転生してみませんか? 作:RyuRyu(元sonicover)
巻き舌ができない。どうもRyuRyuです。
凍返るという春の季語にもあるように、ここ最近は暖かい日と寒い日の繰り返しですよね。お陰様で作者も体調崩しましたよ。
読者様方も体調には十分にお気をつけくださいね。
では、本編どうぞ。
きっかけ、というものは実に多種多様で、人それぞれに与えられるものである。
ターニングポイントと言えば大袈裟に聞こえるが、一つのきっかけで文字通り転換点と成りうる事もある。
かのニュートンは、林檎が木から落ちるのを見たのがきっかけで重力を発見した。
幕末の薩長同盟も、薩摩藩と長州藩が手を結んだ事が結果的に倒幕へと行きつく過程に於いての重要なターニングポイントではなかろうか。
そして、それは身の回りに起きる些細な事でもなり得る。
きっと、いつか。
誰かが俺に人生のターニングポイントを聞かれたら、どう答えるか。
酒井斗真が死んだ時?
──違う。
この世界に転生した時?
──惜しいけど違う。
では何時か。
その問いに俺は確信を持ってこう答える。
──「今日」だと。
雲一つ無い青い空。容赦なく降り注ぐ日光。アスファルトからゆらゆら立ち上る陽炎。幾多もの蝉の鳴き声が独特のハーモニーを生み出し否が応でも夏を意識させられる。
元々風があまり吹くことがないこの季節なのだが、時たまふく風は文字通り熱風となって襲い掛かる。
「はぁ⋯」
外にいるだけでうんざりするようなこの気候に意図せずため息が出る。天気予報によれば、今日は観測史上最高の気温だとか。確か同じことを先週も口走っていたような気がしないでもない。とにかく近年はそんなのの繰り返しのように感じる。
こんな日は冷房の効いた我が家でいそいそと積みゲーの消化に精を出すのがマストであるのだが。なぜ俺は一日に二回も外出しなければならないのか。
「あー⋯あっちぃ⋯」
「暑いって思うから暑いんだよ⋯」
横を歩くつぐみが昭和の悪しき根性論まがいな事を言い出した。沙綾と何言ってんだこいつみたいな視線を送ると、つぐみは暑さで思考回路が
「そうだ、寒いって思えばいいんだ。今は冬。冬。冬は寒い⋯」
「⋯⋯」
俺と沙綾も足を止めてつぐみの一挙手一投足を見守る。止まったことで身体の中からじんわりと汗がにじみ出る感覚を感じた。動いている時よりも止まった時の方が暑さをより感じる。
「寒い寒い寒い⋯⋯」
寒い寒いという割にはつぐみの額には立ち止まってからというもの、うっすらと汗が滲んでいるように見える。
しばらくの沈黙の後。
「⋯⋯⋯⋯だめだぁ。暑いぃ⋯⋯」
「ダメじゃねぇか」
「あっはは⋯」
へなへなと崩れ落ちるつぐみに苦笑いの沙綾。ああ、妹がとうとうアホの子になっちゃったよ⋯。
「⋯それにしても暑いねー」
再度歩き始めてから数分後、沙綾がしばらくの無言の空間の中からそう切り出した。
「全くだ。なんであの時パーを出したんだろうな」
「ほんとだよ。お母さんってジャンケン強かったっけ」
そう。それこそが俺たちがまた炎天下に晒されることになった原因だ。
一時的に暑さを凌いだコンビニを出て家に帰ると、母さんが汗だくの俺たちに向けてこう言った。
「あれ。私のレディーボーデンは?」
「⋯は?そんなのあるわけないじゃん」
「えーなんでよ買ってきてよー」
「やだよ自分で買って来いよ」
「だって暑いから外出たくないもん」
「こんの野郎…ッ!」
お外に出たくないと駄々をこねる母さんはハーゲンダッツだったり現金をチラつかせて俺達を釣ろうとするも、もうお外に出たくない俺達は母さんの大人気ない挑発にも何とか耐えきった。正直樋口一葉が顔を出した時はびっくりしたけれど。ていうかどんだけアンタ外出たくないんだよ。
「じゃ、じゃあ、じゃんけんしよう。一発勝負で」
「なんでそんなまた確実性の低い」
「ま、まあお兄ちゃん。これで最後にしてさ、ね?」
つぐみのその一言で、なぜか沙綾も巻き込んで泣いても笑ってもこれっきりのじゃんけん一発勝負で雌雄を決する事に。もう外に出たくないという意見で一致した俺とつぐみと沙綾は一蓮托生の精神の下、同じ手を出す事に。
──その結果がこれである。
「なんかゴメンな。沙綾まで巻き込んじまって」
「ああいや、全然大丈夫だよ。気にしないで」
三分の一の確率で負けた俺達は母さんの大人気ない勝利の雄叫びを背にまたショッピングモールへとんぼ返り。下手にバスを使うよりかは歩いた方が早い距離とはいえ、やっぱりバスを使った方が良かったかもと今更になって思ってしまう。まあ、多分いい事があったんだろう。好きに使っていいと気前良く
「にしても母さんの喜び方は異常だったな」
「うん。初めて見た」
「あはは…余程出たくなかったんだね」
「『いよっしゃああぁぁ!!』って、そんなに嬉しかったのかよ……」
グダグダと喋りながらダラダラと住宅地を歩いているとふと、電信柱に貼られた張り紙に目を引かれた。
ライブハウス《SPACE》──こけら落としライブ
赤と黒を基調としたロックテイストなチラシに描かれたライブハウスはここから何本か角を曲がった先にあるという。
SPACEって、あのSPACEだよな……。
ガルパ関連でこの近くにある『SPACE』という名のライブハウスは思いつく限り一つしかない。
──何故だろう。気になる。すごく。
なんとなくだけど行っといた方がいい。
俺の本能が脳内にそう囁いているかのよう。行かなかったら絶対に後悔する、とかそこまで断定的ではないし、裏を返せば行ってみて後悔しないとは限らないんだよなぁくらいには考えられる程衝動的ではない。
「……なあ、これってさ」
そんな曖昧模糊とした思考を巡らせていたせいか、無意識に発せられた自分の声がまるで自分のものではないような錯覚を覚えた。
「ん?どうしたのお兄ちゃん」
「あ、ああ。これなんだけどさ」
つぐみに聞かれて初めて今のが俺の声だと認識して、件のチラシを指さした。
「すぺーす?ライブハウス?」
「ねぇお兄ちゃん、こけら落としってなに?」
俺の両隣からそのチラシを覗き込み、それぞれの反応を示す。
「こけら落としっつうのは…何つったらいいんだ?…えっーと、新しくできた劇場で最初にやる演劇の事…だったかな」
「ふーん」
……あれ、それだけ?「へぇ〜そうなんだ」とか、「お兄ちゃんすごぉい」とか無いのん?
「で、これがどうしたの?」
「あ、いや、どうかした訳じゃないんだけどさ。ちょっと気になったっつうか…少し行ってみないか?」
俺の問いかけに両脇の二人は対照的なリアクションを見せる。
「うーん…でも、お母さんにおつかい頼まれてるし……」
「……」
渋るつぐみに対して沙綾は口には出さないものの、心做しかそのチラシに惹き付けられているように感じる。
「でもさ、まだ夕方まで時間もあるし、ただモールにレディーボーデン買うためにとんぼ返りも癪だろ?少し寄り道してかないか?」
「んー…でもなぁ」
俺の説得にも尚渋い顔のつぐみ。そりゃまあライブハウスって言えばあくまでイメージだけれど、繁華街の外れの雑居ビルの地下にあって、刺青を入れたパンクスタイルの男女がパンクロックの音に合わせてヘドバンして勢い余ったボーカルが客席にダイブ、みたいな。
もっと極端に言えば酒とドラッグが横行するカオスな世界と見る人も少なくはないと思う。
まあ、『SPACE』に限って言えばそんな事は無いと思うけれど。
「沙綾はどうだ?」
「えっ、私?」
それまでチラシをじっと見ていた沙綾は、俺に話をふられて初めて自分がチラシを凝視していたことに気づいて、少し考えた素振りの後、口を開いた。
「…私は、行ってみたい…かな」
「ほら、沙綾もそう言ってるし、行ってみようぜ」
「……うん。沙綾ちゃんが言うなら…」
という事で、沙綾の鶴の一声でつぐみが折れて俺達はライブハウス『SPACE』に寄り道する事となった。
▲▽▲▽▲
住宅地の一角にSPACEはあった。
外観からするととてもライブハウスとは思えない。そういうカフェもあってもいいんじゃないかというくらいに街並みに溶け込み、先行するイメージとは相反する見た目だ。それでも、その建物に集う者達は各々にギターケースを背負っていたり、曲について熱く語り合ったり。はたまたチラシを片手に興味本位で訪れる俺達みたいな者だったり、やっぱりそこに展開されるのは街角で時たま見かけるライブハウスのそれだった。
小学生に対する敷居の高さを感じつつ、重いガラス戸を開くと、木目調の空間にちょっとしたカフェスペースに受付、ドリンクカウンター。ハウス内に入る前から思っていたけれど、客の中に男性の姿がほとんど見えない。流石にガールズバンドの聖地と言われるようになるだけあってその門構えといい、女性や初心者がハードルの高さを感じさせない意図が見える。
受付まで進むと、スタッフの女性が俺達を見るなり人受けのいい、柔らかな笑みを浮かべて話しかけてきた。
「こんにちはボク達、お母さんと一緒かな?」
「いや、違いますけど」
「ごめんね。ここは子供だけじゃ入れないんだ」
言って、俺達にやんわりと帰宅を促すお姉さん。つぐみと沙綾はそれを聞いて諦めムードだけれど、せっかくここまで暑い中寄り道したんだし、もう少しだけ粘って見ることにした。
「ホントは、知り合いがここにいるって聞いて、着いたらここで待ってるようにって言われたんですけど」
「あ、そうなんだ。わかりました。それじゃあ、そこのテーブルで待っててね」
納得したように言うお姉さんを見て、両脇の二人が疑惑の目を向けてくる。何だよ。悪いか、嘘ついて。…悪いな。
「はーい」と返事をして訝しがる二人を引き連れて隣のカフェスペースに向かおうとした時、背後からお姉さんのとは違う声が飛んできた。
「子供一人百円。嘘をつくくらいなら払いな」
その声には聞き覚えがあった。というより、ここに来るからには必ず顔を合わせなくてはならない人の声だった。
あっさりと嘘を見抜かれて振り向くと案の定、SPACEのオーナーの都築さんが射竦めるような視線を向けてくる。つか、なんで嘘ついたのバレてんだよ…。
「当たり前だよ。ガキのつく嘘なんかわからないはずがない」
「ちょ、勝手に人の思考読まないでくれます?」
つか、俺ガキじゃないんだけど。アラサーだし、アンタと干支一周分くらいしか違わないんじゃねぇの。知らんけど。
「アンタがわかりやすいのがいけないんだよ。それで、百円。払わないなら帰りな」
「……わかりましたよ。三百円、これでいいですか」
渋々財布から百円玉三枚取り出してオーナーに渡すとオーナーはポケットからチケットを人数分取り出して俺に渡してきた。
「これでドリンク飲んだら帰りな」
言い残し、俺達に背を向けてオーナーは立ち去ろうとする。
「…え、スタジオに入れるんじゃ」
その背中に声をかけると、オーナーは顔だけこちらに向けて呆れたように言ってきた。
「何馬鹿な事言ってんのさ。小学生のガキが入れると思ってんのかい?」
「なっ…!」
は…謀りやがったなこのばァさん!
この野郎、と思っていると、奥に引っ込んだオーナーに代わって受付のお姉さんが苦笑いで諭すように言い寄ってきた。
「ま、まぁ、ほら、そこのテレビがスタジオと繋がってるから。ね?」
まるで暴れ馬を宥めるようにドウドウと話しかけてくる。誰が暴れ馬じゃ。誰が。
「そ、そうだよお兄ちゃん。わたしオレンジジュース飲みたいなぁ」
「……まぁ、つぐみが言うなら」
受付のお姉さんとつぐみの説得によって渋々、誠に遺憾ながらスタジオに入るのを諦めて仕方なくカフェスペースでライブの様子を見ることにした。べ、別につぐみが冷めた目で見てくるのに「ああ、つぐみちゃんこんな目するのね」ってびっくりした訳じゃないんだからねっ。
▲▽▲▽▲
SPACEのこけら落としライブが始まって少し。
コーラをちゅーちゅー吸いながらモニター越しにバンドの演奏を見ているけれど、何かが物足りない気がしてならない。
ライブハウスにいながら楽器の奏でる音をモニター越しにしか聴けていないからなのか、店の奥から微かに音楽と歓声がモニターとのラグとなって聞こえるからなのか。
チラシを見た時はなんとなくという気持ちだったけれど、こうやってライブハウスに来て、テレビ画面を介しての演奏を聞いて、あと少しで本物の音楽に触れられるという所まで来て、ある一種の使命感が俺の中で否応にも高まっていた。
漏れでるように聞こえてくる音の方に視線を動かすと、見るからに重厚な防音扉が俺達をその向こうへ立ち入る事を拒んでいるかのように閉ざされている。
それでも、高まる好奇心からは逃げられないようで。
怪しまれない程度に首を回す。受付には誰もおらず、ドリンクカウンターにはスタッフが熱心にグラスを拭いている。
──今だ。
「なあ、つぐみ、沙綾」
声をかけると、齧り付くようにモニターに見入っていた二人が肩をビクリと震わせてからこちらを向いた。あ、なんかごめんね。
「な、なに。斗真君」
「ちょっと静かについてきて」
言って、二人の腕を掴んで防音扉の方へドリンクカウンターにいるスタッフに気づかれないよう歩を進める。
「ちょっ、お兄ちゃん!?」
俺のせんとする事を察したつぐみが慌てて俺を呼ぶが、気にせずにずんずん進む。
「斗真君、小学生は中に入っちゃダメなんじゃ…」
扉の前に辿り着いた所で沙綾が抗議の声を上げるも、俺は意地の悪い笑みを浮かべて言い切った。
「いいか沙綾。…バレなきゃいいんだよ何事も。バレなきゃな」
ポカンとする沙綾と呆れ顔のつぐみを背に、俺は分厚い防音扉を押し開けた。
16話でした。
続きます。
※良い子のお友達は大人の言う事はちゃんと聞きましょう。斗真君は、特別な訓練を受けているお友達なので都合良く物語が展開していくのです。