 言いながら、黒夫は胸元から取り出したメスを握り。

 

「だから、今」

 

そのメスを、怪物に。

 

「借りは返すぞ、アーカード」

 

 怪物の中の怪物(シュレディンガーの猫)に、突き刺した。

 

「――もしもまだ、お前の意識があるなら。この件で、貸し借りはなし、だ」

 

 絶叫すらあげず、ボロボロと体が崩れだす怪物から視線を外し、間黒夫は踵を返す。

 

「それについて文句があるなら、そうだな」

 

 そして振り返ることもなく言葉を紡ぎ。

 

ブラック・ジャック(本物)を、よろしく」

 

 その空間から、今度こそ。

 

 間黒夫は姿を消した。




青い髪のお嬢さん:出典・???
 いったい何泉こなげふんげふん

アーカード:出典・HELLSING
 このカオスな世界を心から楽しんでいるエンジョイ勢。自分好みな人間が余りに多くて目移りしていたらバサラにハートを撃ち抜かれた。突撃ラブハート。

葉隠覚悟:出典・覚悟のススメ
 覚悟のススメの主人公。アーカードの迷惑な人定めを喰らった事があるので苦手

間桐雁夜:出典・Fate/Zero
 『悪運』を使いこなせるようになった頃合い。自身の『悪運』が黒夫にピンチを招いたのでは、と距離を取る決断をする。

熱気バサラ:出典・マクロス7
 ほとんどセリフがないがどう考えても今回の主人公。行く先々で似たような事をしてる。

風鳴翼:出典・戦姫絶唱シンフォギア
 アーカードの人定め被害者2号。熱気バサラの姿に、自身が進むべき道を垣間見る

天羽奏:出典・戦姫絶唱シンフォギア
 アーカードの人定め被害者3号。熱気バサラの姿に劣等感とそれ以上の憧憬を抱く。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。