年に数回のフィーバータイムです(筆が乗ったので書けました)。
「は?」
「だから、家には居ねぇよ」
「……市ヶ谷さんッ!」
「怒るなよ。別に、彩先輩と組んでる訳じゃない。私だって助け出そうとはした。したけど、出来なかった」
「で、出来ないって」
「尾行したって途中で撒かれるし、事務所の方針なのか自衛なのか、SNSに上げてる写真や動画には自宅やその周辺に関するソレは一切無い。……ゴシップ誌にも取り上げられてないのは徹底してるからか人気がまだそのレベルに達していないからかは知らないけど」
「ムカついてるからって最後にちょっと毒吐くのやめましょうよ」
「気を付けるわ」
夏輝の居場所。
彩先輩の自宅。
あの時は見間違いじゃなかったんだ。彩先輩は夏輝と歩いていたし、夏輝はあたしに挨拶一つせずに彩先輩と歩いて行った。
……許さない。
どっちも。
彩先輩はただじゃおかないし、夏輝はもう一から調教しないと駄目だ。知らない女の人について行くなんて以ての外だし、あたしを無視した罪は大きい。家に連れ戻したらぐちゃぐちゃに犯して力関係をはっきりさせておかないと。
あたしは日々ミッシェルの格好で動き回ってるから、あんな自堕落な生活を送っている奴なんかすぐ組み伏せる事が出来るんだ。
「いい感じに二人へのヘイトが溜まってきたな」
「えぇ、ムカついてますよ。今SNS見てみたら、普通に仕事にも行ってますし、SNSの更新もいつもと変わりありません。夏輝との関係がバレたくないと思うくらいにはアイドルしてますよあの人」
「だけど、私らにバレちまった」
「市ヶ谷さん、一時休戦です。あの女泣かせましょう」
「……乗った。けど、裏切るんじゃねぇぞ」
「そっちこそ。夏輝救出を直前にして裏切ったら、もう二度と夏輝の前に顔出せなくしてやりますからね」
「言うじゃねぇか」
お互い、割と本気で脅し合いながら固い握手を交わす。これで、彩先輩から夏輝を取り戻すまでは市ヶ谷さんとは協力関係になる。情報を共有し、来たる日には彩先輩の自宅に押し入って夏輝を取り戻す。
待ってて、夏輝。
あたしに会えなくて寂しいだろうけど、もう少しの辛抱だから。
✳︎
「やいやい──あ、間違えた。ただいま」
「何と間違えたんだよ」
いつも通り、仕事から帰ってきた彩が俺の居る部屋のドアを開け、いつも通りではない可愛い挨拶をしてきた。俺としてはもう少し掘り下げて問うていきたいのだが、彩が本気で恥ずかしがっているのでやめておく。
彩は靴下を脱ぎ、ベッドに仰向けの上体で鎖に繋がれている俺に抱き付いてきた。力一杯腕を回し、俺の匂いを嗅いでふふふと笑う。
「毎日毎日、飽きもせず」
「飽きないよ。だって私、君の匂い大好きだもん」
「自分ではよく分からんな。汗臭くないか?」
「むしろ、君の匂いが濃くなって嬉しい!」
「汗臭いのか……」
自分の汗の匂いを嗅がれているという事実に酷く赤面し、落ち込む。女の子の前では、なるべく清潔でいたいものだ。
しかし、排泄や入浴さえ彩に制限されている俺には到底無理なのかも知れない。排泄は、彩が外出中の時はオムツ。入浴は二日に一回、彩の匂いフェチが転じて災いとなっている。
「今日もいい子にしてた?」
「悪さのしようがないだろうに」
「それもそっか!」
また抱き付いてくる。
「……なぁ。一つ、相談があるんだが」
「なあに?」
「鎖を、外してほしいんだ」
その、本心から出た真面目な一言。俺は、言った瞬間のこの空気を生涯忘れる事はないだろう。
瞳孔が開き、光の無い瞳で俺を見る彩。
回した腕、俺の背中にギリリと爪を立て。
空気はヒンヤリと凍り。
音は無く、俺が言葉を続けるしかなく。
「……い、いやいや。この生活が嫌だとか、外に出たいとか、そういう理由じゃないんだ。俺は彩との生活に満足しているし、逃げ出すつもりなんてサラサラ無い。ただ、部屋の中でくらい鎖から放たれてもいいんじゃないかと思うんだよ。俺だって寝返りをうちたいし、たまにはストレッチをして身体を柔らかくしようと思ったり、ギターを弾きたいと思う時もある。重ね重ね言わせてもらうが、これは決して彩との生活に不満がある訳では──」
「ねぇ」
「はい」
「……」
「……」
「……分かった。良いよ」
「ま、マジか!」
「ただし。私を裏切らないという証拠が欲しいな」
「しょ、証拠とは」
喜んだのも束の間、彩からの条件に、内心不安に思いながらも問い掛ける。彩は、予め用意していたのか、それとも別のタイミングで使うつもりだったのか、近くにある机の引き出しから一枚の紙とペン、それから印鑑を俺に見せた。
「この用紙にサインして」
「そ、それは」
「うん。婚姻届」
「その印鑑は」
「私のと君の」
「何でもう半分埋まってんの?」
「いつでも君と結ばれる覚悟があるから」
どうする。
眼前には、婚姻届と印鑑とペン。それから依然として瞳に光の無い彩。すぐさま了承出来る代物ではないが、しかしながらこれに同意しないと鎖が解けない。数秒、なるべく思案しているのがバレないように思案してから、「分かった。これから末永くよろしくお願いします」と笑顔で了承した。
……この生活も、よく考えたら同棲だしな。今更役場に何を申請した所で、あまり変わらん。俺はこの家から出られないんだしな。
俺の言葉に大層喜んだ彩は、すぐさま俺の四肢に繋がれた鎖を外し、婚姻届をずいっと俺の前に出してきた。俺はそれを受け取り、机まで移動して然るべき事柄を記入していく。記入し終えたら、横から手渡された実印を捺し、彩に渡す。
「ほ、本当に君と結ばれるんだね……! やった……! やったよ……!」
余程嬉しいのか、彩は俺から渡された婚姻届を抱き締めながら泣いている。
「ほら、婚姻届はしまっておこうぜ」
「そうだね……! そうだよね……!」
元々入っていた机の引き出しに、彩が涙の滲む瞳で婚姻届を入れる。入れ終えたら、俺から一言。
「彩、おいで。今度は、俺からも抱き締めさせてくれ」
ボフン。
嬉しさがショートしたのか、頭から煙を出し、瞳から涙を流した状態でトコトコと俺に近付く。そして、俺の胴体に腕を回してきたので、俺も彩の背中に腕を回す。何やら胸の中の彩が声にならない何かを叫んでいたが、残念ながら声になっていないので聞き取れはしなかった。
✳︎
あたし──奥沢美咲と夏輝の出会いは、入学式を終えたばかりの、4月の上旬まで遡る。入学式も高校生活最初のHRも終え、授業もまだ始まらないので、昼過ぎに帰宅する事に。
校門前にわらわらといる入部希望を募っている
あたしは、通りすがった公園で一人の男と出会った。
どこかの高校の制服を着て、ギターをジャカジャカと弾き鳴らしながら滑り台の上で聴いたことのない(恐らくオリジナルの)歌を熱唱する男に。
あたしは、出逢った。
甘い水に惹かれる蛍のように、街灯に誘われる蛾のように、あたしはいつの間にか公園の敷地内のベンチに座り、その男の歌を、ギターの音を聴いていた。
「──これで、『俺のライブ!!!! グランドフィナーレin江戸川公園編』はお仕舞いだ! またどこかで会おうぜ! センキュー!」
彼の目には空想の観客が見えているのか、誰にもいない方向に手を振りながら「ありがとう! センキュー! あ、そっちもありがとうな!」とファンサービスをしながら滑り台を降りてきた。地面に足を着けてから、溜め息。
「客が居ないんじゃクソつまんねぇよ……!」
どうやら虚しくなったらしい。
しまいには頭を抱えてうずくまってしまう男。何だか見ていられなくなって、思わず声を掛けてしまった。
「……あたしは、結構良かったと思うけど」
「本物の客?」
「通りすがりだけどね」
あたし的には否定をしたつもりだったのだが、男の脳内では何やら
「センキュー!!」
コイツ、多分アホだなって思った。
男は色々話したい事があるらしく(かく言うあたしも帰宅しても予定も何も無いので)男と公園内のベンチに座る。男の傍らには、使い古された、少し傷のあるギターが置かれている。
「い、いつもこんな事やってるの?」
「いや、公園ツアーは今日が初めてだ。いつもだったら怒られちまうからな」
公園ツアー初日でグランドフィナーレかい。
「誰に?」
「幼馴染に。まぁ、一人は野外ライブ賛成派だからプラマイゼロみたいな所はあるけどな」
幼馴染(複数いるらしい)の事を思い出しているのか、頬をかきながら苦笑いする男。それから、思い出したかのようにあたしに向き直ってきた。
「な、なぁ。俺のギターはどうだった!? 駄目だったか? 格好良かったか!?」
「上手い下手はよく分からないけど……良かったよ。わざわざ公園入ってきてベンチで聴き入っちゃうくらいには」
男からの問いにあたしがそう伝えると、男は「っしゃあー!」と喜びながらギターをジャジャンと短く鳴らす。
「お礼に、何か一曲弾かせてくれ。リクエストは無いか?」
「リクエストかぁ……」
思案。
ギタリストに目の前で弾いてもらえる機会なんて初めてなので、どうせなら良い曲を弾いてもらいたいと考えてみる。ようやく、その一曲が定まったところで、どこからか声が聞こえてきた。
「コラー! 公園で勝手にギター弾きやがって! 近所迷惑になるからやめろって昨日言っただろー!」
「げ、有咲だ。ごめんな。また今度──機会を改めて弾かせてくれ。君、名前は?」
「え、奥沢美咲」
「奥沢か。俺は佐渡夏輝。またいつか、この公園で会おうぜ。じゃあな!」
公園の入り口から男に怒る、金髪ツインテールの女の子。どうやら男の知り合いらしく、男はギターを片手に(どうやら生身で持ってきたようだ)弾き鳴らしながら逃げる。その背を、女の子が追い掛けて言った。
「…………佐渡、夏輝」
誰もいなくなった江戸川公園。あたしは、この公園で一人ギターを弾き、歌を歌っていた男の名を呟いていた。
自分の頬が、赤く染まっているのも気付かずに。
✳︎
「……着いたぞ。ここだ」
「……ここが、彩先輩の家」
「おう、間違い無い。このドアの向こうに、アイツが監禁されてる」
マンション。
エレベーターで上り廊下を歩いて真ん中付近のその一室。
誰が想像するだろうか。一人暮らしのアイドルの女の子の部屋の中に、男子高校生が監禁されているなど。
歯軋り。
はやる気持ちを抑え、ドアノブに手を伸ばす。鍵が閉まっていたら、小窓を割ってでも中に入らないと。ある程度は人目に付く事は覚悟出来ている。今重要なのは人目に付かない事じゃなく、夏輝を助け出す事だから。
「……開けますよ」
「いつでも良いぜ」
ゆっくりドアノブを下ろす。カチャン、どうやら鍵は掛けていないらしく、ドアは容易く手前に開いた。
唾を飲み込む。暴れ回る心臓を落ち着かせながら、玄関で靴を脱いで市ヶ谷さんと部屋の中へと進む。その途中、水洗音と共に壁際のドアが開いた。
「ジャカジャカ、いや、ジャジャジャジャの方が格好良いか──あれ?」
「もう! 何で見つからないの!? 早くしないと、夏輝が他の誰かに奪われちゃうじゃない!」
とある豪邸の自室にて、とあるお嬢様が声を荒げる。その声を受けて、黒服がインカムでどこかと通話したりノートパソコンを操作したりと慌ただしく行動している。お嬢様は私服のポケットから一枚の写真を取り出し、そこに写っている人物に口づけを交わし、恍惚の溜め息を吐いた。
「夏輝……。待っててね、あたしが、すぐに迎えに行くから」
次話からは、分岐が入ります。それぞれのエンディングを迎えるので、気長にお待ちください。