前作をご贔屓くださいました方は引き続き、ご新規の方は前作併せてよろしくお願いいたします。
注意書きの世界観共有は作品単体への影響は全くないので前作読者へのファンサービス程度に思っておいてください。
友人の増田が最近バイトを始めたらしい。らしい、というのも俺は本人から直接聞いただけで増田自身が働いているところを実際に見た訳ではないからだ。
なぜ友人の発言をまるで戯言のように扱っているのかというと、それはあいつの日頃の行いのせいだろう。大学の課題はほったらかし、1限どころか2限にすら顔を出さないこともある、そして何より普段の本人自身から漂うだらしなさ。
入学式後のオリエンテーションの時から何となくの付き合いで仲良くしているものの、俺自身あいつが良き友かというとそれに関しては間違いなく「ノー」と答えるだろう。
そんなあいつがだ、「最近バイトを始めた」何て言いだすもんだから「はいそうですか」と信頼するのも中々に酷な話である。
そういえば俺は以前どうして大学3年の6月になって今更バイトを始めたのかと尋ねたことがあった。
「あー、そりゃ、最近金がないんだよ」
次の時間のマクロ経済の課題を必死に書き写しながら、増田はいつものあっけらかんとした様子でそう答えた。
仮にも俺の課題を写してるんだからせめて一言詫びくらい入れてくれてもいいのではないか。
「新しいギターか?」
「うんにゃ。俺の相棒はあれで充分」
増田は大学の軽音楽部に所属している。たまに小さな箱を借りてライブなんかも行っているみたいだ。以前一度誘われて行ったことがあるがギター片手にステージの真ん中で歌う増田はなかなかにかっこよかった。
「それじゃあ今度も旅か?」
俺はそんなステージの上の増田と今目の前で課題を前に四苦八苦している増田とのギャップに若干戸惑いつつも冗談交じりでそう口にする。
こいつは以前唐突に旅に出ると言い放ち大学2年の夏休み中一切連絡が取れなかったことがあった。その間増田が何をしていたのかというとヨーロッパ中を当てもなくただ金の持つままに動き続け、悠々自適な放浪の日々を送っていたということを休み明けも2週が過ぎようとしていた必修科目の冒頭で聞いたことを覚えている。
「じゃなかったらあれだ、女だろ女」
「女……。女っちゃ女なのかなぁ……」
「なんかはっきりしない言い方だな」
「ん~いや、多分相沢は勘違いしてそうだから言うけど別に夜のお店とかそういうのじゃないぞ」
くるくると器用にシャーペンを手先で持て余しながら増田は左手でスマホを弄り始める。いいからはよ課題をやれ。
「3限まであとちょっとしかないぞ」
「んー、わぁってるよ」
「で、その女ってのは?」
「お前こういうの馬鹿にしない?」
「聞いてねぇんだから馬鹿にしようがないだろ」
「そうか……」
そういうと増田は一呼吸空けて静かに答えた。
「青春にな、会ったんだよ」
友人が危ない薬に手を出した時にはどこに相談に行けばいいんだろうか。
「増田、クスリはやめた方がいい」
「ほら馬鹿にした!」
「詳しいことがわかんねぇんだからこういうしかないだろ!」
「……お前さ、夢とかある?」
ふと、増田が真剣な声でそう呟いた。どういう意図での発言なのか探ろうと表情を覗き込むものの、その真っすぐなまなざしは半分ほどしか進んでいない空白だらけの課題を静かに見つめているため目すら合わすことができそうもない。
「相沢、俺たちももう大学3年だぞ。夢なんて甘っちょろいことは言わんけどさ、やりたいこと、進みたい方向ぐらいはしっかり考えといた方が良いぞ」
人に課題を写させてもらっておいて何を偉そうにと言いたいところだが、増田の言葉は鋭く俺の心に深く突き刺さってその言葉を心の中へと縫い留めてしまう。
「夢」
増田はちゃらんぽらんとしている割にたまに確信を突く言葉を口にすることがある。本人は意図していないつもりでも言葉を交わした人間の心にいつまでも残るようなフレーズ。
「ま、悩むのも若さってもんだな!悩めよ少年。あ、課題は後は自分でやるから先行くわー!」
「ちょ、待てって!ってか若さってお前も同い年だろ!」
まるで洋画の陽気な黒人男性のように後ろ手に手を振りながら増田はその場を後にする。その後結局俺は増田がなぜバイトを始めたのかの理由を聞くことが出来なかった。そして増田のマクロ経済の課題は提出されることはなかった。
「あちぃ……」
結局増田のバイトの理由は聞けぬまま、スマホの画面に表示されるデジタル時計は7月も終わりを告げようとしていた。
前期最後の試験を終えた俺は増田とどこか昼飯でも食いに行こうと思い奴に連絡を取ったものの「わりぃ、この後シフト」の一言で足蹴にされてしまい、多数の学生が行き交う食堂の一角で一人寂しく昼食を味わっているのだった。
「シフトなぁ……」
結局、増田のバイトのきっかけについてあいつと親しい数人の友人に尋ねてみたものの、「相沢が知らないものは知らない」の一点張りで何の情報も得ることが出来なかった。
かくなるうえは俺並みにあいつと親しいか、またはそれ以上の交友があるであろう人間に連絡を取るしかない。
「軽音部なぁ……」
スマホから連絡先を素早く開いた俺は増田と同じバンドに所属する高崎の名前を探す。この時間だとあいつは……。
「おう、相沢じゃねぇか。こんなところでボッチ飯とは寂しいな」
ふと、肩越しに声を掛けられ慌ててスマホから目を離しそちらを振り向く。
「た、高崎……。ボッチ飯ってなぁ。見たところお前も一人じゃねぇか」
「まー、残念ながらそれはそうなんだけど」
俺の視線の先には短髪長身、スポーツマンシップの擬人化を思わせる風貌の人物が立っている。いかにも体育会系の人間を思わせるが、彼は増田のバンドメンバー。ちょうど俺が連絡を取ろうと思っていた人間だ。
「それよりもちょうどよかった。聞きたいことがあったんだよ」
「あー、それよりも先に飯、取ってきていい?」
「あ、ああ、わりぃ」
学食の券売機で買ったであろう食券をひらひらとさせながら高崎は男でも惹き込まれそうな爽やかな笑顔で笑った。
「で、聞きたいことってなんだ?」
昼食の学食限定スタミナカツ丼に齧り付きながら高崎は先ほど俺が口にした話題について尋ねてきた。
「増田って最近バイトしてんの?」
「増田?ああ。ってか相沢知らなかったの?」
先ほど昼食は食べ終えたというのに高崎のその食べっぷりを見ていると何か口にしたくなってくる。これも一種の才能って奴なんだろうか。
「いや、バイトしてんのは知ってんだけどさ、理由とか知らねぇんだよな。金が無いとか言ってたけど何に使ってんのか知らねぇし。あれじゃん。ヤバい宗教とかネットワークビジネスとかだったら止めてやるのが友人ってもんじゃん」
「あー、その様子だとマジで知らねぇんだな」
「で、結局あいつ今何にお熱なんだよ」
口いっぱいにカツ丼を含んだ高崎は箸を持たない方の手で俺の言葉を制するように手をこちらに伸ばす。
「飯ぐらいゆっくり食わせろ」
「わ、わりぃ……」
「で、バイトの話だったな」
高崎が口元を拭いながら食堂に設置されている給水器から汲んできたであろう水を目一杯に口に含んだのをただ茫然と眺める。
「あー、その前に、ちょうど話題になりそうなのが……」
そんな時だった。高崎の視線が食堂の入口へと向かう。
「彼女知ってる?」
高崎の言葉と共に入り口付近の男連中が若干のざわめきを覚える。
そこに居たのは黒髪の美少女。大学生というには若干の幼さを纏っているもののTシャツの袖からスラリと伸びる両手は健康的な色白さを魅せている。
おそらく友人であろう他の女の子達と楽しそうに会話をしながらこちらに歩いてきているが、それがなかろうとおいそれとあれに声を掛けることのできる勇気がある男がこの時代に居るのなら出てきて欲しい。
こちらへ歩いてくる途中、一瞬だけ目があったような気がしたもののそれは悲しきかな男の勘違いという奴であるのが世の常であんな美少女と今後どこかでお近づきに何てことはこの先の人生残念ながら1ミリもあり得ないのだろう。
「悲しい人生だな、俺」
「お前が何を悟ったのかは知らねぇけどまぁ話題のきっかけぐらいにはなるだろう」
「きっかけってなぁ、俺が知りたいのはあんな可愛い子の話じゃなくて増田のバイトの」
「はぁ……」
これだからボッチ飯野郎はとでも言いたげな表情で溜息をつく高崎。言わせてもらうがボッチ飯になりかけてたのはお前も一緒だからな。
「あの子な、スポーツ学部の2年生」
「詳しいな。なんか怖いわ」
「はっはっは、そんな褒めるな」
「引いてんだよ。で、あの子が何だってんだよ」
「なんか346プロで働いているらしいって聞いたぞ」
346プロ。俺の日常会話じゃ中々に耳にしないワードが高崎の口から聞こえてきた。
「346ってあの芸能事務所の?」
「そそ。で、そこで働いてるらしいよ」
なるほど、あのルックスなら確かに芸能人ってのも納得だ。
「モデルかなんかか?」
「うんにゃ」
違うのか。そうなると従業員としてってことか?
「事務のバイトかなんかってことか?」
「ちゃうちゃう。何でもアイドル部門のトレーナーとか。ほら、スポーツ科学部だろ。それつながりでいろいろ勉強してるんじゃない?」
「アイドル部門?」
ってことはモデル部門とかアーティスト部門とか他にもあるのか。
「なるほどねぇ。勉強熱心でいいことじゃないか」
彼女なりの夢や目標があるってことか……。俺より年下なのにちゃんとしていて何と言うか、羨ましい。
「まぁな」
「で、それが増田の話とどう繋がるんだよ」
「最近あいつアイドルにお熱なんだよ。チケット買ったりCD買ったりグッズ買ったりで忙しいらしいぞ」
「あ、あいどる?あいつが!?」
ちょっと予想の斜め上過ぎる解答すぎませんか高崎さん。
「まー、それ関連で金がねぇってのが理由なんだろうな」
「な、なるほどなぁ……」
それにしても全く予想外の話もあったもんだ。
「きっかけとか聞いてねぇの?」
「んー増田の奴なんて言ってたっけなぁ。確か渋谷か新宿のイベントで一緒になったどっかのボーカルが今はそこでアイドルやってるんだと。それきっかけだったっけなぁ。確か名前が木村……なんだっけ」
俺は先ほどから机の上で寂しそうにしているスマホに手を伸ばす。検索は「346プロ ロック アイドル」ってところだろうか。
「多田……りいな?」
「ん、その子じゃないぞ。なんかリーゼントが似合うカッコいい系のお姉ちゃん」
リーゼント……。この子か、木村夏樹。なるほど、元ロックバンドのボーカルか。ってか髪下ろした時の画像もあるけどどっちもイケメンだな。
「この子のファンなのか?」
「どうだろう。今はその子とユニット組んでる別の子を応援してるとか言ってた気もするけど……」
「この時期にそんなことにお熱で大丈夫なのかよ。そろそろ俺らも就活とか考えなきゃいけない時期だろ?授業で一緒の奴らもインターンの話とかしてたしさ」
「それについては何と言うか……」
先ほどまで楽しそうに会話をしていた高崎の顔が一瞬曇った。
「どうしたんだよ」
「増田の奴な、どうも音楽で食っていくつもりらしい」
高崎の言葉がいまいち理解できなかった。別に意味が分からなかったわけじゃない。そこに至る理由が理解できなかっただけだ。
「……マジで言ってんのかそれ」
「ああ、あいつは本気らしいぜ。あいつどこでバイトしてるか知ってるか?」
「確か、渋谷のライブハウスって……。もしかしてそういうことか?」
「図星だ」
恐らくそういう場所でコネでも作ろうっていう魂胆なんだろうか。いや、別にあいつのやりたいことに否定的な訳じゃない。夢に向かって頑張る人間は立派だと思う。
ただ、自分がそうなれないのが怖いだけだ。
住み慣れた部屋がやけに広く感じるのは、きっと昼間の会話のせいだろうか。
地元から東京に出てきて2年と4か月が過ぎようとしていた。ただ日々を惰性で過ごしていた自分が何かを見つけられるんじゃないか、そう考えて地元を離れて過ごした日々。
希望を胸に明るい未来を語る友人たちを尻目に、何もない自分が何かになれるんじゃないかとそれなりに足掻いてきたつもりだ。
それなのに……。自分だけが何も無い。まるで自分だけが世界に置いていかれるような気分だ。
「怖い……なぁ。何を今更」
部屋に響くのは俺の独り言とただ静かに時を刻む壁掛け時計の針の音だけ。
昼間抱いた感情が胸にこびり付いて落ちやしない。自分の夢に向かって歩き出す友人の話を聞いて怖いなんて感情を抱く日が来るとは思っても居なかったからだ。
増田のことは応援してやりたいと思う。ただ、それに嫉妬してしまう惨めな自分が居るのも現実だ。俺には何もない。あいつみたいな行動力も、夢も、希望も。
そう思っていた。これからもずっと、そう思いながら生きていくんだと思っていた。
彼女に、そして彼女たちに出会うまでは。
この物語はそんな俺が、相沢祐介が夢に手を伸ばすまでの物語。
ということで第1話でした。プロローグ的な位置づけですのでちょっと暗い感じになってますが、多分終始こんな感じです。
沢山のアイドルたちが個性を磨いてトップを目指すこの世界で、そんな彼女たちを支える人たち、そんな人たちに視点を当てて物語を描いていければと考えています。
誤字、脱字、誤用等気を付けておりますが、もし見つけた方がいらっしゃいましたらご報告いただけると幸いです。
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早めに次回も投稿できるよう頑張りますのでよろしくお願いします!