転生してみませんか?   作:RyuRyu(元sonicover)

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こんにちは。

Ipadの有用さに戦慄が止まらない、どうもRyuRyuです。

この前書きIPadを使って書いているのですが、やっぱ画面がでかいっていいですなぁ。
これまでスマホ使って書いていた者からすれば革命級の使いやすさだと個人的に思います。

と、言うわけで、後編です。本編です。


39話 邂逅、そして──(後編)

「またねー! こころお姉ちゃん」

 

「ええ! また会いましょうアキラ!」

 

 昼下がりの公園にこころとアキラくんの声が響き渡る。暑さにも、セミの音にも負けないその声に思わず笑みが零れた。

 

 アキラくんの一家は最近、この街に引っ越してきたらしく、未だこの街に対する土地勘だとかそういうものを持っていなかったという。成程確かに、アキラ君と再会した時の母親の今にも泣きだしそうな表情にも納得がいく。未知の街で我が子とはぐれた時の心細さと押しつぶされそうな程の不安な気持ちは想像に難くない。

 と、言うのは親子と別れた後に死神さんから聞いた話なのだけれど、そこまで聞いて俺はあることを今更ながらに思い出した。

 俺も、幼い頃、ちょうどアキラくんと同じ年の頃、同じ商店街で母親とはぐれた事がある。当時の俺はその時からかなり冷めた性格をしていて、はぐれたと悟った瞬間に真っ先に家に帰って母さんが帰ってくるのを待ってたんだっけ。それで、見事に行き違って結局夕方になってヘロヘロになって帰ってきた母さんを呑気にお茶飲んで出迎えたらめちゃくちゃ怒られた。

 怒られて、呆れられて、それで最後に「心配した」って抱きしめられて。

 あの時の母さんの心臓の鼓動と湿った声は何十年経った今でも思い出す事ができる。正直、どうして今まで忘れていたのかがわからないくらいに。

 あの頃から俺は母さんに何かしてあげれただろうか。何を残せただろうか。

 手を繋いで去っていく親子の後ろ姿が在りし日の自分に重なって見えた。

 

「⋯⋯母さん」

 

「お兄ちゃん⋯⋯?」

 

 つぐみが俺を見る。知らずに口にしていたのを聞かれていたのか。

 

「ん、どうした」

 

「⋯⋯ううん、なんでもない」

 

「⋯⋯そっか」

 

 つぐみの見せる小さな気遣いに内心感謝しながら返す。我ながらよくできた妹だ。

 

「さて、これからどうしましょうか。斗真君はどこか行きたい所とか、あるかい?」

 

 パン、と一つ死神さんが手を鳴らして俺に水を向ける。ここでこころに聞かない辺り、やっぱり俺の考えている事なんてお見通しなのだろう。

 

「まあ、はい。行ってみたいと思う所はあります」

 

「それじゃあ、そこに行ってみようか。つぐみちゃん、お嬢様、それでよろしいでしょうか」

 

「ええ、構わないわ」

 

「は、はい! 大丈夫です」

 

 二人からも賛同を得た事で、死神さんが俺たちを車へと促す。二人に挟まれる様にして後部座席に座ると、ちょうど死神さんが運転席に座る所だった。

 

「しに⋯⋯田中さん」

 

「? どうしたの、斗真君」

 

 運転席でバックミラーを確認しながら死神さんが聞き返してくる。

 

「あの、ありがとうございます」

 

「⋯⋯うん。どういたしまして」

 

 ミラー越しに微笑みかけられて、やっぱりこの人には敵わないなと改めて思った。

 

 

 

 

 ▽▲▽▲▽

 

 

 

 

 それから、町中を前世の記憶を頼りに巡った。

 小学校、中学校、高校、よく友達と遊んだ公園、海辺の秘密基地、受験勉強でよく使った喫茶店からかつての我が家まで。

 結論から言えば、この街の街並みは記憶の中の街並みと寸分たりとも違わずにそこにあった。

 もちろんその中に酒井斗真()がいた痕跡などあるはずも無く、その事にどこか安心した自分もいれば、言い様の無い虚無感を感じた自分もいて。

 複雑な心境のまま俺は最後の目的地、街を見下ろす事のできる高台の広場にやって来た。

 

「うわぁ……きれい……」

 

 昼間俺達をこれでもかと照らした太陽は、ゆっくりとその身を水平線の向こうへ沈もうとしている。

 赤々と燃える様に沈む光に照らされた海がキラキラとオレンジ色のサイリウムみたいに揺れている。茜色に染まる街が一日の終わりを告げ、夜に備えているかの様にも見えた。

 隣で声をあげるつぐみの目にはこの景色がどう映っているのだろう。

 何も言わずに見蕩れているこころはこの景色を見て何を思うのだろう。

 少なくとも、何か否定的な感情がある訳ではない事は確かだ。そう思いたい。

 

 前世の俺は、何かあると決まってこの場所から夕日を見ていた。

 友達とケンカした日も、入学式や、卒業式、センター試験の前の日にも、この街を離れるその日にも。

 いい事があっても嫌な事があっても、ここから見える夕日や海や街並みが俺の全てを受け容れてくれている様な気がして。

 夕日に決意を固める日もあれば、海が洗い流してくれる日もあった。

 だから、今俺の中にあるこの想いはきっと両方だろう。

 ──この半月の間ずっと探していた答えが見つかって。

 ──あの親子を見送ってから、忘れていた母の優しさを思い出してからこっち、ずっと胸の中に得体の知れぬ靄の正体も。

 

 ふと、両親の顔が浮かんだ。

 

 羽沢家のではなくて、前世の、酒井斗真の両親の顔が脳裏に蘇るように浮かんできた。

 俺は一度死んで、転生した身だ。

 だけど、それは本当に俺自身が望んだ事だっただろうか。……否。

 結局、俺は両親に何もしてあげられなかった。

 ──始めて訪れた、もうどうする事もできない後悔。

 悔やんでも、死んでも悔やみきれないただ一つの後悔──未練。

 そんな未練も、この海が全てを受け容れて、包み込んで、跡形もなく消し去ってくれる様な気がして。

 ──でも、それじゃあダメだと待ったをかける自分もいる。

 身勝手で、無責任で、理不尽なその未練はずっと抱え続けなければならない罪なのだから。

 俺がこの先、羽沢斗真()として生きていくための、背負わなくてはならない十字架なのだから。

 

 ──だから俺は夕日に決意する。

 

 もう、自分の道を違えない。

 歩むべき道を迷わない。

 そして、羽沢斗真()酒井斗真()である事を絶対に見失わない。

 

「いい景色ね、斗真」

 

 こころが俺を見て言う。ここが俺のお気に入りの場所だという事を感づいたのだろう、いつも見る、満面の笑みで称賛を送る。かわいい。

 自分の誇るものを褒められるのは、やっぱり嬉しいわけで。

 

「⋯⋯ああ、そうだろ」

 

 いつの間にか太陽はもう光の残滓を残すのみとなり、反対の空には藍色が広がりつつある。

 いつもは寂しいと思うはずの光景も、今はなんだか清々しい気持ちで見ることができた。

 

「⋯⋯それじゃあ、そろそろ行こうか」

 

 両脇を固める二人に言う。……あれ、俺っていつから侍らせる様になったっけ? しかもJS(女子小学生)。事案かな? 事案ってなんだっけ(←すっとぼけ)。

 さっきからちらほらと受ける地元住民の訝しげな視線を背に時計を確認すると、死神さんが言ってたライブの時間がそろそろ迫っている。

 通報されないうちに俺は二人を引き連れ、車で待つ死神さんの元へと向かった。

 

 

 

 

 △▼△▼△

 

 

 

 

 駅前商店街の表通りから二本くらい裏に入った路地。その片隅に、目当てのライブハウスはあった。建物の前には開場を今かと待ち侘びる観客が人だかりを形成し、独特の熱気を作り出している。

 

「みんな、こっちだよ」

 

 その熱気に軽く圧されていると、死神さんが隣の雑居ビルを指して言う。

 言われるがまま建物内にはいり、地下へと続く階段を下り、暫く歩くと件のライブハウスのロビーに着いていた。建物同士が地下で繋がってるとか何その構造カッコよい。

 

「お待ちしておりました。弦巻様」

 

 恭しい態度でお辞儀をしたスキンヘッドのおじさんはこのライブハウスのオーナーで、こころパパの高校の同級生だったんだとか。

 

「もうまもなくライブが始まります。こちらへ」

 

 オーナーさんに促されライブハウス独特の分厚い扉を押し開けると、そこには何度感じても飽きる事の無い、ハコ全体を覆う熱気と熱狂。

 観客が熱を送る先、ステージ上で演奏するギタリストの姿を見て、俺は今日一番で驚いた。

 

「お兄ちゃん、あの人って……」

 

 つぐみも気づいたみたいで呆然とした声で聞いてくる。

 それに言葉を返す余裕すら、今の俺には無かった。

 忘れない。忘れるはずのない、あの白いギター。

 俺が、ギターを始めるきっかけになった、名前も知らないギタリスト。

 長い黒髪を揺らして音を紡ぐ彼女に、俺は三年ぶりに再会した。

 

 

 

 気がついたら、ライブが終わっていた。

 ステージ上の照明は消え、周りにいた観客もまばらになっている。

 

「斗真君」

 

 呼ぶ声のする方を見ると、ステージの袖から死神さんがこちらに手招きしていた。

 呼ばれるがままについて行くと、どうやらバックヤードの様で忙しそうに駆け回るスタッフや、演奏の感想を語り合うバンドマンなどで雑然としていた。その中でも死神さんが連れてきたのは、その隅の方、一般的に楽屋と呼ばれる扉の前だった。

 その扉を、死神さんがノックする。

 

「渋谷さん、連れてきたよ」

 

「あ、はーい」

 

 向こう側からくぐもった返事が聞こえ、扉が開けられる。ふわりと香る制汗剤の匂いと共に姿を現したのは、ついさっきまでステージ上でギターを弾いていたあの女の人だった。

 

「君が羽沢斗真君ね。こんばんは」

 

「⋯⋯」

 

 傾国傾城、仙姿玉質、容姿端麗。知っている四字熟語を並べてみたけれど、きっと、「絶世の美女」とは彼女の事を言うのだろう。それ程までに、渋谷という女性は美しかった。

 俺がギターを始めるきっかけとなった、日常に彩りを与えてくれた女性(ひと)を前に、俺はというと、

 

「あっ、ひゃっ、はい。こんびゃんわ! 羽じゃわ斗真でぢっ」

 

「お、お兄ちゃん!?」

 

 これ以上ない程に、バッキバキに緊張していた。

 ……舌噛んだ。痛ぃ……。

 

 

 

 

 △▼△▼△

 

 

 

 

「ふぅん。それで羽沢君はギターをね……。嬉しいというか、なんと言うか……」

 

 羞恥に顔を染めた俺を憧れのギタリスト、渋谷美香さんは快く楽屋へ招き入れてくれた。これだけで既にしにたい案件なのだけれど、一息ついて落ち着いてから、俺がギターを始めた理由を話し始めると止まらなくなって言わなくてもいい事まで言ってしまうという、典型的なオタクの症状に見舞われて更にしにたくなった。

 そんな俺の気持ち悪い告白を苦笑いしながらもしっかりと最後まで聞いてくれて、渋谷さんマジ天使。いや、女神か。天使はつぐみだし。つか、そのつぐみも俺の話に途中から冷たい目を向けていた気がする。……気のせいだよね、気のせいだと信じたい。最近特に俺に対する当たりが辛辣なんだが、兄離れにはまだ十年くらい早いとお兄ちゃんは思うな! 

 

 閑話休題(それはさておき)

 

「ほら、斗真君。聞きたい事とかあるんじゃないの?」

 

 横合いから死神さんが肘で小突いてきた。そういえば、死神さんはなんで俺を渋谷さんに会わせたのだろう。俺の思う事なんか見透かしている死神さんのことだから、何か考えがあっての事だとは思うけれど……。

 っと、何か聞きたい事……あ、そうだ。

 

「えっと、渋谷さんってどうしてあの日にSPACEにいたんですか」

 

 隣で死神さんが「そっち聞くか」みたいな顔をした。べ、別にいいじゃないか。聞きたい事なんだから。

 渋谷さんは「それはねー」と前置いて、

 

「あそこのオーナー……都築さんとは前に少しだけお世話になったのよ。その縁もあってSPACEのこけら落としに出てみないかって都築さんに誘われたの。私としても、女性向けに門戸を開くことには賛成だったしね」

 

「へぇ、そうだったんだね。渋谷さんと都築さんが知り合いだったとは……じゃなくて斗真君、他にあるでしょ。聞きたい事」

 

 そう言われても。他に聞きたい事と言えば……。

 うーんうーんと頭を捻る俺を見て、死神さんは焦れったくなったのか自分から話し出した。

 

「渋谷さん。実は彼、その都築さんからイギリスにギター留学を勧められているんです。ここ半月くらい悩んで、彼としては答えが一つに固まった様なんですけど、渋谷さんから見てどう思いますか」

 

「あ、それ聞きます?」

 

「それしか無いでしょ……何の為に君を連れてきたと思ってるのさ」

 

 呆れ混じりに死神さんに言われた。

 

「いや、だって初対面の人にいきなり『僕、留学したいんです』とか言っても困るだけでしょ」

 

「そんな事もあろうかと、事前に渋谷さんに君の演奏を4Kで見てもらったから大丈夫だよ」

 

「何を根拠にそんな自信持ってんだよ……つか、4Kって。そこの画質にこだわる必要ある?」

 

「ふふっ」

 

 俺と死神さんのやり取りを見て、渋谷さんが小さく笑う。その上品さと淑やかさに見惚れかけていると、つぐみとこころに両脇から突かれた。

 ちょっと何二人とも、そんなほっぺた膨らませて。可愛くて思わず昇天しかけたじゃあないか。

 

「……」

 

 ぷひゅ。

 

「みゅ」

 

「にゅ。……お兄ちゃん? 

 

 片側からドスの効いた声で呼ばれた。怖い。怖いよつぐみちゃんハイライト戻して。

 小五らしからぬ声音に軽く怯えてたら、その様子を見ていた渋谷さんがまた小さく笑った。

 

「そうですね。羽沢君なら大丈夫だと思います」

 

「……え?」

 

 あまりにもあっさりと言ったものだから思わず聞き返してしまう。

 そんな俺の顔を見て、渋谷さんは微笑みながら続けた。

 

「田中さんから送られてきた映像を見ても、羽沢君の技術は充分に高い水準にあると思うし、イギリスでも通用するんじゃないかな。それに──」

 

 そして、渋谷さんは刹那、どこか遠くを見るような目をした。でもそれはほんの一瞬だけで、俺の目を見据え、凛とした声で渋谷さんは言った。

 

「──君には、君の演奏には、観ている人を楽しませる力がある。都築さんは、その辺も見抜いていたんじゃないのかな」

 

「……人を、楽しませる」

 

 渋谷さんの言葉を反芻する。ギターを始めて以来、初めて告げられた事に。それに、憧れの人からの評価に驚きもあったけれど、やっぱり嬉しかった。

 

「ええ。それは誰にでもあるようなものではないの。……正直ちょっと嫉妬したわ。私にはそんな力、無いから」

 

「そんな事無いです!」

 

 彼女の初めて見せる何かを悔いる様な表情に、気づいたら声を張り上げてしまっていた。

 皆が驚いた顔で俺を見る。場を満たす気まずさに情けなく頬を掻く。

 

「……えっと、その……」

 

「……ふふっ、ごめんなさいね」

 

「……え?」

 

「こんな話、ファンの前でする様な事じゃなかったわね。増してや、私の演奏を見てギターを始めた子に……。だから、この話はおしまい、ね?」

 

「は、はい……」

 

 ウインク一つも様になる渋谷さんに言いくるめられた気もしないでもないけれど、頷き、了承した。

 

「とにかく、私は羽沢君がイギリスに行くのは賛成よ。そりゃあ、単身で留学っていうのは辛いし、心細い思いもする事もあるでしょうけど、自分のしたい事に嘘はつきたくない、そうでしょ?」

 

「それは……まあ、はい」

 

「なら、そうしなさい。例え失敗しても、君はまだ若いんだから、幾らでもやり直しは効くの。『少年よ、大使を抱け』なんて、昔の偉い人も言ってたんだし」

 

「……はい」

 

 諭す様なその言葉は俺の中にストンと落ち、じんわりと溶け込んでいった。

 

「あ、あの……!」

 

 横でつぐみが躊躇いながらも声をあげた。その瞳には涙を浮かべている。

 

「お、お兄ちゃんはその……まだイギリスに行くとは決めてなくて……。わ、わたしは、……わた、し……は」

 

 つぐみの訴えは、最後は嗚咽に変わり、すすり泣く声がまるでボディーブローの様に俺にのしかかる。

 恐らく、つぐみの最後の抵抗。胸のうちに蟠る複雑な心境が涙となってつぐみの頬を伝う。

 自分のやりたい事というのは、往々にして他の誰かの想いを犠牲にする。

 なんて我儘で、傲慢だろう。

 つぐみになんと声をかければいいのかわからずに情けなく黙っていると、渋谷さんがつぐみと目線の高さまで屈み、ニコリと微笑んで、

 

「つぐみちゃんは今、やりたい事ってある?」

 

「やりたい事……」

 

 少し考えて、つぐみが首を横に振る。

 

「斗真君は、そのやりたい事を見つけた所なの。だから、つぐみちゃんは、今は我慢。いつかつぐみちゃんがやりたい事を見つけた時に、お兄ちゃんに精一杯応援してもらえるように、ね」

 

「わたしの、やりたい事……?」

 

「そう。斗真君も、つぐみちゃんの事応援してくれるでしょ?」

 

「はい。もちろんです」

 

 即答した。その問いは俺にとっては愚問というもので、妹がチャレンジしてみたい事、挑戦してみたいものには全身全霊で応援するのが俺の勤めだし、兄の義務でもある。

 ただし、つぐみが彼氏を連れてきた時は別だ。父さんと一緒に断固反対する所存。

 

「これは、お姉さんからのお願い」

 

 慈愛の笑みを浮かべて、渋谷さんはつぐみの両手を取った。つぐみも、渋谷さんの澄んだ瞳に吸い込まれるかの様にじっと、彼女を見つめる。

 

「つぐみちゃんも、斗真君のことを応援して欲しいの。『頑張って』って、そう思ってもらえるだけで、何倍も頑張れちゃうのよ。だから、ね?」

 

「……うん」

 

 逡巡の後、小さく頷いたつぐみに、渋谷さんが「よくできました」と頭を一撫でする。

 ……なんだか、ぐずる妹をあやす年の離れた姉みたいに見えるのも、きっと渋谷さんが何をしても様になるからだと思いたい。そうじゃないと兄としてのアイデンティティが損なわれそうで泣ける。

 

「お兄ちゃん。……頑張って」

 

「……おう」

 

 だから俺もつぐみの頭をわしゃわしゃと、いつものように撫でる。決して渋谷さんと張り合っている訳じゃない。あ、つぐみが擽ったそうに笑ってる。かわいい。

 

「あたしも斗真を応援するわ! 頑張れー、斗真!」

 

「お、おう。ありがとな、こころ」

 

「ん、……ん!」

 

「……え、何。撫でろと?」

 

「ええ!」

 

「お、おう」

 

 ムフーと息を吐くこころを見て渋谷さんが破顔する。

 

「ふふっ、仲が良いわね。君たちは」

 

 その眼差しはいつかを懐かしむ様な、そんな優しさを含んだものに見えた。

 

「そりゃまあ、お嬢様の初めての友達だし。……渋谷さんもお嬢様と友達になってもいいんですよ?」

 

「そんな、私なんてただのバンドウーマンですよ。それに、私じゃあ田中さんみたいにこころちゃんについていけないですし」

 

「そんな事言うなら、僕だってお嬢様のバイタリティには敵わないよ。前とは違って運動能力も落ちてるんだし」

 

「そうですか? よく聞きますよ。あいつの力はチートじみてるって」

 

「そんな事誰が……ああ、あいつか。今度会ったら覚えとけ」

 

「…………?」

 

 やけに親しげに話す二人を見てふと、疑問に思う。

 

「あの、二人は以前から知り合いだったんですか?」

 

「あ、……うん、そうだよ。まだ斗真君には言ってなかったっけ」

 

「はい。何も」

 

「僕と渋谷さんは昔からの顔馴染みなんだ。僕が上司で渋谷さんが部下」

 

「へぇ、そうだったんですね…………え? 上司……部下?」

 

 死神さんの言葉に違和感を感じて、改めて二人を観察する。

 どちらも見た目は、同じような年齢に見える。まあ、死神さんはそう見せてるだけだけど。

 次に経歴を思い返してみる。渋谷さんはわからないから死神さんのを。

 俺がこの世界に転生した時に一緒に大学生として来た、と彼から聞いた。それで、アルバイトをしながら俺の監視と支援をして、確か俺が小三の頃くらいに弦巻家に執事として雇われた……。もし、渋谷さんと接点があるとすれば、アルバイト時代に限られる。大学の先輩後輩を上司部下とは言い表さないだろうし、……でもアルバイトでもどっちかっていうと先輩後輩が普通か。

 ……それに、今死神さんが答えた時のちょっとした間。それもなんだか気になる。

 ……って、何をそんなに俺は二人の関係を探ってんだよ。ストーカーか。

 

「さ。時間も時間だし、そろそろ僕達もお暇しようか」

 

 一つ手を叩いて死神さんが言った。時計を見れば、ここに訪れてから結構時間が経っている。

 

「そ、そうですね。そろそろ後片付けも始めないといけないし、ここら辺でお開きにしましょうか」

 

 渋谷さんのその一言で俺達は帰り支度を整え、ぞろぞろとライブハウスの外までやって来た。

 

「……では、僕達はここで」

 

「はい、またお逢いしましょう。こころちゃん、つぐみちゃんも、またね」

 

「はいっ、また」

 

「また逢いましょう!」

 

 見送りに来てくれた渋谷さんにそれぞれ挨拶を交わし、通りの方に付けてある弦巻家の車へ踵を返す。

 

「斗真くん」

 

 最後尾にいる俺に向かって渋谷さんが声をかけてきた。

 振り返ると、彼女の瞳が俺を射抜く様に見つめている。人気の無くなった薄暗い裏路地の中でも彼女の美しさは損なわれる事は無く、寧ろ彼女の周りだけが薄く光って見える様な、そんな錯覚さえ覚えた。

 

「斗真くん。改めて、頑張ってね。応援してる」

 

「……はい」

 

 憧れの人からの激励の言葉。込み上げてくる嬉しさを噛み締めながら、頷く。

 

「うん、よし」

 

 決意に満ちた返事を聞いて満足したのか、渋谷さんは歩み寄ってくると、俺の頭にその手を乗せた。

 

「え、あ、あの……」

 

 美人のお姉さんに頭ポンポンされて戸惑っていると、その様子を見て面白くした渋谷さんは俺の耳に桜色の唇を近づけて囁いた。

 

「頑張って。応援してるよ────()()()()くん」

 

「──!?」

 

 脳に染み渡る様な甘い囁きが俺の耳朶を打つ。

 ふわりと石けんの香りがして気がつけば、渋谷さんの姿はそこにはなく、まるで彼女が最初からそこにはいなかったかの様に思えた。

 人気の無い路地裏に吹き抜ける風は生暖かく、夏が終わるにはまだ早い事を感じさせる。

 背後でつぐみの呼ぶ声が聞こえた。鈴を転がした様な声が響く。

 ……果たしてつぐみは分かってくれただろうか。応援してくれるだろうか。そんな思いが頭をよぎる。

 振り払う様に、かつての故郷の夜空を見上げれば、温暖化の影響でくすみ、ネオンライトのせいで星すら見えない。

 でも、それがこの街の空であって、それはこれからも変わることは無い。兄妹の絆というやつも、夕弦達との縁というやつも、これからも変わることは無いとそう思いたい、そう信じたい。

 あの高台の景色に思いを馳せて、俺はそう願った。

 




39話でした。

……ごめんなさい。あと少しだけ続きます。
次回で一応一区切りと考えているので、もう少しだけお付き合いくださいませ。

感想、高評価、お気に入りに登録よろしくお願いします。

ではまた40話で。
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