かぐや様は演じない~仮面を被ったかぐや姫~   作:燃月

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【第01話】☆かぐや様は白黒つけたい②

 屈辱で騒めき立つ心を律し、己の置かれた状況を冷静に分析する。

 

(勝敗は一勝一敗の五分。ですが……一戦目の圧勝から、二戦目は僅差での敗北。比べるまでもなく、会長の腕前が飛躍的に向上していました……このまま次戦に挑めば、敗戦は避けられないと考えるべきですね)

 

「さて、先手後手の選択権は四宮にあるが、どうする?」

「そうですね…………」

 

 間を取り逡巡する。

 だがそれはかぐやにとっての逡巡であり、常人と比較すれば刹那の思考といって差し支えない。

 

(オセロでは先手と後手による勝率はほぼ均衡しているらしいですからね。どちらを選んでも構いませんが、会長が白番に慣れてきていることは考慮すべきでしょうか? 先手後手を入れ替えれば、序盤の悪手が期待できる……ただ、その期待が裏切れた時の精神的ダメージは計り知れない。同じ轍を踏むことは避けた方が賢明でしょう。隙を作らない為にもここは黒番のままでいく。何より私自身が黒番の方を得意としていますからね――)

 

「――では、黒でいかせてもらいます。何事も初志貫徹が大事ですからね」

「ふ、そうだな。よし、じゃあ始めるとするか」

 

 そうしてオセロ勝負の三戦目が開始された。

 

 序盤は全く同じ試合展開――両者共に奇を衒わず『兎定石』の進行で打ち進める。

 確立された手順をなぞるだけの作業なので、共に脳への負担は軽微――その合間にかぐやは中盤以降の立ち回りについて思案していた。

 

(オセロに勝つ上で重要な要素は高い思考能力。それに次いで集中力。二戦目の敗因は、私の集中力が途切れたがゆえ、ええ、決して実力で劣っていた……訳ではありません! もう平常心は保てています。ここは中盤の攻め方で翻弄して押し切る! 私の全身全霊をかけて会長を倒す!)

 

 序盤は完全に定石通りに進行し、千変万化に手が多様化する運命の中盤戦へと突入する!

 ここでの立ち回りが極めて重要となってくる!

 

 白銀が考え込むタイミングを見計らい、かぐやが仕掛けた! 

 

「会長が勝ったら、いったいどんなお願いをなさるおつもりですか?」

 

 盤外から放たれる、不意をつく一手!

 

「ん? ……いや、まだ何も決めてないが……いきなりどうした?」

「いえ……正直、勝てる気がしていないので、負けた時の心構えをしておこうかと……二人きりですし……あまり(はずかし)めないでくださいね?」

 

 かぐやは頬を紅潮させながら、か細い声で白銀に訴えかける。

 自分自身の表情、仕草、声音――その全てを完全に掌握した上で初心な女を演じきる、四宮家の帝王学が編み出した、一子相伝の交渉術!!

 

「ば、馬鹿を言うな!」

「ですが、どんなお願いをなされるのか、私としては気が気ではありません」

 

 指先で唇を艶めかしくなぞり、蠱惑的な眼差しで白銀を流し見る姿は妖艶の一言。

 

 スキル『純真無垢(カマトト)』――弐ノ型『色仕掛け(コアクマ)』発動!!

 

 女の武器を躊躇なく切る! とどのつまりは小狡い盤外戦術!

 故意に対戦相手の集中力を妨げる、マナー違反な行為。

 かぐやとしてもアンフェアな行いであることは弁えている。

 

 しかし、引く訳にはいかない! これは()るか殺られるかの真剣勝負!

 『勝つためには手段を選ぶな』――それが四宮家の血脈を継ぐ者の心得なのだから!

 勝負は盤上だけで行われるものではないのだ!

 

「どんなって……いや、そもそもだ! いかがわしいお願いや、無茶な要求はしないという話だったはずだろ!?」

「そうですね……ですが、その取り決めは前回の勝負に限った話です。今回はそういった制約を付けるのを失念していました…………あぁ私の落ち度という他ありません」

 

「え? じゃあ何でも――」

(――ありなのか!? あんな格好やこんな格好させることも!)

 

「まぁ、秀知院学園を代表する会長相手ですから、無用な心配ではあるのですが」

 

「あ……あぁ、全くその通りだな」

(くそ! 予防線を張りやがった!)

 

「はい。それは重々承知しています。とはいえ、私に拒否権はありませんから」

 

「おいおい、人聞きの悪いことを言ってくれるな」

(何っ! いいの! 駄目なの! どっちなの!?)

 

 

「あらあら。これは無粋でしたね。会長ほど紳士的な殿方はいないというのに――はい、会長の番ですよ。どうぞ」

 

 浮ついた精神状態の白銀を、すかさず急き立てる!

 

「うむ…………ここで、どうだ」

(あ、しまった! 悪手とまではいかんが、これはあまりいい手ではなかったな……くそ)

 

「そこですか。ではこう返します」

(いい感じに狼狽えていますね。あぁ愉快)

 

 相手の顔色を一瞥し、効果覿面であったと確信したかぐやは、ご満悦といったところ。

 対し白銀は、自身の打ち損じを挽回すべく、懸命に頭を働かせている。

 

(駄目だ。集中しろ集中! こんな見え透いた罠に惑わされるな。俺の自制心よ、しっかりしてくれ!!)

 

 心中で活を入れ、感情をコントロールしようとするも、

 

「はぁ、ドキドキしてきました」

 

 合間合間に挟み込まれる、吐息混じりの甘い呟きに思考が掻き乱される。

 あられもない格好で恥じらうかぐやの虚像がチラつき、思考がままならない。

 

(落ち着け……)

 

 だからこそ、白銀はじっくり腰を据え、長考態勢に入る。

 

(じっくり時間をかければ…………どうにか考えは纏まる)

 

 しかし、それを許すかぐやではなかった!

 

(立ち直らせる隙は与えませんよ)

 

「もうそろそろ部活動も終わり始める頃ですね」

「ん? もうそんな時間か」

「確か会長はバイトがあったはずですよね?」

「ああ」

「でしたら、あまり勝負が長引いてもいけませんし、ここからは時間制限を設けましょう。大会などの公式戦では対局時計が用いられていますからね。構いませんか?」

「そう……だな。構わないぞ」

 

「では今から一手、一分までということでよろしいですね」

「……了解だ」

 

 半ば強引に同意を取り付けたかぐやは、携帯電話(ガラケー)を取り出し、タイマー機能を準備――そしてオセロ盤の横に設置した後、手早く起動。液晶画面でカウントダウンが開始される。

 

「はいスタートです」

 

 白銀は無言で頷き、脳をフル回転させる。

 

(慌てるな。一分もあれば十分だ。えっと…………どこが最善だ? ここだと……いや、それは駄目だな、ならこっちは……悪くはないが……他の手はどうだ? って時間経つの早いな!? もう三十秒切ってるじゃねーか! やばい! 全然余裕ねーぞこれ!)

 

「……ならここ……いや、こっちだ」

 

 そうして思考時間を半強制的に奪われた白銀は、検討不十分な一手を打ってしまう。

 

「なるほど。そうきましたか。ではこう返しましょう」

 

 ここにきてかぐやはノータイムの早指し。

 流れる動作でタイマーを再起動させ、追い詰めにかかった。

 

 白銀は制限時間である一分をほぼフルで使いながら、どうにか打ち進めるが、苦悶の表情で一杯一杯といった有り様。

 

 形勢はかぐやの圧倒的有利――

 

(しぶとい……)

 

 ――という訳でもない。

 

 集中力を欠いた状態で、尚もしぶとく食い下がる白銀の凌ぎに、かぐやは辟易していた。

 早指しを控え、戦況把握の為に自身の持ち時間を消費し、戦局を見極める。

 

(切羽詰まっている割には、そこまで悪くはない手を返してきますね。これだけ精神を揺さぶっても、崩れないのは流石です。やはり侮れない)

 

 まだこの状況では優勢とは言い切れない。

 

(最後の一押しが必要みたいですね)

 

 それがかぐやの下した結論。

 

「では、ここで――」

 

 と、かぐやが石を持ち、盤面に着手するその直前、突如オセロ盤の横に設置された携帯が震えだす。

 

「え!? まだ時間は!?」

「ああ、違うぞ。ただのバイブ機能のようだ」

「あ、そうみたいですね。取り敢えず時間切れになる前に打たせて頂きます」

「おう。で、携帯は確かめなくていいのか?」

「はい構いません。ただメールが届いただけのようですし、今は勝負の決着を優先しましょう」

 

(さぁ、ここが勝負の分かれ目ですよ。私の読みでは、好手はただ一点のみ。他は悪手ないし、あまり有効な手ではありません。会長はお気づきですか?)

 

「もう終盤ですから、お互い気を引き締めないといけませんね」

 

 軽い会話で相手の意識に割り込み、妨害工作を仕掛けるかぐや。

 

「ああ、そうだな」

 

 だが、白銀は盤面に集中しきっており、ほぼ聞き流している状態。

 

「ではタイマーを起動させてもらいますね。と、その前に会長、一つお伝えしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「ん? どうした改まって?」

 

(ここが勝負所。今の会長の集中力は生半可なものではありません。だからこそ敢えてタイマーを作動させる前に、こちらに意識を引き付ける。あとは多少強引だろうと、男の本能に直接訴えかけるだけでいい!)

 

「会長が勝ったら…………あの……その時は……優しくして下さいね」

 

 どうとでも解釈できる意味深発言! 

 

「え!? それってどういう……意味だ?」

 

 深読みすればするほどドツボに嵌る底なし沼。思わせぶりなだけで、そこに明確な答えなどありはしないのだ!

 

「い、言えません!」

 

 頬を赤らめ、恥ずかしそうな素振りでタイマーを押し、顔を隠すように俯くかぐや。

 

「ちょ!」

 

(待て待て。あんなに赤面して優しくって、つまりアレだよな? いいのか? いやほんとにそうなのか? もし勘違いしてたら……って違う! 今は勝負中なんだ、しっかりろ。あーどこに打ったらいいだー、うーむ……優しくかぁ……もしかして今日で俺、あー駄目だこれ。まったく集中できん!)

 

 石を持ったまま、あたふたと視線をさ迷わせる。

 そして、残り時間十秒を切ったところで、

 

(もう破れかぶれの出たとこ勝負だ! ええい、ままよ!)

 

 完全にただの直感――大振りな動作でおざなりな一手を打ちに入る!  

 石の置かれるであろう軌道を先読みしたかぐやは、口元を手で隠し口端を吊り上げる。

 

(それは悪手ですよ。会長)

 

 その後の展開を読み切り、かぐやは勝利を確信する!

 だが、白銀が着手するその間際――突如生徒会室の扉が勢いよく開け放たれた!

 

 

「あぁーーーーー!! ずるーーーい!! なんで二人でオセロしてるんですかぁ!?」

 

 非難めいた口調でありながら、どこか間の抜けた愛らしい声。

 頭部に装着した、大きな黒リボンが特徴的な生徒会役員であるこの少女。

 

「藤原書記!?」

 

 その予期せぬ乱入者に気を取られ、白銀は呆然と硬直してしまう。

 時間としては僅か数秒にも満たない。けれどその僅か数秒が白銀にとっての命取りとなる!

 

 無慈悲に鳴り響くアラーム音。

 

「しまった!」

 

 己の失策に気付くがもう遅い。

 一分という制限時間内に着手し終わらなかった白銀の敗北! これにて勝負あり!!

 

 

 ルール上そう押し通すことも勿論可能なのだが、

 

「いえ、これは気になさらないでください。ここは一時中断ということにしましょう」

 

 流石のかぐやでも、この状態で勝利を主張するほど落ちぶれてはいない。

 

 苦虫を噛み潰したような面持ちで、無機質に鳴り続けるアラームを止め、その流れでメールボックスを確認すると、専属近衛(メイド)である早坂から簡潔な報告が届いていた。

 

 内容は以下の通り。

 

『申し訳ございません。対象(フジワラ)を取り逃がしました』

 

 

 そう――忘れてはならない! 

 

 藤原千花(ちか)。                         

 

 この女は、どこからともなく出現し無自覚に場を掻き乱す生物であり、四宮かぐやの策謀をとことん台無しにする存在であるということを!

 

 

 




 次回、藤原書記本格参戦!

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