ガンダム二次作   作:ひきがやもとまち

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続けて同じ作品になりますが、アンデットSEED最新話。
今作オリジナル要素が、ようやく全部出せる回まできたので早く書きたかった次第。

ただ、チト以上に長くなっちゃいましたが…(そこは反省)


機動戦士ガンダムSEED UndeadGIRL THE DESTINY 第7話

 地球の重力に引かれて、長くストリングスの尾をなびかせながら移動していく黒々とした巨体は、そこに向かって接近しつつある者の目には深海を漂う巨大なクラゲのように思わせる。

 だが、そう見えた位置から更に接近した現在地から見上げる其れは、紛れもなく巨大な石の塊であり、破壊され尽くした人工物が廃墟として広がる《宇宙の墓場》という表現が正しいようにしか見えない光景が広がっているのみ。

 

 縮尺の違いにより、巨大すぎるサイズの物体を宇宙空間で目撃させられた者特有の感覚の狂いでしかないことを頭では分かっているが、そう感じてしまった認識は“その場所”を知る者の一人として決して愉快な気分になれるものでは全くない。

 

「・・・・・・こうして改めて見ると、つくづくデカいよな。コロニーってのはさ」

『当たり前だ。住んでるんだぞ俺たちは、アレと同じような場所に!』

 

 一般兵士であることを示す緑色のノーマルスーツをまとったパイロットが、愛機である《ザク》のコクピットの中で小さな声でつぶやきを発した瞬間。

 それを聞き咎めたように鋭い声で、バイザーを通してパイロットの鼓膜を叩くのが後方の旗艦から聞こえてくる。

 

 聞きようによっては、部下の些細な独り言さえ聞き逃さずに叱責してくる陰湿な上司のようにも見える行為だったが、少なくとも聞かされた者と同僚たちの間で横暴な叱責と解釈した者はなく、それが『自分たちの隊長の流儀だ』と苦笑して受け入れられるのが彼らの間では妥当な対応と認識されている。

 もっとも、他の部隊と協調したときまで通じるやり方か否かまでは、言われた側にも保証しようはなかったが。

 

「分かってるって! それを砕けって今回の仕事がどんだけ大事か、改めて分かったって話!

 別に本気で言ったわけじゃないんだから、そう怒るなよイザーク。――いえ、ジュール隊長ドノ」

『こんなときだけ都合よく隊長呼ばわりするな! 大体お前は先の見通しが甘いんだッ。ヘラヘラしてないで、もっと危機意識を持ったらどうなんだ? ディアッカ』

「・・・・・・なんか、お前にだけは言われたくない言葉を言われた気がするんだけど・・・」

『どういう意味だ!?』

 

 同じ部隊に属する全員にも聞こえるよう、個人通話ではない通常回線で行われている、傍目には夫婦漫才としか見えようがない、旗艦から指揮を執る白服の隊長と、現場指揮を任された緑服の先任士官である部隊長格とのやり取り。

 

 如何にザフトが地球軍ほど階級意識が薄く、個人の権利と自由度の高い種族で構成された軍隊とはいえ、この部隊以外では流石にあり得ない光景。

 白服の隊長と、赤服のエースとの間で交わされているやり取りというなら理解できる。赤を与えられたザフト兵と実力を認められた緑の一般兵士でも同様。

 

 だが“ザフトレッド”ですらない“グリーンの一般兵士ごとき”が、隊長と対等な友人のような口調で語り合うなど軍として許していていたのでは、如何にコーディネイターの武力集団といえど組織秩序が保てるとは到底思えない。

 そんなやり取りが常態化しているのが、彼らの部隊の特徴なのである。

 

 それは無論、誰しもが出来る行為でなければ、誰もが部下の越権的な対応を許容できる器を持った指揮官になりえる訳でもなく、“彼ら同士だから出来ている”それだけが理由の全てなのが、この部隊の関係性。

 

『いいか? たっぷり時間があるわけじゃない。《メテオブレイカー》もだ。ミネルバも来る。予備の分を彼らに使わせるためにも、手際よく動けよ』

「りょーかい! ・・・・・・ま、でもさ」

 

 そう返答して通信をいったん切って機体を加速させ、率いる他の同僚たちの《ゲイツR》が母艦から射出された三本足の台座にドリルがついた小惑星破砕用の作業機器《メテオブレイカー》を各自受け取ったのを確認してから、先行して機体を超巨大な目標物へと先導するため飛翔させていく。

 

「こういうことに使うのがいいんだよな。モビルスーツってのはさッ。グゥレイト!」

 

 最近では口癖になりかけている、仲間内では微妙な評判の軽口を発しながら彼は―――“元”ザフトレッドの『ディアッカ・エルスマン』は、同じく“元”ザフトレッドの隊長イザーク・ジュール指揮の下、地球に向けて接近しつつユニウスセブン破壊任務に従事するため機体を加速させていく。

 

 コンピューターゲームと同じ要領で、自らの行為を正義と信じて実行するだけでいい作戦というのは、彼としては非常に気分がいいものだった。

 

 ――命令に従っているだけの味方を討つ必要がなく、ゲームの的ではない生きた人間が乗っている敵機ごと撃ち殺す必要もない・・・・・・あんな経験は2度とゴメンだと思っている彼としては本当に・・・・・・。

 

 

 ディアッカ・エルスマンは先の大戦の末期頃、プラントにとって怨敵とも呼ぶべき地球軍の新造艦アークエンジェルと合流し、プラント内で生じた軍閥《クライン派》に味方するザフト軍離反兵として、当時の議長パトリック・ザラ率いるザフト正規軍と敵対した過去をもつ少年兵だ。

 当然ながら本来であれば、裏切り者として処刑されていてもおかしくないのが、彼の立場だったが・・・・・・戦争末期に勃発した異常事態によって一命を取り留めることになる。

 

 プラント内部でクーデターが発生し、講和派議員たちを中心とする新政権が樹立したのだ。

 当時のプラントは、パトリック議長率いる主戦派が政権を握り、当然ザフト軍への命令と決定も彼らの元から発せられたものだったが・・・・・・それら命令の大本となっていた政府自体が『反逆者の立場』へと一転させられ、クーデター軍こそが『新政府』として彼らに命令をくだす正当な権利をもつ立場へと逆転したのである。

 

 こうなってしまえば、打倒された旧政権の命令に忠実すぎた高官たちの方こそ『逆賊』という立場になって『国家反逆罪』で縛り首にでもなりかねなくなるのが、軍事クーデターという行為。

 非合法的な手段によって、合法的に自らの行為を合法化してしまうことが可能になる非常手段。だからこそ権力や武力の中枢近くにいる者たちにとっては、大昔から尊ばれてきてしまった忌むべき伝統。

 

 新たに政権主犯となった者たち自身が、旧政権の国家代表が下した命令と決定を力ずくで破ったことを正当化したのだ。同じように旧政権の意思に逆らった部下たちの罪だけを問うわけにはいかない。

 ディアッカ・エルスマンの行為は、クーデター政権の樹立によって肯定される。

 

 一方で、それまで否定されてきた新体制が勝者となれば、今度は旧体制に属した者たちの立場が悪くなるのが世の常だ。

 ザラ議長の側近として政権を支えるブレーンだった『エザリア・ジュール』の息子『イザーク・ジュール』の存在は、新政権からすれば面白かろうはずがない。

 

 だが反面、クーデター政権であるが故に基盤が弱く、軍内部にはザラ派支持者や地球連合へのアンチ感情を強くもつ者たちが多数い続けている状態で、しかも地球軍との終戦にも至れなかった新政権に、敵対勢力を完全に排除して自らの手駒に入れ替えれる余裕はなかったのが彼らの現実でもある。

 

 結果として、ザラ派残党への妥協案と譲歩を繰り返さざるを得なくなった彼らは、『ザラ派有力者の息子イザーク』と『プラント重鎮の子でありながら敵に寝返ったディアッカ』の処遇を巡って紛糾し、主義主張や打算などが混じり合い、容易には決着がつかない泥沼の様相を呈していく羽目に陥ってしまっていたのだが・・・・・・それを終息したのが、新たに議員となったばかりの若手政治家『ギルバート・デュランダル』による折衷案。

 

 

『大人たちの都合で始めた戦争に若者を送って死なせ、そこで誤ったのを罪と言って今また彼らを処罰してしまっては、いったい誰がプラントの明日を担うのです?

 議会の決定を無視して断行された、地球軍本部攻めの説明を求める議員たちを拘束した議長を責任追及しなかった人々でしょうか?

 それとも前政権の失態を非難し続けながら、自らの政権下での失態は隠し続けた新政権に許しを与えた人達でしょうか?』

 

『私は断固として申し上げたい! 他者の誤ちを罰して、自らの誤ちから目を逸らすような社会の未来は闇でしかないと!

 自らの誤ちを認め、自らを許し、互いに前へと進んでゆくためにも、まず他者の誤ちを許すことから始めなければならないと!

 辛い経験をし、誤ちを認めて悔い改められる彼らにこそ、私は平和な未来を築いてもらいたい――』

 

 

 そういう形で、復権を狙うザラ派の残党たちと、新たなカナーバ政権との間で絡まり合った糸に妥協案を提示し、『償いの機会を与えるための前線勤務』ということで厄介払いにより事を納めるのに成功したのだった。

 

 

 ――だが、過去の自分が選んだ行動と選択を『誤り』と“決めつけ”、自らが従って実行した命令は『罪であった』と断罪し、敵を許して存在を許容する―――そんな道をこそ『善い』として死ぬことなく生きることを選んだ彼らによって築かれる未来の平和。

 

 そんな彼らに『平和な未来』が築けるものと信じられる者ばかりが、この世界にいる訳ではない。

 

「四方に散って、要所要所にメテオブレイカーの設置作業を。ジュール隊長が急げってよ!」

 

 ようやくユニウスセブンの地表にまで到着し、設置するポイントを確認した後、ドリルを装着した巨大な作業機器である《ネテオブレイカー》の設置を同じ隊の仲間たちとともに開始した。その直後だった。

 

 ――ドォウン!

 

 と。

 ディアッカの見ている前で、作業中だった《ゲイツR》が続けざまに二機、だしぬけに大破させられて爆発四散する光景が視界に飛び込んできたのは!

 

「なにィッ!?」

 

 驚いて周囲を見渡すのと、コクピット内に警告のためのアラートが鳴り響くのは同時だった。

 それだけではない。けたたましい不快な音に満たされたコクピットの外側に広がる無音の空間の各所から飛び出してきた、自分たちの部隊ではない《黒いジン》に見えるMS隊がこちらに向かって急速接近してくるではないか!

 

 どうやら凍った大地の要所ごとに姿を隠して身を潜めていた者たちが、タイミングを謀って飛び出してきたらしい。

 なんの警告もなくビームライフルを連射しながら、所属も告げずに攻撃してくる味方機と酷似した謎の集団に、ディアッカは混乱させられる。

 

 味方に一時後退を命じながら、ディアッカは自機の腰だめに構えた《M1500オルトロス》を発射して応戦するが、護衛役の一機だけで対応できる数ではない。

 

「何だよッ! これは!? ええい下がれ! ひとまず下がるんだッ!!」

『ディアッカ! 工作隊用のライフルを射出する! メテオブレイカーを守れ! 俺もすぐに出るッ!!』

「チィッ! 数だけ多いのは、もう勘弁してほしいぜッ!!」

 

 破砕作業が任務だったことから、全機に武装をもたせるより、予備パーツの配備を優先させたことが徒となった。

 報告を受けたらしいイザークからの緊急連絡が入るが、すぐに対応できるというものでもない。

 

 しかも相手側も、思った以上に腕がいい。

 彼とて前大戦を終結まで生き残った猛者の一人。

 『アラスカの虐殺』や『宇宙要塞ボアズ核攻撃』などの被害で熟練兵を多く失い、新たに志願するか徴兵された若い世代が多くなっている現在のザフト軍にあって、彼やイザークのように激戦を勝ち残ってきた経験をもつ者は決して多数派ではなくなって久しい。

 だと言うのに、

 

「くッ! この俺の砲撃がかすりもしないだと!? ジンでこうまで・・・・・・しまった!」

 

 愛機《ガナー・ザクウォーリア》に長大な砲身を構えさせ、エネルギーの矢を迸らせるが、その内の一射がたしかに捉えたはずの標的に寸前で回避され、撤退中だった味方機に迫られるのを阻止できなかったことに焦りと苛立ちを込めて吐き捨てた時。

 

 ――ガガガガガガッ!!

 

 突然に、横合いと斜め後方から降り注いできた弾丸の雨霰にさらされた黒いジンは、機体各所に追加されたブースターで機動性が上昇していた機体の動きを止めさせられる。

 動きが止まったところへ天頂方向から墜落するような速度で急速接近してきた機体がジンを切り裂き、爆発四散させると同時に急速離脱して、他の味方機を襲う黒いジンたちに目がけて猛禽の群れのように襲いかかっていく!

 

「!? なんだ、コイツラ! どういうヤツらだよ、いったい!?」

 

 襲ってきたジンたちと同じように、所属不明のMS隊による新たな戦線参加。

 だが、自分たちを警告もなく襲ってきた者たちを警告もなしに襲いかかってきているからと、味方機と思うには不審な点が多すぎる謎の武装集団。

 

 まるで青い狼かハヤブサの群れを思わせるような剽悍さを有する謎の部隊。

 黒いジンが爆発する一瞬の間に爆光のなかに浮かび上がった姿を視認したディアッカは、その部隊の姿と形状をハッキリと目撃する。

 

 彼の目が確かだったなら、そのMSたちは連合製の《ストライク・ダガー》と酷似した形状をもちながら、一方で頭部のバイザーにはザフト軍MSの特徴である真紅の《モノアイ》が不吉な光を放っている、アベコベで矛盾した姿をしていたように彼の目には見えていたのだが・・・・・・

 

 

 

 

 

「何なのだ!? コイツらは、いったい!!」

 

 メテオブレイカーを抱えて作業中だったイザーク隊を攻撃した部隊の指揮官格、“旧ザフト軍の兵士”サトーは、突然に邪魔だてするため乱入してきた闖入者たちの攻撃に怒りを露わにして、理不尽に対する怒号の叫びを上げる。

 

 自分たちは計画通りに、“大事”を進められているはずだった。

 フレアモーターを使って太陽風を利用し、ユニウスセブンを地球へと落とせる位置まで移動するのに成功した。

 前大戦末期に採用された《ジン・ハイマニューバ》に、ブースターを追加させたカスタムMSは扱いの難しい機体だったが、彼ら熟練兵は完全に使いこなしている。

 ベースとなった機体こそ旧式でも、機動性では新型機に匹敵する性能を獲得したリファインMS《ジン・ハイマニューバ2型》を同志たち全員に配備させてまでいるのだ。 

 

 如何に《クルーゼ隊》の生き残りイザーク・ジュールが率いるとはいえ、部下たちまで歴戦のエースたちばかりが揃っている訳ではない、素人同然の若造どもを相手に後れをとるような者は自分たちの中に存在しない。

 

 名高き前大戦のエースたち《ドクター》『ミハイル・コースト』や《英雄》『グゥド・ヴェイア』が相手というなら知らず、昨日今日モビルスーツに乗ったばかりの新兵ども如きに敗れるわけがないのだ。

 

 一機だけ他より動きがいい隊長機らしき機体がいるが、武装が遠距離砲撃用のビーム砲では機動性重視の自分たち相手では相性が悪い。

 

 自分たちの作戦は阻止できる者は誰もいない! 

 我らの願いを! 思いを! 愛する家族の無念を晴らすまで、今少しだけの辛抱なのだ!! そのはずだった!!

 

 

 ――――だと言うのに、成就を目前にした我らの想いを、コイツラは・・・・・・ッ!!!

 

 

 サトーには、この世界そのものが自分たちの行く手を遮ろうとしているとしか思うことができなかった。

 まして、自分たちの願いを再び阻止せんとする奴原共が、

 

 

『ヒャーッハハハハ☆ 最ッ高にクソッタレな獲物だぜコイツラはよゥ! 死ねよ人殺し趣味のキチガイ共がァッ!!』

『抹ッ殺!! 激殺! 死ね死ね死ね! みんな死んじまえクソディネイターのゴミ共ォッ!!』

『あ~~ウザイ!キモイッ! 気色悪いんだよコイツラみんな、存在そのものが気色悪りィッ!!』

 

 

 ・・・・・・これ見よがしに、制限なしの一般回線で垂れ流しに四方八方へと発信してくるコクピット内でパイロットたちが下品に叫んでいる罵り文句とスラングの数々。

 自分たちに核ミサイルを撃ち込んできた者たちが、自分たちの愛する家族を力ずくで奪った連中が。

 死者たちの眠る墓標となった場所で、これほどの冒涜と死者たちの尊厳を穢す言質を弄し続けるのを、許すことができる者がいると言うのか!? 否だ! 断じて否だ!!

 

「許さん・・・許さんぞォ・・・・・・ッ! こんなヒヨッコどもに我らの思いを穢すことなど断じて許さん! 否定もさせん!

 貴様らには犯した罪に相応しい罰だけが与えられるべきなのだと、今日こそ思い知らせてやる!!」

 

 怒気と闘気みなぎる叫びを上げて、サトーはめまぐるしく機体をさばき、味方機に迫りつつあった青いカラーリングの礼儀知らずな乱入者に急速接近して肉薄しながらビームライフルを乱射し、不意を突かれて追い詰められつつあった同志を救うと、待避行動に転じた敵を追って追撃に移させる!!

 

『さ、サトー隊長!』

「怯むな! コイツラは我々が相手をする! お前たちはメテオブレイカーの設置作業を行う奴らへの攻撃を続行させろ!

 敵の数は少ない! 抑えきれば我らが勝つ! 我らの想いと覚悟、ヒヨッコ共に見せつけてやるのだ!!」

『!! 了解ッ!!』

 

 その指示で、自分たちがやるべき事と相手との“違い”を思い出した味方パイロットは、命令の意図を理解して再び作戦へと復帰するため飛翔していく。

 すでに落下が始まった以上、彼らはユニウスセブンを壊させるのを阻止するだけでよく、敵部隊を殲滅する必要性は微塵もない。

 対して攻める側は、ユニウスセブンを完全破砕できない限り勝ちはなく、MSでコロニーを壊すことはできない。自分たちを殲滅するだけでは彼らにとって何の意味もないのだ。

 

 最初から自分たちの側にはシンプルなゲームだが、相手にとってはそうではない。その優位性を自ら放棄してやる義理は少しもないのだ。

 数の優位を生かして、乱入者たちの相手を自分たちが担い、狙いやすいデカ物の標的を慎重に設置しなければならないメテオブレイカーさえ壊せばそれでいい!

 

 感情に駆られても、流されることはなく。

 誇りと想いを穢されようと、戦術条件まで頭から離れることはない。

 

 ベテランの熟練兵だからこその決断力と、その決定と指示に従うことができる肉体をもった部下たちを有する者たち故の強さがそこにあった。

 

 

「忘れはせん! 忘れはせんぞ!! 死者たちの流した涙を! 痛みを! 恨みをぉッ!!

 忘れて撃った者らを許すことなど出来るものかァァァァァァァァッッ!!!」

 

 

 

 

 

 ――だが反面。

 物事には裏と表があり、一面だけは優れて綺麗で、対面は汚く劣っているという状況は、なかなかに現出できないのが人の世の現実というもの。

 

 “撃たれた者たち”と『本人たち自身は』信じてやまぬ側から“撃った者ら”と断定されていた者たちの側にも、立場に基づく合理性と合理的判断というものが無論のこと存在する。

 

「足か腕を狙って! とにかくメテオブレイカーを撃ちにくる奴だけ、邪魔することに集中するだけでいいんだから!!

 どーせコロニー落下が始まった今だと、コイツラ倒しても何の役にも立たない! つまらない挑発に乗ってザコの時間稼ぎに付き合わされて無理心中に付き合わされちゃうバカはやらないでよ!

 作戦名『命を大事に』で『ガンガン嫌がらせしようぜ』ってことで! 死なないでよ皆!?」

『りょ~ッかい!!』

 

 隊長機である、エンジンと機動力で大きく差がある以外は他の者たちが使っているのと全く同じ機体を操りながら、地球軍特殊部隊ファントムペインの“援軍”として派遣されていた部隊の指揮官である、『大事な命を1度失った後の少女ユマ』は、自分が率いる荒くれ者揃いの部下たちに向かって、敵側とは期せずして逆の指示を下していた。

 

 もとより彼女たち連合軍側にとって、今回の戦闘は完全にただ巻き込まれただけであり、ザフト軍離反部隊の理屈だけで立案されているだけのもの。

 住んでいる場所が壊されそうだったから、破砕作業に協力してやっているだけのことで、相手側の作戦目標だの動機だのには一切合切全く興味などは微塵もなく、付き合ってやる義理もメリットもなんにも無い、無駄で無意味な消耗戦。

 

 彼女も、彼女の部下たちにも、『こんな戦闘で死ぬ奴はバカだ。適当に邪魔して引き上げろ』という想いを共有し合っている。

 

 単に自分にとっての大事な相手は地球にいて、宇宙にはいない。

 他の仲間たちにしても、彼らを養ってくれてる組織があるのは地球に本拠があって、宇宙に住んでる者たちが勝ったところで何の得もないのが自分たちだったから邪魔しに来ただけのこと。

 

 もとより彼女には、国や組織といった『今の時点で所属してる旗の色』でどーこー言う理屈には興味が薄い。そーいうのを意識するようになる前に死んでしまった。

 しかも今の自分は、自分を殺して母国を滅ぼした国の軍隊に所属しているのだから、今更どーこー言っても説得力がない事この上ないだけだろう。

 

 そーいう風に割り切ってしまえるところが、今の彼女にはあった。

 無論それらは彼女たちの理屈であって、サトーたちには身勝手極まりない加害者たちの言い訳に過ぎないものでしかないわけだが。

 

「ん? あの一機だけ動きがいい・・・・・・って言うことは隊長機かな。なら――」

 

 ちょうど敵の攻撃を邪魔しようとしていた味方を邪魔するため黒と紫のジンが一機、ビームライフルを受け取ったザフト軍の《ゲイツR》からの火線をかいくぐり、ジクザグ飛行で接近していこうとする光景がモニター内に映った。

 

 超高温を発するビーム刃ではないが、MSの装甲さえ切り裂いてしまう特殊合金の実体剣を振りかざし、教科書通りの迎撃をしているだけのゲイツ目がけて猛スピードで斬りかかっていく。

 

 なんとかいう技術者集団が生み出し、どっかのジャンク屋がMSごと切り裂きまくってジャンクパーツを集めまくるのに利用したとかいう逸話をもつ武装だ。

 一応は前大戦末期に開発された傑作機の後継機で、最新型の一種として連合側にも知られている機体とはいえ、すでに中古のレストアじみた量産機程度では一溜まりもなかろう。

 

 あくまで、まともに斬られて防げなかったら、の話ではあるが。

 

『う、うわぁぁッ!? 隊長っ! 助けてください隊長! イザーク隊長ぉぉぉッ!?』

『でやぁぁッッ!! ――むッ!? なんだ!』

 

「は~い、オジさん。わたしとイイ事してあっそばなーい? なんちゃって☆」

『ッ!? 子供の声――っ!』

 

 敵機を斬りつけ両断しようとした刃に逆に上から斬りつけられ、自機を斬らせぬため受け止めた刃から接触回線で伝わってきた敵パイロットの予想より遙かに若い、しかも声音からして少女のものと思しき声にサトーは一瞬ギョッとさせられ動きを止めてしまう。

 

 その隙に仕留め損ねるしかなかったジュール隊のゲイツRが、間合いの外へと逃げ去る姿を視認してサトーは激しく舌打ちする。

 

『貴様ッ! 機体からして地球軍の兵士なのだろうが!? 我らの敵でありながら奴らに味方するのか! やはりナチュラル共には恥も誇りもないようだな! 偽善者共めが!!』

「ハハッ、勘違いしないでよオ・ジ・サン♪ わたしたちは別にザフト軍を助けに来たわけじゃないし、協力する気持ちなんか少しもない。

 仮にあっても出来ないのが今の立場でもあるから無理だしね~。だから、そーいうのはキ・ユ・ウって言うんだよ? わかった?」

『戯れ言を! ならば何故奴らに手を貸すような真似をする!? 我らが貴様らの敵ならば、奴らもまた貴様らの敵であることに変わりなかろうに!!』

「あー、それだったら簡単簡単。要するに、さ」

 

 語りながら、自らの機体にも鎌錠の刃をもった近接武装を展開させ、敵の重斬刀と激しく切り結び合いつつ、二機のエース隊長機同士による対決は続く。

 

 

「単に、わたしたちが住んでる場所を壊しに来たキミたちが憎ったらしいから、キミたちをブッ殺しに来ただけだから。キミたちが悪い。

 キミたちが殺したいほど憎ったらしい敵なのが全部悪い。それだけ」

 

『なん・・・だと・・・・・・ッ?』

 

「キミたちさえ消えてくれたら、わたしたちとザフトは元のまんまの敵同士に戻るだけ。

 わたしがザフトを手伝うのが気にくわないなら、キミたちが全員自殺してくれたら帰るけど?

 なんなら、そうする? キミたちが全員死んで、ユニウス楽に安全に壊せるようになったら、わたしたちとザフト軍は今まで通り敵同士~。良かったね♪ どする?」

 

『ふざ―――けるなぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!』

 

「交渉決裂かぁ~。じゃあしょうがない。今まで通りキミたちを邪魔し続けるしかない。

 キミたちが選んだ道なんだから、しょうがないよね仕方な~い」

 

 

 言い合いながら片時も、機体を動かす手を止めることは一切することなく高速機動戦闘を続行し続ける両機。

 ユマ専用にチューニングされた《グリフィン》にだけ装備されている、短距離用の《腕部ビームガトリング砲》が騙し討ちで撃った一斉射を、サトーは重斬刀の刃を斜めにズラすことで相殺し、無効化させるという離れ業をやってのける。

 

 これには流石のユマも素直に驚きを露わにして、隙を突いた敵機の接近を許す結果を招いてしまい、致命傷ではないが左肩を損傷させられることになる。

 

「やるじゃんオジサン! 思ってたより、ずっと強い! 見直したよ!」

『我が娘を奪った貴様らの罪! 死して償え! 特権階級の犬共よォッ!!』

「はっ! 軟弱な偽善者だったザラ派のわりには、よくやるよ!

 口先だけで甘ったれた理屈をほざくしか能がなかった奴の子分のわりにはさぁ!!」

『なんだと!? 貴様ッ!!』

 

 自らの信じる寄る辺とするところを罵倒され、よりにもよって許しがたい罪人共に見下されるという屈辱を味合わされたことで、さしものサトーも相手の言い分への怒りにカッとなりかける。

 

『貴様らには解らぬ! 我らコーディネイターにとって唯一正しき道を示してくれたパトリック・ザラの想いを、貴様らには死ぬまで決して解るはずがないのだから!』

「はんっ! あの小男のどこがそんなにスゴかったって言うの!? 他人が失敗したときだけ偉そうに罵って、自分が失敗したときには逃げてばっかり! 誤魔化しばっかり!

 挙げ句の果てに実際にやった行動は、連戦連敗! 負けてばっかり! ルール違反の兵器をナイショで造って敵に奪われて使われただけ!!

 味方殺しの独裁者が示した道が、そんなに魅力的だったの!? そーまでしてコーディネイターを無駄に殺させまくるのが好きなんだ!?

 味方しか殺したことないもんね! あの無能政治家の議長さんはさぁッ!!!」

『!!!! 貴様ぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!』

 

 もはや押さえがたいほどの怒りに駆られさせられたサトーは、敵隊長機を撃破するため全力で刃を振るい、ビームライフルを連射し続ける!!

 それほどの怒りに駆られながら、それでもサトーは指揮官としての理性までは手放していたわけではない。

 

 敵隊長機が、敵部隊全体の方向性を示している特別な存在であることは、敵味方双方の動きから見て明らかだった。

 その中心を成している存在を自分が押さえつけ、できれば撃墜まで持って行ければ、もはや敵部隊に代わりとなれるものは誰もいない。

 

 そういう計算もあった上で、感情を上乗せした斬撃を繰り出していたのだが―――それでも尚、感情を完全に廃して合理に徹することは出来ていなかった。そういうことなのだろう。

 

 何度目かの攻撃と反撃を応報しあった後、突然に敵だけが大きく距離をとるような無意味すぎる移動をおこなった姿を見せつけられ、サトーは思わず声を上げる。

 

『逃げるだと!? ここまできた状況でかッ!?』

『た、隊長っ! サトー隊長ッ!!』

『っ!? どうした! なにか異変でもあったか!?』

 

 敵が死闘から一方的に退いた後のコクピット内に、味方の一人から悲鳴じみた通信を受けて問いただしたサトー。

 ・・・・・・だが、確認のための言葉を返したときには、すでに答えは彼の前に示され、必要なくなった後になっていた。

 

 レーダーに映し出された光点の群れ。

 自分たちは所在を隠すためにも切ってしまった装置で、味方同士の相打ちにならぬよう正規軍には機能したままになっているはずの、敵味方識別を示す光の点。

 

 それが十個近く瞬きながら、自分たちが今いるユニウスセブンに向けて接近してきていた。

 所属を示すIFFに表示されたコードは、自分たちがザフト正規軍を離反したときにはお披露目されていなかった、実物を見たことはない噂の新型――《ZGMF-X56S》

 

 

 たしか―――《インパルス》と名付けられたはずの、新たなザフト軍を担うフラッグMSとなりえる存在。

 

 

 その機体を含めた部隊が接近しつつある、という状況を前にしてサトーはようやく、その事実に思い至る。

 どうしようもない怒りと恨み、理不尽が許される世界への慟哭を込めながら。

 

 

 

「謀られたのか・・・我々は、また・・・ナチュラル共にッ!!! 私が愛する妻と娘と奪った連合の愚者共に! また! また私は――――おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッ!!!!」

 

 

 

 無念と哀惜に満ち満ちた、怒りと怨みの叫び声を轟かせながら。

 バックボイスとして『負け犬の遠吠え』を背中に聞き流す少女の、悪意に満ちた嘲笑が響きわたる。

 

 そんな幻聴を聞きながら、サトーの声は去って行った後の敵に向かって。

 怨みだけで人が殺せるものなら、何億回八つ裂きにしても飽き足りぬほどの想いを込めて――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――そんな戦いが、空の上で繰り広げられているのと同じ頃。

 地球上にあるユーラシア連邦西部の一国で、のどかな田園風景の中。

 ひときわ壮大なコロニアル様式の邸宅で、古式ゆかしい狩りの会がおこなわれた後のくつろぎの時間を過ごしている者たちがいる場所があった。

 

 

 かつて先の大戦終盤に、連合からの参加要請を拒絶したことから大艦隊による侵攻を受けさせられ、滅亡させられたオーブという島国を巡る戦いがあったことがある。

 その時にオーブ代表だったウズミ・ナラ・アスハは、決して褒められる政策ばかり行ってきた政治家という訳ではなく、このときの対応にも賛否両派が存在して善悪定かならぬ人物だったとして後世には記録されることになる人物だった。

 

 ただ彼は、少なくとも確実な滅亡が迫った混乱の中、亡命者の受け入れ先と、彼らが乗れるだけの難民船を確保することだけは実行してくれていた。

 そのときの彼の行動と、比較検証によって質の善し悪しを計るなら。

 

 現在の地球各国の政治家たちの誰よりも、オーブのウズミは人道的で優秀で賢明な政治家だったと評価するしかないのだろう。

 

 なにしろ、墓標となっていたスペースコロニー《ユニウスセブン》の残骸が地球に迫りつつある現状の中。

 刻一刻と落下が差し迫っている窮状にありながら地球上の各国政府は、未だに避難指示すら出すことなく、市民たちに危機の到来を一切伝えてもいなかったからだ。

 

 その行為だけなら、問題はない。

 避難場所すら確保できていない状態で、危機が迫っている事実だけ伝えたところでパニックの原因にしかなれる訳がない。市民たち同士で衝突するのが関の山だ。

 

 ・・・・・・だが、それにも限度というものがある。

 赤道近くにある島国のリゾートビーチでは、未だに多くの人達が水着姿で海水浴を楽しんでいる程なのだ。

 高波警報なり何なり、避難準備をうながす手段はあるだろうに・・・・・・それすら市民たちに向け、発しようとする現地政府がある国は、今の地球上には一つとして実在していない。

 それが現在の地球上に実在している国家群の危機対処における制作だったのだ。

 

 

 

 そして――世界各国の政府や指導者たちに、そのような危機対処をやらせている人物たちが今いるのが、この邸宅の一室だった。

 

 

 

「さて・・・とんでもない事態じゃが―――この招集はなんなのかね? ジブリール。

 みな、避難や対策に忙しいのだぞ? いちおうはな」

 

 白髪に白髭を整えた身なりのいい老人が、ヴィクトリアン調の椅子に腰を下ろし、葉巻をくゆらせながら、ゆったりとした口調で語りかける声が、室内に静かに響き渡っていた。

 部屋の中央にはマホガニー製のスヌーカー台が置かれ、周囲には玉を突く者やキューの切っ先を向け位置を確かめる者など、思い思いの姿勢でくつろいでいる男たちの姿がある。

 

 古式ゆかしい鹿狩りでも行われた直後だろうか? みな一様に乗馬服姿のまま室内に参集し、その部屋がある邸宅の中庭では今も若き騎手たちが乗馬の訓練にいそしんでいる光景が窓の外には見て取れる。

 

 

 どこまでも続くなだらかな緑の丘の先には森や牧場、歳月を経た美しい家々が点在している、のどかな田園風景が広がっている地域。

 元々は古い時代にこの地を支配していた領主の血を引く人物が、土地の所有権と先祖から受け継いだ屋敷の管理を細々と有しているだけだった場所で、いま現在も『この地に古くから住み続けてきた貴族の末裔』が法的な所有者として管理し続けていることになっている。

 

 だが現実には、この屋敷に集まっている男たちと元の所有者には何の接点もなく、邸宅そのものごと『使用権』を買い取った外国人のVIPこそが、この屋敷を名実ともに所有している真の持ち主であり―――現在の各国政府に対応を遅らせるよう命令させた原因そのものでもある男だった。

 

「まさに未曾有の危機、地球滅亡のシナリオという訳ですな。迷惑なことだ」

「ふん! シナリオと言うが、このような事態に至る筋書きを書いた者がいるとでも?」

「――それは先程、“ファントムペイン”に調査して戻るよう命じておきました。いちおうは・・・ね」

 

 その原因を作り出させている人物が、周囲の年かさの男たちに向け、慇懃な態度で言葉を語り始める。

 白に近い髪色と、冷めたような顔色の若い男だった。

 “先代”も歳の割に若く見える人物だったが、その時の相手よりも更に若く、まだ30歳前後にしか達していないであろう容姿をしている。

 

 周囲でくつろぐ男たちが年配の者ばかりで占められている中では、余計に目立つ。

 間違いなく彼らの中では最も年若い部類に属する男で、室内にいる者たちの中では彼と、“もう一人だけ”しか同年代でこの場所に入ることを許された者は一人もいない。

 

 

 『ロード・ジブリール』――というのが彼の姓名だった。

 この壮麗な邸宅の実質的な持ち主であり、欧州で名高い名門企業のオーナーとして知られている。

 

 

 だが彼には、そういった表向きに広く知られている立場とは別に、今ひとつ別の裏の顔が存在していた。

 各地でロビィ活動を行い、反コーディネイター主義を掲げてテロを行っている過激な思想結社《ブルーコスモス》の新たな盟主というのが、その顔だった。

 

「ザフトの新型を奪いにいったという部隊か・・・大丈夫なのか? やぶ蛇になっては元も子もない。だいたい今更なんぞ役に立つのかの? そんなものを調べさせて」

「さて・・・それを調べるために調査を命じたばかりですので。現物も届いていない状況ではなんとも。

 森を見ただけの段階で、捕れた獲物の毛皮の値を試算することまでは出来ますまい?」

「フン・・・皮肉を言う。だが、まぁいい」

 

 最初に鼻息を吐きながら疑問を呈してきた男たちの一人だったが、自分たちの存在意義と活動内容を揶揄するような表現を返されたことで、再び鼻を鳴らすと聞く姿勢だけはとってみせる。

 

 その姿を確認したジブリールは、いっそ尊攘なほど芝居がかった仕草と口調で天を仰ぐように見つめながら、周囲に言い聞かせるようゆっくりと言葉を紡ぎだす。

 

「正直申し上げて、この度のことには私も大変ショックを受けましてね・・・・・・。

 “ユニウスセブンが?”“まさか、そんな・・・”“いったい何故!?”――まず思ったのは、そんなことばかりでした・・・」

 

 大仰に手を広げる仕草とともに、古典悲劇の主役さながらに演劇調で言葉を紡いでゆくジブリール。

 見た目と相まって自己陶酔じみて見える、彼の大根役者っぷりを白けた表情で観劇させられながら、周囲の男たちは退屈そうに無言のまま彼を見つめ続けている。

 

 何気のない芝居がかった平凡なやり取り。

 ――だが、これこそが彼らという存在の異常さを、最も端的に現しているシーンだったのだと、もし第三者が同じ場に居合わせて“生きて帰ること”が出来たときには気づけたかもしれない。

 

 

 ジブリールが語りかけ、聞いている者たちが退屈そうに聞き流した情報は、宇宙から地上へと迫りつつある墓標となっていたコロニー《ユニウスセブン》の事件について詳細を知っていることを証明するものだったからだ。

 

 未だ世界中の政府要人でさえ、一握りの者たちだけにしか知らされていないはずの情報を、どこの国の閣僚にも名を連ねていないはずの、企業家としてのみ著名な彼らが皆すでに把握していることを示す反応。

 

 それが彼らが保有する権力の巨大さと権限の強大さを、さり気なく示してお釣りが来るほどのものだった。

 各国統治者たちでさえ情報管制を敷いて、避難指示と情報開示のタイミングを協議している最中の情報を、彼らを介すより早く知ることができる手段とツテを自前で確保している者たち。

 

 それが彼ら、経済面から世界を支配し、人類社会を裏側から操り続けてきた資産家たちの連盟――《ロゴス》その力の凄みが、そこにある。

 

 

「そういう前置きはいいよジブリール。手早く要点からいこうじゃないか」

「いいえ、ここが“肝心”なのですよ。お分かりになられませんかな?」

「む・・・?」

 

 最初の男が愛想のない口調で制しようと発言したときには一人分だった声を、逆に制する返事を返された言葉に反応したときには、いくつかの複数形に数を増す。

 それにより、自分の言葉に周囲の注目が集まったことを確認したジブリールは唇をつり上げ、“本題”に入るべきタイミングの到来を知って声を高める。

 

「何故なら、この事態。やがて世界中の誰もがそう思うこととなるでしょう。

 ――“まさか、そんな”・・・“いったい何故・・・?”と。

 誰もがたしかに、そう思う。たとえ答えがあろうとなかろうと、人は必ず問うものだからです。“なぜ?”・・・と。

 ならば我々は、その『答え』を与えてやらねば――違いますかな? 皆様方」

 

 そう言葉を続けられた男たちの瞳と心に、納得と理解の色が徐々に強まっていくのがジブリールには確かに感じ取ることができた。

 自分たちが今この場に集められた理由。自分たちがやるべき準備。それらによって自分たちが行うべき目標。その結果として自分たちが得られる新たな世界の支配者という地位――

 

 そんな欲望の夢を抱き始めている仲間たちの心理を感じとり、あえてジブリールは声量を落として話題をかすかに脇へとズラして転換させる。

 

「皆さんも既にご承知のことと思われますが、プラントのデュランダルはすでに地球各国に警告を発し、回避、対応に自分たちも全力を挙げるとメッセージを送ってきました」

「早い対応だったな。もっとも、ヤツらも相当に慌てていたようではあったが・・・」

「確かに・・・・・・だがそうなれば今回の事態、本当に自然現象だったということになるのかの? だが、それでは――」

 

 メンバーの一人から、そんな馬鹿正直とも受け取れる解釈と感想が漏れるのが聞こえ、ジブリールは思わず失笑しかける。

 無論この部屋にいる誰もが正直さとはほど遠い人格の所有者ばかりで、かつ『馬鹿な人間』など最初から入室する権利を与えられているはずはないことを、彼も他のメンバーたちも疑ったことは一度もない。

 彼ら自身は、その確信が揺らいだことなど一度もない。そういう者たちだけで今この場にいるメンバーは占められている。

 

「いいえ。そんなことも、もうどうでもいいんですよ。

 重要なのは、この災難の後に『何故こんなことに?』と嘆く民衆に、我らが与えてやる答えの方でしょう。

 もっとも、その為の正当性作りには多少、厄介だというのは承知しておりますが」

「まったくじゃ。老骨にむち打って、落下までに用立てる身にもなってみい。とはいえ・・・やれやれじゃ。もう既にそんな先の算段とはの。

 先ほど“森の獲物”について語った者の言葉とは、とても思えんな」

「むろんです」

 

 そこまで言ったとき、ジブリールの表情に初めて激しい激情の色が浮かぶ。

 

「原因が何であれ、あの無様で馬鹿な塊が、間もなく地球に! 我らの頭上に落ちてくることだけは確実なのです!

 どういうことです、これは!? あんなモノのために! この私たちまでもが顔色を変えて逃げ回らねばならないなど!

 このような事態はあってはならない! あっていいはずがない! この屈辱はどうあっても晴らさねばなりますまい!

 誰に?――当然、あんなものをドカドカ宇宙に造ったコーディネイター共にです! 違いますか!? 皆さんッ!」

 

 瞳と鋭く危険な光を宿らせた目つきで、先までの芝居がかった口調を放り捨て、怒りも露わに手を振り回し吐き捨てるように、扇動するように強く激しい言葉で激烈に言い立てる思想結社盟主の青年主義者。

 

「ふむ・・・・・・それは構わんがの。じゃが現状も、そう楽観視できるものでないのも事実じゃ」

「被る被害によっては、戦争をするだけの体力すら残らないかもしれん。それでは――」

「――だからこそ今日、皆様にお集まりいただいたのですよ」

 

 青年の狂的な熱気に当てられたのか、却って年長者として冷静さをわずかに取り戻したらしい幾人かが懸念を表明するように呟いてきた言葉に対し、一転して冷静な口調に再び戻っていたジブリールが冷ややかな声音で『最も重要な要件』を同士たち皆に告げる。

 

「避難も脱出もよろしいですが、その後に我らは一気に討って出ます。例のプランで。・・・・・・その事だけは、皆様にもご承知いただきたくてね」

 

 キッパリとした口調で、そう言い切るジブリール。

 相手の男たちの言うとおり、落ちてくるモノがモノだ。被る被害に“よっては”戦争をするだけの“体力すら残らない”かもしれない。その危険性は間違いなく存在している。それほどの危機的な状況。

 

 現状の中、“確実に残せるモノ”は限られている。

 その後に続く展開のため、必要分の確保を最優先で残してもらうよう手配する必要があったし、その時のためにも、“要らない分”は切り捨てて削ぎ落としておく必要性が発生することもあろう。

 

 そういう行為を世界レベルでやってもらうためには、彼らの協力と権力が必要不可欠だった。だからこそジブリールは今日中に招集をかけて賛成多数を勝ち取ってみせたのだ。

 

 もはやこの段になって話がこじれると言うことはまずあるまい。

 今度こそ、あの存在する資格のない忌まわしいバケモノ共を抹殺できるのだ。全人類の存亡をかけた最終決戦を、自分が率いる聖なる軍勢によって神の粛正と天の裁きによって、犯した罪に相応しき報いを、今度こそ奴らに―――必ずこの手で!!

 

 

「ふむ・・・どうやら皆、プランに異存はないようじゃな。では、ジブリー――」

 

 

「私は、反対ですな」

 

 

「―――なに?」

 

 

 一同がいちおうの協議を済ませて、最初の一人の長老格がまとめに入ろうとした瞬間。

 ジブリールよりは年かさの、だが他のメンバーである年寄りたちよりずっと若い、40歳前後と思しき人物がそれまでの沈黙を破って声を放つ。

 

 錆びたような印象の男だった。

 錆びて鈍くなった銀色の頭髪、頬がこけて実年齢よりやや老けて見える面立ち。

 オールバックに撫でつけた頭髪は、額が狭く、眉がよった表情の乏しい怜悧な顔がより鋭く見せる効果があった。

 

「・・・バールシュタット」

 

 彼の傍らに座し――いや“彼が”傍らに寄り添っている椅子に深く座っていた老人の一人が、聞き咎めたという体で視線をあげて相手の顔を見、短く制止の声を発するが、相手は敢えて“聞こえなかった風”を装うことにしたらしい。

 

「敵の動きが、いささか異常なまでに奇妙な点が目立ちます。

 現時点では方針を定めることなく、事態の展開を見てから動くべきかと」

「バールシュタットっ!」

 

 先ほどよりも強く大きい口調で、ハッキリと相手の発言を制する声が老人の口から放たれた。

 それによって恐れ入った、という風には全く見えない反応ではあったものの、相手の男は反論しようとはせず慇懃に一礼して非礼を詫び、

 

「失礼いたしました、父上。私の立場では失言だったようです。長老にもどうか、若輩故の無礼をお許しいただきたく」

 

 低調に腰を折り、無表情に述べてくる型通りの謝辞ではあったが、その所作は洗練されていて無駄というものが全くない、見事な礼儀作法を実践したものになっていた謝り方。

 その礼儀の技術に敬意を示した――と言うわけでもなかったが、相手の家にも相応の待遇と「恩の貸し借り」をせねばならない立場から、座長格の長老は青年と老人の仲裁役を買って出ることで妥協案とする―――つもりだったのだが。

 

「若者が先走る思いに駆られるのは世の常だ、恥じる気持ちがあるなら、それでよい。

 ロゥナも息子のことを、そう怒ってばかりやらぬことだ。叱るばかりが教育という時代ではすでにないのだからな」

「しかし、今の息子の発言はジブリール氏にも、皆様に対してもいささか・・・・・・」

「他ならぬ、お主の子息のことだ。なんの根拠もなく、ただジブリールの案を否定するためだけに戯れ言を述べるが如き愚行をしたわけではあるまい。

 バールシュタットにも何か考えがあってのことと思うが――ワシが許す。言うてみるがいい」

「――ハッ。では、お言葉に甘えまして・・・」

 

 座長格から発言を許され、頭を下げてから始められた説明。

 それは奇しくも、宇宙から地上に迫りつつある隕石を追う2隻の戦艦それぞれの艦長たちが抱いたのと同じ懸念によるもの。

 

 あまりにも事件が起きるタイミングが重なりすぎていることに、何者かの意図が関与した結果である可能性が高い、という推測。

 だが彼の推測が、敵味方2人の艦長たちと決定的に違っていた点は、持ちうる情報量の差と立場の違いが強く反映された部分。

 

「もし仮に、此度のシナリオを書いた者がコーディネイター側の人間だった場合。最も疑わしきはギルバート・デュランダル以外にありえますまい。

 プラント議長としての地位と権限を用いれば、この程度の調整も情報の流出もコントロールすることは可能になるのが奴の身分。

 奴の書いたシナリオとするなら、我らに奴の押しつけた役所を演じてやる義理はありますまい。今はひとまず様子を見るのが賢明と愚考いたします」

 

 それだけ告げて再び沈黙の砦に引きこもってしまう彼。

 自分の分析と計画に泥を塗られた形となったジブリールとしては、憤懣やるかたない。

 内心では顔色を真っ赤に染めて暴れ回りたい激情を抱えていたが、場所をわきまえる分別ぐらいは教育されてきた家柄の出身。

 

「・・・バールシュタット殿の分析は興味深い点が多くあったが、あくまで予測に過ぎないものでもありますな」

「如何にも、その通りです。流石は、ジブリール殿。ご慧眼、恐れ入る」

 

 皮肉をアッサリといなされて、続く言葉がすぐには思いつかず数瞬の間だけ黙り込まされてしまったジブリールに畳みかけるように、相手の男は変わらぬ口調で続きを付け加える。

 

「もとより私は、氏の提案されたプランを否定するものではありません。ただ落下直後の混乱に乗じての開戦という時期決定には、まだ早い危険性があると申し上げただけのこと。

 被害規模に寄るとはいえ、少なくともプラントへの大攻勢は一度か、多くとも二度が限界というダメージは負わされましょう。

 もし失敗すれば次がない状況での開戦は、時期をよく見計らうことが肝要。ひとまず今は、ファントムペインからの報告を待ってからでも遅くはないのでは、と」

「・・・・・・・・・・・・フン」

 

 不愉快そうにジブリールは鼻を鳴らしたものの、否定まではしなかった。

 結局その発言が影響し、会合の結論はひとまずお流れとなり、次の情報が得られるまでは全ての選択肢がありうるものだという前提で行動し、『たった一つだけの選択肢を選ぶことが確定した方針』での準備は時期尚早として却下されることになる。

 

「やれやれ。しかし、どれほどの被害になるかね?

 復興費用しだいでは業者の選別に手間取るのだが」

「戦争はいいが、こういうのは困るねえ。

 週明けの株式相場を考えると頭が痛いよ」

「どちらにしろ、『青き清浄なる世界のために』さ。それより避難先には、どちらの国を?」

 事故後の復興時に備え、地元産業の下請け企業にも多少の利潤は回してやらねば」

 

 いちおうの協議を終え、それぞれの果たす役割に必要な確認事項を語り合う傍ら、すでに『終わってしまった後の事故被害』について算盤勘定を語り合いながら帰路につく老人たちの背中を、ジブリールは邸宅の窓から苛立ちとともに見送っていた。

 

 

 ―――あの老人たちは、どうしてああなのだろう・・・・・・!!

 

 

 歯軋りしたいほどの義憤に、なりふり構わず暴れたくなる衝動を抑えつけるのに苦労させられながら、後ろ手に握ったビリヤードの玉をもつ拳に我知らず力がこもる。

 

 彼らは今が、どういう事態か本当に解っているのだろうか?と、ジブリールは彼なりに真剣な疑念を同士たちに対して強く抱く。

 

(またもコーディネイター共が――“あの”生きるに権利も持たないバケモノ共が、自分たち“人間の世界”を脅かしてきたというのに・・・!

 それなのに、あの老人たちときたら、まるで対岸の火事。これが人類全体の尊厳にかかわる重大事だということが、まるで解ってないとしか思えない!!)

 

 鋭い目つきに怒りの炎を煌めきながら、だが今の自分たちには、あの平和ボケした老人たちの協力が不可欠という現実もジブリールは理解してもいる。

 

 

 ――先代のブルーコスモス盟主だったムルタ・アズラエルが、先の大戦末期の《ヤキン・ドゥーエ攻防戦》で戦死させられた後、組織の再興と影響力を回復させるため自分がどれほどの忍耐と苦労と妥協を余儀なくされたか。

 

 すべては、一勢力のトップという地位にありながらノコノコ最前線の戦場まで出ていったせいで無様に殺された無能者アズラエルの蛮勇にこそ責任と原因があったと、ジブリールは信じて疑ったことは1度もない。

 その無様な失態を繰り返さぬため、ジブリールは心血を注いで今日に至っている。

 

 アズラエルの時代、ブルーコスモスは軍部内に多くの支持者をもち、議会に絶大な影響力を有してはいたが、直接的に武力をもつまでに至ることはできなかった。

 シンパとなった個人ならともかく、部隊規模での運用となれば政府側の許可をとりつける必要があったのだ。

 

 このためアズラエルは、『ウィリアム・サザーラント』をはじめ軍中枢メンバーに自分の傀儡を確保することで『生きた人間マイク』として連合軍を実質的に牛耳るという手法をとったのだ。

 

 それをジブリールは更に一歩進めて、自分の指示一つで軍事作戦を実行可能なブルーコスモスの私兵集団とも呼ぶべき存在を軍内部に創設させた。《ファントムペイン》がそれだ。

 この案を通させるため、自分たちに都合のいい法案を可決しやすい傀儡の大統領を当選させ、邸宅にいながらにして前線での軍事力行使を可能にしたのだ。

 

(もはや我らは、軟弱者のアズラエルに率いられていた頃の我々ではない! 撃つべき時に撃つことが出来る組織こそが、戦争に勝つためには必要なのだ!!

 ・・・・・・だが、それをするため金がかかりすぎたのも事実ではある)

 

 そう、それがジブリールをして《ロゴス》の老人たちに“ご機嫌伺い”をせざるを得なくなっている理由であった。

 ただでさえ大西洋連邦からは侵攻失敗の責任を逃れるため、核ミサイル使用を断行させたアズラエル1人に押しつけられ、連座してブルーコスモス派の軍高官を“イケニエ”として処断されてしまったことで、組織の再建と再スタートに時間と手間と、なにより資金がかかり過ぎてしまった。

 

 それが現在のザフト軍と自分たちとに、大きな差を作らせている。

 終戦と同時に復興とザフト軍の再建とに従事できたプラントと違い、自分たちはブルーコスモス組織の再興と影響力の回復、ファントムペインの新設などに時間をとられ、再スタートが出遅れる結果を招いていたのだ。

 

 ――その原因は挙げて、アズラエルの蛮勇にこそある! ヤツさえ無謀な前線指揮になど赴かず、後方から戦局全体を統率する責任を自覚していれば・・・・・・!

 

 

 そう考えて、未だに思い出すたび怒りに身を震わせずにはいられないジブリールだったが・・・・・・反面。

 核ミサイルの使用によって《ジェネシス》を撃たれる口実を相手にもたらしたアズラエルは、最前線における最高位の立場だったからこそ名誉挽回の機会を得られたという幸運を、彼は自覚していない。

 

 もしあのままノコノコ“逃げ帰って”きていたら。

 あるいは、地球軍本部の会議場の一席で《ジェネシス》照射の報を聞かされていたならば。

 彼に待っていたのは、戦犯としての軍法裁判と処刑台の13段目しかなかった――という事実を、現実だったと認めて認識するには・・・・・・ジブリールのプライドは高くなり過ぎていたから・・・・・・。

 

 

 

 

「ジブリール殿。先ほどは愚息が無礼な失言をしてしまい、申し訳ない。ワシからも謝罪をさせて頂きたい」

 

 怒りに震える内心を押さえつけるのに苦心していたジブリールの背中から、年老いてしゃがれた老人の声がかけられて、彼は現実の室内に心を引きずり戻される。

 振り返った先にいたのは、椅子に座った姿勢で頭を下げている、背が曲がった小柄な老人で、ジブリールもよく見知った相手でもある。

 意識して、怒りの感情を内心に押し込めて表には出さず、表面的には友好そうな笑顔を表情として浮かべさせながら、ジブリールは老人からの謝罪に寛容さを示して“恩を売る”ことを優先させる。

 

「歳のせいで、足が動かなくなってきたとはいえ、やはりアレを、このような場に連れてくるべきではなかった・・・。

 たとえ言っていることが理屈として一理あったとしても、場を弁えるというのも必要だというのがヤツには分からんのです・・・本当になんとお詫びしてよいか・・・」

 

 ――まったく以てその通りだ。自分だけが優秀だと思い込んでいる阿呆はアレだから困る。

 ・・・内心でそう罵りながらジブリールは、礼儀作法としての美徳を発揮し“バカ息子”の無礼を詫びる老人を許した。

 相手の老人には借りが多くある間柄で、組織再建の折りにも、ファントムペイン設立時にも力を貸してもらった経緯がある。

 高飛車で傲慢そのものに見られやすいジブリールだったが、この辺りは大企業オーナーで名門一族の現当主として流石に心得てはいるのだ。恩を売って損のない相手に、無駄なケンカを売ろうという無意味な浪費は好まない。

 

 まして彼は、老人たちには珍しく自分の活動に理解を示し、積極的に支援してくれている大手スポンサーの一人。

 今回のザフト軍が開発したという新型MS奪取のための作戦で、『自前の私兵部隊』を提供してくれたのも、この老人が腰の重い愚息をたきつけてくれたからこそのもの。

 

 それを思えば、あのようなバカ息子の無礼。取るに足らない。

 

「ロゥナ老、頭をお上げください。バールシュタット殿も良かれと思って言ってくださっていただけのこと、お気にされるほどのことは何もありません」

「そう言って頂けると、救われた想いです。

 此度の非礼にたいする謝罪――という訳ではありませんが、先日に聞かされた例のものの開発計画には、我が一族からできる限りの援助をお約束いたしましょう」

「それは――! まことでございましょうか・・・?」

「はい。愚息の無礼への寛容なる処遇と、なにより我ら地球人類の未来のために必要な先行投資として、確約しましょう」

 

 今度こそジブリールは、嘘偽りなく本心からの喜びと謝辞を老人に述べて頭を下げる。

 彼としては、バカ息子の失言にたいして父親からの謝罪を送られた時点で、小さくない“貸し”を作れたと満足すべき結果を得ることはできていたのだが、そこにきて思いがけない程のサプライズ。

 

 たかが真心だの心からなる感謝の言葉だのを送ることに、何の躊躇いも感じなくなるほどのプレゼントだった。

 言葉も礼儀も、いくら言ったところでタダなのだから。無料で得られるメリットを手放す無欲さはジブリールに無い。

 

 ――相手が申し出てきたのは、ブルーコスモス傘下にある研究所の一つから提案された、“とある超兵器”の開発計画に関してのものだった。

 まだ設計書が届いたばかりの代物だが、それだけでもジブリールが目の色を変えるほどの威力を有する圧倒的な技術力の結晶。それさえ完成すれば街一つを灰燼に帰すぐらいは簡単にやってのける切り札となりえる存在なのは間違いない。

 

 だが反面、武装に特殊機構が多く使われており、既存の地球技術では実現までに時間がかかり過ぎるという欠点を抱えているアイデアでもあった。

 入手した情報から、奪取したザフト軍の新型3機の内1機が似たような武装を装備していることが分かっていたので、実機さえ入手できれば開発スピードは大幅に速めることができ、早ければ冬までの完成すらありえる!そういう魅力的な提案。

 

 とはいえ、開発研究に要する費用までは如何ともしがたい。

 今回の一件で冬まで待つ必要はなくなり、短期間での決着が可能になったことで不要になったはずのプランだったが予想は裏切られ、長期戦も視野に入れた準備がいるかもしれない。

 

 その時のために備える費用と、老人の一族が有する研究施設。

 その二つが得られるなら、あるいは――!!

 

「しかし――やはり愚息は、次期当主の器ではないようだ。家を継ぐべきはアレではない」

「ほう・・・ッ!? それは――」

 

 十分な結果を得られたことで満足した心地に浸っていたところに、驚愕の情報をつぶやかれ、ジブリールは驚きに目を見開く。

 相手の発言が、自らの一族内の後継者争いという内輪の問題を、他家の当主に向かって吐露する行為だったからである。

 

 同じ《ロゴス》のメンバーとはいえ、所詮は利害損得が一致する商人同士の同盟であり、時勢の変化と情勢次第では商売敵になってもおかしくない間柄の者同士でもあるのだ。

 好き好んで弱みを見せたい相手でなければ、教えることで得をする関係性では全くないのが実情。

 

 そんな相手に対して、自分から一族内部に内輪もめの火種があることを伝えるというのは一体―――

 

「いくら優秀といえど、皆様方を不快にさせるような言質ばかりを口にする者は、我ら《ロゴス》の一員として相応しくありません」

「それは随分と・・・衝撃的なお話ですな。

 しかし老には、バーンシュタット殿以外にご子息はいらっしゃらないと記憶しておりますが・・・?」

「その通りです。が、歳は若いですが孫がおります。

 ワシの跡目を継ぐのに相応しい者は、あの子をおいて他にいません。だからこそ、ジブリール氏にだけお話をした。・・・・・・この意味、聡明なあなたならお分かりでしょう・・・?」

 

 意味深な視線を向けられながら、意味深な言葉を向けられたジブリールは無論、相手の言葉を誤解することなく正しく受け止めることになる。

 

 年若く、経験も実績も年齢さえも乏しい同格の同僚の後継者に、『後見人』として影響力を行使できる立場となれるのだ。

 場合によっては、相手側一族の身の代を食らい尽くさせるまで絞り出させることも可能になるだろう。

 やり過ぎれば他のメンバーから嫉妬と猜疑を買って、自分たちがやられる前に叩き潰しにくる恐れもあるが、彼としても仲間は欲しい。

 

 最悪の場合にならない限り、自分は相手にとって最大にして最良の味方になることだろう。

 

 

「・・・ご安心ください、ロゥナ老。

 このロード・ジブリール、我らの若く新しい同志の誕生を歓迎し、後ろ盾となり、出来うる限りの支援をお約束いたしましょう。決して期待を裏切ることはございませぬ」

 

 本心から恭しく、ジブリールは老人に一礼する。

 嘘ではない。社交辞令でもない。

 

 自分たち組織にとって、可愛らしい姫君という“傀儡”の後ろ盾となれることを、彼は本心から喜んでいたのだから。

 だからこそ、問う。

 

 これからの自分が支援する、カワイイ“お人形”その名前を―――

 

 

「――ところで、老自慢のご息女の名は、なんと申しましたか・・・・・・いや失礼。

 あまり社交の場で姿を現すことは多くなかった御方でしたので、つい」

「それは仕方ありません。アレは父親に配慮して、自ら自制しておりましたから。

 ですがもはや、その必要もないでしょう。あなたには是非にも早く、顔合わせだけでもしておきたい」

 

 

 ニッコリと、この時ばかりは嘘偽りは一切存在しない笑顔で。

 本心から“照れた”表情を老いた顔いっぱいに浮かべながら、老人は“その少女”の名を告げる。

 

 

 

「“イングリット”―――。

 それが我が一族の当主として、新たなロゴスの一員になる者」

 

 

 

 それがジブリールにとって、「幸運の女神」になりえると信じ、「ファム・ファタール」になる危険性は考えてもいない少女の名であり。

 

 そしてそれは、死から蘇った少女の死体が、『巻き込まれたくない地球にいる人』の名でもある事実を―――今の時点では誰も知らない。

 本人たち2人以外には、誰1人として―――

 

 

 

つづく

 

 




*『今話で初めて明かされた設定の補足』

念のため説明として、「イングリット」は“あの”「イングリット」の事。

ラクスがクライン家の娘になってた理由が不明なのと同様に、同じ流れで「ロゴスの一家」で娘になってたアコードが他にもいても不思議はないと考えた作者。


また、最後の一文で分かるかもですが、今作は「百合」の要素ありの作品です。
ガチには出来ないかもですが、一応でも「百合ありガンダム」が作者は希望。



尚の余談ですが、ユマと部下たちが今までに何度か『お嬢』と呼んでたことある、彼女たちの上司を『セレニアだ』と思ってた方がいたら正直に挙手してくれると嬉しいです。

読者の期待じゃなく「予測」を裏切れると、なんか嬉しい作者の悪趣味♪
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