転生してみませんか? 作:RyuRyu(元sonicover)
ゆで卵は半熟派、どうもRyuRyuです。
今回も少し短いです。
味付けはマヨネーズが鉄板。本編です。
時の流れというものは不思議なもので、誰しも平等に同じ分だけ与えられているというのに、当人が感じる体感時間は状況によって変化する事が多々ある。
例えば、自分が好きな事をしていれば時間が経つのは早く感じるし、自分が楽しくないと思うものに対しては長く感じる。
物事に集中していればあっという間に時間は過ぎるし、意識が散漫としていれば時計の針が亀の歩みかの如く感じる。
然るに、自分の欲求に従順であればあるだけ時間の進みは早く感じるという事になる。
ならば、俺が牛込ゆりと文化祭に向けて費やしたこの二ヶ月は俺の欲求を過不足無く満たしたと言える。
てな訳で、迎えた文化祭二日目。俺と牛込のバンドの初ライブの日である。
思えば、この二ヶ月いろいろあった。
文化祭でライブするとか息巻いていながら、期日までに生徒会に参加申請していなかった
最後に関しては何やってんだ俺としか言いようが無いけれど、何はともあれいろいろと詰まった二ヶ月は一言で言うならやっぱり、「楽しかった」と断言できる二ヶ月だった。
△▼△▼△
中高一貫の羽丘学園、その講堂。
吹奏楽のコンテストも行われる程の立派なステージでは現在、上級生による演劇『ロミ男とジュリ江』がクライマックスを迎えようとしていた。
言わずもがな原作はかのシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』。脚本を悲劇から喜劇調に変え、世界観を現代風に設定する事で観客の反応は上々だ。
その舞台袖、あちらこちらで実行委員の舞台担当が忙しなく動き回る中で俺は隅の方で、「この劇の脚本書いた人のセンスヤバすぎ」とかしょうもない事を考えながら愛用のギターのチューニングをしている。
この劇が終われば、あと五分もせずに俺と牛込のライブが始まる。
だと言うのに、俺の心の中は、まるで凪の様に静まり返っていた。
理由は俺にもわからない。
隣に座る牛込がガチガチに緊張しているから、その反動で俺の緊張が薄れたのか、そもそも俺自身の神経が図太くなったのか、どうなのか。
それでも、初ライブを目前に控えて、ただ、すんなりと俺はその現実を受け入れるだけだった。
「いよいよだな」
「う、うん。そうだね……」
「……緊張してんのか?」
「ま、まあね……。羽沢君はどうなの……?」
「俺は……、なんでか知らないけど全く緊張してないんだよ。ホントになんでかわかんないけど」
「何それ。変なの」
横で牛込がクスリと笑った。表情も少しは緩くなっただろうか、そうであったらいいなと思いながら独り言の様に呟く。
「ま、気楽にやろうぜ。あんまり緊張しすぎて指が動かなくなったら本末転倒だし、何より楽しまなきゃ損だろ」
「……うん。そうだね。ありがとう」
「気にすんな。さ、行こうぜ。妹に見せたいんだろ」
「うんっ!」
元気よく頷く牛込を見て、俺は「もう大丈夫だ」と根拠の無い確信を得た。
まあ、二ヶ月練習したんだ。牛込も最初と比べて格段に上達したし、もちろん俺も自信を持って演奏できるくらいにはこの日の為に仕上げてきた。
──だから、まあ、大丈夫だろ。
『ロミ男とジュリ江』の公演を終えた上級生が舞台袖に戻ってきた。
笑う人、安堵する人、感極まる人。色々な表情をしているけれど、皆一様に達成感をその顔に浮かべている。
その集団とすれ違って俺と牛込は緞帳が降りた舞台上に立った。
少しだけ弾いてみて正しく音が出ているのを確認する。
特に問題はなさそう。横で同じ事をしていた牛込もこちらにサムズアップ。
一つ頷いて、俺は目前に広がるえんじ色の緞帳の向こうにいる多くの観客を思い浮かべた。
高まる高揚感と緊張感。
思い出すのは、初めてギターに出会ったあのステージ。
純白のギターを掻き鳴らすあの
見る側から演る側へ。
魅せられる者から魅せる者へ。
──少しは、貴女に近づけたかな?
そんな俺の想いは開演のブザーによってかき消された。
少しずつ、幕が上がる。
ステージライトの眩い明かりも目に慣れて、観客席の隅々まで見渡す。
……あ、つぐみと目が合った。
軽く微笑みかけると、つぐみはニッコリ笑って口パクで何か言ってきた。
「がんばって」
妹に応援されて頑張らないなんて兄失格だ。
今日はつぐみの他にも夕弦も蘭も、リサもこころも花園も来ている。半端な演奏なんかしたら俺が許せない。
──という事で、お兄ちゃん頑張っちゃうぞっ。
△▼△▼△
「ねえ羽沢君、放課後空いてる? 皆でカラオケでもどうかなって」
「ん? あぁ⋯⋯ごめん。今日は用事があって」
「斗真君! 音楽室まで一緒に行こうよ」
「え、いいけど」
「斗真、昼サッカーやろうぜ」
「え、やだよ。疲れるだけだし」
「なあ羽沢氏、週末空いてるか? 池袋でイベントがあるんだけど」
「マジか。何時がいい」
文化祭ライブを経て、こんな感じで俺に話しかける人が増えた。
有り体に言えば、人気者になった。
今まで会話も交わした事も無いクラスメイトからカラオケのお誘いだったり。
廊下を歩いても向けられる視線が増えたし、果ては高等部の先輩からもデートに誘われたり。
その度に降り注ぐのは女子の黄色い視線と男子の怨嗟の籠った視線と、「ハーレムだー」と叫び回る佐藤。
つか佐藤。おい佐藤。降り注ぐな佐藤。
てな訳で、望まずに人気者になってしまった俺だが、人気者になったはなったでそれなりに気苦労が絶えない。
なんだかんだ話しかけてくる人の機嫌を損ねない様に言葉も選ばなければならないし、そもそも他人と会話をしなくてはならない。
今までは思った事を言い合える
そして、人気者になった弊害はこういう所にも──。
「……なぁ、なんでお前が呼び出されたのかわかるか?」
「いいえ。全く」
放課後の校舎裏。教室で帰り支度をしていた俺を呼び出したのは中三の先輩だった。
言われるがままに付いていくと先輩の友人であろう何人かに壁際に追い込まれ、唐突によく分からない質問をされた。
先輩の質問に正直に答えたつもりが、却って先輩を刺激してしまったみたいでこめかみに青筋を浮かべている。
「調子乗んじゃねぇよ」
「……え?」
「たかだかギターが弾けるくらいで調子に乗りやがって。少しは分を弁えろよ」
「……あ、あの」
「あ?」
「先輩がさっきから何が言いたいのかよく分からないんですけど」
「てめェ……!」
気がついたら先輩に胸ぐらを掴まれて校舎の壁に叩きつけられていた。
解せぬ。
そう思ったのが表情に出てたのか、先輩は今にも殴りかからんとばかりに拳に力をこめる。
「さっきからムカつくんだよ……先輩命令だ。一発殴らせろ」
「は? ──ぐっ……!」
反論の余地も無しに右頬に激痛が奔る。地面に打ち付けられた俺に先輩は吐き捨てる様に一言、
「今度また調子こいてたら……分かってるよな?」
蔑みの眼差しでそう言って去って行った。
「……」
地面に仰向けになって思う。
……ああ、なんて理不尽なんだろう。
別に人気者になりたいからギターを始めた訳ではないし、チヤホヤされたいから牛込とバンドを組んで文化祭に出た訳でもない。
だのに、周りは俺を持て囃し、結果的に人気者に祭り上げられた。
その顛末がこれだ。理不尽としか言い様がない。
校舎裏で俺を殴ったってクラスメイトが俺に話しかけるのは変わらないし、女の先輩からの週末のデートのお誘いも無くなる訳ではないというのに。
ただ、あの先輩の憂さ晴らしの為に俺が殴られた。
理不尽ここに極まれり、だ。
「はぁ〜……っ
満足に溜息もつけない。事なかれ主義が聞いて呆れる。
のそのそと立ち上がって、制服についた土埃を払う。
雲は重く立ち込み、今にも降り出しそう。
ジンジンと右頬の痛みがこれでもかと俺に訴えかけてくる。
お前は人気者になるべきではない、と。
足取り重く、教室へ戻る。……ああ、雨が降ってきた。傘持ってきてないし。
……ああ、やっぱり理不尽だ。
27話でした。
ついに斗真君がチヤホヤされる時が来ました。来てしまいました。
いやぁ、なるべくなら香澄がキラキラドキドキするギリギリまでチヤホヤされないようにしたかったんですけどねぇ。
感想、意見、質問お待ちしております。
ではまた28話で。