ゼノギアス本編終了後、すべてのギアが動かなくなった人の世界…
人々が迎えるはじめての祝祭、ビリーはマリアの元に訪れる。

自サイトで掲載していた作品ですが、ジオシティーズのサービス終了にともないこちらに移行させて頂きます。

1 / 1
クリスマス、誰がために

 雨滴が頬を打った。

 いや、雨のはずはなかった。鍾乳洞のつららから水が滴っているのだ。石の表面を打つ音はさっきから聞こえている。一瞬でも雨ではないかと早とちりしたことが、なんだか滑稽だった。

 洞窟の中は思っていたよりは歩きやすかった。雑ながらも舗装された道があるし、長い斜面には昇降機も据えつけられている。ときおり出くわす大きな水溜りさえなければ、なだらかな丘を登るのと大差ない。

 それでもここは、暗かった。

 ぽつぽつとランプがある。発光性の苔も生えている。懐中電灯一つともせば、前に進むことが出来る。

 それでもここは暗い。どうしようもないほどに、ここには光が少なかった。

 人が生きていくには絶対的に足りない空間、こんなところに、彼女が一人でいる。

 お前が行け、とバルトは僕にいった。祭典で使うべき大事なしろものを預けてある。それをお前が取りに行け。

 バルトはそれ以上は何も言わなかった。僕もただ頷いて、そして今この鍾乳洞の中にいる。

 歩き始めてそろそろ二時間が経つ。不意に見上げるくらいに高い崖にぶつかった。高さは十メートルといったところで、流石によじ登るのは無理だった。ポケットから地図を取り出して懐中電灯で照らしてみると、近くに昇降機のマークが入っている。足元の突起に気をつけながら、壁沿いに東へ歩き出した。

 ギアなら一息で飛び越せる高さだろう。実際ここは人型機が十二分に動き回れるほどに広い。ブーストを吹かせば軽々越えることが出来る。五年前なら、僕もここにレンマーツォで乗り込んでいただろうと思う。

 ゾハルの影響を受けて、残存していたスレイブジェネレータはすべからく停止しなければならなかった。だから、もうこの世にギアはいない。エーテルもなくなった。神の消滅とともに、神の恩恵も消え、身体を鎧うことは出来なくなり、人はただの人になってしまった。

 誰もが一人で立たなければならない苦労に堪えながら、自由をかみしめている。

 片手を壁に当てながらも、それほど長い距離を歩くこともなく昇降装置は見つかった。電源がしっかりと入っていることを確かめてスイッチを押す。がくん、とかすかな不安を誘う揺れのあとで、エレベータは上にむかってすべり始めた。

 背負った荷物の座りが悪く、一度地面に下ろしてから背負いなおした。それが今日何度目の仕草なのかは数える気にもならない。ビッグガンを持ってきていないのだ。それが何となく落ち着かなくて、またこうしてしつこく手間をかける。

 サビを強引に取り払ったようなエレベータは、止まる時もやっぱり大きく揺れた。

 最後にもう一回ポケットから地図を取り出して、あらためた。洞窟の内部はかなり入り組んでいて、ここまで来る間にもいくつもの分かれ道に出くわした。バルトから地図を渡されていなければ確実に迷ってしまっていただろう。

 目的地はまでは、もう一本道を真っ直ぐ進むだけだった。

 道なりに歩いて、いくつかの段差を越える。途中大きな防砂扉を潜り抜けた。

 これまでくると今までとは違い、明かりが規則的に並んでいる。狭い道にぽつぽつと明かりが灯っている様子に、彼女の気配が近づいてきたのを感じる。緊張しているのかどうかは、自分ではよくわからない。

 なにせ、最後に会ってから三年近くが経っている。

 しかもバルタザール老の葬式の時だった。

 ここまできておいて何だけれど、何を話せばいいのかよくわからない、というのが本音だった。

 明かりに従って道を行くと、すぐにひときわ強い明かりが漏れているのを見つけた。崖の中腹をくりぬいたように、小さな部屋がある。

 何の感情が反応したのかわからないけれど、胸が強く鳴った。

 明かりを目指して、まっすぐ歩いた。足をかけた階段は、幅が狭く段差が高い。彼女には辛いだろう、と思った。滑りやすいし、危ない。

 そんなことばかりが頭の中をグルグル回って、何一つ考えがまとまらないまま、僕は扉の前に立ってノックをした。

「はい、どうぞ。今日いらっしゃることはうかがってます」

 返事はすぐに返ってきた。

 鼓動がどうしようもないくらいに高鳴る。ドアノブを握って、押した。ドアは開かなかった。引くんだ、と気付くまで三度押した。僕は、何を焦っているんだ。

 マリアはすぐそこに立っていた。

 彼女の目が見開かれたのが、すごく、よく見えた。

 背が伸びていた。三年前は見下ろしていたのに、ほとんどそのままで目線が交叉した。その瞳だけが変わらない。髪も、腰まで長く伸びていた。

「あ」

 唇が動く。唇に目をやっている、ということが何故かとんでもない過ちなのだという気になって、目をそらした。

「その、久しぶり」

 ようやくそういえた。ぎこちなかったとは、お世辞にもいえない。

 お久しぶりです、と彼女もそう答えてくれた。

 うん、久しぶり。と、なぜか僕はまた、繰り返さずにはいられなかった。

 マリアがおかしそうに微笑むのを、僕は黙ってみていた。

 

 

 

 

 

 お茶を淹れてもらっている間、失礼とは知りながらも部屋の中を色々ながめた。

 作りは古いけれどコマメに掃除をしているようで、どこにも汚れはなかった。とはいえ別に何かをチェックしているわけではなく、どこに視線をやっても間違っているようで、結局テーブルやイスにしか目がいかなくなったのだ。

「ビリーさんは、お砂糖は?」

 よく聞こえなかった。

「え?」

「お砂糖。おいくつくらい?」

「えと、同じくらいで」

「私、甘党ですよ?」

「あ、じゃあ……やっぱり、同じくらいで」

「ふふ、いいんですね。甘いですからね」

 盆にカップを二つ載せて、マリアが向かいに座った。受け取ったカップに口をつけた。あまり飲んだことのない味だった。そしてとりあえず、甘い。甘いものは人並みに好きだったけれど、それでも甘いな、と思うほどだった。

「ね、甘かったでしょ?」

「うん、ちょっと」

「やっぱり」

 二人して笑う。

 そして、なぜだか上手く言葉を繋ぐことが出来ない僕に気を使ってか、マリアが先に切り出した。

「ビリーさんとは思わなかったなあ、今日受け取りに来る人、てっきり前の方と同じかなって」

「バルト、いってなかったんだな。あいつめ」

「ふふ……バルトさんに頼まれた修理は、もう完了しています」

 立ち上がって背後の戸棚に手を伸ばした。

 思わず立ち上がりかけたのは、彼女には手が届かないと思ったからだ。けれどそれは勘違いで、今のマリアには難なく手が届く。三年前ならきっと届かなかった位置。

 布に包まれた長得物を受け取った。ユグドラシルのガンルームに飾られていた銃だった。マシガネーター。祭典には、ブレイダブリクの祭典では、毎年この銃で空砲を撃つことになっているらしい。僕は四度を四度とも、孤児院で開かれる方に出席していたからそのあたりは詳しくない。

「修理というほどの破損はありませんでした。ちょっとしたメンテナンスですね、油をさして、ハンマーと銃身にヤスリがけをしたくらいです」

 癖のようなもので、弾丸が入っていないのを確かめてから動作確認をした。チェンバー。ハンマー。トリガーを引いた。銃星、照門。親父に仕込まれた動きは体に完全にしみついていて、それは今でもさび付いていない。体の記憶に任せるまま一通り動かした。

「どこかおかしいところは」

「いや、間違いないね。スムーズだし、ひっかかる所もない」

「ビリーさんにそういってもらえると、お墨つきですね」

 マリアらしい、丁寧な仕事だと思った。布で包みなおして、僕はまたお茶に口をつけた。温度を失って、甘さが強くなったように感じる。

 なぜこの銃をマリアが手入れしているのかということに、考えを巡らせた。

 ただメンテナンスをするだけなら、ブレイダブリクにいくらでも場所はある。

 バルトはきっと、僕とマリアを合わせるために手引きをしたのだろう。あるいはシグ兄か先生の入れ知恵なのかもしれない。

 マリアがもう何年も人前に出てこないということを聞いたのは、つい昨日のことだった。なぜと聞いても、理由は誰も知らないらしい、としか答えてもらえなかった。

 どうやって切り出したものか、と束の間考えた。あんまりいい考えが浮かんでこない、説教は何度もしているし、難しい問題を持ちかける経験もある。だというのに、マリアにかけるべき言葉というものが、全く浮かんでこなかった。自分自身にかすかな幻滅を覚えながら、なんとかひねり出した質問を口にする。

「マリアは、ブレイダブリクには行かないの?」

「ええ、行きません」

 即答で断られるとは思っていなかったから、ほとんど不意打ちに近い返答だった。

「なぜ、と聞いてもいいかい?」

「ごめんなさい、あんまり答えたくないんです」

 マリアの口調はにべもなかった。そして何事もなかったようにお茶を飲む。

 違和感を覚えるな、という方が無理な話だった。その違和感から目を背けるような気持ちで、僕は他に言葉をさがした。

「他の皆とは、会ったりする?」

「……いえ、私も皆さんに会いたいと思ってたんですけど」

「うん」

「でも中々機会がなくて、仕事も多いし」

「仕事?」

 頷いて、右手でまっすぐドアの方角をさした。

「あっちに鉱山があるんです。希土類が埋蔵されているらしくって、その発掘作業が五年前から」

「知らなかった」

「存在自体はもっと前から知られてたらしいですけど、何より先にギア・アーサーの発掘が優先されていたから放置されてたんですね。でももうギアを発掘する必要はないし、その分鉱山や資源の発掘が活発になった」

 確かにギアを発掘しても、もう動きはしない。アヴェキスレブ紛争が完全に終結したのだから、人員もたくさんまわせるようになったのだろう。

「そこで使われている発掘作業の機械、私が設計したんですよ」

 マリアはちょっと悪戯っぽい笑みを浮かべながらいった。

「ビリーさんに比べたら、全然ですけど」

 僕自身は、多島海の島々を回りながらの復興と、あと子供たちに読み書きを教えている。ここ何年、ほとんどそれだけで日々が埋め尽くされていた。復興する場所も、教えるべきことも、尽きることはないようだった。

「そんなことはないよ。僕は銃やギア以外の機械類はほとんど詳しくないし、マリアの仕事はたくさんの人の助けになってる。全然、すごいよ」

「そういわれると、照れちゃいますけど」

 それからしばらく、具体的にどういう仕事なのかお互いのことを話した。マリアは工作機械の仕組みについて話し、僕は外の世界についてありったけを口にした。

「じゃあ、キスレブやアヴェにもよく行くんですね」

「といっても、一年に一回ずつくらいだけれど」

「ニサンには?」

「ああ、実はニサンには全然」

 ニサンの街並みを思い出した。静かな街という印象だけれど、今日はきっとブレイダブリクに遜色ないくらいたくさんの人が訪れているだろう。

「あそこは、ちょっと特別な思い入れがあるんです、なんでだと思います?」

「えーと、街並みが綺麗だから、かな」

「ううん、ハズレ。あそこは、私が皆の仲間になって、初めていった街だから」

「あ」

「ソラリスとシェバトしか知らなかった私には、地上の街って始めてだったんです。お爺ちゃんと地上に逃げたときも、ずっとここに住んでいたし」

「そっか。そうだ、確かに」

 僕にとってもニサンには少なくない思い出がある。シャーカーン強襲、碧玉要塞、そこからのバベルへの狙撃。なんだかあそこでの作戦会議はいつだって紛糾するような気がする。マリアにとっては、もっと違う形での意味があったのかもしれない。

 あの日々が懐かしくないっていうのは、嘘だ。けれど戦いの日々よ戻れと思うのは、罪だろう。だから輝かしかった軌跡として、ただ胸に仕舞いこんでおくだけなら、きっと許される。

「なんだか不思議ですよね、シェバトで父と戦ってすぐだったのに、なんで私はあんなに頑張れたんだろう、と今じゃ思います……ごめんなさい、今さらこんな自分勝手な話で」

「いや、わかるよ。僕も母を亡くしたとき、そうだったから」

 なぜだか頑張れる、というよりは頑張ってしまう。押しつぶされまいと必死に、のめりこむように前へと進める。それが人の強さであり、悲しさなのかもしれない。

 そこで、ふと思い当たった。

 自分で自分に、ここまで強く怒りを覚えたのはいつ以来なのだろう。

 人が、こんな穴倉のなかで、一人で頑張れるはずがない。

 マリアはここで一人で生きているわけではないのだ。

 一人でないからこそ、こんなところで懸命に生きていかずにはいられない。

「マリア、ゼプツェンのためにここにいるのか」

 彼女は頷くことすらせずに、悲しげに首をかしげた。

 愕然とせずには、いられなかった。

 マリアにとってのゼプツェンは、他の誰の機体と比べることすら出来ない。父、そして母。マリアにとってゼプツェンは、何より替えがたいものの一つなのだ。

 戦いが終わったとき、果たして彼女の様子に気付いた人は、いたんだろうか。

「スレイブジェネレータが動かなくなって」

 つらい記憶を搾り出すように、マリアは言葉を切った。

「ゼプツェンは動かなくなりました。緊急時の予備電蓄が働いて、しばらくは何とかなったんですけど、電脳への電力供給だけに限定しても持って一月がいいところでした。メルキオール先生にお願いして、生体パーツ周辺部を取り出してもらったんです」

 僕は口を挟むことが出来なかった。そんなことは、何一つ知らなかった。そんなこと、マリアは何一つ言わなかった。僕だけじゃなく、きっと誰にもいっていない。

「……なんで、誰にもいわなかったんだい」

「嬉しかったんです、戦いが終わったとき」

 言葉とは裏腹に表情は苦痛に歪んでいた。

「本当に嬉しかった……たくさんの悲劇も報われると思った。もう戦わなくていいんだ、と。でもゼプツェンは動かなくて、でも、私はみんなと喜びを分かち合いたくて……いえるわけ、ないじゃないですか」

 マリアの声の後には、沈黙がつき従った。静けさの中でどちらとも、相手の気配に敏感になった。金縛りにあったように、何も出来ない中で、時折頭上の裸電球が痺れるように点滅する。

 先に呪縛から逃れたのは、僕だった。

「ゼプツェンは、いまは」

 マリアはこちらに目を合わせないまま答える。。

「機材と設備を整えて、流砂発電でまかなっています。ゼプツェンのコア部分は、隣の部屋に」

「外で、じゃだめなの? 電力さえ確保できれば」

 こんなくらい闇の中で、もう何年も、そしてこれからも生きていくことはないだろう。

「……だめなんです」

 俯いたまま、本当に搾り出すような声だった。

「戦いが終わったのは嬉しいけれど、父さんが本当に動かなくなった日を、私はどうしても、祝うことが出来ないんです……地上にいたら、みんなを、他のみんなを、嫌いになりそうで……だって私には、もう誰もいなくなったんだもの!」

 言葉が心に刺さった。銃弾を打ち込まれたみたいだ。血がどんどんあふれていく。悲しみも、怒りも出てくるのに、言葉だけが出てこない。

 僕が袋小路に沈んでいく中で、マリアがことさら明るく振舞う。

「……ビリーさん、帰る前にお父さんに会っていってください」

 僕は促されるままに立ち上がった。背中で揺れる、綺麗な栗色の毛。それをぼんやりと見つめながら、扉の向こうに僕も続いた。

 暗い部屋、その真ん中に黒い、かなり大きな筐体が置いてある。さっきの部屋と比べて、かなり乱雑にものがおいてあった。一見して何のために使うのかよくわからないものばかりだったけれど、全て、目的は一つだろう。

「お父さん、今日はお客さんがいるの。ビリーさんよ」

 天井の小さな明かりのスイッチをつけて、マリアは筐体に向けてしゃべった。ゼプツェンの中でブラックボックスとなっていた部分。ニコラ・バルタザール博士。

 しばらくマリアが何かを話していた。聞こえてはいたけれど、頭には入ってこなかった。そして僕は帰ることになったらしい。気付いた時には荷物をまとめて、玄関口に立っていた。

「それじゃビリーさん、さようなら。また遊びにきてください」

「……マリア?」

「大丈夫です、きっと私、なんとかやっていきますから。他の皆さんに、よろしく伝えてくださいね」

 それじゃ、と言い残してマリアは背を向けた。扉を開けて、閉じようとする。

 僕は前方を見ていた。背後に明かり。けれど前には暗い闇しか広がっていない。

 あまりに巨大な空間。広すぎて、風すらない。暗い。

 ここで、人が一人で生きていくというのか。

 こんな闇の中で。

 一人。

 マリア。

 僕はここまで君に、久しぶりをいいに来たわけじゃない。そしてお茶を飲みにきたわけでもない。発掘の話を聞きにきたわけでも、昔話をしにきたわけでも。では一体なにしに、自分はここに来たのだろう。ふと僕にはわからなくなった。

 ただ彼女に会いにきた。その言葉が脳裏に鈍い熱を持って浮かんできた。

「マリア」

 口にしてみて、自分の声がかすれているのに気付いた。

 何か続きを言おうとすると喉が痛んだ。喉が乾いて粘膜がひりついているのを、ほとんどあるはずのない埃のせいにした。閉まりかけていたドアに指を突っ込んで、強引に開けた。

「僕もいる」

 一連の動きがとんでもなく間抜けであることを自覚してはいたけれど、どうしようもなかった。

「僕もいるんだよ」

 どうしようもないくらいに熱い、恥ずかしさがこみ上げてきて、言い訳するように付け足した。

「バルトだっているし、フェイやエリィだって」

 マリアの眼が、自分を見つめた。綺麗な眼。あの時の瞳と、何一つ変わらない。けれど、そんなわけはない。変わらないでいてほしいという、僕の願いを映し出しているんだ。そして同時に、彼女の願いも。

「大丈夫ですから、私」

 二人とも、嘘をついている。そっとしておけば、みんなあのまま変わることがないんだと。けれどそんなものは妄想にすぎない。薄っぺらい言葉のやり取りは、もうたくさんだった。

「大丈夫って、何が大丈夫なの?」

「生きていけます。仕事もしてますし、お父さんの面倒をみながら」

「生きていけるわけないだろ!」

 意識せずとも、言葉は勝手に荒いでいた。止める気なんてさらさらなかった。

「大丈夫、だって? そんな言葉に、説得力は何一つないんだよ」

 マリアの瞳が、はっとするほど強く燃え上がった。押さえつけていた感情が一斉に弾けているのか。

「だったらどうしろっていうんですか! お爺ちゃんもいない! お母さんもいない! お父さんだって、もう、もう……でも他のみんな幸せそうに生きてる!」

「だったら憎めばいいだろ!」

 感情が弾けているのは、こっちも同じだった。

 支離滅裂なことをいってるのも百も承知だった。叫んでしまって、もう止まりそうもない。

「なんですかそれ! 憎めばいいとか、そんなの、意味わからない!」

「なんだよ、僕にだってわかるもんか! でもな、そんなことしててもだめだってことだけはわかる。なんだ、ここは。こんなところで! 一人で! 十八歳の女の子が生きていける場所じゃない!」

 昼も夜もなく、暗闇しかなく、誰もいない。しずくが岩を打つ音に耳を傾けることくらいしかない、この地下世界。

 何より、こんなところにマリアを一人で置いていけるわけがない。

「生きます、生きていけます! 今までだってそうしてきたもの!」

「そしてこれからもそうするつもりか!」

「そうよ! 早く帰ってよ!」

 パン、と派手な音がした。自分の手がマリアの頬に伸びていて、それを見てようやく、僕がマリアを叩いたのだと知った。

「あ」

 自分の手の平で、人の顔を殴ったのは、生まれて初めてだった。女の子ならなおさら。

 俯いて、マリアが肩を震わせていた。その震えを止めたくて手を伸ばした。振り払われたけど、半ば強引に抱き寄せた。

「ごめん」

 腕の中で、胸の中でマリアが泣いていた。懸命に泣くのをこらえて、こらえきれなかったものが漏れている。そんな泣き方だった。震える肩は小さかった。背は伸びても、華奢なのは変わらない。だから、前以上に守りたいと思ってしまう。

「許せなくてもいいんだ、僕を、憎んでくれてもいい。でも忘れたり、避けたりされるのだけは嫌なんだ。君が僕たちを許せなくても、僕たちは構わないんだ……」

 そう、それが何よりも悲しい。どんなことよりも、きっと悲しいことだ。

 何より、それはきっとマリアだから。彼女が僕のことを忘れてしまうことが、耐えられない。

 肩を震わせて、そして声までも震えていた。少女は静かに静かに、吐露した。

「なんで今さら来たんですか、もう今さらになって! ずっと寂しかった、でも、もう慣れて大丈夫だなって思えた今になって……」

「ごめん」

「……謝らないで下さい……」

「うん……ねえ、マリア」

「……はい」

 頭を撫でた。そして額に手をやって前髪をかきあげる。上を向いた彼女の、涙を指でぬぐってから、僕はいった。

「君を待ってる人が、たくさんいるんだ」

 だから、一緒にいこうよ。

 

 

 

 

 

 砂塵は沈んでいた。けれど光をたくわえていた。

 僕はそっと、目深にまで被っていたフードをどけた。砂埃はそれほど舞っていないから必要なかった。

 地平線にいたるまでの広大な土地が、日の出前にまだ何とか暗闇を保とうとしていた。それを横切るように、僕とマリアを乗せたオートバイは走る。アクセルは開きっぱなしだった。

 砂漠の朝は、とうに見慣れた水平線からの日の出とは、少し違う。海は朝陽が顔を出す前に、その光をゆるやかに伝えてくれる。砂漠は逆に全く伝えてくれない。空だけがわずかに白み、地平はまだ暗い。

   朝はまだ、照りだされた大地が陽炎に揺らめくこともないから、視界は驚くほどに遠くまで届く。アヴェ王城が徐々に近づいてくる。そして遠めに、車や人の姿が見て取れる。僕のお腹にまわされたマリアの手は、一層固く握られていた。

 そのままブレイダブリクまで、一息で走り抜けた。いつも以上に人であふれた目抜き通りを通る気にはならなかった。通行証を見せて、軍用の通路からまっすぐ王宮跡を目指した。約束の時間は越えてるけれど、祭典はまだ始まってもいない。もしかすると、僕らの到着をバルトは待っているのかもしれない。

 マリアの手を引いて、人ごみを避けながらもバルトの元へと急いだ。観覧席。

「バルト!」

「ビリーか、遅れやがって!」

 腕組みをしたままバルトは怒鳴る。けれど、僕の後ろにいる人影を見ると、途端に嬉しそうな声を上げた。

「マリア、よくきたな! それに背も伸びたし、ベッピンになっちまってまあ!」

 がっはっは、と大きく笑う。

 マリアも答えたようだけれど、歓声にかき消されていた。僕とバルトでさえもほとんど叫びながらの会話だった。

「マリアしばらくゆっくりしてけよ。キスレブとかラハンとか、もう手当たり次第に連絡いれてみんな集めるから、久々に全員集合してパーッとやろう! な! いやもう本当今まで忙しくてな、全員。中々集まれなかったし」

 何だか暴走気味のバルトの耳を引っ張って、僕は大声でいった。

「バルト、祭典を始めなくていいのかい!」

「うるせっ。ああもう、いいわけあるか、さっさとやらないとな。マリア、積もる話は後でだ。くそ、去年まで日の出と同時に、ってのをバッチリ守ってたのに」

「ん、まあ遅れたのは悪いと思う、かな」

「いやあ、許す許す。マリア連れてきたしな、ちゃんと。それだけで、仕事は果たしたってもんだ……よし、ビリー、マシガネーターは」

「ここに」

「じゃあ、頼んだ。挨拶はすぐに終わる」

 雑踏のざわめきも、ここまでの人数になるとほとんど怒号のようなものだった。

 けれど、バルトが姿を現すと、それも潮が引くように収まっていく。儀式めいたことはほとんどなかった。広場にバルトの声だけが響く。簡潔な言葉だった。だからこそバルトの本心なのだろう。歓声がまばらに沸き起こった。ほとんどの人がまだ固唾を呑んでいるのは、引き金を待っているからだろうと察しがついた。

 一歩前に出た。マリアが、ついてきた。止めようとした言葉を僕は飲み込んだ。

 バルトの声が止まった。多くの人の視線が、圧力となってのしかかってきた。それを、まっすぐに受け止めた。

 マシガネーター。お前の声は、どこまで届くんだろうね。

 右肩に構えた。

 人間は武器を手放すことが出来ない。これからも出来ないだろう。たくさんの傷を負ってきた僕らは、ただ生きているだけでどこまでも臆病になってしまうから。それでも、人はゆっくりと変わっていくことが出来る。もう神はいないけれど、この世に放り出された人間は、今もこうして立っている。人は運命の呪縛でさえ乗り越えることが出来たのだ。

 一歩ずつは遅すぎるけど、立ち止まらない限り、希望はあるはずだから。

 そして少なくとも、この銃声が人を殺すことはない。引き金に指をかけた。片目を閉じることすらしなかった。狙いを定めるべき標的は、もうこの空にはない。

 弾丸はなく、意志だけが青に切れ目をいれる。空の間を貫く、僕らの新たな見えないマイルストーン。

 人は、人として生まれ変わり、僕たちは今日この日をクリスマスと名づけた。神ではなく、人のための聖誕祭。

 不意に、たくさんの喊声が広場を包み込んだ。それはまるで産声のようで、胸の中で衝動が湧き上がり、そこに確かにあるはずのマリアの手を握った。握り返される。彼女の頬が濡れていた。

 抱きしめずにはいられなかった。

 そしてあらゆる、この星のあらゆる、全てに、その幸せを願わずにはいられなかった。

 ハレルヤ。




自サイトで開催したゼノギアス発売10周年フェス(!)で掲載した作品です。
当時は小説10作、イラスト5作の投稿があったと記憶しています。何もかもが懐かしい…(深いシワの刻まれた老人の顔)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。