インフルで頭重いです、体もダルイです……そんな状態になった途端に書きたくなってる作者は、自分でもマゾかと思いましたが、出来ちゃったので投稿しておきました。
尚、今話で語られている《オペレーション・メテオ》は、あくまで作者の妄想です。
原作で語られてたセリフと設定と展開から、可能そうな目標として推測しただけですので本気にされませんよーに。話作るときに曖昧なままだと困るので。
ハウゼリー・ロナ暗殺未遂とドーリアン外務次官の暗殺という二大ニュースによって宇宙では戦々恐々という雰囲気に満たされていた頃。
地球のレイクビクトリア基地では、ウーフェイの闇討ちから破損を免れていた私室において、ルクレツェア・ノイン特尉がシャワーを浴びたばかりの身体にバスローブを身につけただけの姿で髪をぬぐっていた。
彼女の瞳には昨晩までにはなかった光が宿るようになっており、表情にも少しだけ険しさを増していることが“ノイン教官”を見慣れている者達には一目で分かる程だ。
その原因が先日発生したウーフェイの襲撃と、その後の戦闘が影響したものであるのは明らかだった。
髪を乾かし終えたノインはリビングまで歩いていき、そこでソファに座していた一人の男の隣に立って、相手を見つめる。
このような場所でさえ、トレードマークとも呼ぶべき銀色のマスクを外そうとはしない、異様な風貌と雰囲気をまとった有能極まるOZ士官。
ゼクス・マーキス。
彼は先日来、部下であるオットー特尉が発見してコルシカ基地より移送させた旧式モビルスーツを、ノインの基地の一角を間借りして修復作業をおこなってもらうため養成所時代の同期でもある級友の元を訪れていたのである。
「ゼクス、また私を頼ってくれた事はありがたく思いますが・・・・・・」
言いながらノインはゼクスの顔を見下ろし、気になっていたことを口にする。
問われた方はなにか気になる映像でも映っているのか、先程からテレビモニターの画面を見つめたまま一瞬足りと視線を外そうとしてくれていない。
「本当に、あんな二十年前に設計されたモビルスーツが使えるのですか? 旧式と言うこともありますが、何よりあのサイズでは機動性が確保できるとは思えませんが・・・・・・」
それがノインが、コルシカ基地からゼクスが運ばせてきて修復作業をおこなっているモビルスーツに対しての嘘偽りなき感想だった。
彼女の懸念も尤もなもので、常識で考えれば使い物になるとは思えない代物だったのが、オットー特尉が発見して今も修復作業の指揮を取っている大型モビルスーツの実情だった。
到底、普通の人間が扱うことなど想定して設計されていない機体なのである。パイロットたちの生還を第一に考える教育法を採用してきた養成所教官のノインが、そう判断するのも無理はない。
だからゼクスは怒らなかったし、不快とも感じなかった。
だが、賛成しようと思わなかったのも事実ではある。
「あの機体は恐らく、今のOZにあるどのモビルスーツよりも優れた性能を備えているだろうな」
「そんな・・・・・・まさか!」
「いや、あのトールギスは全てのモビルスーツの原型になっている。あのガンダムでさえ、あの機体を出発点として生み出されているのだ」
「ガンダムの!?」
その名を聞かされた瞬間、ノインの眉間に険しい縦皺が走る。
先日のガンダムによる襲撃で受けさせられた傷と屈辱は、そうそう簡単に癒やされるものではないのだろう。
部下達でもある訓練生が死を免れられたのは不幸中の幸いではあったが、それはザビーネが事前に避難を促してくれていたからであって、ノイン自身が彼らを守ってやることが出来たという訳ではなかったのだ。
もし彼が来てくれなかったら・・・いや、到着が今少し遅れていただけで彼女は教え子達の死体と再会する羽目になっていたことだろう。
そうなっていた現在を考えると背筋が振るえて、顔色が青くなるのを自分でも実感できてしまえる。それ程に彼女にとって先日の一件はトラウマになっていたのである。
だが、ゼクスの瞳は青ざめた唇を噛みしめたノインの顔を見てはおらず、心は彼女の傷つけられた戦士としてのプライドを慮ってはいなかったようだ。
「――とは言え、これは今までのOZが保有してきた機体だけの話ではある。ザビーネ大尉がガンダムと互角に戦って見せたクロスボーンのモビルスーツまでもを含めれば、果たしてどちらの方が性能は上なのか。パイロットとして興味深いところではある」
「ザビーネ・シャル大尉、ですか・・・・・・」
ゼクスの口から聞かされた“その人物”の名前を聞かされたことで、ノインは表情を再び変化させ、今度はやや曖昧な感情を内心で抱かされているような、曰く言いがたい表情になってゼクスに向かって微笑を返していた。
ノインが先日の一件を気に病み続けている理由の一つは、彼らの存在もあったからだった。
決して嫌いという訳ではない。感謝もしているし、部下たち共々助けてもらった恩もある。どちらかと言えば好意を感じている方だと言って良いだろう同盟相手の優秀な若手士官。
そんな相手でありながら、ノインはどこか落ち着かない気分にさせられる部分を彼らは持っているような気がしていた。
どことなく信頼が置けない、という程ではないのだが、些か不安を感じさせられてしまうのだ。
彼が自分に言ってくれた言葉は優しく、OZ上層部へ述べた不適切な人事は厳しく、そのどちら共が正しかった。正しいものの見方に基づく意見だったとノインも思っている。
・・・・・・ただ、それが出来てしまう彼らの純粋すぎる側面にかすかな怖さを感じてもいた。
人は彼らほど綺麗なままの信念を持ったまま生きられない。そこまで人は強い生き物ではないからだ。
彼らの純粋さは、汚れていくばかりの大人たちの一員になってしまった自覚のある今のノインにとり、いずれは自分たちのも粛正の刃が振るわれる理由となる日が来るのではないか?と、そんな不吉すぎる想像をかき立てられる部分が僅かに、だが確かにあると、そう直感させられていた。
「ノインの気持ちも、分からなくはないがな・・・」
もっとも、レイクビクトリア基地に長いノインよりも、彼らと付き合う機会が多かったゼクスの方は、彼女よりもクロスボーンの内情に関しては詳しかったから、そこまでの不安感を感じる必要はないと判断していたらしい。
「ザビーネ大尉は、クロスボーンの中でも最先端の一人と言っていい人物だ。その為やや極端なところがあるのは否めない。そこは流石に選ばれたスタッフの一員と言うことでもあるのだろう。
だが、我々OZとてトレーズ閣下に選ばれた兵士たちのみで構成された《スペシャルズ》ではあるものの、全員が全員ノインや私と同じように生きている訳ではない。
それと同じ事だと私は思う。個人を基準として組織全体について考えても詮無きことだ」
「たしかに・・・・・・仰られるとおりですね」
言われて納得し、ノインはようやく完全な落ち着きを取り戻して顔色も血色の良さが戻ってくる。
たしかに、個人の意思だけで組織というものは動かせるものではなく、多くの者達からの理解と賛同、協力が得られなければ大事など成せるものではない。
仮にザビーネが人々の上に立ち、皆を牽引していく立場になったとしても、彼の先鋭さに普通の人たちはどれだけ付いていくことが出来るだろうか? ザビーネ自身もそれが分からぬほど愚かな人間とも思えない怜悧な若者でもある。
若さ故の、男故の野心はあろう。だがそれは一国一城の主になるといった程度のものであって、世界を自分の意のままに操りたいと欲する独裁者の地位を希求するものではなかろうと、ノイン自身はザビーネに対してそう分析していた。
パイロット養成所で教官として勤め上げてきた実績のあるノインには、人を見る目はあるつもりだったから、自分の判断は当たらないまでも遠からずといった程度には的中している自信もある。
彼女はザビーネについての結論を出すと、彼について考えることを止めて、ゼクスが見つめたままのテレビモニターの映像へと視線をやって、そこに映し出されているOZの軍服をまとった若い女性士官の話に耳を傾ける。
『レディ・アン特佐! 事件についてコメントをっ』
『今回の事件は昨日に発生した、ハウゼリー社長の襲撃事件と同一犯との見方もあるそうですが、それについて何か!?』
『大変残念なことと思っております。このコロニー群にこれほどの凶悪事件を2件も続けて起こす悪質なテロリストが潜伏していたとは・・・・・・』
『ドーリアン外務次官と、その娘さんが誘拐されたとの情報もありますが――』
『我々も鋭意調査中です。テロリストの正体がハウゼリー氏の襲撃犯と同一犯か否か、仮に同じであるなら何の目的でドーリアン外務次官まで殺めたのか? それらは今もって不明なままですが、我々の外務次官と高級軍人が暴徒による危害を加えられるのは連合に対する敵対行為と同義です。
これが、もしコロニー全体の意思とする場合には我々も軍事行動に移らざるを得なくなりますが・・・・・・しかし我々OZと、ハウゼリー氏の父親であるマイッツァー・ロナ総帥は今回の件は一部の矮小なる者共の暴走である可能性が高いとみており、コロニーに住む人々すべてが今回のような暴挙に加担している訳ではないと、篤く信頼しているところでもあります。
必ずや犯人を見つけ出し、ドーリアン外務次官のご息女も救出し、今回の一件が誰の手によって扇動された結果であったか真実を明らかにすることをお約束いたします。
我々OZは、コロニーに住む皆様こそ真に平和を求めておられる方たちだと信じておりますので・・・・・・』
レディ・アン特佐が、特徴的な冷たい眼をして眼鏡をかけた姿で、歯の浮くような美辞麗句を並べ立てながら、連合の軍人であると同時にコンビニ大手チェーンの社長を兼任しているハウゼリー・ロナが暴徒に襲撃された事件について語りながら、ついでのようにドーリアン外務次官の暗殺と娘が誘拐された事件を同時に報道させていた。
「・・・・・・ずいぶんと甘い対応をしたものですね」
意外さを込めてノインは、レディ・アンの記者会見を評して言った。
偏見もあるが、彼女はレディに対して冷たく厳しすぎる印象を抱いていたため、ハウゼリーの負傷とドーリアン殺害に対して、OZからコロニー側への対応は相当に手厳しいものになるだろうと予想していたのだが、結果は良い意味で的外れなものとなってくれたようだ。
モニターの中に取材陣たちにも露骨な安堵の笑みを浮かべている者が幾人か映っており、部外者であるノインやマスコミ陣でさえそうなのだから一般市民の反応は推して知るべし、と言ったところだろう。
だが無論、トレーズの側近くでレディをよく知るゼクスの見解は、ノインと異なる。
「コロニー住人への人気取りを狙ったのでしょうか? 現在の政情を鑑みれば分からない話ではありませんが・・・」
「相変わらずの役者ぶりだな、レディ・アンは」
「・・・・・・え?」
ポツリと呟くような声で語られたゼクスの見解に、ノインは瞳を大きく開けて彼の顔を覆った銀色の仮面を見る。
そこに隠された瞳が何処へと向けられているかノインにも、正確なところは分からないが、少なくとも今回ゼクスの鋭い分析眼は、レディ・アンが仕掛けた謀略の内側へと向けられ、完全に見抜くことが出来いていた。
一見すると肝要な対応にも見える、今回の一件に対するOZからの公式見解だが、実際にはコロニー内勢力の分断と仲間内での密告を奨励させることを目的としたものだと、彼は気付いていたからである。
今回の一件で自分たちが住んでいるコロニー内に【戦争をしたがっている市民】と【そうでない市民】がいる事実に、コロニー市民たちの全員が気付かされてしまった。
そうなれば始まるのが、巻き込まれたくない者達による壮大な《魔女狩り》だ。身内に潜んでいる裏切り者を探し出すためコロニー市民同士が互いに猜疑の目を向け合う事態になるのは時間の問題だろう。
これでOZが厳しい対応を世間に示していたら、コロニー全体にとっての脅威となり、味方は団結して内側の結束は高まりを増す。
当初の時点では恐らく、そちらの道を選ばせるため仕掛ける予定でいた謀略だったのではないか?とゼクスは疑っている。
だが状況は変わった。クロスボーンからもたらされた地上でも使用可能な傾向用ビームライフルの量産を連合軍の各軍事工廠ではじめたことでOZの指導部に当たるロームフェラ財団が計画の一時延期を決定したのだろう。
実際、OZが影響下においている各地の軍事工廠と違って、連合正規軍の各工廠は本国内部の奥深くにあるものが少なくない。ガンダムたちにとって襲いたくても狙い難い位置に彼らの工廠はある。それによってガンダムたちにも揺さぶりをかけているつもりなのだろう。
分かっていても対処する手立てが乏しい、見事な策だ。だが・・・・・・
「・・・だがレディの策にしては些か迂遠すぎるな。ハウゼリー辺りに唆されでもしたか、あるいは――」
そこまで言って、ゼクスは言葉を切って発言を飲み込む。
前線の雇われ軍人としては、分を超えた内容だったかと自重したのだ。
実際、彼の予測は当たらずとも遠からずと言ったところであり、良くも悪くも『武力制圧』に偏っているレディの強行対応に対して、異なる方面からのアプローチを提案したのはクロスボーンの中の誰かではあったらしい。
誰なのかはハッキリとしない。複数人、あるいは特定の誰かに言われた訳ではなく、彼女自身が彼らとの話の中で作り上げていった独自の謀略だったのかもしれない。
(・・・この地球とは異なる歴史を歩んだ、別の地球でおこなわれたMS同士の戦争か・・・。
異世界でも戦いを辞められない人類の業には嘆く他ないが、パイロットとしては興味を刺激されずにはいられない私も、あるいは彼女と同類かもしれん・・・)
自分が戦争を嫌いながらも、“戦闘を好む”性格の持ち主であることをゼクスは最近、薄々気付いていた。自分は平和なインテリジェンスに向かない人間かもしれないと。
だが、そんな彼でも人の子であり、木の股から生まれた訳でもなければ、自分を生んでくれた父も母もいる普通の人間なのである。
だからこそ、『安否を気に病んでいる家族』が彼にもいた。
その存在の安否を気遣って、先程からニュース映像をつけっぱなしにしていたのだが、どうやら追加情報が入る様子もなく、事件の内訳と裏側も大凡は察しをつけることが出来もした。
「では、ドーリアン外務次官は・・・」
「殺されたのだろうな。レディの手の者が直接やったかまでは分からんが・・・」
ゼクスの見解を聞いた上でノインが出した結論を声に出し、簡明に肯定を返すと―――短く小さな声で“本命の名”を口にする。
「リリーナ・・・・・・」
「ご心配ですね? ゼクス」
間髪入れずに、自らの呟きが聞かれていたとしか受け取りようのない返答をノインから返され、ゼクスは「何の事かな?」とだけ告げて何事もなかったかのように席を立ち、部屋を後にする。
その背中には、それ以上の言葉を拒絶する意思が強く感じられてノインは黙り込んだまま見送ることしか出来なかったが・・・・・・一方で、部屋を出て行ったゼクスの反応を思いだし、可愛さをも同時に感じる自分に苦笑もする。
・・・・・・仮面で素顔を隠して連合軍へと入隊し、当初はまだ地球連合軍の下部組織から始まっていたOZの総帥へと接近し、OZ士官として武勲を重ねて連合軍からは手出ししづらい位置にまで来てしまう。
そんな先読みに優れた才を発揮する若く有能な軍人が、一方では先程のように感情的になって部屋を出て行ってしまうほど子供っぽい一面を見せる。
気遣いを無碍にされた側とは言え、これでは女として腹立たしさよりも可愛さを感じさせられてしまう。
ルクレツィア・ノインという女性士官は、そういうタイプの包容力が嘘偽りなく持っていた。そこがレディとは異なる部分でもある。今はまだ・・・・・・。
「・・・心を開きなさい、ゼクス・マーキス。
いえ、ミリアルド・ピースクラフト。
あなたは隠し事が多すぎる・・・・・・」
そう呟きながらノインは、机の引き出しの中から思い出の写真を取りだして陶然と眺めた後。
“彼”から、これほどに想ってもらえる少女のことを少しだけ妬ましく感じながら気遣いもした。
無事だといい。彼女自身のためにも、彼のためにも―――と。
その頃、二人の若く有能なOZ士官から異なる理由で安否を気遣われている少女は、コロニー内にある宇宙港へ向かう途中の車内にあった。
正面には異形の人物が並んで座っており、リリーナを宇宙港まで送り届ける案内役を買って出てくれていた。
「ワシの事は、ドクターJとでも呼んでくれ。これでも科学者の端くれでな」
そう名乗って、父が死んだ場所に乗り込んできて自分を連れ出した男たちのリーダーと思しき老人は、おかしそうな笑い声を上げる。
あの後、殺された父の亡骸が横たわる部屋に踏み込んできたのは武装した私服姿の若者たちで、リリーナの過激な反応に当初は面食らったようだが、即座に反応して自分たちと一緒に来るよう促された。
「ここに留まるのは危険だから」と。「自分たちは父を殺した犯人ではない」と。リリーナにそう訴えかけて共に脱出するよう求めてきたのだ。
無論リリーナは最初、その男たちの言葉を信じなかった。銃口を向けたまま父の亡骸を最後まで守り抜くつもりであったが、そんな彼女にリーダーから発せられた一言が事態を決する。
「お父様の亡骸を、ご自分が殺した敵の血で染めるおつもりですか!?」
そう言われてしまったリリーナに抵抗できる余地など残されている訳もない。
彼らはドーリアンの遺体を可能な限りの迅速さと丁寧さで運び出すと車に乗り込み、自分たちの隠れ家まで彼女を案内してくれ、そこで出会ったのが今横にいる異形の老人だった。
「それではドクターJ、あなたがヒイロ君を地球に送り込んだのですね?」
「その通りじゃ。いやしかし、ドーリアン氏の娘さんがヒイロと同じ学校とは驚きじゃな。元気でやっとるかね? ヤツは」
カシャカシャと金属がこすれるときに音を立てさせながら、左腕の義手と足の義足。指の代わりに三本のマジックハンドのような金属製の棒を取り付けた左手を揺らしつつ、長い白髭を伸ばし放題にした老科学者はリリーナからの質問に肯定を返して楽しげに笑うのみ。
リリーナが彼からの案内を受け入れた、大きな理由がそれであった。
『ヒイロ・ユイ』
自分に向かって「殺す」と告げた謎めいた瞳の、だが本当は優しそうな少年の名前を何故だかこの老人は知っているらしく、彼に関する情報を少しでも教えて欲しくて緩徐は彼らの案内を受け入れる選択を選んだのだった。
「あいつはな、ワシらの代弁者なんじゃ」
「代弁者?」
リリーナは意味が分からないといった風に聞き返す。
無論ドクターJも詳しく説明するつもりでいる。当然のことだ。
状況を鑑みて、自分が行くのは危険だと反対してくる仲間たちを押し切ってリリーナの案内役を買って出たのは、彼のことを伝えたかったのが理由なのだから――。
「ヒイロには物心ついた頃から、あらゆる戦闘技術を教え込んだ。殺人のプロシェッショナルとして育て上げたのじゃ」
「どうして、そんな事を?」
「分からんのか? コロニーの平和のためじゃよ」
「そんな! 人を殺す事が平和につながるはずはありません!!」
「つながるんじゃよ。戦争は人によって起こり、人によって終わらせられる。ヒイロに狙わせているのは戦争を始めようとしている悪魔のような奴らだけなんじゃ」
「でも、もっと平和的な解決方法があるはずです!!」
リリーナは発作的に反発の声を上げていた。
彼女が教え育てられてきた価値観から見れば、到底受け入れられる意見ではない。
だが、ドクターJは激することなく、彼女の否定に否定を返す。
むしろ予期していたかのように穏やかな声音で、リリーナに向かって自分たちの事情を説明し始める。
「二十年前には、ワシらもそう信じていた。人類はそんな愚かな種族ではない、と。戦争など誰も望むはずはずはない、と。
確かに戦いは褒められたものではないが、戦わねばならん時があるのも事実なんじゃよ、お嬢さん。
そして、それは今しかない。今、動き出して戦う道を選ばなければ手遅れになり、コロニーは地球の植民地以外の何物でもなくなってしまうからだ。
それを説明するには、コロニーの歴史を語らねばなるまい・・・・・・」
そう言って一息ついてからドクターJが語り出したのは、今のアフターコロニーと呼ばれる世界が出来上がっていく流れの中で行われていた、今はもう忘れかけている者が多い歴史であった。
――宇宙世紀と呼ばれる異なる世界の地球圏とは違って、この世界のコロニーの歴史は技術者と労働者たちによって始まりを迎える。
地球環境の悪化と人口の増加、資源の減少・・・・・・。様々な要因によって地球での活動に限界を感じていた国家と企業は新たなるフロンティアの開拓に乗り出した。宇宙にである。
障害は大きかったが、アフターコロニー102年にはL1に最初のアルファ1コロニーを完成させる事に成功する。
一世紀以上の時間をかけて人類は宇宙空間に地球に似た環境を持った人工の世界を造り出すのに成功することが出来たのだ。
それ以降は4世紀半に亘ってコロニー建造ラッシュが起こり、現在のコロニー群が成立していったのである。
だが一方で、宇宙でコロニーが完成したのと同じ頃。地球上では国家間の紛争が続発するようになってしまっていた。
ただでさえ地下資源が乏しくなっていた地球上にある国々が、資源不足と貧困問題を解決するためコロニーを開発して更に疲弊し、疲弊した国力を解決するため内政としてコロニー開発を、外政としての対外戦争を同時に行うようになってしまったことが原因だった。
たとえ自国に侵略の意図を持たない自衛だけを標榜する国があったとしても、そこに資源があれば資源を欲する国が攻め込んでくる理由としては十分であり、攻め込まれれば対抗せざるを得なくなる。
なまじ地続きで繋がり合い、海で隔てられた距離も然したる障害になりえない時代となっていた地球上では、戦争を求める求めないに関係なく誰かが始めた戦争へ向かう流れに逆らって戻ることなど誰にも出来ない窮状へと追い込まれてしまっていたのだ。
そんな状況下で、地球全体の紛争問題を納めるためには調停者が必要だった。
全体の総意で決めた決定に「不服だから」と武力によって受け入れを拒否する国が現れた際、武力によって違反者を討伐して、全体の決定を受け入れざるを得なくなるだけの圧倒的な力を持った絶対者としての調停者が・・・・・・。
こうして、単独では紛争問題に対処できなくなった国々が手を組んで、『地球圏統一連合』が成立する土壌が耕されたのだ。
この点で、アフターコロニーの地球連合は、宇宙世紀の地球連邦と似た部分を持たない訳ではない。
だが地球連邦と地球連合には大きな違いと呼ぶべきところを有してもいた。
地球連邦が有力各国の政治家たちによって結ばれた統一政権だったのに対して、地球連合は各国の高級軍人たちが主導して愛国の情熱が求めるままに成立された統一政権だったことから、当初から軍国主義の気が強すぎたことが一つ。
今ひとつの違いは、この世界のコロニー群は地球圏統一連合が成立する“前”に造られ始めており、地球連合が造らせたものではない。という点である。
あるいはこの二つのうち、後者の方がアフターコロニー世界に動乱をもたらす一番の原因であったかもしれない。
この頃のコロニーは建造した国家や企業に所属することになっており、自分たちの属する国家が連合に加盟すれば自動的にコロニーも連合に所属することになっていた。
だが経済的にも安定し、自らの所属国に対する発言力も大きくなっていたコロニー群は独自にコロニー自治機構を発足させて地球からの干渉を排除しようと考えるようになっていた。
これに連合は反発した。地球上の紛争問題解決のため発足していた地球連合は、当初の目的をおおよそ達成して安定期に入る段階に達しつつあったからだ。
もともとが軍組織を母体として誕生していた連合は、武力によって解決すべき紛争がなければ存在意義を失ってしまう。
地球各国を統一するため、ひたすら軍備拡張を続けすぎてしまったことで、組織の縮小や人員の削減を誰も受け入れたがらなかったという事情もある。
連合はコロニーの独立運動を反乱と決めつけて武力で制圧し始める。
さらにはプロパガンダで、地球にとってコロニーが危険な存在であると喧伝し、いつしかコロニーが軌道上から地球を攻撃するなどという、当時のコロニー側が有する技術力では実現不可能な情報までもが広まってしまい大衆の間に定着までしてしまう。
そんな中、今から20年前にコロニー非武装論を説く指導者が現れる。
その名を《ヒイロ・ユイ》と言った――。
「ヒイロ・ユイ!?」
話を聞いていたリリーナは、思わず声を上げてしまう。
ドクターJは頷いて、話を続ける。
「我々コロニー生活者にとって彼の名は、すでに伝説となっておる。奴のコードネームも彼にあやかったものじゃ」
「コードネーム・・・・・・ヒイロ・ユイは彼の本名ではなく、コードネームだったのですね」
「そう。――だが、彼の主張が指示されたことでコロニー制圧の大義名分を失った連合との平和な時は、長く続かなかった。
ある組織にヒイロ・ユイは暗殺され、それによる混乱を収める治安維持の名目のもと、連合軍はコロニーを次々と制圧されてしまった。
それからはコロニー間の連絡は絶たれ、抵抗運動は連合軍にとって戦力増強の口実に利用された。今ではすでにコロニー住人で戦える者さえ少なくなりつつある・・・・・・」
ドクターJは言葉を切り、悔しげに吐息を漏らし、連合高官の娘として生まれ育ったリリーナには言葉がない。
それでも何か言おうと、彼女が口を開いた時、
「じゃが・・・・・・」
と、ドクターJの方が先に言葉を続けてリリーナを遮った。
「近年になってから、変化が生じつつある。“新たなる敵”が現れたのじゃ。
海賊の名を持った連中じゃが、連合ともOZとも異なる方法とはいえ侵略行為をおこなう意思があるのは間違いあるまい。
その名を、“ロナ家”と“クロスボーン・バンガード”―――」
「クロスボーン・・・バンガード・・・・・・」
リリーナは、その名を“再び聞かされ”たことで息を飲む。
父が死ぬ時に今際の際で、OZとともに彼らの名をハッキリと口にしていたことを彼女は覚えている。「気をつけろ」と。
「彼らが、何時どこから現れたのか誰も知らん。あれほどの規模を持つ組織でありながら、誕生までの経緯がまったくの謎に包まれており、誰も知ることが出来ぬままなのじゃよ。
ワシらとは異なる技術体系を持ち、OZと手を組んでOZの技術を貪欲に吸収し、二つの技術を掛け合わせ、今や彼ら独自の新技術まで生み出しそうな勢いで急速に成長を続け、今ではOZの背後にいるロームフェラ財団と共に連合内部の経済を分割支配して、コロニー経済にまで覇権の手を伸ばしつつある」
ドクターJの話を聞かされたリリーナは、目を丸くして驚きを露わにする。
信じられないという正直な思いが、そこにはあった。
それではまるでファンタジーの世界で描かれている、《異世界人》と呼ばれる人々そのものではないか、と。
「・・・・・・じゃが、奴らの厄介なところはコロニー住人に対して宥和の姿勢を取り、侵略するに当たって武力制圧の色が少ないことなのじゃ。コロニー住人の中にも彼らを支持する声は少ないものではない」
「? ・・・・・・それなら彼らのやっていることが侵略ではないのでは・・・」
「そうではない。奴らは確かにコロニー宥和のため企業経営をしておるが、明確な軍事組織であることに間違いはないからじゃ。
軍事力を持って出てきた者は、武力制圧しか考えることはない。奴らが本性を現して、自分たちに反対するコロニーを力で従わせるようになる前に、ワシらは彼らの危険性をも同時に世間へ訴えかけなければならんと思っておる」
「・・・・・・・・・」
その言葉を聞かされた時、リリーナのドクターJを見る瞳に、今までとは少しだけ異なる色が現れ始めたのは、この時が初めてのことだった。
前方を見据えたまま話を続けていたドクターJは、気付かなかった。
「今しかないんじゃよ。戦うべき時は、我々に戦える力と、コロニーが曲がりなりにも地球の支配下に組み込まれていない今戦わなければ、可能性は絶たれてしまう。
奴を送り出した日を、指導者ヒイロ・ユイが暗殺された日にしたのも、連合とコロニーの人々に当てたメッセージじゃった。
ヒイロ・ユイを暗殺し、地球圏に戦争を引き起こそうとする張本人たち。
ヒイロに狙わせておるのは、奴らとクロスボーンのみ。OZの全てと、そのバックにいるロームフェラ財団。そしてロナ家とクロスボーン・バンガード・・・・・・。
奴らが結託して統一連合を乗っ取り、地球圏を完全に独裁支配するために起こそうとしている大戦争は、地球の国々だけでなくコロニーをも巻き込んだ史上最大規模のものとなるじゃろう。それだけは何としても阻止せねばならん。
その計画を始める前に、彼らの野望を潰してしまわねばならぬのじゃ」
「でも・・・・・・」
リリーナは、そこでようやく声を挟んだ。
先程までの感情的な否定の言葉ではなく、十分に抑制がきいた理性的な声音はドクターJの意識を引いて話を止めさせるだけのナニカがあった。
「あなた方がガンダムを地球に送り込んだ理由が、OZとロームフェラの野望を阻止する為だったとしても、やはりコロニーの自主独立を連合に認めさせる力としても用いるのでしょう?」
リリーナから問われた、強くはないし鋭い声でもない質問を投げかけられ、
「・・・・・・」
ドクターJは黙り込んだ。
肯定した訳ではない。・・・だが、即座に否定することもない。
リリーナは静かな声で問いを続ける。
「あなたは話の最初で、『コロニーの平和のために』と仰いました。全人類の平和でもなければ、地球を含めた世界全ての平和でもありません。
また、OZとクロスボーンによる世界支配のための大戦争を止めるためという戦う目的が真実だったとしても、現在の連合に支配されている立場を維持したがっているとは思えない・・・・・・。
あなた方にとって、ガンダムを地球に送り込んだのはOZとロームフェラを打倒し、その力を見せつけられた連合がコロニー側との対等な関係を認めさせること。
――違いますか?」
「・・・・・・・・・・・・違わない」
長い時間を沈黙と共に置いた後、ドクターJはリリーナからの静かなる追求に不承不承、頷きを返した。
年甲斐もなく熱くなりすぎてしまったせいで、流石に言質を取らせすぎてしまった。今さら取り繕っても嘘くささが増すばかりだろう。
連合とOZ、そしてコロニーという二極化された世界の話として聞かされていたならば、おそらく自分は気付かなかった部分だろうとリリーナ自身も感じてはいた。
クロスボーン・バンガードという異分子が第三の勢力として、連合ともOZともコロニーとも異なる道を歩んでいると聞かされていたからこそ、ドクターの話に微妙な疑問点を感じることが可能になったのだった。
だからと言って、彼らに感謝する気にはなれなかった。自分の父だった人を殺した犯人の共犯者かもしれない相手を、どうして好きになることができるだろう。
「じゃが、それは仕方のないことでもあるんじゃよ。お嬢さん。
ワシらはコロニーを愛しておるし、そのコロニーが差別的な立場を甘んじざるを得なくなっておるのも、植民地として支配されてしまうのも断じて許す別けにはいかん。
だからと言って、今の連合が我々との関係を話し合いによって改善してくれるとも思えない。
世界支配をもくろむOZとクロスボーンの野望を阻止するため両者を潰すことで、連合にとって力の源であるロームフェラ財団をも同時に失われて、連合は大きく弱体化するじゃろう。
そしてOZに勝利したことで、統一連合はワシらの側にもガンダムという牙があることを知り、一方的に力で支配できる相手ではなくなっていることをも同時に知ることになる」
ドクターJは、今まで人に語ることが余りなかった具体的なガンダム降下による《オペレーション・メテオ》の軍事作戦としての作戦目標について、リリーナに語って聞かせていた。
「無論ワシらは、支配など望んでおらん。
だが、片方だけが大きすぎる力を持ち、もう片方に力のない状況では、対等な話し合いによる解決など不可能である以上、ワシらの側にも最低限の武力があることを示さざるをえない。
そうしてOZを倒すことで力を示して連合と交渉のテーブルにつかせ、最終的には地球からもコロニーからも全ての軍備を放棄させる。
そうなった時、初めて人類は全ての者が対等な立場に立って、話し合いで問題を解決していける状況が訪れることじゃろう」
「武器を持っていること、それ自体が平和を阻害する悪だと?」
「その通りじゃ」
大きく頷いて、ドクターJは断言する。
「殴られれば両手を挙げて降伏するしかない脆弱な相手から、対等な立場での話し合いによる解決を求められた時、一体どんな支配者が話し合いに応じてくれるというのじゃ?
弱者の詭弁と笑い飛ばし、力ずくで従わせてしまった方が楽だと、誰もが思うことじゃろう。
話し合いの結果に不満を感じた者が、その手にある銃を使って話し合いの結果を覆せてしまえる状況では、誰かが銃を手にしてしまった時点で平和は崩壊せざるを得ん。
そうなる危険を避けて、全ての人々が同じ立場で話し合いによって問題解決へと進んでいける世界とするには、全ての人々が自由意志によって全ての銃を世界中から消し去ってしまうより他にない」
「・・・・・・仰っている理屈は、わかりますが・・・」
リリーナは、釈然としないものを感じる部分はあるものの、大凡においてドクターの話に共感を覚えてもいた。
車の向かう先に空港が見えてきたこともあり、リリーナは自分が最も聞きたいと願っていた質問を、ドクターJに最後の質問として投げかける。
「でも、どうしてその役目がヒイロなのですか? あんな年端もいかない子供に・・・・・・なぜ彼にそこまでさせなければいけないんですか? もっと年上の大人の方が――」
「仕方あるまい。あいつはワシらコロニー居住者の気持ちの痛みを誰よりも分かってくれておるのじゃから」
――気持ちの痛み・・・・・・その言葉にリリーナは唇を噛んで黙り込み、相手もまた話を終えて沈黙することを選んだようだった。
やがて車は空港へと到着してドアが開き、車から降りたリリーナはドクターJと窓越しに最後のやり取りを交わし合う。
「ここなら、お嬢さんを無事に地球へ送り届けてくれるじゃろう。民間の宇宙港に姿を現せばOZの連中もクロスボーンも手は出せまい」
「色々と世話しくださって、ありがとう。ですが、どうして私まで助けてくれたのですか? 私がドーリアンの娘だから?」
「いいや。お嬢さんがヒイロと同じ目をしていたからじゃよ。純粋な優しい瞳じゃ。あいつは本当は優しい、いい子なんじゃよ」
「ええ。そのことは私もよく知っています」
一瞬だけ見た、戸惑いともいえる瞳を思い出し、痛ましさををも同時に感じつつ、リリーナは呟き返していた。
「もうヒイロは誰にも止められん。死にたくなければ近づかないことじゃ」
「・・・・・・」
ドクターJは物騒なセリフを言い残すと車を発車させ、リリーナは相手からの忠告に拒否はしなかったが、了承する意思も帰すことなく無言で見送る。
その後、彼女は宇宙港に入って地球へ向かうシャトルに乗ると、機上の人になった。
窓越しに蒼く淡く輝いている地球が見えてくる中で、様々な感情や出来事が頭の中を駆け巡っては消えていき―――やがて一つの言葉を心の中で思い浮かべることになる。
“コロニー居住者の気持ちの痛みを分かってくれているから―――”
・・・今までなら、「気持ちの痛み」という言葉を聞かされたなら、ただ傷ましさと切なさで胸が強く痛むだけだったかもしれないけれど・・・・・・父だと信じていた人を殺された記憶を忘れることができていない今の彼女には、ただ素直に痛々しい思いで同情することは出来そうにない―――。
「“ヒイロはコロニー居住者の気持ちの痛みを分かってくれているから仕方がない”・・・・・・確かに、そうなのかもしれません・・・・・・でも。
“気持ちの痛みを分かってくれる”とは、愛する人を奪われて深く傷つけられた気持ちを癒やすため、仇討ちという名の復讐を求める気持ちということでもないでしょうか・・・?」
つぶやいても、リリーナには分からない。
ただ、もしそうだった時。
ヒイロが抱かされた気持ちの痛みを癒やしてあげるため、自分にはなにが出来るのだろう? なにか彼の為にしてあげれることはあるのだろうか?
・・・・・・やはり今のリリーナには、分かりそうにない・・・・・・。
つづく