ロミーVer.1:第1部-藤原Sisters   作:松村順

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第7話

 6年目が始まった。その日か次の日か,神経内科の教授に呼び止められた。

「藤原君のお姉さんは実家で研修するそうだね。君もそのつもりかい?」

「いえ,わたしは・・・・まだ決めてません」

「じゃあ,大学に残るつもりなのかな。まだ決めていないのなら,神経内科に来ないかね?」

「あっ,いや,わたしは・・・・」

「まあ,この場で答えなくてもいいよ。その気があれば,いつでも医局に来たまえ」

 ボクは気が重くなった。これから,いろんな教授たちからこんなスカウトをされるようになるのかな。1年目の時,Early exposureした病理学の教授から誘われた時と違って,もう「鬼が気絶する」どころか「鬼が笑う」こともない,真剣なスカウト。どうやってかわせばいいんだろう。「大学に残るつもりはありません」と答えれば,「どこの市中病院で研修するつもりだ?」と聞き返されるだろうし,そもそも研修を受けるつもりがないと言えば,もっと面倒なことになりそう。結局,「まだ決めてません」と受け流すのが一番いいのかな・・・・。

 こんなことがあっても,毎日のベッドサイド実習はおもしろかった。ほぼ1ヶ月ずつ各科を回る。科によって,外来中心のこともあれば,病棟で特定の入院患者さんを「受持ち」として担当することもある。患者さんを受持つ時は,毎日1回は病室を訪れるようにしていた。すると患者さんも親しんでくれて,教授や主治医より学生の方が気楽に話しやすいのか,いろんなことを質問された。自分の状態に関することも,それとは直接関係のない一般的な質問も。中には気が抜けるほど基本的な質問もある。たとえば

「『予後』って,どういう意味ですか?」

とか,渡された検査結果報告書にある「ヘマトクリット」や“MCV”という言葉の意味など。

〔患者さんはこんなことを分からないままでいることもあるんだ。でも医者に遠慮して訊けないでないでいるんだ〕と思いながら,ボクはできるだけていねいに分かりやすく説明する。もちろん,もっと具体的で専門的で,ボクもすぐその場で答えられないような質問もある。そんな時は,

「わたしもすぐに答えられません。次回までに調べてお答えします」

と返事する。それはそれで,ボクにとって貴重な勉強の機会。

 1ヶ月の実習期間が終わってボクが別の科に移ってからも,時おり病室を訪れるくらい親しくなった患者さんもいる。もっとも,そんなふうに何ヶ月も入院しているというのは,医学的には決して順調な経過をたどってはいないということなのだけど。

 

 ヒカルには頻繁に手紙を書いた。この頃,もうEメールが普及し始めていたけど,ボクは,ほかの人にはともかく,ヒカルには手紙を書き送った。もっとも,手書きではない。子供の頃から家にあったワープロ(まだPCのワープロソフトではなくワープロ専用機だった)を使い慣れていたから,ある程度長い文章を書く時はワープロを使う。でも,印刷した紙面の上の余白に手書きで

Ma chère soeur,Dear my sister,ヒカル

と書き添え,末尾にやはり手書きで

Romy,ロミー

と書き添え,手書きで宛名を書いた封筒に入れ,このために選んで買っておいたきれいな切手を貼って,封をしてポストに入れるという手間をかけるのが,好きだった。

 ヒカルは忙しいはずだから,最初に送った手紙に「ボクはこれからしょっちゅう手紙を書くと思うけど,ヒカルは毎回返事をしなくていいよ。気が向いたら返事をください」と書き添えていた。それでもヒカルは,ごく短くてもほぼ毎回返事をくれた。時には,手紙でアドバイスもしてくれた。たとえば,神経内科の教授にスカウトされたことを書いた手紙の返事には,

- そういう時は『プライマリーケアを目指してます』と答えておけばいいよ。大学病院には残らないという意志が伝わるから。もっとも,『じゃあ,実家に戻るんだな』と突っ込まれるかもしれないけど,その時は『はい』と答えておけばいい。まさか,実家に問い合わせはしないし,万が一問い合わせてきたら,ちゃんと口裏あわせてあげるから。万が一『君みたいな優秀な学生が町医者になるとは』なんてことを言われたら,堂々と論戦してもいいよ。ロミーならどんな教授が相手でも負けない -

と書いてくれた。

 ヒカルに余計な負担をかけないよう,手紙にはあまり深刻なことは書かないようにしていたけど,それでもたまには,深刻なことも書いてしまう。書きたくなることもあった。

 

- Ma chère soeur,Dear my sister,ヒカル

 5年生の冬頃,地元の病院でさじを投げられて千葉大病院を頼って入院した肺がんの患者さん,60代の女性を呼吸器内科の実習で担当していること,話したよね。結局,治癒は望めないんだけど,それを説明して自宅なり地元の病院なりに戻すのは,あからさまに死の宣告をするようなので,そのまま千葉大病院に入院し続けている。あの患者さんは藤の花が好きで,だから実習を担当する学生の名前が藤原だと知って喜んでくれた。それだけが理由じゃないけど,ボクに親しんでくれて,呼吸器内科の実習が終わった後も時々病室を訪れていたんだ。

 図書館の向こうに小さな藤棚があるのは知ってるよね。その話をしたことがある。先月のことだけど,「藤棚の花がもうじき咲きます。歩いて見に行くのが無理なら,ボクが車いすを押しますよ」って話したら,「それまで生きてられるかしらねえ」と穏やかな表情で返事された。予後をはっきりとは伝えていないけど,本人も分かっているんだね。ボクの方が,なんと返していいか戸惑ったよ。でも,それからも,外見的にはそれなりに元気だった。

 昨日,藤棚の藤のつぼみが膨らみかけているから,うれしくなって病室に行ったんだ。そしたら,意識が落とされた状態だった。ガン末期の痛みがひどくなって,深鎮静せざるを得なくなったんだね。ベッド脇に夫らしい人が座っていた。ボクはこれまで2~3度顔を合わせているけど,「藤原先生にはよくしていただいたと,申しておりました」とあいさつしてくれたよ。この時も,なんと返していいか戸惑ったよ。・・・・

Romy,ロミー -

 

ヒカルはきちんと返事を書いてくれた。

― ・・・・そういう時は,何も答えなくていい,何も言わなくていい,何も言わない方がいいの。何を言っても,言葉の軽さを痛感するだけだから。ただ,その場にいればいいの,その場にいて相手の言葉を受け止めればいいのよ。・・・・

それに続けて,こんなことも書かれていた

- お父さんはわたしに研修医としての給料を払ってくれるんだって。でも,実家で暮らすのにそんなにお金は要らないから,少しずつ仕送りしてあげるよ。それで,自分の服を買いなさい。わたしが実家に帰る時,たくさん服を持ってきてしまったから,ロミーのところにはあまり残っていないでしょう。 -

姉としての優しい心遣いなのだろうけど,ボクには「これから一人で生きていく覚悟を決めなさい」と言われているようにも響いた。

 

 梅雨の終わり頃。雨が上がった夕方,油断して傘を持たずに歩いていたら,急な雨に降られた。目の前を,傘を差した女の人が歩いている。ボクは思わず「ヒカル」と思った。印象が似ていた。ここにヒカルがいるはずはないという理性が働く前に,ボクはその人の傘に飛び込んだ。その人は驚いてボクを見る。その瞬間,ボクは〔この人がヒカルなはずはないじゃないか〕という判断を意識した。あわてて

「申し訳ありません,人違いでした」

と言って立ち去ろうとするボクに,その人は

「かまわないわ。雨に降られて困ってるんでしょう」

と答えてくれた。

「大きめの傘ですから,二人でも濡れないでしょう」

ボクは肩と肩が触れないようちょっと間を空けて歩く。

「それじゃあ,そっちの肩が濡れるでしょう。もっと寄っていいよ」

と声を掛けてくれた。まるで,ほんとうにヒカルみたいに。

 このエピソードは,ヒカルへの手紙に書き込んだ。軽い筆致で,人違いの笑い話として書いたつもりだったけど,ヒカルはボクの寂しさを読み取った。

- ・・・・ロミー,寂しい? きっと寂しいよね。これまでずっと一緒だったからね。わたしも時々,ロミーに話しかけたくなる,ロミーの声を聞きたくなる。でも,今は離れて暮らすのが正解なの。離れているから,今のわたしはロミーにこんなに優しい気持ちになれる。子供の頃のようなロミーを慈しむ気持ちがよみがえっている。5年生,6年生の頃は,見失いかけていたけど・・・・ -

 

 夏休み,ボクは実家に帰省した。この時季,九州の方が千葉より蒸し暑いけど,ヒカルと一緒に過ごす魅力の方が強かった。だからといって,ヒカルには医者としての仕事があるから,朝から晩まで一緒にいれるわけではないけど,それでも朝と晩だけでも,ヒカルと顔を合わせ,声を聞き,話しかけることができるだけで,うれしかった。父はボクの卒後のことについて何も語らない。きっと,ヒカルがそのことは話題にしないよう,あらかじめ父に話していたんだろう。

 着いた日の夜,ヒカルは自分の近況を話してくれた。

「予想どおりというか,期待通りというか,命に係わらないいろんな病気の患者さんを診てるよ」

と気楽な口調で話してから,ちょっとまじめな口調で,

「メンタル系の仕事がわたしに振られる」

と語った。

「メンタル系?」

「うん。こんな街にも,心を病む人というか,『病む』と言わないまでも心の不調を訴える人は珍しくない。でも,精神科クリニックは少ないし,あっても,人目をはばかって受診したがらない。あるいは本人がメンタルの問題だと思わず,体の不調だと思っていることも多いの。だからふだんの掛かりつけの医者に相談するわけ。相談されても,父もちょっと持て余すから,『卒業したての方が精神科のこともよく覚えているだろう』ってことで,わたしに回される」

「大丈夫?」

まじめに心配するボクに,ヒカルは苦笑いして答える。

「まあ,なんとか切り抜けている。あとで中井久夫や西丸四方の本を読み返したりしてるけど,今のところ致命的なミスはしてないみたい」

「それはよかった」

ボクがまじめな顔で安心するのを見て,ヒカルはちょっと笑った。そしてボクに尋ねた。

「ロミーは精神科には興味ないの?」

「ボク?・・・・ボクには精神科は無理だよ。人の心が分かんないんだもん。自分とは違う感受性を持ち合わせているんだろうと思うけど,一体どんな感受性なのか,さっぱり見当も付かないから・・・・」

「それを分かっているなら,相手の心に土足で踏み込むようなことはしないでしょう。そうやって相手を傷つけるようなことはないでしょう。患者に害をなさない,治せないならせめて害をなさない。医者の仕事の基本ね」

と話して,ヒカルはしばらく何か考えている。そしてボクに問いかけた。

「ロミーは基礎系に進もうとは思っていないよね,臨床を考えているよね?」

「うん。基礎系は基礎系で,研究室の中の人間関係がたいへんそうだから」

「わたしも,ロミーは臨床の仕事をする方がいいと思う。基礎系の研究者でもやっていく能力は十分持ち合わせていると思うけど,ロミーのキャラクター,ロミーのエレガンスを必要とする患者はきっといるよ。千人に一人くらいかもしれないけど,それでも東京近辺2~3千万くらいの人口があるなら,万の桁になる。1万人に一人としても,千の桁になるから。そんな人たちにとって,ロミーはOnly oneの臨床医になれると思う」

ヒカルはボクを真剣な眼差しで見つめる。それから,フッと息をついて笑みを浮かべた。

「採血は,すごく血管が見やすくて,ど素人でも失敗しないような患者さんを選んでやらせてくれている。患者さんの方から『若先生の練習台になってもいいよ』って声をかけてくれることもあるけどね。お父さんが『大切な患者さんに,無駄に痛い思いをさせるわけにはいきません』と断っている」

二人して笑った。いかにもきまじめな父らしい。

「でも,お父さん自身は練習台になってくれて,これまで何度か採血したよ。せっかく採ったんだからって,肝機能とか血糖とか脂質とかを検査している。こないだ,ちょっと変わった項目を測ろうということで,AFPとPIVKAとECAとPSAを測ったけど,異常なかった」

「異常があったら,大ごとだね」

もう一度,二人して笑った。

「そうだ,ボクが練習台になってあげるよ。明日,ボクを採血したら?」

「いいの?」

「いいよ」

ヒカルはボクの腕を手にとって血管を探す。

「お父さんより血管が細いね。難しそう」

「練習台にはもってこいじゃない?」

「でも,痛い思いをさせるかも」

「かまわないよ」

 

 翌日,ヒカルは診察室でボクを採血した。失敗せず,1回ですっと針が入り,痛い思いもしなかった。

「せっかく血を採ったんだから,何か調べよう」

「じゃあ・・・・女性ホルモンと男性ホルモンを調べない? 一度知りたかったんだ」

「ああ,それはおもしろそう」

ヒカルは検査依頼書にチェックを入れていた。

 その2日後,検査結果が戻ってきた。

「おもしろい結果が出ているよ」

と言って,ヒカルは結果報告書を見せてくれる。女性ホルモン,男性ホルモン,それぞれいくつかのホルモンがあるけど,その代表と言うべきエストラジオールとテストステロンの検査を依頼していた。

「エストラジオールは,男性の正常範囲の上限を越えて女性の正常範囲に入り込んでいる。女性としてはかなり低い方だけど。テストステロンは,男性の正常範囲の下限と女性の正常範囲の上限の中間くらいだね。まさに中性的な結果。ホルモン的にはロミーは中性なのかも。・・・・ある意味,想定の範囲内というか,納得の結果なんだけど,ロミーの体はどうなっているんだろうね? まさか卵巣がどっかに隠れているわけじゃないと思うけど。副腎あたりでエストラジオールがたくさん作られているのかな?・・・・」

ボクも,この結果は興味深かった。

「・・・・エストラジオールはテストステロンから1段階の反応で作られるんだよね。テストステロンにアロマターゼが働いてエストラジオールになる。ひょっとして,ボクの体には正常より多いアロマターゼが存在しているのかも,あるいはアロマターゼの活性が正常よりずっと高いのかも」

「ああ,その可能性もある」

 ボクの体のことなのに,なんだか興味深い症例について語り合っているような気になった。話がいったん途切れ,ヒカルは何か考えているようだった。そして,話し始めた。

「ロミーがここに帰ってくるちょっと前なんだけど,ロミーの高校時代の同級生がわたしを尋ねて受診したの。本人によれば,MTF,Male to Femaleつまり生物学的には男に生まれながら性自認は女という性同一性障害」

ここで,ヒカルはちょっと間を置いた。

「わたしがロミーの姉だと知って受診したの。その人,彼と言うべきか彼女と言うべきか迷うけど,はロミーも性同一性障害と思っているのね。そして,そんな弟を持っているわたしは性同一性障害に理解があるんじゃないかと期待して受診したらしいの」

「ボクに関しては誤解だけどね」

「うん,まあそうなんだけど,頭ごなしに否定するのも良くないから,とりあえずその点は何もコメントせずに話を聞いたの。本人によれば,心の性は女性で,女性的なもの女らしいものを心から憧れて,自分もそうなりたいと願っている。だから恋愛の対象も女性なの。『わたしのような指向を持っていて男を愛するということはあり得ません』と語るのね。ただ,別の精神科を受診してそれを話したら,『女が好きなら,心の性は男に決まってるだろう。性同一性障害なんてありえない』とけんもほろろに否定されたらしいの」

「その精神科医も変だよね。生物学的に女で,心の性も女で,女を愛する人だっているんだから,生物学的に男で,心の性は女で,女を愛するケースだってあり得るじゃない。なんでこんな単純なことを理解できないんだろう」

「まあ,頭の堅い人間はどの世界にもいる。ともかく,その人はその精神科医に見切りを付けて,『藤原ヒロミさんのお姉さんなら分かってくれる』と期待してわたしを受診したの。だから,その期待を無下に否定はしないで話を聞いた。でも,誤解を誤解のまま放置しておくわけにもいかないから,ロミーのことを説明したの。ロミーはそもそも性自認について悩んでいない。自分が男か女かなんてことで悩んでいないから,性同一性障害とは言えないだろうということ。そしたらすごく驚いてた。『男か女かで悩まない』でいられることを想像できないのね。その人にとっては人生で最大の悩みだから」

「それで,結局,ヒカルはどうしたの? その患者さんを引き受けたの?」

「引き受けた。ただし,きちんと説明した。わたしはその人の悩みを自分のことのように切実に感じることはできない。だけど医者として,そのような悩みが存在することは理解できるし,その悩みを軽くするのを手伝うことはできる。こういうスタンスでいいかって尋ねたら,『それでいい』ということだったから」

 

翌週,何年ぶりかで祇園山笠の夜祭りに出かけた。ボクはあのキュロット・半袖ジャケットのスーツを着た。ヒカルは初めて夜祭りに二人で出かけたときのと同じ薄手のジャケット。

「ヒカル,覚えてたんだ」

「もちろん,覚えているよ」

ボクは指折り数えた。

「もう,9年前のことだね」

その時以上に,ボクたちは人目を引いた。ただ,何人かから

「あら,藤原の若先生・・・・それにお坊ちゃんも」

と声を掛けられるのは,ちょっと困った。〔ほんとうに,狭い小さな街なんだ・・・・〕

 

 お盆が過ぎ,8月も下旬になり,九州の夏も日が暮れれば少しは涼しさの気配を感じるようになる頃,ボクは千葉に戻った。

 

9月,学期が始まると,卒後の進路のことがクラスでも話題になり始める。

「脳外科に誘われている」

とか

「血液内科か腎臓内科かで迷っている」

とか

「市中病院に出るのも選択肢だな」

といった会話が聞こえてくる。ボクもいくつかの診療科から声をかけられた。そのたびに

「プライマリーケアを目指しています」

と答える。すると,かなりの確率で,ヒカルの予想どおり

「じゃあ,実家に帰るのか?」

と尋ねるから

「はい」

と答える。さすがに「町医者なんか」と公言する人はいないけど,落胆の色を浮かべる人はいる。ただ,これもヒカルが話していたことだけど,「ぽっと出の,臨床研修も終えていないタケノコ医者を雇ってくれるクリニック」があるかどうか? 千人に一人,1万人に一人にとってOnly oneの臨床医になれるとしても,そうなるためにどこでどうやって修行すればいいのか,どこで仕事すればそのような患者に出会えるのか,そのような場所があるとして,そこに卒業したてのヒヨコが雇ってもらえるのか・・・・。

 このことについても,ボクはヒカルに相談した。ほかに相談できる相手はいないし,仮にいても,やっぱりボクは,こういうことはヒカルに相談するだろう。そしてヒカルはきちんと答えてくれた。

- ・・・・わたしも卒業してから知ったんだけど,いくつかの医学雑誌には医師の求人広告が掲載されているよ。一番多いのは『日本医事新報』だけどね。ほかのたとえば『日経メディカル』とか『メディカル・トリビューン』などにも載っている。その中には,新卒者,来年度医師免許取得見込み者も応募できる求人もあるよ。それと,医療関係に特化した人材派遣,人材紹介会社に登録しておけば,臨床研修を必要としない仕事を紹介してもらえるかも。まあ,この点に関しては,わたしも実体験がないから,推測の話になるけど・・・・ -

 医学の知識や技能については,ボクはヒカルを追い越したのかもしれないけど,こういう世間との付き合いについては,やっぱりヒカルが頼りだなあ・・・・ヒカルが書き送ってくれた手紙を読みながら,ボクはつくづくそう思う。

 

 各科目の卒業試験は年内に終わり,年が明けてから,ボクは図書館でその種の雑誌の広告に目を通す。求人広告もあるし,人材派遣・紹介会社の広告もある。

 求人には,医師不足が伝えられる地方の病院の求人に混じって,東京都内やその近辺の求人もかなりある。わりと目に付くのが職場健診や学校健診の仕事。自分の小学生,中学生時代の学校健診の情景を思い出した。〔ああ,あのお医者さんね〕と納得し,いくつかの求人元に問い合わせた。病院の一部門としてやっているところもあるけど,たいていは健診専門の会社のようだった。卒業したててでも構わないとのこと。もちろん国家試験に合格して医師免許を取るのが前提だけど。採血もやらせてもらえるかと尋ねたら,それは専門の看護師か検査技師の仕事で医師が採血することはないと,どこの健診会社も判を押したように答えた。

「問診と聴診ですよ。問診と言っても,『何か気になることとか相談したいことはありますか?』と質問して,何か相談されたら,それについて答えられる範囲で答えてください。たいていの受診者は『何もありません』とパスしますけど」

 なるほど。でも,何人かの受診者は質問をしてくる,そしてたぶん,何科を問わずおよそ医学に係わるものであればどんな質問でもあり得るということ。それは,ボクとしては楽しみだった。ただ,おそらくそれっきりで,その後は係わることはない。一期一会と言えばかっこいいけど・・・・そして,採血もエコー検査もやらせてもらえないのは不満が残った。

 

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