きっと夢の案内人たち   作:くまたろうさん

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新しいお話です。今回も楽しんでいただけると幸いです。


きっかけの隣人

 

 時間というのはあまりにも残酷なもので、当人がどんなに拒否しようが無理くりにその存在を明確に突きつけてくる。欲しくなくても押し付けられて、抗えない現実を見せつけてくるのだ。

 カッコつけて小難しく言葉にしたものの、結局俺が何を言いたいのかというと目の前の壇上で偉そうにご高説を垂れ流しているどこぞの就職支援会社の担当社員の言葉を受け入れたくない自分が居るだけだ。

 

「ビジョンがどうとか、自分への適性がどうとか簡単に言ってくれるよな」

「ん?あ、あぁ……」

 

 1000人以上がぎちぎちに詰め込まれている大学内の大ホール。その一角で俺の親友である増田はスマホを片手に俺の言葉にそっけない返事を返してくる。

 

「聞いてんのかよ……」

「話半分な。結局向こうもこういうこと喋ってくれっていうの大学に頼まれてるだけだろう?俺たちのことなんてちっとも考えちゃいないさ。向こうは金が貰えて大学は就職率が上がる。お互いWin-Winって訳よ」

「そんな夢も希望もないことを……」

「実際さ」

 

 俺の言葉に思うところがあったのか先ほどまで長方形の電子機器の上で忙しなく動き回っていた増田の手がピタリと止まった。

 

「夢とか希望とかこういうの明確に持ってる奴ってここに何人いるんだろうな……」

 

 ほんの一瞬だけ、増田の顔に陰りが浮かぶ。その表情がどこまでも寂しそうに見えたことがやけに印象に残った。普段は明るくて陽気な奴だからそんな表情をされると若干困惑を覚える。

 

「ま、なるようになるさ」

「なるようになるって、簡単に言ってくれるじゃねぇかよ……」

「そうか?じゃあ一個付け加えとくか」

「何を……」

 

 その時だった。周りが一斉にざわめきだす。どうやら俺たちの貴重な1時間半を奪っていった就職セミナーが終わったようだ。途中から話なんて聞いちゃいなかったせいで終わったことに気づかなかったようだ。

 気づけば増田もいつの間にか席を立っており入り口の方へと向かおうとしている。

 

「行きたい方向へと向かい続ける限り、なるようになるさ。じゃ、バイトだから!」

 

 それだけ言い残すと増田の姿は一斉に出口の方へと向かっていく学生の波に飲まれていった。

 ……また一人で飯になるじゃねぇかよ。

 

 

 

 

 

 就職セミナーを終えたその日の午後、相変わらず増田にフラれてしまった俺は一人寂しく大学最寄のファストフード店で昼食を済ませると近くの公園へと足を向けていた。

 公園と言っても街中にあるような小さな公園ではなく、この公園は元々市民の憩いの場を提供するという目的の元区によって作られたものらしく、かなりの規模を誇っている。

 大型のアスレチック施設だけではなく、多種多様な花が咲き乱れる花壇、そして大規模な野外イベントが開催できるほどの広場が存在している。

 俺の自宅からもそこそこ近く、他にやることも無かった俺はこの公園へと徐に足を運んでいた。現在時刻は土曜日の午後2時を回ろうかというところ。休日ということもあって多くの人々の声が聞こえてくる。犬を連れた人、家族連れ、ランニングコースを黙々と走る人。ここには沢山の人々の生活が入り乱れている。現に広場近くのベンチに座っている俺の真横にも、何やらメモ帳を片手にどこかと電話をしているスーツ姿の若い男の人が忙しなく手を動かしながら電話越しの相手と言葉を交わしていた。

 

「……はい、ええ、引き続きよろしくお願いいたします。それでは失礼いたします」

「……」

 

 若干痩せこけた頬が気になるもの、全体的に爽やかな雰囲気を纏うその男性が気になってついつい視線がそちらに行ってしまう。

 

「……どうかしましたか?」

 

 っといけない。どうやら視線がそちらに言っていたのがバレていたようでその男性は俺へと声を掛けてきた。

 

「もしかして、電話の声お邪魔だったでしょうか?」

「あーいえ、そんなことは決して。こちらも不躾な視線を飛ばしてしまってすみません」

「そんな謝られることは……」

 

 こちらの方が失礼なことをしたというのにその男性は丁寧に俺に謝罪の言葉を口にした。

 

「外回りの休憩中ですか?お互い大変ですね」

 

 苦笑いをしながら男性は先ほどまで取っ散らかっていた道具をカバンへと仕舞い込む。外回りってどういうことだ……?

 

「あ、あー」

 

 なぜ男性がそんな言葉を口にしたんだろうと疑問に思ったが自分の足元に視線を送るとすぐにその問題は解決した。就職セミナーはなぜかスーツ着用で来るようにと大学からの指示があったため、今日はスーツ姿で大学に行ったのだった。そのスーツ姿を見て男性はそう勘違いしたのだろう。

 

「すみません、自分まだ学生なんです」

「あ、学生!?ごめんごめん!」

 

 スーツの男性は俺が学生だと知って砕けた態度で笑った。

 

「ごめんね堅苦しくて」

「いえ、気にしてないので大丈夫です」

「そっかー学生かぁ。スーツってことはあれかい、就活とかかい?」

「ええ、今日はセミナーで……」

「ってことは3年?」

「はい」

 

 なんだこの人、急に馴れ馴れしいな。

 

「やりたいこととかあんの?」

 

 やりたいこと……。きっと彼は会話のきっかけにでもと口にしたんだろうけど生憎とその話題には余り触れて欲しくなかったところだ。

 こういうときは適当にごまかすのが筋ってもんなんだろうけど……。

 ふと男性と目が合う。なんでそんなワクワクした目で俺を見ているんだろう。

 

「それが……何もなくて」

 

 その目がやけに印象的で俺は気づかぬうちにポロリと本音が零れてしまっていた。

 

「あ、いや、えっと今のは……」

「……気にすることじゃないさ。目標がある人間は往々にしてそれを声に出しているもんだから目立つってもの。だから周りにたくさんいるように見えるけど、その実本当にやりたいことが明確な人間ってのはそう多くはないさ。周りに、そして自分に騙し騙しの誤魔化しを精一杯に押し付けながら生きてるもの。さっきの君みたいにな」

 

 ……何なんだこの人。俺が適当なことを口にしようとしていたのも見抜かれているし。

 

「君は運がいい」

 

 唐突に男性は立ち上がると空を見上げながらそう口にした。

 

「運がいいって……どういうことです?」

「この後この広場でイベントやるんだ。よかったら見に来てくれ」

「……イベント?」

 

 そういえば普段はただただむき出しになっている石のステージが今日はやたらと鮮やかに飾り付けられている。

 

「……えっと、イベントって」

「まぁ、みりゃ分かるさ。それじゃあ俺はまだ仕事があるから。そういえば、喫煙所ってどこだっけ?」

「……広場の真ん中の道を東側に抜けて少し歩いたら右手にあります」

 

 事態が上手く呑み込めないまま俺はただ漠然と口を開く。

 

「ありがとう。なんか君とはまた会えそうな気がするよ。それじゃあ!」

 

 それだけ言い残すと彼は去っていく。気づけばここに座ってから20分以上も過ぎている。また会えそうな気がするって……男の人に言われてもねぇ。

 それにしてもイベントかぁ。まぁ時間もあるし見て行くぐらいなら……。ってかさっきの人、そういう宣伝をしてくるってことは区の広報課の人だったりしたんだろうか。

 俺が先ほどの会話を何となく思い返そうとしていたその時だった。突然目の前から男性の声がかかった。

 

「あーここにいらしたんですか!すいません、ちょっと確認したいことがあって急いで来てもらえますか!?」

 

 いや、突然なんだこの人。なんか思いっきりSTUFFって書かれてるTシャツ着てますけど……。

 

「えっと、自分は……」

「すいません急ぎなんです!お願いします!」

「え、あ、その……」

 

 いやいやいや、完全に人違いですよね!?ってこの人、力強いなっ!

 

「行きます行きます!だから無理やり引っ張らないでくださいっ!」

 

 半ば強引にどこかへ連れていかれる俺。いや、これ拉致だよ拉致。

 

「…………あの」

 

 気づけば俺は先ほどまで眺めていたステージの袖に居た。いや、なんでだよ。

 

「えっと……」

 

 仮設のテントを幕で仕切った仮の控室のような空間。その中でカラフルな柔らかい色の衣装に身を包んだ女性が俺と俺を連行した恐らくイベントのスタッフさんの顔を交互に見回しながら戸惑いの表情を浮かべている。

 

「あの、何がどうなって……」

「それはこっちが聞きたいよ……」

 

 蜂蜜色の甘い髪を左右に小さく揺らしながら不安そうな表情をこちらへと向けているものの残念ながら俺にはその不安を拭ってあげることは出来そうにない。

 

「えっと、相葉夕美です……」

 

 どうにか状況を打開しようと捻った末にどうやら彼女は自分の名前を名乗ったようだ。

 

「ご丁寧にどうも。相沢祐介です」

「それで、相沢さんはどうしてこちらに……」

「いや、なんかTシャツ着たスタッフさんに……っていねぇ」

 

 気づけば先ほど俺を拉致ったスタッフさんの姿はもうそこにはなく、ステージ逆側の何やら機材が置かれているテントの方にその姿が見えた。

 

「えっと、相葉さんは今日のイベントの出演者かなんかなの?」

 

 なんとか今目の前に置かれている状況を必死に整理しようとする俺。

 

「はい、346プロの新人アイドルなんです。なんでも確認したいことがあるとかでプロデューサーさんを探していたらしいんですけど……」

 

 346プロ?最近名前を聞いたばっかりだなぁ。

 

「プロデューサーさんっていうと君の?」

「はい……でも、そこに姿を現したのが相沢さんで……」

 

 なるほど、それで俺はさっきのスタッフさんに件のプロデューサーさんと間違われた訳か……。

しかしこんな若造と間違われるかね、そのプロデューサーさんもさぁ。

 

「えっと、私不安で……」

 

 新人アイドルだと本人も口にしていた。俺らが想像するようなアイドルのステージとは天と地ほどの差だろうが、この小さなステージだって彼女にとっては大きな舞台だ。その気持ちも分からなくはないけれど……。

 

「ここに来たのは相葉さんとプロデューサーさんだけ?」

 

 俺は他に付き添いのスタッフが居ないか尋ねてみる。もしいるようであればその人に連絡を取ってもらえばいいだけだしな。

 

「えっと、けいちゃ、じゃなくて、うちのトレーナーさんが一人一緒なんですけど、彼女もプロデューサーさんを探しに外に出ていて……」

「なるほどなぁ」

 

 そんな時だった。唐突にテントを仕切っていた幕の間から誰かが飛び込んできた。

 

「夕美ちゃん、プロデューサーさん見つかった!今スタッフさんの方に行ってもらって……どちら様です?」

 

 現れたのは黒髪の美少女。恐らく会社のTシャツなんだろう。胸に入った緑色のラインが印象的だ。それに身を包んだ彼女はこちらをパチクリ見つめながら戸惑いの表情を浮かべている。そりゃイベント前の控室に知らん奴がいたらそうなるだろうな。

 

「えっと、俺は……」

 

 自分の名前を名乗ろうと俺が口を開きかけたその時だった。先ほど俺を連行したスタッフさんとは別の同じTシャツを着たスタッフさんが現れる。

 

「本番3分前ですー!それと、プロデューサーさんが音出しの補助につくみたいなんでこっちには来れないそうです。青木さんによろしくとだけ伝言受け取ってます」

 

 それだけ言い残すとその場を去っていくスタッフさん。いや、なんかグダグダすぎませんか……。

 

「あの人のイベントは毎回こうらしいっていうのはお姉ちゃんから聞いていたけど……私によろしくって私は何をすればいいの……」

 

 気づけば先ほど入ってきた少女は付設の机の上に突っ伏してなにやらぐちぐちと呟いている。

 

「えっと、慶ちゃん……私……」

「あ、夕美ちゃん。大丈夫、今日までしっかりレッスンしてきたし、頑張ってきたんでしょう?」

 

 どうやら二人はだいぶ仲が良いみたいだ。お互いにぎゅっと両手を握り合って相葉さんは慶ちゃんと名前を呼んだ少女の手をしっかりと握り返している。

 でも、その表情からは不安の色が取れていない。

 

「レッスン……。うん、わたし、アイドルだから……」

 

 声の震えが取れていない。そりゃ不安だろう。でも、アイドルか……。なんだか、眩しいな。でも、今は夢追う人間にその表情は似合わない。

 

「相葉さん……」

 

 気づかないうちに俺は彼女の名前を呼んでいた。

 

「俺は舞台に立った経験とかそういうのはないから偉そうなことは言えないけどさ、君がここに居る理由があるんじゃないかな」

 

 何を偉そうに。俺には自分がなりたいものになる理由どころか何になりたいかすらわかってないのに。

 

「私が……ここに居る理由」

 

 増田に抱いた感情は嫉妬だった。あいつが、夢を追うあいつがただ羨ましかった。でも今は、なんとなく夢追う彼女の力になりたいと思っている自分が居る。

 

「私は……自分が誰かに咲かせてもらえるって。そういうワクワクに出会いたくて……」

 

 咲かせてもらえる……。なるほど、彼女の今日の華やかな衣装の理由はそれか。

 

「ステージの上なら、きっと咲けるんじゃないかな。だから、不安に思うことはないさ。楽しんでおいで、奇麗に咲くことを」

「……うんっ!ありがとう相沢さん!」

 

 彼女の顔から不安と緊張の色がふっと消えていくのが分かった。お礼を言われるような筋合いはないけれど、俺に向けられた花のように咲くその笑顔は誰が見ても心惹きつけられるような魅力的な笑顔だった。

 

「それじゃあ本番行きます!」

 

 会場にイントロが響き渡る。これが彼女の曲か。

 

「じゃあ、行ってきます!」

「ああ、相葉さんがステージの上で咲く瞬間をここでしっかり見届けてるよ」

「はいっ!」

 

 ステージ袖から勢いよく駆け出していく相葉さん。先ほどまでの様子が嘘みたいにその足取りは軽やかだった。

 

「……ポエマーですね」

 

 ふと隣で声がして慌てて俺はそちらを振り向く。気づけば先ほどの少女が隣に居た。

 

「ありがとうございます。夕美ちゃんを励ましてくれて。私にはその、難しくて……」

「彼女にとっては君が握った手も何よりも心強かったはずだと思うけどな」

「そうですかね……」

 

 二人で見つめるステージの上。そこには一輪の花がめいいっぱいに咲き誇っている。

 

「青木慶と申します」

 

 彼女が隣で小さな声で名前を名乗った。

 

「相沢祐介です」

 

 俺もそれに合わせて自分の名前を名乗る。ふと彼女と目が合う。可憐な見た目に似合わないほどの力強い視線。そうか、彼女も夢を追う人の目をしているのか。先ほど抱いた感情が再び湧き上がる。羨ましい……憧れるな。

 彼女の視線は今はもう俺の方になくステージの相葉さんへと向けられている。友人を見つめる視線とはちょっと違う、その視線の意味を俺は理解することが出来るのだろうか。ほんのちょっとだけ青木さんの心情に近づきたくなって……ってあれ。俺なんかこの子見たことあるな。

 

「あのさ、つかぬことを聞くんだけど」

「はい、なんでしょうか?」

 

 彼女の視線が再びこちらに向かう。

 

「俺、東央大学経済学部の3年なんだけどもしかして……」

「東央大学スポーツ学部2年です」

 

 蘇るのは先日の食堂での出来事。なるほど、この子あの時見かけたあの子だ。

 

「えっと、よろしくね」

「よろしくお願いします、先輩……?」

 

 それが俺と青木慶のセカンドコンタクト。そして俺が変わる「きっかけ」の出来事だったのかもしれない。

 

 




ということでお読みいただきありがとうございました。
今回も誤字脱字等気を付けてはおりますがもし見かけた方がいらっしゃいましたらご指摘いただけると幸いです。
それと、ご感想や評価等頂けると泣いて喜びますのでそちらも良かったらお願いいたします。
不定期更新ですが引き続きよろしくお願いいたします。
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