ブラック・ジャックをよろしく   作:ぱちぱち

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彼、大好きなんですよね。


誤字修正:50ノーティカルマイルの空様、ハクオロ様、ミスターパンプキン様、kubiwatuki様、とくほ様、竜人機様、五武蓮様、Gifld様、亜蘭作務村様、佐藤東沙様、KAORI@マーク様、名無しの通りすがり様、オカムー様、薊(tbistle)様、kuzuchi様、ドン吉様、キテレツ様ありがとうございました!
それと今回、結構な部分佐藤東沙様の添削を受けたので次回はもう少し頑張ります(震え声)


ハインリヒ(注意・今回完全にオッサン向け)

「…………終わったぞ」

「ああ……ありがとよ、先生」

 

 上着を羽織る。肌の感覚が鋭敏過ぎて眩暈がしそうだった。

 いや、これが普通の人間の感覚か。数十年ぶりで忘れてしまっていた。生身の部分も多い他の仲間たちは、こんな感覚なんだろうか。

 右手を見る。彼の硬質な指は全て人の肌色で覆い隠され、その下の凶器は影も形も見えない。

 完璧な仕事だった。

 

「素直に全身をクローニングすればもっと手早かったんだがな?」

 

 皮肉るように笑うブラック・ジャックの言葉に、心が揺れるのを感じた。

 生身の体。オレ達が望んでやまないソレは、この世界では比較的容易に手に入るものだった。

 

「10年前に聞きたかったよ」

 

 本音と皮肉を半々に混ぜて返すと、ブラック・ジャックは苦笑を浮かべた。この男も、似たような経験を持っている。下らない質問をしたと思っているのだろう。

 

 今更。そう、今更だ。恋人を失い…………体を改造され、人から兵器になった。仲間たちと組織から逃げ出してからは、逃れる為、生き残る為に戦い続けた。

 そのうち銀色に光る右腕に愛着すら感じるようになり、宿敵との戦いにケリをつけて。そして、組織の残党を少しずつ潰し、ようやく平和な生活を送れるかと思った矢先に統合に巻き込まれた。

 

 神様という奴が碌でもない野郎だという事は知っていたが、戦いに次ぐ戦いの果てに待っていたのがこのクソみたいに混雑した世界だというのは、流石に酷すぎるだろう。

 

 オレ達にとって唯一幸いだった事は、近隣の世界がまともな文明と知性を持っていて、まず対話する事からスタート出来た事だ。もしこれでチキュウエリアのように人類間の戦争に駆り出されていたら、心の弱い仲間は、あるいは耐えきれなかったかもしれない。

 

 ……服を着終わった。体を触る際に柔らかい感触を感じ、所々戸惑いながらの着替えだった。

 戸惑う、というよりは思い出す、だろうか。

 柔らかい金属。ブラック・ジャックはオリハルコンと言っていた。様々な金属と混合させることによって多種多様な性質を持つこの合金を、彼はオレ達の人工皮膚と人工筋肉に組み入れた。

 

 その結果が、これだ。

 右手を眺める。そこには普通の人間の手があった。開いて、閉じる。違和感はない。

 専門外の分野とはいえ、この男の施術でそんな物が出るとは思わない。だが、試さずにはいられなかった。

 今までの人工皮膚とはレベルが違う。感覚まで、完璧に再現されている気がする。

 

「ナイフを出しても?」

「ああ、構わんよ」

 

 部屋の主に許可を取り、左手からレーザーナイフを出す。使い慣れたナイフの感触と、慣れない自身の皮膚を焼き切る感触。幸いな事に痛覚はない。

 機能は損なわれていないようだが、早めに試しておいて良かった。違和感に足が取られたらそこでお陀仏となりかねない。

 

 そして、今度はナイフを仕舞う。さて、どうなるか。

 レーザーナイフが消えた後は、切り開かれ焼け焦げた跡が残っている。これだけでは意味がない。問題はここからだ。

 理論上は問題ないと分かっている。だが、実際に目で見て確かめないと信頼が置けない。兵器は何よりも信頼性が重要だ。

 兵器として生まれ、裏切った者(オレ)が言うのだ。間違いない。

 

「……良いね」

 

 傷口を見守っていると、ミリミリと音を立てて周囲の皮膚が傷口を覆い隠していく。カバーの速度も中々だ。

 これならナイフを出している所を見られなければ早々問題はないだろう。

 同じ要領で肘や膝の仕掛けを動かしてみる。こちらも裂けた皮膚が数秒で治り、元の様に覆い被さった。

 

「他の連中にも施しているがお前さんのは特別仕様だ。調整の具合はどうだ?」

「痛みを感じない事以外は、人間にしか思えんな。本当にこっちの知識はないのかい?」

「機械系統の知識はない。人にやり方を聞いてようやく…………といった所だな。結果の良し悪しがわからんから、あまり専門外の事はやりたくないな」

「…………あんたを知れば知るほど世の天才とやらが霞んで見えるよ」

「そいつぁ光栄だ」

 

 冗談めかしたブラック・ジャックの言葉を聞きながら、傷の消えた左手を握る。先程までの傷は欠片も残さず消えている。この難しい施術を、この男は本心から大したことじゃないと思っているのだろう。

 香月夕呼が苦手とする理由が分かった気がする。これと比べられるのなら天才なんぞと呼ばれたくはないだろうな。

 

「暫くは慣らしてから現場に出てくれ。それと、ギルモア先生に間が勉強になりましたと言っていた、と伝えて欲しい」

「ああ、必ず伝えておく………………なぁ、先生」

「うん?」

 

 了承の意を伝え、そしてそのまま部屋を後にしようとした時。思わずオレは振り返った。

 心の片隅で彼に問いかけようと思っていた言葉。もしかしたら、という思いがずっと燻っている言葉。

 そのまま何も無かった事にして去るのが最善だとは分かっている。分かっているのだ。

 だが、一度開かれた口を閉じる事が何故か出来ない。

 

「もし、もしだ…………」

 

 

 

 ブラック・ジャックの診療所を後にする。ドアを開けた時体中で感じる情報量の多さに少し困惑を覚える。

 風が吹き付けるだけでこれか。慣れるまでは実戦は控えた方が良さそうだ。

時刻はまだ昼を少し越えた辺りだろう。迎えの時間まではまだ間がある。少し、散策でもしようか。どうしようもなく歩きたい気分だった。

 

昼時だからか、朝方訪れた時には煩いほどに多かった少年兵たちの姿は無く、彼らが家屋を建てているのだろう工事現場には、重機代わりのMWが乗り主不在の状態で置き去られている。昼飯でも食べに行っているのだろう。

 無用心な、と思ったがこの集落の鉄壁さを思い出し考え直す。

 

 以前、初めて訪れた時。ただ訪れただけなのに殺す気で襲ってきたあの恐ろしい女を思い出す。あの時は本当に死ぬかと思った。

生身の女・・・・・・しかも娘と呼ばれる年齢の・・・・・・が009相手に加速装置を使わせ、そして、その速度域に対応してみせた時、オレはあの娘をスカールやボグート並の強敵と認識した。

 トキと名乗る医師が割って入らなければ、恐らくオレ達の誰かとあの娘は死んでいただろう。オレに002、005、009。フルメンバーとはいかないが、戦闘向きのサイボーグ4名がかりで誰かが犠牲になると思わされた。後に鑢六枝の娘であると聞いたが、化け物の娘はまた化け物だったという事だ。いや、もしかしたら娘の方がより…………。

 

 そこまで考えて、右手を眺める。少し悪い方へ考えが寄っていた。

 自分達がここに攻め込むなんて事は天地が裂けてもないだろう。立場的にも、恩義としても。カセイエリアの行政府は何故かあの男を特別視している。

 命がけで守れと言われる事はあるかもしれないが、攻めるなんてことはそうそう起きまい。

 戻ったら、ギルモア博士に感謝しなければならない。あれだけ気難しい男に電話一つで依頼を飲ませたのだから。

 しかも、ブラック・ジャックの口ぶりを考えるに感謝までさせたのだ。どれだけの手札を切った事だろうか。

 

「やぁ、ハインリヒさん。今日で終わりですか?」

「ああ…………レオリオ君か。先ほど見てもらった。特に異常は感じないから、暫くは様子見をしろ、だそうだ」

「成る程……少し、見せてもらっても?」

 

 ラフな格好で現れたレオリオがそう声をかけてくる。了承し、右腕を彼に見せると、しげしげと眺めながらズボンからボロボロのメモ帳を取り出し、書き込みを始める。

 ブラック・ジャックの弟子だと言うが、非常に向上心のある青年だ。

 ここを訪れる際、彼が窓口になる為何度かやり取りをしているが、その実直さと見え隠れする優秀さに00ナンバーズ内でも彼の評価は高い。

 診療されたら改造されると専ら評判の医療部門に来てくれないだろうか、と同僚との話のネタにしているほどだ。

 

「しかし、あんたの専門は医療だろう。こいつはブラック・ジャック本人も言っていたが完全に専門外だぜ?」

「人しか治さないなんて時代じゃないでしょう。サイボーグ化した人物の治療も行うと考えれば、少しでも知識は蓄えるべきなんだ。先生も、皆さんのお陰で勉強になったと喜んでましたよ…………皆さんには、直接言わないでしょうがね」

 

 レオリオの言葉に思わず成る程、と思ってしまった。

このカセイエリアには掃いて捨てるほどに失った体の一部をサイボーグ化して生活している人間が居る。

 彼らが病気になった時や怪我をした時、それらを診るのは医者の仕事になるのだ。

 治したは良いが機械化部分が壊れて余計に危ない事になるなんて、笑えない事態も起こりえる。最低限知識は必要だろう。

 しかし、喜んでいる、か。

 偏屈な部分が目立つが、ここに引き篭もっていても新しい知識に関しては未だに貪欲らしいな。

 

「……ありがとうございました。本当に普通の腕と見分けが付かない……素晴らしい」

 

 メモを取り終えたレオリオはそう言って軽く頭を下げた。

 その賞賛の言葉に同意を込めて頷く。

 

「ああ、流石の出来だ。感覚まで再現されているからな……そうだ。右手のギミックを動かしたいんだが、どこかに銃を撃っても良い場所はないかな?」

「ああ。なら俺も今から行くんでご案内しますよ」

 

 時間もあるし軽く慣らしでもしようと思ってそうレオリオに尋ねると、レオリオは自身の行き先と一緒だと案内を買って出てくれた。

 特に異論もないし、ただ歩くだけよりも誰かと話しながら歩いた方が憂鬱な気分が紛れる気がしたため、連れ立って集落の中を歩く事に決めた。

 レオリオから聞くところによると、行き先は集落の外れにある、新しい開拓予定地らしい。

 何故そんな場所で? と尋ねると、ただそこが最も被害にあっても問題がないからだとレオリオは簡潔に答えた。

 被害と言う言葉に一抹の不安を感じながら、彼の行先についていく。

 

 そして、5、6分ほど歩いて集落の外れから森の中に続く獣道に入ると、被害と言う言葉がけして比喩表現ではないという事を知った。

 その森の中で開けた一角はまるでそこだけ大きな嵐にでもあったかのように荒れ果てていた。

 木々が半ばから折れていたり、二つに裂けているものもある。地面には隕石でも落ちてきたのか大きな穴が開いている箇所が数箇所あった。

 極めつけは、広場の真ん中に刺さっている数本の巨大な樹木だろうか。

刺さっている。そう、これも表現などではない。そうそうお目にかかれないほどの太さの幹を持つ巨大な樹木が、逆さまになってむりやり広場に打ち込まれている。

 

「…………クレイジー」

「あ、やっぱりあれおかしいですよね。最近慣れちまったからなぁ」

 

 思わず呟いた言葉にレオリオが嬉しそうに反応した。この光景を慣れたで済ませるお前さんも大概なんだがなぁ。

 言葉を飲み込んで、広場を見渡す。広場の中央では黒い長髪の男と黒い長髪の女が拳を交えている。

 いや、あれは拳を交えていると言う言葉で表して良いのだろうか。

 女が拳を振るう度に地が裂け、風が吼える。見覚えのある光景だ。

 

「相変わらず凄まじい女だ」

「ああ。ハインリヒさんは七実ちゃんと戦ったことがあるんでしたっけ」

「思い出したくもない。我ながら良く生き残ったもんだよ」

 

 思わずその一挙手一投足に目を奪われる。

 武と舞は根幹の部分で同じだと聞いた事があるが、成る程。確かに鑢七実の戦う姿は美しかった。

 そして、それは相手の男にも言える事だ。

 鑢七実の武が動であるとするならば、対する男トキの武は静だろうか。

 七実の巧みな足運びにも反応せず、同じ場所から動かずに構えを変え、向きを変え。

 傍から見れば、まるで型稽古を連続して行っているように見えるだろう。

 勿論、そんなわけがない。そう見えるほどに最小限の動作で、あの男は七実の全方位から繰り返される攻撃を捌ききっているのだ。

 ただの一度も自身から攻撃を行わずに。

 

「成る程。あれがトキか」

「ええ。あれがトキ先生です」

 

 思わず賞賛の意味を込めて名前を呟くと、まるで我が事のようにレオリオは嬉しそうに言った。人格も申し分ないようだ。

 何度か防衛機構がスカウトを打診して、その都度断られていると聞いていたが、あれは確かに放っておく事はできないだろうな。

 彼が同僚であればどれだけ助かる事か。思わずため息がこぼれる。

 

「レオリオ君。すまないがどの辺りなら試し撃ちをしても構わないかな」

「ああ、それなら……」

 

 あれを見ていると思わず声をかけてしまいそうになる。

 目を逸らす意味でも、この場に来た目的を果たそうとレオリオに声をかける。彼はその言葉に頷いて、空き地の端の方を指差そうとし、ぎょっとした表情を浮かべて顔を両腕で守った。

 ドガン、と音がして、レオリオの姿が視界から消える。そして、代わりに見知った顔の長い髪の女が先ほどまでレオリオが居た辺りでくるりと宙返りをして、ぴたりと立った。

不味い。と思った瞬間に体が動いて後ろに飛ぶ。人工筋肉の反応速度が速い。自分の理解が及んだ瞬間に、体が勝手に動いたようだ。が、それが功を奏したらしい。

 

「…………あら? 打ち込んだと思ったのだけれど――」

 

 オレが居た場所を貫手で打ち抜いた姿勢のまま、七実は不思議そうに首を傾げた。

 首を傾げたいのはこちらの方だ。防護服を着こんで来れば良かったと、まさか思うことになるとは思わなかった。

 チラリと吹き飛ばされただろうレオリオの方に目をやる。ダメージは無かったらしく、慌てたようにこちらに向かっている。

 

「襲われる覚えはないんだがな」

「その体を試しに来たのでしょう? 以前いらっしゃった時には半端をしてしまいましたから――お詫びにお付き合いしようと思いまして」

 

 そう言って、七実は可愛らしい笑顔を浮かべて姿を消した。

 速い、というよりは迅い。サイボーグである自身は確かに通常の人間よりも、圧倒的に反射神経が優れているが、何かに意識を取られたりすれば勿論そこに集中してしまう為、周りに対する反応が遅れてしまう。そして集中していたからこそ一度対象を見失ってしまえば、手痛いしっぺ返しがくる事になる。

 咄嗟に前転しようとし、間に合わず背後から切り裂かれる事になった。

 

「グゥッ」

「咄嗟に反応されるとは思いませんでした。以前の時も思ったのですが、貴方はかなり上手い方――なのでしょうね。ああ、勿論傷つかないように調整してあります。貴方の筋肉を抜く事は出来ない程度にですが」

「そいつぁ、ありがとうよ!」

 

 スーパーガンをパラライザーに設定。威力を最低にまで落として七実を撃つ。が、再び霞むように消えた七実の身を閃光が穿つ事はなかった。

 まただ。或いは音速ですら反応する自身の反射神経を彼女はあっさりと振り切った。

 足に力を込めて跳躍する。あれに慣れるには時間がかかる。少しでも距離をとらなければいけない。

足の膝に仕込まれたミサイルを地面に撃ち込む。爆風に煽られて少し体勢が崩れるも、視界の端で七実が爆風から逃れたのが見えた。

 姿が見える。やはり最初の移動が全ての要なのだろう。

 けん制代わりにパラライザーを連射し、相手の出鼻をくじく。

 

「恐らく初速。そこが全ての要って所か。今オレが撃ってるのは麻痺銃だ。当たっても問題ないぜ?」

「ご明察です。やっぱり貴方は上手い方なんですね――もっと色々見せてください」

 

くるりと体勢を整えて七実に向き直る。着物の汚れが気になるのかぱんぱんと服を払い、七実は静かに構えを取った。

 既視感を覚える。この姿を自身は見たことがある。ここではなくどこか。もっと血生臭い場所で。

 不味い、と思った瞬間、七実の首筋にトキの手刀が突き刺さった。

 ぐらり、と揺れる娘の体を、優しくトキが抱きとめる。

 

「すまないな。どうにもこの娘は少し血の気が多くてね」

「…………止めるなら、早めに止めてくれよ」

「君ほどの戦闘巧者との手合わせは、貴重な経験だからな。咄嗟の判断、洞察力。見事なものだった」

「……そいつぁ、光栄だ」

 

 真顔でそう言い切るトキに、先ほどブラック・ジャックに言われた言葉を返す。

 皮肉を言われても面の皮一つ動かない、か。いつでも飛び出せるよう準備してた辺り人格者ではあるのだろうが、武芸者特有の精神性は持っているらしい。

 強くなる為なら本当に何でもやるからな。武芸者(こいつら)は。

 

「トキ先生! クロオ先生のお客さんに何て事してんすか!」

「クロオ君からは事前に聞いている。彼らはいわば新しい体を授かったばかり。一度動かしてみるのが一番手早いリハビリになる」

「色々文句はあるが……まぁ、そうだな。確かに反応速度やら色々確認しとかなきゃいけない物は見えた気がする」

 

 反射速度が上がりすぎて、咄嗟の行動でとんでもない事が起こりえる。この空き地でソレが分かったのは確かに僥倖だったかもしれないが、それはそれだ。

 トキに対して貸し一つ、と伝えると、彼は黙って頷いた。

 

 

「よう、どうだハインリヒ。新しい肌は」

「ああ…………お前かジェット。ああ、良好だよ。良すぎてビックリしちまった」

 

 迎えに来た垂直離着陸機に乗り込むと、そこには同じ00ナンバーサイボーグの仲間、002、ジェット・リンクの姿があった。

 わざわざ任務の途中で迎えに来てくれたらしい。

 機体に乗り込み、そのままヘルメットを被る。マッハにも耐えられる構造をしている彼らにGスーツは必要ない。

 キャノピーが閉じられると、ジェットはエンジンに熱を入れた。

 

「で、どうだった、あの子」

「あん?」

 

 重力制御システムによって浮き上がり、徐々に角度を変えていく機体の中ジェットがオレに尋ねてきた。

 良く意味が分からずに聞き返すと、ジェットは「ほら」と呟きクイクイと親指を外に向ける。

 指が向いている先を見ると、そこには笑顔で手を振る七実の姿があった。

 

「初めて会った時はおっそろしい子だと思ったがよ、話してみたら可愛い良い子だったな。お前とジョーに御執心で偉く話をせがまれたぜ」

「……よせやい。もう、そういうのは良いんだ」

「…………そうか。すまん、な」

 

 口ごもったジェットに、いや…………とだけ返して、俺は外を見る。

 人は、生き返らせることは出来ない。それは、医者の仕事ではない。

 当然の事だった。質問するまでも無いことだ。

 ただ、何故かあの時。俺はこの言葉を止める事が出来なかった。

 

 

side.T

 

「七実君」

「はい。あら、トキ先生。先ほどはどうも」

「ああ。加減はしたが、痣にはなっていなければいいが」

「お気になさらず。修練に傷は付き物――なのですよね?」

 

 問いかけるように尋ねる彼女に、トキは一つ頷いた。

 強すぎて修練で傷を負う、という事が彼女には殆ど無いのだ。

 彼女の弟は毎日のように生傷を絶やさず修練している。

 その事を見て学習している彼女は、自身に経験は無いが修練とはそういうものだと仮定してこう言葉にしたのだろう。

 

 歪である。非常に。北斗の者に生まれていれば…………或いは女子の身で伝承者にすらなれたやも知れぬ才。

 その才を妨げていた病は彼女から消えうせ、阻む物が無くなった彼女の拳は日に日に鋭く、迅くなっていく。

 或いは後10年も修行を積めば、無の境地にすら届くやも知れないと思わせるほどの拳才。

 それゆえに、トキは惜しいと感じていた。

 ただ才に任せて伸ばした拳では決して伝承者には届かないのだから。

 

「時に七実君。確認したいのだが」

「――はい?」

「あの構え、私は君に見せた事はない。どこで見た?」

 

 故に、トキは自身に役目を課した。クロオという異才を見守るという役割とは別に、もう一つ。

 トキの質問に、七実は目を輝かせて口元を綻ばせる。

 その笑みは、父親に褒められる事を期待した幼子のような笑顔だった。

 

「――北斗」

 

 七実は両掌を相手に向けるように腕を伸ばし、膝を曲げて腰を落とす。

 馬歩の構え。

 

「羅漢撃」

 

 可憐な声と共に無数の腕の残像を生み出し、七実はトキに向かって真っ直ぐに突き進んだ。

 全力を出さずとも勝ててしまう彼女の全力を受け止める。

 己に課した役目を全うする為、トキは静かに構えを取った。

 

 

side.K あるいは蛇足

 

『すまぬなぁ。面倒をかけてしまって』

「いえ。私も良い勉強をさせていただきました。また何かあれば連絡をお願いします。それでは」

 

 電話先の渋い声に声が弾みそうになるのを抑えながら、俺はギルモア博士との電話を終えた。

 ハインリヒは約束通りに伝言を伝えてくれたらしい。電話で言えば良い? 恥ずかしいから嫌だ。

 今回、完全に専門外の分野だったから殆ど『最適解』さんに頼ってたんだが、『最適解』さん気を緩めるとすぐに彼らを生身の体に戻そうとするから非常に疲れる手術だった。ハインリヒに対してつい生身に戻した方が楽って言っちまったけど気にしてないだろうか。

 

 まあ、それよりもギルモア博士だ。うん、凄いなギルモア博士。

 勉強になりました、尊敬してます。

俺の手元にあるクローニング技術を使って、オリハルコンを元にした人工筋肉を作ってそれをサイボーグの人工筋肉に入れ替えて戦力アップを図る。という計画らしいんだが、この計画書の最初の部分だけを見たらマッド感漂っているが、中身を見たら外観は人間そっくりに。もしそれが出来なかったり、本人達が望むなら人間の体に、という親心としか思えない内容で思わず二つ返事で受け、昔のツテをたどってオリハルコンの加工技術を調べたり色々頑張ってしまった。

 

 最初の施術の時はギルモア博士にも色々手伝ってもらったしな。人を治すためだけ以外に手術をしたのは…………ドラえもんも含めれば初ではないのか。あっちは修理だったが。非常に糧になる一件だったが、正直、未知の知識が頭になだれ込んできていて暫く難しい手術はしたくない。

 あと、今回施術の前に力を借りたいと防衛機構に頼んだ結果、鷲羽さんに連絡を取れたのがある意味一番の収穫かもしれない。ドラえもんの修理の際も彼女には本当に世話になったし、借りばかりが溜まってしまっている。今度チキュウエリアに行く時は菓子折りを持っていかないといけないだろうな。

 

ハインリヒのカルテを書き終える。さて、次は005、ジェロニモ・ジュニアか。面積こそ大きいがハインリヒほど複雑な手術は必要ない。一番の山場は越えたといっても過言ではないし、残りのメンバーも早めに終わらせるとしよう。

 

 しかし…………うむ。やはりな。

 日課になるブラック・ジャックの単行本を読み返す。デザインが全然違うのに本間博士とギルモア博士が似通っているように感じてならない。やはり鼻が大きいのと大きなゲジ眉のせいだろうか。

 実際に会ってみると全然違うのは分かるのだが、不思議と彼の言葉には素直に頷いてしまう自分が居る。

 

 単行本の中では、玄関先で嘆くブラック・ジャック先生に本間先生の幻影が慰めるように声をかけている。

 この話を、俺は必ず一日に一度読むことにしている。

 生き物の生き死にを自由にするなんておこがましいことなのかもしれない。この言葉を、胸に刻みつけるためにだ。

 こんな命の軽い世界で、こんな『最適解』(チート)を持ってしまった自身を縛る為に。

 俺はブラック・ジャック(本物)ではないのだから。

 

「やっぱり英雄なんて柄じゃないよなぁ…………」

 

 苦笑を浮かべながらそう呟いて、俺はブラック・ジャック(原作)に向かって手を合わせる。

 お願いします手塚先生(神様)。次の統合ではブラック・ジャックをよろしく!

 




アルベルト・ハインリヒ:サイボーグ009より。00ナンバーサイボーグの火力担当。後悲恋担当。普段は長距離トラックの運転手に扮して色々な世界で諜報活動を行っている。

ジェット・リンク:サイボーグ009より登場。00ナンバーズの空中戦担当。足のジェット機能で空中をマッハ5で飛べる。加速装置を有するなど戦闘能力も悪くないのだが、七実はあまりお気に召さなかったらしい。

レオリオ:昼飯時だった為鍛錬組への声かけとぶっ倒れているだろう七花とアキトを介抱する為に広場に向かっていた。尚、鍛錬組の昼飯を用意しているのはユリカなので、アキトはぶっ倒れる前に七実に帰される場合もある。

トキ:今回は後書きが本番じゃなかった。七実の羅漢撃を受けきり投げ飛ばした模様。ケンシロウに連絡を取るか迷っている。

鑢七実:今回は後書きが本番じゃなかった。強敵との手合わせで満足していた所にトキに対して全力を出せた為かなりご満悦状態。割と全力で放った羅漢撃を受けきられて更にドン。そもそも彼女と羅漢撃はかなり相性が悪い技なのだがそこには気づいていない。

ギルモア博士:サイボーグ009より。サイボーグたちの生みの親であり天才科学者。大きな鷲鼻と白髪、またサイボーグたちに対する姿勢にクロオは尊敬の念を抱いている。ただしマッド気質もある。
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