かぐや様は演じない~仮面を被ったかぐや姫~   作:燃月

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【第02話】☆白銀御行は演じたい②

「はぁ……どうしましょう…………」

 

 猛特訓の甲斐もあり、白銀の演技力は、どうにかこうにか改善はされていた。

 だが、それはあくまでも『改善』であって、決して人様の前でお披露目できるような代物ではなく、藤原は現状の停滞具合に焦燥を募らせていた。

 

「会長って、感情を込めないただの朗読だったら、めちゃくちゃ上手なんですけどね。普段から人前で演説なんかもしているからですかね、発声方法や活舌に関しては非の打ち所がありません」

「まぁこれでもスピーチなんかは得意な方だからな」

 

「その長所をここまで台無しにできる、致命的な演技力が問題で困ってるんですけどね……正直、意図的にへっぽこな演技をしているんじゃないかと疑っているぐらいです。ヘリウムガスを吸ったりだとか、ボイスチェンジャーを仕込んだりなんてしてませんよね?」

「うっ……言いたい放題言ってくれるな――って、言い返す権利もないんだけど…………俺って何をやってもダメダメだし」

 

 その厳つい外見に反して、繊細な心を持っている白銀は意気消沈した面持ちで、しゅんと項垂れる。

 この男の精神(メンタル)は豆腐でできているのだ。

 

「そんな露骨に落ち込まないで下さい。あまり認めたくはありませんが…………意外なことに、会長の演技力は決して低い訳ではありません」

「え? ……そう……なのか?」

 

 予期せぬ発言に、白銀は驚いた表情で顔を上げる。

 

「でも、演技力が問題なのに、演技力が低くないって、なんかそれ矛盾してないか?」

 

「まぁそうなんですが、なんて言えばいいんですかねぇ……会長は自分で思い描く理想の演技と、実際の演技がかけ離れているというか――門外漢なので、確かなことかは分かりませんけど、演技が駄目な人って、感情を表現しようとすると、緊張して固くなってしまうってのが最たる原因だと思うんですよ。その点、会長は特に緊張した様子もないですし、台詞もそれほど棒読みって感じでもない。そうですねぇ……言ってしまえば、周波数があっていない壊れたラジオみたいな感じなんですよ!」

「壊れたラジオって、また妙な例えを」

 

「基礎的な練習を繰り返すだけじゃ、もうどうにも……この根本的なズレをどうにかしないことには」

 

「どうにかって……」

「叩けば直ったりしませんかね?」

 

「直るか! ったく、物騒な奴め」

「じゃあ、どうすればいいんですかー」

「叩くってのは最終手段だ。まずは故障箇所を見つけて修理し、その上で周波数を調整……ってそんなことが出来れば苦労してないわな……はぁ」

 

 自分で言っていて悲しくなる中身のない会話に、白銀は肩を落とし嘆息するしかない。

 

「ん? ………………ズレ………………調整………………あ! そうです! 会長をポンコツな楽器だと思えばいいんじゃ!?」

 

 暗闇の最中、一筋の光明を見つけたかの如く――これは名案とばかりに、藤原が手を打ち付けながら歓声を上げる!

 

「お前は人のことを何だと思っているんだ!?」

「そうですね、『壊れたラジオ』改め、今から私は会長のことを『調律が狂いに狂って部品も欠落した金メッキのピアノ』だと思うことにします!」

「そう言う意味で言ったんじゃねーよ!! 馬鹿にしてんのか!?」

 

「いえいえ馬鹿になんてしていません。私は本気で言ってますよ」

「いや、本気で言われたんだとしたら、未だかつてない最上級の侮辱を受けたことになるんだが…………まぁいいだろう。その感じ、何か妙案でも浮かんだのか?」

 

「はい、ここは発想の転換です!」

 

 白銀の問いかけに自信ありげなしたり顔で、藤原はそう言うのであった。

 

 

 

「で――具体的には?」

「んーただの思い付きなので、上手くいくかは分かりませんけど……それでも構いませんか?」

「ああ、やれることはなんだってやる。お前の直感を信じよう」

 

 白銀の迷いのない真っ直ぐな言葉に、満足そうに頷く藤原。

 

「では会長。試しに、“宇宙人になりきって”ロミオの演技をしてみてください」

 

「………………は? 意味が解らないんだが?」

(コイツの突拍子もない発言は、今に始まったことじゃないが、これはどういうことだ?)

 

「深く考えなくていいんです。自分のことを宇宙人だと思って、ロミオの台詞を言ってみるだけでいいんです! ほらほら時間もないんですから、ちゃちゃっと始めちゃってください」

 

 色々苦言を呈したい白銀ではあったが、出かかった言葉を飲み込み、釈然としない面持ちのまま演技を開始する。

 

 

 そして――

 

「どうだった?」

「んー違うなぁ――でもまぁ私の読み通りではありましたね」

 

 わけ知り顔でそう答える藤原に、白銀は苦笑いを浮かべて返す。

 

「良かったのか悪かったのかよくわからん評価だな」

「じゃあ今度は『ロミオが宇宙人に寄生されている』というていで演じてみてください」

「どういう状況ッ!? お前は俺に何をさせようとしているんだッ!?」

「後でちゃんと答えてあげますから、はい演技スタート!」

 

 有無を言わせぬ剣幕に押され、言われるがまま指示に従う白銀。

 それをじっくり観察し、メモ帳に走り書きを加えていく藤原。

 

「なるほど、こうなりますか。流石一筋縄ではいきませんね。ではアプローチを変えてみましょうか。次は10歳ぐらいの子供に成りきってロミオの演技をしてみてください」

「子供!? 待て待て! それはどういう――」

「質問は後! あ、『ロミオが宇宙人に寄生されている状態』は維持(キープ)して下さいね。はい!」

 

 そして、更に藤原の注文は続いていく。

 

「もう少し大人っぽく」

「今度は年老いた感じで」

「今より低い声になるよう意識して」

「少し悲しんでいるイメージで」

「キザな感じを全面に押し出して」

「心持ち台詞を巻き気味で」

「そこは一拍間を置いて」

「昨日、嫌なことがあったなーと思い浮かべながら」

 

 年齢、状況、声の出し方などなど――注文内容は事細かに指定されていく。

 命じられるがまま、延々と。

 

 

「よーーーやく形になってきましたね」

「なぁ俺はいったい何をやらされているんだ? いい加減、理解できるように教えてくれ」

 

 事前説明もなしに、言われるまま同様の演技を繰り返すよう強要された白銀にしてみれば、それは当然の疑問。

 

 それに対して藤原は、したり顔でこう返すのであった。

 

「さっき言った通りですよ。私、気付いたんです! 会長の演技は決して悪いものじゃない。言うなれば、“ただ盛大に音階がズレているだけ”。であればあとは簡単です。ズレているなら、上手い具合に調整すればいい。調律が狂っているというのなら、会長を楽器みたいに『調律(チューニング)』すればいいだけの話なんですよ!!」

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

『チューニング』!

 

 

 テレビやラジオなどに於いて、特定の放送局を選択するために、電波の周波数を合わせる操作であったり、楽器の音程を正確に合わせる作業のことを指し――『同調』『調整』『調律』といった意味合いを持った語句。

 

 また広義的には、性能を最大限引き出すように、手を加え個人の好みに沿った改造を施すことを言う。

 ざっくり簡単に言ってしまえば、良い感じになるよう何かを調整するということだと解釈してもらって構わない。

 

 

 そんなこんなで鬼コーチと化した藤原の指導は続く。

 

 ただ、口で言うほど容易なものではない!

 これは天才ピアニストして名を馳せた経歴を持つ藤原の、類稀なる音楽センスの成せる技と言えよう。

 感情表現や声音のズレを絶対音感を用い軌道修正――彼女ならではのどこか特異で、独特な感性が遺憾なく発揮されたかたちだ。

 

 その姿はさながら、匠の技術を有する一流の調律師のようであった!!

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 ――それから数日が経過。

 

 

「どうだった?」

「……良かったです…………あの奇天烈宇宙人から、ここまで真っ当なロミオになれるなんて……」

 

 藤原の奮闘は言わずもがな、例えポンコツであっても並外れた学習能力の高さで、飛躍的変貌を遂げた白銀。この男の子は、手はかかるがやれば出来る子。

 初期値が限りなく低い――寧ろマイナスなだけで、伸びしろは無限大。保護者の育て方次第で、如何様にも成長する可能性を秘めている。

 

「はぁー疲れたー。まぁこれで胸を張って、ロミオ役を引き受けられますね、ぱちぱちぱちぱち」

 

 資材室に置いてあった机に突っ伏し、疲労困憊ながらも拍手で賛辞を送る藤原。

 苛烈極まる特訓の影響で、ダウン寸前ながらも、ようやく肩の荷が下りたと緩み切った安堵の笑みを浮かべていた。

 

「そうか? どうも自分ではあまり上手くできている感じがしないんだがな」

「いえいえ、これは大したものです。もう少し微調整を加えれば、もの凄い役者が誕生しちゃうかもしれませんよ!」

 

 精神を擦り減らし、艱難辛苦の苦行を乗り越えて、手間ひまかけて育成したひよっこが、舞台で脚光を浴びる。そんな未来図を思い描き、喜びを露にする藤原であったのだが――

 

 

「ほぅ。お前がそう言うなら安心だ。なら、見せかけだけでもちゃんと出来てはいるんだな」

 

「…………見せかけ……だけ?」

 

 ――ふと出た何気ない言葉に、みるみる表情が曇っていく。

 

「ど、どうした藤原?」

「いえ…………そうですよね、そう……なっちゃいますよね…………」

 

 普段は見ることがない、酷く思い詰めた面持ち。

 それは何か、途轍もない過ちを犯してしまったかのような。

 

「会長、ごめんなさい!!」

「待て待て。なんで俺は謝られているんだ? 少し落ち着け」

 

 唐突な謝罪に面喰いながらも、藤原を気遣うように優しく声をかける。

 

「あの……私……間違ってました。演技は心なんです! その大事な心を蔑ろにした見せかけだけの演技じゃ、何の意味もないのに!」

 

「いや、そうは言うが、これだけ様になったのはお前のお陰なんだ。十分、意味があることだと俺は思うぞ」

「……だけど……やっぱりよくないです。会長は……納得できるんですか? なんの想いも込もってない、形だけの芝居で誤魔化して」

 

 

「誤魔化すつってもなー、俺的にはそれなりの演技ができるだけでも万々歳なんだけど。ほら……元があんなだし、高望みはできないかなって」

 

「た……確かに…………それを言われるとアレですけど…………でも駄目なんです! それなりの見れる演技になってるだけで、感情を打ち震わせる本物の『表現』とは言えない! 観てくれる方達にも失礼です!! ちゃんと魂のこもった想いをぶつけなきゃ人の心に届かない! それが一番大切なことなんです!」

 

 白銀の自虐発言に僅かに気勢を()がれるも――それでも彼女の熱い想いは堰を切ったように溢れ出す。

 それが『表現者』として生きてきた、藤原千花の譲れない矜持なのである。

 

 

(“魂のこもった想いをぶつけなきゃ人の心に届かない”――か)

 

「ふっ、情けない。どうやら肝心なことを見落としていたようだ。正直、演技のなんたるかを理解するには至っていない! だが――藤原。お前の想いはしっかりと伝わった!」

 

 己の身勝手な我が儘に、献身的に付き合ってくれている少女の訴えが、白銀の心を揺り動かした。

 

「ああ、そうだ。ロミオの心情――それを理解せずして、表現などできるはずがなかったんだ! だったら後はもう、俺自身の問題ということだ」

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

(ただ当たり障りなくロミオ役を演じられればいい、四宮と共演できるだけでいい――なんて考えに陥ったが、違う、そうじゃないだろ!! そんな形だけの演技を披露したところで何になる! 本来の目的を見失うな!)

 

 藤原との特訓に区切りをつけた白銀は、即座に行動を開始。

 

(正直、観客云々はどっちでもいいが、四宮には――四宮だけには中途半端なものを見せるわけにはいかないからな。やるからには徹底的にやってやる! 生半可な演技じゃない。俺の全身全霊の演技を見せつけてやる! そしてあわよくば俺の演技で胸キュンさせて、その流れで、告られ!! 完ッ璧だ!」

 

 秀知院学園の図書室だけでなく、最寄りの図書館からも、『ロミオとジュリエット』に関する書籍を手あたり次第に集め――出来うる限りの時間を用い『ロミオ』の人となり、境遇、過酷な運命を調べ上げる。

 

(知れば知るほど、身につまされる境遇だな。お家の事情で隔てられる愛し合う二人。許されない恋……か。モンタギュー家とキャピュレット家みたいなお家同士の対立ではないが、俺と四宮の家柄の違いは、きっと問題視される筈だ。そんじょそこらの金持ちじゃない。あの『四宮家』のご令嬢だ。どんな困難が待ち受けているか分かったもんじゃない)

 

 ロミオの心情をトレース。

 

(であればこそ、四宮と一緒にいることを望むなら、乗り越えなければならない試練だ! お家の事情になんて負けてたまるか! 形だけを真似るんじゃない! 自分自身と重ねるんだ!)

 

 深く深く理解していく。

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 

 

 更に数日が過ぎ――場所は同じく外れの資材室。

 

 観客は藤原ただ一人。不安げな眼差しで、伺うような視線を向けてくる。

 子供の発表会を見届ける母親のような有様で、そわそわとどうにも落ち着きがない。

 心配で堪らないといった胸の内がありありと見て取れる。

 

 それを察した白銀は、落ち着いた声音で、自信ありげに微笑むのであった。

 

「なに、心配することはないぞ。なんたって今回はうちの妹から太鼓判を押されているからな」

「え! あの会長に人一倍辛口な圭ちゃんからッ!?」

「あぁ――あまり自分でハードルは上げるのもなんだが『文句のつけようがないほど完璧』って絶賛されたな」

「なんと! ほぅこれは期待しちゃいますよ」

 

 それなりに白銀妹との付き合いがある藤原にしてみれば、この前情報は心強い。

 基本、兄に対しては手厳しい評価しかしないと、経験上よく知っているのだ。

 

 

「じゃあ早速。俺の全力の演技を見届けてくれ」

「はい! 会長の成長、しっかり確認させてもらいます」

 

 雰囲気作りのために、遮光カーテンを閉め切り、床に携帯電話のライトを設置し簡易の舞台照明に仕立てる。その光源の中心で、集中力を高める儀式のように、白銀は目を閉じ深呼吸を繰り返す。

 

 

(さて…………心配ないと藤原には言ったが、やはり緊張してしまうものだな。くそ、気負うな。肩の力を抜け。ジュリエットへの想いを、感情を、そのまま吐き出せばいい! 演じようとするな。そうだ。俺自身がロミオになればいいだけなんだ!)

 

 

 演じるのは『ロミオとジュリエット』――物語の終盤。

 

 眠る様に事切れた最愛の人(ジュリエット)。その亡骸を前に、絶望し、嘆き、慟哭(どうこく)する。

 ねじ切れるような心の締め付けを、全身全霊で演じ上げる!!

 

 魂を込めに込め、喉に痛みを覚えるほど声を絞り出した。

 心血を注いだ渾身の熱演を終え、白銀は急き立てるように問いかけた。

 

「はぁはぁ――ど、どうだった!? 藤原!?」

 

 粗くなった呼吸を整える時間さえも惜しみ、評価を確認するも――当の藤原は止め処なく溢れ出る涙を拭い、泣きじゃくっていた。

 

 それでもどうにか嗚咽混じりに言葉を絞り出す。

 

「うっ……ぐすん…………がい、じょう」

 

 藤原の脳裏では走馬灯のように、あの特訓の日々がフラッシュバック。

 耐えに耐え抜いて、悪戦苦闘しながらもようやく辿り着いた終着点。

 それを思えばこそ、様々な感情が零れ落ちてしまう。

 

 

 それは感涙の雫。

 

 

 

――否!! 

 

 

 そんなものでは決してない!!

 

 

「どぼじでざいしょのごろより、あっがぢでるんでじゅか……」

 

 

 あまりに酷い出来に(むせ)び泣いているだけだった。 

 

 

 

 

 藤原が泣き止み、どうにかこうにか容体が安定するのに数分の時を要し、そして――

 

「え? 駄目……だった?」

「……駄目とかそういう次元じゃなく、ただの悪夢……断末魔の叫びです………………あぁ……吐き気と……寒気がします…………これ、ある種の拷問ですよ」

「拷問ってお前、それは何でも言いすぎだろ」

「言いすぎなもんですか! ボリュームが振り切れて音割れしたデスボイスを、無理やりヘッドホンで聴かされたような不快感でしたよ!」

「お前の言った通り……魂込めて演じたのに」

「なんで不貞腐れてるんです。あと私が悪いみたいな言い方やめて下さい。こっちは魂を持って逝かれそうになったんですからね!」

 

 

 調律(チューニング)とは繊細で緻密な精度が求められるもの。

 自主性を重んじるがあまり、分別のついていない子供に最後の仕上げを任せた結果が、この生き地獄である。

 

 藤原は己の失策を嘆くと共に、白銀の妹である圭が練習を辞めさせるための方便として、演技を褒めるという苦渋の決断を下したことを察するのであった。

 

「まぁ…………仕方ない。悪いけど、再調整よろしくな」

「え?」

 

 死んだ目をした藤原が、虚空を見つめ、世の不条理を呪う。藤原千花の受難は継続と相成った。

 

 

 

 

【本日の勝敗:藤原の敗北】

 教育方針、並びに害悪級のポンコツ具合を見誤ったため


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