ブラック・ジャックをよろしく   作:ぱちぱち

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大分難産でした。全然ジェンガが詰めてないのに文字数だけ1万超え・・・・・・
前回より大分クオリティ下がってしまったと思います、申し訳ない。
(前回がクオリティ高かったとは言ってない)

手直し入れる可能性がある為、その時はタイトルに記載いれますのでご了承お願いしますm(_ _)m
→人物紹介に1人抜けがあったので追加。この一文を入れたくて後半書いてたのに・・・

文章をちょっと手直し(2.13) チートの名前を『最適解』に統一しました

誤字修正 とくほ様、焼きサーモン様、WILLCO様、あまにた様、化蛇様、ヒーロー大好き人間様、竜人機様、kuzuchi様、ハクオロ様、赤頭巾様、名無しの通りすがり様、SERIO様、リード@様、たまごん様ありがとうございました!


オルガ

side.O

 

「よう、お兄さん方。お隣同士仲良くしようや」

 

 独房の空気は暗く冷たい。ここに閉じ込められてから半月が経過していたが、変わらない状況に変わらない要求。いい加減退屈していた所に兵士に連れられてやってきた隣人に、オルガは親しみを込めてそう話しかけた。

 

 黒いコートを着た、白黒の髪をした奇妙な男。そして、赤いジャケットを着てにやにやと笑みを絶やさない男。ここに閉じ込められるという事はあの山賊共にとって都合が悪いか利用したいかのどちらかだろう。つまり広い意味でご同輩という訳だ。

 

「あーららお兄さんやっさしいのね。おじさん達こ〜いうトコ苦手で。色々教えて欲しいな〜なんて」

「よく言うぜ、泥棒め」

「ホ〜ントだって。俺、ほとんど捕まらないからさぁ」

「その手錠、お似合いじゃないか」

「クロちゃん手っ厳しいなぁおい」

 

 赤いジャケットを着た男が戯けた様子でそう言うと、黒いコートを着た男がため息をついた。

 出来の悪いコントを見ている気分になって、オルガは思わず吹き出してしまった。二人の視線がオルガに向いた。

 

「笑われてるぜ、先生」

「お前がな」

 

 それが、俺と彼ら………ブラック・ジャック先生との出会いだった。

 

 

「それで、その後はどうなったんだよ、団長!」

「キャンプファイヤーしたんだろ!」

「ええい、やかましいわお前ら!静かにできねぇのか!」

 

 続きをせがむ年少の団員達を叱り飛ばして、オルガはこの場の責任者たる先生が消えた作業室のドアを見る。

ドアの傍にある簡易的なランプは手術中をあらわす赤いランプが点灯したままだ。

 

 先生と三日月が中に消えてからまだ30分も経っていない。まだ時間はあるだろう。

 だが、この場は大恩ある先生の家。年少の連中はどう止めたって騒ぐだろうし、この場にはお手伝いさんとはいえ場の管理を任されている人物も居る。

 

 オルガの中にも、先生の姿を語りたいという欲求はある。あるが、他者に迷惑をかけてしまう可能性がある以上、弁える分別を彼は持っていた。こちらを見る看護服を着た女性にオルガは頭を下げた。

 

「すみません、ガキ共はすぐ黙らせますんで」

「いえ、気にしてませんから。それより続きが聞きたいんですが」

「なのはさん、看護師代理がそれで良いんですか?」

 

 思わずオルガは真顔になってそう尋ねた。

 

 

「といっても、俺も見ていただけで先生達が何をやっていたのかは想像しかできないんですがね」

 

 一つ前置きをおいてオルガは続きを語りだす。

 牢屋に閉じ込められた彼ら二人は兵士が離れた瞬間に談笑しながら鍵を開けて外に出た。

 余りの速さに一緒に談笑していたオルガすら何が起こったのか理解できなかったほどだ。彼らはそのままオルガの牢屋の鍵も開け、ちょいちょいと口元に指を当てて手招きをしてきた。

 

「凄かったなぁ。スパイ映画って見た事あるか?実際にすっげぇ腕の良い奴はな、牢屋なんてあってないような物なんだぜ」

 

 赤いジャケットを着た男はどこに持っていたのか小さな針金のような物を手に持ち、自身や先生、そしてオルガの手錠をさっさと外し、それらを先生に手渡した。

 そしてキョロキョロと辺りを見回したかと思ったら飛び上がって換気扇らしき場所に飛びつき針金を使って換気扇の解体を始める。先生はその様子を見て、手錠を持ったまま兵士達が消えたドアの脇に姿を潜ませる。耳を壁にくっつけ、外の様子を窺っているらしい。

 

 彼らは何か相談している様子は無かった。だが、互いに何をするべきなのか、何も言わずに把握して自らの役割をこなしていた。

 プロフェッショナルとは、こういうものなんだろう。唐突に垣間見る事になった一線級のプロの世界に、指示された場所に身を隠しながらオルガは暫し呆然としていた。

 

 が、途中で折角の好機を棒に振っていることに気づき、頭を振って彼らの行っている事を理解しようと努めた。民兵だと告げた自身に、彼らがこの宝の山のような作業風景を見せてくれているのは、恐らく見て学べと言う事なのだろう。

 

 暫く作業をしていると、唐突に赤いジャケットの男が先生を指差した。準備が整ったのだろう。先生が頷くのを見た男は、ネジやらなにやらを地面にぶちまける。

 大きな甲高い音に外がにわかに騒がしくなり、どたばたと足音が聞こえてくる。慌てた様子で兵士達が中に入ってきて、入ってきた兵士達は全員先生に叩きのめされた。

 

「6人だったかな。全員、あっと言う間に腕や足の骨を外されて動けなくされていた。小乃流骨法って言うらしいんだが、勿論一人も殺さないでな」

「すごい!さっすが先生!」

「それなんで捕まったんだろ」

「馬鹿。基地の中に入り込む為に決まってるだろ!」

 

 年少組よりも大喜びではしゃぐ看護師(代理)に言いたい事があったが、オルガは唾と一緒に言葉を飲み込んだ。

 BETA戦の英雄とは言え、彼女はオルガよりも年下の少女だ。羽目を外したくなる事だってある。

 そう心の中で呟いて、オルガは続きを話し始めた。

 

 

「赤いジャケットの男とはそこで別れた。そのまま換気扇から排気口に入っていって、それ以降合流もしなかった。ただ、途中でいきなり基地が爆発したのは多分あの人がやったんだろうな」

 

 猿顔の男は『また会おうぜクロちゃ~ん、ありがとよ!』とだけ言って排気口の中に姿を消した。

 先生はその姿を見て一つため息をつくと、兵士達が持っていた手錠を回収し、一人の衣服を剥ぎ取った。ああ、勿論変な意味じゃない。その服を先生は俺に着せて、自分はさっき外した手錠をつけているように見せかけたんだ。

 効果は抜群だった。兵士がつけるヘルメットで顔を隠した俺に奴らはまるで気づかなかった。先生を護送中に見えたんだろう。

 

「そして、先生の荷物を回収した後、衛星電話で基地に潜入しようとしていたレオリオに連絡をとった所で基地が爆発してな。その隙に逃げ出そうとして、しくじった。後はお前らも知ってる通りさ」

 

 甚平型の病院服の上から胸をなぞる。ここにはその時のしくじりの跡が今でも残っていた。

 結構でかい血管と肺に穴をあけられていたらしい。即死していても可笑しくない傷だそうだ。

 

 だが、生き残った。

 

「団長、その傷だろ」

「ん、ああ……そうだ」

 

 胸をなぞる動作を見ていたのか。年少組の団員にそういわれたので頷いた。

 別に隠す事じゃない。仕事の際は上半身裸で居る事も多いし、自身にとってこの傷は戒めと勲章の意味合いがあった。

 この場に女性が居なければ見せびらかしたかもしれない。

 

「あの時の事は今でも覚えてる。ぼんやりとした意識の中で、先生の言葉だけが俺をこの世に繋ぎとめていたんだ。『必ず助ける』『諦めるな』って」

 

 オルガは、少し懐かしそうにその言葉を口にした。

 あれから2年の月日が経ったが、今でも夢に見ることがある。オルガの血を浴び顔を真っ赤に染めながら。自身も銃の雨に晒されながら、オルガに向かって語りかける姿を。

 ガキ共はその時の様子を思い出して。なのはさんは………………自分を重ねているのかもしれない。彼女がここに居る経緯を、オルガは本人から聞いている。

 

「小っ恥ずかしい話はそこまでにしろ。オルガ、次はお前さんだ」

「先生、そりゃねぇっすよ」

 

 唐突にドアが開き、渦中の人が作業室から姿を現した。その横には弟分の三日月の姿もある。

 

「オルガ、中まで聞こえてたよ。騒ぎすぎ」

「すまねぇ、ガキ共となのはさんが離してくれなくてな」

「ああっ!ちょ、オルガさん!?」

「………なのは君?」

「ひゃい!」

 

 オルガの言葉に看護師(代理)が悲鳴のような声をあげるが、既に遅い。

 先生の低い声での問いかけに、ピシッとなのはは居住まいを正した。

 先生はいつも寛容な人だが、一度怒ると本当に怖い。特に医療関係で怒らせた時は考えたくも無いほど恐ろしい。なのはの冥福を祈りながら、オルガは三日月に視線を移す。

 

「よぅ、ミカ。どうだ、気分は」

「ん。IFSを入れた時は言われた通り気持ち悪かったけど、すぐ慣れた」

「そうじゃねぇって。いや、そっちもだがよ。背中は、どうなった」

「ああ………ちょっとまって」

 

 オルガの言葉に合点が言ったのか、三日月は甚平の前を開き背中を晒す。

 

「…………すげぇ」

「ん。ちょっと違和感があるや」

「うわぁ、ヒゲがない!」

 

 鉄華団の前身であるCGSに入社する際、彼ら年少の少年兵達が入社する条件として、阿頼耶識という有機デバイスシステムの施術を受けることを強制される。

 その為、CGSを乗っ取った際に居た古参の社員達はほぼ全員がピアスというインプラント機器を脊髄に埋め込まれており、三日月は特にこのピアスを3つも背中に埋め込まれていたが、その特徴的な突起が綺麗さっぱり背中から取り除かれていた。

 それも、たったの30分で。

 

「肌の部分は自前の細胞から培養したものだ。脊髄の一部も入れ替えてあるから2、3日は荒事は控えろよ」

 

 お説教が終わったのか。先生は直立不動で端の方に立つなのはさんから視線を逸らし、三日月にそう言った。

 

「この後、七実にMWの操縦を教える約束なんだけど」

「………………論外だ。トキ先生の負担が増える」

 

 若干先生の眼が泳いだ。やっぱり苦手なんだな、七実ちゃん。

 長い付き合いで、先生の表情の動きや趣味嗜好も大分分かってきたが、七実ちゃんは正に最も苦手な部類の相手なんだろう。七実ちゃんももう少し素直に感情表現をすれば、ここまで苦手意識を持たれる事も無いだろうに。

 

 逆に好むタイプはなのはやレオリオのように一度決まれば一直線、という直情系なんだろうが………直立不動で立たされ、若干涙を浮かべているなのはを見てオルガはため息をついた。

 この娘(なのはさん)地味に地雷踏んでいくタイプだからなぁ……まりもの姐さんも後一歩押しが弱いし、こんな事じゃいつになったら先生に春が来るのか。

 

「ミカ、ビスケットかメリビットさんに次の奴来るよう伝えてくれ。お前さんは帰って良いぞ」

「ん。わかった」

「アトラとクーデリアによろしくな」

「うん」

 

 オルガの言葉に三日月はそう頷いて部屋を出た。

 BETA戦の影響で男女比3・7というカセイエリアでは、大幅に減った人口を増やす為の苦肉の策として複数の人間と籍を入れる事の出来る重婚制度が取られている。

 1年前、立案されてすぐのこの制度がニュースで話題になった時。フラッと数日休暇を取ると言って消えた三日月が、帰って来た時に何かと縁のあるクーデリア・藍那・バーンスタインとアトラ・ミクスタを連れて来た時には腰が抜けるほど驚いた覚えがある。

 

 その日の夜。三日月と交わした酒は、人生最高と言える位に旨かった。

 三日月は言っていた。飲み慣れない酒をちょびりちょびりと口付けながら。

 本当の居場所を、見つけたと。俺達はもう、たどり着いていたんだと。

 

 

「さて、さっさと施術を済ませてしまおう。人数が多いからな」

 

 少し思考を飛ばしてしまっていたらしい。オルガは先生に促されて作業室のドアを潜る。なのはさん、立ったままなん………いや、よそう。

 作業室に入ると、奥の方で緑色の手術着を来たレオリオが水筒のような形をしたガラスのケースを選り分けていた。

 

 こちらに目を向けたので笑顔を浮かべて手を上げると、目元を微笑ませて親指を立ててくる。

 手術台にうつ伏せになって寝かされる。初めてピアスを植えられた時を思い出して少し気分が落ち込む。

 気持ちを誤魔化す為に、オルガは先生に声をかけた。

 

「今日は何人分までの予定なんですか?今、宿舎の方でうちのモンに順次シャワーと着物を着せてますが」

「……うん?勿論全員の予定だが」

「は?」

 

 オルガは聞き間違えたのかとうつ伏せの状態から身を起こして先生の顔を見る。

 その顔はマスクで大部分を覆われているが、いつもと全く表情が変わっていないように見受けられた。

 

「一番面倒な三日月で大体の流れは掴んだ。1本2本ならナノマシンの処理を含めても10分かからんよ」

「いやそれは………ええ?」

 

 さも簡単な事のように言われて混乱するオルガは、この部屋に居るもう一人の男に目を向けるも。

 その近くを見ているはずなのに若干遠くを見るような視線を受けて、オルガは彼の言葉が本気であると認識した。

 

 

side.R

 

 会議室の中は静かだった

 

「以上が先日モクセイエリアで行われた手術の様子です。提供はチキュウエリアのバスク大佐から、ありがたい事に無償で頂いてます」

 

 画面の中では一人の男が手術終了の宣言をしている。

その画面を食い入るように見る4人の男女。いずれもカセイエリアで有数の知恵者達だ。

 彼らは映像が止まったと言うのに言葉を発する事もなく、ただ静かに止まった画面の男の姿を見ている。

 

「…………いくつか言いたい事はあるけど、この映像を無償で送ってきたそいつは聖人かとんだ馬鹿よ」

「うむ………………どれだけの価値がこの映像にあるのか理解できておらんのじゃろうな」

 

 芝居掛かった長髪の女の言葉に、四角い鷲鼻をした老人が頷いた。

 香月夕呼とアイザック・ギルモア。彼らは主に機械やコンピューター、物理学を専門としているが、医学や生物学にも通じている。その二人が口をそろえて、ただの手術の映像にこれだけの評価を下している。

 

 カセイエリア行政府の軍政官として、自身が彼らを呼び寄せたのはどうやら間違っていなかったようだ。残りの二人に目を向ける。すると我に返ったのかコホン、と一つ咳払いをして金髪の女性───イネス・フレサンジュは口を開いた。

 

「神業ね。同じ人間が行った手術とは思えないわ」

「同感ですね。いや、僕は医学はそれほど詳しくないんですが」

「あんたにそっちは期待してないわよ」

「ですよねー。まぁ、僕の視点で見るならこれ───このメスにつかわれてるエンチャントですね」

 

 香月夕呼の言葉にシロエと呼ばれるハーフアルヴの青年は苦笑を浮かべた。彼はバーチャルの姿と自身が何故か融合したというタイプの人間であり、ここに居並ぶ他の人間のように非常に優れた学問の知識を持っているという訳ではない。

 

 いや、少し違う。彼自身、『城鐘恵』は23歳の工学部に通うただの大学院生であったが、もう1人の彼は違う。

 異世界『セルデシア』にて賢者として名高かった彼の半身、シロエの知識と魔法の力を得た彼は、科学に偏っているカセイエリアでは貴重な魔法と科学両方に知識を持った頭脳労働者としてこき使われている。

 

「ああ、やっぱりそれ魔法系統なのね。切った端から繋がっていくから何かと思ったわ」

「はい。凄く精細なエンチャントですね。必要な部分だけ切除とかよっぽど集中してないと出来ませんよ。医学的には簡単な手術なんですか?」

「並の名医って呼ばれる奴で、開腹手術は大体2~3時間って言われてるわね」

「…………5、6箇所全部含めて1時間も経ってないように見えるんですが。え、ブラック・ジャックってこんな化け物なんですか?」

「知らないわよ。実際出来てるんだからそうなんでしょうね」

 

 一応事前知識として、彼らにはブラック・ジャックの原作となる漫画は読んでもらっている。

 その前提知識を持った彼らからしてみても、実際に手術の内容を現実としてみると呆然とする事しかできない。

 それが、統合から三年経ったブラック・ジャック(今現在の彼)という存在だった。

 

「………あいつ、本当に隠居する気あるの?」

 

 不機嫌そうに香月夕呼は問いかけてきた。自身を天才だと言って憚らない彼女は、ブラック・ジャックに複雑な思いを抱いていると聞いている。

 命を助けてもらった恩義。技術に対する尊敬。そして…………劣等感だろうか。

 

 BETAの海から神宮司まりも少佐と共に救出された時の事を彼女は決して話してはくれない。何度か粘ってみたがその時の事を思い返すたびに顔が真っ青になり卒倒してしまい、起き上がった後は物凄い速さで罵詈雑言が飛び出す為、現在でもカセイ行政府ではタブーとして扱われている。

 

「先生の隠居するする詐欺はいつもの事として、皆さんにお願いしたいのはこの映像の資源化。ここから読み取れる情報を現場にフィードバックできないかと言う事です」

「…………あんたも可愛い顔して意外と言うじゃない。まぁ、貴重な資料になるけど、これ他の人間に求める作業レベルじゃないわよ?」

「魔法の方もかなり難しそうじゃが、このレベルのメス捌きが出来る人間が何名居るか…………少なくともこの精度でメスを振るう事は儂には無理じゃな」

「それでも構いません。高等技術を現代に落としこむことはイネスさんが得意なので」

「………………ルリちゃん。無茶言わないで欲しいわ」

 

 引きつった顔で苦笑を浮かべるイネス博士に、私は笑みを浮かべる。

 自身は軍政官としての仕事に忙しく追われている中、彼女が頻繁に職場を抜け出してとある山中に向かっているのは知っている。

 

 互いに抜け駆けをしないという淑女協定は、どうやら機能しなかったようだ。となればこの位の意趣返しは許されるだろう。

 彼らに会議の終了を告げ、「ちょ、ルリちゃん!?」と言い募ってくるイネスを尻目にさっさと部屋から退出し、ホシノ・ルリは廊下に設置されていた屋内移動用のエレカに乗り込んだ。

 

生き残った者達(フラグ・ブレイカー)

 

 防衛機構内のある一定以上の役職に位置する人間にこう呼ばれる者達がいる。

 先ほどの会議に居た香月夕呼や、彼女の配下に居る神宮司まりももその1人だ。

 

 防衛機構の人間達は、所属する際に必ず自身の原点、『原作』を確認する事を義務付けられている。

 これは、事前に自身の弱点や死因を確認しておく事で任務に支障をきたさないようにする為の処置だ。

 

 ルリ自身も勿論見ており、アニメで葛藤する自身を見るのは随分と気恥ずかしいような、もどかしいような複雑な気持ちを抱えたものだ。

 香月夕呼のように18禁作品じゃなかっただけマシなのだろうが、自身を振り返るという意味では確かに重要な事なのだろう。

 

 問題は、『原作』において死亡した者達の事だ。

 ホシノ・ルリがその職責の中で調べた限り。原作の死亡フラグを突破できた人物はほぼ居ない。

 

 少なくとも防衛機構が機能してからのこの1年間、生き残った者達(フラグ・ブレイカー)と呼ばれる人物で自力でこの死の運命(フラグ)を乗り越えた人物はルリが知る限りでは巴マミと伊藤誠の2名のみ。そしてこの二人が生き残った理由も判明している。

 そのルートではなかったからだ。恐らく似たような理由で生き残った者は沢山居るだろう。

 

 だが、明確に死亡すると言われているキャラで生き残っている人物となると一気に減少する。この事実はかなり上位の高官にしか知らされていない。

 とんでもない規模の騒動が起きると目に見えているからだ。

 

「フラグ・ブレイカー…………違う。本当のフラグ・ブレイカーは恐らくただ1人」

 

 病死、他殺、自殺。大差あれど、死亡すると決まっている人物は死亡するのだ。本来ならば。

 香月夕呼も神宮司まりもも、死亡するはずだったのだ。あのBETAの海の中で。

 

 オルガ・イツカは射殺されるはずだったし、トキは放射能症で命を終えるはずだった。はず、だったのだ。

 死の運命(フラグ)を真の意味で乗り越えられる人物は、結局ただ1人。その男の名は――

 

「ブラック・ジャック……」

 

 そして、だからこそ自分にとって、今の状況は最善を通り越して、神からの福音だとすら思えたのだ。

 イネス・フレサンジュ。自身の人生の中で紛うことなく最高の天才だと思っていた彼女をして、もって2年。

そう言われていた彼女の家族を───大切な人を。診察が終わった後に「少し手間がかかるな」の一言で片付けた男。

 ブラック・ジャックがこのエリアに流れ着き定住した時、ホシノ・ルリは生まれて初めて神に感謝した。

 

 考え事をしている間に自身の執務室の前にたどり着いたようだ。

 チキュウエリアに『バカメ』と返事を送り、部下が持ってきた決裁書の山を処理する。コミュニケを使えばさっさと終わるのだが、まだまだIFSの普及が進んでいない為、非効率的な紙媒体の書類が多い。この辺りを改善するのも自分の務めだろう。

 

 ある程度目処をつけたら郡政府に休暇の申請を行う。明日は久しぶりに休みを取ろう。自家用機を飛ばして山に向かうのだ。

 療養中のアキトさんと……ユリカさんは、きっと笑って自分を出迎えてくれるだろう。

 机の脇に置かれている、二人に囲まれた幼い自分が写った写真を見ながら、ルリは静かに微笑んだ。

 

 

side.K あるいは蛇足。

 

 流石に100人近くに施術をするとなると時間が掛かったが、どうにか夕飯前には全ての手術が終わった。

 最後に昭弘の施術を終わった際、責任者として残っていたオルガが「ありえねぇ………」と呟いていたがこちらの台詞だ。こんなん入れられて良く今まで生活できてたな。

 

 いや、むしろ良く生き残れたな、の間違いか。

 脊髄に直接針を突き刺すというこの論外な手法といい、欠陥品同然のナノマシンといい…………フィードバックで脳をやられるってなんだ?自殺特攻用なのか?

 まあ、こんなものを何度も見せ付けられてたら医者としての沽券に関わるからな。意地でも今日中に終わらせるつもりだったが何とかなってよかった。

で、十分反省したかな、なのは君?

 

「ひゃい!ごめんなさい!」

「手術中に気を取られるのはミスの原因になる。以後気をつけてくれ」

「はい! ……うぅ、足が………」

 

 罰として正座したまま手術に参加した人物の名簿付けを行わせていたなのは君がヨロヨロと立ち上がった。

 精々2、3時間で大げさな。数十分に一度は足を崩しても良いと伝えていたはずだが。オルガの奴、加減を誤ったか?

 

 そう。オルガといえば随分と昔の恥ずかしい話をしていた。あの基地への侵入は今思い返しても恥ずかしい失態だった。

 まさか酔って前後不覚の状態で潰れていたら拉致されてしまうとは。

 

 あのこそ泥、やけに酒を勧めてくると思ったら。何が「相手してくれて助かったぜ!いや~どう中に入るか悩んでたんだなぁ」だ。

 幸いにも発信機を持っていた為レオリオからの救援は見込めたし、魔法でアルコールをさっさと抜く事もできた。

 相手には念能力者も魔法使いも無い通常の兵士達ばかりだったから、一度相手の監視が外れた後の対処は楽なもんだった。

 

 骨法、余り有名な流派じゃないが凄く便利なんだよな。その後に北斗神拳をトキ先生から手ほどきされたが、医療には兎も角戦闘用としてはあれは強すぎる。

 チキュウエリアの東風君は元気だろうか。骨接ぎの技術を習ったきりになってしまったが、あの初心な青年の恋が実ると良いのだがな。

 

 しかし、オルガの奴も未だにあの傷跡をそのままにしているのか。あの時の戦闘は本当に怖かった。敵の攻撃の中で立ち止まるってのは本当に怖いんだな。鉄華団の連中はそんな中で戦うんだから凄いもんだ。俺はたった一人を助けるので精一杯なのにな。

 

 あの恐怖に比べれば夕呼やまりもを抱えてBETAの海を渡った時の方がマシだったな。戦車級や兵士級を楯にほいほい飛び回るだけの簡単なお仕事だ。

 ただ、あの後から夕呼が俺の顔を見るたびに卒倒するようになったのは何故だろうか。あれだけは未だに分からん。

 

「先生、そろそろ夕飯の準備が出来ます。なのはちゃんもどうですか?」

「うん………ああ、テンカワか」

 

 今現在、長期療養の為に集落の住人となっているテンカワアキトは、元々コックだったがある事件の影響で味覚を失ってしまったらしい。

 体の中のナノマシンが悪さをしていたせいとの事だったので、一先ず致命的な暴走ナノマシンを『最適解』と念能力を駆使して取り除き、後は体の感覚を馴染ませながらゆっくりと元の体に戻している最中だ。

 

 内臓や血管といった部分はクローニングの技術もあり入れ替えてしまえば良いが、失った感覚を思い出すのは手間が掛かるからな。

 今は味覚の感覚を思い出しながら料理人の真似事をしてもらっている。彼の作るチャーハンは、所々足りない物を感じるが、男やもめの俺やレオリオが作るよりかは大分美味い。

 元の腕を取り戻せたら、料理人として奥さん共々働きたいと言ってくれているが、君の奥さんは出来れば受付か何かにして欲しい所だ。

 

「あ、じゃあ、ご馳走になります!」

「ああ、勿論いいよ。出来れば感想も聞かせて欲しい。久しぶりに作った料理でね………」

 

 朗らかな笑みを浮かべるアキトと、談笑するなのは君。このまま食堂に行くと恐らくアキトは奥さんの手により酷い目にあうのだが、リア充に対する慈悲を残念な事に俺は持ち合わせていない。ユリカさん、イネスさんに加えホシノ中佐まで怪しいというハーレム系主人公もかくやというモテ男には良い薬になるだろう。

 

 というか、先生の代わりをやっていて俺に春は来るのだろうか。暗い予想に俺は頭を数回振った。

 

 頼む、神様。早めに次の統合で先生をこっちによこしてくれ!ブラック・ジャックをよろしく!

 




赤いジャケットを着た男:クロオを酔い潰して囮にし、基地内に潜入。何が目的だったかは不明。一体ルパン何世なんだ・・・・・・

オルガ・イツカ:鉄華団団長。本当は統合軍の銃撃できぼうのはなが流れる予定だった模様。しかし生き残った。

三日月・オーガス:鉄華団団員。オルガの右腕。嫁さんが二人。片方は子供も作っている。子供の名前は暁。自分の背丈が子供に遺伝しないといいなぁと思っている。

高町なのは:最近は体力もついてきたため色々お手伝いをしているが、大概空回りしている。が、理数系に関しては集落でも1,2を争う為診療所や鉄華団の経理を手伝ったりしている。七実とは『同年代』という事も合って非常に仲良くなった模様。

トキ:七実という日に日に強くなっていく激流を制する凄い人。クロオの癒し枠。

七実:現在の身分は虚刀流六代目代理。父に成り代わり弟を立派な当主とするべく恋に鍛錬に草むしりと忙しい日々を送っている。なのはとはかなり相性が悪いはずが逆に変にかみ合ったのか仲良くしている模様。

ホシノ・ルリ:防衛機構中佐にしてカセイエリア郡軍政官。前線司令部のナンバー2に辺り、タイヨウ系エリア郡全体でも上位5本に入る権限を持っている。前回のクロオの渡航を支援したり色々彼を助けているが、全ては家族を取り戻す為。そしてその思惑は報われた。

イネス・フレサンジュ:機動戦艦ナデシコの誇る説明おばさん。今回はほとんど説明できなかったので機会を見つけて説明すると思う。休みのたびにテンカワアキトの元に行っているらしい。

香月夕呼:物理学の天才。BETAと戦い続けていた世界から統合。周囲エリアへの警告を何度も発していたが結局間に合わずBETA戦がおきた。その際、とある基地内で脱出が間に合わず死亡する所をクロオに助けられたが、その際に非常に酷い目にあっておりクロオを見たりその時の話を聞くだけで卒倒する。

神宮司まりも:防衛機構所属の軍人。現在は教官としてBETAの再侵攻に備えて新人を鍛え上げる毎日を送っている。クロオに夕呼と共に救助され、以降彼を慕ってアプローチをかけているのだが直前で気後れするのかクロオには伝わらず、毎回スルーされている。

アイザック・ギルモア:ユダヤ系ロシア人の科学者。サイボーグ技術を専門としているが、同時に医療分野の見識も持つ。自身が手がけたサイボーグ、00ナンバー達と一緒に悪の秘密結社から逃れた過去を持つ。防衛機構カセイ行政府に所属後は、その技術をエリアの為に使えないかと日夜研究を重ねている。

シロエ:別名腹黒メガネ。元々工学部の大学生だったという意識と賢者と呼ばれるハーフアルヴだった意識が交じり合い、1人になった。非常に柔軟な思考と、カセイエリアでは数少ない魔法系統の知識を持っているため日々こき使われている。

テンカワアキト:現見習い料理人。現在は集落に居を構えて五感の治療中、テンカワユリカという奥さんが居るが、複数の女性に言い寄られている模様。彼はもう黒い王子様ではない。

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