転生してみませんか? 作:RyuRyu(元sonicover)
シチューをご飯のおかずとは言わない、どうもRyuRyuです。
同じくおでんも、ご飯のおかずにする人は敵だと思ってます。
ですが、この不肖RyuRyu。和平の道を現在模索中であります。
では、本編です。
最初に感じたのは腹の底に響く爆音だった。
音速で包み込む音の連続弾に腕にぞわりと鳥肌が立つ。
あまりの衝撃で隣にいる二人も驚いたみたいで目尻に薄らと涙を溜めていたのが照明に照らされて見えた。
少し経つと、次第にその音にも慣れてボーカルの歌声からそれぞれの音のジャンルまでもぼんやりとだけどわかってきた。
曲は、前世にもあったアニメのオープニングテーマ。聞き覚えのあるポップなイメージの原曲からロックなテイストにアレンジが加えられている。
けれども前世から通じて音楽経験なんて音楽の授業以外ない俺にとってそれは聴覚からしか与えられる情報に過ぎない。スタジオの最後方に扉があった為、中に入ったはいいものの、目の前に見えるのは殆ど満員の観客の後ろ姿だけ。思わぬ所で背が低い事の弊害が出た。どこかスタジオ全体を見渡せる所はないか。このまま前の人の尻を見ているだけじゃなんの為に危険を犯してスタジオに入ったのかわからない。
辺りを見渡すと、人混みの向こう、スタジオの左後方に全体を見渡せるのにおあつらえ向きなブースがあるのに気がついた。
俺は未だ耳を押さえる二人の腕を再度掴んで良く聞こえるように彼女達の耳に顔を近づけた。
「今から少し移動するからしっかり掴まっていろよな」
言うと、掴んだ腕を引っ張ってそのブースへと人混みを掻き分けて進んだ。
階段を数段登って観客の頭二つ抜けた辺りで後ろを向いて二人がついてきていることを確認する。二人とも、このくらいになってきてようやく音に耳が慣れ始めたみたいで、演奏中のアニソンを口ずさめるくらいには余裕が出てきたように見える。
そんな二人を見て安心した俺はもう一、二段登ってからステージの方に顔を向けた。
まず目についたのは、暗い観客席をステージ上ばりに明るく揺れるサイリウムの群れ。
それは、さながら漆黒の夜空いっぱいに光り輝く満天の星空のよう。なんとありきたりな表現方法だけれど、正直言ってそれが一番この光の海を現している。
「……きれい」
同じ光景を見ているのだろう。横でつぐみがそう呟いたのが聞こえた。沙綾もその隣で目を輝かせているのが見えた。
目線をステージ上へ持っていくと、皆一様に笑顔を浮かべたバンドが色とりどりのスポットライトに照らされて各々の楽器の音色を奏でていた。
俺はその中でも向かって右端、純白のギターに目が止まった。
──どうして?
まず率直に思い浮かんだのがそんな疑問だった。
どうして。
──ただ弦を弾くだけなのに。
──たかが十数個の音の組み合わせなだけなのに。
──それなのに、どうして。
──どうして、俺はこんなにギターに惹かれているのだろうか。
「……」
純白のギターを思うがままに操る、華麗な衣装を身に纏った女性ギタリスト。
彼女の音だけが、俺の鼓膜を震わせる。
彼女が奏でる、彼女だけの音。
それだけで既に、完成された空間がそこに存在する感覚を覚えた。
音楽経験ゼロの俺が、こういう事を考えるのも烏滸がましいのかもしれない。もしかしたら単なる俺の思い違いなのかもしれない。
それでも、それすらをも赦すかのように包み込む音色に俺は目を離せないでいた。
「……すげぇ」
どうにかその言葉を絞り出すと、それまで無意識に張り詰めていたものが切れたのか、隣で俺達ではない人の気配がした。
嫌な予感がして振り向くと、まだ杖をついていないオーナーがステージを向いて立っていた。よく見れば、俺達が登ってきたブースは音響やら照明やらを調整する所で、色んなツマミがついたよくわからない機械が並んでいる。
ヤバい。そう思った時には、オーナーとばっちり目があってしまった。
ところがオーナーは俺達を一瞥したかと思うと、特に何も言わずにまたステージの方に向き直った。
その口角が僅かに上がっているのを俺は見逃さなかった。
▲▽▲▽▲
日中からは幾らか気温が下がった夕暮れ時。涼しくなる外気とは対照的に、俺の体温は未だ熱が退く気配を見せない。
あの演奏を見てからというもの、俺の中で言いようのない高揚感がふつふつと湧き上がっている。
耳に残って離れないギターの音色。その言葉通りに音に色があるとするなら、白。
純白のギターから奏でられるそれは、まるで冬の朝の羽毛布団のように聴く者を惹き付けて離さない優しい白。或いは、暗闇の中を真っ直ぐに照らす道標のような眩しく光り輝く白。
──これだ。
ライブを見て、そう直感した。
この世界に転生して、充実した日々を過ごしていた。つぐみと、みんなと、この世界と正面から向き合うと決めたあの冬の日からというもの、更に生活に幸福を享受するようになった。
けれど、満ち足りているかと問われれば、素直に首を縦には振れなかった。どこか足りないものがあった。
今日のライブが、あのサイリウムの光の海が、あのギターが、そんな俺の心の隙間を埋めてくれたような、そんな感じがした。
世界が色づいて見える。そんな表現では足りないくらい、あの瞬間から俺の中のなにかが変わった。こんなに夕焼けのオレンジは鮮やかだったっけとか、こんなに何気ない日常にも色彩で溢れかえっていたのかとか。
そして俺自身にも変化が感じられた。
──ギターがしたい。
俺も、あのギタリストみたいな聴く者全てを惹き付けるような、暗闇を揺蕩う者を導く灯台のような。そんな音色を奏でたい。
そんな事を考えながら歩く帰り道。オーナーに何か言われる前にこっそりライブハウスを出てこっち、三人とも会話らしい会話をせずに歩いていた。
「…ねえ、お兄ちゃん」
「…んあ」
そんな沈黙の中、前を沙綾と並んで歩くつぐみが振り返って尋ねてきて、俺は生返事で返す。
「バンドの演奏、とってもすごかった」
その目はスタジオにいた時から何一つ変わらない輝きに満ちている。
「ああ、そうだな。凄かった」
そう言う俺も、つぐみと同じくらいに目を輝かせている自覚がある。
「お兄ちゃんは、どれがすごかった?」
歩く速度を落として俺の隣に並んで、つぐみが聞いてくる。好きな映画を観終わった後に感想を求める時のように、好奇心を剥き出しに訊ねてくる。
「そうだな…俺はギターが凄かったかな。すげぇかっこよかった」
取り繕わずありのままの感想を述べる。時間が経つごとに、ライブを思い返すごとにギターをやりたいという欲求が高まっていく。
「沙綾ちゃんは?」
次につぐみは沙綾に話を振った。呼ばれた沙綾は速度を緩めてつぐみの隣に並ぶと、噛み締めるように答えた。
「わたしはドラムかな。最初はびっくりしたんだけど、そのうちに聞いてて楽しくなってきて、わたしもやってみたいって思った」
沙綾のその決意表明にも似た言葉を聞いて、つぐみが「わたしも、」と声を弾ませる。
「わたしも、キーボードやってみたい!あのキーボードのお姉さんがすっごい可愛くってかっこよかった!」
──きっかけ、というものは日常のどこにでもあってふとした時に訪れるもので。
それが後々に多大な影響を及ぼす事もままあって。
つぐみのその言葉を待ち望んでいたはず俺は意外にもすんなりと受け入れられた。
「そうかそうか。なら、今度一緒に楽器屋でも行ってみるか」
つぐみの頭に手を乗せ、その隣を歩く沙綾にも聞こえるように言う。二人は、より一層目を輝かせて頷いた。
その後も、三人でライブの感想を語り合っていたら、いつの間にか商店街の入り口まで来ていた。家の前まで来ると、母さんと千紘さんが店先に立っていた。
「沙綾!」
「あ、お母さん」
心配そうに沙綾に呼ぶ千紘さんに対して沙綾は迷子になっていた事なんて忘れていたのかまるで偶然そこで会ったかのようにケロッとしていて、家を飛び出した罪悪感とかは二の次になっていた。
「ご、ごめんなさい」
でも、千紘さんのその表情で自分が犯した罪を思い出して、少しバツが悪そうに謝る。
「無事でよかったっ……!」
しゃがんで、キツく沙綾を抱き締める千紘さんを見て、そう言えばそうだった、と俺も今頃になって今日起こった出来事について思い返していた。チラリと横を見ると、つぐみは「あ、そう言えばそうだったっけ」と口に出してた。それくらいライブの衝撃が凄かったんだ。仕方ない仕方ない。
「あ、あう…」
ほら、沙綾だって母親との温度差についていけずに戸惑ってんだから。仕方ない。つか、千紘さん早く離してくださいよ。沙綾苦しんでますよ。
「斗真君、今日は本当にありがとうね。助かったわ」
別れ際、千紘さんが改まってそう言ってきた。同時に、「これ、お礼ね」と、袋いっぱいに詰まったやまぶきベーカリー焼きたてのパンを差し出してきた。受け取ると、仄かに暖かいビニール袋の中から放たれる強烈なまでのパンの香りが鼻腔を刺激する。
「あ、いや。気にしないでください」
「ふふっ、謙遜しちゃって。…また沙綾をお願いね」
言うと、沙綾と仲良く手を繋いで自分達の家へと帰っていった。
沙綾が千紘さんに今日のライブの事を嬉嬉として話しているのが、夕風に乗って聞こえてきた。
…あれ、今思ったんだけど、これって沙綾がパンガールからドラムパンガールになるきっかけになるんじゃ……。
死神さんが言っていたのはこういう事かと思いながら、俺達も、家に戻る事にした。窓ガラスから店の中を見ると、父さんが後片付けと明日の仕込みをしていた。本当は今日は店を手伝うつもりだったんだけれど、後で謝っておこう。
「ねぇねえお母さん、わたしキーボードやりたい!」
店先から家の玄関まで歩く少しの間、つぐみが母さんの服の裾を引っ張って楽しそうに話している。
ふと、思った。
つぐみの本当のピアノを始めるきっかけってなんだったんだろう、と。
まぁ、それを知った所で生きている世界が違う訳だからどうと言う事も無いけれど。
それでもこの世界では俺がきっかけを作ったという事になる訳で。
「計画通り」とどっかのセカンドチルドレンみたくしたり顔で言えはしないけれど、思わぬ形で俺の目標達成への足がかりになった、と思う。
それで、また考えた。
もし、俺があの時SPACEのチラシを見つけなかったら。危険を犯してまでスタジオに入らなかったら。
たらればはあまり好きではないけれど、ついそんな事を考えてしまう。
人生は選択の積み重ねと言うけれど、なるほど確かにその通りだ。
ならばその選択の繰り返しで得られたこの結果を今はただ享受すべきではないか。つぐみがキーボードをやりたいと言うならそれはそれだし、何なら俺も今日の夜に両親にギターをねだるつもりだ。
そんな益体も無い自問自答をつらつらとしていると、前をつぐみと歩く母さんが振り返って言ってきた。
「ねえ斗真。私のレディーボーデンは?」
17話でした。
ぶっちゃけ沙綾が家出した日と同じ日だった事を忘れていたのはここだけの話です。
という訳であと数話で小学生編を完結させたいと思っています。
…終わればいいんですけどね。
では、また18話で。