いるかいないかは存じませんが、マユちゃんファンの方は見ない方がいい内容になってますので、お気を付けを。
――哲学者に言わせると、『物事に偶然はなく、全ては必然によって成り立っているのだ』という。
だとしたら、遺伝子調整された新たな人類《コーディネイター》と、今までと同じく自然に生まれた人類《ナチュラル》とが互いの勢力に別れて争い合った戦争の勃発も、必然的な理由があったからこそ起きた結果であったと考えるべきなのだろう。
コーディネイターは、受精卵の段階から遺伝子調整をうけて、知力、体力、容姿など遺伝的特質を最大限に高めて我が子を誕生させることを可能にした、まさに夢の新人類として生み出された種族だ。
だが、それ故に従来の能力しか持たずに生まれてきた普通の人々、遺伝子調整されていない人類《ナチュラル》からは排斥され、やがて両者の対立が決定的に深まる事件が勃発。
こうしてナチュラルたちが住み続ける地球と、コーディネイターたちが宇宙に築いた新たな古里スペースコロニー群《プラント》との間で戦争が始まって、その混乱は未だ終息の時を見ていない。
・・・・・・という事になっているのが、世間に広く流布する、この戦争の成り立ちである。
が、この戦争の原因は、そういった違いに基づく非合理的な感情論だけではなく、おそらく別のところにある。
――この頃の地球上には、それまでの時代に存在し続けた主権国家群が消滅して、各地に地域ごとの統一政権が誕生する時代になっていた。
地下資源の激減によって奪い合いを許容できる余裕が、地球という名の惑星から消滅してしまっていたからだ。
残された資源を『奪い合い』ではなく『分配する』必要性が生じた国家群は、相手に受け入れさせるための背景として強大な武力を必要とせざるを得なくなる。こうして現在の世界新秩序が生まれ直す流れができあがる。
要するに、この頃の地球は有り体に言って『ビンボウ惑星』に成り下がっていたのである。
このような時代に《ファースト・コーディネイター》と称される『ジョージ・グレン』が、自らの出自を『遺伝子調整で生まれた自然ではない人間』と明かした上で、『コーディネイター製造マニュアル』を世界各地に無料で転送させた。
だが、作り方さえ分かれば、誰でも簡単に遺伝子調整ができるという訳ではない。
初期型のコーディネイター手術は、至って高価だった。
新設される専用の設備、スタッフの育成、技術に習熟した施術師と未熟者・・・・・・。
我が子をコーディネイターとする夢が叶えられる者は、一部の資産家たちと手術関係者のみに許された特権だったのだ。
・・・・・・結局のところ、この二つの種族の戦いもまた、『金で夢を叶えた金持ちの子孫』を『金がないから貧乏なままの子孫』が妬み憎しみを受け継いできた結果。
『金銭』に基づく対立の一環でしかないのが実情だったのかもしれない。
だが、どんな理由の戦争だろうと、始まってしまえば始めた理由はどーでもよくなる。
どんな理由であろうと、家族を殺された者は殺した者を恨んで、殺した者達の仲間を殺す。自分が殺していない『仲間への恨み』で『家族を殺された者』は、殺した敵を恨んで憎んで『仲間を殺した敵の仲間を殺す』・・・・・・その繰り返し。
規模が広がり、巻き込まれて殺されただけの者が増えれば恨みも増える。
『お前らの仲間がやった行為だから同罪だ』という理屈によって、互いに互いの仲間たちを殺し続けて恨みと憎しみを増殖させ続ける・・・・・・それが戦争が『続く時のシステム』
そして―――そんな戦争のあり方を体現している少年が、今その場所には存在して、出会いの時を迎えようとしていた・・・・・・
――こんなに沢山の街の人を見るのは、久しぶりかもしれない。
周囲の人並みと町並みを見渡しながら、シン・アスカはそう思った。
コチラに来る以前には見慣れていた光景だったが、コチラへと移ってから今日までは忙しさにかまけて中々ショッピングを楽しもうという余裕が持てなかった。だが、これからはそれも変わるのだろう。
今までの努力が認められ、自分にも『守るための力』が与えられて明日の式典では主役の一端を飾れる立場に今日ではなっている。
(――今の俺は力を手に入れた。もう、あの時と同じ無力な子供とは違うのだから)
そう思い、そう感じ、目の前に映る平和な町並みと人々を守れる“強さ”を手に入れたことを確信してシンは、心の中で深い満足感に包まれる。
「おーい、シン。何もたもたしてんだよ? 置いていくぞー?」
「え? あ、ちょっ、ちょっと待てよヨウラン!」
そんな彼に、数歩先を歩いていたはずの友人から声が聞こえてきて、それが思ったより遠くの位置からだったのに気づいた彼は慌てて足を速めて後を追う。
「まったく、何やってんだよシン。ボーッと街の景色なんか眺めて、なに? 式典で披露するバカを演出する練習でもしてたの?」
「しないし、やらないだろうが、そんな演出。やりたいんだったらお前がやれよお前が、バカをさ」
「ははッ、謹んで遠慮しとく」
肩をすくめながら返答してくる友人も、今日はいつもより開放的な気分になっている様子だった。それも当然だろうと思う。
何しろ自分たちの世代にとっては久しぶりの式典であり、しかも式典の内容は自分たちの努力と成果が祝福される形でおこなわれるのだから、セレモニーの主役でなくとも役者の一人を担う自分たちが浮かれ騒ぐ気分になるぐらいは許されていい・・・そう思う。
(そうだ・・・ようやく俺は“力”を手に入れることができたんだ。
もう二度と、あの時と同じ目の前で家族を殺されるまま、何もできずに座り込んでいた無力な自分に戻ることだけは絶対にない)
シン・アスカは2年前の大戦末期、連合軍艦隊によって征服されたオーブ連合首長国からプラントへと亡命してきたコーディネイターの少年だ。
同じ境遇へと追いやられ、同じ道を選んだ者はそれなりの数存在していたが、彼らの多くは異国にやって来た『敵国人と同じ種族』の難民として、技術者として貢献するか軍に志願するかの2つの道のどちらかを選び、新たな生活基盤を築く糧として今日にいたっている。
シンの場合は、後者の道を選んだ。
地球生まれではあるが、コーディネイターとして誕生している出生を活かしたいと思ったからでもあるが、“あの時の経験”が影響した結果でもある。
あの時・・・オーブが連合によって戦火に巻き込まれ、逃げ惑う自分の家族に向かって放たれた誰が撃ったかも解らぬ一弾――それが彼らを二度と会えない場所と姿へと隔てさせた、あの悲劇を繰り返させないために・・・・・・。
その思いと記憶がシンにはある。
あの時のオーブが『中立という国の理念』は守っても、『自分たちの家族』は守ってくれなかった事実を胸に深く刻みつけられながら。
――その時のオーブ国が、自分たち家族の悲劇を起こさせぬため『降伏する・条件をのむ』という選択肢を選んでいたとき、隣に並ぶ友人は『家族を守るために殺すべき敵』となっていたIFの可能性について、今のシンは考えていない。
そういうタイプの思考法をする少年ではないのだ。
彼はただ真っ直ぐで、純粋で・・・・・・それ故に、一度選んだ道や信じたものを容易には変えられない性格の持ち主。
そんな彼が過去を振り返って、これから変えられるようになった未来に思いを馳せる気分になっていたからこそだったのだろう。そうに違いない。
「・・・え・・・?」
――その光景を、見てしまった気がしたのは。
―――その姿が、見えてしまった気がしたのは。
きっと―――そんな気分が、気を紛らわせてしまったから。只それだけの錯覚に決まっているのだから。
けど・・・だけど・・・・・・
「マ・・・ユ・・・・・・?」
その少女の横顔を、確かに見て気がしてしまった事だけは、紛れもない真実だった。
見えた気がした。見えた少女は、マユの顔を・・・妹の顔を・・・・・・『死んでしまった自分の妹』と全く同じに見えた顔を持つ少女が、通りの遠く人混みの中を進んでいく姿としてハッキリと――。
「ん? どうかしたかシン。知り合いでもいた――」
「悪い! ヨウラン! この荷物とあと頼むッ!!」
「って、えぇぇ!? ちょ、待っ、お、オイ! 待てよシンってば、オイ!?」
見えたと感じたときには、既にシンの身体は動き始める準備を終えている。
買ったばかりの品物が詰まった紙袋をヨウランへと投げ渡し、行き交う人並みの中を目標値点まで障害とぶつからずに最高速度で到達できるルートと速度と到着スケジュールを瞬時に組み立て、頭の中で無意識レベルで構築して実行に移させる。
コーディネイター特有の優秀な肉体と頭脳をもってこそのハイスピード歩行。普通に生まれたナチュラルたちでは不可能なレベルの思考活動を可能にした故でのもの。
それらの挙動は、まさに遺伝子調整で生み出された新人類と呼ばれるに相応しいものであったが、その心の内側は千々に乱れて整合性がとれる状態ではまるでない。
(まさか! まさか、そんな―――まさかッ!?)
そんな単語ばかりが頭の中で駆け巡ってはリフレインし続ける、その繰り返し。
あり得ない、と頭の中では解っている。錯覚か幻覚に違いない、そう戒める理性的な警告も頭の中では点滅し続けてもいる。
それでも尚、訳も分からぬままに、理由も決めないままに、ただ追いかけるため走っているだけだったのが今のシンだったからかもしれない。
「なっ!? う、うわぁッ!?」
「・・・・・・え?」
――突然、進路上の横にある通りの影から、金髪でドレス姿をした女の子が、クルクル回って踊るように飛び出してくる・・・・・・などという現実離れした出来事が予想外すぎて、驚愕させられる羽目になったのは。
あまりにも非現実的で突然で、自分の思考が纏まらぬまま走り続けていたシンに、衝突を回避するため足を止めて彼女を優しく抱きとめる以上の方法を思いつかなくことは不可能だった。追跡を優先するためよけるという選択肢を頭に思いつかせる精神的余裕は残っていなかったようである。
「――っと、君。大丈夫だった?」
「・・・・・・だれ・・・?」
年頃の少女を、同い年ぐらいの少年が背後から覆い被さるように抱きしめる――あるいは周囲から見ると問題のある体勢として映っていたかもしれない状況ではあったものの、当人達としては特に下心はなく純粋に相手を気遣ってシンは言葉を投げかけて、相手の少女には利害打算で考えて動ける機能が“制限”されてしまっていた。
見ると、思わずドキリとさせられてしまうほど綺麗な少女だった。鼻先をフッと甘い匂いがくすぐってくる。
柔らかそうな金髪、愛らしい顔立ち。
白色と水色を基調とした爽やかな印象のドレスを纏っていたこともあり、シンは彼女に『妖精のような雰囲気の女の子』という感想を反射的に抱かされる。
(――まるで、おとぎ話に出てくるお姫様みたいな子だ・・・)
そうまで思う。
相手の少女も自分を見上げ、深いすみれ色の瞳と、シンの燃えるような真紅の瞳が見つめ合い、しばらくの時間が沈黙だけで過ぎていって、そして。
「―――っ」
突如として、茫洋としていた少女の無表情が一変し、鋭い目つきでシンのことを睨みつけると、素早い動作で彼の手を振り払ってすごい早さで通りの中へと駆け去って行く。
「な、なんなんだよ、一体・・・俺だって急いでたのを、わざわざ止まってあげたのに・・・」
相手の理不尽に思える対応に怒りを感じて、思わず愚痴るように呟く。
こちらも前方不注意だったことは認めるが、よそ見しながら通りを飛び出してきたのは相手の方なのに、礼の一つも言わず睨むだけで逃げるように去って行く。
まるで自分が悪者にでもなったかのような終わり方に、シンとしては文句の一つも言いたくなったが・・・・・・ただ物事には別の側面というものがあり、別の角度から目撃していた他者がいる場合も時にはある。
「・・・・・・胸、掴んでたな? お前。さっきのこの胸を後ろから、ムニッと」
「うわ!? ヨウラン! いつの間に――って、え!? む、胸ぇッ!?」
ニュッと脇から顔を出してきながら友人に告げられた指摘によって、シンはようやく先ほど手の平の内側に感じられていた、妙に柔らかな感触の正体が何であったのかを察して愕然として驚愕させられる。
「い、いや違・・・っ!? 焦ってたし急いでたから分からなかっただけで・・・だから!」
「気づかなかったからノーカンですって? はっ、このむっつりスケベが」
「だから違う! そーじゃないって! おいヨウランッ!?」
野卑て冗談めかした笑顔を浮かべながら、わざとらしい笑い声とともに来た道を戻っていく友人を追って、シンもまた来た道を走りながら自己弁護を展開し――そんな普段通りの日常に埋没することで、“先ほどの衝撃”が段々と自分の中で薄れていくのを実感させられる。
(気のせい・・・だったんだよな。一瞬見た気がしただけで、俺の見間違いだったかもしれない。マユに今日の景色を見せてやりたいと思ってたから幻覚を見た――それだけだ、きっと。おそらく、絶対に)
言い聞かせるようにシンは、己の心の中で己自身の心に、そう語る。
それは『本当にそうであって欲しい』という願望と、『やはり夢は夢だった・・・』と分かることで蘇る過去の古傷の痛みを恐れる恐怖心とが複雑に絡み合った結果としての言動だったのだが・・・・・・・・・少なくとも、この時点でシン・アスカが彼女と『再会』する機会が訪れることは遂になかった。
それが今後の展開に良い結果をもたらす結果であったのか、あるいは破滅をもたらす使者を素通りさせてしまっただけなのか・・・・・・今の時点で知れる者は誰も生者の中にはいない。
「あれは《ZGMF-1000》――現在のザフト軍では主力になっている機体で、これは『ザク・ウォーリア』と呼ばれるタイプです。
ニューミレニアムシリーズとしてロールアウトした我が軍の最新鋭量産機ですが、姫はまだご存じありませんでしょう? だからこそお見せしておきたかった」
アーモリーワンの工廠内をデュランダル直々に先導されて案内されながら、彼の後についていくオーブ国からの客人2人、カガリとアスランは唖然とさせられて声もなかった。
申し込んでいた会見の目的である要請の途中で、なんらかの報告が議長のもとにもたらされた後、話の途中だったにも関わらずデュランダルは急に工廠を案内すると言って彼らをここへ連れてきていた。
当初は相手の目的が分からぬまま、曖昧な表情と態度で追従していたカガリたちだったが、見せつけられたザフト軍の新主力機をはじめとする兵器群を前にして、デュランタルがなにを伝えたがって自分たちを連れてきたのか朧気ながら理解できるような気がしてくる。
そして理解したことによって、表情を歪めずにはいられない。
(明らかに俺がいた頃より、ザフト軍の軍備が増強されすぎている・・・っ)
アスランは、かつての古巣であるザフト軍の工廠内を見渡しながら、心の中でそう結論せずにはいられなかった。
《ZGNF-1017ジン》や《ZGMF-515シグー》は、自分が現役だった頃から存在していた機体で、目に見えて変化した点は見られないもののモビルスーツ開発初期の代物であって、既に老朽化したレシプロ機と言っていい存在である。
だが、自分が軍を去った頃には最新鋭機だった《ZGMF-600ゲイツ》には新装備に換装され、どうやら戦車タイプにも変形可能な機体は形状から見て《ザウート》の次世代機として新たに開発された可変MSなのだろう。
自分がまだ軍にいた頃より、ザフトが有する兵器の質が遙かに向上していることを、アスランもカガリも認識しない訳にはいかない進歩スピードの速さであった。
まだ戦争終結から2年も経っていないというのに、1年近くかかった先の大戦中に進められた新兵器MSの進歩を一足飛びで実現したような、この出来映え。
その時代限界を超えたような、唐突すぎる兵器性能の向上にはアスランにも覚えがあった。
《GATーX105ストライク》
自分と親友が再会する切っ掛けにもなった、当時はまだMSを持つことすら出来なかった連合軍にオーブが肩入れしたことで実現した連合初のMS群《Xナンバーシリーズ》
それらと同じ匂いが、この工廠内に満たされた新兵器群からは感じ取れる。
「姫は先の戦争でも自らモビルスーツに乗って戦われた勇敢なお方だ。また最後まで連合の圧力に屈せず自国の理念を貫かれた亡きウズミ様の後継者でもいらっしゃる。
ならば今の世界情勢にあって、我々がどうあるべきか。あるいは、何をせざるを得ないか。
・・・・・・そのことは良くお分かりのはずです。『オーブの獅子』のご息女たる姫ならば」
「・・・・・・・・・」
その言い方でカガリもまた、相手の言いたがっている主張を察して不快そうに唇を「へ」の字に曲げる。
言われるまでもなく、彼女にも解りきっていることではあったが、こうして目に見えて分かりやすく示されては不快にもなる。
「――世界がどうあろうと我らは、ただ自国の理念を守り抜く。それだけだ」
「“他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない”・・・ですな?」
「そうだ」
「素晴らしい理念だと思われます。我らも無論それは同じでもある。そうあれるのが一番よい」
真っ直ぐ前を向いて歩みを進めたまま、視線を返さず頷きだけで返事としてくるカガリの反応に、デュランダルはいっそ尊重なほどに真摯な態度で一礼して見せた後、
「ですが、どのような手段でそれを実現されるおつもりなのでしょう?
理念を貫くための方策として、具体的なプランは策定できていないのではありませんか」
ハッキリと声に出して指摘され、カガリとしては相手を「キッ!」と睨みつけはするものの、それ以上のことは何もできる訳もない、今の自分が置かれた無力な現状を認識して肩を落とすしかない。
「今、ご覧いただいた通り、我が軍の最新鋭機には確かに、先の大戦でプラントへと渡ってきた旧オーブの技術者たちが大きく貢献した結果であるのは事実です。
――ですが無論、それだけの事でもある。難民として亡命してきた人たちが新たな生きる糧を得るため、自身が持てる知恵と力を活かしただけで、それは個々人の問題でしかない。
大西洋連邦が言うような、我々プラントに対して“オーブ国が条約違反の軍事供与をしている”・・・・・・などという事実はどこにも、プラント中を探しても存在していることはない。そうでしょう? 姫」
「・・・・・・・・・」
カガリは相手からの言葉に、ただ沈黙を返すだけ。
実際デュランダルの言う通り、案内された工廠を見渡した限りでは『オーブ国の軍事技術』は転用されているのは明らかだったが、オーブ政府が国として保有している『国営軍需企業モルゲンレーテ独自の秘匿技術』がザフト側に流れている形跡はまったく見当たらない。
せいぜいが既存技術の大幅な性能向上を図ったという程度のもので、先の大戦時にオーブの閣僚が独断で連合に与した際に用いられた《フェイズシフト装甲》や《ミラージュ・コロイド》といった次世代の強力な最新技術などが、現在のザフト兵器群からは見出すことはできなかった。
それだけなら、オーブが密かにプラントと結託してまで開発するほどの意味がなければ、価値もない。
にも関わらず、大西洋連邦はオーブに対して『プラントへの軍事供与をやめろ』と強く要求してきている。
求められている要求自体が事実無根なのだから、完全に言い掛かりとしか評しようがないのが大西洋連邦からの要求内容。それはカガリが今、自身の目で確認したことで解りきっている。
・・・・・・だが、それが分かっていて尚、オーブからの要求をプラントに受け入れてくれるよう求めるしかないのが、今のカガリと国が置かれた立場なのだと自覚させられることは、決して愉快なことではない・・・・・・。
現実問題としてカガリにも、自分がデュランダルに求めている要求が容れられたところで、特に意味はないだろう事実を薄々わかってはいるのだ。
あくまで大西洋連邦は、『言い掛かり』でオーブに圧力をかけてきている。
根拠が『言い掛かり』だとハッキリしているのだから、どれほど証拠付きで間違いを証明したところで、『否定のための言い掛かり』で第二ラウンドがはじまるだけのこと。最初から相手は真実も事実も求める気持ちは微塵もない。
相手はただ、『服従』だけを求めている。
古代の暴君さながらに、Yes.かNo.のどちらかを選ぶことのみを迫られているのが現状のオーブであって、ここでカガリが技術者たちを連れ帰ったところで相手から要求が撤回されるとは正直思えない自分がいる。
やるだけ無駄だと、頭の中では分かってはいる。
だが、それをやる以外に『今できること』が何も思いつかないまま、その時その時の状況ごとの対処療法を続けることしか、今のカガリには何も自分ができることを思いつくことができない状態になって久しい。
どうにかしなければいけない。
――だが、どうすればいいのか全く分からない・・・・・・それが今のカガリの心境。
デュランダルの言う通り、国の理念を貫くための『具体的なプラン』を考えつくことができていない今のカガリには、ただ流れに飲み込まれ、必死に出足をバタつかせて溺れないよう足掻くしか出来ない。
安全な陸地を見つけて泳ぎ着ける方策が見つからないまま、ただ時間稼ぎに徹する以外にはない存在。・・・それが、今の自分自身・・・。
「――っだが! 強すぎる力は、また争いを呼ぶッ!!」
自らを縛り付ける呪縛の重みに耐えきれなくなったかのように、カガリは急に激しく身体を動かして前に出て、強い口調と激しい表情でデュランダルに向かって訴えかける。
その時だった。
カガリの言葉に穏やかな笑みを浮かべたまま、デュランダルが反応しようと口を開こうとした、その瞬間。
「――? 警報・・・?」
「なんだッ!?」
ウ――ッ!と。
突如として耳障りな警報が、アーモリワンの工廠内に響き渡り、兵士たちの鼓膜と意識をもれなく刺激する。
やがて驚き慌てて、持ち場へと走り出すザフト兵士たちの目と耳と心に、爆発音とビーム光。そして・・・ズシンズシンと腹に響く機械音が聞こえてくる。
血臭が鼻を焼いて、内蔵の飛び出た同僚の赤さが網膜を焼く。
その中を、爆炎と煙と兵士たちが垂れ流す赤い血をかき分けながら―――三体の鋼鉄の巨人たちがカガリたちの前に偉容を現す。
「ば、馬鹿な・・・《カオス》《アビス》《ガイア》だと・・・?
いったい誰が乗っていると言うんだ!? 存在すら知られてないはずなのに!」
ハンガーから姿を現した3体の巨人たちを見て、ザフト兵の誰かが悲鳴じみた声で叫ぶのがアスランに聞こえた。
今日の式典でお披露目する予定だったのか、それともユニウス条約で制定されている『MS保有数の上限』を誤魔化すための偽装が施されている機体だった故なのか。
そこまでは今のアスランに知れるところではなかったが、その『機密性の高さ』によって脅威を呼び込んでしまう結果となってしまったことは確実だった。
自らが収まっていたハンガーの扉をビームで貫き爆発四散させ、黒くシャープな形状の機体は空中に飛び上がると《バクゥ》のような四足獣型へと変形し、地を疾駆しながら別のハンガーへと発砲して破壊し始め。
背面に筒型の兵装ポッドを背負ったモスグリーンの機体は、式典用装備で並べられていた《ジン》たちにミサイルの雨を降り注がせ。
両肩を覆う甲羅のようなシールドから二門の砲を突き出しているブルーの機体は、別のハンガーへと発砲して火の海へと変えていく。
――アスランには、その光景に見覚えがあった。
2年前に終わった大戦の最中、連合と結託したオーブ国が地球軍用のMSを開発したという情報をキャッチした自分たちは、飛び地のコロニー『ヘリオポリス』を襲撃して完成した直後で無人だった新型機を強奪して自軍の戦力として取り込んだ過去がある。
いま現在の光景は、その時の出来事を想起させる。
当時とは状況が違うとはいえ、『敵の戦力』を奪って『自軍の戦力』へと変えてしまう手法は古来から続く伝統的な兵法の一つ。
まして『公式な登録前の新型MS』という存在は、公には『存在していなかった』という解釈すら可能な状態。
ザフト軍が開発して『所属不明の反乱勢力』に強奪された機体が、どこの誰にどのように扱われようと、連合軍は知らぬ存ぜぬを決め込むだけで済む話にできてしまえる。
未発表の新型機という存在を、ヘリオポリスの時と同様に情報がリークされたことで『敵』の欲望を刺激してしまった結果こそ、おそらく現状の景色だったのだろう。
アスランとしては何十の意味でも苦々しいが、今はその怒りをぶつけるべき時ではない。
「議長! お早くシェルターへ避難を・・・っ」
「そんな事ができるか!? まだ状況すら掴めんと言うのにッ、ミネルバはどうしている!? 迎撃は!?
――いや、それより今は早く、姫をシェルターへ! オーブからのゲストを巻き込んで負傷させてしまうだけでも国の恥は免れんぞッ!!」
「し、承知しました。早速にッ!」
慌てふためく護衛たちの悲鳴じみた声に、デュランダルが落ち着きを取り戻すよう叱責しながら的確な指示を下していく声が響いてきて、視線を向ける。
シェルターは隔離された密閉空間で安全面は確実だが、外部の状況がまるで掴めなくなり、迅速な対応指示をだすのは不可能に近い。
同盟国でありオーブの代表を、自国内の不祥事で死傷させてしまっては『ホスト側』として面目が立たず、『同じ地球の一国』という立場を理由に連合から介入する口実を与えるだけ。
流石と言うべきか、議長の判断は的確であり冷静沈着だった。どちらが護衛か分からぬほどで、アスランとしては思わず彼がいる方を見直してしまったが―――その時だった。
――ギラリ、と。
彼らの側近くにあったハンガーの屋根付近に、ナニカが照明の光を受けてわずかに輝きを発したように見えたのだ。
思わず顔を上げて上方を見上げた彼は、壁に開いていた空洞からナニカが飛び出し、落下していく光景を視界に納めたように脳機能が感じていた瞬間には。
アスランの身体は全速力で、デュランダル議長の方へと無自覚の内に走り出してしまっていた。
その勢いと速さは尋常なものではなく、
「貴様!なにを・・・!?」
と異変を察知していない護衛の兵士たちが走り寄ってくるオーブ代表のボディガードに銃口を向けてしまったのも無理からぬ事でもありはするほどに。
しかし。・・・・・・それが彼らに致命的な不幸をもたらすことになる。
「――シャっ!」
彼らの頭上から落下してきた小さな影が、獣じみた威嚇のような唸り声を上げるのが聞こえる。
着地よりも、わずかに発声のタイミングを遅く発した威嚇の声だった。
わざと獲物に自分の接近を知らせながら、聞いてから動く者の判断を狂わせて対応を誤らせる高等暗殺術の一種。
そのことを彼は無論、知っている訳ではなかったが、議長の護衛についていたザフト兵たちが『威嚇の声』という『音』に誘導されて、すぐ後ろに降り立ってしまった後になっている刺客への対応を致命的に間違えてしまう光景を間近で見せられ、いま知ることとなる。
「な、なにッ!? コイツなん――」
「―――っ」
驚き慌てて、肩から提げていた自動小銃の銃口を相手に向け直して引き金を引いた彼らだったが、距離を詰められすぎた状況下でサブマシンガンは長物すぎた。
発砲する瞬間、銃身の横に腕を伸ばされ掴まれて、無理矢理に変えられてしまった射線の先にいた同僚の兵士たちを、味方でありながら撃ち殺してしまったことに気付いて唖然とし、意識に一瞬の隙を生じてしまった兵士は袖口から飛び出した刃で、足の膝と脛を切りつけられて、痛みの余り上半身を前に倒してしまったことで・・・・・・頸動脈を断ち切られて果てることになる。
・・・・・・恐ろしく手際のいい、白兵戦闘技術の持ち主だった。
よく映画では、ターゲット殺害を最優先とする余り、不確定要素となりうる護衛兵たちを無力化しただけで前へ進んでしまい、結果として予想外の事態に失敗させられるものだが、プロの暗殺者たちは不確定要素の排除を徹底してから目標の殺害に従事しやすい。
守るべき護衛がいなくなった状態でなら、ターゲットの生殺与奪は思いのままにできるからだ。
今のデュランダルが、まさにそういう立場に置かれたVIPだった。
国の最高権力者が、正体不明の暗殺者の前で立ち尽くし、守るべき兵も盾となるべき側近の官僚さえもいない中、孤立無援で刺客の刃から自らの身を守りきらねばならなくない、追い詰められた現状。
ただ、この刺客にも予想していなかった部分はある。
まさかデュランダルと一緒に歩いていた地球国家のオーブ代表を守るべきボディガードの種族が『コーディネイター』で、ザフト軍士官アカデミーで主席の地位を奪い合った若き白服の艦隊司令と同期生だったという、異色の経歴の持ち主だった―――などというのは、戦後に軍へ入った“彼女”の世代には予測しようのない話。
「はぁぁぁぁぁぁッ!!!」
「――えッ!? きゃあッ!!」
雄叫びを上げて全力タックルで身体ごとぶつかってきたアスランの行動は、確かに相手の意表を突いて攻撃の手を止める効果があった。
意外に可愛らしい声で悲鳴を上げた相手としては、倒した敵兵から奪って持ち替えた銃が武器として役立たないレンジからの攻撃に、舌打ちしたい思いに駆られずにはいられない。
(折角コレでようやく、雑貨店で購入しただけの『果物ナイフ』から得物を取り替えられたところだったのに! ボディチェックに引っかからないよう我慢してあげたのに!)
相手には聞こえようもない声で、相手にとっては理不尽としか解釈しようのない怒りの声を、心の中だけで盛大に罵倒して―――体勢を立て直す。
「――ふッ!!」
「~~~~ッ!!」
気合いの声と共に、腹に力を入れた相手にアスランもまた身構えようとして活を入れ、
「裟ァッ!!」
ズドドドドドッ!!――と、凄まじい速度と威力の乱打をモロに受けさせられ、一瞬にして意識が遠ざかりそうになる。
「が・・・、は・・・・・・っ・・・」
「!! アスランっ!?」
一瞬にして刈り取られ欠けた意識で、網膜がわずかに曇ったように見えたほど。
自分を案じて声を上げてくれたオーブ代表カガリの声が、やけに遠い。
――恐ろしく身体能力の高い刺客だった。とても人間業とは思えないほどに。
最初にハンガーの屋根近くから飛び降りた直後に、平然と戦闘を開始した時点で普通の人間でないことだけは分かっていたものの、ここまでとは一体誰が予測できただろう。
明らかに敵は、コーディネイターの限界すらも超えた身体能力を有しているようにアスランには見えていた。
もしかしたらスーパーコーディネイターに・・・・・・自分の親友が本気を出したときに匹敵するほどの能力が、この敵は持っているのかも知れない程に。
だが・・・仮にそうだとしても、今この場に親友はいない。
彼女を守れる位置に今いるのは自分だけなのだ。・・・たとえ親友に生まれ持った能力では及ばなくとも、経験と訓練で近いことぐらいは出来るようになった自信が、今の自分には―――ある!!
「う・・・あ・・・・・・ああああああァァッ!!!」
「なにッ! コイツ――うッ!?」
震える身体を無理矢理動かそうと獣じみた雄叫びを上げてアスランは、至近距離にあった相手の腹に蹴りを叩き込んで距離を開け、その隙に右手で抜いた拳銃を全力で―――相手に向かって投げつける。
てっきり撃ってくるものだと思っていた相手は、顔面めがけて飛んでくる鉄の塊から視界を守ろうと予定にない防御姿勢を取らされて、それによって生じた時間でアスランは守るべき対象の2人、カガリとデュランダルを連れて遮蔽物の角まで後退させる。
近距離からの発砲で狙ってくるのは大抵が、当たり判定の大きい腹部であり、少女もそれを見越して発砲する寸前に回避して急速接近の末に討ち取る流れを想定した。
“人間が相手”であれば必殺の武器たり得る拳銃も、“人間外のバケモノ”になった今の自分に対しては必ずしもそうとは限らず、むしろ腕を伸ばし切った状態での直線軌道しか使えぬ鉄の塊はナマクラに等しい屑鉄になりかねない。
そう変えてやるつもりで既に動き出す準備を終えていた彼女だったが、相手は自分が移動する予定だった、相手から見て右側面を回り込もうとする動きを先読みして獲物を投げつけてきた後になっており、咄嗟に身体が動いてしまっていた状態の今からでは急制動はかけられない。
弧を描きながら飛翔して敵を斬りつける、変則的な投擲武装《パッセル・ビームブーメラン》を装備した高性能MS《ジャスティス》の扱いに習熟していたアスランだからこそ可能になった目くらましの迎撃方法。
所詮は一時しのぎに過ぎなかったが、今は時間稼ぎこそが重要であることをボディガードとしての職務の中でアスランは熟知していた。
――時期に議長を探して応援が駆けつけてくれるはず! その時まで持ち堪えられば・・・!!
そう考えて一時後退を選んだアスランだったが、このときは状況が彼に味方し、時が幸運となって駆けつけてくれる事になる。
奪われた機体の迎撃に出た味方MSの一機が撃墜され、彼らがいた場所の近くにあるハンガーに落下してから爆発四散し、その爆風が建物同士の間を縫うようにして通路の中を駆け巡り、彼らのいる一角まで吹き付けてきたのは、その瞬間のことだったからだ。
「アスラン!? おい、アスラン!!」
「――うっ!? か、カガリ・・・! ・・・大丈夫だ・・・」
たまたま遮蔽物の影に隠れた瞬間に、敵のいるままだった通路を爆風が吹き抜けてくれて九死に一生を得ることが出来たようだった。
幸いにも、カガリだけでなくデュランダル議長もかすり傷程度で無事なようだ。
「議長も・・・無事なご様子で安心しました・・・・・・」
「いや、君が敵の刺客から守ってくれたからこそだ。おかげで助かった、礼を言わせてもらう。できれば一刻も早く傷の手当てをしてやりたいのは山々ではあるだが、この状況では・・・」
「わかって・・・います・・・・・・」
うめき声とも返事ともつかぬ声で返しながらアスランの目は周囲に向けられ、ナニカ移動手段になりそうなものはないかと視界を動かし続け―――ふと、破損したハンガーの一角に埋もれかかっている“ソレ”を見つける。
「議長・・・アレは・・・・・・あの機体は・・・」
「ん? おお、アレはっ」
言われて目をやった議長も気付いて、目と顔を輝かせる。
――元々リスクを承知で自ら足を運んでいた今回のセレモニーだったが、流石にアレ程のバケモノが敵側にいることまでは想像の埒外だった彼としては、また同じ敵に狙われる前に当初に予定していたスケジュール表に戻すため、いるはずの予定だった場所まで早々に移動する必要に迫られていた。
そのための足が必要だと思っていたところに、丁度いい物が倒れかかった状態でハンガー付近の通路に落ちたままになっていた。
それは、《ザク・ウォーリア》と呼ばれる新型量産機の内一機だった。
当初の計画でも“彼”が乗り込むことが出来るよう幾つか配置してあったのと同じモノではあったが、コレは自分が用意させていたものとは別物のようだった。
「議長・・・申し訳ありませんが、こんな状況です。今は――」
「分かっている。私の権限で許可するので、後で何かあったとしてもオーブには何の責任も問われるものではないことを確約しよう」
「ありがとう・・・ございます・・・・・・感謝します」
「なに、安全なタクシー代だと思えば安いものさ。もっとも、領収書ぐらいはオーブ政庁にでも送らせてもらいたいところだがね?」
軽い口調でジョークに紛らわせて、軍事機密に関わる新型機の内部へと他国の代表を招じさせてしまうという外交問題に発展しかねない行為を、デュランダルは『プラント議長を避難させるためやむを得なかった』という口実に自分を使うことで不問に付させると明言したのだった。
だが、方針が決まって機体へと近づいてコクピットをのぞき込んだ時。
何故こんな機体が、このような場所に放置されていたか・・・・・・彼らは理由を知ることになる。
「!! ・・・これは・・・・・・」
「どうしたんだアスラン? なにか――ウっ!?」
「・・・見るな、カガリ。君は、こんな物まで見なくてもいい・・・」
おそらく戦闘の余波で起きた爆風での結果だったのだろう。あるいは先ほど起きて自分たちを救った風が原因だったのかも知れない。
いずれにしろ今の段階で、それらの推測が無意味であることだけは確かな事実。
アスランとデュランダルは、そのザクのコクピットに座ったまま胸元に深々と金属片が突き立てられた状態で事切れていた兵士を、機体前の道に放り捨ててスペースを空けさせる。
残酷なようだが、今は余裕がない。コレの中に乗り込んでいた者の魂が、神の国へいけることだけは祈りながらアスランは、やや定員オーバー気味なコクピットに乗り込んで機体をゆっくりと立ち上げていく。
そして呟く。
「クソッ! 一体・・・どうして、こんな事に・・・・・・ッ!!」
再び起こる兆しを感じさせ始めた大乱の気配に、アスランは誰にともなく問わずにはいられない。
誰もが平和を望んでいるはずなのに。
誰も家族を戦争で死なせたいなどと思っていないはずなのに。
それなのに何故、こんな事が再び起きようとしてしまうのか!?
それがアスランには分からなかった。
ただ――背中に感じさせられる、ベットリと染みついた赤い血の感触が・・・・・・その答えを自分に与えて飲み込もうとしているような・・・・・・そんな錯覚だけを感じさせられながら。
アスランは再びモビルスーツに乗って、2年ぶりの戦場へと帰還を果たす。
工廠内のアチラコチラで混乱と立て直し作業が続いていた。
敵の襲撃を受けながら、救出作業と瓦礫の撤去作業を続けるのは困難であり、順序としては敵の奇襲を迎撃することで時間を稼ぎ、稼いだ時間で作業を行うのがセオリーではある。
現に今それをするため、《アーモリーワン》内部の各所から発進できる機体が次々と飛び立っては現場へと急行し、内側から襲撃を受けたMSハンガーが立ち並んでいる区画においても無事だった機体だけは援軍に向かわせようと懸命に兵士たちが手作業での瓦礫撤去作業を進めている真っ最中となっていた。
「はやくっ! 入れるだけ開けばいい! 急いでッ! 敵がっ」
「分かっています! もう少しで・・・ッ!」
若き女性パイロットのルナマリア・ホークもまた、そんな作業風景を見つめながらジリジリと焦らされて叫び声を上げている一人だった。
三機が奪取されて襲撃者と化してしまった時、彼は配属先が同じ同僚で同級生でもあるレイ・ザ・バレルと合流し、自分たちの愛機が格納されているハンガーまで大急ぎで急行し、到着する寸前まで行くことは出来ていたのだが。
果たして運が良かったのか悪かったのか、彼らが到着する直前に愛機がまつハンガーの屋根にミサイルの雨が降り注いでしまい、二人の機体は瓦礫の下に埋まってしまってコクピットのハッチを開くことが出来ない状態にされてしまった。
仕方なく、こういった作業が専門外の二人は大人しく作業を見守ることしか出来ずに焦りを深めていたのだが、「レイ!」という作業員の一人からの呼び声を聞いて顔を上げると、自分用の機体《ザク・ファントム》の方は出撃が可能になったことを告げられる。
「ただ中の損傷までは分かりようがない! いつも通りに動けると思うなよ! 敵には例の三機が奪われちまってるッ。無理だと思ったらすぐに下がるんだぞ、いいな!?」
「――・・・・・・」
技術スタッフから投げかけられる気遣いの言葉に、レイは声に出しては何も言わなかったが、頷きは返して機体を立ち上がらせると、未だ同僚の愛機を動かすため作業を続ける者達に下がるよう命じて、自分が操るMSのマニュピレーターで瓦礫を掴んで退かさせる。
喜びの声を上げて、自分用に赤く塗装された《ザク・ウォーリア》に乗り込んだ彼女は、金髪碧眼の無表情な同級生で同僚でもある少年パイロット、『レイ・ザ・バレル』と共に空へと飛び立ち、戦場へと急行させる。
「状況は!? 今どうなっているの! 敵はっ!?」
「落ち着け、既にシンが《インパルス》で出て迎撃と足止めに当たっている。だが三対一では分が悪い、俺たちも加勢する。急げよッ」
「了解ッ!!」
威勢良く応え、しばらくして見えてきた工廠区画内の中心近くで激しい戦闘を繰り広げている4機の、どこか似たところを感じさせるデザインを持った新型のMSたち。
だが所属の違いは明白すぎるもので、明らかに連携して戦っている三機に対して、同僚が操る赤と白に塗り分けられたカラーリングの機体は孤軍奮闘して苦戦を余儀なくされている。
「こんのォ! よくも舐めたマネをぉッ!!」
ルナマリアにとっては、自分たちの生まれ育った故郷と同じコロニーの一つを好き勝手に壊されて蹂躙されて、憤懣やるかたない思いを込めてビームライフルを乱射し始め、一方のレイは感情に流されることなく冷静に無駄のない動きで敵の動きをコントロールするため狙い撃ちしていく。
空からくる彼女たち2機のザクだけなら、地球連合軍の特務隊に属する《エクステンデッド》のスティングたちは迎撃して撃墜する道を選んだかも知れない。
だが現実に彼らは、作戦前の説明では聞かされていなかった『4機目の新型』という存在に予定を大きく狂わされ、自分たちが奪ったのと互角の性能を有する機体と、思った以上に実力のある敵パイロットの腕前によって消耗を強いられており、タイムスケジュール的にも余裕がなくなりつつある状況にあった。
戦況不利と判断したらしき敵部隊が、機体を浮かび上がらせ撤退行動へ移ったと見て取った瞬間。
「逃がすかァッ!」
ルナマリアはコクピット内で叫んでバーニアを全開にして、その後を追おうとする。
だが、
「・・・・・・ええッ!?」
「なんだと――っ」
突然、自分たち2機のザクと1機の新型で敵機を追い始めた直後、サイドモニターの一つに驚きの声を上げている同僚の姿が目に飛び込んでくる。
見ると後方、レイの《ザク・ファントム》がバーニアから盛大に黒煙を吹き出しながら、みるみる高度を落として機体を下げていく。
どうやら機体にトラブルが発生したらしい。先ほどのハンガー内で受けていた損傷がレイ機にだけ負荷を超えてしまったようだった。
「レイ、戻れ! あとはシンとルナマリアに任せるんだ!」
「チィッ! ・・・折角ここまで来ながら、俺が下がらねばならんとは・・・・・・!」
先まで無表情な鉄面皮だったのと同一人物とは思えぬほど悔しげに、歯ぎしりせんばかりの激情を込めて吐き捨てられる無念の思いに感じ入ったのか、普段は差ほど仲がいいとまでは言い切れない相性の持ち主だったルナマリアから通信が入り。
「無理をしないで、レイ! あとは私がちゃんとシンをサポートしてみせるからッ」
「・・・・・・頼むっ、ルナマリアッ。俺も補給を受け次第すぐに後を追う、雑魚に気を取られすぎるなよ!」
「分かってるって!」
内心で必死に冷静になることを自分自身に義務として課しながら、幸運に見放されているとしか思えない今の状況を、心の中でレイは『彼』に詫びる。
(・・・肝心なところで役立たずとは! ギル・・・! ――ごめんな・・・さい・・・・・・ッ)
混沌とした、そんな状況下。
不利になりつつある戦場から離脱しようとする気配を見せ始めた友軍が奪った敵機と、そうはさせじと足止めしようとしているらしい大剣のような武装を振るっている敵新型に、新たな増援まできたという状況を、一望できる高さまで見物し。
少女は楽しそうに笑い声を上げ、敵への賞賛を惜しまない。
惜しむ理由が“彼女個人には”何も無い。
「あはははッ! やっぱりリークされた情報になかった新型が、もう一機いたんだ。
これじゃあ少ない戦力でギリ可能な前提で考えてた『黒仮面さん』の作戦が計画通り行かなくなるのは仕方ないね~」
彼女が今、立っているのは戦闘に巻き込まれて半壊したものの倒壊は免れている高層建築物の屋上だった。
巻き込まれ欠けた爆風から、すんでの所で待避した彼女だったが、その際の全力逃走によって目標を見失ってしまい、やむなく戦況全体を見渡せる最初に《アーモリーワン》へと到着したときに登ったことがあるのと同じ場所へ戻ってこざるを得なくされていた。
如何に今の自分といえど、あの爆風をまともに浴びて無事でいられる程のバケモノには“まだ”なった覚えまではない。
逃げ出さなければ大怪我では済まなかったとはいえ、標的を完全に見失ってしまったことは痛手だった。
――まぁでも、別にいいか。
と心の中で彼女は思い直す。
もとからデュランダル議長の命まで取ろうと襲いかかった訳ではない。大怪我ぐらいは負わせるつもりだったのは事実だが、殺す気までは最初から持ち合わせていない襲撃だった。
いくら所属を誤魔化したとは言え、仮にもプラント最高議長を暗殺されたとあっては地球との即時再戦に至ってしまう流れを止めることは出来なくなる。
現在のプラントは、旧政権で軍内部の過激な一派が多く参加したままの通称《ザラ派》と、クーデターによって終戦直前に政権を奪って和平路線をとっている穏健派の《カナーバ派》という二大派閥に分裂して、権力闘争の最中にある。
この状況を良いと思わなかったカナーバは、非合法手段で政権を強奪した自分が議長職にあり続けることは『ザラ派に非難の口実を与える』という理由で後任を指名して引退し、現在のデュランダル政権が発足する流れを作った。
軍内部に支持者を多く残したままとは言え、先の戦争中にいくつもの違法行為を犯していたことが明らかとなった《ザラ派》にしろ、与党勢力ながらも軍からの支持は微妙で強攻策をとりづらい《カナーバ派》も、自分たちの勢力だけでプラント全体を纏め上げるほどの力をもつことは出来ていない。
再度の開戦にしろ、交渉による完全解決にせよ、プラント評議国という『国』として動くためには相手側の協力が必要とせざるを得ないことを理解せざるを得ない窮状。
それ故に今のプラントは、奇妙な小康状態に陥っていた。
軍内部の《ザラ派》は、自分たちの強力なしでは政権を維持できない若き新議長デュランダルに圧力をかけて、軍からの要望を受け入れさせながら取り込み工作を続けている最中で、議長率いる講話路線の《カナーバ派》は軍を宥めつつも暴走を押さえながら解決の糸口を探っている。
二つの派閥共に、利用目的は真逆だがデュランダル議長を必要として成立しているのが現在のプラントにおける政情だ。
この状況下でデュランダルを殺すことは、国内世論がザラ派一色に染まるのを手伝ってやるだけで、地球側にとって何のメリットも利益すらもない。
むしろ今の混乱した状況と、二つの派閥による対立は激化させるのが得策。・・・それが彼女の“飼い主”たちが持つ方針だった。
今のプラントに残っている政治家で、能力はともかく後ろ盾や派閥の色などで、国内勢力をまとめられる条件を満たしている者はデュランダルを置いて他にいない。
そんな彼が死なないまでも負傷させられ、しばらくの間は別の者が代理となれば必ずやプラントの政権運営は混乱を来すだろう。
今回の襲撃に対しての対応にも手間取るはずだ。指示が的確でも、従う側が敵対派閥の長からの命令を言われた通り実行するかは別問題なのだから。
「美味しいデザートでも食べ過ぎると、おなか壊して太って嫌われる~。二兎を追う者、一兎も得られず命失うアズラエル~っと。何事もほどほどの諦めが重要ってことなんだろうねぇ~。」
・・・・・・しっかし、それにしてもスッゴク動きがよかったなぁー、あの新型くん。誰が乗ってるんだろ?
前大戦のエースたちで今このコロニー内に配属してる人はいないって聞いてたんだけど、新しいニューカマーでも登場したのかな―――って、ん?」
視線の先で戦闘を続けている4機の新型たちを観戦していたところ、常人離れした彼女の聴覚がふと、自分が今立っている建造物の近くへと走ってきている避難民らしき者達の声を聞き取って視線を向ける。
「急ぐんだ、シラ!」
「ナユ、がんばって走って! もう少しだから!」
四人連れの親子のようだった。
両親が前を走って安全と行き先を確認しながら、その後ろに一人の少年と少女が後について必死に走っている。
友達――ではなく兄妹のようだった。
十代半ばぐらいの少年が先に立って、幼い少女の右手を必死に握りしめて全力で走り続け、恐怖に引きつった幼い顔の女の子が懸命に少年の手を握りしめながら後を追いかける。
だが不意に、妹らしき少女の兄に握られていない左手からナニカがこぼれ落ちて、少女の方が悲鳴じみた声を上げて立ち止まる。
「ああ!? ナユのお人形さん!」
「そんなのいい! 早くッ!」
「いやァッ! あれはナユの! お兄ちゃんが誕生日に買ってくれた大切な・・・!!」
「~~~ッ!! 母さん、父さん! 先行ってて!! すぐ追いつくからッ!!」
「シラッ!?」
妹からの叫ぶ内容に、葛藤を振り切れなかったらしい少年が輪から離れて元来た道を戻り、無事に落とし物らしき人形を拾って両親の元へと帰ってこようとする。
そして・・・・・・無事に妹の元へ帰ってきた兄から渡された人形に満面の笑みを浮かべていた少女の表情は―――突然に凍り付いて恐怖が張り付いたものと化す。
3機の敵を相手に孤軍奮闘していた、赤と白の機体が敵からの攻撃を避けるため、やむを得ず彼らがいる場所と近い位置まで待避してこざるを得なくされた光景を、彼女たちは目撃していたからだった。
だがそれでも、この機体のパイロットは優秀だった。
自機がいる位置の近くに、避難民らしき人物たちが逃げ遅れているのを把握し、きちんと危険域に到達する前の時点で危険を買ってでも機体を前に出させて彼らを巻き込まぬため全力を尽くして難を逃れることに成功させていた。
だが・・・・・・そんな自分の優秀さこそが、敵からの攻撃を必要以上に苛烈なものとしてしまう――という発想が、このパイロットには欠けていたのかもしれない。
自分を仕留めるには狙い撃つのではなく、『広範囲に攻撃をバラまく確率論兵器が有効』と判断したらしいモスグリーン色の機体が、背面の筒型ポッドを開いてミサイルを発射し、数瞬前まで赤と白の敵新型が立っていた辺りと、進行方向と思われていた一帯に降り注いで瓦礫の山に変えてしまう。
少女が屋上に立っている建物も被害を受けたようだが・・・・・・倒れるまでには至っていない。
なら問題ないかと割り切った少女が見下ろす先で、ふと先程まで兄妹たちが手を取り合って逃げようとしていた一角が視界をよぎり。
・・・・・・手を繋いだまま動かなくなった、少年と少女の折り重なった身体が。
――――上半身だけになった姿同士で、最期の時を迎えた後になっている光景だけが、少女の視界と心に映り込む。
その姿と光景を見た時に、少女の心に思ったことは一つだけ。
それを素直に率直に、ただ口に出して呟いて・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ドジ」
それだけだった。
その感想を呟き終えた後、彼女の意識と心は3機の味方と1機の敵が殺し合う戦場へと帰っていき。・・・・・・彼ら兄妹の存在を思い出すことは二度と無かった。
そういう心の持ち主に、今の少女は変わってしまった後だったから――。
つづく