いくつかは移さずに『試作品集』に残しますが、気に入っているから読みやすくするため映して欲しいと言われる方がおられましたら仰ってくださいませ。直ぐに移動いたします。
正直、自分では選ぶ基準がよく分かりませなんだ・・・。
宇宙世紀0084。今日も地球上では連邦軍がジオン残党を相手に“至って平和的な戦争を”継続中である。
『ガガ・・・こち・・・地球連邦軍代2・・・管区司令部。現在、当基地は所属不明の武装勢力から攻撃を受けている。代23・・・補給中隊は当初の予定よりも南に10キロほど下ったポイン・・・67にて待機せよ』
「こちら、中隊リーダー《コウノトリ1》。通信状態が悪く、よく聞き取れなかった。もう一度確認したい。我々の移動先として指定されたポイントの正確な番号を提示願いたい」
『・・・ガガ・・・現ザ・・・当基地は所属不明勢力の奇襲を受けて交戦チュ・・・ガガ・・・』
急激に通信状態が悪化した無線機の周波数を『形式に則って調整し』一応の体裁を整えてからミデア輸送機《コウノトリ1》の副機長は隣に座っている上司に対して形式通りに報告する。
「どうやら所属不明勢力がミノフスキー粒子を散布したらしく、管区司令部との連絡が困難となってしまった様です。機長、どうされますか?」
「やむを得ない。本来であるなら指定されたポイントまで移動するのが筋なのだろうが、この通信が敵の偽電による陽動作戦の一環である可能性を否定しきれない以上、私は中隊乗員の安全と貴重な補給物資の保存とを優先すべしと考える。
機を上昇させて雲の中に入れろ。そこなら敵のレーダーに感知される事もない」
「了解。《コウノトリ1》上昇、後続機は当機に続け」
味方の基地が敵の奇襲にあっているというのに危機感を欠いた事務的なやり取りに終始するミデアの機長と副機長。
やがて雲の中に入り、レーザー回線でのコンタクトを不可能にすると機長は、ドライブレコーダーのスイッチを切って肩を回し、副機長も両腕を大きく伸ばしてため息を付く。軍服の詰め襟をあけて風通しをよくすると、胸ポケットから紙タバコ入りのパックを取り出して一本くわえてから機長にも差しだし、
「お一ついかがですか?」
「もらおう」
軍用機の中で正規軍に所属している連邦軍人二人が任務中に喫煙行為を平然と行うというダラケきった姿を晒して気を抜きまくって見せている。
ジオン残党が言うところの『平和ボケして腐りきった連邦軍の象徴』そのものの姿ではあった。
無論、敵には敵に言い分があるだろうし、事情があるのもよく分かってはいる。
だが、正直なところ彼らにとっては本心から「どうでもよかった」
敵が否定したいなら好きなだけ勝手にしててくれて構わない。彼らには彼らの生きるべき日々の生活があり、国だの人類の未来だのに一喜一憂していられるほど楽な生活は送れていないのだから・・・・・・。
「ミノフスキー粒子が散布されている状況で雲の中なら、なにかトラブルがあって報告出来なくても報告義務違反にはなりませんし、機器の故障もリアルタイムで確認とり続けるのは不可能ですからねぇ。ようやく安心して気が抜けますよ」
「まっ、実際には連邦の管制システムなら雲の中だろうと何だろうと後からでも確認取りようはいくらでも出来るんだろうけどな。今時きちんと機能している基地管制センターなんて首都ダカールとか軍事要衝ぐらいにしか存在せんだろ地上には」
二人は予定にはない小休止を得て、一服しながら雑談を交わしあう。長く続いているだけで一向に慣れることの出来ない連邦軍人としての生活スタイルは彼らにとっての大きな精神的負担となっており、こうして偶の休憩を利用した息抜きでもしないとやっていられない。
それが彼ら一年戦争時に徴兵され、戦後もリストラされることなく軍に残れた悪運の強い現地徴用兵たちの現在であった。
彼らの多くは戦争で家を失うか職を失った者たちであり、家族と自分を養うために連邦軍の軍服に袖を通しただけの一般人に過ぎず、開戦前から連邦政府に半ば以上忘れ去られていた辺境地域の住人たちにしてみたら「敵が攻めてくる」「ジオンだ連邦だ」といきなり言われてもよく分からないと言うのが率直な感想だったのだ。
訳も分からぬままテレビのニュースでしか見たことのない連邦正規軍の軍服を着た偉そうな男がやってきたかと思うと翌日には形状のことなる二種類の巨人同士が行う戦闘に巻き込まれて家を失った者や家族を失ったもの、両方ともに無事ではあったが職場だけは消失させられた者たちなどが町の人口の三割近くにまで上っていた。
連邦の辺境にある片田舎の地方都市だ。養える人の数など元々大して多くはないし、予備の備蓄だけで三十パーセント近い人口を養えるなら農業都市に変貌させてた方が儲かる。何の価値もない田舎の町に敵が攻めてきたのも、ただ単に勢力拡大に伴って手に入れておこうとしただけの無意味すぎる攻撃であって、派遣されてきた迎撃部隊を相手に無駄弾を撃つ余裕も必要性も持ち合わせないジオン正規軍は敵機の待ち伏せを察知した途端に撤退していき、家屋の被害も大半は迎撃のためにと設置させられていた地雷やら爆薬やらが吹き飛ばしたものであり、敵から受けた被害は逃げるときに牽制目的で撃った一発が命中して弾け飛んだジムの肩アーマーに押し潰されて即死した老人一人だけしか出ていない。
要するに彼らは『出稼ぎ軍人』であり、戦争で悪化した経済を立て直すためにと中央優先で復興を押し進めるため労災も国民保険も未払いのまま放置されている、役所に人がいなくなって久しい故郷の町へと戻る気のなくなった中年戦災孤児たちでしかないのである。
軍人らしい勤勉さなど持ち合わせられる環境で育ってはいないし、むしろ求める方がどうかしている。求めるのであれば教育してくれと頼み込みたい程度の軍事教練しかしこんでもらえていない身なのだから致し方ない。
「しっかし敵さん。今日も相変わらず元気っすねー。あんだけモビルスーツを動かして、よく腹が減らないもんですよ。俺らなんか自分たちが運んでる物資の中にあったパイロット優先食のゼリーに手を出すべきかどうかで散々葛藤しまくってるっていうのに」
「減ってるさ。むしろ食うための飯がなくなって、腹ぺこになったから襲いかかってきているだけだろうよ。雲に入る前にチラッとだけ見た敵の編成なんかスゴかったからな。もう訳がわかんなくなっちまってたわ。
ザク頭にザクボディーで腕は旧ザク、腰部のスカートはジムのを転用。バックパックはスナイパー用ので武器は旧式ザクマシンガン。ジム頭のガンタンクがショルダーアーマーとザクシールド付けてたのが見えちまった時なんか、思わずコメディー映画の撮影かなにかと勘違いしちまいそうな心境にされてたわ」
「チラッとしか見てないって言いながら、イヤにはっきり記憶してますね機長・・・」
本当はしっかりと見物しながら操縦を俺一人に押しつけてたんじゃないのか? そんな副機長の疑惑に満ちた疑いの視線を受けて機長は「はっ」と鼻で笑い飛ばして一蹴する。
「あんなキテレツな見た目のモビルスーツ、一目見たら忘れられるかってんだ。敵さんの懐具合が伝わってきちまって俺まで侘びしい気分にさせられてんだからよぉ」
「なるほど、そりゃ確かに」
大いに納得できる事情と理由説明に満足した副機長は休憩へと戻り、吸い終わったタバコをポケット灰皿に押しつけて、もう一本吸おうか迷ったあげくに我慢を選んだ。残り少なく、基地の在庫数も乏しいらしいと噂に聞いている。今回の補給物資からチョロまかしたい物ベスト1に燦然と輝いている嗜好品の星であったが、それ故に在庫0で半年以上を過ごさせられた遠くない過去の記憶は生々しく彼の脳裏に焼き付いている。あの苦しみを再び味わうぐらいなら今この場で我慢する方が賢明だ。
なにしろ『もうじき補給物資を合法的に横領できる』友人がきてくれている可能性が高いのだから、今すぐ危ない橋を渡る必要性は微塵もない。
安全を確保してから前に出るのが戦術の基本であり、死なせるつもりで前へ前へ進まされるのは一年戦争当時だけで十分過ぎるだろう。
「最近のジオン残党軍は所属勢力を問う事なく、連邦の基地を襲いさえすれば送ってもらえる公称みたいなもんになっちまってるからな。あの部隊だって本当にジオンなのかどうか分かったもんじゃない。
連邦に恨みはなくとも連邦の基地に置いてある備蓄が欲しいだけの盗賊もどきは幾らだっているご時世だしな。
噂じゃ戦場跡に遺棄されてるパーツやらなにやらを売り買いするジャンク屋からの収入で食いつないでる子供たちが主力社員を勤めている非公式国営企業なんかもあるとかないとか・・・末期だよなぁ戦時中も戦後も年表だけが増えていって俺たちの生活は変わらず末期ってるままだ。いつまで続くのかね、本当に」
肩をすくめてみせる機長に、副機長がなにか口に出そうとした瞬間。
ビーッ! ビーッ! ビーッ!
・・・突如として鳴り響いたサイレンに二人は即座に対応する。タバコを放り出してドライブレコーダーを立ち上げてエンジンを起動、後続機に状況を報告させる。
「こちら《コウノトリ1》、現在我が部隊は敵の攻撃を受けていると思われる。各機、状況を報告せよ」
『こちら《コウノトリ3》、三秒前に砲撃を受けましたが掠めただけです。損傷なし』
『こちら《コウノトリ4》、先ほど機体前方を通過していった物体を2秒間視認。《コウノトリ3》を掠めていった物と同一体であると推測します。コンピューターに確認させたところ旧ジオン制のマゼラトップ砲に用いられていた砲弾と99パーセント以上の確率で一致。断定して良いと判断いたします』
落ち着き払った声音での報告が機長に、彼らの報告の正しさを確信させる。
よく、映画などではオペレーターがマイクに向かって怒鳴り声を上げているシーンが描写されているが、本来のオペレーターたち管制官は空を行くパイロットたちにとっては文字通りの命綱であり水先案内人でもある。
冷静さを欠いた状態で怒鳴り散らさす相手からもたらされた情報を疑いもなく信じられるパイロットたちの神経をこそ疑いたくなる機長としては熱血漢な脳筋軍人よりも、彼らのような敵からの攻撃を受けながらでも形式通りに仕事をこなしてくれる者たちの方が信用するに値する存在だからだ。
「マゼラトップ・・・元は戦車用の砲塔だった物をモビルスーツの携行火器として持ち運びを可能にした兵器だったな?」
「はい。持ち手の都合上、形状こそ大きく変貌しておりますが、中身や砲身に手をつけられた物は現地改修版以外に発見されておりません。
なによりも戦車用に使われていた物をそのまま転用可能な兵器ですので、懐事情が苦しい部隊であろうとも牽制に用いることが可能です。
無論、それ故に現在砲撃してきているのがジオンなのか盗賊もどきな軍人崩れなのかの判断が現段階では不可能なことも意味しておりますが・・・」
敵の正体が分からないと言うのは、非正規戦闘においては非常に厄介な事案だ。どこまで妥協が利いてくれるのかが判らない。
仮に敵が飢えてるだけのジオン残党軍、正規軍が理想を捨てることなく抵抗運動を続けているだけの敗残兵だった場合には、逃げきれないと判断した際に降伏と投降という選択肢が存在し得る。礼儀正しく南極条約を守ってくれるからだ。
彼らに捕まったとしても無意味な反抗を行いさえしなければ捕虜待遇以上のことをされる恐れはない。後ほど司令部から交渉人が派遣されて非公式会談の場を持ち、捕虜の解放と引き替えにいくつかの物資を提供するのと一定期間の安全保障条約を締結させる等の良識的なやり取りを経た後に生きて基地へと帰り着くことが出来る。
ミノフスキー粒子やら墜落してきた艦隊の残骸やら、バラバラになったコロニーの破片やらが散らばっていてレーダーの網の目が粗すぎる等に起因する治安維持の難しさから、半ば無法地帯が乱立してしまっている状態にある地域においては中央の政治とは無縁にこの手の非合法な条約締結によって治安維持を計らざるをえない惨憺たる状態になっていたのである。
「・・・とはいえ現時点では所属不明だからな・・・もしも連邦の軍人崩れだったとしたら最悪過ぎる展開になっちまう・・・」
顔をしかめて独白する機長の発言は、狂信的な連邦至上主義者が聞いたら『非国民な売国奴』呼ばわりされた直後に拳銃抜いて処刑されてしまう危険きわまるものであったが、それでも現実的に辺境地域住人たちにとって最悪の脅威となっているのは野盗化したジオン残党と、連邦正規軍からの脱走兵たちで形成された所属を明かさないまま基地を攻撃してくる盗賊どもの事を指す単語となってしまっていた。
彼らのほとんどは例外なく、ルウム戦役で永久に失われた人員を補填する為にかき集められたゴロツキ同然の輩であり、『物量で押す戦略こそ連邦の王道』と言う大前提を満たすために員数合わせとして連邦軍に組み込まれていた者たちだったのだが、軍でも庇いきれないほどの罪を犯して脱走し事実上の犯罪者集団と化して非正規戦が多発していて治安も戸籍データも管理するのが不可能となっている広漠な砂漠地帯に逃げ込んだ主義も思想も有しない危険人物どもの集まりに過ぎない。
言うまでもないことではあるが軍事条約は犯罪者集団に対して、有効に作用しない。効果も期待できるとは思えない。サディストどもが群れていると考えた場合にはジオン残党よりも嫌な奴らだとさえ思えてくる。
「どうしたものか・・・」
対応を決めかねていた機長の耳に、インカムを通して若くて先鋭的な少年めいた美声が轟き、決断を下す重要な要素となってくれた。
『ユニットリーダーへ! こちら《コウノトリ2》! 直ちに全機バラバラに離散しての撤退を進言いたします!』
「離散して撤退・・・だと?」
『はい! 我々の現状と最初に届いた基地からの通信とを加味して考え合わせれば、基地に対する敵の攻撃は陽動であり、本命は我々を襲って撃滅、もしくは拿捕することで基地を干上がらせることにあると小官は予測いたします!』
「・・・・・・」
『如何に装備で相手を上回っていようとも、乗っているのが飢えた将兵たちでは守り切れません! もし仮に基地が陥落し敵の手にでも落ちようものなら先年に起きたジオン残党の大規模反攻作戦『水天の涙』を再現されてしまうことにもなりかねないのです!
リーダー! 今こそ決断の時です! 我々が一機でも生き延びて基地へと辿り付けれたなら、その時点で敵の目論見は潰えて出るべき被害は免れるのです!』
情熱的な若い美声を聞いてる内に機長は《コウノトリ2》の機長を務めているのが、先日配置転換で配属されてきたばかりの若き新兵であったことを遅まきながら思い出す。
ーー確か、一年戦争と《水天の涙》で複数の家族を失い、生き残っている家族の制止を振り切ってまで『悪しきジオンの魔手から連邦国民を守り抜こう』と決意して連邦軍に入った若者だったかーー
彼の簡単なプロフィールを思いだした機長は決断を下す。
“途中まで”は彼の提案を採用するのが一番いい。――と。
「《コウノトリ1》、了解。これより各機バラバラに飛んで落ち延びろ。最終的に目指していた基地まで逃げ延びられることが集合地点の指定だ。忘れるなよ?」
『《コウノトリ3》、了解』
『《コウノトリ4》、了解』
『《コウノトリ2》! 了解であります!』
三者三様の返事が返ってきたところで頷きを返し、いちおう念のためとして伝えておく。絶対に教えておかなくては成らないことだったからだ。
「雲から出たら頭上に注意しろ。まず間違いなく敵は空から我らを見下ろしていて、襲いかかるタイミングを探っている状態にあると思われる。故にバラバラに飛行して逃げる。
敵が高速飛翔体なんて代物を持ってる訳がないだろうし、仮に持ってたとしても数は高が知れてると見ていいだろう。追ってこられるのは俺たちの中から多くても一機だけだ。逃げ延びて味方を腹一杯に食わせてやれよ。作戦開始」
機長が言い終えた瞬間に四機のミデアはバラバラの方向に動きだしーー程なくしてワイヤーを用いて『お肌の触れ合い回線』を行い、雲の中にいるうちに編隊を組み直してから雲をでて、悠々とその場を去っていく。
一方で、一機だけ群から外れた個体に上空から襲いかかる猛禽類が如く黒い鳥。
四枚羽をもつ見たこともない機体であり、その特殊な形状から既存のジオン飛行戦闘機械とは異なる設計思想の元、重力圏内での使用を前提とした何らかの用途に特化した造りとなっている特殊戦機であることが推測できる。
飛び去って行くミデア編隊の背後で繰り広げられているその光景を、僅かに首だけ動かして振り返りながら見物していた機長は冷ややかな声で静かに冷酷に冷徹に嘘偽りなく『正確な論評として』新米若手パイロットの英雄的勇猛さを批評する。
「・・・ドジ」
と、ただ一言だけ。
常識的に考えたなら最初の一撃を受けたときに損傷しなかったと知らされた時点で、解っていてもおかしくない問題だった。
ミデアは『輸送機』であって戦闘用の飛行機械ではない。戦線を維持するために必要不可欠となる軍需物資『生活必需品』を満載した空飛ぶインフラだ。
国家レベルの巨大インフラを兼ねているガルダ級と比べたら微々たる量にすぎずとも、本国を落とされ次の補給がいつ届くのか判然としない中でも戦闘を継続したい者たちにとって見れば『たかだか軍管区ひとつ程度の戦果』で撃ち落としたのでは勿体なさすぎる量が満載されている。
一発だけしか撃ってこない上に、撃墜どころか命中させた事を示す爆発光すら発生してない中で攻撃を停止させて再開しようとしない点から見ても脅しでしかないことが理解できようものを、何故よりにもよって単騎での脱出を提案したりするのだろうか? 機長には若いパイロットの思考が全く持って理解できない。
輸送機のような機動性の無い乗り物であろうとも、敵からドッグファイトを挑まれた時の対処法は逃げるであれ戦うであれ敵にとっては空中戦であることに変わりなく、戦闘機戦で用いられている常道戦術が当然のように応用可能な戦場を形成してしまえる。
そんな中でミデアが生き延びられる可能性を少しでも上げようと思うのであれば、一カ所に固まって的をデカくして飛ぶしかなくなってしまう。撃てば当たって『奪おうとしている飯が燃える可能性』を底上げしてやれば強奪目的の敵は撃つのを躊躇い、殲滅目的の敵が襲いかかってきたときにはミデアがとれる安全策など存在しない。運に身を任せて逃げまくるだけしかできないのだから選択肢は最初の時点で二択しかない。
機長が上述の迷いを抱いて『見せた』のは、そういう役職に付いているからでしかなく、本当の胸の内では事の始まりからすべての行動と言動は想定済みで決めてある。
若いパイロットは空気も戦況も読むことがないままに情熱の赴くまま走り抜け、散ろうとしている。自業自得の無様な散り様だったが、それも神の定めた人の運命というものなのだろう。
歴史上初めて全人類を統一した史上最大規模の国家機構体『地球連邦政府』という名の傲慢なる人工の神の決めた運命ならば、塵のような大きさの自分たちには従う以外に道はない。重要なのは自分たちのうち『何時どこで誰を死なせるか』だけは選ぶ権利を与えられていること。ただそれだけだったのだ。
「悪いな、坊や。恨むんだったら神様か、『ジオンとの戦争はまだ続いているなんて妄想』を信じ込んだ、自分自身のガキっぽさでも恨んどいてくれや」
言い切る機長に迷いはない。
そうなのだ。彼の言うとおり“ジオンと連邦との戦争は終わっている”。
ジオンに公国制を敷き、地球へと戦争を仕掛けさせたザビ家は滅んで国名は代わり、公の場で終戦協定をも交わされて形だけとはいえサイド3はジオン共和国として“独立自治権を獲得”している。
にも関わらず敵は尚も『亡きジオン・ダイクンの意志を継ぎ、偽りではなく本物の自治権を獲得するまで我々はスペースノイドの為に戦い続ける』と主張して戦闘を辞めようとしない。
偽りではない本当の独立自治権って何なのだろう? 彼らはなにをどういう形で手に入れれば気が済むのだろう? そもそもあの戦争は、宇宙に捨てられた民が貧しい生活を送らされているのに地球で安穏と暮らしてるエリートたちが贅沢な暮らしをしているのが許せなかったから仕掛けられたものではなかったのか? にも関わらず当時よりも苦しい生活環境におかれているのに戦闘を継続したいと願う理由って言うのは何なんだ?
ーーその答えはおそらく『私怨』。
戦争を始めるまでの過程で降り積もっていった恨み辛みが、戦争が起きた際に総人口の半数を死に至らしめられた憎しみと憎悪が、戦中の優勢と劣勢、逆転した後に起こる悲劇の数々。
それら全てで一人一人が己の中に詰め込み続けてきた誰かを憎む心が大義名分を薪をくべるための竈として燃え広がり、殺された者たちと見送り続けてきた者たちの恩讐が地球圏全体を今なお包み続けている。
ーー俺たちは亡霊だ。別にデラーズ・フリートに限った話じゃあない。あの戦争で何かを奪われ、何かを与えられて、それを使って今も生きてる連中は誰も彼も皆『一年戦争の怨霊にとりつかれた亡霊たち』なんだろうよ。
自分の理由で始めたわけでもない戦争で何もかも奪われて、奪っていったもので今を生きてる以上は、これからもこの状態は続くんだろうねぇーー
感慨深げに機長が心の中だけでつぶやきを発したのとほぼ同時に隣席から「うひょー! スッゲー」と、副機長が素っ頓狂な驚きの声をあげてるのが聞こえて意識を戻して問いかけようとする。
しかし、その必要はなかった。目をキラキラさせながら副機長が顔を向けてきて、キャノピューの向こうで《コウノトリ2》を追い込み中の黒い機体を指さしながら興奮気味に解説してくれたからだ。
「見てくださいよ機長! ほら、あの機体! スゴくありません!?
ミデアが雲から出てくることを予測して上に控えていて、出てきた途端に頭を押さえて雲に押しつけてますよ! もしかして白兵戦で乗り移る作戦なんでしょうか!?」
「ああ・・・なんだ。《コルベット》隊か。アイツらの狩りは見応えはあるが参考にはならんぞ? なにしろ《我らが良き友人たち》にしか使えない戦術だからな」
「我らが良き友人って・・・あれが噂のコルベットですか!? 戦闘中、敵後方に控えていた補給部隊のうち対ミデア強襲揚陸占拠に特化した補給物資強奪専門部隊の!?」
「そう。そして奪った物資からオコボレとして俺たち同胞にも分け前をくれる得難い《我らが良き友人》の方々だよ。俺も今日は彼らのおかげで、久々にライトビールの缶を開けられるのかと安堵させられてるよ」
ほえ~と、素直な感心の呻き声を上げている副機長の純粋さをうらやましく感じながらも、機長は思う。
仕掛けられた戦争には勝利した。敵国は滅ぼしたし、残党軍は毎年のように大規模な反攻作戦を実行しては大敗し拠点を失っている。普通に考えたらとっくの昔に終わっていてもおかしくない戦争。
なのに何故自分たちは、『既に滅びた国』と戦っているのだろうかと。
古い定義に従い、敵国を滅ぼすのが戦争における勝利の条件だというのであれば連邦は既に勝利条件を満たしていることにはならないのだろうか?
敵本国に城下の盟を誓わせて、敵の首魁を一族諸共皆殺しにして滅ぼして、生き残りの子供は十歳にもならない後ろ盾さえ得られてないガキで、質で数の差を補ってた敵のベテランどもは粗方片づいたはずの今になってもまだ『戦争は継続中だ』と言い張る敵。言い張れる敵。
言うだけでは終わらずに大規模な軍事行動を実際に行うことが可能としてしまえる敵。この底知れない底力はなんなのだ? 自分たちはいったい何と戦っている?
「まさか本当に怨霊と戦争しているってわけでもあるまいにな・・・」
彼自身、軽口の冗談として呟いてみただけの言葉だったが、妙に寒々しいナニカを感じて身震いし、彼は操縦桿を握る手のひらに力を込めた。
「基地に向かう。友人の狩りが敵の主目標であったからには、基地への攻撃隊はとっくの昔に退いて後方に戻っていってる最中だろうからな。航路の安全は確保されたんだし直進してまっすぐ飛べい」
「了解。でも、いいんですか? 敵はともかく基地の連中は今の今まで安全に俺たちが狩られるのを見物してただけの連中です。航路が安全って保障はどこにも・・・」
「アホウ」
「は?」
ポカンとする副機長に肩をすくめて見せながら、機長は『こいつも戦争は未だ継続中とか思ってる口か』とため息を付きたい衝動に駆られ、数秒間我慢した後に実行した。
「八百長だ、こんなもん。敵の主目的がコルベット隊によるミデア強奪にあると言ったばかりじゃないか。敵本隊も基地側とグルだから通信乱して砲撃の音とか少なすぎるのを誤魔化してんだろうがよ」
「え? どうしてです? なんのために?」
「“仕事がないと職を失う。軍人は敵と戦うのがお仕事です”」
「ああ・・・存在の必要性ね」
倒すべき敵がいなくなれば軍隊は必要なくなるし、軍人として一年戦争に青春を奪われた奴らは軍隊以外で生きてく術を学んでいない。
自分たち戦争によって親(国)に見捨てられた子供たちが生きてくためには、戦争は続いているんだと言う“誤解が必要”なのも確かな事実ではあったのだった。
「ただでさえ連邦政府の経済官僚どもが戦争終わったから減らしましょうって理由で、軍縮を押し進めてんだぞ?
戦争しないで食ってけるなら軍人は確かにボロい商売ではあるが、戦争終わって失業したら糞の役にも立たない経歴でしかない。再就職に役立たないキャリアなんざ要らねぇし、再就職できない事がわかっているなら今の職場を守り抜くため努力するだろ普通なら。俺は一般的な労働をしているだけの平凡きわまるサラリーマンに過ぎないんだからさ」
「違法行為犯してますけど?」
「生きてくのを邪魔する法律守って飢え死ぬのが正義だってのか? 糞だろ、そんなもん。犬だって食べたがらねぇもんは利用だけしとけばいい。
できるだけ他人に迷惑をかけずに生きてくために必要なのが法律を守ることだってんなら、生きてくための違法行為をできるだけ他人に迷惑かけないよう努力している今の俺たちは模範的な順法精神の持ち主たちだよ、気にするない」
平然といいながら機長はドライブレコーダーに目をやり、それが“始めから接触不良を起こしやすい様に工夫されている”物であることを型式番号から再確認し、形式に従って命令を下す。
「進路を北へ。我々は連邦本部からの通達通りに補給物資の搬入を急ぐぞ」
何もかもが茶番でしかない戦後地球で行われ続けている戦争行為。
その大本がもし本当に“国の亡霊”でしかないのだとしたら、終わらないのも倒せないのも道理だな、と機長は思う。
既に戦争で勝利し滅ぼした国を、再び戦争を使って滅ぼせる軍隊なんて、この世界には実在してはいないのだから・・・・・・。