こういう技術開発史的な話は、割と好みな作者です♪
夕闇が迫る小さな空間の中。今、一人の男が華の香りに包まれていた。
古代のギリシャ神殿を想わせる総大理石でできた個人用の野外風呂に浸かりながら、OZ総帥トレーズ・クシュリナーダは、一人の若い女性士官から報告を受けていた。
「――連合は宇宙軍の増強を中止して、小型ビームライフルの量産化を決定したか」
「はい。またブッコ・コンツェルンからは先んじて、既に完成していた数十丁ほどが各国に提供されるとのことでしたが・・・」
OZの軍服を着て、トレーズに報告をおこなう若い女性士官は、敬愛して心酔する唯一の上司の独白に対して即答する。
長い三つ編みを後ろで纏め、度の入っていない丸眼鏡をかけた頭脳派のOZ士官で、名をレディ・アン二級特佐という。
トレーズからも信任篤い彼女は、先頃終わったばかりの会議の内容を個人的感情を表すことなく報告したが、やや目元に険のある表情が内心での不快さを雄弁に語ってもいた。
――共に連合を駆逐し、新しい世を築こうとする同士でありながら、何故OZが計画しているクーデターを阻害するような提案をするのか?
トレーズに心酔して信服しているレディとしては腹が立って仕方のない、クロスボーンの裏切りとも見える行為が今回の提案だったからである。
「なるほど。宇宙軍の削減というのではセプテム将軍が容れようはずもないが、既存の宇宙用MSを増強するための予算を新兵器開発に振り分けるだけなら軍縮という事にはならない。
マイッツァー老も、おもしろい手を考え付かれたものだ」
憂いを滲ませつつも、常と変わら優雅さでもって語られた内容に、レディは僅かに目を見開くと、自然な形で元へと戻す。
――その発想が思いつかなかった自分に、些かながら恥じ入る部分を感じさせられた故である。
「レディ。君も、その机にある資料に目を通してみたまえ」
「はっ・・・」
命じられ、イオニア式の石柱で四方を囲まれた室内に目を向けると、そこには普段存在していない小さな机が置かれており、その上には数枚の書類が並べられているのが視界に入り込む。
歩み寄り、資料に目を通し始めたレディ・アンは直ぐにも驚愕に目を見開くことになる。
「《ビームスマートガン》というらしい。連合に提供された《ショートビームライフル》をさらに発展させたものだそうだ。
我らOZがビクトリアで試作中だったビームカノン同様に威力が高く、連合に回されたものより数段出力が向上している。こちらを数挺ほど提供してくれるとのことだ。
もっとも、技術的な問題が解決し切れていないせいで安定性に欠けるという点では、我らと同様だったそうだがね。・・・その為の今回の連合に対するビームライフルの技術提供という訳だ」
トレーズからの説明に納得し、レディ・アンは深々と首肯した。
実のところOZと連合が開発を進めながらも、宇宙用の新型MSが使うビーム砲をやっと完成させただけで、地上での使用は一度が限界までしか至っていないビームライフルの開発は、前世の知識を持つクロスボーン側においても必ずしも自分たちが使っていた当時のものを再現することは未だできていなかった。
地球圏統一連合がコロニーを武力制圧したため、ジオン公国のような宇宙移民者たちによる独立戦争や幾多の戦乱を経験していないACの世界と違い、クロスボーン・バンガードが勃興した宇宙世紀の地球では幾つもの戦乱が立て続けに起きていた時期があり、その頃に生まれたビームライフルは短期実の間に格段の発展を遂げた兵器の一つと言っていい。
そのため前世の記憶を有するクロスボーン・バンガードの技術陣たちは、この兵器の開発と生産を連合やOZより早く始めることが可能な条件が揃っていたことになる。
だが、“知っているだけ”で全く同じものを造り出せる、という事にはならない。
新兵器を開発して大量生産に成功するためには、製造過程における技術者たちの経験蓄積と専用の開発施設の建造、そしてそれらを可能とする多額の予算が必要不可欠にならざるを得ない。
現時点で、クロスボーンが持つビームライフルの技術限界は、大凡UC0090年頃の基準にまで達しつつあったが、それは技術的に可能になったというレベルの話であって、多数の問題点を加味すればUC0087年頃のグリプス戦役時に使われていたものを再現して、やっと安定性が得られるという程度のものでしかない。
数十年かけて歩み続けた技術の集積を、短期日で内包させ実現させようとしたことによる反動もあり、このまま独力でデナン系MSが使っていたビームライフルの完成をクーデターまでに間に合わせるのは不可能でなくとも非効率的だと判断したマイッツァー・ロナが企業経営者として下した決断だった。
「・・・ですが、連合に塩を送って牙を持たせてしまうことは、後々OZにとって不利益となる危険性をも有しているのではないでしょうか? 如何にガンダムに対抗するためとは言え、それでは藪蛇も良い所ではないかと・・・・・・」
「いや、恐らくそうはなれないだろう。設計図と開発ノウハウを与えられたからと言って、アレはそう簡単にものにできる技術ではない。
そして技術だけはものにする事ができたとしても、生産ラインは0から新たに造らせねばならない事実に変わりがない以上、それらの施設は我々が接収し、完成したビームライフルは我々の戦力として用いられることだろう。
連合には、その為の支度金として一時的に貸しているだけ・・・・・・そう思っておきたまえ、レディ」
「ああ・・・・・・っ!」
詳しく説明を聞かされ、レディ・アンは今度こそ心から納得し、またトレーズへの信頼と尊敬を新たにしていた。
――やはり、この方は自分たち俗人とは違う。この広い視野、深い見識。どちらも自分如き無骨な軍人では持ち得ぬ美徳だ。
やはり新時代の旗手にはトレーズ様こそ相応しい。この方以外の者には相応しくない・・・・・・
「その点で、今回のリークは効果的だったということですね」
「そうだよ、レディ。各国の将軍たちも、セプテム将軍の前で醜態をさらしてしまった手前、設備投資のため追加の徴収と予算提供とを拒むことは出来なくなったことだろう。
さすがはゼクスだ。いい仕事をしてくれた」
だが、トレーズの口から“その名”を聞かされた瞬間。レディの浮つきかけた気持ちは一瞬で霧散し、代わってOZ特佐の制服に身を包んだ女性の目元に、一瞬だけだが険しい光が宿ったことを果たして湯船に浸かって瞠目していた相手には隠しきることが出来たか否か。
今回の連合首脳たちによる会議の場で議題に上るよう、各地の施設を襲撃している未確認モビルスーツがガンダニウム製であるという情報を意図的に流したのはゼクスの独断によるものだった。
無論それはOZ総帥であるトレーズ・クシュリナーダから暗黙の内に指示していた指令内容を実行しただけに過ぎないものだったが、それを聞きつけたらしいロナ家が持ちうるコネを最大限使い捨てることで今回の会議場に無理やりドレル・ロナ参加をねじ込ませたことで、結果的にクーデター成功後の世界覇権はさらに容易さを増したと言っていい。
その点は良い。ゼクスに功績があることまで否定しようとは思わない。
・・・だが、挙げられた功績と、その為に失った犠牲を比較して、それほど讃えられるに足る成果を出しているとは到底言えない。
一般将校より選抜された部下たちを5人も失って、入手できたのが未確認モビルスーツはガンダリウム製だというデータだけ。・・・その程度なら誰でも出来る程度のものだ。
「――だが、“ラグランジュ・ポイントに緊張が戻る”とした、当初の想定もまた正しいと私は思っている」
だが唐突に話題を変え、表情と視線が僅かに改まっていた上司の変化を感じ取った次の瞬間には、レディ・アンの心はトレーズより与えられる次の任務に向かっていた。
知的と言うより、冷徹な印象を人に与える度の入っていない眼鏡の奥の瞳を細めさせ、居住まいを正しながら傾注の姿勢を取る今の彼女に、先程までの未来を夢見る心やゼクスへの競争意識などは残っていない。
あるのはただ、上司であるトレーズの敵を排除すること。
現在のOZにとって障害となる人物を抹殺すること。それだけである。
「しかし今回の選択もまた間違ったものとは思わない。ガンダムたちの攻撃で、我がOZの施設も相当な痛手を被っている。被害を抑止するため相応の手立ては必要だ・・・が、しかし。
コロニー側から送り込まれたガンダム達によってもたらされた宇宙との緊張状態は、継続されるべきものでもある。――少なくとも今の時代には、まだ・・・」
予算の割り振り先が、既存MSの増強から新兵器開発に変わっただけで連合宇宙軍そのものが軍縮したという訳ではなく、依然として宇宙空間には連合が擁する大兵力が駐留したままで、それらは会議が始まる前と後とでは一兵たりとも減じてはいない。
だが、「増やす予定だ」と見られていた存在が、増やすことなく現状維持を選んだという事実は、宇宙軍の増強を警戒していた者たちにとって見ると明らかなる譲歩であり、連合が自分たちを完全には犯人扱いしていないとする根拠として十分な説得力を有するものだったのも事実だ。
既に幾つかのルートから、コロニー側の内部で安堵感が漂っているという情報がトレーズ達の耳にも入ってきている。
これから「世直し」を行おうとしている側にとって、必ずしも良い兆候とは言いがたい現状・・・・・・。
だが、先の会議の決定によってOZとロナ家の方針も固まったと言って良く、この状況下で元のプランに戻すことは百害あって一利なしな愚考であろう。
本格的な武力衝突に至る危険性は犯すことなく、連合とコロニー間での緊張を、ラグランジュ・ポイントにおいて高めさせる。
その為には、武力よりも謀略を以てことに当たるべき類の任務である。
そして、宇宙艦隊戦力を用いることなく、コロニー側の内部で地球との緊張状態を熟成させるのに適した存在を、レディ・アンには一人だけしか思いつく人物がいない。
「承知いたしました。次のバスタイムには、バラのエッセンスをご用意いたします」
「頼むよ」
短く答え、トレーズはレディ・アンに艶然と微笑みかけると、もういいという様に片手を振ってみせる。
彼から彼女に対して示す、最大限の信頼の証がこもった仕草だった。
任せたからには全幅の信頼を寄せ、余計な注意事項など必要ない。・・・それが出来るだけの人物に託したのだ。後は吉報を待って、自分は寛ぎながら過ごすのが『信頼』というものの在り方であろう。
「では、バスローブをここに置いておきます」
「ありがとう、レディ」
最後だけ、上司と部下ではなく、同じ部屋で同性まがいのことをしている若い男女の様なやり取りを交わし合ってから、レディ・アンは一礼してトレーズの側を離れていったのだが―――その心中は敬愛する上司の側を離れた途端に暗雲が垂れ込み始めていた。
ゼクス・マーキス―――
いざ与えられた任務に向かおうとした矢先に、彼のことを再び思い出したからである。
自分と同じようにトレーズ様に取り立てられ、自分と同じようにトレーズ様から直々に与えられた任務の完璧なる遂行を求められていた人物・・・・・・。
(なぜトレーズ様は、あのような無能者を取り立てられるのだろうか?
私なら、ゼクスのような無様な真似はしない。
トレーズ様のため任務を完璧に遂行し、ゼクスとは違うのだということをお見せ致しましょう。ゼクスとはね―――)
――危険な光が、レディ・アンの瞳に灯り始めていた。
つづく