何となくコッチの方が良いように感じつつも、人を選びそうとも感じている今日この頃。
あと、体調やらリアル事情やらで続き書くの遅れて申し訳ございません。季節の変わり目は更にゴタゴタしやすいのが厄介です。
哲学者の一派に言わせれば、この世全ての物事に『偶然というものはなく』『全ては必然の結果として起こっている出来事』と言うことになるらしい。
その説が正しいか否かは判断と評価と、思想と主張の別れるところだろうが、少なくとも『その男』が行った行為の結末と流れに関しては、必然的な結実だったことだけは間違いあるまい。
【ジョージ・グレン】
17歳でMRTのドクターコースを終了した天才にして、オリンピックの銀メダリストでありアメリカン・フットボールのスタープレイヤーでもある文武両道の若き偉人。
さらには空軍のエースパイロットでもあり、航空宇宙工学でのノーベル賞候補。当時建造中だった木星探査船の設計を自ら手がけたのも彼だったという。
彼こそが英雄。彼こそはヒーロー。
彼こそ、この時代に選ばれた寵児だった。
折しも地球は、埋蔵されてきた地下資源の枯渇が深刻化しはじめ、各地で既存の主権国家群の崩壊と統合が相次ぐようになり、今まで続いてきた社会の崩壊に人々の心が不安と恐怖に苛まれるようになっていた、暗い時代背景があったことも影響していたのだろう。
個人の輝かしい栄光とは裏腹に、社会は全体のための妥協と譲歩と我慢とを人々に要求する暗い雰囲気が、世界を包むようになっていた。
先行きが見えない暗い時代に、鬱屈した感情を抱いていた人々にとってジョージ・グレンの偉業を称えることは、一時だけでも現実から目を剃らし生きる気力を回復させてくれるストレス発散の手段という一面をもっていたのかもしれない。
だが・・・・・・往々にして偉人や天才とされる者達という存在は、一般の人々とは同じ精神世界で生きていないことが多いもの。ジョージ・グレンも、その例外ではない。
彼は自らが生まれたA.D.から暦が変わったC.E.15年にいたり、自らが基礎設計を手がけた探査船《ツィオルコフスキー》に船長として乗り込み、片道7年におよぶ木星探査ミッションへと旅立っていった、その船中から――歴史に刻まれる愚行を犯すことになる。
『ぼくは、ぼくの秘密を今明かそう。ぼくは人の自然そのままに、この世に生まれたナチュラルな者ではない。』
その言葉から始められた、自身の出生にまつわる秘事についての暴露。
そうして彼は世界中のネットワークを通じて、自身を生み出した者達が秘匿してきた技術を、何の制限もかけることなく全ての者達に余すことなく公開したうえで木星へと長い旅路へと赴いていった。――赴いてしまったのだ。
あるいは彼には、政府や専門の行政機関だけに伝えることで、一部特権階級や支配者階層だけに情報を独占されてしまい、利益や政治的利権のために悪用されるだけで終わらされてしまうリスクを避けたい思いがあったのかもしれない。
だが、検閲も審査も専門機関による調整も何一つ通すことなく、所得も学歴も技術水準すら問われずゲリラ的に公開された情報は、犯罪者や悪徳営利企業テロリストに至るまで全ての地球市民に閲覧可能になる。
市民たちにしたところで、情報を正しく理解できる教育を受けてきた者、受けられる所得を得られぬ家庭に生まれ育った者、得られた情報で金儲けに利用できる身分、情報を得ても使うことが許されぬ低い立場――さまざまな種類の人間たちに世界と社会は色分けされた後になっているのが現代という時代。
情報を生かせる手段と知識と費用は一部の者だけが持っている社会の中で、ただ『情報“だけ”』を無料で全ての者に与えたところで、混乱と格差を拡大させる事にしか役立てられるわけもない。
もし彼が公開した情報によって、世界人類の調和を望むなら、『それが可能な世界市民たち』を、まず育成するところから始めるべきだった。
与えられた情報を正しく理解し、情報を有効活用して、自主的に乱用や悪用を防ぐことができる、高い意識と協調性とモラルをもつに至った市民たちによって形作られた民主主義の理想型。
それらが現実となった世界でのみ可能となる、理想的な社会改革。
その条件が整っていない中で、条件を整えられる社会を造ろうともしない世界でのみ生きてきた人々に、ただ『優れた情報だけ』を与えさえすれば調和がもたらされた世界になれる――その傲慢な上から目線での考え方が、ジョージ・グレンに歴史に残る愚行を犯させた。
何らの改革もおこなわず、現時点での市民たちに『知識だけ』を与えてやれば、正しく使うことが出来るだろう。
権力者たちに邪魔さえなければ、市民たちは自主的に強調し合い、全体のために譲歩し合って、悪用することは一部の者だけで終わるはず―――そんな都合のいい夢幻を、ジョージ・グレンは市民たちの行動に求めてしまった。
これで悲惨な結末へと至らないはずもない。
かつてA.D,18世紀の時代に、一部の者だけが手にできる高級品だった生糸を、『ジョン・ケイ』という人物が安価に量産可能にした『飛び杼』を開発し生産性の向上に貢献したことがある。
だが『飛び杼』は、あまりにも簡単に生糸を量産可能にしてしまったため、価格の暴落を招いて多くの職人たちを失業させ、ついには深刻な糸不足をもたらすほどの大被害を与えてしまった過去を人類史は有している。
人の善意による人助けのための行動が、戦乱と不幸を撒き散らす切っ掛けを生み出すことも時にあるのが、人の社会であり人の世界。
それは現代になっても変わることは決して出来ない、人の社会がもつ悪性の性。
ジョージ・グレンが『C.E.のジョン・ケイ』として生み出してしまった、『善意から生まれた悪意』が今。
自分たちに『善意という名の不幸』を与えた世界に牙を突き立てるため蠢き始める――
『“インパルス”発進スタンバイ継続、モジュールはソードを選択完了、シルエットハンガー二号を解放しました。シルエットフライヤー、射出準備よし。
パイロットは急ぎコアスプレンダーへ。繰り返します、パイロットは急ぎコアスプレンダーへ――』
聞き慣れた同僚の妹によるアナウンスの声が専用ハンガーに響き続ける中、シン・アスカは重傷を負わされた年長のチーフメカニックの身体を抱き留めながら、その意識は千々に乱れて混乱のただ中に置き去られたままになっていた。
「マ・・・ユ・・・なのか? ならどうして――一体なんでッ!?」
訳も分からぬままシンは、一瞬にしてハンガーから艦の外へと飛び出していった、コロニー襲撃犯の一人とおぼしき少女の消えた後ろ姿に向かって、呆然とした口調で無意味に呟き続けることしか出来ないでいる。
《ミネルバ》の艦内へと侵入して白兵戦を挑んできた敵の工作員。
自分を庇おうとしたマッド・エイプス技師長を手にかけた憎むべき敵。
インパルスのパイロットである自分を殺すため自分に向かって刃を突き立てようとした存在。
そして・・・・・・自分の顔を見て、名前を呼び―――嗤いながらナイフで刺し殺そうとした妹。
その彼女が、“三年前に死んだ時”と全く同じ姿のまま自分の前に現れ、再び艦の外へと姿を消していってしまった―――それら事々の連続が、シンにはまったく理解できなかった。したくなかった。
もしも妹が生きていて、妹が自分を殺しに来た―――などという話を現実の出来事だったなどと、彼には受け入れられるはずもなかったから。
「シ・・・ん・・・・・・」
「っ!? マッドさん! 無事だったんですね!? 今すぐ医療班が来ます! それまでなんとか我慢してくださ――」
「いら・・・ん・・・・・・どのみち俺は・・・もう、助かりそう・・・に・・・ない・・・・・・」
息も絶え絶えにマッドは虚ろになりつつある瞳を、残された力で必死に開きシンに向かい、か細い声量で出せる全力で声を張り上げる。
「それより・・・早く、インパルスに・・・・・・。逃げた、敵・・・を・・・・・・追え・・・。奴らを、逃がしては・・・・・・ならん・・・」
「え!? で、でもマッドさん! マッドさんそれは――ッ」
「行・・・け・・・・・・行ってく、れ・・・俺のことは、いい・・・・・・それより敵を・・・・・・あんな戦争を・・・またやらせないため・・・・・・早・・・く・・・・・・」
「~~~ッ!!! それは―――クソゥッ!!」
虫の息になりつつある相手の言葉を聞かされて、シンは弾かれたように立ち上がると愛機でもあるコアスプレンダーへと駆け寄ってコクピットへ飛び込むように乗り込むと、一瞬にして出撃準備のセッティングを終わらせていく。
「――マユのはずがない。あれがマユだったわけがないんだ・・・マユが俺を殺そうとするなんて、あんな笑い方をするなんてこと―――ある訳がないんだからッッ!!!」
そう言い聞かせ、短時間しか邂逅しなかった敵工作員の顔と姿と声と言葉を、頭を振って記憶と共に錯覚だったと己自身に信じ込ませる言葉を吐き続け。
シン・アスカは過去の悲劇を――妹を殺された戦争を二度と繰り返させないため手にした力を振るうため、戦場へと飛び立つことを覚悟する。
「シン・アスカ、コアスプレンダー、行きますッ!!」
そして開かれたハンガーから戦場へ飛び立っていくため、他のモジュール装備と共に移動していく自分が整備してきた我が子とも呼ぶべき新型戦闘機を見送りながら。
死の淵にあった新造船艦ミネルバの技術班長マッド・エイプスは、血の気の失せた顔で「ニヤリ」と不敵な笑みを浮かべ、そして―――
「行ってこい・・・シン・・・・・・お前が、オレ・・・・・・の―――」
そして―――その後に続く言葉を知るものは誰もいない場所へと、彼の魂は永遠に去って行く。
未熟なスタッフの多い新造戦艦ミネルバにとっては無視できない犠牲であっても、全体としては無数に生まれていた戦死者の一人でしかない人物が死んだだけで戦局に変化が訪れることはまずあるまい。
技師たちの中では一番のベテランだった人物が、いつ死んだのかも分からぬまま平然と出撃シークエンスと戦闘準備が進められていたザフトの新造戦艦ミネルバから一機の新型戦闘機が発進していき、それに続くように2機の戦闘機らしき物体が射出され、その3機は空中でドッキングしてMSとしての本来の姿で降り立つことになる。
その光景に、地上で迎撃部隊と戦っていた3機のMSを奪い取った者達はコクピットの中で驚愕の声を上げていたが、それは何も彼らだけの反応ではない。
「戦闘機がMSに合体した!? 子供向けアニメの主人公ロボじゃあるまいし!
正義の味方ロボットって言うのは、これだからイヤなのにッ!!」
その光景を彼らよりも至近の距離から目撃した、発進準備中だったはずのミネルバのハンガーから飛び出すことで脱出した少女は、理不尽すぎる事態への舌打ちと怒りで思わず罵らずにはいられなかった。
組織が手に入れたという情報――『ザフトが開発した3機の新型《G》』に関する情報には、確かにウソはなかったのだ。
『新型“MSの”《G》』は本当に3機だけしか造ってなかった。
合体変形して1機の新型《G》になる3機の新型戦闘機を造ってないとは言っていない。
子供向けのトンチか!と言いたいところだが、ユニウス条約の内容はそーいうもんなのだから仕方がなかった。
言っても詮無きことは言うだけ無駄で、こうなった以上は自分も早くMSに乗り込まないと流石にヤバい。
彼女は急ぎ地上に降りると、予定していた工場区画の一角へと猛スピードで到着して扉を開けて中へと入り、先行して潜入させていた自分の部隊の仲間と合流を果たす。
「誰だ!? ――って、ユマ様っ!」
「ゴメン、少し待たせちゃったよね! 機体の準備、できてる!?」
「へい! 午前中までには組み立て完了しやした! OSのセッティングも終了、いつでも出られます!」
その報告を聞いているのかいないのかという素早い挙動で、倉庫の奥に鎮座している物体へと近づいていくミニスカート姿の小さな女の子。
その機体は、自分たちが属している組織だけが専用に開発させた特殊戦機で、一度完成した後のものを一度分解して、パーツ毎に運ぶことを可能にした新機軸のMS。その一つだ。
その特殊機構のおかげで、式典用の物資という名目でアーモリーワン内部への搬入と、現地での組み立てで敵地内に気づかれることなく《G》系統のMSを運び込むことに成功することは出来たのだが・・・・・・如何せん。組み立て式故に、強度が薄い。そんな機体。
「一応、トランスフェイズ装甲を採用することでコクピットなんかの重要部分は、ビームの直撃にも耐えられるようになってはいるみてぇですが、やはり構造上の強度不足まではどうしようもないみてぇでして」
「あっちも合体で、こっちも合体って点では同じはずなんだけどなぁ。
正義の味方ロボっていうのは、いっつも悪ロボよりエコヒイキで強くなれるもんなんだから嫌になっちゃう!」
唇を突き出して、敵との格差に不満をあらわにする子供っぽい仕草をして見せながら、人間離れした素早い仕草で機体の最終チェックと起動とを同時にこなしていく、体つきは小さな少女。
だが中身に詰まっているものがそうでないことを知らぬ者は、今この場所には一人もいない。
「気休めにしか慣れやせんが、ユマ様なら大丈夫だとオレらは確信しておりやす」
「オベッカのお世辞をどーも。それよりソッチの脱出も急いでよ? この機体を出撃させたら、すぐに工場を爆破して混乱に乗じて脱出すること。いーい? わかったよね?」
「了解しやした! 幸運をッ!!」
「んっ、ありがとッ。そっちもね!」
息の合った掛け声の応答を終えた後、一人コクピットに残った少女は軽く前髪をかき上げて―――マインドセットを完了させる。
「よしっと、それじゃあ―――。
ユマ・アスカイ、《アサルト・ケンプファー》、行っくよーっ!!」
気合い入れのためだけに放たれた、内容そのものには特に意味のない掛け声によって眠りから目覚めた青い巨人は、工場の中で横たえていた巨体を動かしはじめ――単眼の瞳に妖しい光を灯す。
その機体は、地球軍の一部がMSをはじめとして各種兵器の保有できる総数を定めた《ユニウス条約》による縛りの中で一機でも多くの高性能なMSを得ようとした工夫の結果として生み出された特殊な存在。
ザフト軍が、悪い言い方をすれば『数を誤魔化すため』3機の戦闘機が必要に応じて1機のMSに変形合体できる『全く新しい効率のよいモビルスーツシステム』として新型MS《インパルス》の発進システムを生み出したのと同様に、戦争という人類規模の愚行の中ではルール違反を正当化する手段の開発に人は血道を上げ続けるものだった。
デュランダルでさえ存在を把握していなかった特殊な新型機の登場と参戦は、アーモリーワン内部で勃発させられた予期せぬ戦闘を更なる混乱の坩堝へとたたき落とす災厄にしかなりようのない存在だったことだろう。
だが、対立する片方の陣営が生み出したルール違反を合法化する兵器がやっかいな存在として戦場に参戦するもので、その存在は双方の勢力共にあり得るものである以上。
その条件は、双方共に当てはまることを同時に意味しているのも、また事実。
現在進行形の戦場の中にあって、その条件に該当していたのは“すべての”敵新型MSを奪取したことになっていた、三機の新型《G》に乗り込んでいる三人の少年少女たちということになるだろう。
バチバチバチィッ!!
長大なビームの刃が、通常サイズの光刃とぶつかり合って超高温のプラズマを火花のように周囲へ撒き散らしていく。
『でぇーいッ! なんなんだよ!? お前たちはァッ!!』
「チィッ! なんなんだコイツは!? 新型なのか? だが、こんな機体の情報は・・・ッ!」
通常攻撃を無効化させるフェイズシフト装甲をもってしても防ぎきれぬほどの威力を持たせるため超巨大化させた接近戦武装を、正面から受けきる愚行だけは避けて斬撃を流したものの、コクピットの中に座すパイロットの少年『スティング・オークレー』の表情は焦りが冷や汗となって現れてきていた。
予期せぬ想定外の敵新型に乱入されたことで、彼ら地球軍の特殊部隊《ファントム・ペイン》の作戦と予定は完全に狂わされつつある。
上官から聞かされていた話では、ザフトが新造戦艦ミネルバの艦載機として開発した新型のフェイズシフト搭載機は《カオス》《アビス》《ガイア》の3機という話だったはずであり、それを前提として敵新型MS奪取計画は立案されているものだったらしい。
無論、手に入れた敵の情報が全て正しく正確で間違いがないと決まっているものなら、戦争で負けるバカなどいるはずがないのだから、ある程度の誤りや誤差は修正可能なように想定されて立案されてはいる。
――だが!
よりにもよって『もう一機の新型フェイズシフト搭載MS』が、敵の隠し球として残っていることが情報から抜けているとは、どういう失態なのか!? これでは安易に撤退することも出来なくないじゃないか!
そう思い、スティングとしては適当な情報を持ち込んできたバカ諜報部の尻拭いを押しつけられたことに腸が煮えくりかえって仕方がない。
『スティング! ありゃなんだよ!? 新型は3機のはずだろ! どーすんだよ、あんなの予定にないぜッ!』
『わかってる! オレが知るかッ、けど放っておく訳にもいかないだろうが!』
『だけど、いーのかよ? 遅れてるお迎えの方、バス行っちゃうぜ?』
『分かってると言ったろうが! くそッ、ネオの奴・・・ガセネタ掴まされやがって!』
同僚の少年兵で《アビス》を強奪したアウル・ニーダから通信で指摘されるまでもなく、スティング自身も状況の不味さは理解している。
先ほど感じたコロニー全体を揺らすほどの巨大な衝撃、あれは外部からの攻撃によってコロニーそのものが大きく損傷を負わされたことを意味するものであり、それは同時に彼らの『お迎え』がコロニーからの脱出口を確保してくれたことを意味するもの。
だが問題なのは、目の前で最後の仲間である『ステラ・ルーシェ』の《ガイア》が押さえてくれている敵に残された新型の脅威だった。
予定外の戦力だったコイツの登場で、全ての予定が狂わされ、スティングを激しく苛立たせる。
『だが、ヘタに追撃されれば面倒だろうが! ここで仕留めるか奪取する! 足を止めろアウルッ!!』
本来の予定では、敵新型のフェイズシフト搭載機を全て奪って脱出してしまえば、母艦であるミネルバの追撃は警戒する必要がほとんどなくなるはずだった。
無論ミネルバとて新造戦艦にふさわしい火力と機動力、ビーム兵器とを併せ持った戦艦としては強力な存在ではあるのだろうが、フェイズシフト搭載機ばかりを有する相手に、通常のMS部隊だけでの追撃戦は無謀であることぐらい分かり切っている。
最低でも、他の部隊と合流してから数で押しつぶせる態勢を整えた上で追撃に出なければ、返り討ちに遭うだけだというのは敵船の艦長も分かっているだろうし、分かっていなければ事実として押し潰してやるだけのこと。
どのみち自分たちの脱出と帰路に、アーモリーワンから遅れて追撃に出てくる部隊は、然したる脅威にはなりえない―――そういう想定で今回の作戦は実行に移されたものだ。
だが敵にフェイズシフトを搭載した新型MSが、一機でも残ったまま撤退することは、背後に不安を抱えたまま敵に背中を晒すリスクを負うことになり、地球到着までに行く手を塞いでくることが予想される敵艦隊との戦闘に陥った際にも脅威となる危険性を秘めていた。
同じ新型でも、《ザク》だけなら良いが《G》系統の新型となると無視するには性能と汎用性が高くなりすぎる。
敵に選べる選択肢の幅が広くなりすぎることは、『敵の敵』としては喜ばしいことでは全くない。
『てぇーいッ! なんなんだ!? お前はーっ!!』
『く、クソッ! 模擬戦ではこんな・・・っ』
それに敵の新型を操るパイロットの腕も悪くない。
現時点では、攻撃力の高さにふさわしく重量装備でもあるらしい長刀故の機動性の低さを、地上戦闘をメインに設計されたステラの機体が翻弄しているが、それでも止めを刺すには至っていない。
自分とアウルの二機が援護している戦闘で、接近戦装備の機体が、機動戦に優れた地上戦用のMSを相手取って苦戦するだけで倒されることだけは防ぐことに成功している・・・・・・このまま安心して背中を見せても撃たれないと油断できるザコとは到底思えない強敵。
『ハッ! 首でももって帰ろうって? カッコ悪いってんじゃねぇ!?そーいうのさァ!』
『ステラッ!』
『――ッ! てぇェッい!!』
『なにィッ!? コイツら・・・っ!!』
敵の一機と鍔迫り合う自機に対して突撃してきた残る2機の参戦に、シンは一瞬だけとはいえ虚を突かれ、後手に回らされることになる。
先程までの『脱出』と『奪取した機体の保全』を考えられた動きから一転しての全力攻撃はシンの予測を裏切るもので、その点で『まずは目の前の敵を倒すため全力を尽くす』としたスティングの判断は功を奏したと言っていい。
だが、その攻撃強行はタイムリミットが迫りつつあったからこそという側面があったことも事実であり、凌ぎ切られてしまえば後が厳しくなる諸刃の刃でもある。
それを承知でリスク・リターンを鑑みて決断したスティングの判断は現実的と言って良いものだったかもしれない。
だが、どのみち今この場では必要のない『賭け』だったのだろう。
何故なら《カオス》《アビス》《ガイア》そして《インパルス》という4機の新型《G》のコクピット内に、上空から接近してくる機体の接近を知らせるブザーが鳴り響くことになるのだから。
ビーッ!ビーッ!ビーッ!!
『なにっ!? 反応――上かっ!』
警告に答えて、即座に機体のメインカメラを見上げさせた先に映し出された一機の青い機影。
明らかに連合軍のダガー系統の機体ではない、だがザフトの味方機として登録された反応を示していない、敵の新型とおぼしき赤い単眼のモノアイを光らせた謎のMS。
赤い単眼を備えた機体に、青色のカラーリングが施され、その上から騎士のような、あるいは囚人のような鉄仮面が如き灰色の飾りが取り付けられた異形の形状をもつ謎のMS。
その機体が、ビームサーベルを振りかざしながら急速接近してくると同時に、インパルスのコクピット内に響き渡る、全周囲向けに発信された無秩序な無線通信。
そこから聞こえてくる声は、間違いなく――
『ひゃはァ☆ おっ兄ちゃ~~ッん♪ ユマで~ッす♡ おげんこ?』
『なッ!? ま・・・マユ――マユなのか!?』
あまりにも予想外だった敵パイロットの声に、シンの動きは機体ごと一瞬出遅れることになり、その隙を見逃してくれるほど目前の敵は弱くない。
『はーい♡ でも、ごめんなさ~い。今、通信機に出てくれないお兄ちゃんは――殺しちゃうから!!』
『うっ!? ま、マユ! マユぅぅッ!!!』
ズバァッ!!上空から舞い降りてきながら、落下の威力を上乗せさせた横払いの斬撃!
その一撃を切り返す前提での動きで防ぐのが遅れたシンは、大きく飛びすさって回避して距離を取らざるを得なくなり、結果としてインパルスを全力攻撃で仕留めるため接近しつつあった敵から奪った3機と彼の距離を再び引き剥がすことになる。
『あらら、外れちゃった。そーいうわけなんで、お兄さんたちバス行っちゃいそうだから先にどーぞ。ここから先はユマが行かせる訳にはいかなーい、って感~じ?』
『お前・・・・・・味方か? ひょっとして、ネオが言ってた俺たちを支援するため先に乗り込んでたって奴らが・・・』
『え? マジかよ。ホントにいたんだ、んな物好きなヤツ。ってか、今どき流行んなくね? そーいうのってさァ』
『えぇー、ひっどいなぁもう。これでもマユは傷つきやすい女の子なんだから――ね、っと』
スティングたちからの反応に答えながら、機体の右手だけを動かし腰部にセットされていた実弾を用いるショットガンを引き抜くと、青いスマートな体型のモノアイMSは単眼を正面に向けたまま斜め上の方角に右腕だけを掲げさせ、
――ダンッ! ダンッ!!
何発か右手だけで発砲可能なMS用短銃身ショットガンを発砲させる。
この攻撃を受けさせられたのは、上空支援のため現場に急行してきた数機の《ディン》だった。
『う、うわっ!?』
『しまった! 読まれていたかッ!?』
援軍に駆けつけてきたパイロットたちは、インパルスに集中しているであろう相手を不意打ちするどころか、自分たちが迎撃網に自ら飛び込んでしまっていく愚行を犯していたことに気づき、慌てて回避行動を取ろうとするが一歩遅かった。
散弾をバラ撒かせて攻撃するショットガンの威力そのものは低く、たとえフェイズシフトのない通常装甲のMSが直撃した場合でも一発で撃破されることはまずないが、ディンは飛行能力を付与させるため他の量産機より装甲が薄い。
また、ブースターやバーニアの損傷で機動力に影響を被りやすい欠点を有するMSだ。
パイロットたちが威力の低いショットガンの攻撃を回避しようとしたのも、自分の機体の特性を理解していたからこその選択で、飛行能力を維持するための機能にダメージを受けてしまえば役立たずも良いところになるのを承知していたからだ。
だが、そんな彼らの努力をあざ笑うように背部に装着されていた翼状のパーツをはじめとして、幾つかの飛行ユニットを損傷させられたディンは取り柄となる飛行能力の大部分を損失させられ、ノタクタと飛んで退避するぐらいしか出来ることがなくなってしまう。
『ほいっと、次はコ~ッチってね♪』
接近してくる別の敵を迎撃するため、まだ弾が残っていたショットガンを放り捨て、背部に背負われていた片手でも使えるサイズの小型バズーカに持ち替えると次は地上に向けて発砲。
――ズボォーン! ズボォーンッ!!
重々しく低い音を響かせながら、地を這う蛇のようにカーブしながら飛翔していった砲弾は、腰部に装着された《アンカーレールガン》を撃とうとしていた《ゲイツR》を吹き飛ばし、その横に並んで統制射撃をおこなおうと隊列を組んでいた砲撃戦用の《ザウート》数機を巻き込んで爆発させられる。
エネルギー効率を優先させた、バッテリーの節約を重視した戦い方だった。
今のような戦場と条件下での使用を前提として設計されていないために、消費が大きいビーム射撃兵器ばかりが搭載されているスティングたちが強奪した新型よりも、この状況下では相性のいい装備と設計がなされている高性能機を操る―――幼い“見た目”の女の子。
『やめろ――やめるんだマユぅっ!!』
『はいは~い、もう終わりっと。お迎えバスで帰るの邪魔する悪い子たちは、ぶっ叩いて黙らせてあげたからサッサと逃げちゃってねー。バスジャックはしちゃいけませ~ん』
『・・・・・・了解した。任せる』
いきなり乱入してきた“自称”味方の真意と実力を測りかねていたスティングたちは、だが見せつけられた結果は受け入れざるを得ず、母艦との合流時間もある。
青いスマートな1機だけを残してコロニー外壁に向かって機体を飛翔し、シンのインパルスとの距離は急速に遠ざからざるを得なくなっていくしかない。
『――シン! 何をやっているんだ!? 命令は敵に奪われた3機の捕獲なんだぞ! その敵に勝ったところで逃げられてしまったら・・・ッ』
『うるさいッ!!』
思わず通信装置越しに届けられた母艦であるミネルバの副長アーサー・トラインからの指示に怒鳴り声で返してしまうほど、シンは冷静さを失いかけていた。
あの日、あの時、永遠に失ってしまったマユが。永遠に聞こえなくなってしまったマユの声が。
今、目の前にたつMSからは聞こえてくるのだ。感じられているのだ。
それなのに―――それなのに何故、お前は、そんな機体に乗っている!?
そっち側に立っているのか!? お前のいるべき場所はソッチじゃない! そのはずなのに!!
『マユ! 俺だ! シンだっ! お兄ちゃんだよ!! お前がマユなら分かるはずだろ!?』
『あはッ♡ やっぱりシンお兄ちゃんだったんだね♪ 見間違いじゃなくて、ホントにザフト軍に入ってんだ~。
やっぱりマユやお父さんたちを守ってくれなくて殺されちゃった、オーブが口先だけバカ国家だったからムカついちゃったりした?』
『っ! ああ・・・ああ、そうだよ! それが理由だった! オーブのアスハは国の理念は守れたかもしれない・・・けど、父さんや母さんやマユ――お前のことは守ってくれなかった!
だから俺は今度こそ守れる力がほしくてザフトに入ったんだ! だけどマユ、お前だけは生きて――』
『うんうん、スッゴクわかるな~。お兄ちゃん昔っからプライド高くて、隠れ負けず嫌いだったもんねー。自分がやられっぱなしで逃げるしか出来なかったの、スッゴクムカついたでしょ?
それでムカつきすぎて、ブッ殺したくなっちゃったんだね~。ユマ、お兄ちゃんの気持ちスゴくわかる~♡』
『なっ!? それは―――違・・・っ』
『まっ、そっちはどーでもいいとして』
気楽な口調で、マユの声で、マユの声音で――マユだったら絶対言わないようなハスッパな口調とスラングを多用して、“ユマ”は今この時にシンと自分の前に用意されていた、選べる道を示して、ただ進む。進むことを兄に求める。
『今ユマは、ザフトから新型MSを力づくで奪っちゃった悪い人達の一員になってま~す♪
お兄ちゃんがユマを止めるには、ユマを殺すしか道はありませ~ん』
『!? そんなこと――できる訳ないじゃないか! なに言ってるんだマユ!? そんな機体なんか捨てて、俺と・・・俺と一緒に――ッ』
『本当に!? うれしい~♪ でも、ごめんなさーい。“マユ”は今“ユマ”だから、お兄ちゃんを殺すことしかできませーん。
悲劇だね♪ イヤだよね♪ ユマもすっごく嫌だけど仕方がないの。まさに運命デスティニー黙示録、でも仕方ないから仕方ないの、ごめんねお兄ちゃん? だから死のうッ♡』
『マユ! なに言ってるんだマユ!? 俺の話を聞いてくれ! マユ!マユ!マユぅぅぅッ!!』
『あっハハハハハっ☆☆ 楽ァのしいぃ~~ッ♡♡♡』
――ズバンッ! バシィンッ!! バチバチバチィィッ!!!
気楽そうな声音で放たれる壊れたような言葉の羅列とは裏腹に、冷静沈着な計算尽くの斬撃を連続で繰り出してくる青いトランスフェイズ装甲搭載機からの攻撃を、パイロットの精神状態に振り回されて普段通りの動きが取れなくなり、鈍い機動ながらも敵からの攻撃を反射によって捌き続けていくフェイズシフト搭載のザフト軍機による接近戦。
だが、突然の再会と期待を裏切り続ける言葉の刃によって、ズタズタに切り裂かれていくシンの心とは無関係に戦況は継続し続けている。
彼が生きていた妹と愛機によって足止めされたことで、予定より僅かに遅れながらもコロニー外壁の破壊という力業でのショートカットで遅れを取り戻したスティングたちの奪取した三機の新型《G》たちは、外部からの奇襲で防衛部隊を撃破し終えた母艦と合流し、戦域からの脱出を計ろうとしていたが、その前にやるべき仕事が残されていた。
彼らと同様に、さまざまな手順を省略してコロニー外へと迎撃のため出航してきた敵の新造戦艦《ミネルバ》との砲撃戦を生き残り、戦場から離脱しなければならないという大仕事が。
『諸元をデータベースに登録、以降、対象を“ボギーワン”とする!
これより本艦はボギーワンを討つ! ブリッジ遮蔽、進路インディゴデルタ、加速20パーセント、信号弾およびアンチビーム爆雷発射用意ッ』
「例の新型艦が撃ってくるか? ゴッドフリート1番2番、起動! 主砲照準、ミサイル発射管2番から6番コリントス装填、諸元を入力。準備でき次第発射せよ!」
「・・・・・・やれやれ。遊びは手頃なところで引き上げてきても、コレとはね。有能な敵っていうのはどこにでもいるもんだが」
コロニー外から内部の混乱に乗じて騒ぎを拡大させるための奇襲攻撃をおこなっていた、地球軍所属の特殊偽装艦《ガーティ・ルー》の艦橋内で、思わぬ敵艦の予想以上に素早く的確な反応によって艦隊戦を強要させられてしまった現状に、仮面の指揮官ネオ・ロアノークは溜息と共に敵将を賞賛する。
期待していなかった味方艦から期待以上の協力によって、アーモリーワンからの脱出に成功した3機と3人の子供たちを回収した自分たちには、この段に至って強敵と差し違えるリスクを冒してでも一騎打ちに応じるべき理由はなにもない。
だが流石に、この距離と位置から一戦すら交えることなく脱出することは、敵が許してくれそうにない以上、最低限の戦闘は行わざるを得ないだろう。
「イーゲルシュテルン起動、取り舵、かわせ!――かなり足の速い艦のようです、厄介ですぞ」
「このまま一気に逃げたいところだけど、向こうさんにその気はなさそうだからな。・・・あっちの船に期待するのは贅沢かね?」
「そうかもしれませんし、期待に応えてくれるかもしれません。いずれにしろ不確定な味方艦の行動を前提に行動する訳にはいかぬかと」
「だな・・・・・・よし、回避に成功した直後に両舷の推進予備タンクを分離した後に爆破させろ! アームごとでいい、鼻っ柱に一発食らわせてやれ! それで作った隙をつかって離脱するぞ!」
「はッ! 同時に上げ舵35、取り舵10、機関最大ッ!」
艦の指揮を任せている沈着冷静なイアン・リーとのやり取りを経て納得し、まずは正面から接近してくる敵の新造戦艦から自力で逃げ出すことに全力を尽くすことに集中させることを決意する。
すでに彼らは作戦の第一段階に成功し、地球まで無事に帰還することこそが重要な段になった後になっている。
現時点で奪われた新型3機を地球軍に手にさせぬため、敵艦を決して逃してはならないと息巻くミネルバとは、その点で大きく立場が異なっていたと言っていい。
彼らとしては正直、『この戦いで怪我するヤツは馬鹿だ。適当にやって逃げ帰れ』というのが素直な本音だったのである。
互いの距離が詰まり、必殺の一撃で足にダメージを与えて離脱を阻止せんとするミネルバと、すでに作戦の第一段階に成功して逃げ切ることが重要な段階に入った後のガーティ・ルーでは、同じ戦場で向かい合う敵艦同士といえども立場が同じとは言いがたかった。
『トリスタン1番2番、イゾルテ起動! 照準、ボギーワン!
このまま一気にボギーワンを叩きます! 進路イエローアルファ!!』
「敵艦なおも接近! ブルーゼロ、距離110! 回頭、機関最大!!」
所属の対立する二つの戦艦が、それぞれの立場に基づく正しい判断と行動を取り合って、動きを示す二隻の戦艦と戦艦との戦い。
だが、このとき双方の思惑と計算は双方共に狂わされる形で、一方的な結末をもたらされることになる。
互いの選択を実行に移すため、トリガーと舵へ同時に指が動いた、その瞬間。
ミネルバとガーティ・ルー双方のCICIが同時に、未確認艦の出現と発見を報告したからだ。
「主砲発射、撃――」
「あっ!? 待ってください! 戦艦とおぼしき熱源を感知! 類別不能! レッド53マーク80デルタ――真後ろです! ミネルバの真後ろから敵が!どうして!?」
「え、ええぇー!? 敵は、だって正面に、今――」
突然の報告に、赤い髪色の若い報告者自らが驚きと戸惑いの声を上げて、副長が混乱したように意味のない言葉を連続して放ち続ける。
「予備タンク切り離し、開――」
「ッ!! 敵艦の背後に熱量の出現を確認! この反応は・・・味方です! コードから見て《ガーティ・ルーjr》!!」
上官からの指示を実行するため命じようとした瞬間に水を差される形となったイアン副長は、唇をひん曲げた形で黙り込み、その唇の端が釣り上がっているのが見えていたのは近くに座ったネオ一人だけだったかもしれない。
「よぉし! 後ろを取ったぞ! ゴットフリート照準、目標至近! コーディ野郎の尻に火をつけてやれぇッ!」
ミネルバの背後に突如として出現してミラージュ・コライドを解除させた、ガーティ・ルーの余剰部品によって造り出された特殊偽装小型戦艦《ガーティ・ルーjr》の艦橋では野太い男のダミ声が轟いている。
軍服の袖を引きちぎり、胸板を晒して野卑さを剥き出しにした格好は、とても軍人とは思えない。本物の海賊が現代でも実在し続けていると言われた方が納得できるほどのもの。
これほどの服装は、汚れ仕事をになうブルーコスモスの私兵集団として新たに新設された独立機動群《ファントム・ペイン》の隊員たちでさえ珍しい。
だが胴間声が似合うむくつけき印象に反して、その顔は若者のそれで、年齢的には少年の域すら出ていないのでは?と思えるほどに若々しい。
ガーティ・ルーjrを預かる艦長として、隊全体の副長を兼任する副官『グラードル』が彼の名だ。
「ミラージュ・コライドを解除したら、コリントス装填! 構うこたぁねぇ、ありったけのミサイルを辺り構わず撃ちまくってコロニーに潜入してる奴らの脱出を支援してやれ!
ユマ様のMSは、どうしたァッ!?」
「間もなく、脱出予定時刻です。敵艦の加速を確認ッ」
『撃ち方待て! 上げ舵20、機関最大、回避ーッ!!!』
突如として背後に現れてミラージュ・コライドを解除させた新たな敵艦の参戦によって、タリアは自軍の機体を奪取した敵艦を撃沈する機会を完全に逸したことを受け入れざるを得ないと判断していた。
背後からの攻撃を回避するのに成功した後からでは、新たな敵艦と合流して敵“艦隊”となった彼らを追撃したところで、ミネルバ一隻だけでは目的を達成できるとは思えず、どちらか一方が自分たちを足止めして残る艦に奪取した新型を載せかえて地球まで逃げ延びてしまうだけで彼らの目的は達成できてしまうのだ。
もはや自分たち単艦での任務達成は断念するより道はない。
味方の増援と合流し、敵の進路を封鎖したところで前後から挟撃できる態勢が構築可能となるまで追跡し続け、敵艦の現在地を味方艦に報告し続けること―――それだけがミネルバに今できる役割の全てだと、タリアは瞬間的に割り切って、敵艦の撃沈ないし船足を止めるための攻撃を完全に断念した動きに徹する道を選んだのである。
その思い切りのいい判断が、ミネルバを救うことになる。
背後から襲いかかろうとしたガーティ・ルーjrの主砲は、ミネルバを掠めただけで命中することなく宇宙の深淵へと吸い込まれていき、正面から同じように照準を狙ってきていたボギーワンもまた戦場からの離脱を優先させて、互いの距離はグングンと引き離されていく。
この時点で、この戦闘におけるミネルバの戦いもまた完全に終わりを迎えることになるのだが、戦闘そのものは未だに集結の時を迎えていた訳ではない。
「・・・? なんだ?」
タリアは一瞬、眉をひそめて視界の端に映し出された小さな破損に目を向ける。
アーモリーワンの一部から、小さな爆発が連続して起きている風景が少しだけ垣間見られたのだ。
規模からしてコロニー全体を崩壊に至らせるほどの危険性と威力はまったくなく、せいぜいが建物の一部を部分的に破損させる程度の小爆発でしかない現象。
数が集まったからこそ意識を向けさせられたが、それがなければ戦闘に巻き込まれて被災した工場のどれかで小さな事故でも起きたのだろうと、割り切っていい程度の小さな被害。
だが・・・・・・それが連続して起きたと言うことは、その爆発が人為的に引き起こされた爆破だったという証左でもある。
だが一体なぜ? 誰が何のために、そんなことをやったのか?
タリアにはそれが分からなかったし予想することが出来なかったため、今の自分が考えても詮無きことと思い決め、搭載MSであるレイ・ザ・バレルやルナマリア・ホーク、そしてシン・アスカの機体に母艦への帰投と合流を命じさせ、敵艦の追跡任務へと移行させていく準備のため意識を切り替えさせていく。
おそらくは、それができる彼女だったからこそ思いつくことが出来なかった結果だったのだろう。
そのとき連続して起こっていた小爆破こそが、その作業を妨げさせるために用意されていたトラップで、合流を命じた味方の足を止めさせるためにこそ有効な代物だったという可能性を、爆発が起きた現場から遠ざかっていたミネルバ艦長タリア・グラディスの立場からでは見ることが出来なくなっていた風景が、そこには展開されていたのだが―――。
「なんだ!? この爆発は・・・煙幕なんて時代錯誤なマネをッ!」
シンは周りに乱立していた建築物の幾つかが爆発したと思った次の瞬間から、周囲の風景が突然ピンク色の靄で覆われ出した現象を前にして、苛立ちも露わに叫ばずにはいられない心情に駆られることになる。
ただでさえ妹との予期せぬ再会を果たしながら、その妹が何者かによって歪に変質させられていたのである。
彼としては今すぐ妹を助け出し、もとの正常な彼女に戻れるよう医者に連れて行ってやりたいところだというのに、それを煙に邪魔されるというのでは鬱陶しいことこの上ない。
すでにNジャマーもかなりの濃度で散布され、火災も各所で発生している。
この状況下で視界まで塞がれてしまっては、マユを・・・・・・生きていてくれた、敵に操られているとしか思えない反応ばかりを返してくる妹を見つけ出すことが困難になるしかないじゃないか!
そんな彼の心情を知ってか知らずか――あるいは、望んだ結果の到来と呼ぶべきなのか。
立ちこめ始めたピンク色の霧の向こう側から、マユの声でユマと名乗った少女から、“最後の言葉”が生き別れた兄に向かって投げかけられてくるのが通信機越しにシンの耳朶を叩く。
『タイムアップみたいだね、お兄ちゃん。今日のところは、このくらいで見逃してあげるって感じで逃がしてほしいんだけど、いーよねぇ? だってユマも、お兄ちゃんに手加減して相手してあげたんだから♪』
「マユ! お前まさか・・・最初から、このつもりで・・・ッ!?」
『ピンポーン♪ さすがお兄ちゃん大正解☆ ユマにとって今日の任務は、奪った機体をもって帰るだけだったから、お兄ちゃんとの決着は次の機会って事で。
でもヒドいこと言っちゃってゴメンなさーい、わざと挑発してただけだから、後で本気出して殺してあげるからメッセージを募集中だよ♡』
「マユ・・・お前、マユが・・・・・・そんなこと・・・・・・」
相手の言葉を聞けば聞くほど、シンの心の中で何か大切なものが音を立てて崩れていく。そんな気がする。
それぐらいならいっそ、なくなってくれていた方が良かった―――そんなことまで頭をかすめ、慌ててシンは心の中で否定する。
妹が死んだままの方が良かったなんて、そんなことは思ってはいけない事だった。
妹が殺された時のままの方が、生き返って兄を傷つけるより良かったなんて思うことは許されない。
『ふふふ♡ 良いね、お兄ちゃん・・・その感情、とっても素敵・・・♪
甘くて、熱くて、ドロドロした熱量に塗れてる、汚いものと綺麗なものがゴッチャゴチャでグチャグチャになったみたいで、スッゴく美味しいかも・・・♡
ゾクゾクしてきちゃいそう・・・・・・アハ☆』
「ま、マユ・・・? お前、なに・・・言って・・・・・・?」
『残念だけどぉ・・・お迎えきちゃったみたいだから、今日はユマ帰るね、シンお兄ちゃん・・・。
でもユマのこと忘れないで。お兄ちゃんがザフトで頑張ってる限り、ユマは絶対お兄ちゃんを殺すため頑張るから。
頑張り続けて殺すから、お兄ちゃんもユマのこと忘れないでくれるとスッゴく嬉しいかも。
だって――』
そう言った瞬間、「くひ☆」と嗤った声が、煙の向こう側から聞こえてきた。
そんな気が、シンには感じられた。
霧の中に姿を隠し、死んだ人間を生き返らせて、けれど蘇った人間は生きていた頃とは別の存在になっている―――そんな風に地球で伝わってきた伝説上のモンスターが、時の彼方から現在の世界に復活し、人間たち全てを敵として襲いかかってくるような・・・・・・そんな迷信的恐怖に囚われながら―――その一言を告げられる。
『お兄ちゃんは、マユを置き去りにして自分だけ逃げて生き延びる道を選んだんだから。
だからユマは、シンお兄ちゃんを殺すの。
死にたくないシンお兄ちゃんは、ユマを殺して生き延びるしか他に道は用意されてない』
『できるでしょ? できるよね? だって、できなきゃおかしいもん。
一度は見捨てて、自分だけ助かったのがシンお兄ちゃんなんだから。
生き延びて、自分の命とプライドは守れたけど、お父さんもお母さんも守れなくて死んじゃって、マユも殺されちゃった』
『だからユマは―――シンお兄ちゃんを殺して、生きる。
それがユマの選んで進むって決めた、ユマの運命なんだから―――』
そう告げられ、その言葉を告げてきた相手の気配が消えた瞬間。
シンの中で、ナニカが弾け、ナニカが崩れ。
今まで胸の中に残り続けてきた悲しい過去の風景が、音を立てて別物へと変貌していく音をかき消すように、シンは―――空に向かってただ叫び声を轟かす。
あの日、あの時、あの場所で。
妹の亡骸を前にして空に向かって叫んだ糾弾を、今――生き返った妹の去って行った空に向かい、同じ叫びを同じように。
人類は、なにも学ばない。
つづく