ブラック・ジャックをよろしく   作:ぱちぱち

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次の話が詰まってたので他の話でもと思って書いたら8000文字を超える事態に(震え声)

同じパターンで固まってしまってるとの声があったので、今回は普段とは逆に主人公主体の文をメインにしてみました。
ただ、日常回のつもりだったんですが盛り上がりのない文章になってしまったので、読み辛い方は飛ばしても大丈夫です!
クオリティを維持してかける作者さんは凄いですね・・・精進します。

追記 何の登場人物か分からないとの声があったので夜に人物紹介でも作ります。


誤字修正、ハクオロ様、五武蓮様、名無しの通りすがり様、佐藤東沙様、竜人機様、狛犬2207様、kuzuchi様、名無しの通りすがり様、ななかま様、匿名鬼謀様いつもありがとうございます!

後、フェイリスちゃんはフェイリスが正式名称なんでちょっと修正してます。→そういやまゆしぃだけフェリスちゃんって呼ぶんでしたね()
すみません、自分のミスでした!

文章をちょっと手直し(2.12)


クロオの休日。人を救わなかった日の話

「まさか大事な用件とやらが荷物持ちだとは思わなかったな」

 

 少し皮肉を込めて呟くと、対面で電子部品をにやにやと眺めていた男がバツの悪い顔をした。

 ウリバタケ・セイヤ。俺の住まう集落でも……いや。カセイエリア全体でも1、2を争う技能を持った技術者だ。

 あの山に居を構える時、防衛機構から紹介という形で流れてきたこの男は、集落有数のトラブルメーカーでもあり、ムードメーカーでもある。やらかす事の規模も迷惑さも大きいのにどこか憎めない、そんな不思議な印象を人に与える男だ。

 

「悪かったな、先生。機械部品はどうしても山じゃあなぁ」

「…………いや、構わんさ。俺も助かっているしな。たまには外を出歩くのも良いだろう」

 

 鉄華団の人間を除けば唯一と言っても良い技師のウリバタケが、どうしても私に頼みたい事があると言って来たのは昨日の事だった。

 大体の機械類に精通している彼は集落の便利屋のような存在だ。彼のお陰で我々は近代的な生活をあんな山の中で送れているといっても過言ではない。

 

 最近見ていたリリカルなのはも見終わってしまったしな。新しいDVDを購入しようと思っていた所でもある。

 ウリバタケの頼みを断る理由も意思も持っていなかった私は、護衛役としてホシノ中佐から派遣されてきた朧君と相談し近隣でも特に治安の良い世界の東京・秋葉原に来ていた。

 

 と言っても勿論、護衛を引き連れての行動になるが、な。どうにも不自由な身の上だ。簡単な外出でも一騒動起きてしまう。

 恐らく今周辺で遠巻きに俺達を見ている店員や客の中にも朧君の配下が紛れているのだろう。

 

 何せ彼女も、彼女の配下も忍者らしいからな。

 らしいというのは、そうは見えない程に本人は非常に可愛らしい少女なのだ。だが、配下の忍び達は非常に優秀な人物が多く、トキ先生が南斗の拳士に比すると評価していたし間違いはないだろう。

 ただ、格好が少しアレなのはな。彼らの時代ではあれが普通だったのかもしれないが。

 

 彼等とはすでに数週間の付き合いになるのだが、少し苦手だ。何というか、俺をまるで殿様のように扱ってくる所が。

 彼等にとって俺は英雄で、命に代えても守り抜かなければいけない存在なのだという。

 とんでもない話だ。勿論、悪い意味で。

 

 俺は医者であってそれ以上でも以下でもない。ブラック・ジャックと誤認されていようといまいと、そこだけは変わらない。

 人を治す事以上の物を求められても、それはそっちで勝手にやってくれとしか言えないのだ。

 

 何より俺を守る為に命を投げ出しても構わないというその気概は大したものだが、俺からすれば悪い冗談にしか聞こえない。

 こちらは命を救う為に必死なのにその俺を守る為に命が散らされる。俺のキャパシティがどの辺りで限界になるか見物だな。

 

 そこまで考えて、ふと気づく。

 ……もしかしたらこの外出も気晴らしの一環かもしれない。何だかんだでウリバタケは面倒見の良い男だ。

 俺がストレスを溜めているのに気づいていたのだろう。これは、後でウリバタケには礼を言わなければいけないな。

 

「ウリバタケさん。これは何かわかりますか?」

「ああん…………そらおめぇ。そいつを用意してくれたメイドさんの愛がヤバイ位篭ったオムライスだよ。絶品だぞ?」

「…………ユリカに怒られなければ良いんだが」

 

 アキトの言葉に考えを脇に置く。朧は先ほど店員に話しかけて席を立っていた。今、この場にはこの外出の企画者であるウリバタケと俺。そして運転手代わりに連れてこられたアキトの3名だ。

 

 ウリバタケの言葉に眉を寄せて、アキトはメニューを睨みつける。

 味覚が戻ってから何かと食べ歩く事を趣味にしている彼に、丁度良い機会だからと今回身内の護衛がてら足を出してもらったのだが、少し悪い事をしたかもしれない。

 

 流石に以前のようにマントはつけていないが、黒いスーツに身を包んだ彼と黒いコートを羽織った俺は明らかにこの店舗では浮いている。

 店員だろう少女達も怖がって近寄ってこない。

 

 作業着姿のウリバタケでも少しキツイ印象だが、持ち前の空気が馴染むのか彼は自然体でこの店に溶け込んでいる。

 今まで物資の調達の際に何度かここに来ているらしく、店員も俺やアキトが入店した際その出で立ちに顔を引き攣らせた後、入ってきたウリバタケの顔にほっとしたような表情を見せていた。

 

 もしかしたら店に入った時、来た事もないのに言われた「お帰りニャさいませ、ご主人様」という言葉に答える必要があったのだろうか。

 どう答えれば良いのか分からずそのままウリバタケに任せてしまったが、俺も返事をするべきだったかと少し悔やむ。

 

 ……等と考えていると、一人怖がる素振りも見せずに笑顔を浮かべて近付いてくる少女がいる。ピンクの長い髪をツインテールにしてドリルのように巻いている。

日本系の世界では珍しい髪の色だ。

 

「セイヤさん、お久しぶりニャン! そして初めましてニャン! フェイリスはフェイリス・ニャンニャンだニャン! ご注文はお決まりですかニャ?」

 

 注文を取りに来たらしいフェイリスと名乗る少女は、伝票を持つと笑顔でそう尋ねてきた。

 お久しぶり、と言うからにはウリバタケとも面識があるらしい。

 

「フェイリスちゃん、今日も可愛いねぇ! オムライス一つ頼むぜ」

「…………オムライスを一つ。先生もそれで良いですか?」

 

 少し思案した後にアキトはそう答え、俺を見る。

 メニューを受け取り、少し流し読む。大体のメニューはこの体になる前、ただの間黒夫だった時に行った喫茶店と大きく違いはないようだ。

 ただ、世界がヤバイ、だとか、メイドさんの愛情たっぷり、といった付属の言葉が良く分からない。アキトが戸惑ったのも頷ける内容だった。

 こういう時に日本系統の世界では魔法の逸品がある。俺はメニューを閉じてフェイリスにこう尋ねた。

 

「ふむ……すまないがボンカレーはあるかな」

「ありませんニャ。というかあると言ったらお店的にとっても困りますニャ」

「………………………………そうか」

 

 残念だ。非常に。行きつけだった喫茶店は300円でボンカレーを出してくれたのだがなぁ。

 研修医時代はあれが貴重なエネルギー源だった。何よりどんな下手糞が作っても精々温めが不十分な位で美味しいのだ。

 本物のブラック・ジャック先生がうまいと言う理由もわかる。彼ほど世界中を股にかける人物なら、どこで食べても同じ味というのがどれだけ貴重な事なのか理解していたのだろう。

 

 帰りにボンカレーを仕入れなければいけないな。後カップヌードルも。

 ウリバタケやアキトに習い、この場はオムライスを注文する。

 フェイリスは元気良く「注文承りましたニャ。オーダー! 世界がヤバい! オムライス3つですニャ~!」と声を発し、手際よく伝票を記入してカウンターへ歩いていった。

 

「で、お目当ての物はあったのか? このエリアの統合時の時間軸は2000年代。俺からすれば故郷のように感じるが、お前さんからすれば古臭すぎるだろう。後…………不貞をしたら、覚えているな?」

 

 その後姿をニヤついた顔で……若干下向きに目線が行っている気がするが……眺めるウリバタケに声をかける。

 以前、不倫でもしたら集落全員で死にたくなるような目に遭わせると本人には伝えている。

 

 流石にこの男でもあんな子供に手を出す事はないだろうが、この男は当時18歳の少女に不倫を持ちかけた事がある前科持ちだからな。

 釘は刺しておく必要がある。あれだけ美人のオリエさんに子供が4名も居て、何が不満なのか。俺には相手も居ないと言うのに。

 ウリバタケはその言葉に若干顔を青くしながら引きつった笑顔を浮かべて頷いた。

 

「わ、分かってる。下手な事はしねぇよ、死にたくねぇしな……バラしたパーツもレストアしたり他のパーツの部品に使ったり、やりようはあるのさ。金属自体が手に入れば自作しても良いし。それに、他のエリアから流れる部品も落ちてるから落穂拾いも意外と馬鹿にならねぇんだ」

「それが出来るお前さんは本当に優秀だよ。・・・それと、本当に頼むぞ。お前さんの去勢なんぞ俺はやりたくないんだ」

「…………じ、自重します」

 

 深々とテーブルに頭を下げるウリバタケにアキトと俺の視線が突き刺さる。

 重婚が制度化されているカセイエリアだが、不倫や愛人といった物に関してはかなり厳しい目で見られる事になる。

 重婚という制度が認められているのは、余力がある人物が多数を娶るという前提があるからだ。

 それだけカセイエリアの環境は……特に東側は厳しいものがある。ミカヅキのように即日この制度を適用してくるぐらいの男らしさを是非見せてほしいものだ。

 

「おっ、お待たせしましたにゃ! 世界がやばい! おむらいす3つお待たせにゃん!」

「お、おお! 来た来た! さ、早速食べよ……」

 

 天の助け、とばかりにウリバタケが頭を上げ、そして固まった。釣られてそちらを向いた俺とアキトも思わず虚を突かれる。

 

 そこには、先ほどから姿のなかった朧君がスカート丈の短いメイド服を着て、恥ずかしそうに顔を赤らめながらオムライスをもつ姿があった。

 頭の上にある猫耳が、時折ピコピコと揺れている。

 何度か瞬きをして俺とアキトはテーブルの飲み物を脇においてテーブルを空ける。

 

「…………お、おぼろ・にゃんにゃんです、にゃん」

「ああ、可愛いよ。そういった衣装も似合うんだね、朧君」

「…………ありがとう、ございますにゃん」

 

 朧は笑顔のままオムライスをテーブルの上に置き、がくり、と膝から崩れるように地面に座り込んだ。

 彼女の背後に居たフェイリスが信じられないものを見た、というような表情でこちらを見るが。意表は突かれたが考えれば護衛である彼女が場に溶け込もうとするのは当然の事だろう。

 

 同じ立場のアキトも動揺せず受け入れていたしな。

 ただ、同じ立場の割にはこちらは明らかに目立ちすぎている。

 いや、役割分担と考えればこれで良いのか。アキトが目立ち、朧君達が目立たないように動く。

成る程、良く考えられている。

 

 朧君に関してはちと演技に羞恥心が残っているのがマイナスポイントだが、彼女の努力は認める。故に極力騒ぎが起きないように対応したのだが、緊張が限界を超えてしまったらしい。

 手を貸して立ち上がるよう促し隣に座らせる。少し気負いすぎてしまっているようだし、年長者として声をかけるべきだろう。

 

「良いかい、朧君。君がとても努力しているのは知っているし、君達が私の為に身を粉にして働いてくれているのもわかっている。余り伝わっていないかもしれないが感謝しているよ」

「うっ」

 

 私の言葉に小さなうめき声が聞こえてくる。

 ……余り気負わないように言葉をかけたつもりなのだが。顔色を見るに体調が悪いわけでもあるまい。不思議に思いながら言葉を続ける。

 

「その格好も任務の為なのだろう。恥ずかしい気持ちを我慢してくれたんだね。頭の下がる思いだ」

「本当に申し訳ありませんでした」

「何故謝るんだい?」

 

 思わず尋ねるも勘弁してくださいとだけ言って彼女はテーブルに頭を突っ伏し、フルフルとその頭に付けたネコ耳を震わせる。

 本心を語りかけているつもりだったのだが、余計にショックを与えてしまったらしい。

 やはり人を使うと言う事は俺には出来ないな。

 

 

 

「ありがとうございましたにゃ!」

 

 随分騒がしい客だったはずなのにフェイリスは笑顔で店の前まで出て笑顔で我々を見送ってくれた。

 プロ意識と言う奴か。一度も嫌そうな顔を浮かべなかったのは凄いと正直に思う。随分と迷惑をかけたはずなんだがな。

 

 最後に記念写真を、と言われたので朧君を含めて4人と、フェイリス。それに数人のスタッフの方々と一緒に写真を撮り、その内の1枚をその場で現像して頂いた。若干朧君が涙目なのが引っかかるだろうが良い写真だ。

 

「ありがとう、また機会があれば来るよ」

「フェイリスちゃん! また来るぜ〜!」

「お世話になりました…………ウリバタケさん。少しお話が」

「う、ううう。ご迷惑を、おかけしましたぁ」

 

 俺がペコリと頭を下げるとウリバタケとアキト。そして未だにショックから立ち直れない様子の朧君が頭を下げる。

 彼女は、俺達の姿が見えなくなるまで手を振っていた。

 

「ありがとう、ウリバタケ」

「ん?何だ一体」

「いや。良い店を紹介して貰った。サービスも良かったし、また機会があれば来たいな。良い気晴らしになった」

 

 俺の言葉にウリバタケはへっ、と鼻で笑い前を向いた。

 偶にはこんな日もあって良い。さて。皆に土産でも買っていこう。

 

 

 

 

Side.F

 

 彼等の姿が見えなくなるまでフェイリスは手を振った。そして、彼等の姿が完全に見えなくなった時に店内から一人の男が出てくる。

 

「ご協力ありがとうございました。店長さんにお礼を渡してあります」

「あ、はい、ですニャ……」

「それでは我々はこれにて」

 

 顔の無い男が頭を下げると共に、ぞろぞろと店内から仲間と思わしき人間が店を出る。中には何度か見たこともある常連の姿も、と思ったら急に別人の顔に変化してしまった。変装という奴だろう。信じられない速度で別人に切り替わっていた。

 

 彼等は口々に「美味しかったです」だとか、「次は個人で来ます」と頭を下げて店を離れていく。

 フェイリスは彼等の見送りも笑顔で行った。

 最後の一人が人混みに消えた後。フェイリスは笑顔を浮かべたまま店のドアを開け、店内に入る。

 そして、ドアに背中をもたれさせ、ズルズルとその場に座り込んだ。

 

「フェリスちゃん! お、お疲れ様!」

「まゆしぃ……フェイリスはやったニャ。ギアナ高地での修行が天国に思える緊張感の中やり遂げたニャ。もうゴールしても良いよね……」

「フェリスちゃん! 寝たら死んじゃうよ!」

 

 親友に肩を借り、フェイリスは立ち上がった。

 彼等が入店する数分前。突如入ってきた防衛機構を名乗る男達から、これからVIPが来店する為協力して欲しいと通達され、訳も分からず店に居た他のスタッフやご主人様方と指示に従っていた時、彼等はやってきた。

 

 一目で分かるほどの存在感だった。

 この街は秋葉原。彼のコスプレをする人間だって沢山居るし、中には本物と見分けも付かないようなレベルの物もある。

 ただ、今日。彼を初めて見たこの場にいる全員が、一瞬でこれが【本物】なのだと理解させられてしまった。

 今まで見てきた物はどれだけ高いクオリティを持っていようと、所詮は真似事だという事を。

 そこに居るだけの彼に、それをフェイリス達は分からされたのだ。

 彼こそが【本物】。ブラック・ジャックなのだと。

 

 静寂に包まれていた店内は、それまでが嘘のように騒がしくなった。抑え込まれた興奮が爆発したのだろう。店内に居る人間全てが先程の体験を口々に語る。

 疲労の極みに達していたフェイリスはまゆりに連れられて控室へ向かう。店長からは今日は上がっていいとのお達しも出ている。

 

 疲れた足を心地良い興奮で誤魔化して、フェイリスは先程ブラック・ジャックと撮った写真を見る。

 凶真に見せびらかしてやろう。きっと羨ましがるだろう。

 

 

 

Side.U

 

「おう、帰ったぞ」

「あ、セイヤさん、お疲れ様です」

「父ちゃん、お帰り!」

 

 ガラリ、と自宅の引き戸を開けると、玄関先で長男と鉄華団のヤマギが工具を持ち出して何やら怪しい機械を弄り回していた。無線機だろうか? アンテナを見る感じ受信用みたいだが。

 

「何してんだお前ら?」

「盗聴」

「トキ先生にぶっ飛ばされる前に止めとけ。ヤマギ、お前、後でサレナのオーバーホールな」

「うえぇ!?」

 

 靴を脱ぎながらそう言って部屋に入る。

 ガキ共は俺の血が濃いのか周りの環境が悪いのか。随分と悪ガキに育っちまった。良い事だ。今の世の中、品行方正なんぞより多少悪くても行動力に優れている方が生き残れるのだから。

 

 鉄華団の宿舎に隣接される形で作られたウリバタケの家は、鉄華団工房の真横にある事もあって鉄華団の整備班の溜まり場になっている。雪之丞とは技術屋同士話も合うし、少年兵達に情が湧いたのもある。飯位食わせてやったり、手習いレベルだが整備のイロハを仕込んでやっても罰は当たらないだろう。

 妻のオリエが育児で困っている時、補助もして貰っているしな。

 

 今日、大事な用事があるのは本当だった。付き合わせてしまったブラック・ジャックには悪いが、この村では彼を巻き込めば大抵の事は通る。移動用の高速連絡機を動かす事も容易なのだ。

 

 本人には帰る際に事情を説明し、出来れば家族には秘密にしておきたかったと伝え、許しを得てある。ニヤニヤと笑われたのと、女性に対するだらしなさで苦言を呈されたのは、まぁ、しょうがあるまい。

 

 つい衝動的に動いてしまうのは長年の悪い癖だ。ただ、ヒカル以降、本気になった事も本気で口説いた事もない。もし、あの時に重婚制度があればと考えた事もあるが、恐らく結果は変わらなかっただろう。

 己よりもあの娘は大人だった。それだけの話だ。

 

「ただいま」

 

 ナデシコを降りた後、妻と何度も語り合った。

 時には喧嘩もしたし、仲直りもした。

 そしてようやく分かった事がある。どうやらこの口煩い妻の居る所が、己の帰る場所らしい、と。

 

 オリエは台所で夕飯を支度しているらしい。返事はない。まだ機嫌が直ってないのだろう。

 結婚記念日なのにと、出掛けの時にぶつくさと文句を言っていたのを思い出す。

 

 さて。買ってきたネックレスで少しでも機嫌が取れれば良いんだがな。

 ウリバタケは恐る恐る台所に足を踏み入れた。

 

 

 

Side.A

 

「アキト、メス猫の匂いがする」

「良く分かったな」

 

 玄関先でそう言われ少し驚いた。特に意識していなかったのだが、あの店の匂いが体に染み付いて居たのだろうか。それとも、帰り際に朧ちゃんを慰めた時の物だろうか。

 アキトの答えにユリカが膨れ面を見せる。

 この顔は嫉妬だろう。エリナとイネスを妻に迎えると伝えた時と全く同じ表情だ。

 一つ答えを間違えれば地獄に落ちる。経験からアキトはそう考えた。

 

「アキト。またなの?」

「いや、今回は違う」

 

 荷物を肩から下ろし、中身を開く。

 女性の心の機微は残念な事に未だに良く分からない。だから、同じ女性にアキトは尋ね、実行した。

 荷物の中からメイド服と猫耳を取り出し、アキトは言った。

 

「きっとユリカに似合うと思ってお店の人に色々尋ねたんだ。上質の物を選んでもらった」

「アキト。たまにアキトの考えてる事が分からなくなるけど大好き!」

「俺もだ。愛してるよ、ユリカ」

 

 ひしっと抱き着いてくるユリカを抱きしめる。

 何故か少し涙が見えた気がするが……首を傾げながらアキトはユリカを抱き抱えて部屋に入った。

 

 

 

 

Side.O ではなくA

 

 布団の中に潜り込みシクシクと泣き濡れる朧の姿に、朱絹はため息をついた。

 夫の弦之介から自身が居ない間の里衆の統制を任されて一月経ち、ホシノ中佐の元で働く弦之介の期待に応える為にあれこれと行う朧の試みは、大体が斜め上か下に転がる結果になっている。

 

 彼女が努力している姿によってこの集落にも受け入れられつつある為、決して無駄ではない。むしろただ黙々と仕事を熟すよりも早く溶け込めている気がしないでもないし、伊賀と甲賀の蟠りも少しづつ改善して行っているのだが、失敗を繰り返している当人からすれば気休めにもならないだろう。

 

「朱絹殿」

「小四郎殿!」

 

 襖越しに声をかけられ、少し声を上擦らせながら朱絹は手早く身嗜みを整えて、そっと襖に手を掛ける。

 少しだけ襖を開け、その姿を確認した朱絹は静かに襖を開いて外に出た。

 

「ひ……朧様は、お休みですか?」

「少し、そっとしてあげましょう。今は時間だけが何よりの薬となります」

「えっ……あ、いや。では、明日挨拶をさせて頂きます」

 

 武家屋敷の形に誂えられた伊賀の屋敷の庭先は、植生が違う為元の通りとはいかないが日本庭園のような姿に整えられている。

 その庭先で、恋人達は久々の逢瀬を楽しんでいた。

 

「それでは、弦之介……様達は順調に勲功を重ねているのですね」

「はい。天膳様が死んでおられる事にも最近ようやっと慣れたと仰られていました」

「まぁ。天膳殿は相変わらずなのですね」

 

 その様子を思い浮かべ、二人は堪らず笑いだした。

 考えられない事だ。三年前まで会えば殺し合う間柄だった伊賀者と甲賀者が、今では肩を並べて共に戦っているのだから。

 あの統合から全てが変わった。彼等の里は外敵の多い世界に接していた。憎み合っていた伊賀と甲賀は、互いが生き残る為に手を結んだ。元々不戦の条約を交わし、婚礼同盟を結ぶ予定だった事もある。

 それから一年。襲い来る鬼のような生物との戦い。我武者羅に戦って、戦って、戦い続けて。生き延びた彼等を待っていたのは、どうしようもない絶望……BETAの侵攻であった。

 

 そして、我々の里は。生まれ育った故郷はBETAの海に飲まれて消えた。

 伊賀も甲賀も等しく死んだ。前頭領のお幻も、甲賀の前頭領甲賀弾正もBETAの海に轢き潰されて死んだ。

生き残った者は両方の里を合わせて100名も居まい。

そして、生き残った者達もその後に同じ運命を辿る筈だった。

 BETAの海から二人の人間を抱えて現れた、黒いコートの男が居なければ。

 

『我々はかの御仁に生かされた。故に命の礼は命で返す。各々方、異論があらば前に出よ』

 

 ブラック・ジャック様の慈悲により、彼の脱出に合わせて命を拾った我々の前で、甲賀弦之介……現頭領がそう宣言し、その言葉に誰も歯向かうものは居なかった。

 あの天膳殿ですらも。

 それだけ、あのBETAの海が我々に与えたものは大きかった。

 

 弦之介の妻である朧が色を使ってでもブラック・ジャック様に取り入ろうとした事を、誰も問題視しなかったのはその為だ。結果は成功とは言えなかったが、彼の心の内を朧は引き出す事が出来た。それだけでも十分過ぎる程の成果である事に彼女だけは気付いていないが。

 

『感謝している』

 

 この言葉がどれだけ嬉しかったか、彼には分からないのだろう。彼は常に感謝され続けている人物だ。彼にとっては、当然の事なのかもしれない。

 

「小四郎殿、お戻りはすぐになるのですか?」

「頭領からは、数日は骨を休めよと仰せつかっておりますが……」

「ご報告したき事がございます。実は……」

 

 朱絹にとって朧は仕える主であると共に、手の掛かる妹でもある。

 そんな妹のあげた大戦果を、朱絹は嬉しそうに語り始めた。




ウリバタケ・セイヤ:機動戦艦ナデシコの誇る?「こんなこともあろうかと」枠。劇中で10歳年下の女の子にマジで不倫を持ち掛けているが、きっちり振られている。ただ、何故か奥さんとは仲直りして劇場版では新しい子供まで生まれてる。爆発しろ。

テンカワ・アキト:元黒の王子様。現見習いコック兼護衛兼運転手。とても似合っていたらしい。

朧:ピチピチスーツの方だと思った人は挙手。
弦之介と婚姻。子供はまだだが仲睦まじい模様。また、朧の猫耳メイド姿の写真は無事小四郎経由で弦之介の元に届いた。

フェイリス・ニャンニャン:クロオとの2ショット写真をフェニックスパレスに見せた所、無事羨ましがられた模様。その場に居たダルはむしろウリバタケの方に反応していた。

朱絹:実はメイドの中に紛れていたり常に朧の近くにいた。彼女にとって出来の悪い妹の奮闘が実った目出度い日なのだが朧にとっては完全に黒歴史入りなので、褒められる度に心を鑢で削られているのに気付いてない。

筑摩小四郎:朱絹から必ず弦之介に渡すようにと封筒を渡された。中身は開けるまで知らない。なお全く関係ないが、アニメ版バジリスクでは小四郎は朧に片思いをしてるくさい描写が何度かあった。深い意味はない。

トキ:最近七花に見知った南斗聖拳を伝授している。

七実:力を貯めている。

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