殺し合い奪い合うことでしか新しき世を築けないのが人ならば、子を産み育て死んで逝く人々の補充をするのもまた人なのでしょう。
軍人同士が殺し合いに血道をあげる戦争という破壊の中で、数少ない軍人という名の人々を造り出し、送り出す道を選んだ軍人がいる。
レイクビクトリア基地。
《スペシャルズ》養成所とモビルスーツ製造工場のふたつがあるところ。
世界中の《スペシャルズ》関連施設がガンダムによる標的として狙われ、テロリズムの対象として徹底的な破壊工作の被害にあっている今。
宇宙用モビルスーツ・トーラスの製造と、それを扱うパイロットたちの錬成をおこなっていることが民間人の子供にまで知られている、ガンダムパイロットたちが当然の標的とすべきところ・・・・・・。
そこで今夜、ちょっとした事件が起こった。
パイロット訓練生たちが寝起きする宿舎に爆発物が仕掛けられ、戦争で死んでいった者たちを弔うため火葬と花火を同時におこなうテロ攻撃が実行されたのである。
「どこだ!? どこが狙われた!?」
基地指令を兼ねた訓練生たちの指導教官ルクレツェア・ノイン一級特尉は、爆発音を耳にすると眠気の残滓すら感じさせない機敏な動作で取る物も取らずに動き出す。
緊急時に備えて動きやすい格好で寝ていた身体でドアを開けて廊下に飛び出すと、近くを走り抜けようとした一人の兵士を捕まえて現状の被害報告を要求した。
現在の情勢を鑑みれば事故ではない、敵襲であることはで判りきっている。
問題は、どこが狙われたのか? それだけだ。
「モビルスーツ工場か!? それとも作業が終わっていないトーラスがある格納庫か!?」
「宿舎であります! パイロット訓練生の宿舎が集中的にやられました!!」
「なに!?」
予想外の答えに冷静さを保っていたノインの顔色が変わって、慌てたように宿舎へ向けて走り出す。
そして走りながら心の中で何度も何度も同じ疑問の声を叫び続けた。
――なぜ訓練生を狙う!?
訓練生たちを我が子のように慈しみながら育てるノインには理解できない、したくないが故に抱かざるをえない疑問であったが、ゼクスがそれを聞いていれば『当たり前だな』と至極普通の態度で応じていたことだろう。
彼は戦争が嫌いで理想主義者な彼女よりも、戦争という巨大な破壊作業を理解していた。
戦争において重要なのは、兵器の数より熟練した兵士の数だ。
如何に高性能な物であろうと兵器は兵器、機械でしかなく生産ラインさえ完成させれば短期間での大量生産が可能になるが、それを扱う人間たちはそうはいかない。
人を育てることと、兵器を造ることは当事者たちにとって同じように愛情を注げる作業なのかもしれなかったが、効率最優先で壊すべき場所を壊し、殺すべき対象を殺すことが被害を最小限に抑えて勝つ戦争の中では効率こそが最重要視される要素となる。
訓練生たちを愛し慈しみながら育てる彼女の母性的優しさは、人として正しくはあっても軍人としては失格と言わざるをえない判断力の甘さが招いた正当な結果であった。
「ひ、ひどい・・・」
宿舎に足を踏み入れたノインは、あまりの惨状に言葉を失ってしまった。
指向性爆弾を外壁に取り付け、内部に向かい爆破したのだろう。部屋という部屋は瓦礫の山と化し、中にいた兵士たちは何が起こったかわからぬまま死んでいったに違いない。
生存者は0。おそらく全員が即死であったことだけが唯一の救いと評するしかない、あまりにも徹底的すぎる破壊・・・。
「・・・許せない・・・っ!」
その惨状を目にして個人的復讐心と、人並みの義憤に駆られた彼女は壁の通信機に駆け寄り、無事だったそれの受話器を取り上げ工場にある司令部へと繋げさせると命令を下す。
「敵を探せ! 発見次第攻撃!! 殲滅せよ! モビルスーツ戦が予想される。リーオーは前面に出ろ、敵はすぐ目の前のはずだ。私もすぐにそちらに行く!」
応答した兵士に向かって叫ぶように指示したが、相手の方には僅かな躊躇いがあるようだった。
もしこれがガンダムであった場合、戦力が十分に整っていなかったからである。
『し、しかし特尉。これがもしゼクス特尉から連絡のあったガンダムによる攻撃だった場合、我々だけでは対処できない可能性が高いと思われます。ライトニング・バロンが勝てなかった相手・・・せめて輸送機が到着するのを待ってから本格的な攻撃を開始した方がよろしいのではないかと愚考しますが――』
ガンダムに対抗するため、既存のOZモビルスーツでは性能不足を思い知ったゼクスが倉庫の中から見つけ出してきた旧式ながらも高性能なモビルスーツを完成させるため、レイクビクトリア基地に向かって飛行中との連絡が届けられたのは今日の昼。到着は明日になる予定とのことだった。
常は時間厳守で早めの連絡など寄越さない彼にしては珍しく焦っているのか、それともこの歳になってようやく女性との約束事は十分前からという基本的マナーを身につけた故なのか、ノインはおかしくなり思わず笑ってしまったものだが、その日常的笑顔を浮かべた当日の夜には修羅の形相で、応答に出た担当兵士を怒鳴りつける女性士官に変貌する。
それが戦争という名の平和的日常とは異なる、特殊状況下での日常的風景であった。
「それでは遅い! 敵に逃げるだけの時間を与えてしまう!」
ノインは怒鳴り声で兵士を叱咤し、上官の決定に異議を唱える一下士官の越権行為に対する訓告も忘れ、ただただ憎むべき卑怯者な敵への復讐心で猛り狂っていた。
彼女は人生で始めて経験する戦争の過酷さを前に、一時的ながらも冷静な判断力を損失していた。
手塩にかけて育てた訓練生たちを宇宙に行かせてやると約束しながら守ることの出来なかった自分自身の無能さに対する怒りと憎しみ、無駄死にさせてしまった彼らに対する哀惜と罪悪感。それらが渾然一体となって目の前にいるであろう敵への復讐に彼女を駆り立てていたのである。
『ノイン特尉! 敵らしき移動物体を発見しました! 対物熱感知反応によると、滑走路の西側を基地外に向かって移動する光点あり! 速度から見て軍用オフロードバイクであろうと思われます!』
「よし、でかした!」
応対に出た兵士に変わって別の兵士が報告し、それによってノインの腹は決まった。
「間に合う者だけでよい。エアリーズ出撃急がせろ。逃走中の敵を追う!」
『ハッ!!』
ノインは早々に工場に隣接した格納庫へ駆け込むと、愛機である一般機とは色違いのエアリーズに乗り込むと暖気を終え、バーニアを噴射させて出撃していく。
従うことの出来た僚機は二機のみ。
爆発による混乱から立ち直れていない基地の状況では、命令があり次第すぐにも出撃できるモビルスーツもパイロットもあるわけがない。
――まして、基地指令自ら現場の混乱を収めることなく、率先して前線に出て行ってしまえば尚のこと・・・。
彼女判断を誤ったのだ。
だが、そういう女性の性を理解している人間が、この基地に来ていたことをゼクスと久しぶりに会うことの出来る喜びと、卒業を迎えた訓練生たちを無事送り出す使命に意識を取られていた彼女は失念していたことを、訓練生の寝ている宿舎を爆破したと信じて逃走中のテロリストパイロットの少年兵はまだ知らない・・・・・・。
「――ご命令通りに致しましたが・・・・・・これで良かったのでありますか? シャル大尉殿。我々はスペシャルズの隊員であって、クロスボーン・バンガードに与するつもりはありませんが・・・」
「だからこそだ。ルクレツェア一級特尉も訓練生たちも、諸君らにとっては守るべき大事な人々なのだろう?
なら非武装の味方を見逃す演技ぐらい手を貸せよ・・・貴様らが勝つためには手段も犠牲も問わないテロリストのような卑怯者になるつもりがあるなら別だがな」
「・・・いえ、しかし・・・」
「――しかし、これがこの世界におけるガンダムパイロットたちのやり方か・・・不快だな。私もそろそろ出るとしよう。
身勝手な子供に大人の義務として、感情を処理できん人類は私情と理念をごっちゃにして世界を粛正するなどと嘯くゴミになるのだという事実を、殴って教えてやらねばわからんようだからな」
――こうして、ヒイロとデュオが出会い、新たな戦場を求めて旅立っていたのと同じ頃。
ウーフェイは中央アフリカにあるレイクビクトリア基地に向かい、目的を果たしはずだった。
だが、そこには宇宙用モビルスーツ・トーラスと、優秀なパイロットを育てるノイン教官。そして、理性よりも情を優先する女の性を熟知した黒の部隊を率いる男がいた・・・。
ウーフェイはそこで悪夢のような出来事と遭遇する未来が、すぐ側まで迫ってきていることをまだ知らない。
果たして彼は、落ち延びて生き延びるという敗北から目を逸らさずに立ち直ることができるだろうか・・・・・・?
つづく