Always rising after a fall   作:宮根春都

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第2話『声』

 次の日。今日もいつも通りの一日だった。大学に行き、半分くらい寝つつ講義を受けた後、帰宅する。

 変化が起きたのは夜更け。部屋でぼーっとテレビを見ていた僕の所に、声ならぬ声が届いた。

 

『お願いです……僕の声が聞こえる貴方。どうか、助けてください』

 

 念話。魔法世界では一般的だが、この世界では聞こえるはずのない声だ。

 

「なんだ? 漂流者か、旅行者か?」

 

 地球に帰ってからそれなりに経つが、念話が聞こえるなんて初めてだ。返事をしてみるが、応答がない。

 

 この世界は管理外世界とあって、渡航許可を取るのが面倒で、普通の旅行者はいない。この世界出身の魔導師が、里帰りするくらいだ。

 『助けて』って声からすると、次元船の事故かなにかで漂着した人かね。

 

「やれやれ……面倒な」

 

 かと言って、仮にも元時空管理局に勤めていた身としては、管理世界の遭難者を放置するわけにもいかない。

 財布と……少し悩んだけど、身分証明にもなるかと、こっちに帰ってからロクに起動していないペンダント型のデバイスを――あれ? どこやったっけ……

 

「うーん、と。あれ? ここにしまったと思うんだけど」

 

 小物類がごちゃごちゃに詰まっている棚を掻き分け、目的の物を探す。……見つからない。

 うーんと、えーと。地球に帰ってきてから、数えるくらいしか触っていないから、どっか行くはずないんだけど。

 

 上下の棚も確認してみるが見つからないので、仕方なしに魔法で探索をかける。

 

「よ、っと。『サーチ』」

 

 指先にミッドの円環型魔法陣を展開し、魔力探査。

 小さな部屋一つをサーチするなら、デバイスなしでもものの十秒くらいだ。

 

 ……と、発見。

 

「……なんでこんなところに」

 

 床に散乱していた、ゲームの空き箱の中にありやがった……。なんでだ? 酔った時になんかしたか? ……思い出せん。

 

 ま、まあいいか。と、僕は箱から取り出し、首にかける。

 僕が触れたことで、相棒はスリープ状態から待機状態に変わる。……粗雑な扱いへの抗議か、若干起動がもたついた。

 

『…………』

 

 僕の、かつての相棒『ルーチェ』はバリバリに戦闘用に調整されたストレージデバイスだ。

 管理局を退職する僕には無用の長物ではあったが、長年連れ添ってきた相棒を手放す気にもなれず……高い金額を支払い、管理外世界に持ち込むための書類を十数枚も書き、手元に残していた。

 

 ペンダントヘッドは、煙草くらいのサイズの純白の金属棒。薄い模様が刻まれたその金属棒の中心には、目の覚めるような蒼色の宝石――デバイスコアのクリスタルが象嵌されている。

 今も、曇り一つないその姿に少しだけ申し訳ない気持ちになった。もしルーチェにインテリジェントのようなAIが搭載されていたなら、こんな僕の元に残ろうとはしなかっただろう。

 

 ――いや、ゲームの空き箱の中に放置しといて、色々台無しではあるのだけれども。

 

『急いでください……危険が、もう――』

「っと」

 

 聞こえてくる念話が、切羽詰まったものになる。

 もしかすると、怪我をして危ないのかもしれない。一応、応急処置程度の魔法はルーチェに入ってるが、急いだほうがいいだろう。歩いて行くつもりだったが、飛んでいくか。

 

「ルーチェ、セットアップ」

《Start Up》

 

 初期登録から変更していない、癖のない女性の声。コアクリスタルから光が溢れる。

 

 僕の魔力光である山吹色が身体を包み、今着ている部屋着を分解。圧縮してコアに収めると、バリアジャケットの生成。と、同時にルーチェはデバイスモードへの移行。

 

 ここまでが、ゼロコンマ以下の時間に行われた。スリープ状態から待機モードへ移行した時と同じく、多少のもたつきが気になったが、無事起動は完了した。……後でコンディションチェック走らせよう。

 光が収まると僕は黒い意匠のバリアジャケットに身を包み、先端にコアクリスタルの着いた、一メートル半の杖を握っていた。

 

「さて……久し振りだけど、よろしく」

 

 ストレージのため当然のように返答はない。しかし、魔力を送り込むと、力強い反応が返ってくる。

 かつてのように、物静かながらも、頼もしい相棒に僕はうん、と一つ頷いた。

 

 遭難者某からの念話は途切れたが、大雑把な場所は既にルーチェによって解析している。

 

「結構近いな」

 

 僕が全力で飛べば、十秒と掛からない位置だ。

 

「よし、行くか」

 

 軽くジャンプし、飛行魔法を起動。本来あるべき重力を無視して、僕は空へと舞い上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頬を撫でる風の感触に、懐かしい気持ちになる。しかし、すぐにそんな場合ではないと思い直し、反応があった方向へと針路を向け、急ぐ。

 

「ふぅ……よしっ」

 

 最初は普通に走る程度のスピード。徐々に、徐々に速度を上げ――トップスピードに入る遥か手前で、目的地にまでついてしまった。

 

「……動物病院?」

 

 到着したのは、『槙原動物病院』という動物病院だった。反応からして、間違いなくこの敷地内に念話の主はいるはずだ。

 ええと、しかしまたなんでこんなところに?

 

「もしもし? 誰かいますか?」

 

 ひょい、と動物病院の敷地を覗きこみ、

 

『グゥォアァァ』

 

 ……え?

 

「な、なんだ、こいつ……」

 

 果たして、そこにいたのは巨大な球体の怪物。唸り声を上げ、動物病院の方を見ている。

 

 と、

 

 そこで、その怪物は僕の気配に気付いたのか、こちらに赤い瞳を向けた。

 

「~~!?」

 

 途端、怪物の敵意によってフラッシュバックする灰色の空。

 ぶわっ、と汗が吹き出す。カタカタと杖を持つ手が震え、視界が定まらなくなる。思わず後退り、しかし微かに残っていた矜持が僕に声を上げさせた。

 

「お、おい! 誰か残っているんだったら、早く逃げろ! いるんだろ! 念話で話しかけてきた奴!」

「は、はいっ!」

 

 タタ、と軽快な足音を立てて、病院の中から小さな影が現れた。

 その影は、怪物の脇を素早く通り過ぎ、僕のところまで来る。……あの怪物が僕の方を見ていたからって、度胸あるな。

 

 見た目フェレット、その実は恐らく変身魔法か何かで姿を変えた人間だろう。消耗した時に、別の姿で休息する一族は、いくつか聞いたことがある。

 

「あの、貴方は!?」

「そんな話は後だ! 逃げるぞ、捕まれ!」

 

 フェレットの姿の彼に手を差し伸べる。

 

 あの怪物に立ち向かうような気力は、僕の体のどこを絞っても出てこない。

 この彼の手を取ることすら、相当の勇気が必要だったのだ。

 

「いえ! 僕はアレを封印しないと……申し訳ありません! 手伝っていただけませんか?」

「む、無理だ……」

「お礼はします。どうか、お願いします!」

 

 必死に懇願するフェレット。

 しかし、どうしようもない。頭の中で攻撃の術式を思い浮かべるだけで、緊張と恐怖から術式が霧散してしまう。ルーチェに任せて無理矢理使おうとしたら、暴発することは必至だ。

 

 確かに、今はこっちの様子を伺っているこの怪物がこの街で暴れたら、相当な被害が出る。

 魔法に対する対策のない管理外世界の地方都市だ。半壊するかもしれない。

 

 今、ここを守れるのは、僕だけ。昔、我武者羅に訓練したのは、まさにこんな時にみんなの助けになりたかったからだ。

 でも、動けない。震えは大きくなり、ルーチェを握る手も覚束ない。

 

「ご、ごめん……本当にごめん。僕……無理なんだ。無理なんだよ、戦えないんだ。怖くて、駄目なんだ」

「そ、そんな……っ、来ます!」

 

 怪物の球形が、楕円にたわみ、一気に飛び掛ってきた。

 

「ひっ……」

 

 ……敵。こっちに、来る。フラッシュバックする、過去の戦いの記憶。

 痛みが蘇ってくる。そして、最後に見た灰色の空が――

 

「く、来るな、来るな、来るなぁァァァァァ!!」

 

 僕は滅茶苦茶にルーチェを振り回した。

 乱雑になった思考が、かろうじて一つの防御魔法を取り上げる。

 

《Round Shield》

 

 不安定に揺れる魔法陣が現れ、怪物の突進を受け止める。

 訓練校出たてのひよっこですら、これよりはマシなシールドを作れるだろう。怪物を止められたのは、偏に魔力量のおかげだ。

 

「くぅぅぅぅ!」

 

 間近に怪物の恐ろしい形相がある。

 僕のラウンドシールドを食い破ろうと、ぐいぐい、ぐいぐいと圧力をかけてきていた。

 

 ……本来なら、負けるはずがない。僕とこの怪物との間には、魔力に天と地程の差がある。構成の甘いこのシールドでも、問題なく守りきれる。

 そう、わかっている。わかっているのに、怖い、怖い、怖い!

 

「ああああああああああ!!」

「あ! そ、そんなに無茶に魔力を込めたら……」

 

 フェレットの子が何かを言っているが、聞こえない。僕は、化け物を防ぐため、シールドに全開で魔力を注ぎ込み、

 

 ――シールドが暴発した。

 

「あぐっ!?」

「うわっ!?」

 

 コンクリートの壁に叩きつけられる……直前に、緑色の魔法陣が衝撃を受け止めるように一瞬だけ現れた。

 

「ご、ごめん。本当に、ごめん」

「い、いえ」

 

 今のは、フェレットの彼の魔法だろう。咄嗟に、ラウンドシールドに込められる魔力と、その構成の甘さから、暴発すると見抜いて咄嗟に衝撃を緩和する魔法を使ったのだ。

 判断力も、魔法を使う速さも、今の僕よりずっと凄い。

 

 くそ!

 

「あの怪物……君じゃ、なんとかできないのか!?」

「すみません。僕、この世界と相性が悪くて。魔力がロクに回復できないんです。それに、僕は戦闘向きじゃないですし」

 

 ラウンドシールドの暴発で弾き飛ばされた怪物は、まだ当然のようにピンピンしている。

 しかし、今ので少しは警戒したのか、ジリジリとゆっくり距離を詰めていた。

 

「くぅ……くそっ!」

 

 あんな怪物、雑魚だ。少なくとも昔の僕だったら、倒すのに一分要らない。

 でも、今の僕には無理だった。遠くから砲撃で仕留めようにも、『戦う』という行為自体に拒否反応が出る。さっきから吐いたり失禁したりしていないのは半分くらい奇跡、もう半分はこのフェレットの子のおかげだ。

 

 声の感じからして、この子は子供だ。格好悪いところを見せたくない……もうとっくに手遅れかもしれないが、そんな気持ちだけでなんとか立っていた。

 

「……すみません、折角来ていただいたのに。逃げてください。僕が、足止めします」

「や、やめろ。一緒に逃げればいいじゃないか!」

「僕には責任がありますから」

 

 小さな動物の姿なのに、自分の責任を取るその態度は立派だった。

 僕はその後姿を見送るしか出来ず、

 

『ルァァァ!』

「駄目ぇーー!」

 

 次に怪物が飛び掛ってきた瞬間、横から割り込んだ女の子のことにも気付かなかった。

 

「え!?」

 

 その少女は、意外に身軽な動きでフェレットの子を掻っ攫い、怪物の進行方向から逃れる。

 勢い余った怪物はコンクリの壁にぶち当たり、壁を破壊していた。

 

「ちょ、ちょっと、君!?」

 

 化け物のことは、一旦置いておいて、突然現れた女の子に向き合う。

 ……って、あれ!?

 

「君、恭也のところの……妹、だよな?」

 

 一度、あいつの家に遊びに行った時、見た顔だった。

 

「え、あれ? えーと」

 

 わたわたと、少女は慌てて、僕の顔をしげしげと観察した。しばらくして、あ、と手をたたく。

 

「お兄ちゃんの大学のお友達の」

「日野真哉だ。ええと、な、な、……なんだっけ?」

「あ、なのはです。高町なのは」

「ああ、そうそう。ひらがなで『なのは』って名前だったな」

 

 珍しい名前だったから、印象には残っていた。言われて、すぐに思い出す。

 

 しかし、わけがわからない。今この周辺には、フェレットの子が張ったと思われる封時結界ある。

 なのになんでこの子はこの場に来れたのか――

 

 ……って、いや、そんな場合じゃない!

 コンクリの壁にぶつかった怪物は、なにやらうまいことひっかかってくれたのか、そのまま悶えている。しかし、あの怪物の膂力ならすぐ出てくる――!

 

「ええと、なのは、ちゃん? でいいか? とにかく、今は逃げるぞ! あの化け物は壁にぶつかったくらいじゃ、びくともしない!」

「え、あ。はい」

 

 我に返って、なのはちゃんの手を取って走る。

 

 ああもう……! なんで、引退したってのに、こんな事態に巻き込まれてんだ僕は!?


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