かぐや様は演じない~仮面を被ったかぐや姫~   作:燃月

1 / 7
【第01話】☆かぐや様は白黒つけたい①

 

「暇だな」

 

 再チェックを終えた書類の束を執務机の上で揃えながら、白銀御行は誰に言うともなく呟いた。

 つい口をついて出てしまう『眠い』とか『寒い』とか――条件反射のようなその程度の意思表示。

 ふと出た独り言のようでいて、周りに居る者の耳に届く絶妙な声量。

 

 例え相手からの反応がなくとも、『あー、聞こえなかったんだな、なら仕方ない。うん、別に喋りかけた訳じゃないし』と自身の心の安寧を保つことが可能であり、ともすれば、会話の取っ掛かりを得ることできる!

 

「そうですね。少々手持ち無沙汰なのは否めませんね」

 

 その呟きに対し四宮かぐやは同意を示した。

 聞こえていなかったとスルーすることもできたが、ここは相手からの“アピール”に応じておく。

 

「とはいえだ、早々に帰宅しては、他の生徒への示しがつかない。生徒会役員がさぼっていると思われるのもなんだしな……」

 

「効率が悪くとも、遅くまで残業している方が頑張っているように思われる、なんてのは現代社会の悪習ですよね」

 

「そ、そうだな……まぁこうして仕事に追われることなくゆったりできる時間は貴重だ」

 

 少し冷めた紅茶を飲み干し、白銀はこれ見よがしに椅子に腰掛けたまま腕の柔軟を開始する。

 やることがないからストレッチでもしておこうの図である。

 

 

 現在、室内には白銀とかぐやしかいないという状況。だがそこに甘い雰囲気はない。

 基本的にこの二人は、黙々と集中して作業することを好む。お喋りしていなければ場が持たないということはなかった。

 だが、やはりそれは仕事をしている場合に限る。特に仕事もなく、じっと座っている状態では多少の気まずさが生まれるものである。

 

 何より、好意を寄せ合っている者同士であり、しかも二人きりという絶好のシチュエーション!

 互いが互いに、この機を活かしたいと思うのは必定。

 

 そんなこともあり、さっきからこの暇だなー何かしたいなーでも自分から提案するのもなんだしなーみたいなやり取りなのである。

 

 しかし何も起こらない。ただただ不毛な時間を浪費するだけ。

 『別にこっちは好きじゃないけど、どうしてもというなら付き合ってあげてもいい』というのがこの両者のスタンス。

 自分は何もせずとも、相手が勝手に告白してくるだろうという幻想を抱き続け、半年もの月日を無為に過ごしてきたのだ。普通に生活し、普通に過ごせば当然何も起こらない。

 

 起こそうとしないが故の無駄な六ヶ月。発展性などあろうはずがない!

 

 そうした期間を経たことにより、ようやく危機感を募らせ思い至る!

 こんな調子では、在学中に付き合う事など不可能なのだと!

 

 両者の思考は、『付き合ってやってもいい』から、『如何に相手に告白させるか』という段階へ移行していた。

 

 そういう観点で言えば、こうして生徒会室に留まって、相手からのアクションを期待しているだけでも進歩したと言える。

 

「四宮、悪いがおかわりを頼めるか?」

「はい、構いませんよ」

 

 要望に応え、紅茶のおかわりを用意しに向かうかぐや。

 その準備の最中、横目で白銀の様子をつぶさに観察しながら思考を巡らせる。

 

(仕事も終わってやることもないけれど、生徒会役員としての体面上、早々に帰宅するという選択肢はとれない。だから生徒会室で時間を潰すしかないというのは、尤もらしい理由ですね。わかりますよ、ええ、わかります。二人きりというこんなまたとない機会をふいにするなんてできませんよね。だって会長は私のことを狙っているのですから! ですが、会長に“これ以上”を期待するのは無駄でしょう。でしたら、こちらもそろそろ“予定通り”行動させて貰うとします)

 

 あながち間違ってはいないのだが、かなり過剰に解釈している感は否めない、自身の事を棚に上げた論理展開はさておき――

 

「どうぞ、熱いのでお気をつけ下さい」

「ああ、ありがとう」

「いえ」

 

 おかわりの紅茶を口に運び、一息つく白銀。

 

「うん、美味い。それにしても、ほんとに今日はやることがないな」

 

 その再三の暇々アピールを受け、大義名分は十二分に得たとかぐやが満を持して打って出る!

 

「でしたら、何か手頃なゲームでもいかがでしょう?」

「ゲーム? というと、またトランプでもするのか?」

「それでも構いませんが、今日は何か別の物を見繕ってみましょうか――確か藤原さんが持ち込んだ何かしらのゲームがあったはずです」

 

 そう言ってかぐやは戸棚へ向かい引き戸を開け、ごそごそと中を物色し始める。

 収納ボックスの中には、外国製のボードゲームが乱雑に詰め込まれており、それをかき分けながらかぐやは目についた品物を読み上げていく。

 

「ええーっと………………お互いルールを知っていて、公平なものとなると…………そうですね、よくあるルーレットを回して遊ぶ人生ゲームみたいなものや、これはモノポリーですかね? それにダイヤモンドゲーム、UNOにジェンガ、ああオセロなんかもあるみたいですね。会長はどれがいいですか?」

 

「ふーむ……そうだな………………その中だったらオセロでいいんじゃないか?」

「はい、ではそうしましょう」

 

 戸棚の中に上半身を突っ込みながらオセロを取り出し、白銀からは後姿しか視界に入らないことを認識した上で、かぐやは一人ほくそ笑む。

 

(計画通り!)

 

 某デスノートの所有者とまではいかないまでも、なかなかにあくどい表情である。

 決してラブコメのヒロインがしていい類の表情ではなかった。まぁ四宮かぐやの立ち位置は『ヒロイン』ではなく『主人公』なので何も問題はない。

 

(会長は自らの意図で選んだと“錯覚”しているでしょうが、ふふ、会長がオセロを選ぶのは、私の思惑通りなんですよ)

 

 さて――お察しの通り、この状況はかぐやの策略によって仕組まれたものである!

 

(二人で対決することを念頭に置けば、大勢で盛り上がって遊ぶことが前提とされる類のゲームを選択肢から除外するのは当然ですし、遊び方が豊富で勝負事に向いているトランプは前以て候補から外してあります。となれば、オセロが選ばれる目算が高くなるのは必然でしょう。まぁジェンガあたりが選ばれる可能性もなくはないですが、それはそれで対策はしてあるので何も問題ありません)

 

 生徒会メンバーである藤原書記が持ち込んだゲーム類のチェックは予め済ませており、かぐやは初めから白銀とのオセロ勝負を目論んでいたということだ。

 

 かぐやは蜘蛛の如く、用意周到に視えない糸を張り巡らし、標的を罠に誘い込む。

 陰ながら、巧妙に――対象の行動・思考を御した上で、かかった獲物を仕留めるために!

 

 とはいえ白銀とて短絡的に選んだわけではない!

 

(ふっ、四宮。お前は知らないだろうが、俺はオセロで一度も負けたことがないんだよ。頭脳勝負であればお前とだって対等以上に渡り合ってみせるぞ!)

 

 己が頭脳への誇りと、確かな過去の実績!

 それが白銀の自信の源。

 

(いやぁ懐かしい。小さい頃、(けい)ちゃん相手に連戦連勝を重ねて、よく泣かせてたっけな。ハンデ戦でも勝っちゃうだもん。俺、強すぎ! あー昔はよく一緒にゲームしてたのに……つーか最近はゲームどころかロクに口もきいてくんないけど…………反抗期だからな)

 

 ちょっぴりセンチメンタルな気分に浸りながら物思いに耽る白銀。

 

 『圭ちゃん』というのは白銀の妹の名前であり、つまりこれは幼少の頃の武勇伝みたいなもの。遠い昔の話である。

 

 妹との対戦で得た自惚れによる過信の産物――自信の源として全く当てになりはしなかった!

 

 白銀の現在の力量は…………推して知るべしというしかない。

 

 

 

 

○●

●○

 

 

 ここで両者のパーソナリティについて触れておこう。

 

 秀知院学園生徒会副会長、四宮かぐや。

 

 日本の経済界を牛耳る四大財閥の一つとして名高い『四宮グループ』。その本家本流『総帥・四宮雁庵(がんあん)』の長女として生を受けた、正真正銘の令嬢。

 

 血筋ゆえの生まれ持った資質、加えて幼少の頃より『四宮家』の名に恥じぬ令嬢として、数多くの稽古事を強いられ、徹底的な英才教育を叩き込まれた彼女はその全てを体得し、ありとあらゆる分野で華々しい功績を残す、紛うことなき『天才』と成った。

 

 また、凛々しく端整な顔立ちをしており、その美貌は羞花閉月と称するに相応しい。

 更に令嬢として厳格に育てられたことで身に付けられた、洗練された立ち居振る舞い。

 

 正に、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花――そんな才色兼備な存在として周りからは認知されている。

 

 が!

 

 その認識は間違いである!

 

 一見、非の打ち所のない彼女ではあるが、美しい花には棘があるものなのだ。

 いや、『四宮かぐや』という人間性を深く知る人間ならこう指摘するかもしれない。

 『棘』などではなく『猛毒』だと。

 

 もっと分かり易く、ありていに言ってしまえば、腹黒い。それはもう途轍もなく真っ黒なのである。

 

 四宮家による帝王学――人格や人間形成を矯正するほどに苛烈な『教育』が起因してのことか、彼女は無意識に他者を見下し利用しようとする悪癖を持っていた。

 

 目的のためには手段を選ばない。利己的で人並み以上にプライドが高い――それが四宮かぐやという人間だ。

 

 

 そんな規格外のスペックをした“四宮副会長”の上の役職に就く男こそ――秀知院学園生徒会長、白銀御行。

 

 ただこの肩書きだけで、彼のなした偉業を推し量ることは到底できはしない。

 より正確に言及すれば、秀知院学園の歴代三人目となる『混院(こんいん)』の生徒会長なのだ。

 

 秀知院学園はかつて、貴族・士族の上位層を教育するための機関として創立され、現在では富豪名家に生まれ、国の将来を背負うであろう逸材が数多く修学している名門校として名を馳せている。

 また大きな特徴として挙げられるのが、幼・初等部から大学までの一貫校であるという点だろう。

 

 そういったエスカレーター式に進学していった生徒を『純院(じゅんいん)』、それに対し外部入学の生徒を『混院』と称し、『混院』を蔑む根深いヒエラルキー問題が蔓延していた。

 

 混院であるという烙印は、それだけで学園内での立場を悪くするもので、目立った行動を取れば、陰口を叩かれ、排他的な扱いを受けることも想像に難くない。

 

 そういった逆境にも関わらず、どうして白銀御行は生徒会長になることができたのか?

 

 それはやはり、彼の優れた知性を認めざるを得なかったからであろう。

 

 秀知院学園高等部の偏差値は77前後と極めて高い水準を誇っており、秀知院の生徒にとって学力とは最大のステータスとなっている。

 

 その学力が数値として提示される学年模試に於いて、白銀は不動の一位として君臨しているのだ。大多数の生徒から一目置かれるのは勿論の事、一定数いた不平を鳴らす純院生徒を黙らせるには十分すぎる武器として機能していた。

 

 それともう一つ、効果的に作用していたのが、彼の持つ威圧感。

 

 顔立ちは比較的整っており美形ではあるのだが、如何せん、目付きが凶悪過ぎる。

 その研ぎ澄まされた眼光は、自覚なしに他者を圧倒する。期せずして反対意見を封殺する結果に繋がったのだ。

 その結果、一般生徒からは近寄り難い畏怖の対象として見られている。

 とは言え、生徒会長としての確かな実力から信望は厚く、どんな時でも冷静沈着にして質実剛健――秀知院学園を代表するに相応しい傑物であるというのが生徒や教師からの共通認識だった。

 

 が!

 

 その認識も間違いである!

 

 この男、完全無欠を絵に描いたような人物として取り沙汰されているが、その実、致命的なまでにポンコツな欠陥製品!

 言うなれば『調律が狂いに狂って部品も欠落した金メッキのピアノ』(by少女F)!

 

 勉学と生徒会長としての実務能力に関しては優秀であり問題ないのだが、その他の部分ではあまりにあんまりな…………この件に関しては追々明らかになっていくことだろう。

 

 また、外見から受ける剣呑な印象とは違い、善良なお人好しでとても面倒見がいい。

 しかし、こと恋愛に関して言えば、プライドが高く偏屈な恋愛観を持っている。

 

 というのも、白銀御行はモテる。

 それなりのルックスと優れた知性、加えて『秀知院学園生徒会長』という絶大なブランド力から結構モテる。

 

 悲しいかな、世の女性は肩書きに弱いものなのだ。

 いや、男性だって、特定の肩書き(看護師やメイドだったり)に倒錯した感情を抱くのだから似たり寄ったりであるとは、公正な立場として明記しておかなければならないだろう。

 

 とまぁ、なまじモテてしまうが故に、自分が選ぶ立場の人間――こと恋愛に於いて、頂点に君臨していると思い込んでいる節がある。

 

 

 

 統括として、両者ともにプライドが高い人間であるということがお解りいただけただろうか?

 

 増長し、お殿様感覚が芽生えてしまっている白銀御行。

 生粋のお嬢様であり、言うなれば気位が高いお姫様である四宮かぐや。

 

 互いに自身のことを上位者に位置づけているので、自ら告白することなどあり得ない!

 相手から告白してくるのが至極当然の流れというもの!

 

 重ねて繰り返そう!

 

 【恋愛とは告白した方が負け】――それが絶対の(ルール)でありこの世の理。

 

 誰がなんと言おうとも、それが当人達にとっての不文律なのは間違いない!

 

 

 

 ただしそれは『現時点の』とだけはしっかりと注釈しておこう。

 

 

 

○●

●○

 

 

 『オセロ』――言わずと知れた二人用盤上遊戯(ボードゲーム)

 

 対戦の場となるオセロ盤は、8×8のマス目。

 勝負の駒には、オセロ石という一面が黒、もう片面が白の小円盤型の石を使用する。

 

 盤面の中央の4マスに、同じ色が隣り合わないよう黒白2つずつ石を置いて、先手が黒、後手が白の石を持ち、ゲーム開始。

 

 自色の石で相手の色の石を挟み、 着手後に挟んだ石を自分の色にひっくり返す。それを交互に盤面が埋まるまで繰り返し、最終的に自色の石が多い方が勝ちとなる。

 

 基本的な遊び方はたったこれだけであり、小難しいルールは一切なく、子供からお年寄りまで幅広い年齢層が楽しめるシンプルなゲーム性をしている。

 とは言え、奥が深く未だにコンピュータによる全解析は達成されていない。

 【覚えるのに一分、極めるのに一生】が、 オセロのキャッチフレーズとして採用されている所以である。

 

 

 

「それでは、先に二勝した方が勝ち――ということでよろしいですか?」

「ああ。暇つぶしには丁度いいだろう」

 

 応接用のソファに腰を下ろした白銀が鷹揚に頷くと、

 

「私は会長と本気の手合わせをしてみたいところです」

 

 対面に座ったかぐやがオセロの準備をしながら、にこやかな笑顔でそんな提案をするのだった。

 

「ほぅ、俺と本気で?」

「ええ、本気の真剣勝負を」

 

「……オセロなんて、ただのお遊びの延長だろう?」

「確かに老若男女に親しまれる、気楽な遊戯としての側面もありますが、その一方で、囲碁や将棋といった高い思考能力が必要とされる、マインドスポーツに分類されています。んー……そうですね、興が乗らないと言うのでしたら、以前のババ抜き勝負同様『勝者は敗者に何でも一つお願いごとが出来る権利』を特典に設けましょうか?」

「うーむ――」

 

(――どういうつもりだ? 俺としては四宮との発展を期待しての、軽い余興ぐらいのつもりだったんだがな……何かを企んでいるのか?)

 

 即答することを躊躇い、かぐやの真意を推し量ろうと顔色を読みながら沈思する白銀。

 対し、その怪訝な眼差しを感じ取ったかぐやが、自身の“意図”を話し始める。

 

「この学園――いえ、全国トップクラスの英知を誇る会長に挑戦できるまたとない機会になると思ったのですが…………駄目でしょうか?」

 

(ふっそういうことか――)

 

「――まぁやるからには勝ちにいくつもりだ。別に構わないぞ。賭けにも乗った」

 

 白銀が抱いた微かな違和感は、聞こえがいい“方便”に流されてしまう。

 こういった些細な思考の誘導も、かぐやの人心掌握術の成せる技と言えよう。

 

「それは、よかった。以前の勝負では私が負けてしまいましたから、その雪辱戦にもなります」

「雪辱って…………ババ抜きなんてものは運の要素が強すぎる。一応心理戦という要素もあるのだろうが、勝利のうちに入らないさ」

「負けは負けとして受け止めますよ。とは言え、オセロは運に左右されない純粋な『頭脳勝負』――そういう点で言えば、知力の優劣を競う定期考査と通ずる所がありますね」

 

「はは、おおげさだな」

「後塵を拝する私としては、ここは是が非でも会長に勝っておきたいところです」

 

 

(馬鹿を言え! オセロと定期考査を同列に語るなどふざけたことを! 絶対に打ち負かしてやる!)

 

 表面では和やかな談笑ムードを取り繕いつつも、水面下では荒々しい憤慨モードで、対抗意識を燃やす白銀だった。

 

(これで下準備は万全ですね。怪しまれずに賭け勝負に持ち込めました)

 

 そんな白銀とは対照的に、かぐやは淡々としたもの。計画が思い通り進んでいる事に、心の中で一人ほくそ笑む。

 

 

 ここで一応、先ほどから話題に上がっている『ババ抜き勝負』の件について解説しておくと、数日前、この二人はババ抜き対決で賭けを行い、勝者の特権として敗者に対し『何か一つお願いできる』という趣向のゲームをしていたのだ。

 

 その結果、白銀が勝利している。

 

 ただし、かぐやは自らの意志で敗北を狙い、敢えて負けることで相手側からの『お願いごと』を誘導しようといたので、ゲームの勝敗自体に特別な感情を抱いている訳ではなかった。

 

 しかし今回のかぐやは、全力で勝ちにいくつもりだ。

 

 

 ということは、勝者の特典を利用して、白銀を追い詰める策略を用意している?

 

 否!

 

 そんなもの用意していない!

 

 なぜなら、自分がして欲しいことを相手にお願いするという行為は、極めて俗物的なアピール行為に他ならないからである!

 

 どうしたってそこには特別な『好意(いみ)』――が生じてしまう!

 『相手へのお願い』とは『相手へのアプローチ』として処理される可能性があるのだ!

 

 かぐやとしては、そんな危険を冒す訳にはいかない。

 

 ならば彼女はこの勝負に何を求めているのか!? それは!!

 

『何か一つお願いできる……そう言えばそうでしたね。うーん…………とは言っても会長に勝てたことで、もう十分満足できちゃってますし、あ、ではオセロを片付けて貰っていいですか? それが私からのお願いということで』

 

 これがかぐやの思い描く構想!

 敢えて勝者の特権を無駄遣いする! 勝った上で相手に慈悲を与える、上から目線の愉悦!!

 

 それに何よりこれは、相手側に負い目を感じさせ、強制的に貸しを作ることができるのだ。

 今後の立ち回りに於いて大きなアドバンテージを得られ、精神的優位に立てる!

 

 断じて、定期考査で学年二位に甘んじ続けたことで積もった鬱憤を、発散しようなどという小さい理由などではない!

 

 

 

○●

●○

 

 

 パチパチパチと石をひっくり返した音が小気味よく室内に響き、ゲームはほぼノータイムで進行していく。そうして中盤に差し掛かったあたりでかぐやは確信した。

 

(この勝負――貰いましたね)

 

 素人目に見れば、勝負の趨勢を読み切るには、まだ早過ぎる段階と言えよう。

 

 しかし、対決を仕組んだのはかぐや張本人なのだから、当然対策も抜かりない。

 

 この日の為に、オセロに関する入門書・参考書・オセロ高段者による著書を読み漁り、事前研究は勿論のこと、専属近衛(メイド)相手に対人戦も十分にやり込んでいる。

 

(ふふ、序盤の『定石』は一通り押さえていますし――)

 

 『定石』というのは、長年の研究によって導き出された、最善とされる決まった石の打ち方のことを言う。

 

(――『オセロの鉄則』だって心得ています)

 

 『オセロの鉄則』で最も有名なものが『隅をとったら有利』。

 こんなものは誰もが知るところであるが、他にも序盤は『一石返し』に徹し、最小限の石を返し、『中割り』を意識する。

 他にも多種多様なセオリーが存在し、かぐやはその高水準な頭脳で、そういった戦術をほぼマスターしていた。

 

 だからこそ、定石から外れた手を打った時点で、白銀は劣勢に立たされており、そこからもセオリーを蔑ろにした稚拙な手が連続した時点で、かぐやは自身の勝利を疑いないものとしたのである。

 

(後は着実に打ち進めれば、私の勝利は盤石でしょう。終盤からようやく熟考し始めたようですが、手遅れです)

 

 

 そして、かぐやの読み通り――

 

「くっ……やるな四宮」

「いえ、偶々です」

 

 ほぼ盤面は黒が占拠しており、圧倒的大差で先手番であるかぐやの勝利となった。

 

「いや、謙遜するな。圧倒されたよ」

 

 どうにか平静を保ち、かぐやに対し賛辞の言葉を送る白銀であるが、

 

(うわぁーーーーー! 負けた―! ボロ負けじゃん! 結構自信あったのに!! もしかして俺って弱いの!?)

 

 内心ではあまりの惨敗に、呆然自失状態に陥っていた。

 ショックで打ちのめされ、否応なくネガティブな感情に支配される。

 

(まずい……これは非常にまずいぞ。このまま次も無様に負けようものなら――)

 

 

『あら……学園屈指の頭脳を誇る会長相手ですから、挑戦者の気持ちで挑んだのですが、これはとんだ期待外れでしたね。勉強が幾らできても、それを活かせる頭がないのであれば宝の持ち腐れもいいところ。応用がきかない低能、上に立つ者としての適性を疑わざるを得ません。思考の柔軟さでは幼稚園児以下……』

 

 白銀の脳裏に鮮明に浮かび上がってくる、あの底冷えする眼差し。

 そして人の尊厳を侮蔑し、憐み、嘲笑いながらこう切り捨てるのだ!

 

 

『お可愛いこと……』

 

 

(あーーーーー!)

 

 動悸が激しくなり、身悶えたい衝動が全身を駆け巡るも、どうにか抑え込む。

 

(くそ、単純なゲームと侮っていた…………いや違うな。そんな次元の話じゃなく、俺と四宮の間には純然たる力量差が存在している。悔しいが、全く歯が立たなかった。完敗だ。四宮が言っていた通り、オセロは運に左右されない純粋な『頭脳勝負』。そりゃ素人同士が勝負すれば、まぐれ勝ちもあるだろうが……オセロにも世界大会があるというしな。ならば、そういった手練れと素人では勝負にならないのは当たり前の話だ)

 

 白銀の脳内で、凄まじい勢いで自己分析が開始されていた。

 

(考えろ。白銀御行! 何がいけなかった? 何が敗因だ!?)

 

 頭の中のオセロ盤で、つい先ほどの勝負を振り返り、精査していく白銀。

 常人ではあり得ないが、白銀の頭脳はそれを可能とする!

 

(中盤から終盤にかけては、ほぼ俺に選択肢はなかったからな。石が置ける場所が限られていた。そういう風に四宮が打ち回したんだ…………であればどうしたらいい?)

 

 自問自答を繰り返し、独自の理論を構築していく。

 

(ならば序盤――初期段階での配置が重要ということか……四宮の早打ちに流されて、直感で打ってしまっていたからな。根幹がしっかりしなければ、枝葉は伸びず、根本から腐れ落ちる。枝分かれさせる為にはしっかり根を張る必要がある……なるほど。中々に奥が深い)

 

 

「それではそろそろ二戦目を開始いたしましょうか?」

「ああ」

「では先手と後手、どちらがよろしいですか?」

「ふむ…………そうだな。では、そのまま俺は後手でいかせてもらう」

「そうですか、わかりました――では、始めましょう」

 

 そう言って、かぐやが一手目を着手する。

 

(あら?)

 

 白銀は盤面を見据え、初手から考え込んでいた。

 

「随分と慎重ですね?」

「後がないからな。悪いが少し考えさせてもらうぞ」

「ええ、構いませんよ」

 

(精々お悩み下さい。幾ら悩んだところで結果は目に見えていますが)

 

 しかし、そんなかぐやの余裕は、徐々に霧散していく。

 

(これは『兎定石』の進行になっていますね……悪手とされる手も――回避されてしまいましたか)

 

 かぐやがノータイムの早差しでプレッシャーをかけるも、白銀は全く意に介さず、自身の間をキープする。

 そしてしっかりと盤面を見極め、細心の注意を払いながら打ち進めていく。

 それはまるで、一歩一歩足場を確認しながら、暗闇の中を前進していくかのようだ。

 

 静寂が場を包み込み、言い知れない緊張感が肥大する。

 

 ゆっくりと、だが着実にゲームは進行し――その最中、かぐやの手が止まった。

 

(まさか…………そんなことって!?)

 

 かぐやは驚きを隠せない。

 なぜなら、かぐやの知る“定石通り”にゲームが展開していたからだ!

 つまり、それの意味するところは、白銀も“最善手を打ち続けている”ということの証明に他ならない!

 

 中盤になれば、定石から外れた多様な手が存在しているので、かぐやとしてもここからは未知の領域となる。序盤で相手の悪手を誘い、優勢にする計画だっただけに、手痛い誤算であった。

 

 だが、そんなことよりも重要な点がある。

 

 繰り返そう。『定石』というのは、長年の研究によって導き出された、最善とされる決まった石の打ち方のことを言う。

 

 かぐやは“ただ学んだ定石通りに打っていた”だけだ。

 対し、白銀は、己の思考能力で解を導きだし、最適解に辿りついたのだ!

 

 その事実が重く圧し掛かり、かぐやは精神的に追い詰められていた!

 

(やはりこの人は凄い……)

 

 盤面を睨み付けるような、鋭い双眸に気圧される。

 かぐやの中で、羨望と畏怖の感情が綯い交ぜになって溢れだしていた。

 

(会長は何処まで先を見通しているというのです!?)

 

 心中で問い掛けるも、当然答えは返ってこない。

 

 かぐやは知る由もなかった。

 白銀が懸命に抗い続け、一心不乱にこう考えていたことを!

 

 

(お可愛いは嫌だ! お可愛いは嫌だ! お可愛いは嫌だ!)

 

 

 その鬼気迫った表情は、かぐやに対し効果的に作用していた。

 

(くっ……どの手が最善手!?)

 

 動揺と焦りで、思考が纏まらないかぐや。

 まさか己の幻影に怯えた相手の表情で、自分自身が恐怖しているとは夢にも思わない。

 

 

 そうして一進一退の攻防が続き――

 

「ふぅー…………これでどうにかイーブンだな」

 

 僅差ではあるが、白銀が白星を掴みとる!

 薄氷を踏む思いで制した紙一重の勝利に、安堵のため息をつく。

 

「いい勝負でしたね。あ、紅茶のおかわり用意してきますね」

 

 そそくさと対戦の場を離れ、白銀から距離をとった上で、強く歯を食いしばる。

 

 この女、珍しくも本気で悔しがっていた。

 それもそのはず。このオセロ対決は、本気で勝ちにいった勝負である。更には入念な対策と事前準備までした上での敗北。それがプライドの高いかぐやにとってどれほどの醜態で屈辱的なことか!

 

(うう……会長、貴方は紛うことなき天才です――私の前に立ちはだかる強大な壁)

 

 

 そう――忘れてはならない! 

 

 白銀御行。

 

 この男は、勉学一本で秀知院学園生徒会長の座にまで登りつめた傑物であり、四宮かぐやの頭脳さえも凌駕する存在であるということを!

 

 

 

 




《作中のオセロ用語解説》

◆『一石返し』
 石を1個だけ返すこと。とりあえず悪手になりにくい。
 初心者が最初に身につけるべき戦術とされる。

※補足→基本的にオセロの序盤は石を取り過ぎない方がいいとされている為。


◆『中割り』
 置かれている石の内側の石を返すことにより、自分の手数を増やし、相手の手数を殆ど増やさない序盤から中盤の重要な戦術。

※補足→中盤では、自分の打てる場所の数が多い方が有利とされている。


◆『兎定石』
 主流とされる四大定石の一つ。初めて定石を覚える人はこれから始める人が多い。
 統計的には上級者よりも中級者が好んで使用している。

※補足→他の四大定石『牛定石』『虎定石』『鼠定石』
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。