「いきなり呼び出したりして悪かったね」
とある平日の午後、午前中の講義を終えた俺は沢山の人々が行き交うカフェの一角で差し出されたコーヒーを前に戸惑いの表情を浮かべていた。
「い、いえ。別に大した用事なんてありませんでしたし……」
「そうか、それなら何よりだ」
二人掛けのテーブル、その向こう側で自らの分のコーヒーカップに静かに口を付ける男性を見ながら俺はなぜこんなことになっているのかの原因となった数日前の出来事を思い浮かべていた。
「そういえば、この前はありがとう」
「そんな、自分は大したことはしてませんよ」
口に付けたコーヒーは自分にはちょっとほろ苦い。だからといってテーブルに備え付けられているシュガーポットの蓋を開けるのは俺のちょっとした見栄が許してくれなかった。
それは緊張して手が震えそうなのがバレないでいたいという気持ち故か、目の前のスーツに身を包んだ男性に少しでもオトナっぽく見られたいという子どもっぽい思い故か。
「あれから夕美もなんか吹っ切れたみたいでな。表情が明るくなったよ。俺は詳細は聞いてないけど何やら君が声を掛けてくれたらしいじゃないか」
「あれぐらいしか出来ませんでしたが……」
思い返すのは数日前の公園での出来事。アイドルの舞台袖なんていう一生で一度も縁がなさそうな場所にスタッフのミスでたまたま足を踏み入れた俺はそこで新人アイドル相葉夕美に出会った。
夢を追う姿、その姿の力に少しでもなりたくて、思ってもいないような言葉が口から出てしまったことは記憶に新しい。というか鮮明に脳裏にこびり付いている。
「どうだった、夕美のステージは」
カップを机の上に乗せながら期待に満ち満ちた顔でこちらを見つめる男性。俺の答えなんて見透かしているだろうに何を今更。
「……素敵なステージだったと思います」
これは隠すことない俺の本心。今更こんなところで本音を偽ったところで当の目の前の男の人には綺麗さっぱり見抜かれているに違いない。
俺の答えはほんの少しの憧れと、そしてそれ以外を埋め尽くす諦めの気持ちで埋め尽くされていた。
「うん、俺の思った通りだ」
「どういうことです?」
彼の言葉の意味が分からずに思わずその言葉の意味を尋ねる。
「いや、君と最初に出会ったときに別れ際に言っただろう?」
別れ際……?確か最初に会ったのは俺が公園のベンチに座っているときで、そしてそのあとちょっとだけ言葉を交わして、喫煙所の場所聞かれて、それで……。
「君とはまた会えそうな気がする。さすが俺の勘もまだまだ捨てたもんじゃないね」
「あ……」
あの時はさっぱり意味が分からなかったけど、俺とこうしてまた会う気がしていたってことなのか。
実際そうなってはいるんだろうけどそれが勘だっていうから恐ろしい。あんな初対面のちょっと言葉を交わしただけの男にそんな思いを抱くのだろうか。もしそうなのならこの人は占い師か霊能力者だ。
「予知能力でもあるんですか?」
まぁ、勘っていうのは往々にして何かの経験や知識に基づいて推測されるものなんて話も聞いたことがあるしもしそうなのならこの人は過去に俺みたいな男に会ったことがあるんだろうか。
もしそうなのならばその人物は今どんな風に生活しているのか若干気になる。
「あの、勘って具体的に理由とかはあるんでしょうか?」
「理由?」
俺の質問に男性はしばし思案の表情を浮かべている。もしかして俺に似た誰かのことを想い返していたりしてね。
「そうだなぁ、それに関しては直感としか……」
「直感……」
何と曖昧な……そんなもので人を振り回さないで、じゃないな。今日ここに足を運んだのは俺だ。振り回されるつもりはないけれど、そのどうしようもない感情に背中を押されたのは間違いない。
「業界的に言うなら……ティンと来たって奴なんだろうな。たまにあるよ」
照れくさそうに笑う彼を俺は何とも言えない感情で見つめるしかなかった。この気持ちは期待なんだろうか、不安なんだろうか。
「ま、それじゃあ今後の話でもしようか。改めてよろしく頼むよ相沢君」
「はい、よろしくお願いします。山上プロデューサー」
「めんどくさいからさん付けでいいよ」
「じゃあ、山上さん」
山上さんが伸ばしてきた手をこちらもがっちりと握り合う。さて、俺がそろそろここがどこで誰と言葉を交わしているかを改めて整理しよう。
ここは346プロダクションの建物内の一角にある社員用のカフェ。そして目の前でにっこりと力強くこちらの手を握り返してくる男性は山上プロデューサー。346プロダクションの社員でこの前会った夕美ちゃんをはじめ複数のアイドルを担当しているらしい。
さて、なぜこんな奇妙な状況が生まれたのかというと、この前の公園ライブの直後まで時間は遡ることになる。
花が咲いた。その舞台の上の光景を短く一言で表現するのならばまさにその言葉がぴったりだろう。そう思えるほどに彼女のステージはキラキラと輝いていた。
「どうでした、私の舞台!」
ステージが終わった直後、ステージ袖の控室でただただその光景を見つめていただけの俺の元に相葉さんは嬉しそうに駆け寄ってきた。
「あ、ああ。よかったと思うよ」
音楽や舞台になんてトンと縁がない人生を歩んできた。そんな俺がこんな場で評論家気取りの言葉を吐ける訳もなく、不意に出た言葉はそんな小学生の読書感想文レベルの拙いワードだけだった。
「もっとこうなんかないんですか!?」
ぷぅと頬を膨らませながらこちらを見つめる相葉さん。かわいい。
「ほら、慶ちゃんもなんか言ってあげて!」
「わ、私!?」
先ほどまで熱い程の視線をステージに送っていた青木さんの姿はそこにはなく、今は相葉さんに揉みくちゃにじゃれ付かれている年相応の女の子が一人。
「あ、相葉さん、青木さんが困ってるから……」
一応同じ大学の先輩としてなけなしの助け舟を出してやることにする。
「それは相沢さんがちゃんと私のステージの感想を言ってくれないから!」
矛先が青木さんからこちらに移る。ごめん青木さん。助け舟として出した船はどうやら泥船だったみたいだ。
「夕美、入っても大丈夫か?」
そんな時だった。ふと控室の外から男性の声がかかる。
「あ、プロデューサーさん!大丈夫ですよー」
「いやぁ、悪いな。機材トラブルとかで急に事前に渡してた音源がダメになって……」
ガバリと大きくテントのビニールを押しのけて一人に男性が入ってくる。
「いやぁ、本番前に声かけれなくて申し訳ない。いいステージだったぞ」
「ありがとうございます!それが聞いてくださいよ、実はトラブルと言えばこっちではハプニングが起きてこちらの相沢さんが本番前に……」
相葉さんが楽しそうにプロデューサーと呼ばれた男性の元に駆けていくところで男性はようやくテントの中に居る俺の存在に気づいた。
ってあれ、なんかこの人見たことあるぞ。
「ん、相沢さんってスタッフ居たっけか?……ってあれっ」
「あっ」
俺の姿を目にすると同時に一瞬驚くと、彼はその表情をすぐに満面の笑みに変えた。
「いやぁーまた会えそうな気がするって言ったもののまさかこんなにすぐに会えるとはなっ!」
「あーいや、これは何と言うか手違いみたいなもので……」
そこに居た彼は、先ほどまで同じベンチで言葉を交わしていた男性その人だった。
「……お知合いですか?」
俺たちの会話の内容が理解できないのか不思議そうな顔を浮かべている青木さんが俺と男性の顔を交互に見つめている。
「まぁ、そんなところだ」
「一回しか会ったことありませんけどね」
「そんな寂しいこと言ってくれるなよ」
「俺がここに拉致られる前に一緒のベンチでちょっとだけ喋っただけですよ」
なかば強引に連れていかれた先ほどの出来事を思い出す俺。うん、やっぱりさっきのスタッフさんの力はおかしい。
「一緒のベンチ……ってそういうことかっ!ごめんなさい相沢さん!」
俺の言葉に反応したのは先ほどまでニコニコとこちらの顛末を見つめていた相葉さん。
「どういうこと?」
「いや、私スタッフさんにプロデューサーさんがどこかって聞かれたときに外のベンチに座ってるスーツの人って言っちゃったんです!」
……要するに、俺はこのプロデューサーさんと間違えられてここに連れてこられた訳ですか。
「なるほど……そんな偶然が」
いや、青木さんもそんなさらりと納得しないで。
「なるほどなぁーそんな偶然が。えっと、相沢君だっけ?」
そう言いながら男性は一枚の名刺をこちらへと差し出しながら近寄ってくる。名乗った覚えはないけれど……そうか、相葉さんが俺の名前を呼んでいたな。
「山上大悟。346プロダクションアイドル部門のプロデューサーだ」
「えっと、改めまして、相沢祐介、東央大学の3年です」
「それで相沢君、やりたいことは見つかりそうかい?」
この人はいきなり何を……ってさっきの話か。俺は先ほどのベンチでの会話を思い出しながら山上大悟と名乗った男性の質問への返答に躊躇していた。
「いえ……短時間じゃ見つかりそうにはないです」
俺の答えに彼は意外そうな表情を浮かべている。何か余計なことを言っただろうか。
「んー、これは案外理解されにくい物なんだけどね」
そう言いながら彼は控室の机から椅子を一つ引っ張り出すとそこへと腰を下ろした。こう見るとこの人足長いなぁ。
「人が変わる瞬間っていうのは一瞬なんだよ。人がきっかけを手に入れるのに時間なんて必要ないってことさ」
「……何が言いたいんですか?」
俺は彼の言葉の真意を図りかねていた。俺はいったい今何を試されているんだろう。
「どうだい、相沢君。俺の元でアルバイトをしてみる気はないかい?」
次に直接的に俺に浴びせられた言葉は俺の予想の遥か斜め上の言葉だった。
「は、え?」
「俺は君にプロデューサーの才能があると思っている」
「いや、急にそんなこと言われましても!」
そんなこと突然言われてもはい分かりましたと言える人生を送ってきた訳ではない。俺の次の言葉を山上さんはしっかりと待っていてくれている。俺はこの場で何と答えるのが正解なんだろうか。そんなぐるぐると渦巻く俺の頭の中を突き破る様に誰かの言葉が入り込んできた。
「相沢さん、断っちゃうんですか?」
声の主は相葉さんだった。不安そうな顔でこちらを見つめている。気づけばその隣の青木さんまで同じような表情でこちらを見ていた。
「えっと……」
「私嬉しかったです。相沢さんに声を掛けてもらって。大切なことを思い出せた気がします。ステージに立ってみようって、アイドルになろうって思ったきっかけ」
きっかけ……。相葉さんが思い出したそれが、俺にとっての今ってことなんだろうか。
「私も相沢さんと一緒に、アイドルを応援してあげたいなって思います。理由は上手く言えないですけど……」
拙いながらも青木さんもどうやら相葉さんを援護しているみたいだ。
三人に見つめられながらどうしようかと逡巡する俺。そんな俺の気持ちを動かしたのは両手に感じた暖かな温もりだった。
「私たちと一緒に、彼女たちに魔法をかける魔法使いを目指しませんか?」
ぎゅっと握られた俺の手。そんな俺の手を握る柔らかな感触の持ち主は青木さんその人だった。よく見れば相葉さんも山上さんも彼女の行動に若干の驚きの表情を浮かべている。
至近距離で見つめる青木さんと目が合う。全く男というのは現金なもので可愛い女の子にこうもされると途端に己の迷いなんてものはどこかに吹き飛んでしまうものだ。
「……前向きに、健闘させていただきます」
吹き飛んでいく俺の迷いが遠くの方に見えるようだ。
「あ、それだったら私の名前は夕美でいいよ!それと慶ちゃん、いつまで手握ってるのさ」
「は、ええっ、あ、ごめんなさいぃ!!」
こちらに花のような微笑みを飛ばしながら同僚をからかう相葉さん、もとい夕美ちゃん。やっぱり彼女には不安な顔よりも笑顔が似合う。かわいい。
「ほら、せっかくだから慶ちゃんも名前で呼んでもらいなよ」
「いや、私はほら、いいよ!……恥ずかしいし」
「相沢さん、慶ちゃんも名前でいいですよね!」
美少女にそう言われて断れるほどの鋼のハートを持っている俺ではない。
「よろしくね、夕美ちゃん、慶ちゃん」
俺は二人の名前をあっさりと下の名前で呼んでしまうのだった。
「け、慶ちゃんっ……」
青木さん、もとい慶ちゃんは部屋の隅っこで顔を真っ赤にしながら壁へとなにやら呟いている。
これはあれだ、カッコいい男や気になっている男に名前を呼ばれたからなんて勘違い野郎にはなりたくないから事前にそんなことはないと自分に言い聞かせておかないといけない奴だな。きっと姉妹ばかりの生活で男に慣れていないからに違いない。勘違いするなよ俺。うん、きっとそうだ。
「仲良くなったようで何よりだ。ま、詳細はまた追って連絡するよ。相沢君は夜は暇してる?」
気づけば山上さんが机の上に何やら手帳を広げながらこちらへと尋ねてくる。
「えっと、講義が終わりましたら暇ですので、18時以降なら……」
「それならその時間にまた連絡するよ」
「はい」
こうして俺はとんだ偶然をきっかけに346プロダクションプロデューサー見習いとしての道を歩み始めることになるのだった。
ということでお読みいただきありがとうございました。
今回も誤字脱字等気を付けてはおりますがもし見かけた方がいらっしゃいましたらご指摘いただけると幸いです。
それと、ご感想や評価等頂けると泣いて喜びますのでそちらも良かったらお願いいたします。
不定期更新ですが引き続きよろしくお願いいたします。