コズミック・イラ70。
地球プラント間の対立は【血のバレンタイン】の悲劇によって一気に本格的な武力衝突へと発展していた。
誰もが疑わなかった数で優る地球軍の勝利・・・だが当初の予測は大きく裏切られる。
プラント側が地球軍との数の差を補うため、自分たち遺伝子改造人種であるコーディネーターが生まれ持った個人的スペックの高さを最大限勝敗に影響させるため、新機軸のロボット兵器【モビルスーツ】の開発を成功させて実戦投入してきたからである。
保有する戦艦や戦闘機の数ではなく、個人の技量が戦場の勝敗を左右する古代の戦争様式を復活させられてしまった戦いの場において従来の既存兵器と旧式戦術しか持たないナチュラルの軍隊『地球連合軍』が、新人類と称して生まれ持ったスペックの高さを誇るコーディネーター軍『ザフト』に勝てる道理がない。
戦局は疲弊したまま、既に11ヶ月を過ぎようとしていた・・・・・・。
―――だが、それはあくまで誰の計算にも寄らず自然に生まれた旧来の地球人類『ナチュラル』の中に、生まれたときから優秀な者となるよう計画的に造られた遺伝子改造人類『コーディネーター』よりも性能的に劣っている者しかいないという前提が遵守されていた時期までの戦いを記した記録に過ぎない。
これは神の悪戯か、悪魔の策略によるものなのか。
あるいは、運命と呼ばれて世界を律する絶対法則とされている者から人類に送られた皮肉であったのか。
本来なら、“現代(いま)という刻(とき)”に生まれてくるはずのなかった人物が、異なる名前と異なる肉体を与えられ。
全くの別人として、新しい人類と古い人類とが生き残りをかけて争い合うこの戦いに参戦してくる運命を与えられ、この世に生を受けたのだから・・・・・・。
それは神が、旧来の人類と新人類を自称するコーディネーターに与えた命題なのかもしれない。
〈――ヘリオポリス全土にレベル8の避難命令が発令されました。住民はすみやかに、最寄りの退避シェルターに避難してください。
繰り返します。現在、ヘリオポリス全土にレベル8の避難命令が――〉
政府広報のアナウンスが、がらんとしたヘリオポリス・コロニー内の町中に虚しく響き渡っている。
街路には瓦礫が散らばり、あちこちから黒煙が上がっているのが見て取れていた。
そんな惨憺たる町中に居立して対峙し合う巨大な人型が存在していた。
コロニーを奇襲してきたザフト軍のMS部隊の操るジンと、彼らが奪取しようとして失敗した地球軍の新型MS《G》の一機《ストライク》である。
壊れゆく街の崩壊と、MS同士の戦闘に巻き込まれないよう必死に逃げ惑っている群衆たちを背景として二機の巨大な人型ロボット兵器MS同士が向き合って立つ戦場・・・・・・。
そこに外縁部から、一人の少女が走って近づいてきていることに気付いた者が、果たして何人いたであろうか?
緑色のセーターを着た十代半ばぐらいの金髪をした少女が獰猛な笑みを浮かべながら、逃げ惑い遠ざかっていく群衆たちの群れとは真逆に向かい合うMSたちへと向かって“とある器具”を掲げ持ちながら、走って近づいてきていたのである。
その道具は、『物干し竿』だった。
戦闘に巻き込まれて壊れた民家から拝借してきたらしい、洗濯物を干すために使う道具の物干し竿を頭上に掲げて、まっすぐMSジンの立つ方角に走って接近してきていたのである。
「なんだと・・・? そんな物でかかってくるヤツがいるのか!?」
ジンのパイロットであるザフト軍兵士ミゲル・アイマンは、対峙していた連合軍の機体に集中していたため気付くのが遅れた、取るに足らない敵とも呼べない存在の姿を目にして、逆に侮辱されたような気分にさせられ不愉快になった。
こんな物で自分が乗るジンを落とせると考えている? 野蛮なナチュラル風情が? コーディネーターが開発したMSに乗る、この俺を?
腰には一応、民間人でも携帯が許可されている小口径の拳銃をベルトに差してきているものの、MSジンから見れば違いとも呼べない細やかすぎる誤差でしかない。
「・・・・・・馬鹿にしやがって・・・ッ!!!」
ミゲルは本心から怒りに燃え上がり、敵MSより先に身の程知らずなナチュラルの民間人少女に思い上がりを正して殺してやるため機体を動かし始めた。
おそらく敵機体に乗るパイロットが外部スピーカーで叫んできたのだろう、『やめろ! その子は民間人なんだぞ!?』と制止する声が聞こえてきていたが、構うことはない。
どのみち自分たちは中立国のコロニーに奇襲を仕掛けた身であり、民間人にも既に相当数の被害をもたらしてしまった後である。今更一人や二人の民間人が犠牲者の列に加わったところで大した違いは存在しない。
――それに何より、相手は所詮ナチュラルなんだ! 地ベタに這いつくばっている連中に身の程をわきまえさせるため、思い切り熱いのをぶち込んでやるだけだ! 大したことであるはずがない!!
巨大な人型兵器に乗って、既存兵器しか持たない連合軍相手に一方的とも呼ぶべき殺戮と勝利を積み重ねてきた結果としての残忍さと加虐性と万能感に支配され、ミゲル・アイマンは常の彼ならば浮かべるはずのない狂気に満ちた笑みを浮かべながらレバーを引いて、武器を持っていないジンの右手を前に出す。
なにも非武装に近い民間人少女相手に、76ミリ重突撃銃をぶっ放して殺そうなんて思っちゃいない。人みたいな小さな獲物はMSサイズの銃で撃つと却って当たらないものだ。
むしろ、こっちに来たがっているなら、来させてやればいいのだ。飛びついてきたところで羽虫のように叩き落としてやればいい。
このまま近づかずに逃げるなら見逃してやるし、自分からモビルスーツに突っ込んでくるってことは―――殺される覚悟は当然できてるってことなんだから、しょうがないだろう・・・?
「―――あばよ」
『やめろ―――ッ!!!』
折しも、対峙し合う二つの機体に乗る二人のパイロットたちが同時に声を出し、ジンに接近していた少女が物干し竿の先を地面に突き立て空を飛び、棒高跳びの要領でジンのコクピット近くの腰回り辺りまでの高さに近づいてきた、その瞬間。
ジンの腕は彼女に向かって正面から伸ばされて、そして。
・・・・・・ミゲル・アイマンの視界は白一色で埋め尽くされることとなる――――
「え? あれは一体・・・」
「閃光弾!?」
連合製MS【ストライク】に乗る二人の人間、連合軍士官のマリュー・ラミアス大尉と、成り行きからコクピットに便乗する羽目になってしまったオーブの男子学生キラ・ヤマトが同じ光景を目にして、ほぼ同時に声を出し。
視界が白く染まって、機体のOSが光量を自動調整して最適化させモニター画面が正常に復帰するまでの短い間に互いに見たものについて認識の差を口にしあい。
そして、次に動き出したのは民間人少年のキラ・ヤマトだった。
「――どいてください!」
「え・・・?」
「はやく!」
「え、えぇ・・・・・・」
敵は今、動きを止めているけれどすぐに再起動して襲いかかってくるに違いないのだ。
ならば少しでも早く機体のOSを完成させ、戦えるようにするしか自分たちと、あの少女を救う手段は他にない!!
そう思って強い声を出し、勢いに押されて席を譲ったマリュー・ラミアス大尉が本来なら民間人を座らせてはいけない場所にキラ・ヤマトを座らせてしまって、彼が目にもとまらぬ速さでタイピング作業をおこなって機体のOSを完成させていく姿を目の当たりにさせられて唖然とし「この子は、もしかしたら・・・」と思いながら見ていることしか出来なくなっていたのと同じ頃。
彼らの敵もまた、彼らと同じように迫り来る危機への対処に追われていたことは運命の皮肉というしかない。
もっとも、その内容は彼らと大きく異なっていたのは事実だったのであるが―――
「おのれ、子供だましを・・・ッ!!」
苛立ちをあらわす叫びと共に、ミゲル・アイマンは愛機のコクピットの中でキーボードを高速で操作するため、せわしなく指を動かし続けていた。
飛びついてきたナチュラルの小娘を握り潰してやろうと機体の手を伸ばし、掴もうとした寸前に相手がベルトから拳銃を引き抜くところまで、キラとは逆に彼女と対峙していたミゲルの位置からは見えていたのだが、よりにもよってまさか拳銃に込められていた弾が閃光弾だなどと彼はこれっぽっちも考えていなかったのである。
人間が生身も同然でMS相手に挑んでくるはずがないというのに、訓練生時代から延々と続くナチュラル蔑視の思想教育が、彼に安易な判断をさせてしまったことに苛立ちを掻き立てられて仕方がない。
――とは言え、彼が勝利の確信と余裕を失ってしまっていたかと言えば、そんなことは全くなく。
たかが特殊工作員ごときが機体にへばり付かれたからと言って、MSが倒されるという物でもない。
人間が携行できるサイズの爆薬一発程度では足か腕の一本ぐらいを破損させるのが関の山なぐらいの装甲もある。
ただ、宇宙空間での使用を想定されて開発されたMS同士の戦闘において、殺すはずだった攻撃が躱され敵に接近されるまでの時間というのは距離に比例して意外と長く、視界が潰されてから自動回復するまでにかかる時間もMS戦闘での距離を基準に安全性が保証されている機能である。
パイロットが機体を操縦するのに邪魔なレベルだと判断された場合には、光や暗さを自動的に調整してクリーンにしてくれる機能があるとはいえ、遠距離から重火器を撃ち合うMS戦闘時の回復までにかかる時間と、目の前まで迫っていた特殊工作員が発砲してきた閃光弾から回復するまでにかかる時間とでは相対的に安全が確保される回復時間が異なってしまうのは当然のことなのだ。
あんな手を使ってくる娘が、ただの民間人であるわけがない。奪取し損ねた連合MSを死守するために連合側から送られてきた援軍と見た方が確実だろう。
だとすると彼女は陽動であり、本命は敵機の視界を奪わせた後にとどめを刺しに来る役割をもつ存在・・・・・・言うまでもなく自分が対峙していた白い新型MSだ。
見たところ射撃武装を持っていなかったヤツが急速接近して、自分の機体にとどめの一撃を突き立てる前に、一秒でも早くモニターの映像を回復させて機体を正常な状態に戻さなければならない義務が、この時のザフト軍エースパイロットであるミゲル・アイマンには課せられていたのである。
実際のところ、彼はまったく間違ったことはしていない。
どんな状況下に陥ろうとも最後の最後まで生き残るため最大限の努力をする義務を負った兵士として、正しい行動をしていたと断言できるほどに。
ただし、しいて間違っていた部分を指摘するとしたならば、『パイロットがおこなう行動としては正しかった』と注釈が付いてしまうこと。――それぐらいなものであろう。
「・・・・・・え?」
ミゲルには、自分の目の前に広がった光景がよく理解できなかった。
機体の視界回復を急がせる作業をしながら、左右どちらかに機体を動かして予想される敵の攻撃を避けなければならないと思い、コンピューターを見下ろしながらレバーに手を伸ばしていた、まさにその時。
プシュッ、と空気が抜けるような音が聞こえて、何の音かと思い顔を上げたらコクピットハッチが開かれていて、目の前にさっき画面に映っていた緑色のセーターを着た金髪の少女が、狙っていた獲物を捕らえて食い殺そうとしているときのように犬歯を剥き出しにして野蛮極まる笑みを浮かべながら、右手を前に出して自分を見ていたのである。
その顔と表情は、まるで人ではなく戦いと殺戮に飢えた人血を食らう野獣のような、危険きわまりないナニカに思え、ミゲルは本能的にナニカを感じて尻を浮かして後ずさる。
前に突き出された相手の右手に閃光弾の込められていた拳銃はなく、機体に飛び移るために使い捨てた物干し竿もどこかへ落としてしまったのか今は彼女の手元にはない。
だから彼女の右手に今握られているのは、普通のナイフが一本だけだ。
MSと違って、直接に刃物を持って人が殺せる道具だ。
相手を刺し殺せば手に血が付くし、痛みだって肉を刺し貫く感触から加害者にもよく伝わる。
そんな原始的な人殺しの道具を使って、相手の少女は笑いながら自分を殺そうとしている。
「所謂、ホールドアップってヤツを言うべき所なんだろうけど言わないよ。自爆装置とか押されると勿体ないんでね」
白い歯を見せて、目玉をギョロリと回しながら笑いかけてくる少女からの最期を告げる言葉を聞かされ、何故だかミゲル・アイマンは不思議と恐怖を感じなかった。
むしろ何故だか安心を感じたような気がして、変な気分になってきそうになる。
そして彼は、自分たちが忘れ果てていた事実にようやく気付く。
(・・・ああ、そうか・・・。それが解らなくなってたから俺たちは、こんな所まで来てしまったのか――――)
と、どこか満足気な表情を浮かべながら、ミゲル・アイマンは納得と引き換えに命を絶たれ、その人生を途中で強制終了されてしまった自分に気付くこともないまま、刃を水平にした正確極まる一突きを喉元に食らわされ、即座に横へと刃を移動されて頸動脈を断ち切られ絶命する。
慈悲深いまでに苦痛なき、アッサリとした死を甘受することを許されたミゲル・アイマンの死体は、彼を殺した加害者の手ではなく、足によって機体の外へと蹴り出され、地面へと落下していき音を立ててドサリと落ちる。
血塗れのコクピット座席に座って、自分が手に入れた獲物を嬉しそうに眺め回し、手で触ってなぞっていくと「ニンマリ」とした笑みを浮かべて手を摺り合わせ、高らかに笑い声を上げる。
「コイツがMSなんだ・・・初めて乗ったけど、なかなか悪くない。なんとなくだけど動かし方も解るみたいだし、コレならやれる」
それは異常なまでの戦闘意欲がもたらしてしまった、その少女だけが持つ戦闘センスの成せる業。
ナチュラルたちの子供として生まれ、遺伝子改造など少しも受けたことがない純粋な地球出身の旧来人類でしかない彼女が、宇宙の民であるコーディーターと『戦ってみたい』と渇望した結果、手に入れてしまった通常のナチュラルではあり得ないレベルで、戦闘方面に特化しすぎた高すぎるスペック。
「ナチュラル相手のケンカは弱い物イジメみたいで飽きてきたところだし、ザフトの連中にケンカ売るんだったら、コレぐらいの物は必要だったしね。
なにしろ相手はナチュラルじゃ絶対に敵わない新人類様なんだ。パーティーに出る料理としては美味そうな獲物じゃないか。ねぇ? 相棒」
少女にとって、人種、思想、宗教、倫理観、人権問題、その他諸々のこの世界で生きる人間たち全てが問題視して大戦にまで発展させてしまった矛盾などはどうでもいいし、興味もない。
彼女が強く興味を引かれるのは、戦いだけだ。
強いヤツと戦いたい、戦い甲斐のある敵と戦いたい。
強敵たちと戦うことが出来る戦場。それを求めて、コーディネーターたちが新たに作り出してくれた新たなる時代の新たなる戦場、『モビルスーツ戦』
それを求めて彼女は機をうかがい、牙を手に入れる日を虎視眈々と待ち構え続けてきたのである。
「何しろ、殺しちゃいけないヤツが居ない戦争なんだ。拝みに行こうとしようじゃないか。
神様気取りで宇宙から地ベタを見下ろしいい気になってる、新人類共の顔とやらをさァ・・・」
ただ、戦いを! より強い敵を!! ソイツらと戦える戦場を!!!
生まれてくる刻を間違えた野獣は、この時代と刻にあっても戦い以外は何一つとして求めることは決してない。
牙を得た野獣は、この時代(とき)にあっても宇宙(ソラ)へと赴き、戦場を駆ける夢を追う。
・・・・・・これは、ナチュラルに生まれながら、コーディネーターよりも強い戦闘能力を得てしまった特異体質を持つ、野獣のような少女の戦いを描いた記録である。
*思いついてたネタを諸事情で書き上げただけのため、主人公名などの設定は伏せてあります。
ただ、思いついてた時に想定した名前だと、名字だけは『ムツ』か『ナガト』と決まっていました。
キラ・“ヤマト”に因んで大日本帝国海軍の戦艦から取っているのは言うまでもありませんけど、ヤマトの方がおそらくは『倭(ヤマト)の国』から取っているのに対して、敢えて大日本帝国軍の超ド級戦艦と解釈した場合の呼応した名字にしたところに今作の作風を顕してみた感じのネーミングを想定しておりました。