IS<インフィニット・ストラトス>閃光ノ蒼キ刃 作:明智ワクナリ
この放置してた期間を取り戻すべく瞬時加速するぜっ!!
というわけでプロローグです、どうぞ。
「………どうしてこうなった」
溜息交じりに呟きながら窓の外に広がる景色を見た。
空は晴天、浮かぶ雲は1つもなく鮮やかなコバルトブルーが瞳に映る。暗雲たる自分の心とは裏腹に、遥か上空で輝く太陽はこれでもかと自己主張していた。
そんな清々しい空を見て少年―――
「全員揃ってますね~。それではSHRを始めま~す」
視線を前に向ければ教壇の前でこのクラスの副担任、山田真耶が向日葵のような笑顔を浮かべながら号令をかけていた。
新人教師らしい副担任の容姿は、周りに着席している生徒たちとあまり大差がない。というのも彼女は全体的に見て幼いのだ。やや低身長気味で顔立ちは童顔、声も20歳を過ぎた女性のそれとは比べ物にならないほど可愛らしい。服装もやや大きめのサイズでかけている眼鏡もサイズが合っていないらしく、動くたびに若干ずれたりしている。以上の点から彼女の印象は教師というより『ちょっと背伸びして大人っぽい服装をしてみた女の子』の方が強かった。
「それでは皆さん、1年間よろしくお願いしますね」
「「「…………」」」
笑顔を浮かべて優しげに話す真耶。しかし、普通ならば生徒たちから何らかの形で返される返事はなく、着席した生徒たちはまるで真耶の声が聞こえていないかのように無言を貫いている。ある意味では異様な雰囲気とも言えよう。
「あ……え、えと。じゃあ自己紹介から始めましょうか。出席番号1番の人からお願いします」
場の雰囲気に気圧された真耶は、狼狽えた表情で端の生徒に自己紹介をするよう促した。
この状況からわかるように今日は高校の入学式である。新しい環境で新しい仲間との日常が幕を開ける記念すべき日であり、それはとても素晴らしいことだろう。誰もが喜び、そして祝福するに違いない。
弥生を含む3人を除いて、だが。
教室の空気は異様な緊張感で包まれていた。それこそ、期待や不安が入り混じった学校初日ならではの雰囲気に限りなく近い。
しかし弥生が全身に感じているソレはそのどれにも当てはまらない違和感だった。その違和感というのは、ズバリ生徒たちの視線である。弥生が自意識過剰というわけではなく、そのままの意味でクラス中から大多数の視線を浴びているのだ。
それもそのはず。何故なら―――――
―――――――弥生を含む3人以外、全員女子だからだ。
周りを見れば女子の姿ばかり、男子の姿など残り二人を除けば『影』の『か』の字すら掠りもしない。男子3名に対して女子27名、もはや意図的にクラス振り分けをされたようにしか思えないほど、圧倒的に女子率が高いのだ。
「織斑くんっ。織斑一夏くんっ」
「え?あ、はいっ!?」
と、そこで最前列のど真ん中に座る少年が真耶の呼び声で慌てて返事をした。驚いた拍子で声が裏返ったらしく、周りでは数人の女子が笑いを堪えている。そんな彼女たちの反応を見た少年はあちゃ~、と言わんばかりに顔を俯かせた。
その気持ちはよくわかる、と弥生は心の中で頷いた。周囲の女子たちは何も感じてないように――おそらくは感じていないだろう――見えるが、男子にとっては地獄以上の空間であるが故に緊張もする。
そんな年頃男子の精神に全く気付いていない真耶は、教壇越しに手を合わして頭を下げまくっていた。
「あ、あの、大声出しちゃってごめんなさい。で、でもね、自己紹介で、『あ』から始まって『お』で次織斑くんの番なんだ。自己紹介してくれるかな?ダメだったり、しないよね?そ、それともやっぱりダメかな?」
見る限り真耶は男性に対してあまり免疫が無いようで、オドオドしながら頭をすごい勢いで下げ続けている。その姿は一昔前に流行ったパンクロッカーに見えなくもなく、正面に座る少年はまたしても慌てた様子で制止した。
「ちょっ、落ち着いてください先生。やります、自己紹介やりますからそんな謝んないでくださいって」
「ほ、本当ですか!?本当にやってくれるんですね!?や、約束ですよ!」
ガバッと身を乗り出して少年の手を掴むと、真耶は捲し立てるように鬼気迫る表情で詰め寄った。あまりの豹変ぶりに手を握られた当人はちょっと引き気味である。ここまで来ると彼女が単に男性に対して初心なだけか、それとも極度の上がり症なのか定かではないが、どうやら興奮状態になると周りが見えなくなるタイプのようだ。少年は更に注目を浴びて心底嫌そうな表情をするも、諦めたように席から立ち上がり深呼吸をして後ろを振り向き、少年は覚悟を決めたように口を開いた。
「えーと………、織斑一夏です。これから1年間よろしくお願いします」
丁寧にお辞儀をする少年――――織斑一夏は顔を上げるなり「うっ」とうめき声を漏らして、上半身をわずかに逸らした。というのも今一夏に向けられている視線は『え?何?それだけなの?』や『終わらないよね?ただの前置きだよね?』などといったモノで、何かを要求するような空気が教室中に流れているからだ。
正直なところ、それは高望みとも言える願望ではないだろうか、と弥生は呆れながらも感じていた。この一面女子の空間でまともな自己紹介が出来るとは考えられず、むしろ臆せず大きな声で自己紹介をした彼を誉めるべき場面ではないだろうか。
が、そんな主張などする意味もない、と思った弥生はあたふたする一夏から再び窓の外へと視線をずらす。
IS学園の敷地の広さは通常の学校に比べると圧倒的に大きく、建造物や内部のシステム技術などを合計すれば莫大な経費がかかっているだろう。とてもだが一般校ではこれほどの資金と技術を調達するのは、現実的に考えれば無理難題である。それを可能とする理由を挙げるならば、このIS学園の運営を日本政府が主体で行っているからだ。IS操縦者を育成する専門学校という時点で既に一般校の枠から一線を超え、更にアラスカ条約なるものによって日本はほぼ強制的に学園を設立、そして今に至るわけだ。
窓際から一望できるグラウンドもその莫大な資金のおかげでかなり広い。このグラウンドを整備するのはかなりの重労働になりそうだ、と弥生は考えながら更にその奥に見える建物を見た。
距離が遠いため細部までは確認できないが、そのシルエットは近代的な造りのIS学園とは違い、街中ならどこでも大抵目に入る一般的な校舎だった。
弥生は遠い目でその校舎を見詰めながら深々と溜息をつく。それはかつて弥生の母校であり、本来であればその校舎の席についてグダグダと教師の話を聞かされていた筈だった。だというのに、
「…………ほんと、なんでこんなことになったんだろ?」
何故、自分がIS学園に入学しているのか?
事の発端は今から遡ること2週間前。弥生がまだグラウンドの奥に見える校舎『東京武偵高校』に在学していた頃の話である。
◇◆◇
「はい、はい。それでは君に一つ、重要な連絡をしますね。1年B組31番、雅弥生君。政府から君宛に
――――『東京武偵高校』。それは『武偵』を育成する総合教育機関の一つである。
『武偵』とは『武装探偵』略称名であり、凶悪化する犯罪に対抗すべく新設された国際資格のことだ。武偵免許を取得した者は拳銃や刀剣といった武装の携帯を許可され、さらに逮捕権を有するなど警察に準ずる活動を行うことが出来る。ただし、警察と根本的に違うのは報酬金で動くことで、報酬さえ用意されれば武偵法の許す範囲内でならどんな仕事でも請け負う、言わば便利屋のような活動を行うのが武偵である。
その東京武偵高校に入学してから約1年、弥生はルームメイト兼パートナーの遠山金二―――通称・キンジと共に辛く厳しい学校生活を乗り越えてきた。その間弥生たちは武偵高内でも最も危険とされる『
しかも校内で最も危険とされる最凶コンビの片割れの蘭豹と、武偵高では希少価値の高い温和な性格の高天原ゆとりに「雅君。これから重要な話があるので、一緒に教務科まで来てください」と半ば強引に連行され、訳も分からないまま校長室に連れ込まれた挙句、校長から発せられた第一声がソレである。
「え………俺に、特秘任務……ですか……?」
突然の知らせに呆然とした様子で立ち尽くす弥生を見た東京武偵高校の校長―――緑松武尊は、機械的な動作で頷きながらあまりにも特徴のない表情と声で続けた。
「はい、はい。今回君に依頼された特秘任務は日本政府からの特命でしてね。依頼内容はIS学園への潜入です」
「…………せ、潜入ですか」
武偵高では教師の発言に対しての『聞き返し』は基本的に制限されていたが、あまりの不意打ちに弥生はつい聞き返してしまった。
しかし緑松はそれを咎めることもしなければ、別段気にした様子もなく機械的に頷き、
「おや、表現が少々不適切でしたか。そうですね、潜入というよりは護衛と言った方がわかりやすいでしょう。君の特秘任務は今年度IS学園に入学する男性操縦者たちの護衛です。ああ、連絡が遅れたことについては申し訳なく思っていますよ。何せ決定してこちらに連絡が回ってきたのがつい今し方のことでしたから」
と、何食わぬ表情で淡々と、それこそ業務的な抑揚のない声で矢継ぎ早に言葉を並べるだけだった。正直なところ弥生の頭の中には1文字すら記憶されておらず、この状況を整理するだけで精一杯である。だが、そんな弥生を待つこともなく緑松はさらに言葉を続けた。
「詳しい内容は別の方から説明があるので、私からは注意事項の説明をしておきましょう」
・犯罪者による襲撃などに備え、武偵法の行使及び武装の携帯を許可する。
・特秘任務遂行中、武偵の身分は伏せ、開示可能な情報以外は開示しないこと。また、それに準ずる情報も秘匿すること。
・武装の点検などを考慮し、武偵高への立入は許可する。ただし、追跡等を常時警戒し、安全と判断した上でのものとする。
・尚、特秘任務中の単位習得は免除とする。
「と、私からは伝えることはこの程度ですかね。さて、他に質問はありますか?」
「えーと、じゃあ1つだけお聞きしますけど、拒否権等は…………ないんですよね?」
「愚問ですよ、雅君」
「あははは………ですよね~」
弥生の細やかな希望は緑松の特徴のない笑みで瞬殺された。それ自体は元より望み薄だったため期待などしていなかったが、こうもバッサリ切り捨てられると少々ダメージを受ける。
結果、特秘任務の受諾の有無は本人の意思とは無関係に決定し、2年生への進級はいとも容易く崩れ去ってしまった。
だが、これも予想の範疇といえばそうなるだろう。この武偵高に於いて教師の発言は絶対、逆らうことは禁忌とさえ言われているのだから。つまり『重要連絡』とは表向きの言葉であって、本来の意味に直すのなら単なる『命令』でしかない。
そして、ここがそういう場所なのは、誰でもなく自身が1番知っていることである。この学校がどれだけ理不尽なのか、改めて思い知る弥生だった。
◇◆◇
その後、緑松との話――正確には一方的な会話だったが――を終えた弥生は4階の会議室に案内され「それじゃあ、私はこれから職員会議だからこれで。頑張ってね雅君」とゆとりが早々に退出し、続く蘭豹も「死んで帰ってくんなよ雅。お前と死体で対面なんざ酒がマズくなっちまうからなぁ」と実に彼女らしい餞別を送られ弥生は苦笑するのだった。
そうしてただ1人会議室に放置され既に10分以上が経過しているのだが、
「遅いな…………」
一向に誰も来ないのだ。緑松の話によれば依頼内容の詳細は別の人間が行うとのことだったが、それらしき人物が現れる気配は全くない。おそらく何らかの事情で遅れているのだろう。
椅子の背もたれに寄りかかって天井を仰ぐ弥生は、諦めたように溜息をつきながら現在の状況を把握することにした。
そもそも『特秘任務』とは、専門科目での成績優良者に与えられる特別任務であり、弥生が在籍している『強襲科』は勿論、狙撃専門の『
日本政府からの依頼、それも指名によるもの。さらに決定がつい先ほどという点から急を要する任務と見て間違いない。そして指名による依頼というのは弥生が持つある能力に関係しているからだろう。
「………だからって、1年で特秘任務とか例外過ぎじゃないかなぁ」
誰も居ない会議室で弥生はポツリと口から漏らした。そして誰も居ないと認識していた弥生は次の瞬間、扉の方から突然発せられた声に驚くこととなる。
「それは弥生さんの能力が関係してるからっスよ」
「――――――――っ!?」
驚きのあまり椅子に座ったまま飛び上がるという曲芸を披露しそうになった弥生は、声の方向へと素早く視線を向けると、扉付近で立っている眼鏡をかけた白衣の少女が「どうもっス」と、ファイルを抱えていない方の手でやる気なく振っているのが見えた。
ぼさぼさの長い髪に眠たげな眼の下には分厚いクマ、肩に引っかけるように羽織った白衣、不健康な白い肌と微妙に猫背気味の姿勢を足して物凄くだらしない印象を受ける風貌だ。
そして眼鏡を光らせながら不気味に笑う、どこか近づき難いこの少女を残念ながら弥生は知っていた。
「久しぶりだね、水花。3ヶ月ぶりくらいかな?」
「厳密には2165時間53分11秒ぶりっスけどね」
趣味はとにかくISの改造、三度の飯より大事だと豪語する根っからの兵器オタクである。容姿やプロポーションは人並み以上に優れているのだが、過剰なまでの兵器オタクっぷりに周りの人間からは『残念系美少女』と称されることが多い。
そんな暇さえあればラボに引きこもりっぱなしの彼女が何故ここにいるのか?
それは考えるまでもないことだろう。この武偵高の会議室に分厚いファイルを抱えてやって来たという事はつまり、彼女が緑松の言っていた『別の人間』なのだ。
そうと決まれば話は早い、弥生は何の前置きもなく話を切り出すことにした。
「で、特秘任務の詳細は?」
「おやおや、再会12秒で唐突っスねー。まあそっちの方が話が早く進んでいいんスけど」
水花はワザとらしく肩を竦めて弥生の正面に座り、少しばかり意外そうな表情を浮かべて続けた。
「それにしても意外っスね。弥生さんのことだからてっきり『俺はやらない!』とか言うと思ってたんスけど」
「いいかい水花、この学校にNOという選択肢は存在すらしないんだ。残念なことにYESしかないんだよ…………」
「なんだか随分と苦労してるみたいっスねー」
本当のことを言うのなら緑松から説明を受けた時点で辞退したかったが、あの場で断るのは流石の弥生も怖気づくところがあった。香港のマフィア『
「まあまあ、過ぎたことは置いといて。時間もあまりないんで、とりあえずこの資料に目を通してほしいっス」
「…………相変わらず他人事だよね。たまに水花のそういう所が羨ましくなるよ」
「もう、弥生さんったら~。褒めても何も出ないっスよ♪」
「いや、別に褒めてないし」
などと小言を挟みつつ、水花から手渡された100ページ以上はありそうな資料を、ペラペラと軽く流しながら目を通していく。日本政府からの情報提供もあるようだが、この情報量からしてアーガスト社の諜報員を動かしたのだろう。
正面に座っていた水花はオホン、と軽く咳払いをしてから任務の詳細について説明を始めた。
「それじゃあ本題に入るっスよ。今回弥生さんに依頼された任務は聞いての通り、IS学園へ入学する男性操縦者の護衛っス。織斑一夏氏はご存知っスよね?」
「知ってるも何も、世界初の男性操縦者を知らない人の方が少ないと思うんだけど」
そう言いつつ弥生は手元の資料を捲り、問題の少年について記載されているページを見た。
『織斑一夏』。世界最強のIS操縦者と恐れられる織斑千冬を姉に持ち、つい最近では世界初のIS男性操縦者としてあらゆるメディアから注目を集めている。また、世間には公表されていないが、IS開発者にして世界最高の頭脳を持つ『天才』こと篠ノ之束との繋がりも確認されている。
写真に写る一夏の風貌はそういった繋がりを全く感じさせない、それこそどこにでも居そうな普通の少年だった。整った容姿に印象的な力強い瞳、千冬と姉弟というだけあってどことなく雰囲気も似ている。
正直な感想を言うのなら、彼が初の男性操縦者とは到底思えない。
「真の意味で『世界初の男性操縦者』が言うと、なんだか違和感たっぷりっスね」
「ま、確かにそうかもね」
微妙に吹き出しそうになっている水花を見て弥生も表情を緩めた。
そう、弥生のある特殊な能力、それは『女性にしか扱えない』はずのISを動かせる能力である。何故ISを動かせるのかは弥生自身にもよくわからない。ただ一つだけ言えることは、『世界初の男性操縦者』は織斑一夏ではなく雅弥生だということだ。
「それにしても、彼は人間関係の時点でかなり一脱してるね」
「そういう弥生さんだって言えた義理じゃないと思うんスけど。体質だけじゃなくて人間関係も」
「うぐっ…………ま、まあそれは置いとくとして、正直なとこ織斑一夏を狙う連中なんてそう現れるとは思えないんだけど。仮に居たとしても下手に手を出したら二人が黙ってないんじゃない?」
「まあそうなんスけどねぇ、世の中にはお馬鹿さんたちが溢れるほどいるっスから」
水花の言う通り、世の中にはISとその操縦者を狙う組織がごまんといる。しかもそれが世界初の男性操縦者なら尚更、たとえ世界レベルの戦力を敵に回したとしても欲しがる連中は後を絶たないだろう。そこからもたらされる情報も場合によってはお釣りが返ってくるかもしれない。
「まあ大体の事情は理解出来たよ。けどわざわざ武偵に依頼してくるってことは、まだ何かあるんでしょ?」
「ふふふ、相変わらず察しがいいっスね。間違いなく弥生さんは上司に嫌われるタイプっスよ」
「自覚してるつもりだよ。それで、どうなの?」
「現時点で判明している情報は、篠ノ之束氏の妹さんが入学予定っス。どうやら一夏氏とは幼なじみの関係にあるみたいっスね。で、他に確認できているのはイギリスの代表候補生、その約1ヶ月後に中国から。さらにフランス、ドイツからも時期をずらして入学するみたいっス」
「なるほどね、政府が
たった1学年に代表候補生がこれほど集まるというのは異例過ぎる事態だが、入学間際のこの時期で転入を割り込ませてきたという事は一夏が原因と見て間違いない。おそらく世界初である男性操縦者のデータ収集を行うため、各国が慌てて候補生たちの転入を申請したのだろう。日本政府は各国の重要な人材と技術を抱える羽目となり大慌てで武偵に依頼した結果、偶然にも同じ能力を持つ弥生に白羽の矢が立ってしまった、といったところだろうか。どちらにせよ弥生には迷惑この上ない話である。
「でも政府側が今回の依頼に踏み切った理由はそれだけじゃないんスよ」
「ということは、まだ続きがあるわけ?」
「そうっス。こっちの方が重要な案件っスね」
真剣な面持ちで話す水花はファイルから数枚の束ねられた資料を引き抜き、そのまま弥生に手渡した。その資料の表紙には『
弥生は息を飲んでその資料のページを捲り、そこに記載されている詳細を見た途端に表情が凍り付いた。
「水花…………。これは事実、なんだよね…………?」
「はいっス。まだ公表はされてないんスけど、紛れもない事実っスよ」
真剣な様子で頷く水花。
別に予想していなかったわけでもなく、当然と言えば当然のことだろう。だが、実際それを目にした弥生は驚きのあまり呼吸することさえ忘れてしまった。
握りしめた資料、そこに記載されているのはある学生の情報だ。
その学生の名は『
――――――――それは、一夏に続く『二人目』の男性操縦者だった。
◇◆◇
(まあ、俺や織斑一夏に動かせたんだから他に居てもおかしくはない、か…………)
弥生は改めて世界で二人目となる男性操縦者、桐原白兎を見た。
見た目は資料通りごく普通な少年そのもの。しかし落ち着いた表情と佇まいで同い年と比較すれば少し大人びた印象を受け、どこか知的な雰囲気を漂わせる彼の容姿もまた一夏同様に女子受けが良さそうに見える。
と、その時―――――――
バシンッ!
一際大きい音が前方の中心から響き渡り、弥生がその方向に視線を移してみると一夏が頭を押さえながら悶絶しているのが見えた。そしてクラス全員及び真耶の視線が、教壇の隣に立っている黒いスーツの女性に集まる。
「お前は自己紹介の1つすら満足に出来んのか」
迫力のあるハスキーな声が静まり返った教室に木霊する。一夏に至っては頭を押さえたまま、氷漬けになったかのように固まって動かない。
(…………あの人が世界最強のIS操縦者、織斑千冬)
狼のような鋭い眼光と気迫。それでいて本来の美貌を損なわせない、クールビューティという言葉をを体現したかのような姿。そこに立っていたのは正真正銘『織斑千冬』だった。
真耶と入れ替わるように教壇に立ち、生徒たちをぐるりと見回した千冬は続けて言った。
「諸君、私が担任の織斑千冬だ。君たちを1年で使い物にするのが役目だ。私の言うことはよく聴き、そして理解しろ。出来なければ出来るまで何度でも付き合ってやる。逆らっても構わん。だが私の言葉には必ず返事をしろ。理解できようが出来なかろうが必ずだ。」
初っ端からとんでもない彼女の自己紹介に弥生はかなり動揺してしまった。まるで武偵高のSHRに逆戻りしたかのような強烈で暴力的な自己紹介である。
周りの反応はどうだろう、と弥生は静かに周りを見回そうとした瞬間だった。
『きゃあああああああああああっ!!!』
疑念や困惑の騒めきではなく、教室中の女子たちが一斉に黄色い声を上げた。
「千冬様よ!本物の千冬様だわ!」
「夢みたい!もしかしてこれ夢かしら!」
「私お姉様に憧れてこの学園に来たんです!北九州から!」
教室のあちこちから黄色い声が飛び交い、当の本人である千冬は心底鬱陶しそうに顔を歪めていた。
しかし、彼女たちの反応も仕方ないことだ。なんといっても目の前にいるのは第1回IS世界大会『モンド・グロッソ』優勝者であり、『ブリュンヒルデ』の異名を持つかの有名な織斑千冬なのだから。彼女の美貌とその実力からファンは多く、この学園にいる生徒のほとんどが憧れを持っているに違いない。実際、この教室の9割がお祭り騒ぎなのだから。
「今年もか…………。毎年よくもまあこれだけの馬鹿どもが集まるものだな。実を言うと私への嫌がらせか何かか?」
やれやれ、と頭を振りながら容赦のない言葉を放つ千冬に、流石の弥生も少なからず引いてしまう。彼女の気持ちはわからなくもないが、自分を慕っている生徒たちに対してあまりにも辛辣ではないだろうか、と思ったがそんな弥生の考えは浅はかだったことに気付く。
「ああっ!お姉様!もっと叱って!罵って!」
「でも時には優しくして!」
「そしてつけあがらないように躾して!」
クラスメイトは皆元気だった。弥生の心配など彼女たちには無用で、水を得た魚のようにきゃいきゃい騒いでいる。どうやら千冬の暴言は彼女たちにとってご褒美のようなものらしい。
「いい加減静かにしろ!まだ自己紹介は終わっていないだろう!」
迫力に満ちた千冬の声が教室全体に響き渡り、たったその一言で教室は静けさを取り戻した。
(す、すごい…………。蘭豹並みの迫力だ…………)
もし彼女が武偵高で教師を務めていたら、間違いなく蘭豹&綴に次ぐ危険人物に認定されていただろう。たった1年足らずしか武偵高に在学していなかったが、千冬は間違いなく武偵高で通用する人間だと弥生は感じた。
「次、桐原。お前の番だ」
周りが静かになったことを確認した千冬はフン、と鼻を鳴らして自己紹介を続けるよう促した。
一夏の後ろに座っていた白兎は「はい」と返事をして立ち上がり、ゆっくりと後ろを向く。同時に全員の視線が彼に集中するが、一夏のように狼狽することもなく口を開いた。
「えー、桐原白兎です。中学まではアメリカで生活していました。ISについては全くの素人なので、皆さんにはご迷惑をお掛けすると思いますがよろしくお願いします。ああ、それと日本での暮らしにあまり慣れていないので、ぜひ皆さんのお力を貸していただけると嬉しいです」
緊張した雰囲気もなく、終始落ち着いた様子で自己紹介を終えた白兎は、丁寧に一礼して席に座った。それと同時に周りが少し騒めく。
「海外生活してたって。帰国子女だよ帰国子女っ」
「普通な感じかと思ったら意外とクールでカッコいいし」
「私、後で桐原君に日本の色んなこと教えに行くわ」
男に興味津々な彼女たちはキャッキャッと話し始め、再び千冬の一喝が飛び静かになったところで後続の自己紹介が再開された。
そんな中弥生はさりげなく白兎を見ていた。あの一連の流れの中に幾つか気になる節があったのだ。
落ち着きに満ちた白兎の自己紹介は誰が聞いても十分なモノで、印象も決して悪くはなくむしろ良い方だろう。それは最も理想的で模範的な自己紹介だ。だが、そんな完璧な白兎に弥生は言い表せない妙な違和感を感じていた。いくら人前での発言に慣れていようとも、この異様な空間で同じことを出来るかと言えばそれは難しく、むしろ一夏の方が普通だと言える。
それに比べて白兎はあまりにも整い過ぎているのだ。まるで――――台本通りに演じる役者のように。
(…………考えすぎ、なのかな?ちょっと気を張り詰めすぎたかも)
「次は雅、お前だ」
「あ、はい」
あれこれと考えている内に順番が回ってきていたらしく、周りの女子たちは『待ってましたあ!』と言わんばかりに瞳をキラキラさせている。
(これ以上は考えてても仕方ないね。逆に勘ぐられても面倒だし、あとで水花にでも話してみよう)
弥生は頭を切り替えて、席を立ち上がった。それと同時にやはり視線が殺到し、弥生は一夏と同様に少しばかりたじろいでしまった。
(うぐっ…………。覚悟はしてたけど、これは相当キツイ…………)
圧倒的な数の視線、これが銃弾だったなら蜂の巣どころか跡形も無く消えていそうだ。
だが、この程度のことで怖気づいていてはこの先の任務もこなせはしない。大きく深呼吸をして弥生は覚悟を決めた。
「はじめまして、雅弥生です。中学ではIS工学を専門に勉強してました。趣味特技共に料理です。ここでは数少ない男ですがよろしくお願いします。えと、皆仲良くしてくれると嬉しいです」
最後に笑顔――言うまでもなく演技だが――を浮かべ、言い切った!と胸の内で歓喜しつつ弥生は席に座った。任務とはいえ、自身の交友関係がうまく行かなければ後々支障をきたす可能性があるため、周りに打ち解けやすくなるように硬すぎない自己紹介をしてみたが、
(…………ど、どうだろう。うまくいってるといいんだけど)
なんとなく心配になった弥生は、周りの音に耳を傾けてみる。
「ねえねえ、織斑君や桐原君もいいけど雅君もなかなかじゃない?」
「うん、それにIS工学勉強してたってことは頭も良いし、なんだかエリートってかんじだよね~」
「料理が得意で笑顔もカッコいいなんて、かなりの逸材だよ」
「雅君の得意料理ってなんだろ?後で聞いてみないとっ」
どうやら想像以上の効果だったらしく弥生への視線がさらに倍増し、そんな彼女たちの反応に弥生は苦笑いを浮かべつつ再び窓の向こう側に広がる空を眺めるのだった。
雲一つない青空。
風に吹かれて空を舞う桜の花。
そして偶然にも誘われた3人の
それは停止していた世界に、再び時を刻む鍵。
その日の朝――――――全ての始まりを告げる風は吹いた。
お疲れ様です!
リメイク版、いかがだったでしょうか?文章に厚みを持たせただけで、特に中身は変更かけてませんがね…………。
ご感想等をおまちしておりまっス!
ではでは、またの機会に。