346プロ熱海撮影遠征も二日目を迎え、本日も俺こと相沢裕介はテント設営に荷物運び、そしてプロデューサーである山上さんのサポートにと朝っぱらから走り回っているのであった。
昨日の慶ちゃんとの話の後、俺は改めて何か菜々さんのためにできることはないかと考えた。が、正直彼女自身に起きたことを知らないことには対処のしようがない。
今日はできるだけ事情を知っていそうな人に声をかけて情報を集めるしかないだろう。
高垣さんのサポートに付いている菜々さん自身が教えてくれるのなら一番いいんだろうけど昨日のあのリアクションを思い返す限りそうそういい思い出ではなさそうだ。
「んじゃ相沢君、次はあっちで撮影を行いたいから先に砂浜のゴミとか拾っといてくれない?」
そんな俺の思考は突如かけられた山上さんの言葉で打ち切りを余儀なくされた。
「次の指示ですか?」
「そそ。あの辺のアングル欲しいから頼むよ」
山上さんが指をさした方へと目を向けるとそちらには木やら空き缶やらの漂着物が砂浜へと打ち上げられている様が目に入る。
「わかりました。どれぐらいの範囲とかってありますかね?」
「んーとりあえず目につくものみんなかな」
なんとアバウトな。山上さんの方へと向けていた視線を改めてそちらへと戻す。海岸に打ち上げられている漂着物はパッと見一人の手では持て余すほどの量であり、到底、次の撮影という山上さんの要望には応えられそうにない。
「かなりの量ありますけど……」
「……俺が悪かった。撮影順ずらすから30分で頼む」
そこはトッププロデューサー。素早く吉田さんの方へと視線を移すと何やら目配せでやり取りを行っている。
それでも貰えた時間は30分。かなり厳しい時間を指定されたものだが、それでも俺は到底無理ですなんて言葉は言えず……。
「……行ってきます」
「ゴミ拾い作戦、よろしく頼むよ」
そんなこんなで俺は言われるがままに先ほど指定された場所へと足を向けるのだった。
「それにしても……なかなかの量だな」
俺は足元に転がっている流木を一つ拾い上げると波打ち際とは別の方へと放り投げる。そこそこな量だが決して終わらないことはないだろう。
俺の作戦はまず一か所に漂流物を集める。そして次にそれをゴミ袋へと回収する。兵はシンプルを貴ぶ。わかりやすくていいじゃないか。そういう方向性で俺はこの一見無謀な突発的海岸清掃作戦を遂行することになるのだった。
「これは……缶だからあっちか」
カラン、と俺が放り投げたゴミ溜りの方から気味のいい音が響く。海岸清掃を開始してから15分が経とうとしている。俺が既に拾い集めたゴミはかなりの量になっており、先ほどいい音が聞こえてきた方向にも既に20以上の空き缶の山が出来上がっていた。
「っと、そろそろゴミを回収しはじめた方がいいな……」
俺が集まったゴミ山を目の前に作戦を次の段階へと移行しようと意気込んだその時だった。
「相沢隊長、作戦は順調ですか?」
「あ、け、慶ちゃん?」
「は、はい」
名前を呼ばれ振り返ったそこには、大きなビニール袋を複数握りしめた慶ちゃんが立っていた。
「どうしたの、顔赤いけど。暑い?」
「え、あ、はい!そうなんですっ!今日も暑いですねぇ!」
右手で自分の顔をパタパタと仰ぎながら逆の手のビニール袋を俺の方へと差し出してきた。
「どしたの?」
「どしたのじゃないですよ。山上さんにこっちで相沢さんがゴミ拾ってるから手伝ってやれって言われたので手伝いに来たんですよ」
「あ、ああそういうこと!」
そういえば慶ちゃんはさっきまで鷺沢さんと今井ちゃんのサポートに入ってたんだっけ。ほら、男の俺だと女の子の着替えの手伝いとかはできないでしょ?残念ながらそういうことだ。
「それに山上さんから手ぶらで行ったって聞いたので」
俺が慶ちゃんから受け取ったビニール袋を広げるとそこにはでかでかとこの辺の自治体の名前とセットで燃えるゴミ、燃えないゴミ、缶の文字がそれぞれ入っている。
「ほら、集めたゴミ入れる袋無いと不便じゃないですか?」
「……完全に失念してた」
「意外と抜けてるんですね、相沢さん」
そういって小さく笑う慶ちゃんは太陽に照らされて普段以上の魅力を魅せる。決して夏の浜辺に二人っきりというシチュエーションに揺さぶられたとかそういう訳じゃない。……って誰に言い訳をしてるんだか。
「何難しい顔しているんですか?」
「……いや、何でもない。手伝いに来てくれて助かった」
「はい!さっそく集めちゃいましょう!」
それにしても慶ちゃんが来てくれて助かった。単純に人数が倍になったおかげか今まで少しずつしか進行していなかったゴミ拾いは格段に手際が良くなったように感じるからな。
それに、こうしてもう一つの懸念事項の話もようやく出来そうだ。
「菜々さんの話、誰かに聞けたかい?」
「そのことなんですけど……」
結局昨日の夜、菜々さんについて何らかの情報を得たい俺は昼間に感じたことを慶ちゃんへと話していた。
菜々さんが何やら事情を抱えていること、そしてできればそれを解決してやりたいこと。俺が思ったことを素直に彼女には口にしたのだった。
「昨日も言ったと思うんですけど……」
そんな俺の言葉に、彼女は昨日と同じ答えを突き返してくるのだった。
「相沢さんの気持ちはともあれ、事情を知らない私たちなんかがむやみやたらに首を突っ込むのはやめた方がいいんじゃないかと……」
そう言って慶ちゃんは視線を下に落とす。確かに彼女の言っていることはごもっともだ。素人の俺、そして慶ちゃんも俺より346で働いている歴は長いとはいえお世辞にもルーキーの枠を脱することはできていない。そんな二人が関わる事で余計に事態がややこしくなることぐらい懸念できる。
「菜々さんは私たちみたいな子どもじゃないんです。アイドル歴だったら346のどのアイドルたちよりも長いんです。そんな彼女が抱えているものは多分私たちの手でどうにかできるものなんかじゃないんですよ……」
沈黙が二人の間に流れる。照りつける太陽の熱さとは裏腹にその場の空気は日雇いで冷凍庫のバイトに行った時ぐらいに冷たく感じる。
「なんだ二人して。もうちょっとじゃないか頑張ってくれ」
そんな二人の間に流れる空気を溶かすようにその場に現れたのは山上さんだった。
「あ、もう30分経っちゃってます!?」
「まぁ、ぼちぼち30分だな」
「す、すいません!」
「ごめんなさい、私が手伝いに入ったのに」
現状を思い出した俺と慶ちゃんは慌てて目の前のゴミを袋に詰める作業へと戻る。
「まぁ、30分なんて適当に行ってみただけだから気にするな。菜々ちゃんのおかげで文香と加奈の撮影がスムーズにいったもんだから割とスケジュール的には余裕があるんだよ」
「そ、それならよかった」
俺は焦る心を一旦落ち着けるとふっと一息息をついた。俺のせいでみんなに迷惑かけるなんてごめんだからな。
「それにしても二人でなんか気まずい感じだったけどなんかあった?もしかして痴情のもつれか?出会ってそうそう経ってないってのに相沢君も手が早いな」
「ち、違いますよ!?」
突然何を言い出すんだこの人は。俺みたいなのが大学内でも隠れファンが多いことで有名(軽音部:高崎談)の慶ちゃんなんかと……。
そう思いつつちらと隣の慶ちゃんに視線を移すとそちらの方は黙ってうつむいている。さすがに俺なんかとそんな関係だと思われるのは嫌だったんだろうか。照れ隠しだったりすると嬉しかったりするんだけど、現実はそう甘くないんだろうなぁ。
「まぁまぁ冗談だ。で、作業は終わりそうかい?」
気づけばコツコツと手を動かしていたおかげか積み上げられていたゴミ山はすっかり姿を消し、その横にはパンパンに膨れ上がったビニール袋が数袋転がっているのみになっていた。
「はい、なんとか」
「流石だね。頼んだ甲斐があったってもんだ」
「あはは……30分には間に合いませんでしたけどね」
「それは減点だな」
「うげ、まじですか……」
「ってことで罰としてこのビニール、うちのワゴンに積んどいて。宿まで持って帰るから」
「かしこまりました」
俺は指示通りにビニール袋を掴むとそそくさと346プロが機材搬入のために今回使用しているワンボックスカーへと向かうことにした。
まぁ、拾ったゴミを捨てるところまでが元々の俺の仕事だったのだろうから山上さん的には罰なんて最初からなかったんだろうなぁ。
「あ、相沢さん!」
車へとゴミを積み込んだ帰り道、俺は撮影待機のために控えていた夕美ちゃんに声をかけられた。
「あれ、テントの中で休んでるんじゃないの?」
本日の夕美ちゃんは私服姿での撮影となるため残念ながら今日は昨日みたく水着姿ではない。それでもなお、淡いオレンジ色のTシャツとジーンズ生地のホットパンツから伸びる手足が健康的な色気をふんだんにまき散らしており俺の心が緊急で対ショック体勢を取るレベルに彼女は魅力的だ。
「今楓さんが撮影してるんですー!それで、加奈ちゃんと一緒に勉強のために見に行こうって」
「なるほど、それで今井ちゃんは?」
「今井ちゃんって……昨日もそう呼んでるの聞いてましたけど他人行儀すぎません?」
ジト目でこちらを見つめる夕美ちゃん。変な性癖が目覚めそうなのでできればよしていただきたい。
「い、いやだって鷺沢さんも今井ちゃんも昨日が初対面だぞ!?そんな女の子相手に名前で呼べる程俺の男子力は高くないんだよ」
「なんですか男子力って……」
「ほ、ほら、女子力に対抗して……」
「まぁ、男子力の件は置いておくとして文香ちゃんは私と同い年ですよ」
「……えっ」
「えってなんですか失礼な!」
……やけに大人びて見えたから同い年ぐらいかと。それぐらいの年齢になるとちゃんづけもねぇ。
「そ、それよりも撮影はいいのか?今日は高垣さんのスケジュールそんなに時間なかったから早くいかないと終わっちゃうかもだぞ」
「誤魔化し方が下手ですけど今は許してあげます」
「それはよかったというかなんというか……」
それにしても、ここ二日定期的に夕美ちゃんの顔を見ていたけれど、いつみても本当に楽しそうだなぁ。……俺をからかう時以外は。
「なぁ夕美ちゃん」
「どうしたんです?」
どこまでも吸い付きそうな彼女の視線と思わず目が合った。彼女の笑顔を見ていると、やっぱり俺はなるようになってほしいと思ってしまう。
「アイドル……楽しい?」
「もちろんっ!」
その笑顔は頭の上で輝く太陽のように眩しくて、そして、太陽には決してできない俺の心を温めてくれる。
その笑顔を見るたびに、俺はこれから彼女が舞台で咲いた瞬間をずっと思い出すのだろう。あの輝きが、あのキラキラがアイドルなんだと。
「じゃあアイドルとしてどんどん頑張っていかないとな!」
「そうですね!だから、見ててくださいね!私の、アイドルとして成長していく姿」
「……ああ、もちろん」
俺には夢がない。だけど、誰かの夢を支えることが出来るのであれば、それはきっと俺の夢なんだろう。
だから、俺は自分のためにこの道を歩いていく。誰かのためだけなんじゃなく、誰かと、そして自分のために。
2日目の夜、昨日慶ちゃんと言葉を交わしたその場所で、俺はとある人物と会っていた。俺が進んでいくためにどうしても足りない、そのピースを持っているだろう人物に。
「教えていただけないでしょうか。菜々さんに何があったのか」
「……ふぅ」
その人物は俺の問いかけに一つ大きくため息をつくと雲が薄く覆っている空を見上げた。星は、隠れて見えそうにない。
「覚悟はあるかい?」
「……ええ、決めたつもりです」
「そうか」
「はい、だから教えていただけないでしょうか。山上さんなら知っているでしょう?」
どこから取り出したのか山上さんは煙草を一つ加えるとその先端に慣れた手つきで火を灯した。
「今から独り言を言う。ただし時間はこいつが消えるまで」
山上さんは先端が先ほどより短くなった煙草を指さしながらこちらに視線を送った。
「俺は何も尋ねてません」
「よろしい。それじゃあ何があったのか話そうか、菜々ちゃんと、そのプロデューサーに」
ということでお読みいただきありがとうございました。
今回も誤字脱字等気を付けてはおりますがもし見かけた方がいらっしゃいましたらご指摘いただけると幸いです。
それと、ご感想や評価等頂けると泣いて喜びますのでそちらも良かったらお願いいたします。
不定期更新ですが引き続きよろしくお願いいたします。