「反応が激しく、そして雑だな。指揮官が女だという情報は正しかったということか・・・」
背後で鳴り響き始めるレイクビクトリア基地のサイレンと、撃ち上げられた曳光弾の光を振り返って眺めつつ、ガンダムパイロットの一人である張五飛はバイクに跨がり走らせたまま侮蔑混じりに呟き捨てた。
「大方、味方の兵がやられたのを見て激高し、冷静さを保ってなくなったと言ったところか。女故の弱さだな。だからこそ警戒も甘くなる」
辛辣な声で酷評する、ノインが敷いたレイクビクトリア基地の奇襲に備えた警戒網の稚拙な甘さ。
彼女はゼクスからの忠告によってガンダムがレーダーにかからない事実を知っていたため目視による索敵をメインとして監視の兵をいつもの倍に増やしていた。
が、それはあくまでガンダムという名の『敵モビルスーツ』による奇襲を想定して敷かせたものであり、特殊工作員による潜入工作と破壊工作までは勘案されておらず、大型の人型機械を見逃さないための監視網が人一人分の小さな敵が接近してくるのに気づける道理がない。
結果、ウーフェイはガンダムに乗ったまま基地を襲撃する、機体を降りて普通のバイクで近づき爆破した方が楽に片付けられる状況が出来上がってしまったと言うわけだった。
結果的にノインのやったことは逆効果にしかなっていなかったわけだが、そもそも彼女は戦争を『可能であるなら一人の犠牲も出さずに終わらせるべきもの』という理想論を基準として考えてしまっていたから、武器も持たずに戦えない者たちは「たとえ兵士であろうと殺されはしないだろう」と甘く見積もってしまっていたのだから、根底から間違っていた彼女に正しい判断と対応など求める方がおかしかったとも言えるかもしれない。
これもまた、歴史上はじめてMSを兵器として実用化させたOZならではの欠点と言える。MSパイロットの腕と指揮能力ばかりを評価して、戦争に対する認識に問題ありとしながらも高い地位と権限を与えすぎてしまっていたのである。
「どちらにしろ、長居は無用だな。どうせ追っ手が来るのだろうが、俺とナタクで叩き伏せてやればいいだけのこと。この戦いも、すぐ決着をつける」
自身と確信に満ちた声で、進路上の先にある茂みに隠した自らの愛機《シェンロンガンダム》に向かってバイクを走らせるウーフェイ。
・・・彼がこの時期に、当初からの攻撃目標ではあったが予定よりも僅かに期間でOZの訓練生宿舎爆破作戦を実行したのには事情が存在していた。
OZが宇宙用に開発したモビルスーツの搬送作業は輸送班に任せ、それを扱うパイロットたちは先行して宇宙に上げておくよう計画を変更したという情報を入手したからである。
当然、彼も彼に指令を与えている老師Oも罠である可能性を疑いはしたのだが、確証を得ることは出来ず仕舞いだった。
なにしろ、街の子供でさえ基地で宇宙用モビルスーツが開発されていることを知っているぐらい情報が筒抜けになっている施設なのである。どこまで本当か、どこからが嘘なのか、情報が手に入り易すぎて却って判断に迷ってしまったのである。
それに、計画を変更した理由が納得のいくものだったからというのも大きい。
それによるとOZは、各地で奇襲を続けるガンダムに対抗するため戦力増強を必要としており、レーダーに映らないガンダムからパイロットと機体双方を守るためには別々に移動させた方がリスクが少ないと判断したとのことだった。
仮に、どちらかが襲撃されて全滅したとしても、無事だったものは宇宙へと無事打ち上げられる。時間も手間もかかり物が大きいモビルスーツよりも、パイロットの方が小回りが効いて自由度が高いという利点もある。
判断に迷ったウーフェイと老師Oだったが、パイロットたちが個別のグループごとに幾つかのルートを通って移動するという情報が新たに入ったことから迷っている時間はなくなった。一機しかガンダムを持たないウーフェイではバラバラに動き出した敵、全てを倒しきれる保証がなくなる。
そして現に、宿舎から少数の人の移動が確認されたことから二人の腹と方針は決まり、予定よりも僅かに早い今の時期に奇襲と爆破テロは実行に移され、見事成功して帰還の途についている。
追っ手が出てきたようではあるが、所詮は量産型のエアリーズとリーオーしか持たない基地であることは老師Oが確認済みだ。多対一を想定して造られた愛機シェンロンガンダムの敵ではない。
自信と余裕と、そして自覚のない多大な慢心を胸に秘めウーフェイは夜の道路をバイクに乗って走り続ける。
彼は知らない。老師Oでさえ気付いていない。
これはザビーネによる情報攪乱であり、ハッキングに長けた老師への対策として彼が紙に書かれた命令書というアナクロリズムで作戦を実行させているという事実を考えもしていない。
時代の一歩も二歩も先を行く科学技術をもつ天才科学者老師Oは、この時点で貴族趣味という名の復古主義によって盲点を突かれたわけである。
いつの時代でも最新のものが最高だとは限らない・・・それは彼ら自身が信じているはずの理念ではあったが、同時に敵が理解しているはずがないと信じ切っている固定概念にもなっていた。
老人というのは往々にして、自分の一度信じた正しさを修正することが出来ない偏屈さを持ち合わせているものである。
閑話休題。
『止まれ! 止まらんと撃つ!!』
ようやくノインが追いついてきた。
モビルスーツによる奇襲を想定していただけで、対人警戒を怠ってしまったため初動が遅れた結果としての遅ればせな到着である。
しかもこの時、彼女は自分が追っている敵がバイクに跨がる歩兵だったことから、本体より先に先制攻撃を仕掛けてきた先鋒であると判断して、自分より僅かに遅れて飛び立ったばかりのエアリーズ二機に対して宇宙用ビーム砲を持ってくる命じている。
この段になってもまだ彼女の頭の中では、ガンダムから降りたパイロットが単独で潜入し、破壊工作を仕掛けてきた可能性に思い至れていなかったのである。
先ほどと違って冷静さを取り戻しているにもかかわらず、この判断の愚かしさ。
この辺り彼女の気質は生粋のスペースマン(宇宙船乗り)であり、スペースファイター(宇宙戦闘機乗り)には向いていなかった事実を現しているのかもしれなかった。
『止まれ! 止まらんと言うなら力尽くでも!!』
そして発砲。ただし目標にではなく、目標の前方に向かっての威嚇射撃であり、逃走手段のバイクを使い物にならなくすることを目的とした攻撃だった。
爆発によりタイヤが取られてバイクがつんのめり、操縦者は弾き飛ばされて地面の上を転がり衝撃を逃がす。
ノインは自分専用にカラーリングが施された指揮官用エアリーズを着陸させると、敵に向かってライフルを向けた。
『汚い戦いをするな! モビルスーツを狙わずにパイロットを狙うとは、それでも男か!?』
「・・・聞いたようなことを言う奴だな・・・」
ノインの言葉に、思わずウーフェイは黙って立ち上がるつもりが、不快さを僅かに込めた声でつぶやきを漏らす。
自らの肉体を用いた体術を得手とする彼にとっては、モビルスーツに乗る乗らないに関わりなく敵と戦えない者は「そいつが弱過ぎただけだ」の一言で済み、汚い戦いについても自分自身が敵にあわせてモビルスーツを降りて敵地に向かったのだから正々堂々と戦って殺したという自負が彼にはある。
独善的ではあっても、彼自身にとっての卑怯な振る舞いができないのが張五飛という少年なのだから、それらの非難は見当違いであり的外れなものでしかなく、ノインの勝手な価値観を押しつけているに過ぎない・・・と、彼の中では認識されているため特に悪意は抱いていない。
不快だったのは最後の一言、『それでも男か?』についてのみだ。
彼は、女だからというだけで必ずしも弱い生き物だとは決めつけていない。女の中にも男とは違う強さを持っている者がいることを身近な実例でよく知っている。
とは言え、やはり最強の戦士になるのは男であり、女ではないという自負が彼の中には厳然として確立されている。例外はない。
そして自分は、他の誰より強い男であらねばならないと自らを律し、言い聞かせながら地球まで降りて戦い続けてきた彼にとって「自分が男らしくない」と言われただけで気にくわなかったのだ。
そういう考え方をしている時点で、彼が男ではなく“男の子”であることは明白であり、プライドや見栄を自尊心や誇りよりも優先する若者らしい未熟さを有する最強少年に過ぎなかったわけでもあるが、そこまで自己を客観視できるほど彼の自我は確立されていなかった。
両手を挙げて立ち上がって見せたウーフェイに。
そんな彼の予想外に幼い容姿を見て、ノインは機体のマイク越しに思わずつぶやく。
『子供!? 少年? あの基地をこの少年が一人でやったのか!?』
「・・・ん? 例の女か」
声を聞き、両眉を軽く持ち上げたウーフェイの表情と声と僅かに軟化した。
相手が自分よりも「弱い女である」とわかった以上、彼は彼の信じ貫く信念から相手を殺せなくなり、本気で戦うわけにも行かなくなる。
正義を成すのと同時に、戦い甲斐のある強い相手を求めて地球へと降り立った彼には、“弱い者イジメ”に興じる趣味はない以上、強者として相応の対応が求められる。
たとえ、彼の基準に基づく独善的で傲慢な思想と態度であろうとも、彼は彼なりに真摯であって、女性に対してのマナーは彼基準に則り徹底するのが筋である。
吹き飛ばされるときに近くに落としておいた照明弾入りの鞄を足先に引っかけて宙に浮かし、オーバーヘッドキックの要領で蹴りつけて起爆させ目眩ましとし、これも吹き飛ばされている最中に余裕を持って確認しておいたバイクの位置まで駆け寄っていくと立ち上がらせてエンジンを回す。如何に頑丈な品を選んだとは言え、モビルスーツの攻撃を間接的に受けた以上は長く保たないだろうが問題はない。
『くそっ!』
数十秒もの間、閃光に目をやられてホワイトアウトしたメインモニターのせいで行動不能になり動きを止めらていれたノインは自分の判断に腹を立てながらも、逃げた敵を追って森の上空へと機体を飛ばす。
飛行可能MSエアリーズの欠点は、姿勢制御を誤ってしまうと自分が落下しかねないという空を飛ぶが故のバランス維持が必要不可欠という点にある。視界を塞がれた状態で飛ぶのは自殺行為に均しい。
かと言って、歩いて戦う陸戦用の機体としての性能は陸戦用のリーオーよりも数段劣る。短足なシルエットも際だって足枷となるだろう。
端的に言ってしまえばエアリーズは敵の反撃が届かぬ上空から一方的に攻撃するのに有効な“弱い者イジメ用”の機体だった。それを相手と目線を合わせる位置まで降下させてしまったのだから、これもまたノインの自覚していない判断ミスと言えるかもしれない。
卑怯、と言う者もいるかもしれないが、そもそも空を飛ぶ機体と飛べない機体との戦いはそういうものであり、制空権を奪い合うドッグファイトとは敵への一方的に虐殺を可能とするためにおこなう行為なのだから当然とも言えるだろう。
どちらにしろ、ノインはこのとき致命的なまでに判断を誤り続けていた。
「単独の特攻兵だと・・・? 十四、五歳くらいか・・・あんな子供が本当に敵なのか・・・?」
コクピット内で一人つぶやくノイン。
森へと逃げた敵を追って、機体を低空飛行させながら飛んでいる彼女だったが、これも誤りである。
つぶさに観察するため、わずかな見落としがないようにという判断だったのかもしれないが、行方不明者を捜索している救助隊ではないのである。
上空へと舞い上がり、脚部についたミサイルを撃ち込んで森を燃やし、燻り出してやればそれで済んだはずの状況だったが、彼女は相手が子供である以上それは出来ない。
彼女はどこまでも母性的でありすぎた・・・誰かの産んだ子供を殺し、殺させる兵士としても指揮官としても性格的に向いていない女性だったのである・・・・・・。
「来るか! ――ガンダム!?」
現れた機体にノインは驚く。
てっきりガンダムの手先として使い捨てられた特攻兵だと思っていた少年は、ひょっとしてガンダムのパイロットだったのだろうか?
搭乗する姿を見ていない彼女には判断がつかず、後から追いついてガンダムを狙ういてるようビーム砲を地面に置いて固定した部下のエアリーズ二機が敵をロックオンして撃とうとし、発砲を許可する声を通信機から聞こえてしまったとき思わず彼女は叫んでしまう。
『目標補足! 撃て!!』
「!! 待て!」
『ノイン特尉!? 何故です!?』
訳がわからず慌てる部下二人。発作的に感情で指示してしまった上官は答えを持たない。
代わりとして彼らの敵が、彼らの疑問に答えてやる。
「女だからさ!!」
侮蔑の冷笑とともに機体を反転させ、背中のビームグレイブを引き抜きながら急速接近。そして一閃。
装甲強度ではリーオーにさえ劣るエアリーズ二機を、バターでも切り裂くかのようにアッサリと上下を真っ二つに分割して爆発四散させる。
『貴様っ! 貴様ぁっ!』
今夜一晩だけで、今まで慈しみながら育ててきた部下を一人の敵に大勢殺されるという理不尽を前に、ノインは完全に激高して我を失い、自分が通常火器の通じない装甲を持つガンダム撃墜用に持ってこさせたビーム砲が手元から失われた状況の中、無謀にもチェーンライフルを乱射させながら接近戦を苦手とするエアリーズを敵に向かって突貫させてゆく。
自分に向かって真っ直ぐ飛んでくるだけのモビルスーツなど、飛んでいようとも歩いていようとも大した違いはない。射程距離まで近づいてきたところを自分が持つ投擲武装なりなんなりを撃てば勝手に当たって落ちていく。
このときも普通にそうなった。
『なにっ!?』
如何に装甲が硬くとも、目の前まで接近して撃てば貫けるはず!・・・などという何処かの世界の先走って暴走した新兵のような考えを持っていたのかどうかは知らないが。
このときノインは敵が中距離用の武装を持っているとは考えていなかったらしく、龍の形をしたガンダムの右腕がいきなり伸ばされて鞭のような武器に変化したことに対応しきれず、操縦桿をひねって直撃を躱すのが精一杯だった。
結果、左脚部のバーニアに一撃食らってバランスを失ったノインはエアリーズはジャングルに機体を突っ込ませていき、飛行能力を損失させられてしまう。
「動け! くそっ、どうした、エアリーズ!!」
ノインは叫びながら操縦桿をデタラメに動かすことで、無理矢理に機体を起き上がらせようとするが無理である。
短足の機体であるエアリーズは空を飛ぶことが前提の機体であり、短い足が木々に埋まっている現状で飛ぶための片翼をもがれた彼女に為す術などひとつも無い。飛べないエアリーズは、文字通り短足で鈍重なブタでしかないのだから・・・。
『女っ! 聞こえているか、女!?』
スピーカーを通してガンダムの中から語りかけてくるのはウーフェイだ。
彼は倒した敵から鹵獲したビーム砲を持ち上げながら、情報にあったOZパイロットか、もしくは機体のどちらかを乗せた輸送機が空を飛んでいくのに狙いを定めながらノインに向かって己の信念を披瀝する。
『子供だと思って気を抜いたお前が、つまらん兵士だという事だ』
若干の怒りを込めて、事実を指摘してきたウーフェイにノインとしては反論する言葉などあるわけがない。ただ悔しげに唇を噛みしめることしか出来ない。
「俺の名は張五飛。弱い者と女を俺は殺さない」
怒りを押し殺した声で言い放ち、手に持ったビーム砲で輸送機を撃墜させたウーフェイは動けなくなった弱い敵『女のノイン』に背を向けると、悠然とした歩調で歩み去って行く。
さらなる追っ手が来る前に急いでこの場を離れようとする、匹夫野盗のごとき去り方は彼の流儀に反する。
強い者は戦場の王者だ。王者には王者の、強者には強者の立ち去り方というものがある。
「・・・敵が弱いと、戦った後に虚しくなるんだ・・・・・・」
『正気かね? 敵地に入って立ち止まったも同然の遅さで歩み去ろうとするとはな・・・』
「なにっ!?」
男の声が降りかかるのとほぼ同時に、夜の闇を具現化したような漆黒に染め上げられたモビルスーツによる突然の奇襲を受けたウーフェイ!
ノインを見て、まるで自分が弱った者しか襲わないハイエナのように感じられ、猛る胸の内の叫びにばかり意識を向けていたウーフェイは、攻撃を回避するため必死になって操縦桿を動かさざるを得ない。
敵を倒し、戦いが終わり、これ以上の無益な殺戮など武人のすることではないとした彼の信念が招いた油断を突かれた形である。完全に彼の自業自得だった。言い訳の余地はどこにもない。
とは言え、彼が油断したのにも一応の理由が存在してはいる。
「バカな! 俺のナタクが敵の接近を感知できなかっただと!?」
ウーフェイは、ノインのように木々に足を取られて動けなくなるような無様だけは晒さないよう機体を動かしながら、叫びとともに疑問の声を上げる。
格闘戦メインで戦うことを想定して造られたウーフェイの愛機シェンロンガンダムは、開発者である老師O自身が優れた武術家であるのも影響して駆動系と索敵能力に優れている。操縦者の体術を最大限に活かせるよう設計された機体なのである。
――そのナタクが、これほど近くまで敵が来ていて気付かないはずがない!
それが彼の油断した理由であり、機体に対して寄せる彼の信頼の現れでもある信念。
だが、勝敗とは結局のところ相対的なものでしかなく、相手より一歩でも先んじて一枚上回ればそれで済んでしまう数字の計算が主流となる概念でしかない。
今回の場合、黒い機体のパイロット『ザビーネ・シャル大尉』が使った手は単純だ。
自機の周囲にミノフスキー粒子を散布してレーダーにかからなくしただけである。
クロスボーン・バンガードのエースである彼から見れば当たり前のものでも、発見者であるミノフスキー博士が産まれていないアフターコロニーの世界にあっては戦局を一変させかねない最高レベルの軍事機密であり、限定的かつ短時間での使用許可しか下りなかったが、それで十分な状況さえ作り出してしまえば十分すぎるのだから。
まさに一企業が有する私設軍隊を率いてフロンティア・サイドを強襲し、コスモ・バビロニア建国まで漕ぎ着けてしまった勢力のエースパイロットにふさわしい戦法と言えたが、相手もぬるま湯の平和で素人同然になった連邦軍将兵ではない。
「やるなっ! だがっ!しかし!」
そこはやはりウーフェイも選ばれたガンダムパイロットの一人だ。思わぬ方角から奇襲された程度で「ハイ、そうですか」と食らってやるほどお人好しではなかった。
彼は機体を、声の聞こえてきた右側背に向けて急発進させ、本命の攻撃から身を躱させる。
彼は一瞬のうちに、聞こえてきた敵の声と、感じられてくるプレッシャーの方角が真逆であることと、迫り来る突撃のタイミングが声よりわずかに早いことを見抜いたのだ!
彼の認識を誤認させる、見事な奇襲戦法。
だが、彼から見ればまだ甘い。真逆ではなく僅かに来るべき方角を逸らしていただけならば自分が気付くのにもっと時間がかかったはずであり、もしかしたら避けきれなかったかもしれない。
「貴様もまた、先の女と同じように俺を侮り気を抜いた、つまらん兵士だったという事だ!」
『そうだと思うなら、実現して見せるがいい』
告げながらも突き出される彼の持つ槍状の武器《ショット・ランサー》
その攻撃を長年にわたる修行で会得した武術の奥義《見切り》によって、“紙一重回避する”ウーフェイの愛機シェンロンガンダム。
「ふ・・・っ!」
勝利の笑みを浮かべる彼は、ショット・ランサーの矛先が、ボタン操作一つで射出されて長さが変わる奇襲用を兼ねた武装であることを今はまだ知らない。
これから身を以て思い知る。
パシュウウゥゥゥッン!!!
「なにっ!?」
人間同士の格闘技であれば確実に躱し終えていたはずの全力突撃。それを鼻先で躱したことを確認した瞬間にリーチを伸ばし、己へと迫り来る鋼鉄の穂先。
血の滲むような修行により身体に染み込ませていた東洋武術の極みによって、考えるよりも先に反射で身体を動かしてしまっていたウーフェイに、それを避ける術は残されていない。
ガァァッン!!
「ぐわぁぁっ!?」
頑丈な機体に当たって弾き飛ばされ、槍の穂先が何処かへ飛んでいくのと同じように彼の機体シェンロンガンダムも後方へと弾き飛ばされていく。
追撃に備えるため、倒れた機体を即座に立ち直らせて立ち上がって敵の姿を探す。
だが敵は探す必要も無く、そこにいた。攻撃してきた場所から一歩も動くことなく倒れたウーフェイを見下ろすかの如く、落ち着いてその場に立ったまま勝者の視点で罠にかかった獲物の姿を見下ろしてくる。
『機体の頑丈さに救われたな、少年。君が乗っているのがガンダムではなく量産機だったなら、今の攻撃でコクピットを貫かれた君は即死していた』
「・・・っ!! ほざくな―――――っ!!!!」
暗に、『機体が強いだけでパイロットは大したことがない』と告げられたことでウーフェイはいきり立った。
距離があるため、ビームグレイブで斬りつけるには遠すぎるが、ドラゴンハングならば射程範囲内だ。先ほどのお返しもかねて返礼するのに丁度いいだろう!
「食らえっ!」
そして伸ばされる龍の右腕。
銃を嫌うウーフェイが、離れた敵にも攻撃できるよう考案されたトリッキーな武器ではあったが、生憎それは先のノイン戦で見せてしまった後である。タネの割れた手品に奇襲としての価値はない。
『ふん・・・』
鼻で嗤ったザビーネは、つまらない手品師の相手をする気は無いかの如く機体を飛び上がらせて――そのまま高高度まで達して滞空してしまった。シェンロンガンダムが持つ最大射程の武器ドラゴンハングの射程外の高さにである。
「――っ! 貴様! 卑怯だぞ!! 正々堂々、降りてきて俺と戦え!!」
『ふっ・・・』
帰される返事は呆れたような冷笑一つだけ。
それはプライドの高いウーフェイを激怒させて叫び声を上げさせるのに十分すぎる仕草の数。
「貴様っ! 何がおかしい!!」
『君はこれまでの戦闘で撃破してきたOZの戦闘機相手に、今と同じセリフを言った覚えがあるのかね?』
鋭いが、秀麗な造作をしたウーフェイの顔が醜く歪む。
彼の頭脳とプライドは、ザビーネが言外に込めた言葉の意味『自分の都合に合わせて理屈を振りかざす卑怯者』と自分のことを罵っていたのだという事実を看破していたからだ。
『・・・だが、まぁいい。今回は君に合わせよう。最初からそのつもりで来ている身なのだからな。
それに、大人が子供にモノを教えて指導する際には同じ目線に降りてから話すのが、人としての礼儀でもある』
そう言って機体を降下し、地上に降り立つと射撃武装を投げ捨ててビームサーベルを抜き放ち構えを取るザビーネ・シャル。
「・・・・・・いいだろう・・・」
その光景を見せつけられたウーフェイが、獣のような唸り声で言葉を発した。
「俺もお前とは正々堂々勝負をして、打ち倒さなければならない理由が出来た。先ほどの女とは違い、手加減はせん! 全力でお前を倒してみせる!」
グレイブを構え、吠えるように宣言する彼。・・・そのプライドは、どうしようもないほど傷だらけにされていた。
これほどの屈辱、これほどの侮辱、そして恥辱を味あわせた相手を倒さずして去って行くのでは自分の戦士としての誇りは保つことが出来ないだろう。
全力で戦って、全力で倒す! そうすることで始めて彼はいつも通りの自分に戻れるのだと言うことを知っていたから!
「俺の名は張五飛。貴様の名は?」
『すまないが、人が寝ているところを襲って殺そうとする卑怯者に名乗る名の持ち合わせがない』
「・・・っ!!! てやぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
・・・こうしてザビーネの挑発により戦端が開かれたウーフェイの乗るガンダムと黒いモビルスーツの戦い。
それは動くことが出来ずに、ただ呆然と見守ることしか出来ないノインにとって、残されてかき集めようとしていた最後のプライドの欠片たちを粉々に踏み砕きながら蹂躙し尽くす壮絶さに溢れた別次元の戦いだった。
ゼクスには及ばないと自覚していても、OZのエースとして恥じることない程度の実力は有していると自負していた彼女だったが自信過剰もいいところだったのだ。
桁が違う。次元が異なる――などと言った低レベルの差ではなく。
戦士としての『格』が違う二人による戦いを見せつけられているのだから、ゼクス以上の軍人などいないと信じて生きてきた彼女が度肝を抜かれるのも無理はない。
敵味方ともに神業の域にまで達したモビルスーツの操縦技術。
実力は、互角。
だが、勝負は拮抗しなかった・・・・・・。
『どうした? 右腕の龍を使わなければ負けてしまうぞ?』
「くぅ・・・っ!!」
僅かに、だが確実にザビーネのほうが優位に戦いを進めている。
互角の実力を持ち、機体性能でも大差なく見える二人の戦いが、何故こうまで結果にのみ明確な差が生じてしまうのか?
事情を知らぬノインには判らなかったが、当事者である二人には自明すぎる事柄でもあった。
彼らには致命的すぎるほど、『強敵と戦って苦戦した経験』に差がありすぎたのだ。
ウーフェイは、ガンダムパイロットに選ばれた5人の少年の一人にふさわしく、早くから頭角を現し才能を示し続けてきた特別な子供であり、当然の如く同世代の少年少女たちに彼と肩を並べるライバルがいたことなどほとんどが無い。
それどころ大人たちの中でさえ、彼と互角に戦える者は数えるほどしかおらず、年齢による伸び代によってその数は減りこそすれ増えることは全くない。
・・・この様な状況が続いてきた彼に、強敵と戦って苦戦するという貴重な経験など得られようはずもない。
皮肉なことに、彼の愛機シェンロンガンダムの開発コンセプトも彼の経験値不足に一役買ってしまっていた。
この世界のガンダムたちは、多対一での戦闘を想定して開発されている
量産機しか保有しないOZという『質より量』の軍隊を相手に、たった一機のガンダムで勝ち続けて戦争を勝利に導こうとするならば当然の選択ではあるだろうが、それはどこまで行ってもウーフェイの信念とは相容れない開発コンセプトでもある。
ガンダムは、『弱い者イジメをするための兵器』として開発された機体だった。
パイロットとして選ばれた張五飛の理念や信念などどうでもいい、状況が戦争に勝利するため科学者たちに必要とさせた機体が『弱い者イジメ用兵器』のガンダムであり、並の兵士では操りきれない高性能な機体を使ってOZという『勝って当然のザコ機体しか持たない軍隊』を蹴散らさせるためウーフェイという特殊なパイロットが必要だったのだ。
その事情が彼を『白兵戦でのプロにして、MS戦でのアマチュア』にしてしまっていた。
互角の強敵とモビルスーツ戦で勝利した経験が一度もない現時点でのウーフェイの力では、バビロニア紛争の折にシーブック・アノーという連邦義勇軍エースと幾度となく渡り合って決着をつけず仕舞いで終わったザビーネを相手に経験の差で僅かな差が出てしまうのは必然の結果でしかない。
まして彼は、この世界に生まれ変わった後も世界観に合わせた新たな修練を積み重ねてきている。
互角の実力者同士が拮抗し合う戦場において、チリ一つ分の差が決定的差をもたらしてしまうのは当然の流れであり、戦いの中で兵の動きというものは水の流れに沿うような形でおこなうのが自然な勝ち方である。
その流れに従ってことを進めてしまえば、自然とこういう結末へ至る―――
『フッ・・・』
「な・・・っ!?」
ザビーネのサーベルが掬い上げるように振り上げられ、ウーフェイのグレイブが掬い取られるように宙を舞う。
「・・・・・・・・・」
完敗だった。
実力的にも機体性能でも完全に互角だった自分と敵との戦いで、自分は負けた。
それは彼にとって、生き残ること自体が死よりも恥知らずな屈辱的行為となってしまったことを意味していた・・・。
「・・・・・・殺せ」
『何度でも私を殺しに来るため、何度でも再戦を挑むため、死よりも過酷な敗戦の恥辱に耐えようとは考えられないのか?』
「・・・・・・」
『・・・・・・そうか・・・』
無言の返事を聞き届け、ザビーネは諦めたように「ふぅ」と溜息を吐くと。
『――これほど未練がましい男だったとはな・・・っ!!』
怒りを必死に押し殺した声をつぶやき、ビームサーベルの刃を振り上げ、ためらいなく振り下ろす!!
・・・もし彼が、自分の後を託せる後継者を探し求めていたトレーズだったら、選択と結果は自ずと別のものになっていたかもしれない。
だが彼はザビーネ・シャルであって、トレーズ・クシュリナーダではない。
そんな彼に言わせたら、ウーフェイの理屈はただの『見栄』に過ぎない。
悔しかったら泣けばいいのである。恥ずかしいのなら叫べばいいのである。
それがクロスボーン・バンガードの示めそうとした、『人としての自然なありよう』なのだから。
そう信じて実践していくことを己に課したザビーネにとって、ウーフェイが守ろうとしているものは多すぎている。
見栄とプライド、男としての矜持、敗北の汚泥をかぶった生を生きないで済む怠惰な欲望、敵と戦って死ねる戦士としての名誉ある死・・・・・・様々なものを今の彼は求めている。
格好付けだ。無様な負け犬の分際で、その地位を受け入れることなく格好をつけたまま死ねる道を選ぼうとしているのが今の彼だった。
情状酌量の余地は、宇宙のどこにも存在しない。
だから―――
『なんとぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!!!!』
「なにっ!?」
『むっ!?』
突如として割り込んできた謎の通信。
その声に聞き覚えのないウーフェイは驚愕して伏せていた顔を上げ、忘れるはずのない宿敵の声を久方ぶりに耳にして頭より先に身体が反応していたザビーネは機体ごと自分の位置を全速力でシェンロンガンダムより引き離す。
そして、武器を失い戦う気力さえ失いながら、それでも戦う力は他の誰より残っているウーフェイの前に立ちはだかってザビーネの凶刃から彼を守り抜こうとしている、ガンダムによく似た機体に乗る謎のパイロット。
その男のことをザビーネはよく知っている。直接面識はなくとも、通信回線を通じて何度も何度も語り合っている。
戦場において! 互いの信じる信念を否定し合う言葉をぶつけ合うという形で!!
「シーブック・アノー・・・まさか貴様まで、この異世界に来ていたとはな・・・っ!」
『それはこちらのセリフだよ、ザビーネ。こんな異世界まで来てコスモ貴族主義を復活させようとしているバカな奴らを噂を耳にして、すぐに飛んできたのは正解だった。
危うくこの世界の“トビアもどき”が、お前に殺されてしまうところだったみたいだからな』
悠々と語り合いながら戦意を高めていく二人と二機。
事情が飲み込めないまま、自分はどうすべきなのか判らないまま棒立ちしているウーフェイに、ガンダムに似た機体に乗る男から通信が届く。
『君! 悪いがここは俺に任せて離脱してくれないか? 俺はどうしてもコイツを決着をつけなければいけない理由があるんだ』
「か、勝手なことをほざくな貴様! それならば俺にも譲れないものがあ―――」
『――頼む。この場を俺に譲って欲しい。俺は俺の大切な人のために、コイツだけは必ずこの手で仕留めてやると誓っているんだ・・・』
「・・・・・・っ!!」
画面の中で頭を下げて頼み込んでくる男。
その“包帯まみれ”な怪しげな風体とは真逆に、戦士としての誇りと生き様。自分と同じく何らかの強い覚悟を秘めている片目。
「・・・・・・・・・わかった! だが、死ぬことは俺が許さん! お前にも奴にも俺は借りを返さなければいけなくなったのだからな!!」
長い逡巡の後、ウーフェイは自分の砕け散ったプライドよりも、謎の男の戦士としての誇りに感じさせられた共感を優先することを選び取ると、落ちていたグレイブを拾いブースターを蒸かして飛び去っていく。
文句のつけようのない敗走。今はまだ包帯の男に感じた共感が自分の心を突き動かしてくれているが、安全なところにまで逃げ延びたら間違いなく後悔と敗北感と自責の念に駆られて泣き叫ぶことになるのだろう。
醜態だ。無様だ。いっそこのまま死んでしまいたいほどに。
それでも死ぬことはできない。断じてだ。それをしてはいけないという気持ちが、先ほどの男の声を聞いたとき以来、どうしてだがウーフェイの胸にあふれ出して消えてくれなくなっていたから―――――。
「くっ・・・そぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!!!!!!!!!」
ついに叫び声を上げ、子供のようにコクピットの中で当たり散らしはじめるウーフェイ。
そんな彼の姿までは見えなかったが、それでも遠ざかるシェンロンガンダムの背中には、“やはり彼との共通点”が見えるような気がしてガンダムの中でパイロットは微笑みを浮かべる。
「・・・直情的な奴だな・・・しかも頑固で我が強く意固地がある。やはり君はアイツに似ているよ、こんな所で死んでいい男じゃない。必ずお前は強くなれる男なんだからな」
そう言って笑いを納めると、表情を引き締め目の前の相手をにらみ据える。
“海賊サーベル型”の形状をしたビームサーベル《ビームザンバー》を抜き放ち、晴眼に構えながら、片目に装備された眼帯状ターゲティングセンサーに刈り取るべき獲物の姿を固定させる!
そして倒すべき宿敵に向かい、愛機を突撃させてゆく。
髑髏のマークを頭上にあしらい、全体的に海賊を彷彿とさせるようなシルエットを持つ機体に乗って。
シーブック・アノーは・・・否。
『キンケドゥ・ナウ』と名を変え、新生クロスボーン・バンガートのエースとして戦うと誓った十年後の彼と、彼が乗る新たなる愛機『クロスボーン・ガンダムX1』が、長すぎる因縁に今度こそ決着をつけるため正義の刃を振りかざし、諸悪の根源たるコスモ貴族主義の象徴ザビーネ・シャルを討ち果たすため異なる世界を舞台に最後の決戦を戦い合う!
「ベラを縛り付けた家の呪い・・・その根源たるコスモ貴族主義。
コスモ・バビロニアが滅んだ後も貴族主義を捨てずに信じ続けてベラを狙い続けた男、ザビーネ・シャル!
今日こそ俺はお前を倒し! そしてベラの魂を本当の意味で解放し、セシリー・フェアチャイルドへ戻してみせる!
ザビーネぇぇぇ!!! 覚悟ぉぉぉぉぉぉっっ!!!!」
つづく
オマケ『今作オリジナル設定の説明』
ベルガ・ギロスX2(プロトタイプ)
今話でザビーネが使っている機体で、CV軍の最新鋭機。その試作型。
転生者集団クロスボーン・バンガードが、この世界にもガンダムがいることを知り、やがて敵として現れるだろう彼らに備えて作り上げようとしている『対ガンダム用モビルスーツ』
自分たちの技術と、アフターコロニーの技術を融合させて完成を目指しており、手本になっているのはプロフェッサーJたちが残していったウイング・ゼロとトールギスの断片的な資料。
とは言っても、トールギスの現物が保管されていたのがOZ所有の倉庫の一番奥深くであったため勝手に調査するわけにもいかず、最近になってようやく発見されたオリジナルのデータを元にして急速に完成へと向かい始めたばかりであるため、大部分は未完成。
今話に出てきているのは、試作型として既に完成していた機体のためトールギス発見後の技術や装備は追加されていない。
が、『二刀流のビームザンバー』は完成品として装備されてしまっている・・・・・・。
キンケドゥ・ナゥ
『機動戦士クロスボーン・ガンダム』の世界から生まれ変わってきた転生者の一人。
木星帝国との戦いを終えた後、天寿を全うした彼の魂がベラを縛り付けた呪いの源コスモ貴族主義が復活しようとしている異世界に引きつけられ転生してきた。
愛機である『クロスボーン・ガンダムX1』は、どうやら本人に連れられて次元を壁を越えてきたものらしくコスモ貴族主義打倒の旅の中で偶然にも発見したものを使用している。
技術者ではないからチューンナップなどは施されていないが、技術科の学生だったこともあり整備の腕はそれなりだったため機体性能は現役当時のままを維持している。
・・・彼ら二人は自分たちが元いた世界を、時系列の違う同じ世界だと認識しているが、実のところ途中で分岐したことで生み出されたパラレルワールドから来ているのがキンケドゥであるため、ザビーネは木星帝国との戦い自体を知らない。
似て非なる世界を生きた互いの知る互いは生き方が違っていたらしく、双方の認識に大きな食い違いが出ており、
キンケドゥにとってザビーネは『貴族主義を捨てたセシリーこそ支配者にふさわしいと信じ続けた間違った男』として完全否定しているが、ザビーネにとってベラ・ロナは『マイッツァーがこだわったためにフロンティアサイド攻略が失敗した造反者。コスモ・バビロニアの売女』としか思っていない。
異なる時代、似て非なる世界で、コスモ貴族主義を見つめ続けた二人の男の因縁は、どの様な帰結を迎えるのだろう・・・・・・。