きっと夢の案内人たち   作:くまたろうさん

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新しいお話です。今回も楽しんでいただけると幸いです。



誰かのための何か

 あるところに一人のアイドルを夢見る少女が居た。小さいころからテレビで憧れたその存在に近づくために、高校を出てすぐに都内のとあるライブハウスに頭を下げて短い出番を得たそうだ。

 右も左も分からない世界。そして地下アイドルと言えば左右どころか明日の居場所さえ分からないほどの不安定な世界だ。安定した収入など得られるわけもなく、アイドル活動の傍ら都内のとあるメイド喫茶で身を粉にしながら働いていたらしい。

 憧れた世界は自分の理想の世界とは全く違い、だがそれでも暗く澱んだその場所でそれでも必死に足掻き続けていたそうだ。

 そんな彼女に転機が訪れたのは5年前のこと。その日も場末の小さなステージで顔なじみのファンとステージ後の交流会をしていたらしい。そんな時に現れたのが奴だった。

 俺はそのステージを見たことはないが、それでもあいつにとっては心を動かされる何かを感じたんだろう。一人の駆け出しプロデューサーが彼女の元に現れた。ステージが終わった後、考える間もなくあの時は足が動いたんです。そうあいつは口にしていたなぁ。

 急に手を掴んだものだから彼女はずいぶん驚いたらしい。そんな彼女を尻目にあいつはある言葉を口にしたそうだ。

「一緒に一番を目指そう」

 その言葉と共に伸ばされた手。それが少女のシンデレラストーリーの始まりになる、はずだった。

 順風満帆とまでは言わないでも、彼の手に惹かれるように歩き出したトップアイドルへの道は彼女にとっては今までいた地下の世界の何倍も眩しい景色だったはずだ。時に全力で、時に立ち止まりながら、彼女は彼と共にアイドルの道を歩き続けた。

 そんな彼女に運命は非情ともいえる壁を叩きつけた。事務所の方針変更で彼女の活動方針の変更を余儀なくされたんだ。

 そのせいで彼女の今まで積み上げてきたキャリアは揺らぎ、彼女の根幹ともいえるそのスタイルでは所属事務所でのアイドル活動の継続すら困難になっていった。

 そんな時だ、あいつが姿を消したのは。 

 彼女の手を取って光当たる舞台へと引き上げた張本人。当時自分にできる全てをつぎ込んで彼女の居場所を守ろうとしていた。

 そんなあいつが唐突に会社から、そして彼女の前から姿を消した。

 それからだな。社の方針は別のプロデューサーの手によって何とか元には戻ったものの、彼女はそれ以来ステージに立つことは無くなった。もう2年近くなろうとしている。

 彼女は今もその約束に囚われ続けているんだと思う。”一緒に”というその言葉に。あいつのいなくなったシンデレラロードという道の途中で、彼女は今も一人で佇んでいるんだ。

 

 

 

 

 

 時折隣から漂っていた煙草の匂いが途切れる。

 見れば山上さんは小さくなった吸殻を押し込むように携帯灰皿へとねじ込んでいた。

 

「……独り言はそれで終わりだ」

 

 俺は何も言えずにそんな山上さんの仕草をただただ眺めるだけだった。

 

「さて、話したいことは話した。明日はもう事務所に戻るだけだから相沢君も早く寝ることだな」

「……今の話は、慶ちゃんは……?」

「まぁ、知らないだろうね。慶ちゃんがこの事務所で働きだす頃にはもう彼女はステージには立っていなかったからな」

 

 それだけ言い残すと山上さんは宿の自分の部屋に続く道の方へと歩いていってしまった。

 聞きたいことは沢山あったはずなのに、どうしても俺は去りゆく背中を追いかける気力が湧かなかった。

 山上さんが話を始める前に口にした”覚悟はあるかい?”という台詞。その覚悟の重さというものを軽く見ていたことを痛い程に感じさせられていたからだ。

 まだ短い付き合いだけれど、それでも菜々さんは俺に沢山笑いかけてくれていた。その笑顔に元気を貰って仕事に打ち込めたことだってある。その笑顔の裏にはこんなにもやるせない想いを抱えていたことを思うと言葉にならない感情がいくつも渦巻いていく。

 

「そんな……。そんなことをどうやって解決するってんだよ」

 

 人は誰かの代わりにはなれない。菜々さんのそこには、今はただ一人分の居場所が今もぽっかりと空いているんだろう。

 その場所こそが、彼女がアイドルである原動力だったんだと言っても過言ではないくらいに大きな穴になっている。

 そんな彼女の心を救ってあげられる方法が果たして存在するのだろうか。

 彼女の心の穴を埋めるような、何かが……。

 

 

 

 

 

 

「なんか、やるせないですね。やっぱりっていう諦めの気持ちと、何もできない自分が悔しいっていう気持ちがぐるぐる渦巻いています」

「……俺も似たような気持ちだよ」

 

 東京へと戻った日の午後、俺と慶ちゃんは346プロ内のとある休憩スペースで顔を合わせていた。

 「話したいことがある」という短い内容の連絡を入れるとすぐに彼女の方から時間と場所の指定が寄こされ、こうして足を運んだという訳だ。

 

「でも、簡単に諦めていい問題だとは俺は思わないんだ。菜々さんの元プロデューサーがどんな人で、何を思って姿を消したのかは分からないけれど、それは菜々さんを放っておく理由にはならない。俺達にも何か出来るはずなんだと思う」

 

 山上さんから話を聞いた夜、俺はほとんど寝れない夜を過ごしていた。蒸し暑かったり、波の音が騒がしかった訳では決してない。昨日の話を聞いて以降、俺はずっとそのことについて考え続けていたからだ。

 まぁ、結局解決策は何も浮かばないままだったが。

 

「どうして……」

 

 ふと隣の慶ちゃんが言葉を漏らした。

 

「ん、どうかした……?」

「どうしてっ……」

 

 その言葉はどこか震えているように感じた。強く握りしめた拳の上、小さな雫が落ちていくのが目に入る。

 呻くように、噛みしめるように、彼女はその言葉の続きを口にする。

 

「どうしてそこまで、相沢さんは彼女の力になりたいと思えるんですか……?」

 

 彼女が今、どんな想いをその胸に秘めているのかまでは分からない。けれど今、その目から彼女がありったけの思いの欠片を零しているのだけは確かに見えた。

 その思いに恥じないように、俺も俺なりの言葉を口にしようとしたその時だった。

 

「どこのどいつだぁ私の可愛い妹を泣かせているのは」

 

 俺たちが座っているソファの真横、気づけばそこには一人の女性が立っていた。引き締まった健康的な体、綺麗な黒髪を後ろで束ねているのが印象的な綺麗な女性だった。

 一歩引いた印象を受ける慶ちゃんとは違い、明るく快活そうな印象を受ける女性だったがどことなく慶ちゃんに似た雰囲気も感じる。というか……。

 

「れ、麗お姉ちゃん!?」

 

 隣の慶ちゃんが驚きの声を上げる。麗お姉ちゃんって……やっぱりそうでしたか。

 

「ん?君は……」

 

 ふと、そんな彼女がこちらに視線を向けた。流石慶ちゃんのお姉さん。何と言うか、ただただ美人だ。

 

「あぁ君が山上君が口にしていた相沢君か」

「あ、ええっと、初めまして相沢祐介です」

「慶の姉の青木麗だ。この事務所の専属トレーナー主任を務めている」

「よろしくお願いします。それでえっと、山上さんが俺の話を……?」

 

 あの人、俺のこといろんな人に言ってたりするのか?

 

「ああ、話は聞いているぞ。何でも生きのいい手足が手に入ったとか」

「生きのいい手足って……」

 

 なんて言いようだよ……。いやまぁ、熱海での俺の働きを考えると全くもってその通りなので何も言えないんですけどね。

 

「で、こんなところでうちの妹泣かせてどうしたんだ。痴話喧嘩か!?」

「どうして山上さんと言いそういう話になるんですか!」

 

 全く、この事務所の人はみんなそうなのかと勘繰ってしまうぞ。

 

「山上君が……?」

 

 俺の言葉が意外だったのか、麗さんはキョトンとした表情を浮かべている。

 

「そうです!熱海に行ったときにも山上さんに同じことを言われました」

「……そうか、山上君がかぁ」

 

 そう言って笑う麗さんはどことなく嬉しそうだった。

 おっと、ってまさかそういうことですか……?

 

「……それにしても、相沢君、熱海でもうちの妹を泣かせたのか?」

「違いますよ!その時はちょっと気まずい雰囲気になりまして……」

「何、気まずい雰囲気?まぁ、妹はちょっと奥手なところがあるからなぁ。意図したことと違う言葉を口にしてしまっていたのなら申し訳ない」

 

 そう言って麗さんはちょこんと頭を下げる。

 

「い、いえ!違います!ちょっと二人の中で行き違いがあったというかなんというか……」

 

 我ながら随分と歯切れの悪い……。

 

「ふむ……。どうだろう、私にも話を聞かせて貰えないだろうか」

 

 俺の台詞に一つ小さく頷くと麗さんは俺たちの向かい側の椅子へと腰を掛けた。

 慶ちゃんの方へと視線を向けると彼女は小さく頷く。それを俺は了承の意味だと捉え、ここ数日の出来事を麗さんへと話すのだった。

 

「……なるほどな。慶はこれについてどう思っているんだ?」

「うぇ、私!?」

 

 突然話を振られ慶ちゃんは今までに聞いたことも無いような声を上げる。

 

「そうだ、慶自身はこの問題をどう考えてるんだ?」

 

 姉の言葉を反芻するように小さく間を開けると慶ちゃんは拙いながらも言葉を発し始める。

 

「私は……その、菜々さん自身の問題だと思うし、他の人がどうこうっていうのはどうなんだろうって思ったりしてる……かな」

「なるほどな」

 

 麗さんは慶ちゃんの言葉に小さく頷くとふと視線を近くの窓の外へと移した。

 

「正直な、安部のことはなんとかしてやりたいと私自身も思っていたんだけれどな……。恥ずかしながら他のアイドルたちのことで手一杯でどうしようもなかったんだ。ただでさえ私はレッスンに関わっているアイドルたちが多いからな。一人に構っている時間もない。それに、メンタル面が原因でアイドルの世界を去っていった人間を多く知っている」

「お姉ちゃんにもどうにもできなかったんだね……」

 

 麗さんの表情はどことなく苦しそうだ。彼女自身もきっと俺たちと同じ気持ちを味わったのだろう。

 

「なぁ、慶。トレーナーというのはどういう仕事だと思う?」

「トレーナー?」

「ああ、今実際にこの事務所で仕事をして、慶自身が感じていることを話してくれるだけでいい」

 

 慶ちゃんは小さく唸るとぽつりぽつりと言葉を漏らしていく。

 

「えっと、アイドルのレッスンのサポートをして……、振り付けとか考えたり……。たまに演出とかも打ち合わせして……。うーん、こんな感じ?」

「分かった。それじゃあ相沢君」

「は、はい!」

 

 今度は俺の方か。

 

「相沢君はプロデューサーとはどんな仕事だと思う?」

 

 なるほど、俺の方はプロデューサーという仕事についてか……。俺は元々のイメージとここ数日の山上さんの姿を思い返す。

 

「そうですね、アイドルのプロデュース、ですから……仕事の営業をしたり、アイドルのスケジュールを調整したり、それと舞台演出を考えたりとかですかね……」

 

 どうだろう、確かこんな感じだと思うけど……。

 

「なるほどな。二人とも間違いではない」

「そ、そうですか」

「だけど、正解でもないな」

「一体どういうことです?」

「お姉ちゃん、何が足りないの?」

 

 ふむ、と一つ唸ると麗さんはTシャツからスラリと伸びた両手を胸の前で組んだ。

 

「そうだな、二人ともに足りていないのは”アイドルを作っていくこと”だ」

「「アイドルを作っていく?」」

 

 俺と慶ちゃんの声が重なる。

 作る……ってどういうことだ?

 

「アイドルは一人ではアイドルになれない。これは私の考えだが私はそう思っている」

「一人ではアイドルになれない……」

「そうだ、アイドルには応援してくれるファンが必要だ。それと同じくらいに舞台を作り上げていく仲間が必要になる。一人で売り込みをやって、曲やフリを考えて、演出もやって、舞台装置も動かして、なんてアイドルはこの世に存在しない。全てのアイドルたちがいろんな人たちに支えられて舞台の上に立つことが出来る。そのいろんな人たちの中にトレーナーもプロデューサーも居るんだ」

 

 一人では……アイドルになれない。そうなると今一人ぼっちで立ち止まっている菜々さんは……。

 

「誰かの代わりになんてなることは誰にだってできない。だけどな、それぞれの形で誰かに寄り添うことは誰にだってできる。これは君たちへの試練であり私からのお願いだ」

 

 そういうと先ほどとは比べ物にならないくらいの改まった姿勢で麗さんは俺と慶ちゃんに頭を下げた。

 

「どうか安部を、もう一度アイドルにしてやってくれないだろうか」

 

 人は誰かの代わりにはなれない。だけれども、もし俺が何かになれるのであれば……。

 

「麗さん、俺に出来るでしょうか?」

 

 正直怖い。

 

「相沢君、人生は案外シンプルだぞ。出来る出来ないなんて選択肢はそれをやる本人には関係ない。当の本人にあるのは、やるかやらないかの2択だけだ」

 

 この怖さは、何もないことに怯えている時の怖さじゃない。何かに立ち向かおうとするときの怖さなんだろう。

 

「相沢さん」

 

 ふと、隣の慶ちゃんの声が聞こえた。

 

「私はなりたいです……。何かに。自分にしかなれない、何かに」

「慶ちゃんとなら、頑張れるような気がするよ」

 

 俺の言葉に一つ、嬉しそうに頷くと彼女は嬉しそうに笑った。

 

「ありがとう。どうやってこの問題に立ち向かっていくかは君たちに一任する。山上君には私から話しておくよ。何かあったら私も出来るだけ力になる。よろしく頼む。それでは」

 

 俺たちのやり取りを笑顔で見終えると、麗さんはそれだけ言い残しその場を後にしてしまった。よくよく考えたら人一人の人生を任されたような気がする。これからどうなっていくんだろう。答えの見えないそれに、どうやって立ち向かっていくんだろう。

 そんな俺の不安を、突然の温もりが溶かしていった。

 突然のことに驚いて慶ちゃんの方を見ると、彼女の手が俺の手に重ねられていた。ああ、女の子の手ってこんなに柔らかかったっけなぁ……。じゃなくて、突然何をなさってるんですかね!?

 

「あ、あの……慶ちゃん?」

「頑張りましょうね」

「お、おう……」

 

 じゃなくてですね……。

 

「そういえば」

 

 ふと、慶ちゃんが手を小さく顎に当てながら何やら尋ねてくる。その際に重なり合っていた手が離れてしまったけど、別に名残惜しいなんて思ってないんだからねっ!

 

「ど、どしたの?」

「お姉ちゃんが来る前に私が聞いたことなんですけど……」

 

 えっと、なんだっけ、確か……。

 

「俺がどうして菜々さんの力になりたいか、だっけか」

「ですです」

 

 人は誰かの代わりにはなれない。だけど、何かにはなれる。

 

「俺には何もなかったから、何かがある人の力になりたかったんだよ」

「何かがある人の力?」

 

 なるようになる。だけど、どうなって欲しいかなんて今までずっと見えなかった。

 

「何かを形にしようとしている人の何かになれること。それが俺の何かなのかなって」

「……ややこしいですね」

「自分でもそう思うよ」

 

 行きたい方向へと向かった先で、俺は何かになれるのだろうか。

 手を伸ばそうとしているその先で、その何かの輪郭がうっすらと見えたような気がした。

 

 




ということでお読みいただきありがとうございました。
今回も誤字脱字等気を付けてはおりますがもし見かけた方がいらっしゃいましたらご指摘いただけると幸いです。
それと、ご感想や評価等頂けると泣いて喜びますのでそちらも良かったらお願いいたします。
不定期更新ですが引き続きよろしくお願いいたします


アイマス2次小説でアイドル出ないってどういうことだよ……

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