ガンダム二次作   作:ひきがやもとまち

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途中まで書いて放置されてたクロボンWを完成できましたので更新いたします。あ~、疲れましたー(;^ω^)肩に背負っていた重荷がまた一つ減った気分ですね♪
原作にない話を書こうとすると大変ということを思い知りました。次からもう少し考えて計画立て終わってからやることにいたしますね。

陳謝文:
次に更新するつもりで書いてるのは『堕天使に』です。精神が不安定なせいで思っていたのと文字数が全然違っててコチラの方が先になってしまったことをお詫び致します。


ガンダムW戦記~クロスボーン・バンガードの旗のもとに~6章

 ルクレツィア・ノインはMSパイロットとして、今日までそれなりの自信を有してきていた。

 若いパイロットたちを育て上げる教官として、彼らに恥ずかしくない訓練と実績を積み重ねることを己の義務として課してきてもいた。

 

 同期だったゼクスに勝るとまでは自惚れないが、OZの中でも彼に次ぐ実力はあると断言できる程度の鍛錬は欠かさずに続けてきた自負が、彼女にとっての誇りである。

 

 ・・・だが、今。

 その自信をバラバラに打ち砕くかのごとく常識外れの強さを持った二つの機体が、自分の目の前でぶつかり合っている。

 

 黒一色に染め上げられた漆黒の機体と、白を基調として所々に黒色を配した機体。

 その二つの機体が、人間の限界を超えているとしか思えない速さと反応速度で互いの攻撃を躱し合い、互いの位置を高速で入れ替えながら一進一退の終わる事なき攻防を続けていく・・・・・・。

 

 

 

 

「・・・これはもう、私程度が割って入って手助けになるレベルの戦いじゃない。パイロットとして技量の桁が・・・いや、格が違いすぎている・・・っ。

 コイツら、本当に人間なのか・・・・・・?」

 

 

 

 

 動かなくなった愛機のコクピットで、どうすることも出来ずにつぶやくしかない彼女一人が観客として見物する中、二機の機体と二人の男は今日何度目かの斬撃と斬撃を再びぶつけ合う―――

 

 

 

「ザビィィィィィネェェェェェェェッ!!!!!」

 

「シーブック・アノォォォォォォォッ!!!!!」

 

 

 バチィィィィッ!!!!

 赤いビームの刃と、青いビームの刃がぶつかり合ってプラズマ光の火花を散らし、夜の闇が支配する森の中をめまぐるしく動き回る黒と白の主役たちを、まるでスポットライトのように追い続けながら照らし続けていく!!

 

 互いに、憎むべき相手の名を叫びながらビームの刃を振りかざし、殺すつもりで放った必殺の一斬を受け止め合い、鍔迫り合い、言葉の刃と言葉の刃で互いの信じる主張と正義を激しく否定し、一刀両断するため切りつけ続ける。

 

「ザビーネ! 軍事力を持って出てきた者は武力制圧しか考えないということを、何故わかろうとしない!? 大人の都合だけで子供たちが殺されてたんじゃ堪らないんだよ!!」

「それがお前のエゴが言わせることだと何度も言った! 自分を中心にして世界を裁断しようとする、それこそが貴様のエゴなのだという事実を未だに認めることができんのか!?」

 

 

 二色の異なる光の刃をぶつけ合いながら、『お肌の触れあい回線』を通じて言葉と言葉の刃を交わし合う二人の会話。

 それは互いを理解し合うために思いや言葉を語り合う【わかり合うための対話】とは掛け離れた目的で放ち合われる言葉の応酬。

 互いに互いの信じるものを『正しく誤解しようのない否定の言葉』で『否定し合うために』交わされ合い、放たれ合う、言葉の銃弾とミサイル同士の応酬合戦。

 

 

「だからって、普通に暮らしてる人たちの生活を破壊してまでおこなう戦争が正しいはずがないんだ!

 独り善がりではじめた貴族主義の革命なんて、最初から上手くいくはずがなかったんだと、まだ分からないのか!?」

 

 キンケドゥ・ナウと名を変えたシーブック・アノーが、思いを込めて叫びながらも海賊サーベル型近接戦闘武装《ビームザンバー》を振り下ろし。 

 

「そんなものまで心配して、人類がレミング以下になって自殺行為をするまで時間を無為に消費するべきだとでも言うのかっ!? 強権支配が独裁に至りやすい危険性は承知している! それを承知で我らは起ったのだ! 自分の生活を守るためだけに戦っていた貴様に、それを否定などさせるものかッ!!」

 

 キンケドゥが忘れもしない姿よりも若々しいザビーネが、通常型のビームシールドを発生させて攻撃を防御すると同時に受け流し、かつて乗っていた《ガンダムF91》と違って防御面で劣る《クロスボーン・ガンダムX1》を駆るキンケドゥに逆檄を警戒させ距離を取らせる。

 互いに熱い思いを込めて、激しく刃と言葉を交わし合いぶつけ合う二人の男たち。

 

 

「それのどこが悪い!? お前たちの勝手な都合で始まった戦争で逃げ回っていれば死にはしないんだッ!!! でやぁぁぁぁぁぁッ!!!」

「なにっ!?」

 

 クロスボーン・ガンダムX1は固有の海賊サーベル型のビームサーベル【ビームザンバー】を振りかぶると、ザビーネの機体が握る通常タイプのビームサーベルに全力で切りつけた。

 それを受け止めてしまったのは、明らかなザビーネの判断ミスだっただろう。

 

 通常のサーベルと形状が異なるだけで、威力的には大差がないと侮ったのは彼にしては珍しい油断に該当する愚かしさから来るものだったかもしれない。

 だが、そもそもにおいて彼はクロスボーン・ガンダムという存在自体そのものを知らない時代から来ているザビーネ・シャルだ。

 このACの時代に流れ着いてからも鍛練を積み、機体の性能も技術スタッフたちがこの世界特有の新技術も盛り込んで強化してくれていると信じる信頼感もあったし、何より相手の来ている時代が『自分よりも何年後の宇宙世紀なのか』が皆目見当も付かない。

 

 それが彼の判断を誤らせた。判断基準を誤認させてしまっていた。

 彼の時代に彼と死闘を繰り広げたシーブック・アノーの搭乗していたガンダムF91は、射撃戦能力と機動性は突出していたが、接近戦能力ではザビーネの旧愛機ベルガ・ギロスよりも下回る程度に過ぎなかったはずだから。

 

「・・・そこまで手のひら返しで趣旨転向するか! シーブック・アノー!!」

 

 怒りを込めてザビーネは叫び、罵り声と同時に大きく後方へと機体を跳躍させる。

 キンケドゥも「待て! ザビーネ!」と追撃をかけるが、その動きは先ほどまでこなしていた接近戦の時よりだいぶ鈍い。

 

「バーニアとブースターの出力は高いが、地を走る足は遅い機体なのか。そのガンダムは・・・。

 フッ。どこまでも貴様らしくない機体に乗り換えたものだな、シーブック・アノー。

 もはや私にとってのライバルは、嘗ての相手ではなくなってしまったということか・・・」

 

 やや自嘲気味にザビーネは呟き、キンケドゥ・ナウとなったシーブック・アノーを論評する。

 そして、その評価は皮肉なことに概ね正しい。

 

 頭にクロスしたボーンを掲げて、“剣を刺さずに”骸骨の頭蓋に取り替え尚した、正真正銘まごう事なき海賊の紋章を旗印として誇らしく仰いでいるクロスボーン・ガンダムは、『新生クロスボーン・バンガード軍』のエース機を名乗りながら、致命的なまでにクロスボーン・バンガードとは流れる血の異なる別存在と成り果ててしまっていた集団のフラッグ機だったのである。

 

「逃げ回ることを卑怯とは思わん。敵に攻撃されたとき、一般市民たちは怖いと言って逃げる権利が当然あるべきなのだからな。生き残るためには何をしても良いというのがクロスボーンの理念だ。

 そしてだからこそ、自分たちに生き残る価値があるかどうかを考えもせずにそれをやる者たちが、我々の粛正すべき悪なのだ。とりあえずの寛大さと感情に走る生き方は、すでにこの地球圏では許されなくなくなりつつあるのだという事実を知れ!!」

「だからといって打算だけが人類を生かすというのは間違っている! それでは人間の感情は何のためにあるのか分からなくってしまう! 感情があるからこそ人は豊かな人生を送れる生き物なんだよ!!」

「それは過去のユートピアに生きた人類にだけ許された生き方だ。現在は違うということを、貴様がクロスボーンに入隊していれば1からたたき込んでやったものをな」

「ふざけるなぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 

 交わらぬ線と線。信じ貫く主張と主張。否定し合う互いの世界観。

 二人は悲しいまでに致命的なレベルで、異なる精神世界を内包する者たち同士の関係にあったのである。

 

 

 ・・・・・・だが、実のところ彼ら二人は自分たちが交わし合う言葉の論点が、双方ともに致命的なほどズレているという事実に気づけていない・・・・・・。

 

 キンケドゥ・ナウこと、シーブック・アノーの掲げる戦う理由と、ザビーネの掲げるコスモ貴族主義による人類粛正および世直しとは、存在する次元自体がおおきく異なる比べようがない概念同士だったからである。

 

 そもそもシーブックだった頃から、彼は連邦正規軍に所属していたわけではない。ただ、クロスボーンに奇襲されたフロンティアサイドの避難民たちがレジスタンスとして参加した船で『才能があるから』とモビルスーツパイロットになってエースにまで急成長しただけの市民兵に過ぎない存在なのだ。

 人類全体の未来やら、数百年後の世界に対して負うべき責任など一切ないと断言できるであろうし、また事実として彼ら一般市民にそんな責任はない。無関係とさえ言い切ってしまえるほど赤の他人たちの事情である。

 

 一般市民にとっての世界とは、そういうものだ。その程度の広さしか持っていない。

 せいぜいが、自分の住んでいる町と地域、仲のいい友達と家族。それらが平穏で穏やかで暮らせて、自分たちが死ぬまでは今のままの生活が保たれればそれでいいと考えるのが庶民にとっての世界観というものであり、それを守るために働くべきなのが支配者であり軍隊だと彼らは信じて疑っていない。

 

 それがシーブックたち、キンケドゥたち一般市民出身のニュータイプパイロットたちが掲げて戦う『庶民の正義』なのだから。

 

 

 一方で、ザビーネたち政治を考えて動く統治する側にしてみたら、キンケドゥたちの主張は誤った選択の極みでしかない。

 五十年先、百年先のことまで考えて国家のために、全体のために今何をすべきなのかを考えるのが政治なのだから、今だけ良ければという考え方でやっていけるはずがない。

 今のまま穏やかにと言えば聞こえはいいが、それは要するに停滞であり、停滞を政治的に表現するなら伸びしろを失った状態という、ただそれだけの平凡な愚策でしかない。

 謂わば彼の正義は、『政治を担う貴族の正義』とでも言うべきであろうか?

 

 存在する次元の異なる二つの正義が、同じ高さで是非を問うためぶつかり合うことは出来ない。その正義を信じる者同士が様々な事情と絡まり合った末に物理的な決着を求めてぶつかり合っている、ただそれだけの無意味な行為が彼らのやってることの実情なのである。

 

 シーブック・アノーことキンケドゥ・ナウが主張しているクロスボーンの過ちとは『戦争による世直し』その考え方自体が間違いであり、市民生活を破壊してまでおこなう革命などが正しいはずがないとする一般庶民の枠組みから一歩も外に出てはいない庶民的な倫理観に基づく否定であり、世界と人類全体の未来を俯瞰視点で見た上での結論ではまったくない。

 

 

 対するザビーネたち、クロスボーン・バンガードの兵士たちにとって貴族主義の理念の是非を今さら議論する余地などどこにもない。

 なぜなら、地球連邦政府の組織と人に鉄槌をくだして世直しをしなければならないとしたマイッツァー・ロナの理念に従って、鉄仮面と呼ばれていたカロッゾ・ロナという実践者がこれを行うと断を下して始められたのがフロンティア・サイドへの侵攻だったからである。

 

 善悪で言うなら、“悪”だと断言できる行為と知った上でおこなった“必要悪”としての戦争行為・・・・・・それがシーブックだったキンケドゥには理解できなければ、したいとも思わせない視点の違い。

 

 だからこそ、彼は言い切るのだ。言い切れるのである。

 

「そんなものは・・・・・・理屈だッ!!」

 

 ――と。

 キンケドゥは・・・、否。ザビーネと戦う過程でシーブックに戻っていた当時の少年は、そう断言する。そんなものは理屈だ、理想論に過ぎないと。

 

「自分たちの理屈だけを力で以て押しつけて、その果てに待っていたのが鉄仮面による『人間だけを殺す機械』《バグ》の大量投入だった! そして奴はラフレシアまで出してきた! あれがお前たちの行き着く先だ! 理屈だけで人の心を動かそうとするなんて甘いんだよぉッ!!」

「くッ!?」

 

 急加速した機体を横に避けるため、バックステップしたザビーネに対してキンケドゥは新型機故の相手が知るはずのない《X1改》で追加された新装備《スクリュー・ウェップ》を使用してダメージを負わせることに成功する。

 

 十年近い機体の時代差がもたらす戦果ではあったものの、それは同時にキンケドゥにとって致命的な相手の機体の自分の機体との差を如実に思い知らされる結果さえもたらしてくれる諸刃の剣ともなってしまうものだった。

 

「ちぃっ! 機体が重い・・・! やはり重力下の戦闘でミノフスキー・クラフトを積んでいない《クロスボーン・ガンダム》だと限界があるか・・・ッ」

 

 コックピットの中で、敵にダメージを与えることに成功したキンケドゥは歯がみする。

 《クロスボーン・ガンダム》はもともと、新たなる敵『木星帝国』に対抗するため新生クロスボーン・バンガード軍が、乏しい予算と人員で正規軍相手に戦えるようになるため必要不可欠なエース機として開発された機体であり、バビロニア紛争から十年後に開発された機体という時代差を鑑みてさえ高性能という他ないガンダムの名に恥じない新型機だったが・・・・・・一方で、これを開発させた組織そのものはガンダムパイロットのエースでさえ芋剥きをやらされなければならないほど貧乏所帯でやりくりしている名ばかりでしかない集団だったのが実情である。

 

 そのため、木星帝国が地球まで侵攻されるより前に殲滅することを目的として掲げていた彼らの機体には、地上戦闘が想定されておらず、また想定した装備を追加しておく金銭的余裕も存在してはいなかった。

 

 そのためクロスボーン・ガンダムX1には、ガンダムF91には搭載されていた重力調整システムの《ミノフスキー・クラフト》は装備されておらず、機体性能だけで飛んだり跳ねたりする原始的な地上での機動戦闘をおこなざるをえない縛りが今のキンケドゥには課せられていた。

 それでも尚、彼がザビーネと互角に戦えているのは、ただ単に彼が自分の土俵に合わせて地上戦闘に限定してくれているからに過ぎない。

 自分だけ空に浮かんで一方的に撃ってこられた場合に、自分は打つ手がなくなってしまうところなのだから当然ともいえるが、だからと言ってライバルの手加減をされて嬉しがる趣味がある男でもない。

 特にザビーネの騎士道精神は、シーブックはともかくキンケドゥとしては苛立たざるを得ないのが彼であり、彼から見たザビーネと自分との関係性でもあったのだ。

 

 

 なぜなら自分は、この男のコスモ貴族主義にかける妄執に愛する女性を縛られ続けたのだからっ!! 家の呪縛から解放して本来の名を取り戻させてあげるために十年以上の時と戦いをかけてきたのだから!!

 独善でも偽善でも自分には関係ない! たとえ自分が地獄に落ちようとも、俺は彼女をロナ家の呪いから解放するため戦い続け、この男を倒す!! 絶対にだ!!

 

 

「ザビーネッ!! オマエが最も支配者に相応しいと言って、無理やりコスモ貴族主義のクイーンにするため担ごうとしていた女性は、支配など正しいとは思っていなかったッ!!」

「・・・・・・なに?」

 

 キンケドゥの叫びに、体勢を立て直して再反撃に移ろうとしていたザビーネは思わずコントロールレバーを握る腕の動きを止めて、相手の言葉の続きに耳と意識と傾けてしまう。

 今日の戦いで初めて彼の顔に、不審げな表情が浮かんだ瞬間だったことを、通信画像は送り合わないままオールドタイプのザビーネを糾弾していたキンケドゥは知ることができないまま糾弾を、相手の信ずる思想の誤りを、自らの信じ貫く愛と信念を誇り高く声高に吠え立て続ける。

 

「支配をよしとしない者が、最も支配者に相応しいのなら、それを望む者は支配に相応しくはない事になるッ!!」

「・・・・・・」

「貴族主義は始めから間違っていたんだよ! ザビーネッ!!」

「・・・・・・・・・なるほどな。そういう事か・・・・・・」

 

 熱く自分の愛と想いを叫び終えたキンケドゥとは真逆に、ザビーネのつぶやきには先ほどまで存在していた熱が嘘のように消え去っていた。

 まるで何かの妄執にとりつかれて、悪い夢でも見ていた自分に気がついたかのように。頭から冷水を浴びせられて冷静さを取り戻させられた夢遊病患者のように。

 彼は一瞬前まで熱くほてっていた今では冷め切った心と、白けた気持ちで胸が一杯になりながらシーブック・アノーに・・・・・・否。キンケドゥ・ナウと名乗ってケンカをふっかけてきた『見ず知らずの赤の他人』に、まるで教師のような口調で冷静に相手の言葉から状況を分析した評価と採点を下してやった。

 

「理解したよ、キンケドゥ・ナウ君とやら。君が私の知るシーブック・アノーではなく、また君の知るザビーネ・シャルも私ではないのだという事実をな・・・」

「なんだとッ!?」

 

 相手は憤り、自分はより白けさせられる。・・・悪循環もいいところだ、と馬鹿らしくなりながらも、一応は相手の実力を鑑みて無視するわけにも行かず対処せざるを得ない。全く以て面倒な相手と言うべきであろう。

 

「君の言から推察すれば、君の知る私はクロスボーンが敗戦した後にベラ・ロナをコスモ貴族主義の残党を束ねるためのクイーンとして担ごうとしたのだと思われるが・・・・・・そんな愚行は無意味であると私自身が断言させてもらおう。

 なぜなら、彼女こそ最も人の上に立つ資格を持たない身勝手な女だからだ。自分一人の都合が変わったからというだけで連邦とバビロニアとの間を蝙蝠のように立ち回る恥知らずな売女にコスモ・バビロニアのクイーンは務まるはずがない」

「・・・・・・」

「それとだが、先ほどから君の聞いていると、君は自分の知る私一人の話だけを根拠としてコスモ貴族主義を定義しているように感じられる。たしかに私はクロスボーンの健軍に協力はしたが、あくまで自分を実践者の一人と考えているし、貴族主義の提唱者は自分だと思うほど己惚れたつもりもない。

 私一人が貴族主義をどう定義していようとも、それは私個人の解釈に過ぎず、私の言葉をいくら否定したところで私個人が間違っていることを証明しただけで貴族主義が間違っていることに直結するものではない。一人の考えを全体の総意であるかのごとく捉えて、自分勝手な理屈で決めつけてはいけないと学校の先生から学ばなかったのかな? キンケドゥ・ナウ君。だとしたら教師も悪ければ親も悪かったな。違うかね?」

「―――・・・・・・ッ」

 

 冷然とザビーネは、キンケドゥの間違いを指摘し歯噛みさせ、悔しそうに沈黙させる。

 自分が生まれ育った環境と、言葉を交わした人たちだけを基準として世の中を定義し、世界はこういうものだと理解する。…人一人が持つ世界観など、所詮はその程度の広がりを持つことができない代物でしかない。

 ニュータイプ能力を得て認識力を拡大しようとも、今まで自分が育んできた正しさと価値基準という寄って立つ大地がなくなるわけではないのである。

 

 平凡な学生シーブック・アノーがニュータイプに覚醒したのが未来のキンケドゥ・ナウだ。断じて、その逆ではない。

 狭い範囲でしか物事と世界を捕えなかった少年が特別な力を得ただけで世界を定義し、他人を否定する資格を得たと主張するならば、それこそ力によって他者を制圧する軍事独裁の色を帯びてこざるを得ないと否定されるべき代物であろう。

 

「君はコスモ貴族主義を否定するばかりで、まるで理解しようとしていない。ベラ・ロナを中心に置いて、彼女を縛る存在として否定するためだけに決めつけて、分かったような口を叩いているだけだ。子供の理屈だよ」

 

「そんなにベラ・ロナが欲しかったのか? 君は。だとしたら呉れてやろう。君の知る私がどうかは知らないが、私個人にとってのベラ・ロナは味方機のコードで我らの目を欺いてザムス・ガルを撃沈した裏切り者の売女でしかない。マイッツァーが小娘一人にこだわったせいでコスモ・バビロニアに破滅をもたらした不幸の女神だ。

 要らないな、あんな女など。男のもとへ走るために家と家族を売り渡し、国家を裏切り敵へと走ったワガママで利己的な『バビロンの娼婦』など、頼まれたところでほしくはない。君の好きにしたまえ、不良少年君。出来損ないのボニーとクライドを再現するにはお似合いの組み合わせになることだろう」

 

 キンケドゥにとって致命傷になり得る言葉を放ち、他のなにより大切にしている大事な想いを侮辱され、ニュータイプパイロットのエース青年となっていたキンケドゥ・ナウは感情の赴くまま自身が持つニュータイプ能力を限界まで絞り出させる!!

 

 

「き、き、・・・貴様ァァァァァァァァァァァァッ!!!!!!!」

 

 

 機体を走らせ、性能限界を超えた速度でザビーネの乗るベルガ・ギロスX2に向かって飛びかかっていく。

 サーベルを抜いて、サーベルで相手を機体ごと切り裂くことに拘って突撃する彼の感情任せの特攻は、かつての一時的な専有クロスボーンからの投降兵アンナマリー・ブルージェを彷彿させ、ザビーネもまた彼女の時に使った戦法を今回もまた用いるつもりで先ほどの言葉を放っている。

 

 狙い澄ましてシャット・ランサーが発射され、まっすぐ自分に向かい全速力で突撃してきていた敵機に対して、その矛先が猛スピードで接近していく!!

 

 

「なんとぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

 

 だが、キンケドゥ・ナウとてエース級のニュータイプだ。まして彼のパイロット能力そのものはザビーネの知る少年時代のシーブックよりも上なのである。

 質量を持たぬ残像を発生することまでは出来ないまでも、唯一の目撃者であるノインの目には残像としか映らないほどの速さで攻撃を躱して急速接近し、槍の発射し終えたヘビーマシンガンを持つ右手を切り飛ばし、さらに止めを一斬を放つため大きく《ビーム・ザンバー》を振りかぶる!!

 

「もらったぁぁぁぁぁッ!!! ザビーネェェェェェェェェッ!!!!」

 

 叫んで切り下ろし、武器を失って無防備になった相手の機体をもろともに一刀両断!!

 ・・・・・・するはずだったのだが、しかし・・・・・・・・・。

 

 

「無様だな、キンケドゥ・ナウ。女の恨みで我を忘れるとは・・・私の知るシーブック・アノーなら、この程度の策に掛かることはなかったろうに・・・」

 

 静かにつぶやき、瞑目しながら彼は残された自分の機体の左腕に、超接近専用の緊急装備として追加されていた新型武装、唯一完成されていた《ビーム・ダガー》を迫りくる相手のコクピットへと押し付けて、ビームを射出するためのレバーを軽く押す。

 その瞬間、ダガーの柄からわずかな距離にビーム光が発生して、クロスボーン・ガンダムX1のコクピットをパイロット事焼き払った。

 

「う、うわぁぁっ!?」

「女への執着だけを理由に戦場へ来るとは…恨みがましい…ッ!!」

 

 相手の絶叫がザビーネに聞こえるはずもなかったが、ザビーネの知覚はキンケドゥの叫びをオーガズムを求めて男に縋るときに女が上げる悲鳴のように聞こえさせていた。

 

「戦場で感情を処理できん人類はゴミでしかないのだと、戦場で教わってきたと思っていたのだがな……その程度も分からん貴様には、私のライバルの名を名乗る資格すらない」

 

 それが彼がシーブック・アノーとキンケドゥ・ナウに対してはなった最後の言葉であり、最後に捨てた思い出であり、彼の最期の姿に感じた彼なりの感情からくる感想だった。

 

たとえ名を変え、姿を改め、時代が変わり刻が移ろおうとも自分にとってシーブック・アノーは、シーブック・アノー以外の何者でもなかった。だから相手をしたし、拘りもした。

 だが……見ず知らずの赤の他人を覚えておいてやる理由など彼には何も持ち合わせてはいなかったから……。

 

 これ以降、ザビーネ・シャルが彼らのことを思い出すことは二度となかった・・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

「・・・な、なんという事だ・・・、なんという、戦いだ・・・・・・ッ」

 

 会話こそ聞こえなかったものの、事の一部始終を目撃していた唯一の傍観者ルクレツィア・ノインは興奮と恐怖に身と心を震わせながら、茫然自失の体でそうつぶやいていた。

 あまりにも人の限界を超えた戦いであったがために彼女の中に眠っていたMSパイロットとしての血が騒ぎ出して興奮状態にあり、教え子たちの一件を一時的にとはいえ忘れさせてくれていたのである。

 

 だが、それもここまでだった。無邪気な夢は、動けなくなった彼女の機体を救助するため歩み寄ってきた黒い見知らぬ機体のパイロットの声で苦い現実へと引き戻させられてしまうのだった。

 

 

『ルクレツィア・ノイン上級特尉殿でありますな? 小官はクロスボーン・バンガードのザビーネ・シャル大尉であります。大丈夫でありましょうか?』

「え、ええ・・・。ですが、心も体もズタズタにされてしまっていたようです・・・」

 

 冷静すぎる声で夢見る無邪気な子供の気持ちから、大人の理性に引っ張り上げられたノインは優秀すぎる頭脳が災いして思い出したくもない事実をいくつもいくつも思い起こさせられてしまう。

 

 まんまと敵の罠にはまった自分、教え子たちの寝起きする宿舎に夜襲を許してしまった自分、指揮官としての甘さ、パイロットとしての甘さ・・・今までは人として大事なものと想い大切にしてきたそれらが今となっては全て憎たらしく、捨ててしまいたくて仕方がない・・・!

 

「・・・私は今回の件で自分の甘さを鍛え直す必要性を痛感させられました・・・っ!! 私が敵に止めを刺せる厳しささえ持っていればこんな無様な失態は犯さなくて済んだはずなのに・・・ッ!!」

『それは違います』

「・・・・・・え・・・?」

 

 一瞬、慰めのように聞こえた相手の言葉が意外なほど強く、ハッキリとしたものであったため不信を覚え、見上げるノイン。

 サングラスのように丸っこい形状を持つ変わった形のバイザーの頭部が、人間のような仕草とともに自分を見下ろし、先ほどまでの鬼神のごとき戦いぶりからは想像もつかないほど冷静で知的で落ち着いた声音をもつ大人の声で優しく諭すように、間違いを正して教え導く教官のように客観的で私情を交えない正答を彼女に与える。

 

 

『本来、未熟な若者たちであるパイロット候補生たちを指導する者と、訓練所の警備主任と責任者とは必要となる資質が異なり、別々の者が担当して然るべきところ。

 それを、ただ“軍人として優秀だから”というだけで全てを兼任させ押しつけたOZ人事部の無能怠惰にこそ今回の事件を引き起こした原因があると小官は考えております。

 このような組織の腐敗を見過ごしていてはOZもやがて連合のように腐り落ちるのを助長してしまうだけでありましょうな。討つべしの一言に尽きます。その為にこそ我々は起ったのですから、上への配慮だの我が身を惜しむ保身などの私情こそ、この場に捨て置くべき不要な感情かと存じます』

「・・・・・・」

 

 あまりにも組織の理屈として正しすぎる発言に二の句がつけず、ただ黙って見上げたまま、相手の機体の手の平に優しく掬い上げて運ばれていく自分自身に気づくことも出来ず、ただただ呆然と見上げ続けていたノインは、その答えにようやく行き着いて口に出す。

 

 

 

「この人たちは・・・あまりにも純粋すぎる・・・・・・っ」

 

 

 それはクロスボーン・バンガードに参加し続ける全ての者たちに対して正しい理解の仕方であり、シーブック・アノーからもセシリー・フェアチャイルドからも『理想的すぎる。俗世に生きる人間には実現不能な夢』と言われた彼らの信じる正しき人の世の有り様。

 

 そして、キンケドゥ・ナウが人生の最初から最期まで抱くことのなかった、コスモ貴族主義への解釈の一つ。

 

 

 コクピットを刺し貫かれた彼の機体は、森の中で墓標のように佇みながら、ただ夜空の瞬く宇宙を背景において無言のまま憎むべき相手がいるはずだった地面を見下ろし続けて空へと振り仰ぐことを拒否し続けている。

 それが何を意味するのか、誰も知らない。意味などないのかも知れないし、あるのかも知れない。

 

 ただ一つだけ確かなことは、彼は死ぬ寸前に装甲越しに聞こえるはずのない想いと声を、ある人物に向け送っていた。

 

 

“お前はどことなくアイツに似ている。今死ななければ、きっといいパイロットになれると思う。頑張ってくれ、応援している。

 ・・・・・・もっとも今度は助けに行けそうになくなっちまったけどな・・・・・・”

 

 

 

つづく


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