生徒会書記、藤原千花。
成績はいたって平均的であるものの、生徒会役員に抜擢されたことからも、優秀な人間であることは疑う余地がない……かは判断が難しいところであるが、その人当たりの良さから交渉事や根回し、情報収集などの方面で活躍しているものと思われる。
天真爛漫を絵に描いたような明るい性格をしており、きな臭い雰囲気が漂う生徒会に於いて、清涼剤の役割を果たすムードメーカー。
彼女が居るだけで、生徒会の空気が和らいだものになるのは確か。
可愛らしい容姿に加え、屈託のない笑顔で、分け隔てなく優しさを振りまくその姿は、正に天使そのもの。
一般生徒からの評判も良く、特に男子生徒からは熱烈な人気を博していた。
また、『稀代の天才ピアニスト』として脚光を浴びた過去を持ち、ピアノ経験のある同世代の人間からは、憧憬の対象として崇められている。
繊細なタッチで奏でられる、色彩豊かな心打つ音色、その卓越した技巧は未だに界隈で語り草になっているという。
人を惹き付けてやまない魅力を持っており、のほほんとした雰囲気で、一緒にいると楽しい気持ちになってくる――そんなマスコット的存在として多くの人から親しまれている。
が!
その認識は大間違いである!
彼女と深く接し、本質を知った人間は痛感することになる!
あ、コイツ――やばいぞと。
天真爛漫と言えば聞こえはいいが、本能の赴くままに好き勝手やっているだけなので、彼女の行動を予測・制御することは極めて困難。
更に恐ろしいまでの天然気質であり、言動が突拍子もなく、何を仕出かすかわからないトラブルメーカー!
過去には『稀代の天才ピアニスト』として持て囃されていたようだが、現在の彼女を例えるなら、規則性もなく縦横無尽に暴れ狂う『稀代の天災テンペスト』!
或いは『劇薬が詰め込まれた歩く火薬庫』!
迂闊に手を出せば暴発し、とんでもない被害を被ること請け合いである。
取り扱いが非常に難しく、気付かぬうちに近くに寄ってくる、厄介な特性のおまけつき。
とまぁ散々な評価を述べ立ててきたが、基本的には思いやりのある良い子であり、困っている人がいれば親身になって助けてあげる善良な人間。
まぁその所為で今後厄介なことに巻き込まれるのだが、それはまた別の話。
○●
●○
「あ、もしかして勝負の邪魔しちゃってましたか!? わぁーごめんなさいごめんなさい!」
ゲームに割り込んでしまったことに気付き、深々と頭を下げての謝罪を繰り返す。
「気にするな。生徒会室でオセロに興じていた、俺たちが悪いわけだしな」
「そう言ってもらえると助かります…………でもやっぱり私も混ぜて欲しかったですよ。二人だけで楽しんでるなんてズルいです!」
藤原が少し不貞腐れた表情で、愚痴を溢す。
「つってもなー、お前は部活動の方に顔を出していた訳だろ?」
「それはそうですけど、今日は仕事がないってかぐやさんが言ってたから――オセロするって教えてくれてたら、飛んできたのに!」
「そうですか、ごめんなさい。そこまで気が回りませんでした」
(折角厄介払いしたのに、何で戻ってくるのかしらこの子は?)
「ところで、お前はどうして生徒会室にやってきたんだ? 忘れ物か?」
「あー部活が終わって帰ろうとしたんですけど、生徒会室の明かりがついているのに気付いて、気になちゃって」
(光に寄って来るってあなたは蛾なの?)
「そういえば、ここに来る途中、奇妙な物音が聞こえてきたんですよ!」
「なに!? それはどういうことだ!?」
「それがですね、確かめる為に追っかけ回したら逃げられちゃって、確認できませんでした。袋小路に追い込んだはずなんですけどねー」
「逃げたって、結構ヤバい怪奇現象なんじゃ……? つーかお前が逃げるべき事象だろ、それ」
「新たな『学校の七不思議』の目撃者になれるかもと期待したんですけど。残念です。ただ、チラッと人影のようなものが見えた気がするんですよね。もしかして忍者ですかね!?」
「何を馬鹿なこと言っているんですか。そんなことあるわけないでしょう。大方、人影か何かを見間違えたんですよ」
「そうですかねー」
(あーそれ早坂ね。藤原さんを怖がらせて追っ払うつもりが、逆に追っかけ回されるなんて不憫な)
かぐやとて、藤原という生命体の摩訶不思議さは、人一倍理解している。
自身に仕える専属
早坂が『対象F』の行動を監視し制御する役目を担っていたとはいえ、任務失敗は当然起こりえること。労いの言葉をかけることはあれ、失敗の責を問うことなどあり得ない。
「で、オセロはどっちが優勢なんですか? もうちょっとで終わりそうですけど」
「んーどうだろうな? まだ何とも言えん……取り敢えず決着をつけてしまうか。四宮、一時中断ということだったが、俺は持ち時間を使い切ってしまっている。どうすればいい? 最初から仕切りなおすか?」
「いえ、ここまで打ち進めていますし、今回の一手に限り、三十秒の持ち時間で打ち直し――ということでいかがでしょう?」
「四宮が異存ないというのなら、それでいかせてもらおう。悪いな」
「会長に非はありませんので、お気になさらず」
(ええほんとに。悪いのは藤原さんだけです。とんだお邪魔虫だわ)
そんなこんなで、中断されていた三戦目の勝負が再開される。
「それじゃ残り三十秒からスタートです! ぽち!」
かぐやの横に陣取った藤原が、タイマーの操作を請け負っており、自身のスマホを取り出し操作している。かぐやのガラケーはお払い箱となっていた。
(ふむ。ここは一見、好手に見えるが、後のことを考えると分が悪くなるか――)
「残り二十秒!」
「藤原、気が散るからやめてくれ。あと秒数が見えるように携帯はオセロ盤の横に」
「え? 秒読み係ってこういう仕事じゃ!?」
秒読み係としての藤原がお払い箱となっていた。
(ここも似たようなもんか。あとはこっち――角を取られるデメリットはあるが、その先の展開次第で十分盛り返せる)
「よし! ここだ!」
仕切り直しの一手は、しっかり制限時間内に打ち終わっている。
「さぁ勝負はここからだ!」
「ええ……そうですね」
かぐやは人知れず歯を食いしばる。
白銀は、数ある選択肢のなかで、唯一の好手を選んでみせたのだ。
かぐやには解る。これは偶然などではなく、自らの判断で切り開いた一手だと。
横やりがなければ、ほぼ間違いなく悪手に打っていた。
だがそれに対し、不服を唱えることなどできはしない。
両者合意のもとの仕切り直しであり、着手し終えた手を打ち直したいと、白銀が要求してきたのでもないのだから。
(まずいですね。場の空気がリセットされ、会長の思考が研ぎ澄まされています。藤原さんが観戦しているから、『奥の手』も使えない! 状況は最悪。ですが会長が言った通り、勝負はここから! 勝機はある!)
かぐや決死の覚悟で白銀に挑む!
小細工なしの
そして、その十分後! ようやく勝敗が決する!
「わぁ会長凄いです! かぐやさんに勝っちゃいました!」
「勝つには勝ったが、ほんとぎりぎりの勝利だな。はぁー疲れた」
勝者! 白銀御行!!
「やはり会長には力及びませんでしたか」
「いや実力は拮抗していた。次勝負したらどうなることやら」
「そうですね、次は負けませんよ」
(もぅーー!! あと一歩だったのにー! 何でこうなるの! あ、そうか。何もかもあの鬱陶しい羽虫の所為ね……羽をもぎ取らなくちゃ)
澄ました表情で対応するかぐやではあるが、内心では地団太を踏んで悔しがっていた。ついでに藤原を呪う!
「ふっふっふー。会長、かぐやさんを倒したぐらいで、いい気になっちゃ駄目ですよ?」
「何を言っているんだお前は?」
「わかりませんか? 私は“かぐやさんよりも強い”ってことですよ!」
「嘘つけ!」
「嘘じゃないですよーだ! 一緒にお泊り会した時に勝負して、全戦全勝だったんですから! ねぇかぐやさん?」
「えーそうですね」
(手を抜いて遊んであげたのに……いい気なものね。この子、頭に
「にわかには信じがたいが…………本当なのか。そう言えば、藤原が所属しているのは
「その通りです! とは言え、かぐやさん随分と眠そうでしたから、本調子じゃなかったのかもしれませんけどね」
「そうだな、その可能性は大いにあるな」
(何で私はわざと負けてあげた相手から、フォローされているの? この不快害虫。視界に入らないで欲しいわ。いえ、いっそのこと根絶やしにしましょう)
「あーまたお泊り会したいなー」
「まぁ機会があれば」
(そんな機会、一生訪れませんが)
「あ、かぐやさん! 髪、いじらせて下さいよぉ! ヘアアレンジして遊びましょー。かぐやさんの髪、すっごく奇麗で長いから色々楽しめるんですよねー」
「いえ、そういうのはもういいです」
「なんで嫌がるんですかー。普段はメイドさんが結ってるから、お泊り会とかそういう時じゃないと触れないのにぃ!」
「お構いなく」
(あなたの
「もぅーかぐやさん、つれないですねー。お団子頭にパイナップルヘアー、あと編み込みとか他にも色々試したいことあるんですよ!」
「そうなると長いじゃないですか。結構です」
(はぁー煩わしい。この子に構っている暇はないわ。今、私が考えなければいけないのは、会長の『お願い』をどう誘導するかということです。勝つ前提でいましたからね…………結構煽ってしまいました……会長も男、無茶な要求をしてくることもあり得ます…………って私は何をされるんです? え、ちょっと待って。そんな覚悟できてないわよ!?)
かぐやプチパニック!
絶対の覇者であるべき『四宮』の宿命を背負ってきた彼女は、基本的に勝つと決めた争いごとには勝利し続けてきた。故に、負けた時のことなど考える必要はない! 考える必要性がなかったのだ!
つまり! 負けた時の耐性が皆無なのである!
「さて、四宮――勝者の特権を行使させてもらうが構わないか?」
「……ええ、それはもちろん」
(怖い! どうしましょう! 藤原さんのいる前でいったい何をさせようというんですっ!?)
「え!? 何です何です!? 勝者の特権って?」
当然のこと、藤原がこんな面白ワードに興味を示さないはずがない!
「ああ、なに、俺と四宮で賭けをしていてな、オセロで勝った方が、相手に一つお願いできるって話だ」
「わぁ! いいなぁ会長! いったいかぐやさんに何をお願いするんです? 普段絶対してもらえそうもないこと頼んじゃいましょーよ!」
(この寄生虫……会長に取り入って余計な戯言ばかり――なんでいつもいつも私の邪魔をしてくるの? 邪魔なモノは徹底的に排除しなくちゃ。ええ、この世から)
藤原への呪詛が、殺意の域に達しかけていた!
色々余裕がなくなり、精神状態が不安定になっているかぐやとは対照的に――白銀は落ち着き払った態度で、軽く顎を引き、考えを巡らせいた。
「ふむ。どうしたものかな」
勝者の貫禄を漂わせ、眼光鋭く敗者を見据える姿は、威風堂々たるもの――圧倒的威圧感を醸し出す!
がしかし! それはまやかしである!!
(あー……勝ったら四宮に際どい格好をさせてやろうかなんて考えていたが……そんなのどんな顔して頼めばいいんだよ!? 紳士的な顔で言ったって変態じゃねーか! 今後の生徒会活動に支障がでるわ! 下手すりゃスキャンダルで退学沙汰だぞ!)
それはあくまでも、傍から見た印象でしかなく、内心とリンクしている訳ではないのだ!
基本的に白銀は『
この男に、面と向かって
(だからといって、他に何をお願いすればいい? どんな頼み事をしたとしても、どうしたって何か意味ありげになってしまうからな)
『相手へのお願い』とは『相手へのアプローチ』に変換される可能性がある――かぐやと似たり寄ったりな思考回路を持つこの男も、同じ発想に行き着き、同じ結論に至っていた。
白銀としても、そんな危険を冒す訳にはいかない!
攻めの一手を封じられ、これでは打つ手がない!
だが、白銀は“つい今しがた天啓を受け”この状況を打破する発想を得ていた。
計画性とは無縁の、直感からの閃き!
その着想の源泉は――
(藤原! ナイスな働きだ。お前のお陰でどうにか乗り切れそうだ。あとは上手く誘導するだけ)
「うーむ、しかし、パッとは思い浮かばないもんだな…………そういえば藤原。お前さっき、四宮にして欲しいことがあるとか言っていたな?」
「あ、そうですそうです! 私かぐやさんと一緒に変な写真撮りたいんですよ! なんかトリックアート的なので、面白そうじゃないですか?」
「違う! そうじゃない! 自分の発言を思い出せ!」
「んー? ああ、かぐやさんのヘアアレンジをしたいって話です?」
「そう、それだ」
(くそっ、少し不自然な流れになったが……まぁいいだろう)
「俺としては、二人には仲良くしてもらいたい。四宮的には不本意だろうが、俺からのお願いは『藤原の望みを叶えてやってくれ』というものだ」
「つまり、藤原さんから人形扱いされるのを、甘んじて受け入れろと?」
「……一種の罰ゲームだ。一方的が嫌だというなら、四宮も藤原の髪で思う存分遊んでやれ。まぁほんとに嫌だというなら強要はしないし、他の案を考える」
「…………はぁ、仕方ないですね。私に拒否権はありませんから」
「え!? いいんですか!? やったぁー」
「ということで、決定だ。あぁ一応罰ゲームという名目だからな、直接でも写真でも構わないが、様変わりした姿を拝ませて貰うぞ」
「はい! これは腕の見せ所ですね! アレンジのしがいがあるってもんです! ありがとうございます! 会長、かぐやさん!」
思わぬ形で願いが叶い、大はしゃぎする藤原を隠れ蓑に、白銀もまた独り喜びを噛み締めていた。
(くくく! うまくいったぞ!)
話の表層だけをなぞれば、藤原のわがままを叶えてあげた、寛大な心を持った白銀の心意気を称賛する場面。しかし実際には、自身の私利私欲を満たそうとしているに過ぎない!
至極端的に言ってしまえば、この男、髪型を変えたかぐやの姿に興味津々なのである!
(もし俺が四宮のイメチェン姿が見たいなどと、素直に伝えようものなら…………)
『あらあら、まぁまぁ、会長、そんなに私のツインテール姿が見たいのですか? 随分と風変わりな趣味をお持ちなことで……』
例によって白銀の脳裏にフラッシュバックする、憐みと嘲りが混在した冷めた視線。
そして、薄っすらと微笑を忍ばせ、こう告げるのだ!
『お可愛いこと……』
(……こうなることが目に見えているからな)
だからこそ白銀は“藤原の望みを叶える”という名目で、『勝者の特権』を活用したのだ。
自分はどうでもいいけど、仕方ないから藤原の願いを叶えてやろう――そんな建前で自己弁護を図る姑息な手段! 男らしさの欠片もない!
本来であれば、こんな見え見えの建前に欺かれる女ではない。
だが、何をされるのか分からないという恐怖に怯えていたかぐやは、この発言を鵜呑みにしてしまう。
(はぁーよかった。一時はどうなることかと思いましたが助かりました。まぁ藤原さんからいいようにされるのは癪ですけれど、別にヘアセットを任せるぐらい、どうということはありませんからね。寧ろこれは、会長を仕留める
プチパニック状態から脱却したことで、ようやくかぐやの頭脳が冴え渡り始める!
(そうです。この私の美貌を活かさない手はない! あまり着飾るのは趣味じゃありませんが、髪型を変えることでまた違った印象を与えて会長を篭絡! 男子からやけに人気のある藤原さんなら、自然とそういった髪のセットも身についていることでしょうし……いける! 藤原さんのお陰で上手くいきそうな気がするわ)
「さて、もうそろそろ俺はバイトに向かわなければならん。今日はこの辺でお開きにさせてもらうぞ。四宮への罰ゲームの件はまた後日、都合がいい日にということで構わないか?」
「はぁ、気は進みませんが、敗者はただ従うのみです」
「はぁーい! じゃあ後片付けは私に任せてください! 本日のお礼ということで!」
「そうか? 悪いが先に帰らせてもらう。じゃあお疲れ」
「はい、お疲れ様です」
「さよならー!」
バイトへ向かう為、白銀が退出し、残った女子二人で後片付けに取り掛かる。
「かぐやさんもゆっくりしてていいですよ。なんか無理やりお願い訊いてもらっちゃった感じですし、そのお詫びということで」
「お詫びなんて必要ありません。その思いやりの心だけで十分です。偉いわね」
「えへへーかぐやさんに褒められちゃいましたぁ」
嬉しそうに相好を崩す藤原に向け、かぐやは続ける。
「ええ、あなたは人の役に立つ尊い存在よ。誇っていいわ」
「おぉそこまでですかぁ?」
「そう言うなれば益虫ね」
「えき……ちゅう?」
「知らない? 人間の生活に利益をもたらす昆虫の呼称よ」
「ふぇ!? なんかそれ、あんまり嬉しくないんですけど!」
オセロ勝負で敗北し、罰ゲームを受けることになったかぐやではあるが、そのイベント自体を利用し、白銀を陥れる下準備が整ったと、上機嫌であった。
だが、それは浅はか極まりない失策!
かぐやは重要な点を見落としていることに気付いていない!
理由は至って
【本日の勝敗:藤原の勝利】
なんやかんやで労せず一番の利益を得たため
※『本日の勝敗』は、作者の主観でしかないので、読んだ方個人個人で色々な意見があると思います。
違った見解があれば教えて頂けると嬉しいです。