《アルテミスの傘》。
ユーラシア連邦が誇る軍事拠点《アルテミス》を守る光学シールドの名前で、外側からも内側からも攻撃を通さないし通させない鉄壁の防御性能を誇っている。
また、戦略上さして重要な拠点でもなかったためザフト軍も今まで手を出ししてこなかった場所の名でもある。
「だから攻撃をする必要はなく、敵が出てくるまで待つってこと? バカみたいな話だな」
ディアッカ・エルスマンが皮肉気な笑いを閃かせながら言ってのけ、イザーク・ジュールが鋭い視線で友人を睨み付けてから吐き捨てるように言い切る。
「ふざけるなよ、ディアッカ。・・・シロッコ副隊長もお控えください。戻られた隊長に何も出来ませんでしたと報告するわけにはいかないのでしょう?」
「ふむ? 私はそれでも構わないと思っているのだがね。なにしろ我々に任された任務は脚付きの監視であって、撃沈ではないのだから」
「・・・っ!」
不快気に顔を歪めるイザークとディアッカ。
これが『脚付きが巣穴から出てくるまで攻撃は不要である』と断言した私の作戦案を聞いた上での上官に対する彼らの反応だった。
クルーゼがプラントに向かって出航してから数時間が経過し、残されたローラシア級ガモフに移乗した私の指揮下にあるパイロットたちの間で早くも感情的軋轢が生じ始めていたのである。
貸し与えられた四名の赤服の内、アスラン・ザラとニコル・アマルフィは比較的私の作戦案に好意的だったが、自他共に認める主戦派議員のご子息コンビ、イザークとディアッカがこれに不服を露わにしてきたのである。
「つまり、君たちは私の作戦案に反対なのだな?」
「そうは申しておりません。ですが――」
「では、どういう事なのかハッキリと口に出して明言していただけないかな? ジュール議員のご子息イザーク・ジュール君。
私はザフト軍司令部から正式にクルーゼ隊副隊長の役職を拝命し、君たちの上官である白服を賜った身でもある。付け加えるならクルーゼ隊長からは自分が戻られるまでの間、隊の指揮権は私に委ねることを明言していただいた。
そんな私の作戦案にケチをつけるからには相応の代案か、もしくは反対するに足る根拠があるはずだ。そうだろう? エルスマン議員のご子息ディアッカ・エルスマン赤服士官殿?」
「・・・それは・・・」
自分の家柄と身分とを鼻にかけることのある彼としては、それらを逆用された状態というものに耐性がないらしく、アッサリと言葉の槍を封じられて黙り込まされてしまった友人の体たらくに義憤でも抱いたのかイザークもまた身体を前に乗り出す。
「失礼ではありますが、シロッコ副隊長。その言い様は卑怯です。軍においては地位身分家柄は関係なく、能力と結果だけを見て扱うべきとはザフト軍基本法にも明記された一般的なものでありますので、先ほどの言い様はそれに違反しております」
「そうかね? イザーク君。君から見て私の言い分は、そこまで卑怯な反則に見えていたのかね?」
「はい、てらいのない意見を言わせていただくなら、その通りであります。なによりもフェアではありませんでした。訂正する必要性があると判断せざるを得ません」
「そうか・・・」
私は顔を伏せてから内心の笑いを隠し、相手の言い分に面白さを感じ取りながら、こう断言する。
「では、良く覚えておきたまえイザーク君にディアッカ君。戦争を行う戦場という場所に、フェアプレイ精神などという概念は存在しないのだよ」
「「・・・っ!!」」
「使えるものは何でも使う。敵味方問わず、身分家柄出身年齢家族関係・・・何でもいいし、どれでもいい。とにかく目的をなすのに役立ってくれそうなものがあるなら使わずに敗れた方の言い分が間抜けと言うだけなのだからな」
先ほどよりも一層強い視線で睨んでくる二人。
私はそれに構わず、自分の主張を四人に向かって語りかける。
「仮に相手と対等な立場で戦い合うのが正々堂々と呼ばれる概念だとしよう。では、モビルスーツに乗って戦車や戦闘機相手に戦っている我々ザフト軍を君たちは卑怯だと罵るのかね?
“敵にあわせて自分たちも地ベタを這いつくばりながら敵を探して白兵戦で殴り合いをするべきだ”と、評議会で意見を主張する気があるというのかね?」
「そんなことは言っておりません! 俺はただ――っ!」
「ただ、何かな? ジュール議員のご子息、イザーク・ジュール君。君は一兵卒ではない、クルーゼ隊の赤として影響力を持つ議員の息子として何を語りたかったのだ? 何を主張したかったというのかね?」
「・・・・・・」
「言えんだろう。それは君が今まで楽をしてきたと言うことの証明だ。生の感情で語るだけで俗人を動かすことは出来るが、我々指揮官を相手にするにはいささか以上に不足だな。
今少し自分の目の前の現実だけではなく、もっと広い視野に立って物事を洞察できるようになった方が君のためにもなると思うがね」
「「・・・・・・」」
二人は悔しげな表情を浮かべて黙り込み、シロッコらしい言い分で論破した私のことを睨み付ける。
私は二人を等分に眺めやりながら「とは言え・・・」と、言葉足らずだった部分を補足して付け加え、
「理屈だけで人も世の中も動かないのは確かだ。当然のことだがね、現実はアニメではないのだからな」
「・・・ご自分の正しさを証明されると仰られるのですか?」
「いいや、違う」
胡乱げにやぶ睨みしてくるイザークに、私は白い歯を見せて笑いかけてやりながら、挑発的に断言してやった。
「分からないかね? 君たち未熟な若者に、戦争とヒーローごっこの違いというものを教えてやろうと言っているのだよ。分かり易く、勝敗という結果によってな」
これにはイザークたちだけでなく、アスランとニコルも表情を硬くする。当然だ。なぜなら私は「君“たち”未熟な若者」と言った。これをイザークたちだけが該当されると思い上がるほど、彼ら二人は傲慢な性格の持ち主ではない。
「・・・副隊長自ら手本を見せていただけるというわけですか?」
「ああ。作戦行動中なので模擬戦しかしてやれないのは申し訳ないがね? 弾がもったいないのでペイント弾しか使わせてやることは出来ないが、少年たち向けの教材としては十分だろう?」
『・・・・・・』
パプテマス・シロッコ特有の傲慢で尊大な物言いによる挑発は効果覿面だったらしく、四人はそろって硬い表情で黙り込むと強い意志を込めた瞳で私のことを睨み返してくる。
が、ここで待ったをかけてきた者がいる。ローラシア級ガモフの艦長『ゼルマン』である。
「ま、待ってください副隊長殿。敵は目の前にいて、我々は奴らが出てくるのを待ち構えている側なのですよ? 敵の目の前で模擬戦を行うなど、わざわざ自分から逃げ出す隙を与えてやるようなものではありませんか!」
「だからこそだ、艦長。こうして我々が遊んでいてやれば、敵も出てきやすくなるだろう?」
「!! まさか・・・ご自身たちを餌にして囮役を!?」
驚く艦長に私はうなずいてみせる。
どのみちアルテミス内にいる限り、傘を解かなければミサイル一発撃つことも出来ないのが現在のアークエンジェルなのだから、傘にさえ注意していれば何をやっていようと不意を打たれる心配は低いだろう。
それに、それをみたユーラシアのガルシア司令が指をくわえて見ているだけに甘んじられるかというのも興味深い命題だ。手柄欲しさで脚付きを強奪して出てきてこようとするなら、それはそれで面白いものが見られることだろう。
無論、あの程度の男にやられっぱなしな主人公勢でもあるまいが、決裂が対立にまで騒ぎが大きくなったとしても敵である私にとっては有り難いだけだから一向に問題ないことである。
「で、ですが副隊長の機体は専用のジン一機のみ・・・・・・いくらチューンされているとは言え、G四機を相手にジン一機だけではいささか――」
「フェイズシフトがあるかないかの違いだろう? 実弾を使わない模擬戦では関係ない。
ビーム兵器も当てられなければ、どうと言うこともないエネルギー食い虫なのは変わらんわけだしな」
「しかし・・・」
「それに、私のジンは十分速い。不慣れな機体で戦わされる未熟な若手パイロット諸君を相手にレクチャーしてやるだけなら、いい案配になるというものだ」
『・・・・・・・・・』
終始無言のまま、四人は闘志を胸に燃えたぎらせながら私の後に続いてノーマルスーツに着替え、傘を解いた場合には敵の主砲射程範囲まで二キロほどの距離を取って四対一で向かい合っていた。
『始めます。よろしいですか副隊長殿?』
興奮しているイザークに変わって、アスランがリーダー代理で確認を取ってくる。
「ああ、構わん。いつでも掛かってきてくれたまえ」
『やめるんでしたら今の内ですよ?』
ディアッカが、特有の嫌な笑い方と共に言ってくるのを、私はシロッコらしい嫌みな笑いで応じて返す。
「ほう? 負けるのが怖いのかね、ディアッカ・エルスマン君。嫌なら尻尾を巻いて逃げ出してくれても構わんのだが?」
『・・・・・・』
途端にムッツリと不機嫌そうに黙り込む。青いな、と思わざるを得ない。
攻めるばかりで反撃されたときのことを準備できていないのでは、素人以下と言うしかないし、自分たちの対処できる範囲までしか敵の反撃手段がないと決めつけて考えるのは傲慢とさえ言えない無能怠惰によるものであろう。
敵はこちらに勝とうとしているのだ。ならばいつまでも自分たちに有利なルールを適用させ続けてくれるはずがない。
この当たり前なことが判らないらしいのが、SEEDの敵キャラたちムルタ・アズラエルやギルバート・デュランダル、パトリック・ザラにロード・ジブリールといった一般には優秀とされていたらしい人物たちという辺りがSEED世界の不思議というか歪みと言うべきなのか・・・微妙なところだな。
『――行きます!』
開始の合図がガモフから出され、定石通りに一番機動性の高いアスランが先行して私の後ろ、彼にとっての前方に右回りで高速移動する。
その隙に残りの三機も配置につき、ニコルの《ブリッツ》は左に、ディアッカの《バスター》は右に、正面からの白兵戦を得意とするイザークの《デュエル》は正面から動かないままこちらを牽制し続けている。
オーソドックスな包囲陣だ。周囲が援護する中でイザークが接近し白兵戦を仕掛け、残りは包囲網を維持しながら数的にも心理的にも圧迫していく作戦。
四倍の兵力を有し、四方を取り囲める数の差がある場合には一見有効な先方のように見える。
が、しかし。
「あまりにも教科書通り過ぎる作戦だな!!」
『っ!?』
機体を加速させて突貫しながら、私は通信越しに相手の驚愕した呻き声を聞く。
然もありなん。私が突っ込んでいって接近戦を挑んだ相手は遠距離砲戦型の《バスター》・・・ではなく、偵察を得意とする特殊な武装が多い《ブリッツ》・・・でもなかったのだ。
私が接近白兵戦を挑んだ相手は、四機の中で最も接近白兵戦を得意とする機体イザークの駆る《デュエル》だった。
まさか敵の方から自分たちに有利な選択をしてくれるとは思ってもいなかったらしく(その為に唯一動かないで隙を見せない機体にデュエルを選んだのだろう)、デュエルは一瞬慌てたが、そこは彼も赤だ。狼狽え様など一瞬で消し去り、ビームサーベルを抜いて機先を制されるため前に出る。
『舐めるなぁぁぁぁぁぁっ!!!』
「ふっ・・・」
燃える彼だが、あいにくと今の私たちは一対一で戦っているのではない。一対四のハンデ戦であろうと、これはチーム戦なのだよ。
「勝てると思うな・・・・・・小僧ぉぉぉぉぉっ!!」
『なにっ!?』
突如としてジンの下腹部から現れた隠し腕――ジオに搭載されていたものと同じギミック――により意表を突かれた彼は、手に握られた実体ナイフの一撃を避けるために突撃を停止。
やはり青いな、と私から酷評される動きを見せてしまう。
・・・敵の目の前で動きを止めるのは素人か、経験の少ない未熟なパイロットだけである。
そして彼らは年齢的には後者に分類されるだろう。
所詮、才能があるからと徴兵されて一年未満の戦争でエースにまで成り上がった少年兵たち。どうしても経験値不足から来る自分のやり方が通用しなかったときの対処法が疎かになりすぎている!
「ふっ、掴んだぞ! イザーク!」
『くっ! おのれぇぇぇぇぇぇっ!!!!』
ジェリド中尉よろしく、背後に回り込んで敵の機体を羽交い締めにした私のジンを振りほどこうと藻掻くイザーク。
だが、彼は解っていない。屈辱感から来る怒りで興奮するあまり、周りが見えていないのだ。
敵の機体を掴んだことによる接触回線が可能となり、イザークのコクピット内で交わされている会話がマイクから漏れ聞こえてきた。
『イザーク! 退いてくれ! これじゃお前に当たっちまって敵が撃てない!』
『そんなことは言われんでも判っている! 直ぐに振りほどく! お前らは大人しく見ているだけでいい!』
『アスラン! 僕が背後に回り込んで副隊長の機体だけを接近戦で仕留めれば・・・っ』
『・・・いや、ダメだニコル。この人はそれを通じさせてくれるほど甘い相手じゃない。近づいていって誘うとした瞬間に機体を振り向かせてイザークを刺すことになったあげくに、返す刃でお前までやられる。悔しいが、ここは様子を見るんだ・・・』
ふっ・・・まぁ、アスランだけは及第点としておこうか。――合格点には程遠いがね?
案の定、羽交い締めにされている味方を撃つことを恐れて攻撃の手を止めざるを得なくなるガンダムパイロットたち4人。
「やれやれ、坊やなことだな。実戦ではなく模擬戦でしかないのだから、味方ごと撃ち抜いてしまっても一向に構わないのだぞ?」
『!!!』
私が教えてやると、四人はそろって愕然とした空気で回線中を満たしきる。
ま、無理もないか。こう言う発想の転換は知能指数やテストの成績に反映されるとは限らない優秀さだからな。
「しかし暢気だな、諸君。敵が自分たちに都合のいい状況がくるまで大人しく今のままを維持してくれるとでも思っていたのかね?」
『『『!!!!』』』
状況を観察するため、そしてイザークの脱出を援護するため距離を詰めてきていた三機はハッとしたように気づいて距離を取ろうとするが・・・遅すぎたな。
「そら、お迎えがきたようだぞ。仲間たちの元へ戻りたまえ!」
『ぐわぁっ!!』
『え、ちょ、イザークっ・・・!? うわぁっ!?』
脱出しようと藻掻いていたイザーク機を、望み通りに解放してやり後ろから蹴飛ばしてニコルの方へと突き飛ばしてやると、逃げようとしていた優しいニコルは避けることを選ばずに受け止めようとしてぶつかり合い、絡み合ったまま予定していたよりも後方へと強制的に移動させられる。
お荷物を捨てたことで自由を得た私は、まだ比較的近くにいたディアッカのバスター目掛けて最高速度による急速接近、白兵戦を仕掛けようと“してみせる”!
『うわっ! 来やがった! こんのぉぉぉぉぉぉっ!!!!』
『ディアッカ!!』
背後からはMA形態に変形した《イージス》が迫り、ディアッカは先ほどの教訓から威力が大きく一発で確実に仕留められる超高インパルス長射程砲で狙うことは最初から諦めて、命中率重視の対装甲散弾砲に狙いを絞る。
距離的にはギリギリ長射程砲でも撃てないほどではなかったから、これは英断の部類に入るのかもしれないが、それでもまだまだ甘いと言わざるを得ない。
彼がここで選ぶべき武装は、両肩に装備された220ミリ径6連装ミサイルポッドだった。
アレを乱射すれば全て避けられるとも距離だけは稼げた。仕切り直しが可能だったのだ。
にも関わらず『攻撃すること・当てること』を選んでしまったのは、生まれながらに高い能力を有するコーディネーターの傲慢。
スペック頼りの戦い方で勝ち続けてこられたことによる弊害だろう。
『食らいやがれぇっ!!』
「ふっ」
私はニュータイプ能力による先読みで相手の撃とうとしている先、弾道を予測し、空間把握能力により目の前から迫り来る敵への対処で頭がいっぱいになっているらしい敵よりも正確に敵味方の配置図を脳裏に思い浮かべていたから、余裕を持って敵の散弾を横に避けて回避した。
“ディアッカを救うため大急ぎで駆けつけようとしていた、模擬戦だから多少の損害は無視しても構わないことを学ばされたアスランの乗る《イージス》が来ている目前で”――な?
『ぐわぁっ!?』
『アスラン!? バカ! 何やってんだよお前!』
助けに来てくれた同僚に対して非道い言いようだが、良いだろう。子供の言うことだ、許してやるとしよう。
――どうせ彼も直ぐに同じところへ送ってやることだしな・・・。
「やれやれ。友達思いなのはいいことだが、目の前で敵に避けられたことを忘れるのは感心しないな。せっかく友人が助けてくれた命を無駄に散らせる羽目になっても知らんぞ?」
『!? しまっ・・・・・・ぐわぁぁぁぁっ!!?』
中距離および遠距離型に特化しすぎたせいで、接近戦用の武装がほとんど装備されてないバスターでは、味方がやられた時点で全速後退離脱が正しい。味方の死――この場合は敗退だが――に嘆き悲しみ叫んでいる暇などないのである。
模擬戦故にフェイズシフトによる防御補正はジンの攻撃で敗れる程度に設定されているおかげで、五回ほどジンの持つ重斬刀で切りつけるだけで撃墜判定させることが出来たバスターをほっぽり出し、私は残る二機へと向かって徐々に距離を詰めていく。
この時交わされていた会話は、距離があるので私が聞くのは不可能だったが、模擬戦後の反省会時にガンマイクで録音されていたのを聞く限りでは、こう言っていたようである。
『・・・おのれ! このままやられっぱなしでいられるか! ニコル、こうなったら二人がかりで奴をやるぞ! 二機による同時攻撃と性能差であのニヤケ面を押し潰す!』
『で、ですがイザーク。ここまでこちらの動きを先読みした作戦を立案された副隊長です。そんな当たり前すぎる手が通用するでしょうか・・・?』
『敵が策を弄するときこそ有効なのが正攻法だろうが!? 恐れるな! 最悪、二機でかかって一機でも生き残れば俺たちの勝ちだ! これは模擬戦だと言うことを忘れるなぁっ!』
・・・ああ、イザーク。君は言うことは非常に正しい。惜しむらくは正しい答えに行き着いたのが“遅すぎた”のが致命的だったな。
「終わりの句は詠み終わったかね? ではそろそろフィナーレと行かせてもらうとしよう」
『っ!! 行くぞっ!』
『は、はいっ!』
ほう、突貫か。最後は二機がかりによる数の差で力尽くの勝負を挑んできたというわけだな。・・・最初の時点でその手を選んでいたならば、私に出来ることなど何一つ無かったというのに・・・。
「だが、今となっては無意味だな。我武者羅に突っ込んでくるだけで勝てるのは、ヒーローごっこの主役だけだと言う現実を教えてやるとしよう」
私は至極冷淡な口調でつぶやいて、ゆっくりとライフルを持ち上げ先陣を務めるイザーク機に狙いを定める。
『・・・・・・』
彼は避けない。
覚悟を決めたのか? 損害を無視して接近して勝てる賭けに出たのか? ・・・否である。
「狙いは悪くなかったが、人選ミスだったぞ? イザーク。そこは本来ニコルのいるべきポジションだった」
『!!! しまった!?』
『ぐわっ!?』
自身を盾に使って接近してニコルが仕留める、フォビドゥンを撃墜したときの戦法を応用した戦い方は、だが余りにも見え透いた配役が災いしたことによりデュエルよりも機体幅が大きいブリッツの各部位を狙い撃ちされたことによる合計点で撃墜判定が確定された。
これで残るはイザークのデュエル只一機のみである。
『く、クソォォォォォォォォォッ!!!!!』
今度こそ覚悟を決めたイザークの突貫。
私はそれを眺めながら「ふっ」と冷笑し、ライフルを握らせていた機体の腕を下げさせる。
『!? 貴様! 俺を侮辱するのか!? 俺とてジュール家の男だ! ただでは負けぇぇぇぇっん!!!!』
叫んだ瞬間。声が終わるのと重なるように。
ビー―――――――ッ!!!
『シロッコ副隊長、模擬戦の予定終了時刻に達しました。母艦にお戻りください』
「うむ。正確な時刻観測と報告、感謝するゼルマン艦長」
『いえ! こちらこそ勉強させていただきました! 次の実戦に活かしたいと思っております!』
『・・・・・・』
ちなみにだが、最後の無言はイザークである。
奴め、さてはこれが模擬戦であることを完全に失念していたな? これだから目の前のことばかりに囚われる子供は度し難いのだ。
「次は負けません! 絶対にです!」
ガモフの狭苦しいガンルームで息巻くイザークをニコルとアスランが二人がかりで宥めに掛かり、ディアッカがふて腐れた表情でそっぽを向いているのを眺めて面白く感じながら、私は彼らに問いかける。
「なぜ、君たちは格下の敵相手に敗れたのか解るかね?」
――と。
帰ってきたのは至極当然の口調で「悔しいが、自分たちは敵より弱かったから」だった。
無論、採点は0点だ。箸にも棒にも引っかからないとはこの事だな。
「違うな。君たちが敗れたのは君たちが私よりも弱かったからではない。君たちは“戦士であって、軍人ではない”からだ」
「・・・??? どういうことでしょうか? シロッコ副隊長・・・」
アスランが聞き、私は彼の目を見ながら一元一句正確に思い出すよう注意しながら、前世で読んだガンダム小説の一文を記憶の墓場から掘り起こす作業に自分の頭脳を集中させた。
『機動戦士ガンダム外伝~コロニーの落ちた地で・・・~』という作品がある。
確か始まりはセガサターンソフトだったと記憶しているが、古すぎるので私自身プレイした記憶はない。小説版を読んだだけである。
そのノベライズ版の中でジオン軍パイロットについて面白い記述があるのを前世の頃から興味深く見ていたのが私であった。
本に書かれたいてことの概要はこうである。
“ジオン軍は数の差を質で補うため、個人的技量の向上を軍全体に推奨させていた。
その結果、一人前の腕を持つパイロットたちは育ったが指揮官不足が目立ち始めてしまい、優秀なパイロットを小隊長に据えても自分が突出するだけでチームプレイにはならなくなってしまっていた”
“それに対して連邦は数の差を活かすためにチームで戦うことを徹底させた。
この戦略は功を奏し、パイロットとしてはエースに手が届くか否かと言った程度でしかない連邦マスター・P・レイヤー中尉率いる主人公チームに、質ではほぼ全員が勝っていたジオン軍モビルスーツ部隊は敗北を繰り返させられる結果をたどる”
そんなジオンの状況を連邦の将軍が表して言った言葉がこれである。
――ジオン軍にいるのは軍人ではなく、武人か戦士である。・・・・・・と。
「諸君らは自己の技量に自信を有する余り、他のメンバーとの連携を軽んじ、四対一のチーム戦ではなく、『一対一を四つ作ってしまいながら戦っていた』のだよ。
ただでさえ技量に差があるのだ。それを互いが互いの得意とする戦い方の邪魔になるからと協力する意思に欠けていたのでは却って足手まといにしかならない。
君たちは知らず知らずのうちに味方を足枷として使いながら私と相対してしまっていたのだ。
数の差によるハンデが事実上消滅した戦いの中で、目に見えない足枷付きのハンディ戦だぞ? 勝てるわけがない」
『・・・・・・』
「要するに諸君らは、自分を高める前に、まず互いのことを知り合っておけと言うことだ。
言っておくが、今更言われるまでもなく“アイツのことは解っている”はなしだぞ?
判っていると信じることと、キチンと理解し合っていることは別物だからな」
『・・・・・・・・・』
ある意味では、ニュータイプらしい『分かり合うことの大切さ』を説いてやりながら、一方で信頼を『自分勝手な思い込み』と決めつけてみせるニュータイプ否定的なセリフを吐いた私の耳に、部屋の壁に埋め込まれているスピーカーから艦長のダミ声が轟いて報告を上げてきた。
『副隊長! 敵が動きました! どうやら脚付きはユーラシアと決裂して、アルテミスを脱出するようです! 要塞各所で爆発光が視認できました!』
「・・・読んだとおりだ。時の運はこちらに傾いてきた」
『脚付きはアルテミスと交戦しながら脱出しております! 今なら攻撃の機会です! 副隊長、ご命令を!』
「無用だ。行かせてやれ」
『・・・は?』
「こちらは運動の後で疲れているからな。挑むなら、休憩して万全の状態を整えてからにしたいものだとは思わないか? 艦長」
『し、しかしみすみす敵を沈めるチャンスを逃すのは・・・』
「まぁ、聞け。確かにこれは機会ではある。敵と戦いながら逃げようとしているのだからな、横合いからの不意打ちを恐れざるを得ないだろう。・・・つまり――」
『!! 逆に今は警戒されている・・・と、言うことですか?』
「そうだ。奇襲をかけるなら心身ともに疲れ果てて、安心して休めると思ったその瞬間が最も適している。ただでさえ数が少なくなった今の我々で挑む必要は無い」
『なるほど・・・』
「それに、敵は危なくなればアルテミスと再び手を組む可能性が出てきてしまうかもしれん。従わなければ死ぬしかないという状況では、双方共に個人の都合を言ってはいられんだろうからな。
そこまで追い詰めるよりかは、敵を炙り出せただけでも由としておこうではないか。なにしろ我々に与えられている任務は“脚付きの監視”なのだからな。
――皆もそれで良いな?」
「異論はありません。俺は副隊長の指示に従います」
「僕もです。先ほどの見事な手腕を次の戦場では敵が味わうのだと思うと同情して見逃してあげたくなりますから」
「――ま、俺は負けたんだしぃ? 負けた奴が勝った人に自分の意見を押しつけるのは、それこそフェアじゃないでしょう。そうだろ? イザーク?」
「―――っ知らん! 俺は疲れたので失礼させていただきます!」
叫んで出て行ってしまうイザークを、苦笑しながら追っていってやるディアッカ。
去り際にこちらを見てウィンクをよこしてくる辺り、彼もなかなか良い男なのだろうと、あらためて思う。
「・・・意外な一面を見ましたね」
「あ、ああ・・・」
ふふふ、原作よりも早い時期から仲良くなれそうでなりよりだ。その調子でニコル生存フラグでも立ててやってくれると有り難い。
なにしろ地上での活動時には私やクルーゼが介入する余地はほとんど無いのが原作なのでね。
「なんにせよ、これでユーラシア連邦と大西洋連合との間に楔は打ち込めた。脚付きという、太くて頑丈すぎる純白の楔がな・・・ふふふ。
いつ世も、地球にとって白い船が永遠の疫病神となる運命は変わらぬのだよ・・・ククク・・・」
つづく