見切り発車のつけが回ってきた。
ーリ・エスティーゼ王国・カッツェ平野ー
ドールが王国に到着した頃、当の王国ではカッツェ平野に兵を並べ立て、帝国との戦闘に備えていた。
王国の軍は、軍と呼んでいいのか分からない民兵の集まりであり、その覇気のなさから、これから行われる争い事に、向いているとは言い難い。それでも軍と呼べるのは、その数故だろう。
24万、例えひ弱な民兵であろうと、それだけ集めれば立派な軍である。
対する帝国は6万人の兵、王国と比べると4分の1と言う少なさ。
数の上では、もはや戦うまでもなく結果が見える差だが、その兵の質は高く、これだけの数の差を埋めようとする、士気の高さと覇気を備えている。
それは毎年恒例の小競り合いで、見慣れた光景と言ってもいい。
「なんだ…あれは!」
王国か帝国か、それは誰が叫んだのか。
毎年恒例と思われていたのはさっきまで、今しがた異質なものが混じり込んだ。
現れたのはアンデッドの軍勢、数は500程度。24万対6万の中に500と言うのは、余りに小さい。しかし、その平原で最も存在感を放っている。
それは敵味方問わず、精神的に大きなショックを与え、その戦場で主導権を握るのが誰なのかを示している。
「さて、では手始めに一撃与えるとしよう」
アンデッドの軍勢登場で静まり返った帝国軍の中で、静かに発せられた言葉を辿ると、そこには最近帝国の貴族となったアインズ・ウール・ゴウンの姿がある。
そしてもう一言。
「イア・シュブニグラス/黒き豊穣への貢」
地獄の始まりである。
戦況は対極となり、帝国軍は唖然とした傍観で、王国軍は混沌とした混乱状態。
アインズが魔法を放ってから、1時間も経たないうちに戦況は決した。アインズの言う手始めの一撃が、既にとどめの一撃となっている。
(これがアルトリア様と同じ存在の力。これでは戦争とさえ呼べないですね)
今回はレイナースもアインズの力を確認する為、カッツェ平野に出向いている。
主であるアルトリアと同等の存在と認識していた為、周りの兵たちほどの動揺は無いが、これほど一方的な状況に驚きは隠せない。
(アルトリア様と同じだけあって、やはり化け物じみていますね。マジックキャスターと言う性質上、群勢を相手にした戦いはアルトリア様以上かもしれません)
王国軍はの中では未だに、黒く蠢く5体の化け物が暴れ回っている。
(禍々しさは似たり寄ったりですが)
ーリ・エスティーゼ王国ー
銀の風のメンバーと別れ、軽く街を眺めながら歩く。道は舗装されてなく、建物も歴史を感じる、と言うよりも古ぼけた印象を受ける。
(こうして他の国を観ると、国の運営という面では帝国は優秀なんだな)
帝国では気にならなかったが、王国に来てからは目に付く事が多い。
(確か、王国はガゼフとか言うのが一番強いらしいが、帝国で言うフールーダみたいなものか。情報から察するに、プレイヤーやNPCではなさそうだな)
そんな事を考えると、ふと、最近戦った強者を思い出す。
(クレマンティーヌ…だったな、あれは強かった。おそらく強化前のレイナースより強い。しかも、私より強い者が法国にいるらしいからな)
山の中での戦闘を思い出す。手を抜いていたものの、それは身体能力の高さによる差が大きいだけで、本人の戦闘センスは抜群だった。
(まあ、オートマター使用で本気を出したわけではなかったから、本体の身体で負けはしないだろうが、相手がプレイヤーなら必ずしも勝てるとは限らないな。)
行き交う人を眺めながら、特に目的もなく歩く。
(こうなってくると帝国は中々厳しい状況。ナザリックと法国にプレイヤーか…この調子だとまだいそうだな)
オートマターを使ったとは言え、クレマンティーヌに其れなりの脅威と感じさせた筈だ。それでも、彼女の中の強者の順位一位は変わらなかった。つまりプレイヤーやNPCレベルが、法国に居てもおかしくない。
ついついプレイヤー確定のナザリックばかり考えていたが、もしかしたら一国に一人ぐらいの割合で、プレイヤーがいる可能性がある。そう考えると、自分の居なかった帝国は意外と脆いのかもしれない。
(これは思ったより楽観的状況ではないな、本格的に動かないと帝国は潰れる。いや同盟者が居るんだ、タダでは転ばんだろうが、国々の軍事力から考えると、意外と帝国に余裕はない)
ゲーム時代の影響で、つい戦力の大きさで物事を考えてしまうが、実際に国同士の関係というのは、軍事力で決まるほど簡単なものではない。
(意外と帝国の事に考えがいくな、始めに来た国として愛着が湧いているようだ。一般市民の時は国の為になど、考えた事もなかったが、直に国の長と話してみると感じるものがあるな。国の為に力を貸して欲しい…か)
思い浮かぶのは国の為にと交渉しに来たジルクニフ。
この世界来てから、帝国で過ごす事がほとんど、本体はキャメロットだが、ドールとして動く時間の方が多い。姿格好は怪しいが、冒険者ギルドではそれなりに受け入れられてきている。
ゲーム時代を思い出す。ギルドは1人だったが、プレイヤー同士の交流がなかった訳ではない。
(悪くないな、こういうのも。愛国心とは少し違う気がするが、持っているのかもしれない、似たようなものを)
あくまで傍観者の様な立ち位置で居るつもりだった、その方が楽だ。
もし国が滅んでも自分のせいではないし、自分の汚点にはならない。
一歩外側に立ち、抗っている本人達に外側から力を貸してやり、それで負けても自分は痛くない、自分が負けた訳ではない、そんな保険をかける様な立ち回りだった気がする。
「帝国が滅びる。それは困るな」
既にレイナースを従え、フォーサイトにも力を貸している。少なからず、バハルス帝国の影響も受けているだろう。
(傍観者気取りで肩入れする気はあまり無かったんだが)
「帝国をどこまで強くできるか、試してみるか」
誰に言うでもなく呟かれた言葉は、街の喧騒の中に消えた。
ーカッツェ平野ー
粗方の蹂躙を終えたのか、その内の蠢く一体が王国軍から離れ、主であるアインズの元に戻り始める。
「メエェェェェエエエエェェ」
遠目とはいえ、王国軍にどの様な損害を出していたか帝国軍は見ていたのだ。それがこちらに向かってくるのは生きた心地がしない、兵の質などあまりに無意味、早々に浮き足立ち始める。
距離はあれど、着実にこちらに近づいてくる化け物。
「……っ!」
「くっ……」
言葉は出なくても、絞り出した様な恐怖が滲み出る。
静寂の中、恐怖の伝播を意味するようにカタカタと鎧の震える音が広がっていく。
(流石に、このまま見過ごすわけにはいきません。せっかく無傷で勝ったのですから)
このままでは、帝国軍にも少なからず被害が出ると感じたレイナースはアインズの元に進み出る。
「はじめまして、アインズ・ウール・ゴウン辺境侯。私は帝国四騎士の1人レイナース・ロックブルズと申します」
王国軍の蹂躙を眺めていたが、話しかけられた事でレイナースに視線を向ける。
「うん?四騎士と言うと?」
アインズは近くにいたフールーダに確認の意を示す。
「はい。先ほどのニンブルと同じでございます」
「なるほど、で?その四騎士が私に用かね?」
レイナースに向き直り、要件を問う。
「はい。辺境侯の召喚されたものを、帝国軍に近づけないでいただきたい」
兵から将軍まで、その声が聞こえる範囲にいたものは息を呑む。聞きようによっては、かなり無礼な言葉だろう。
「ん?それはつまり、私が帝国軍に対して危害を加えると、そう言いたいのかね」
辺境侯の言葉も、気のせいか刺々しく感じる。
「辺境侯にその意思がないことは理解しております。しかしあれ程の怪物は、存在するだけでその恐怖を掻き立てます。あの惨状を作ったと言うだけで、兵達の精神は既に限界です」
王国軍の惨状に目を向けながら話し続ける。
「その怪物が近づいて来たとなれば、錯乱状態になる兵も少なくないでしょう。辺境侯としても余計な混乱は避けたいはず、であればどうかご理解ください」
そう言って頭を下げるレイナースにどうすべきかと考える。
正直、アインズにとって帝国軍が混乱に陥ろうがどうでもいい。だが、そう言われてしまっては、わざわざ呼び戻して軍に被害が出た場合、明確な敵対行為と取られかねない。
「…うむ、そうか……そうだな、確かにそれは私としては好ましくないな」
そう言うとアインズは、黒い仔山羊に向かい軽く手を掲げる。すると化け物は此方への移動をやめ、その場で停止する。
「これでいいかね?」
「はい、ありがとうございます」
「なに、同じ帝国を支えるものとして、当然の事をしたまでだ」
アインズはそう言って戦場に視線を戻す。
黒い化け物が此方に近づくのをやめた為、兵達に大きな安堵が広がる。そして、それを進言してくれたレイナースに、大きな感謝の視線を向けるのだった。
「レイナース、助かりました」
元の隊列に戻るとニンブルが礼を言う。
「いえ」
「完全に理解が追いつきません。これを魔法詠唱者と言うのは、正直どうかと思いますね。こんな事が個人にできるなどと……あの方もこのような力を使うのですか?」
あの方とは、おそらくアルトリア様な事だろう。
「残念ながら、まだそういった場面には出くわしていません。が、おそらく似たような事は出来るでしょう」
「そうですか…、これから世界は、というより人間はどうなるのでしょうね」
王国軍の惨状が、そのまま人間の未来を映していると感じているのであろうニンブルに、既に自分は人間側にいないと言うのは酷だろうか?と、そんな事を考えながら聞いていた。
「もし貴方に……人間を辞める覚悟があるなら、私からお願いしてみますが?」
そんな事を言う私に、ニンブルは若干驚いた顔をしたが、その後苦笑と取れる笑みを作り
「はは…、それはちょっと怖いですね。ですが貴女を見ていると、それも悪くないと思えてきます。考えておきますよ」
おそらく本気にはしていないだろう。冗談への返答といった感じだ。
ーリ・エスティーゼ王国ー
適当に街をぶらついたドールは、偶々通りかかった酒場に入る。
「いらっしゃいませ」
そこは静かな酒場で、他に客はいない。カウンターの奥ではマスターらしい人がそれっぽくグラスを磨いている。
「んっ…!」
ドアを開ける音で来客に挨拶していた為か、グラスから此方に目を向けた事で、その不審な格好に驚いたのだろう。
「悪いな、怪しい格好だが客だ」
そう言ってマスターの前の席に腰掛けると、マスターも幾分か落ち着きを取り戻す。声で女性と分かったからだろう。
「これはすみません」
「いや、この格好では強盗と間違われても、言い訳は出来ないと自覚している」
謝罪してくるマスターを手で制す。
「そうですか、ではお客様、何になさいますか?」
「すまないが酒はいらない。代わりに少し話に付き合ってくれ」
そう言って、銀貨2枚程カウンターに置くが、今度はマスターがそれを手で制し。
「それは結構ですよ。他にお客様もいませんし、ただ、世間話ぐらいしか付き合えませんが、それで宜しければ」
「そうか」
私は差し出した銀貨を懐にもどしながら店内を見回す。
「今は人が少ないのか?」
「まあこの時期ですからね、それだけではないですが。お客様はこの街は初めてですか?」
「ああ。今までは帝国にいた」
「おや、それは羨ましい。向こうのほうが街並みは良いと聞きますが」
街中の整備は帝国の方が進んでいるだろう。
「確かに、それは感じた」
「この国では、上層部は足の引っ張り合いと、何処かの誰かが言っていましたね。それで、何か私に聞きたい事でも?」
磨き終えたグラスを棚に置き、新たなグラスを取りながら話を振ってくる。
「悪魔が出たと聞いたんだが」
グラスを磨く手が止まる。が、直ぐに動き出す。
「そのような事が言われてるようですね、私も噂で聞いた程度です。なんでも王都で悪魔が出たと、その悪魔は手下を引き連れていたそうです。悪魔は見ていませんが、悪魔が出したと言われる炎の壁は見ました。あんな事ができるのはやはり悪魔だからですかね、街の一部が覆われたんです」
「炎の壁?」
グラスを握るマスターの手が若干震えている。
「ええ、あれは直に見た者しか、分からない恐怖があります。遠目で見た私ですら足がすくみました。中にいた者は………想像も出来ない恐怖でしょう」
「すまんな、悪い事を聞いた」
「いえ、最終的にはまたここで店を続ける事が出来ているのですから、英雄様々でしょう」
「英雄?」
「おや?ご存知ないので?これも噂になっていますよ、モモンと言うと冒険者が悪魔を退けた、と」
「いや初耳だな。その英雄様は何処にいるか知らないか?」
「流石にそこまでは、まだ王都にいるのかもしれませんが」
「その英雄というのは気になるな。何か情報は無いのか?」
「全身黒い鎧でなんでも漆黒と呼ばれてるらしいです。それ以上の詳しいことは分かりませんね」
「漆黒、か」
「気になるのであれば、冒険者ギルドに行くと良いのでは?」
「そうだな、気が向いたら行くとしよう。他に何か面白い噂はないか?」
「他ですか?そうですね〜………
そのあとしばらくマスターと話していたが、他の客が来たのでほどほどで切り上げ店を出た。
今更ですけど、冒険者ギルドではなく組合でしたっけ?