ガンダム二次作   作:ひきがやもとまち

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*すいません、どうやら小説版とアニメ版とで内容が少しだけ変わっており、小説版基準で書いた方が格好いい内容にできそうでしたので改めて3話目を書き直し始めました。
既に読んで頂けた方もいらっしゃいますので消すかどうかは判りませんけど、とりあえず『Aバージョン』『Bバージョン』みたいな形で二本書いて投稿してから決めたいと思っております。


正規版・戦記好きがキラ・ヤマトに憑依転生 第3話

 キラ・ヤマトの転生憑依体とオーブ軍の皮肉屋な青年士官がそれぞれの場所に向かって移動していたのとほぼ同時刻。

 ヘリオポリスからほど近い宙域に浮かぶ小惑星の陰から、彼らの住むコロニーを遠望しながら二隻の戦艦が隠れるように待機していた。

 ザフト軍の軍艦、ナスカ級高速戦艦“ヴェサリウス”と、ローラシア級MS搭載艦“ガモフ”の二艦である。

 

 この内、与えられた任務を果たすことが軍人の本分であると考えているガモフ艦長の方には含むところがなかったのに対して、ウェザリウス艦長のアデスには、先刻指示されて行った上官からの命令に多少合点がいかぬところを感じざるをえなくなっていた。

 それが顔に出たのだろう。先行出撃させた工作隊の乗る小型艇の発艦をブリッジの肉眼窓から見送っていた上官から、振り返り際に部下の小心さを笑い飛ばすように軽く言ってのけられてしまうことになる。

 

「そう難しい顔をするな、アデス」

 

 くどいと知りつつも、注進するか否かで迷っていた内心を見透かされ、先手まで取られてしまったアデスには呻くことしかできなかったが、逆にそれで腹も決まった。

 

「はぁ・・・いや、しかし隊長。評議会からの返答を待ってからでも遅くはないのではと・・・」

「遅いな」

 

 言ってもどうせ覆せぬなら、言うべきである。指揮官に誤りがあるなら訂正すべき副官の役割として行った何度目かの進言に対して、彼から隊長と呼ばれた男『ラウ・ル・クルーゼ』は、風変わりな銀色のマスクで上半分を覆っている顔に曖昧な笑みを浮かべながら断言してのけた。命令した作戦の中断はあり得ないと。

 

 ラウは手にしていた写真をピンと指ではじいて、アデスの元へとよこしてやる。

 そこには不鮮明な画像の中に、巨大な人型にも見える装甲の一部が写されていた。地球軍の新型機同兵器とおぼしきそれを、仮面をつけた彼らの指揮官は中立国の領土を侵犯してでも奪取しようというのである。

 

「私の勘がそう告げている。

 ここで見過ごさば、その代価、いずれ我らの命で支払わねばならなくなるぞ」

 

 そう言って、条約違反を承知の上でコロニー襲撃を断行しようとするクルーゼは、確かに勘の良さに優れた決断力ある指揮官であったし、アデスの慎重さは敵に先手を取られかねないオーソドックス過ぎるものであったのも事実だろう。

 

 だがこの時、ラウは中立国への軍事行動を仕掛ける蛮行を、然程の政治責任を問われるリスクを考慮した上で決断していたわけでは実はなかった。

 彼には己の行動に対して、大した責任を問われることがないという精算があった。たとえ最悪の場合にヘリオポリスを崩壊させることになったとしても譴責処分程度で済まされると計算したうえで決定を下しただけだったのである。

 その根拠となっていたのは、当のオーブ自身とプラント・連合による戦争という状況そのものだった。

 

 オーブは両大国による対立抗争を第三国として仲介する役割を負うことによって両者から特権的な地位を認めざるを得ない立場を確保している中立貿易国である。間違ってもザフト軍相手に戦争状態に突入できる立場にはない。

 無論、オーブ本国に対してザフト軍が問答無用で武力進駐してきたと言うなら話は別になるが、そのような事態にでもならない限り対立し合う片方だけに味方してしまうことはオーブにとっても破滅を意味してしまうことになってしまう。

 対立し合う二つの勢力の間にあるからこそ、オーブは小国ながらも第三国として価値があるのだ。どちらかに属して大国の一部なってしまえば飲み込まれてしまうだけのこと。

 強い調子で非難はしてくるだろうが、それ以上はできず、実害は与えられる立場にはないのが今次大戦においてオーブ首長国連邦の置かれた現実なのである。

 

 一方でプラントの側はといえば、もっとシンプルだ。

 彼らにとってはクルーゼが『自分たちと同じコーディネーター』で、オーブを率いるのが『自分たちと敵対するナチュラルの元首で地球の一国家だから』というだけで最初から味方する対象は決まってしまった予定調和の結論しか出すことはできない。

 多くのコーディネーターにとって、この戦争は民族紛争でしかなく、『コーディネーターか? ナチュラルか?』それだけが重要な戦争なのだ。コーディネーターの同胞が過ちを犯したとナチュラルの国家元首から非難されたとき、問答無用で同胞のクルーゼを庇う側に立つ道を大多数の国民たち自身が選ぶだろう。

 評議会議長のシーゲル・クラインは、道理を通すことに拘るかもしれないが、国民の大多数から支持を受けて選出された国家元首である以上、民意には逆らえない。

 『国民の総意』によって、同胞が犯した過ちは過ちではなかったと決められてしまった問題には、従わざるを得ないのが一応は民主制を敷いているプラントの建前というものであっただろう。

 

 連合に至っては、言わずもがなだ。

 プラントと敵対して戦争状態にある敵国がいう主張なのだから、ザフト軍の暴挙を非難するのも、地球の一国家でありながら連合に加わらず戦争に協力しないオーブを味方につけるために擁護するのも非難することも都合次第で使い分けてくるのが当たり前の立場でしかない。

 当然のこととして、敵が敵を非難するのは当たり前のことなのだから、言われた側がいちいち気にしてやる義理は少しもない。誰も気にすることなく聞き流されて終わりである。ザフト軍指揮官クルーゼの責任問題に関して、敵国である連合がとやかく言う資格や権利などあるわけがなかった。

 

 

 ・・・・・・要するにクルーゼは、中立国オーブが保有する工業コロニー・ヘリオポリスを何のリスクも負うことなしに攻撃させ、崩壊させることさえできてしまう特権的な地位にこの時は立っていた。

 その油断が彼にもあったのだろう。この作戦で最初に投入していた戦力は、碌な軍備などない中立国のコロニーと侮りまくったお粗末なレベルのものでしかなく、抵抗らしい抵抗を予測していない想定で送り込んだ部下たちは手痛いしっぺ返しを食らわされることになるのだが。

 

 この時のクルーゼには、そんな先の未来まで知りようもなかった。

 過去の歴史において、己の勘を信じて武断的な軍事行動を決断した軍事指揮官たちの多くがそうであったのと同じように、自分が見抜いた部分を高く評価し、自分の推測を基に行う作戦のリスクを軽視し、今この場の勝利を得る代償として最終的な破滅を自らの決断によって呼び込むことになってしまう最悪の愚行を必勝の手と信じて断行してしまってきた。

 

 この時のクルーゼも結果的には、長い歴史の中で繰り返されてきた愚行の継承者の一人となってしまう未来を確定させることになってしまう・・・・・・。

 

「――地球軍の新型兵器、あそこから運び出される前に、なんとしても奪取する」

 

 そう断言して彼が攻撃を決めた中立コロニーに、本来であれば今次大戦に参加する必要と義務を持たなかったオーブに住む一般市民のスーパーコーディネーターがいることを、千里眼でも万能でもないクルーゼは知らない。

 彼は人間で、人は【全知全能の神】には絶対になれない愚かな生き物でしかなかったから・・・・・・。

 

 

 

 

 

 一方その頃、今は敵対していなくても数時間後には敵の手で敵対させられることになる少年たちが乗るエレカは、モルゲンレーテ社の社屋に入るためカード差し込み式の正面ゲートへ乗り入れるところであった。

 トールが要件を伝言しに来た相手カトウ教授のラボが、そこにあったからである。

 

 

「いいじゃんか、別にィ~。お前が聞けないってんなら、俺が聞いてやるよ♪」

「だから、そういんじゃないんだけどね・・・」

 

 後部座席にミリアリアと並んで座って、どこか格好つけたように腕組みしながら言ってくるトールからの、一応は善意の親切に対して僕は曖昧な返答を繰り返し続けて、納得させることはもう諦めていた。

 どうも彼には、ミリアリアと付き合うようになってから周囲に対して恋人を作るようしつこく薦めてくる悪癖ができてしまっており、友人としては少しだけ面倒くさいと感じるときがたまにある。

 今も丁度そのときなんだけど・・・それは彼がミリアリア一人と恋人になれたことを凄く自慢に思っているからで、所謂『ごちそうさま』ってヤツだから部外者の僕が気分を壊すようなことを言うのもなんだと思い、いつもは軽くいなすだけで終わらせている。

 

 前世ではあまり縁がなかったから感情的にはよくわからない心理なんだけど、男って言うのは気になっていた相手と恋人同士になれたときには、こういう風になりやすい傾向があるらしい。いくつかの戦争映画でも似たような場面を見たことがあるから、それ自体はいいんだけど・・・・・・。

 

 原作における彼の最期を現時点から知っている僕としては、本来は知るはずのないキラ・ヤマトとは別の意味で複雑な気持ちにならざるをえなくて少しだけ対応に困ってしまってもいるのが実情だ。

 まさか、『戦争映画や小説の中でよくあるパターンとして、その手の話をするキャラクターは必ず死んでいるから言わない方がいい』なんて言えるわけがないし、本当にこういう問題ではこう・・・・・・戦記物の知識があるだけだと困るだけで役立たないよね、本当に。

 

 ――とは言え、放っておけばそう長く続く精神的苦行ってほどのものでもない。

 

「ウース」

 

 ラボに到着して、教授の研究室に着いた頃には彼の気持ちはややそぞろになっていたのか気楽な声音で挨拶をして、勝手知ったるなんとやらの足取りで僕たち三人の先頭に立つと、入り口正面近くに立てられたままのゴツくて少し物々しい印象の人型ロボットを気にもしないまま部屋の奥へと入っていく。

 

 基本的にトールは同じ話を長続きさせるのが苦手で、一度スパンを空けて切っ掛けを得てからでないと話を再開しないことが多いという妙な特徴をもっている少年だった。

 持続力がない、というよりも多分、短距離走型の人物だったんじゃないかと実際に友人づきあいをしてみるようになってから僕は思うようになっている。

 耐久力と持続させる能力に欠けるところがあるんだけど、とっさの時の精神的な瞬発力がすさまじいタイプの人間。

 逆に言えば、そんな彼だからこそ永続したいと思える相手のミリアリアと付き合えたことが凄くうれしく感じられて仕方がないんだと僕は思ってる。・・・もっとも、それが結果的に彼の最期へと繋がっていくのかと思うと微妙なんだけどね・・・・・・。

 

「あ、キラ。やっと来たか」

 

 トールの声が聞こえたのか、部屋に置かれた棚の後ろから眼鏡をかけた委員長タイプの真面目そうな少年サイ・アーガイルが顔を出して声をかけてきた。

 僕は気のいい友人からの呼びかけに対して、原作とは違う目的と理由で視線を逸らして“彼女”を探し・・・・・・そして見つける。

 

 大きめの帽子を目深にかぶって俯いたまま、周囲からの視線に顔を隠し。コロニー内の温度設定が冬の時期でもないのに全身を覆い尽くす茶色のコートを着て腕組みしながら壁により掛かったまま身じろぎしようとしない、少年にも少女にも見える背格好の持ち主。

 それまで俯いてたのに視線を向けられた途端、睨むような目付きでコチラを見返してくる、見るからに怪しいというか変装になれてなさそうな少し時代がかった服装で保有するコロニーまでやってきていた僕たちの住む国のお姫様・・・『カガリ・ユラ・アスハ』だ。

 

 少し離れた場所からトールが、残る最後の友人カズイ・ケーニヒに彼女のことを質問して答えを得ている声が聞こえてくる。

 

「・・・・・・誰?」

「ああ、教授のお客さん。ここで待ってろって言われたんだと」

「ふ~ん?」

 

 その言葉を聞いて、僕は心の底から安堵する。――どうやらタイムスケジュールは狂っていないらしい・・・と。

 

 と言うのも、生まれ変わってから思い出そうとしたSEED1話目のザフト軍から襲撃を受けるシーンにおいて、正確な発生時間を僕は見た記憶がなかったのだ。

 これだとザフト軍が襲撃してくるタイミングに、原作世界のキラが知らないことを知っている転生憑依体である僕が間に合えるのかどうか襲撃を受けるそのときまで判断しようがない。

 いくら今から起きる出来事の内容を知っていたところで、それが起きるときに起きる場所にいられなかったら何の意味も持たせることなんてできはしないことになる。僕としても少しだけ賭けの要素があったんだけど、カガリがまだラボにいて、教授に待たされたまま会えていないというなら時間は合っているということを意味してくれてるんだと思う。

 ザフト軍の方でも予定が変わっていたりした場合には、どうすることも出来はしないけど、さすがにそこまでは責任を持つことはできない。

 僕が転生憑依したキラ・ヤマトは確かに最高のコーディネーターとして相応しい性能を持つスーパーコーディネーターではあるけれど、世界のすべてを承知してすべてを動かす神様にはなれていない。そんな存在になれているなら、とっくに戦争そのものを終わらせている。

 

「で? 教授は?」

「コレ預かってる。追加とかって」

「うえぇ~・・・またかよぉー・・・」

 

 彼女の姿を見て僕は一安心して、この時点では知っているはずもない正体をもつ彼女から目を逸らし。

 カズイが座って作業をしている机に歩み寄ると、少しだけ間の抜けた表情と口調を形作って話しかけてサイから答えをもらい、果たすことが出来なくなる教授からのバイト作業を受け取りながら、わざとらしく戯けた声で悲鳴を上げてみせる。

 

 ・・・これから起きる出来事と結末を知っているからこその、自分一人だけが茶番劇を演じている道化でしかないのは自覚しているけど、他に方法がない以上はやるしかない。

 

 ザフト軍の襲撃目標と、それが隠されていた偽装場所、そして連合が運びだそうとしていた貨物が安置されていた場所まで直通で通じていた通路が備わっていたサイバネティック工学の第一人者であるカトウ教授のラボラトリー。

 状況証拠から見て教授が行っていた研究内容は明らかだったけど、今の時点で転生憑依して原作を知る僕が真相を告げたところで変えられるものは何一つとして存在しない。

 

「――ぐっ!? ちょ、トール・・・!?」

「そんなことより手紙のことを聞けー!」

「手紙?」

「な、なんでもないってサイ・・・っ」

「何でもないねェ訳ねぇだろォー!」

 

 ・・・結局、原作世界での悲劇を知る僕にできたことは、ヘリオポリスで平和に過ごせる友人たちとの最後の時に、余計な冷や水をさしてしまないよう空気を読んで合わせることぐらいで、他は何も出来ることはなかった。

 

 トールに首を絞められるのに抵抗しながら、カズイまで加わってくるのを慌てたように見せかけながら、僕の視線は常に部屋の端で壁により掛かりながら微動だにせず立ったままの彼女が視界に収まるよう意識し続けてあり、彼女が動き出して地下研究施設へと続いている扉へと向かって移動し始めるのを皮切りに、少しずつ心の中の緊張度を高め始めていく。

 

 

 そして――――

 

 

 

 

「・・・時間だな」

「抜錨! ヴェサリウス、発進する!!」

 

 

 僕たちにとっての平和な日常が終わりを告げさせられて――――僕たち全員が巻き込まれる戦争が始まってしまった・・・・・・。

 

 

 

 

 

「こちら、ヘリオポリス。接近中のザフト艦、応答願います。ザフト艦、応答願います!」

 

 非常事態発生を伝える、けたたましいアラート音に満たされながらヘリオポリス管制区コントロールセンターは、混乱と驚愕にまで満たされつつあった。

 管制区内にある、条約によって領海内と保証されている中立コロニー・ヘリオポリス周辺全域をフォローしているレーダーの中に、いきなり何の通告もなく侵入してきて、なおも近づいてきつつあるザフト軍の戦艦二隻を補足したからである。

 クルーゼが率いるヴァザリウスとガモフだ。管制区はこの二艦に対して先ほどから停戦勧告を呼びかけているが返答はなく、彼らの要請に応じる気配を微塵も見せぬまま逆に船足を速める始末だった。

 

「管制長! こ、これは・・・っ!?」

「落ち着け! アラートも止めんかァッ!」

 

 騒ぎを聞きつけ、大急ぎで現場へとやってきた年嵩のベテラン管制長は、年若い部下たちの慌てようを舌打ちとともに叱咤して抑えさせると、五月蠅いだけで報告が聞き取りづらくなるアラートも止めさせて、落ち着いて抑制の効いた口調で改めて自分の職務を実行した。

 

 ケツの青い若造の部下たちならともかく、彼にとって今回の事態はそれほど異常な事態と言うほどのものでもなかったからだ。

 何しろ今は戦争中で、オーブは中立国なのである。味方にすれば頼もしく、敵にすれば鬱陶しい存在が中立国というものなのだから、これまでも連合ザフト双方の原理主義共から嫌がらせじみた警告は何度かされてきた経験が彼にはある。

 

 愛国心と血の気ばかりが多い跳ねっ返りな若造共というのは、どこの軍隊にもいるものだ。

 だが、所詮は頭に血が上って冷静さを失い、血気に逸っているだけの若造でしかない連中が先走って独断専行しただけの恫喝外交でしかないことも彼は経験則として知っていたため、落ち着いて腹から声を出し、脅しつけるような強い口調で改めて新人オペレーターの生易しい声ではない大人の怖い声音でどやしつけるように同じ内容の言葉を通告した。

 

「接近中のザフト艦に通告する! 貴艦の行動は我が国との条約に大きく違反するものである。直ちに停戦されたし。ザフト艦、ただちに停船されたし!」

 

 ・・・だが、今回の二隻は今まで彼が経験してきた連合とザフト艦すべての前例と大きく違いすぎていた。

 彼の声は若造殿と同じように無視されて、聞こえさえすれば政府の大物すら威圧できると評価されていた自分の胴間声が、全通信に紛れはじめたノイズによって短時間の内に無力化されていく・・・。

 

 

 そこへ第三の男の声が背後から、管制区センター内に静かな声音で響き渡った。

 

 

「――これは明らかなザフト軍からの攻撃であると判断した。戦時体制の規定により、現時点をもって現場での指揮権は、この場における最高位者の小官が掌握する」

 

 

 突如として響いてきた、聞き慣れない男の声に驚き慌てて振り返った彼らの視線の先でオーブ人らしき目立たない風貌をした青年が、関係者以外立ち入り禁止となっているはずの管制センターに堂々と侵入してきており、現在の状況を落ち着いた表情のまま観察しはじめていた。

 平服を着ているが職業そのものは軍人らしく、頭にはオーブ軍所属を示す軍帽だけを乗せて、即席の軍人らしい身なりをしていた。

 

 レン・ユウキ二尉だった。

 ナタル・バジルールたちをアークエンジェルまで案内し終えた後、彼はその足で管制区へと急ぎ向かっていた。

 若さに似合わず危ない橋をいくつも渡ってきていた彼は、ようやく計画が終了したと油断している、作戦成功の寸前こそが最も敵が油断しやすく奇襲するのには最高のタイミングとなり得ることを熟知しており、数ヶ月前から進めていた計画をようやく始動させられると緊張を解いてしまっているであろう、あの“甘ちゃん美人な現場監督さん”も含めて何かあったときは焦って対応を間違えるだろうと、全体の状況を一番把握しやすい場所に向かっていたのだが少々遅すぎてしまったらしい。

 

「な、なんだ貴様は!? ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ!!」

「オーブ本国作戦参謀部に所属しているレン・ユウキ二尉だ。緊急事態につき、この場の指揮権は一時私にお貸しいただこう。文句があれば生き残った後で裁判所にでも言いに行け」

 

 階級章と身分証ごと相手の眼前に突きつけることで黙らせてやりながら、レン・ユウキは周囲の若いオペレーターたちに指示を出し始め、茫然自失貸していた管制口調があえぐように抗弁を試みて、

 

「だ、だがまだザフト軍がヘリオポリスを攻撃してきたと決まったわけでは―――」

 

 顔面蒼白になってつぶやく彼の小声をかき消すように、オペレーターの声が場を圧して響き渡った。

 

「強力な電波干渉! ザフト艦から発信されています! これは――明らかに戦闘行為です!!」

「・・・馬鹿な・・・」

 

 年配の管制長は部下からの報告を聞かされて、呆然とつぶやかざるを得ない。

 電波妨害は明らかに敵対する意思を示した軍事行動であり、それを大勢の部下にも見える形で記録させてしまったのでは恫喝では済まされない。

 これではまるで・・・まるで・・・・・・っ!!

 

「ざ、ザフト軍はどういうつもりだ・・・? なにを考えている!?」

「だから戦闘行為だと貴様の部下が言っている」

 

 アッサリと、呆気なく管制長がしがみつきたがった今まで続いてきた平和への執着を一刀両断し、状況を把握し終えると激しく舌を打つ。

 

「・・・チッ! この程度の戦力では足止めにもならんな・・・出すだけ無駄か。アークエンジェルに繋げ! あの疫病神をとっとと追い出さないと巻き添え食らってこっちまで殺されちまう!」

 

 この時期にザフト軍がヘリオポリスを攻撃してくる理由など、コロニー内で極秘裏に建造されているアークエンジェル以外にはあり得ない。敵のお目当てであるデカ物を抱えたまま戦闘指揮など、腹に火薬を抱えて撃ってくださいといっているようなものだろう。

 何より、このままコロニー内に留まらせたまま動かないでいる戦艦など、敵にとっては良い的でしかない。

 

 しかも、正面から堂々と現れて、ただ接近してくるだけの敵が用いた攻撃手段・・・・・・彼にとっては嫌な予感しかしない不愉快な符号ばかりが羅列しているとしか思えない。

 

 

 

 

 だが、一方でオーブ軍のレン・ユウキとは別の異なる勢力に属する者として、正しいと思われる最良の対応は別にあった。

 

「艦長・・・っ!」

「慌てるな。迂闊に騒げば敵の思うつぼだ、対応はヘリオポリスに任せるんだ」

 

 モルゲンレーテ内の地下秘密建艦ドックにて出航準備中だったアークエンジェルでも、部下と上官たちによる会話が交わされていた。

 連合が対戦に勝利するためには絶対必須となる超重要な戦艦を半端な状態で出航させて敵の好餌となってしまったのでは、元も子もなくなってしまう。

 【地球軍の勝利】を、優先事項として最上位に掲げているアークエンジェルの艦長を任されている彼としては、ギリギリまでオーブ軍が敵を足止めして時間稼ぎをしてもらい、可能な限り最大限の出航準備を整えてから艦を出航させて敵艦二隻を葬り去るのが最善手だと考えていた。

 

 アークエンジェルの持つ性能は、十分にそれを可能ならしめる程のものがあると彼は確信しており、それをする事によって連合軍内部では評価されていないアークエンジェルの有用性と、自分に大任を任せてくださったハルバートン提督の有能さと正しさとを全て同時に証明する事に繋げられる。そうなれば【G】の大量生産さえ可能となって戦局は一気に好転できるだろう。

 

 その為なら、犠牲を惜しむべきではなかった。

 たとえそれが中立国オーブの一般市民を巻き添えにすることになろうとも、地球の一国家に住む者として果たすべき義務と責任がある。

 無論、彼らの犠牲を無駄にする気はない。戦争に勝ったら篤く報いることも、彼自身が自分の命を惜しまず仇討ちのために敵と戦う覚悟と決意も既にできていたのだから・・・・・・。

 

 だが、この時の相手は敵も味方も彼の思惑とは別の視点から事態を見ている者たちばかりが集まっていたらしい。

 

 

「――わかっている、ユウキ二尉。いざとなれば艦は発進させる!」

『敵がアンタたち狙って攻めてきてるんだぞ!? 今がいざという時じゃないんだったら、何時のことを言っているんだアンタは! 地球上の四分の一をザフトに奪い取られた後か!? それともアラスカをザフト軍に土足で踏みにじられた時か!?』

 

 通信相手の臨時指揮官、レン・ユウキ二尉とやらに痛いところを突かれてアークエンジェル艦長はつかの間黙り込まされて、その瞬間を作りたがっていた相手は畳みかけるように早口で用件を伝えてくる。

 

『俺の言うことを聞きたくないんだったら無視してかまわん! だがこれだけは言っておく!

 わざわざ二隻ある軍艦で挟み撃ちもせずに正面から揃えて決戦挑んでくる馬鹿な敵など現実にはいやしない! 間違いなく囮役の陽動だ! おそらく既に工作部隊がコロニー内に入り込まれているだろう。

 のんびり出航準備してゲートから死ぬまで出られなくなっても、オーブは一切責任持てんからな!?』

「――っ。そ、その程度のことは貴様如きに言われんでも承知している!!」

 

 動揺を隠すかのごとくアークエンジェル艦長は、必要以上に大きく強い声で怒鳴りつけるとレトロな形状をした通信機を叩きつけるに戻して己の内に生じた不安を力尽くで追い払おうとした。

 

 ―――工作部隊による破壊活動!!

 その発想を頭から除外してしまっていた自分の迂闊さが今更ながら疎ましい・・・! 自分が任されたアークエンジェルの超性能で敵艦を粉砕して初陣を飾ることに拘りすぎてしまった・・・。

 確かに、工作隊に潜入されていたと仮定すれば辻褄は合い、今すぐ出航しなければ危険だという主張にも納得できる。

 だが、既に侵入を許している場合には今から出航させたとしても手遅れである可能性が高い。いっそのこと今のまま完全な出航準備を整えさせる方を選び、乾坤一擲の可能性に賭けるべきではないのか・・・?

 

「艦長・・・?」

 

 背後から自分を呼ぶ、聞き覚えのある声が聞こえてきた。ナタル・バジルール少尉だ。先刻着任したばかりだが見所のある若手の女性士官で、実直で礼儀正しく組織に忠実な模範的軍人。・・・先ほどまで会話していた生意気なオーブ軍士官の若造とは大違いに・・・

 

「――いや、なんでもない。それよりラミアス大尉を呼び寄せろ! Gの搬送を開始させい!」

『ハッ!』

 

 艦長の号令以下、敬礼とともに一斉に動き出すアークエンジェルに配属されていた地球軍士官たち。

 艦長は遂に、当初やると決めていた作戦を変更する決心がつかぬまま、今のまま変わらず進めて成功できるわずかな可能性に賭ける道を選んでしまった。

 彼なりに、選ぶことが可能な選択肢の中から最善の道を選んだつもりであったが、それは結局のところ意味するところは『現状維持』であり、『今までと何も変わらぬこと』を選んだだけでしかなかったことには最後の最期まで気づかぬままに―――。

 

 

 

 対して、再びヘリオポリス管制区センターでは。

 

「チッ! アマチュアがつまらないプライドなんかに拘りやがって!!」

 

 レン・ユウキ二尉もまた、レトロな通信機を叩きつけて連合の無能な艦長を罵りながら、臨時に指揮下に加わってくれたオペレーターの一人に確認を取る。

 

「行政府からの避難指示はまだ出ないのか!? 敵の攻撃が始まってからじゃ遅いんだぞ!?」

 

 問われたオペレーターは蒼白な顔で首を振り、行政府からの無情な決定をレンに伝える。

 

「先ほどから要請はしているのですが、コロニーの住人全てを避難させている時間はなくパニックに陥らせるだけで逆効果になってしまうだけだの一点張りで・・・」

「死ね! 人殺しのクソ野郎!と生き残れてたら伝えてやれ!」

 

 最後に出来ることの望みを絶たれ、この場に留まっても木偶の坊にしかなれなくなってしまったレンは、ヘッドホン型の通信機を投げ出すと現場の放棄を決定させる。

 

「総員、退避! 全速力で逃げ出せ! ここはもうダメだ、残ってたら殺される! 生き残りたいヤツは脱出用カプセルに入れてもらって、流れ弾に当てられないよう神様にでも祈って大人しくしとけ。運がよければ生き残れる! 現場放棄した責任は『上官の命令だったから仕方なかったんです~』とでも言っときゃいい!」

 

 それだけ言うと、「ホラよ」とオペレーターの一人に小さな機械を投げ渡し、レン・ユウキは慌ただしく次の向かう場所へと去って行ってしまった。

 思わず機械を受け取ってしまった若きオペレーターの一人で手の平を開いて、渡されたそれを見ると録音機だった。

 レンは最初から自分の命令内容を音声として記録させて、いざというとき部下に渡して証拠となれるよう常に肌身離さず複数の小型録音機を持ち歩くことを習慣づけていたのである。

 

 逃げ出す大義名分を与えられた下っ端たちの判断と行動は早かった。

 我先にと管制区センターから逃げ出していき、途中で騒ぎを聞きつけたらしい他所の部署の職員たちも「他人が逃げ出してるのに俺だけ留まっていられるか!」と、次から次へと逃亡者たちの模倣犯たちを生み出し続け―――最後に残っていたのは長年ヘリオポリス管制区でボスとして君臨し続けていた管制長ただ一人のみ・・・・・・。

 

 

「・・・・・・」

 

 一人残された管制長は、無人となった先程まで人と仕事で満ちていた自分の誇るべき職場を、呆然とした表情のまま、ただ見つめ続けていた。

 

 自分が長年守り続けてきた職場。誇るべき仕事。半生を捧げてきた自分の城・・・。

 それが今は誰もいない。ほんの数時間前・・・否、ほんの十数分前まであった全てのものが、今は全て何もかも一つたりとも残っていない・・・・・・。

 

 

「・・・これは、夢か・・・?」

 

 どこか遠くを見つめながら、ここではない何処かを見つめる瞳で管制長は言葉に出して、誰にともなく問いかけて。

 

 ―――いいや、違う。残念だが、これが現実だ・・・・・・。

 

 彼の心が彼の問いに向かって、声に出さずに答えを返し。

 

 

 最後に彼は満面の笑みを顔中に浮かべて、心の底から嬉しそうな表情を浮かべながら、自分の心から信じて出した正しい結論を言葉にして口にする。

 

 

 

「・・・・・・・・・いいや、夢だ」

 

 

 そして、次の瞬間。

 遂に港口まで迫ってきていた敵MSジンの攻撃を受けて、管制区センターは原形を欠片も残すことなく消滅させられ、管制長も職場とともに運命を共にさせられた。

 

 オーブ人の中で、軍人以外の初めての戦死者が歴史に残らぬまま生み出されたこの時より、オーブの平和はもろくも崩れ去り、ヘリオポリス崩壊のカウントダウンが開始された。

 

 

 今までは戦争じゃなかったオーブ国が、戦争をさせられる日は遠くない―――。

 

 

つづく

 

注:位置的に距離がありすぎるモルゲンレーテから管制区までレン二尉が移動できてたのは物語上の都合です。

 初出撃でアラスカまで超ハイスピード移動させられてたフリーダムみたいなもんだと思って頂けたら助かります。


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