・・・カタカタ、カタカタ。
ヘリオポリスにある工業カレッジのキャンパスでキラ・ヤマトは、教授から依頼された資料の作成を端末で行いながら、画面の端には常に戦時速報を表示させる癖がついていた。
〈――では次に、激戦の伝えられる華南戦域、その後の情報をお伝えいたします。新たに届いた情報によりますと、ザフト軍は先週末、華南宇宙港の手前六キロの地点まで迫り・・・・・・〉
「・・・・・・」
意識して付いた癖ではない。ただ、幼い頃を一緒に過ごした親友と離ればなれになる切っ掛けとなった戦争について、他のオーブ国人よりかは深く調べて知識があったことも事実ではあった。
「お、こんなところにいた。また新しいニュースか?」
肩越しに突然、ぬっと顔を覗かせてきた学友の登場に驚かされながらも、キラは我に返り、
「トール・・・・・・」
「うわ、先週でこれじゃ、今頃はもう陥ちゃってんじゃねぇの、華南?」
お気楽な調子であっけらかんとコメントしてみせる友人の言葉に曖昧な微笑で返していると、第二の友人にしてトールのガールフレンドでもあるミリアリア・ハウもやってきた。
「華南なんてけっこう近いじゃない? 大丈夫かな、本土」
「そーんな。本土が戦場になることなんて、まずナイって」
不安を交えたミリアリアの言を、トールは悪意のない口調で笑い飛ばす。
彼らの住むヘリオポリスは、中立国オーブが所有するコロニーで、オーブが今次大戦への参加を頑なに拒否し続けているのは確かな事実であったから、彼の言うことはあながち間違ってはいない。
どんな言い訳をしようとも中立国を攻撃することは非難を免れない蛮行なのだから、正面の敵と矛を交えている最中にソレをするのは愚策以外の何物でもない。
オーブが“中立を貫き通す限り”、そう簡単には彼らの故郷が戦火に飲み込まれるという事態にはなり得ない。“条約が正常に守られ続ける限り”においては絶対に――――。
「それよりもホラ、行こうぜ? 教授がお前のこと呼んでるぞ? また資料の編集手伝ってほしいんだってさー」
「え、本当に? うわ、この前の分だってようやく終わったばっかりだって言うのに・・・」
彼らに誘われ、手を引かれながら歩き出すキラ・ヤマト少年。
――そうだ、戦争なんて僕たちとは関係ない。コンピュータを閉じたら終わってしまう、画面上の表示に過ぎないものなんだから――。
“この時の彼”はまだ、そう思っていたし、そう信じていたから、裏表ない率直な笑顔をたたえながら手を引かれ、教授のいる建物へ向けて歩き出し、何気ない仕草で空を見上げる。
――その時だ。
「・・・・・・?」
ナニカが遠く微かに見えた気がして、コロニーの壁を透かし観たかのように『青い宇宙』を実感したかのような錯覚に襲われたのは――――。
「今のは、いったい・・・・・・?」
つぶやく彼に答えるのは、先を急ぎたいトールのせかす声のみ。
その声に「ごめん、今行くよ」と普通に返して、今感じた不思議な感触を記憶の中から忘却の淵に沈めてしまおうとする彼。
だが、不思議とその感触は彼の脳裏に残り続け、今後も彼に『不快な感触』を与え続けることになる。
これが後に、『ユニウス戦役』と呼称される大規模な戦乱の影で活躍した二人の天才の最初の接触だったことを、今の彼は知らないし今後も知ることはない。
なぜなら彼は最強のコーディネーター。
最強に近い位置にいるニュータイプの青年とは力の性質が異なる才能の所有者だったから―――。
「そう難しい顔をするな、アデス」
遠く窓外に浮かぶ、『宇宙世紀』のものとは全く異なる形状をしたスペースコロニー・ヘリオポリスを眺めていた私の耳に、クルーゼの声が聞こえてきたのでソッと振り返る。
彼は無重力状態の艦橋で遊泳しながら、艦長席に座るアデス艦長と入手した情報への対処法についてちょっとした口論をしているところだった。
「は・・・しかし。――評議会からの返答を待ってからでも、遅くはないのでは・・・」
「遅いな。私の勘が、そう告げている」
パサッと、クルーゼが指ではじいて投げ渡してきた写真を手に取り眺めながら、私とアデス艦長、そしてクルーゼはそれぞれ異なる表情を顔に浮かべる。
その画像は不鮮明ではあるが、間違いなく巨大な人型をしたロボットに使うものと断言できる装甲の一部が写されていた。
パイロットであり、指揮艦であり、技術屋でもある私にとっては一目瞭然なそれも、アデス艦長のような船に長くいる人間には判別が難しいのか、あるいはガディキャプテンほど船乗り歴が長くないジャマイカンが、色を変えただけのボスニアの見分けが付かなかったのと似たような理由か。その両方か。
どれにしろ彼は、この連合が開発したとおぼしき新型モビルスーツを奪取するため『中立コロニーに特殊部隊を送り込んで破壊工作をおこなわせる作戦』に消極的ながらも反対のようだった。
「・・・シロッコ副隊長は、この事態。どのように観ておられますか?」
救いを求めるようなアデスの声に、私は今度は身体ごと振り返り、
「私も艦長の意見に賛成だな。この作戦案は却下すべきであると考えている」
「おいおい、シロッコ・・・?」
ハッキリとそう告げた私の言葉が意外だったのか、クルーゼは仮面越しに「正気か?」と言いたげな視線を送って私を見る。
そんな友人の不安を解消してやるため、私はより有効だと前世の頃から暖め続けていた案を開陳した。
「むしろ、ヘリオポリス政庁に堂々と抗議してやればいい。写真も添えてな? 『貴国は中立を放棄して連合に肩入れするのか』と。
民間人諸君らにも聞こえるよう、オープン回線を使って大きな声で避難勧告を轟かせながらな。少数の我々が動くよりもきっと早く確実に事が片付くと私は考えるが、如何かな?」
「・・・悪党だな、シロッコ」
先ほどとは異なる感情を込めた視線で私を見るクルーゼと、呆れてものも言えないとばかりに首を振るアデス艦長。
対照的な反応を示す二人に私は白く輝く歯を見せて、シロッコらしい笑顔を浮かべて見せながら。
「戦いは非情さ。このくらいに卑劣な手は考えてある。
――それよりも私としては、敵が民衆に突き上げられてヘリオポリスから脱出してくるときに敵モビルスーツを奪うため、ノーマルスーツ部隊を貸してほしいのだがね・・・?」
「大尉ーっ」
トレーラーから胴間声で呼びかけられ、地球連合軍大尉マリュー・ラミアスは作業服姿で振り返る。
同じ任務に従事する同僚であり部下のコジロー・マードック軍曹が、無精髭だらけの顔を窓から突き出し怒鳴っていた。
「んじゃあ、俺たちゃ先に船に行ってますんでー!」
「お願いね!」
周囲が騒がしいので、自然と真リューの声も怒鳴り声に近くなる。
ここはヘリオポリス内にある国営軍需企業モルゲンレーテ社の地上部分に当たる。彼女たちは表向きモルゲンレーテ社の社員と言うことになっているから全員が地味な作業服を着ているが、実際にはそのほとんどが地球連合軍に籍を置く身であった。
「・・・ようやく“G”が完成まで漕ぎ着けられたのね・・・。これできっと戦局は動くわ」
彼女が極秘裏に連合初のモビルスーツ開発計画に従事し始めてから数ヶ月、ようやく完成させることができた5機のGの搬出作業も順調そのもの。
後は同じく極秘裏に建造されていた新造戦艦“アークエンジェル”に移送すれば、計画は完遂する。彼女の胸が感慨で満たされるのは当然だった。
だが、しかし。
いつの時代、どんな戦争であろうとも、敵にとっての幸福は味方にとっての災厄であり。
味方を守るため死なせないため、敵の幸福は可能な限り邪魔するのが戦争における礼儀であり常識でもあるのもまた至極当然のことでしかなかったのだった。
突如として天高く頭上から怒鳴り声同士によるやり取りが轟いてきたのだ。
『接近中のザフト艦に通達する! 貴艦の行動は我が国との条約に大きく違反するものである。ただちに停船されたし!』
ヘリオポリス管制官らしき男の声にマリューたちはギョッとさせられる。
ザフト軍!? まさかG計画を察知されたのか? いや、それよりもなぜ、こんな重要な会話を民間の電波に乗せて垂れ流しにしている? これでは機密も何もないではないか!
そう怒鳴りたくなる彼女だったが、彼女が驚くにはまだ早かったことを思い知るのは次に聞こえた敵の声だった。
落ち着いた渋みのある声で、その人物は語る。慣れた調子で敵の急所を的確に突いてくる。
『ヘリオポリス管制室に告ぐ。残念ながらその要求は受け入れられない。なぜなら先に条約違反を犯しているのは我が国ではなく、貴国だからだ。当方はその事実を証明するに足る確固たる証拠を入手している。
貴国が我が国との条約を守り、今後も中立を貫く意志に変わりないと主張されるのであるならば、今すぐコロニー内にあるヘリオポリス工廠から連合に所属する軍属の人間と、開発中の新兵器の双方をコロニー外へ放逐していただきたい。
それが成されないというのであれば、我が国は貴国が条約を犯し、連合に属する決定を下したものと見なさざるを得ない』
「・・・・・・っ!!!!」
マリューたちは驚愕した。
まさか自分たちの存在と計画、その全てが敵の手で暴露されてしまうだなんて! 一体なぜ!?
・・・いや、今はそれどころではない。一刻も早くGの移送を完了させて艦長に指示を仰がなければならない。
幸いヘリオポリスは自分たちを見捨ててはいない。管制官が粘ってくれている間に自分たちは少しでもアークエンジェルまでの距離を稼がなければ! そう思っていた。
――それが公共の電波に乗せられていると知るときまでは―――。
『見よ! これが我々のつかんだ証拠だ! このモビルスーツとおぼしき5機の巨大人型兵器の実在を以てしても、呪わしき連合とオーブ首脳陣との呪わしき癒着の悪意を否定できる者がおろうか!?』
――民間のローカルテレビ局にまでメールで添付されて送られてきた画像。
それは先ほどクルーゼから投げ渡された不鮮明なモビルスーツらしきものの画像――ではない。
もっとハッキリとした、人型だと判る形を持った5機のGがトレーラーに乗せられ移送されていく光景を録画した、生々しい証拠VTRだったのだから!!
「――クルーゼ隊長の言ったとおりだったな」
冷静な口調で言ったのは、イザーク・ジュールだった。先行して派遣された潜入工作班の隊長役を任されている少年兵である。
「それを言うなら、シロッコ副隊長もだろ?
“綺麗事で飾り立てた国ほど突いただけで埃が山のように出るものだ”――ってさ」
ディアッカ・エルスマンがくすくすと笑った。金髪に浅黒い肌、陽気そうな外見だがけっこうな皮肉屋でもある彼も潜入工作班の一員だ。
彼らに与えられた任務は至極単純なものだった。
艦隊に先行してヘリオポリス内に侵入し、敵モビルスーツの実在を示す証拠を確保して、シロッコとヘリオポリス管制官との会話をジャックして、入手した証拠と共に公共の電波に乗せる。それだけである。
軍需用と違い、民間の電波はセキュリティが甘くコーディネーターである彼らにしてみれば、子供でもハッキングできる程度の安直なものでしかない。
撮影した画像も、移送班に専門の軍人が付いていなかったのか警備網がスカスカで、堂々と侵入して脱出してくることができてしまった。
ディアッカなどは思わず「戦争ってこんな簡単なものだったっけ?」と軽口を漏らしてしまうほどに、簡単すぎる任務。
――だが、効果は覿面だ。
ヘリオポリスの住人たちは今頃政庁とモルゲンレーテ・ヘリオポリス支部に押しかけて猛烈な勢いで抗議していることだろう。
政庁は政庁で、情報の出所を探っているかもしれないが、もう遅い。一度拡散した情報を押さえ込むことはコーディネーターでさえ困難を極めるのだから、自分たちより大きく劣るナチュラルごときに出来るわけがない。
「やっぱり間抜けなもんだ。ナチュラルなんて」
イザークが、差別意識を隠そうともしないで言い切るのを耳にして、同僚のアスラン・ザラは少しだけ顔を歪めるが。声に出しては何も言わなかった。
作戦は成功であり、戦闘行為も民間人虐殺などの非人道的行いにも手をだす必要性は生じなかった。今はそれで由とすべきところであり、いたずらに同僚同士で不和を持ち込む必要性は微塵もない。そう思ったからである。
「ただ、少し不完全燃焼だったな。連合のあのモビルスーツ、意外と面白そうだったのに・・・アレ奪って一暴れしていけたら最高だったのになぁ?」
ディアッカがそう言って、せっかく押さえかけていたアスランの我慢を台無しに仕掛ける。
彼らも、その後ろに続くアスラン・ザラ、ニコル・アマルフィ、ラスティ・マッケンジーのいずれもがザフト軍のエースであることを示す赤いパイロットスーツを着用しており、彼らを守るようにそれぞれのチーム構成員が周囲を取り巻くようにガードして飛んでいる。
彼らは所謂エリートであり、功を焦る気持ちも手柄を欲して戦いを求める生の欲望も、子供らしく純粋に戦いを愉しみたい危険な感性も十分以上に持ち合わせており、簡単すぎる任務に退屈さを覚えていたのだ。
だが、ここでディアッカを押さえたのは意外にも隊内で一番好戦的なイザーク・ジュールだった。
彼は言う。
「ぼやくなよディアッカ。生きて母艦に帰り着くまでが潜入工作だと、クルーゼ隊長から言われたろ?」
「そりゃま、そうだけどさぁ」
「いいから聞け。隊長に続いて副隊長はこう仰られていたはずだ。“心配しなくても諸君らの遊び場は敵が自分から用意してくれるだろう。少しだけ彼らの死亡時刻が変わるだけのことさ”――とな」
「・・・ああ、そう言えば、そうだったよなぁ・・・」
言い聞かされてディアッカは引き下がる。酷薄な笑みを口元にたたえながら、見下しきった視線で地上のモビルスーツ移送班を一瞥してから速度を上げて、イザークに追随する。
もしもヘリオポリスが連合艦を匿い続けるのであるならば、適当なミサイルで威嚇射撃して市民たちの尻に火をつけてやるだけのこと。
彼らは自分たちの身の安全を求めて、ヘリオポリス政庁に連合艦を即座に放逐するよう訴えかけるに違いない。
恐怖と興奮で混乱している群衆たちを相手に、『そんな事実はない。敵の策略だ、落ち着け』などと言ったところで誰も聞く耳など持っているはずがない。
そんな状況下で誰か一人でも住人の前で撃ってしまったら身の破滅だ。
彼らにとって互いを守るために取れる最善手は、連合艦の放逐しか他になく、後はいつどの様にして放逐するのか。そのタイミングと戦術だけが考えるべき課題として残されるはずだ。そこを突く。
「そうして出てきてしまえば、後は簡単だ。事態は誰の目にも明白なほど見えやすいものになり、本国はあらかじめ事実を知っていたが故の行動だったと、事後ではなく事前承諾した上での作戦行動だったことにせざるをえなくなる・・・」
私が作戦の趣旨を説明し終えると、心配性のアデス艦長が
「そう上手くいくものでしょうか・・・?
もし民衆がヘリオポリス政庁の警備兵に大人しく従わされたりした場合には、我々だけが誰も見ていない舞台上で一人芝居を演じる道化の役を担わされる羽目になるのではありませんか・・・?」
まるで、どこかのレーザー砲に改造されたコロニー内の劇場を見てきたことがあるかのように、大した証拠もない漠然とした疑惑と不満を口にする。
とは言え、馬鹿馬鹿しいと言い切ることが出来ないのがSEED世界の住人たちだ。ロゴス時代における連合の圧政に唯々諾々と従って生きながらえていた彼らの人間性は信頼の於けるものでは決してない。
しかし――。
「艦長の言い分もよく分かる。――だが、必死で逃げる奴らは怖いものなのだぞ? 助かるためにはどんな無茶でもやるのが、生き延びるために逃げ惑う民衆という者たちだからな」
シーブック・アノーに、アムロ・レイ。どちらも避難民の一人に過ぎない身でありながら、戦乱の渦中で頭角を現し軍を代表するエースにまで成り上がったニュータイプ。
彼らも最初の時点では、『自らが生き延びるため必死で戦っていた』。それ以外に戦うべき理由のない民間人の少年たちが生存欲求だけを頼りに一国の軍隊を撃破できるのがガンダム世界である。
ならば今回が、その例に漏れる例外である理由も特にはない以上、必ず何らかの形で民衆による突き上げは起き、アークエンジェルは巣穴から叩き出されて出てこざるを得なくなるはず。そこを討つ。
「とは言え、連合も遊んでいるばかりとも思えない。脱出の成功率を上げるため、何かしらの手は打ってくるだろう。そう言うものだよ。
偶然であろうとなかろうと、勝てるはずだった相手を取り逃すには訳がある。それは時代の流れを示すものかもしれんのだ。そんなものに逆らっては勝てる戦も勝てないよ・・・」
そう。だからこそ敗れた。ティターンズもアクシズも、全体を通してみた場合にはエゥーゴでさえも最終的な勝利者にはなりえなかった。
「冷静なのですな・・・まるで戦争を舞台として演じる役者かなにかであらせられるようだ・・・」
「ククク・・・私は最終的に勝った者として、コズミック・イラの立会人になりたいと思っているから、そうも見えるか・・・?
まぁ、見ているがいい。向こうには負けたくないから策を練る事情があるように、こちらには必勝を信じるに足る自信と事情があるのだと言うことを敵に教えてやる」
つづく