王とその男   作:ぽー

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前編

 血塗られた剣を、収めた。

 歩けば、靴が血でぬれた。

 怨嗟の声すらない。

 あったとしても、今は感じれまい。

 会いたい。

 門を抜け、東に向けて馬を駆った。

 

 

 

 丘の上。戦場を一望した。

 秋の乾いた風に乗って、喊声の応酬が届いた。

 側を、斥候が目まぐるしく走り抜ける。

「伝令。敵陣中央いまだ堅固なり。援護を求む」

「第六軍団騎兵隊を向かわせろ」

 いななきと怒号と共に、すぐ脇を八百の騎馬隊が駆け下っていった。

「一進一退であります」

 私は振り返らずに答えた。

「あと少し待とう」

 戦場は膠着していた。倍する兵力相手に、味方陣営は良く凌いでいた。隘路を巧みに使い、兵力の差を殺していた。やがて、勢いに負けたように見せかけ、左右に分散する。敵も釣られて陣を裂くところまでは、事前にわかっていた。あとは、実際に剣を打ち合わせなければわからない。

 やがて夕暮れとなる。西の山が赤みだす。同時に、中央開けた場所に二団が突撃を図る。楔を見事打ち込んだならば、三段目が敵主力へと肉薄する。危うい賭けだった。押し包まれれば全滅だった。しかし寡兵なのだ。道はいくつもない。

 また時間もなかった。

 西に抱えている戦線も不安定だった。いつ、境界を侵犯されるかはわからない。いま西方に対しての武力による抑止力は弱まっている。全て、この北の戦線に回されているのだ。ならばこそ、今この戦場を電撃的に収めなければならない。西との争いは、自国へ侵犯されるということだ。自国を戦場にすれば、田畑は荒れ、村民は死に、町は犯され城は焼かれる。それだけは、肯んじることができない。王の血と正当性を、沈黙と撃剣を以って証明せねばならない。

「押されております」

 斥候が告げた。

 度重なる連戦を経て、兵の損耗も武器の余剰もすでに限界を越えている。持久戦にもつれ込んだのなら勝ち目はどこにもないのはもはや明白であった。

 エメラウス率いる一団が右翼を、カラウスが左翼を引き付けている。中央も、手はずどおりに左右へと敵を誘い込んでいる。丸裸となっていた。裸にされている中央軍。相手も知っているのだろう。明らかに、誘っていた。倍にのぼる数の敵に挟み撃ちにされたのなら、ならば決死であった。

 しかし、死を覚悟せずして勝利はない。敵が動いた今こそが、跳躍する千載一遇の好機だった。

 鼓笛が鳴る。歩兵が突っ込んでいった。楔になるかならないか、それを確かめていては遅い。楔になった瞬間に、敵陣深く食い込んでいなければ勝機などない。

 歩兵が縦列になって吸い込まれていった。

「正面を破る。付いてこれるかベディヴィエール」

「お供仕らん」

「ならばゆくぞ」

 咆哮が丘陵より木霊した。私は宝剣を引き抜いた。エメラウスもカラウスも長い間持ちこたえることなどできはすまい。今すぐに崩れたとしても仕方のないが、あとしばらく耐えてもらわなくては、袋の中へと飛び込んだで中央が丸裸となっていた。王旗がまさに目前に翻っていた。この機を逸して、勝利などなし。手綱を握る手が震えた。号令一過。ドゥン・スタリオンのいななき。震えるな、と叱咤されているような気がした。

 私が王だ。なればこそこの生を全うせんとす。宝剣を掲げた。

「王が参られるぞ。竜旗に続け」

 宝剣を振り下ろした。喊声とらっぱが一緒くたになっていた。駆け下った。斜面を駆け下る数百騎の勢いは怒涛のようだった。地面が揺らいでいた。しかし確かに、王旗は目前で揺らめいているのだ。

 音を立てて矢が飛来した。頭を伏せることもせずに、ただ剣を煌かせた。王がここで死ぬことなどない。矢は、王の体を避けるであろう。

 伸びてくる槍を叩き落し、立ちふさがるものを切り倒した。邪魔するものはいない。歩兵は見事楔となって道を作っていた。飛び掛ってくるものたちを躊躇うことなく斬った。一人殺して、一歩近づき、二人殺してもう一歩近づく。屍を踏み越えて勝利への道筋を作っていく。 寄り添うように従っていた騎士が剣を振りぬいて血を舞わせていた。王旗。あの旗さえ打ち倒せば。

 突撃の感触が固いものへと変化した。前進を続ける中、強固に反撃を続ける一団にぶつかった。一息に打ち破ることが出来ず、足が止まり一進一退の攻防となった。盾を前面に押し出してくる堅実な戦法は、一撃で突破しうる勢いを確かに削り取った。

「怯むな」

 兵力では竜軍が圧倒的に少ない中、立ち止まれば包み込まれ象が蟻を潰すように蹴散らされるだけだ。片手を上げ、密集隊形をとった。迷えば迷うだけ、味方は倒れていく。ドゥン・スタリオンが砂塵を巻き上げる。

 敵軍は三段に構え、盾と柵を前面に押し出されていた。近づけば、二段目三段目からの矢が飛来するだろう。突き破るには、速さと勢いだった。

「突破する」

「敵は堅陣を敷いています」

 見慣れぬ騎士が言った。

「ならばどうする」

「一度、こちらも堅陣を敷き、時間をかけて攻めましょう。被害は少なくて済みます」

「ならぬ。速度戦だ」

「しかし、隙がありません」

「ならば隙をつくれ。盾を貫け。ゆくぞ。我が名はアーサー。我こそ真なる王だ。後ろに続け。勝利は我が剣先にこそある。これ以上、異存を挟むことは許さない」

 反転し、勢いを付けて突撃した。時間などかけてはいられないのだ。一日費やすごとに、一つの村が滅びる。国土をたえず磨り減らしての戦なのだ。

 敵は盾を執拗に押し出してくる。流石に最後の砦とばかりに固い守りを発揮していた。何人も打ち倒しはしたが、あと一歩で破ることが出来ない。片手を上げる。騎士たちが再び集まり、一旦退いた後に二度目の突撃を敢行した。

 斬り殺し切り殺される戦塵の中、懸命に綻びを探した。突き出される剣をかわし、刃を突き立てる。心臓を一撃で貫いた。綻び。左がかすかに、ゆるいように思えた。直感でしかなかった。視界は血飛沫に染められているので、確かな判断など出来ない。ただ、その直感を信じる以外の道を探している時間はない。判断を間違えば部下が死ぬ。判断を遅らせても、部下は死ぬ。

 手をあげ、三度目になる密集隊形をとった。周囲に集まる騎馬の数が半数ほどにまで減っていた。知っている顔もいくつか足りない。どこかで生きていると、今は信じるしかない。

「破るぞ」

 突撃。馬首を深く左に向けた。衝突。柔らかい感触。とまらない。ドゥン・スタリオンが敵兵の盾を蹴り破った。蹴散らし、斬り倒す。敵陣深く食い込んでいく。一旦防御の壁を打ち破ればあとは容易かった。虫が林檎を食うように、内から身動きの取れない敵兵を手当たり次第に打ち倒し切り崩していく。

 王旗を探した。遠くなっていた。臆したか。全身から、どうしようもない感情がこみ上げてきた。怒りに震える腕を力任せに振り回した。死を恐れ敵に背を向ける者が、何ぞ王か。続け、と叫び手綱を引いた。周りを層のように部下が囲みだす。囲みきる前に、私は飛び出していた。聖剣はいまや風王結界すら生み出せない。度重なる連戦の末に体内の魔力が半ば枯渇しかかっていた。それでも王ゆえに、戦いから背を向けることは出来ないのだ。

 邪魔立てするものは何もなかった。王旗。揺らいでいた。あと一歩。しかしなぜか天地が逆転していた。周りを囲んでいた騎士が立て続けに倒れこんだ。

 人がまるで波となって押し寄せてきた。幾本もの槍と盾が応酬し、ついに私は馬上より弾き飛ばされた。地震のように揺れ動く地面を転がりまわる。幾人もの騎士が王を守護せんと周りを取り囲んだ。しかしまたすぐに数は減っていく。戦場は一転死地と化した。

 何が起こったのかすぐに悟った。左右からの圧力が増していたのだ。中央軍を死守せんと左右の軍団が挟撃を仕掛けているのか。エメラウスもカラウスも寡兵である。今までよく持ちこたえたといえた。しかし中央突破を図った王の元にはさらなる寡兵しかいない。無能な王の元に集った戦士が、なす術もなく無残に討たれていく。

 彼方にある城を見据えた。次に太陽を見た。あとは山を見た。そして、位置を知る。  駆け出す。方法は一つしか思い浮かばなかった。具足が重かった。飛び掛ってくる敵兵を、両断した。走り出す私に気付いたのか、追いついてきた騎士たちが私を守るように幾重にも包囲を敷いた。

「ベディヴィエール」

「御側に」

 姿を確認してはいなかった。しかし、側にいよ、との命をその男が守らないとは思えなかった。血にまみれた腕を引きずりながら、しかしなおも剣を握るその姿に、ねぎらいの言葉を投げかけることを封ぜられた。

「我が宝剣を抜く」

「なりません」

 ベディヴィエールはすぐさま答えた。

「何がならぬ」

「王に聖剣を抜かせてはならぬと、魔術師殿より言い付かっております。日に二度も三度も扱えば、身体の限界を超えるだろう、と」

「マーリンは私ではない」

「なりません。王あっての王国であります。我らであります」

 ベディヴィエールが、私を押さえつけるように手を伸ばしてきた。それを、振り払ってさらに駆ける。

「死なぬ、と約束をしよう。アーサー王が誓いをたがえた日がいまだかつてあったか」

「ありません。しかし」

「王命である。我が宝剣が輝きを放つそのときまでこの身を守れ。敵軍が崩れた後は、無理に追撃をかけずに隊伍を整えよ。私はしばらく眠るであろう」

 ベディヴィエールは一瞬黙した後に言った。

「御意に」

 たどり着いた。戦陣のちょうど中心とも言ってよかった。山より下り、川に沿い、しかし城にぶつかった霊脈はここで一箪の力場を形成している。戦場に赴く前、確かに精霊はこの場を告げていた。それを利用すれば、一撃分の魔力は補充できると。

 剣を、地面に突き刺した。

「竜の紋章の輝きを明らかにし、ここに地脈の借用を質す」

 目を閉じた。任せると決めた。一旦決めたのなら、振り返ることに意味などはない。柄より伝わってきた魔力が、血液を巡って凝縮した。光の脈動がしばし頭痛を呼んだ。体温が、痛いほどに熱くなっていた。手の平は、その比ではなかった。

 アーサー王の首を上げて手柄を得ようと、押し包んでくるような圧力がさらに増した。しかし、その身にまで及ぶことはなかった。耐えよ、と祈る。

 もはや残りかすのように、体の隅にこびりついたわずかな魔力をかき集め、宝剣に注いでいく。輝きが徐々に放たれ始めた。

 喊声が起こった。私を討ち取らんと、敵騎士が殺到しているのだろう。圧迫感。防御が押し破られる。しかし、破られることはなかった。幾重にも、何かが炸裂する衝撃が起こった。それがまたも喊声を引き起こした。竜軍の叫びは、半ば歓喜が混じっているように聞こえた。

「我が手には、すでに約束された勝利の剣。輝きたまえ。契約はここになる」

 魔力の渦を巻き起こして、風の鞘よりエクスカリバーがその姿を現した。辺りが音もなく、静寂に包まれていた。敵味方なく声を呑んだのか、ただ耳が聞こえなくなったのか。どちらにしろ、魔力の突風によって全ての言葉は失われるであろう。

 甲高い叫びはエクスカリバーの力の咆哮。光が決壊した。あふれ出した。その熱を決して逃がすまいと、握りしめた。

 振り上げた。

「違う。もう少し右だ」

 とっさに聞こえた声に、なぜか疑いもせずに従った。目は見えないので誰かは分からないが、声が深いところまで染みた。左足を踏み出して身体を右に傾ける。くるおしい光の膨張もそのままに、はすに薙いだ。

 剣閃。まっすぐだった。光の塊が爆発していた。地面と風が人を襲った。勝利。欲した。心より、勝利を欲した。

 歓声だけは聞こえた。勝ったのか。わからなかった。勝ったということにした。負けたのなら、どうせ死ぬのだ。前後不覚でも構うまい。力強い腕力に支えられたような気がした。それは、今までにない感覚であった。

 焦げ臭い匂い。血の匂い。しかしそれより近いところに、温かい人の匂いを感じた。私は束の間の安堵を得て、しばし寝た。

 

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