【赤い彗星×Gガンダム】のコラボ作品2話目です。
ただ、時間かけすぎたせいか否か思ったほど上手く書けなかったのが心残り。
オリ設定の説明を短く書けるようになるのが、今一番努力すべき部分みたいです。
人類が増えすぎた人口によって汚しきった地球を後に、宇宙へと昇った人々がコロニー国家を新たな生活の場とするようになってから、60年あまりの刻が過ぎていた。
地球国家間による対立は、それぞれの古里を模して造られたコロニー国家同士の対立という形に持ち越されて未だ燻り、コロニー国家間の全面戦争を避けるため新たな戦争の形を生み出すことになる。
《ガンダム・ファイト》
4年に1度、それぞれの国の代表選手を《ガンダム》と名付けられたマシーンに乗せ、ファイトと称して戦い合わせ、最後まで勝ち残ったガンダムの国がコロニー国家連合の主導権を手にすることができる、スポーツマンシップに溢れた戦争を作り出したのだ。
・・・・・・だが、残された問題が一つ。このファイトの舞台は地球。
かつて自分たちが住んでいた汚れきった母なる星を、人々は自らの欲望の捌け口として用いることを未だ辞めようとはしていなかったのである。
そして4年に1度の開戦の日。
かつて美しさを誇っていた地球に向け、各コロニー国家から無数の輝く物体が発射されていく姿が見えた。
ネオ・アメリカのものはアメリカ大陸へ、ネオ・チャイナのものは中国大陸へ。
それら地球に残された母国へと散っていく姿は、まるで地球の重力に囚われたままの魂が翔ぶことを拒んで、深い絶望の闇へと還りたがっているように見えたかもしれない・・・・・・。
――だが、ここに極僅かな例外となる者達が存在していたことを、諸君らは知っているだろうか?
ネオ・ジャパンから発して地球のイタリアへと落ちていった流星の如き光と同様に、地球に古里を持たぬ新興のコロニー国家《ネオ・ジオン》から発した光もまた、帰るべき故国を持たぬ光となって地球へと落ちていく。
地球に新たな戦いをもたらす凶兆にも、あるいは人類に新たな社会の在り方を示す希望にも見えた、その光を差して人々は言った。
まるで『赤い不吉な彗星のようだった』―――と。
――地球の一角にある都市のひとつでは、早朝を迎えていた。
常であれば、優しい陽の光を浴びて目を覚ました子供たちが家族と共に朝食を囲み、父はその日を生きる稼ぎを得るため仕事に出て、母は子供たちを学校に行かせるため悪戦苦闘する・・・・・・そんな日常が当たり前として送れていた生活の一部でしかない時間帯。
だが、この日の町中は朝から喧噪に包まれていた。
「テメェら何やってんだよ!? とっとと退きやがれ! 道を空けろッ!!」
「うるっせーな! コッチも逃げるので手一杯なんだよ! 黙ってろガキィッ!!」
「消防車はまだなのぉ!? 私の家が燃えちゃうよ! 誰か火を消しておくれよぉ!!」
「ヒィィッ!? 早く逃げなきゃ! 首都にいたらファイトに巻き込まれて殺されちまうッ!?」
悲鳴を上げて逃げ惑う人々。衝突し合う避難民たち同士のグループとグループ。
混乱に紛れての略奪目的か、あるいは恐怖による錯乱か、暴徒化した民衆による放火も各所で散見されているようだ。
これら全ての混乱と被害は、夜明けの直前に空から降ってきた一つの流星によってもたらされたものだった。
逆噴射による制動で被害を最小限に抑え、大気圏突破による超高温を冷却装置によって問題ないレベルまで低下させ、落下による衝撃で発生した周囲の瓦礫を集めて自らを覆い隠す偽装のためのシールドを形成させる。
・・・・・・現在の疲弊した地球経済と技術力では、とうてい不可能なスーパーテクノロジーの産物。
それを見た流星の落下した街の人々は――いや、コレが流星という自然物ではないと理解させられた者達は“その日”が訪れたことを無言のまま宣告され、“ソレ”の近くで行われる戦いに巻き込まれるという暗黙の了解の元、大急ぎで逃げ支度を済ませて街から非難するため躍起になっていたのである。
こういう時、自分が逃げるため、命が助かるためなら何をしても良いという考えに取り憑かれてしまうのが人の業。
恐怖心と生への執着、死からの逃避を強く願う人々が一時的に錯乱状態に陥って凶行に及んでしまったとしても、彼らの非だけを責められない。
元を正せば、その人達が“その行為”を行わなければ済んだ話なのは事実なのだから・・・・・・。
だが、流星を模した人工物が落下した街に住む人たちの全てが、故郷を捨てて逃げ出すため暴徒化して、仲間同士での罵り合いやぶつかり合いに終始していたという訳でもない。
町中の中心部から外れた薄汚れた安酒場に屯している男達と、胸元を露出させた服装の女性たちの一部は緊急避難放送を聞き流し、せせら笑いを浮かべ合いながら嘲笑して杯をぶつけ合っている。
『本日未明、落下した隕石は調査の結果ガンダムファイトに関係があることが判明しました。そのため落下物を中心とする半径5キロの範囲が超1級危険地帯に指定されています』
「ハハッ、また町中で戦争でもおっ始めたらしいぜ。コロニーの連中はさ」
カウンター前に置かれた型遅れの旧式テレビから流れてくる、アナウンサーによる実況放送。
その他人事のように冷静な口調と表情に、反吐でも吐きたい気持ちに駆られた酔客の一人が揶揄するように笑い飛ばす声が聞こえ、何人かが賛成するように声を上げる。
「つくづく上の連中ってのはヒデェことするなァ」
「所詮は人殺しの集まりだよ、ガンダムファイターって奴らはな」
「ったく、いつからこんな世の中になっちまったのかねぇ、人類の母星って言われた地球はさぁ」
逃げ出すような素振りを見せることもなく、コップに注がれたビールを飲み干し、カウンターに追加を注文し、手にしたコップを磨きながら口髭のバーテンダーは「ツケでの注文」に眉をひそめつつも何も言わない。コップを磨く手を止めることもない。
自分たちが屯している店から通りを一つ挟んだ先では、逃げ出そうとする群衆同士が衝突して喧嘩沙汰にまで発展している中で、ほとんど別世界のように穏やかな時間が店内には流れている。
だが彼らは別に、自殺願望の持ち主という訳ではなく、死への恐怖感が麻痺した精神障害者の一団でもない。
ただ逃げ出す金も、逃げ出す先の当てもなく、逃げたところで生きていく糧を失って野垂れ死ぬことしか出来ないと分かっているから、仕方なく諦めて残り続けているだけの人たちなのだ。
この辺りには彼らのような人が多く住んでいる。
いや、確認されていないだけで、彼らのような暮らしを送っている者の方が多数派になっているのが、今の地球の現実だったのかもしれない。
スラム街しか居場所のない、低所得の労働者たち。
空の上に広がる豊かな生活に憧れながら、自分たちが死ぬまで働いても決して届くことはない現実と知り、僻みと嫉妬とコンプレックスを持ちながらも、そうなった責任は彼ら自身には無い。
ただ、「地球ごと捨てられたせいで貧しいままから抜け出せない」そんな人たち。
「そういうお前も、人殺しだよ。み~んな人殺しだ。人ってのは傷を舐め合いながら生きてくため、他人と殺し合うしかねぇのさ」
中の一人が、同じ身分に追いやられた仲間たちに向かって、したり顔で述べた言葉が店内に響き渡って、何人かが不快とも怪訝そうとも取れる表情で相手を見返す。
「・・・あぁ? なに言ってんだお前?」
「放っておけ。どーせ自分が可愛いから、非難される前に理論武装したいだけだろ。負け犬だよ」
そう言って、処置なしと片手を振った仲間の言葉に納得し、また雑談の輪へと戻っていく客。
混ぜ物によって水増しした安酒さえ、チビチビと飲むしかない彼らの稼ぎでは、こーいった事でも話題にしなければ間が保たない。
そんな彼らの双方が述べた意見と評価を聞きながら、一人の客が小さな呟きとして、異なる感想を口にする。
「――いや、坊やだからさ」
短く言って、グラスを煽る。
事情を持った常連ばかりが屯している店にとっては珍しい、新入りの客だった。
まだ若く、見た感じの印象では20代になったばかりの若々しい印象だったが、カウンターに1人きりで座ってグラスを手にしている姿は妙に様になっている。
トレンチコートを纏って、サングラスをかけ、席の横には旅行用のトランクを一つだけ。
今では地球社会でも見かけることは少なくなったクラシカルな出で立ちの若者だったが、顔立ちや立ち居振る舞いは悪くない。
一昔前の家出した若者という風情そのものの服装をしているが、一挙手一投足の挙動が他の酔客たちと違って洗練され、下品な動作でも人に不快さを感じさせない品が感じられる。
「マスター、もう一杯もらおう」
「・・・・・・はいよ」
バーテンは、それなりに人を見てきた人生経験から相手が、それなりの身分の出身者であることを見抜いていたが、口に出しては何も言わず注文された品を差し出す。
良いとこ出の事情持ちなお坊ちゃんなど、関わり合いになったら余計なゴタゴタに巻き込まれるだけであることを、彼は承知していたのである。
彼は賢明だった。
「それは、私に奢らせてもらおう。いいかね? ミスター」
そう言って新来の客たちの先頭に立っている男が、カウンター上にコインを放ってきたのがその理由だった。
見た感じ、特段の印象を抱かせない男たちの一団である。
別に、黒色で統一されたスーツをまとって、黒い帽子を目深にかぶった姿で、サングラスで顔を隠した、見るからに堅気とは思えぬ雰囲気を漂わせた集団という訳ではない。
むしろ、質は良いが華美な印象を感じさせない色合いのスーツを着て、如才ない笑みを浮かべて友好的に微笑みかけている様子からは、仕事のできる商社マンというのが最も似つかわしく思えるほど。
ただ――彼らを紳士と評するには、目付きに険がありすぎる。
「保安警察の者か?」
「・・・・・・驚きましたな。分かるものですか?」
愉快げに笑いながら真実、彼は相手の洞察力には驚かされていた。
それは相手が一目で自分たちを、政府機関の人間だと見破ったことにでもあるが、それ以上に『保安警察』の名を躊躇わずに出してきたことが、より大きい。
一般の人達であっても、自分たちを『警察』の人間と疑う者はそれなりにいる。
だが、『保安警察』の存在と名を即座に思いつく者は、その業界の人間でも多くはないだろう。
保安警察は近年この国で新設された政治色の強い事件を扱わせるための特殊な警察機構の組織名である。
一般犯罪者だけを担当する司法警察と異なり、外国企業やスパイ活動の防止などを主な任務としており、その任務の性質上一般の市民たちとの接点は少なく、知名度もほとんど知られていないはずなのだが・・・・・・他国人でしかなく宇宙から降りてきたばかりの宇宙人モドキが、なぜ自分たちの存在を知っているのか?
彼は心の中で相手への評価と警戒度を数段階ほどグレードアップさせながら、表面上はあくまで友好的な態度を指の先程も崩すことなく笑いかけ、瞳に宿した険の深さも変えることはなかった。
「匂いでな。一般の司法警察にしては、他者への見下しが強すぎる」
「ハハッ、参りました。さすがは一国を代表する御仁のようだ」
彼らにとって、自分たち以外の人間には、二種類の人達しか世界に存在しないのである。
罪を犯した裁かれるべき人間と、これから罪を犯そうとする人間の二つだけしか。
特権階級の傲慢さと、自分たち自身も上からは番犬として見下されている立場故の僻みとプライドが綯い交ぜになった、階級社会に組み込まれた己を正当化する理論に慣れた人間特有のコンプレックスによる鬱憤晴らしの匂いを嗅ぎ取ったからこそ、彼は相手の地位身分を言い当てることができたのである。
上から見下される立場にあることを強く意識している者たちほど、潜在的なプライドは高くなりやすく、自分より更に下の階級を欲しやすい。そういう歪な劣等感と優越感に浸りたがる者たちが内包している心の闇に引きずり込まれるのは御免だった。
「悪いが私の支払いは別で頼もう。マスター、勘定」
「なっ!? ま、待って頂きたいミスター。そう焦らずとも少し話を・・・・・・」
「いや、遠慮させて頂こう。パーティーへの出席が遅れて、また上司をお冠にさせるのは避けたいところなのでね」
一方的に告げて、さっさ店を出ていってしまおうとする青年を、彼の同僚たちが力ずくで引き留めさせる――などという野暮な真似をする気はなく、その必要も無い。
すでに人員の配置は完了していた。
彼らが店に来たのは、その計画の詰みとなる一手をうちに来る役目を担っただけのこと。相手の逃げ込む余地など、この国中のどこにもない。
事実、青年が店を出た直後から、ヘッドライトを灯らせた2台の車と、複数人の男たちが彼の後をゆっくりと付いてくるように移動を開始していた。
彼もその尾行には気づいているのだろうが、それもまた想定の内。
気づくと外の景色は、スッカリ夜も明けて明るい日差しが街を照らす時間帯に変わっていた。
もう夜更かしの過ぎた人間たちや、夜間にしか顧客がなく需要もない仕事を生業としている者たち相手向けの商売だとする口実が通用する時間ではない。
普段であれば、各々の職場に向かって歩みを早める社会人や、学校に向かう子供たちの行き来で賑わっているであろう時間帯でもあったが、今日ばかりは人気のほとんど見いだせない大通りを青年1人だけが歩を進めていくゴーストタウンのような光景が広がっている。
そうやって歩んでいた青年が、男たちの尾行から逃れるように首都のスラム街にある複雑な通路を奥へ奥へと進んでいく途上で、通りの角に差し掛かった一瞬。
急激に速度を上げて、角の暗がりへと飛び込むように身を隠した標的の姿に、唇の端を「ニヤリ」と歪めた男たちが走って後を追い、そして
「!? い、いない・・・・・・? バカなっ!」
「我々は奴を追い詰めていたはず! 一体どこに消えたと言うのだ!?」
突然、煙のように姿がかき消えてしまった尾行相手の消失を前にして、前後から挟み撃ちする手筈になっていた彼らは混乱しながら周囲を見渡す。
背後からの追跡によって、予め味方に封鎖を完了させていた一帯まで誘導させる――その計画は途中まで上手くいっていたはずなのに、一体いつどこで気取られ、狂わされたものか、彼らには全く理解不能な現象を前に、権力が強いだけの『普通の人間たち』に収まるレベルでしかない彼らには、常識的な対応しか取るべき引き出しは持ち合わせていない。
「探せ! いくらガンダム・ファイターが人間離れした身体能力を持っているとはいえ、生身の人間であることに変わりは無いんだ! 人間が煙みたいに消えるわけがない!
必ずこの辺りのどこかに隠れているはずだ! ソイツを見つけ出せ! 最悪、発砲しても構わん!」
「す、既に逃げ出してしまっている可能性も・・・・・・」
「奴らは人間だと言ったはずだ! エスパーみたいに瞬間移動でも出来るわけじゃあるまいし、人間が消えれるわけがないだろうが!? だったら移動できる範囲は限られる!
子供じみた空想を語ってる暇があったら、さっさと探しに行けウスノロ野郎!!」
「りょ、了解しましたッ! 早速に!!」
上司の命令を受けて四方へと散っていく、目に見えて分かりやすい黒のスーツで統一された男たちの集団。
一人残った、リーダー格の男は呻き声を上げるしかない。
「・・・まさか、こんな事になるとは・・・ガンダム・ファイターが常識外れの力を持っていると聞いていたとはいえ、三個分隊も動員して逃亡を許すなど人間業とは、とても思えん。
ガンダム・ファイターとかいう連中は、化け物なのか!?」
負け惜しみのように放たれたセリフが、無人と化した町中へと吸い込まれるようにして消えていく。
「フン・・・保安警察といえど、新設されてから数年程度では、こんなものか」
眼下から響いてきた負け犬の遠吠えの如き叫びを聞かされながら、青年は侮蔑の感情を言葉に込めつつ、相手の醜態を見下ろしている
彼が今立っている場所は、警官たちが前後から駆け込んできて鉢合わせした一方通行の通りの右側に聳えていた、『窓のない三階建てビルの屋上』だった。
当然ながら、左右のビルへの入り口は封鎖されているし、突破された形跡もなく、旧時代に建てられて放置されているビルには、正面ゲート以外に入るための出入り口がない。
保安警察の職員たちが、逃げ込んだ先の候補として考えなかったのは常識的には正しい判断と言えたかもしれないが、大前提として間違っていた部分が一つだけある。
「常人の基準で計れる程度のものに、ガンダム・ファイターの称号を与えられるわけがない。
地球の重力に魂を惹かれて、飛ぶことを忘れた心をもった人達には、それが分からんようだな」
青年――ネオ・ジオン代表のガンダム・ファイター、『シャア・アズナブル』は率直にそう思う。
彼は、ビルから突き出していた小さな取っ掛かりになる部分を足場にして、幾度ものジャンプを繰り返すことで、通常の自分が至れる三倍以上の高さにあるビルの屋上まで、一瞬にして駆け上がることを可能にして今この場に立っていたのだ。
【八艘飛び】
まるで重力を無視するかのような彼だけが実現できた神業の如き連続ジャンプを指して、指導してくれたスポーツ選手は先祖の故郷に伝わる伝説になぞらえ、そう名付けてくれた。
以来シャアの代名詞となっている十八番として世間では知られるようになってはいたが、限界高度がどれほどまで至れるか?という点では公式記録にも記されてはいない。
保安警察の者たちも、今までの相手がスポーツ大会で叩き出してきた記録を基準として、最大値まで見積もった上で今回の作戦の実行場所を選んでいたのだが・・・・・・まさか大会記録が『手加減した結果だった』とまでは想像の埒外だったようだ。
「重力の底に繋がれ、地上で起きる出来事だけで全てを考えることに慣れてしまうから、そういう事にもなる。
――だが、どうやら君は彼らとは違うタイプのようだ」
「・・・・・・やはり気づかれていましたか」
眼下に見下ろしている景色に身体と視線を向けたまま、自身の背後にある闇に包まれている空間に向かって言葉を投げかけ、その問いかけに返事が返されてくる奇妙な光景。
まるで背中に目が付いてでもいるかのように自然な、無理のない動作で行われたからこそ普通のことのように思える者もいたかもしれないが、そうでないことは問われた側が一番よく理解している。
何故なら、「自分から話しかけよう」と『消していた気配』を見せようとした、その寸前に相手の方から語りかけられてしまっていたからだ。
だから一瞬ギョッとして、即座に言葉を返すことができなかった。
先読みされたかのような相手の行動を見せつけられ、戸惑いと微かな怖さを感じさせられたが、今さら方針転換するわけにも行かない。そういう立場に“彼”自身も立っている。
彼は覚悟を決めて気配を現し、相手の肉眼でも見える範囲に足を踏み出し、陽の光の中へと自分自身のすべてが曝け出される場所へと姿を現し――そして、名乗りを上げた。
「おれは・・・いえ、私の名は『リディ・マーセナス』
この国、『ネオ・セネガル』の代表として選ばれたガンダム・ファイターです。
ネオ・ジオンの代表シャア・アズナブル、あなたにお願いしたいことがあって会いに来ました」
・・・・・・歴史を語ろう。
かつて地球が、人の生み出した文明の重みによって死に瀕するようになっていた時代のことだ。
宇宙開発が加速していく一方で、人口増加と環境悪化など20世紀代から続いていた様々な社会問題は、すでに地球が耐えうる限界点へと到達しつつある窮状へと陥るまでに至っていた。
自然の回復には人の寿命を遙かに超える長期療法が必須であり、一度でも破壊し尽くされた環境が自然治癒できる可能性は極小でしかない。
今はまだ多くの自然が残されていても、百年後まで治療が遅れれば地球の自然は死に瀕する。
それを避けるため、人類の母なる星を青い惑星として存続できるようになるためにも、人は自らの痛みを受け入れることも覚悟せねばならない――そう考えた当時の人々の認識は正しかったと断言できる。
そして彼らと同じ危機感を共有している人々は、決して少ない数ではなかった。誰もが太陽系に浮かぶ青き星が、孤独な死の惑星になることを避けたいと願っていたのである。
この時代、同じひとつの危機感を共有している人々が、地球の死を回避させる方法として真剣に討議していた計画が二つ存在していた。
一つは、『スペースコロニー計画』
これは当時存在していた主権国家群が、それぞれの母国を模した人工の大地を宇宙空間に建設させ、その地を新たな母国とするための大規模な宇宙移民によって死に絶えつつある地球を脱出し、人の生活が生み出すゴミの負担から地球をも救おうとするプラン。
だが、この計画には幾つか問題があり、その際たるものの一つが現在の国際社会が抱え続ける国家間の対立を、そのまま宇宙にまで持ち込むことになるのではないか?という懸念があった。
その対立に地球が巻き込まれたときには、広大な宇宙空間でおこなわれる戦いの傷跡と破壊は、地球上で行われてきた闘争の非ではなくなってしまうかもしれない・・・・・・。
それを恐れたからこそ、人々は当初もう一つの地球再生計画に大きな期待を寄せるようになっていく。
『地球連邦政府思想』というのが、そのプランだ。
そのプランは本来、スペースコロニーによる宇宙移民計画の補助するためのサブプランとして立案されていた。
宇宙移民に際して懸念された危険の一つに、現在の国家で上層部にある支配者層は地球に残り続けることを望んで、下層階級にある貧しい者たちだけを放逐し、宇宙に生みだした植民地として収奪と労働力供給の対象としてのみ用いようとする――というものがあった。
そこまでは行かなくとも、保守的な人々が生まれ故郷を捨て去るような政策に、異論なく賛成多数で実現させてくれるとは想像しづらい。
実現のためには反対派となることが予測される、現地上国家としての歴史を誇る古い国々を、力ずくでも従わせて宇宙移民を強行できる『神の如き力』をもった人工の存在が必要不可欠にならざるを得ない―――人はまだ全人類が直面する危機を前にして、理性によって対立を乗り越えて協力し合えるほど成熟した生物へと進化することは出来ていないのだから・・・・・・。
だが彼らの目的はあくまで、危機に瀕した地球の再生であって、全地球の支配ではなかったのは事実である。
人工の神とも呼びうる史上最大規模の政治勢力を管理運営する者を、史上最悪の独裁者として生みだすような愚行は絶対に避けなければならない。
そのために彼らは人類史上初となる全人類統治機関の長となる人物の人選には、最大限の慎重さと警戒心をもって望み、一人の人物を選び出す。
『リカルド・マーセナス』
それが人類史上で初めての存在に選ばれた人物の姓名。
彼は今のネオ・アメリカとなる前のアメリカ合衆国で生まれ、ドイツの地球上における領土で幼年期を過ごし、少年時代をフランスで過ごした後にアジアの学生として青春時代を送った国際色豊かな経歴を有しており、人種的にはアラブ系とヨーロッパ系双方の血が流れているハーフの青年だった。
その出自と中立的な血脈が、全地球国家で形成されることになる多国籍政府のトップに立つ者として相応しい所属と人格を有していると判断された結果としての選抜だった。
だが・・・それは同時に、地球連邦を成立させるため多数の国々を力ずくで屈服させて血を流させることを決断する義務を負うことを意味するものでもある。
苦渋の末に、地球人類全体のためを思って決断する立場を引き受けることを、リカルドは了承した。
彼の了承によって、全ての条件は整うことになる。
閣僚の人選も終わり、現大国の有力者たちとの根回しも完了し、後はプランの開始までカウントダウンを待つだけとなった時。
地球人類は―――各国の支配者層はアッサリと地球を捨てて、コロニーへ移り住む道を選ぶことになる。
その後も、有力者と彼らの家族だけとはいえ宇宙移民は順調に進められ、呆気ないほど簡単に地球国家群の権力中枢は宇宙への移動を完了させてしまっていった。
地球に捨てられたように残された人々によって反乱こそ起きたものの、所詮は追い詰められた者の足掻き以上のものにはなりえなかった。
結果として、地球連邦政府の必要性は完全に消滅することになり、政府の閣僚や主要国となる予定となっていた国々や政治家たちは手の平を返すように現状を受け入れ、実行されることなく終わってしまった幻のプランは人々の記憶の中からさえも、いつしか忘れ去られていく存在となっていくことになる。
だが、地球国家間で血を流すことなき宇宙移民が実現された世界において、困ったことになった人物が一人いた。
初代連邦政府首相となる予定だった男、リカルド・マーセナスだ。
ただでさえ国際色豊かな経歴と血統をもっている彼は、同じ母国が地上と宇宙の2つに別れてしまったことにより、現在の所属までも二重に持ち合わせることになってしまうことになる。
さらには彼にとって、祖国が二つに別れたことは、一度は自分が背負うことを覚悟した人々の中から、貧しい人達だけを捨てて宇宙へと上がり生まれたばかりの国家体制が平等な社会を築けるよう生涯を捧げるか、それとも捨てられたように地球で生き続けるであろう人々の生活を守るため人生をかけるべきなのか・・・・・・どちらか一つしか選びようがない生きるべき道。
結果として彼は、地球に残る道を選ぶことになる。
守られる人のいない人々に寄り添って生きる道を、彼は選択したのである。
・・・・・・それから50年以上の刻が流れていた。
時間と共に国家体制は固まり、生きる場所の別れた同じ国で暮らしていた人々の格差は広がり、宇宙と地球に別れた人々の心には根深い対立が刻み込まれるようになり・・・・・・そして。
忘れ去られていた計画と、それによって生みだされるはずだった国家の【再興】を志す者たちの心の闇が、地球を包む重力のように再び人々を自らの内側へと引きずり込もうとしている―――
つづく