ざわざわと下ではどよめきが広がっている。艦娘も、憲兵も、提督も関係なくそこには大量の人があふれていた。皆が皆、上を見ていた。まるで何かを待つかのように。
そしてその上に彼らの待ち望んでいた人間がやって来た。彼は、そのまま辺りを一望できるような高所に立ち、すぅと一度息を吐き、そのまま手にした扇を掲げた。
「今、この時を以て告げる!!! 次の戦いこそが我らの反撃の始まりであると!!!」
その勇ましい叫びが響く。さらにどよめきが生まれる。
「漸くこの時が来たのか…」
「でも…本当に…?」
「関係ない…いつも通り相手を屠るだけだ。」
彼はそのまま雄弁を続ける。
(──さあ、始めよう)
「勇ましき精兵たちよ──我が呼びかけに応じてくれたことを感謝する。最後の闘いと言われても何が起こってるのかわからず混乱している者もいることであろう。我は告げる。…今、世界は分岐点に立たされていると!」
勇ましく雄弁を振るう彼の斜め後ろに控える彼女…叢雲は複雑な面持ちで彼を見ていた。
「諸君らの勇往邁進の進みにより、我らは深海棲艦から制海権を取り戻すことに成功した。そして、すべての深海棲艦を彼奴らの拠点へ押し戻すことに成功した。」
歴戦の精兵が、提督が彼を見る。彼はその重圧に屈することなく続ける。
「そして今日…我らは最後の決戦を仕掛ける!!!…無論、戦いを避けたいと願う諸君らの気持ちを大いに理解する。だが、我らは誰か!!」
「敵に背を向け逃げ出す臆病者か!? 否! 初めて戦場に立ち震える新兵か!? 否! 人類の破滅を願う怨敵か!? 否!!! 我らは誉れ高き人類の守護者である!! 誇り高き守護者である我らがここで臆病風に吹かれてしっぽを巻き逃げ出すか!?───否、どうして出来ようか!!」
「我らの愛すべき祖国を、故郷を! 蹂躙されるのをどうして黙って見てられようか! 家族を、友人を!何故見殺しに出来ようか!? そして、これからの未来を担う子供たちの泣き顔をどうして黙って見てられようか!」
そして、彼は興奮が収まりきらなくなり、ぐっと手を掲げた。
「否──そうはさせぬ!断じてさせぬ! 我は確信している。皆の力があれば深海棲艦など敵ではないと!」
ざわりと波紋が広がる。今まで騒がしかった周囲はもう喋ってるものなど誰もいなかった。
「我は確信している! この気高き精兵たちは決して負けはせぬと!!」
誰かがぎゅっと拳を握りしめた。
「我は確信している!皆が一丸となれば我ら、連合艦隊に敗北はないのだと!!」
誰かが帽子を深くかぶりなおした。
「今や我らは鉄壁の要害であり、貴公らの闘志は無双の剣である!もはやどのような敵にも後れは取らぬ!これは万人が認める事実であり、揺るがぬ確信である!!」
「それ故に!! 連合艦隊の勇士たちよ!! 今!! ここに!! 約束しよう!!」
「圧倒的な勝利を!!」
そして掲げていた扇を更に振り上げた。
「貴公らの大切な家族を守り! 愛すべき国土を護り! どん欲な侵略者共を完膚なきまでに叩きのめすことを!!」
下から爆発的な歓声が上がる。そこは憲兵も提督も、艦娘も関係ない。老若男女問わず、皆が雄叫びのように歓声を上げていた。
「我らこそが人類の守護者… 大義も正義も我らに全てあり!!」
「決戦を前に、元帥閣下が直々に貴公らを閲兵する!謹んでその御言葉を賜るがよい!!」
そして下でさらにどよめきが広がる。
「げ、元帥閣下から我らにお言葉を…?」
「我らのような田舎兵に…?」
彼が退くと後ろから老人が現れ、大きく一歩を踏み始めた。
「おお…なんと荘厳な…!」
「我らの前に閣下が…!」
「諸君、勇ましき連合艦隊の精鋭たちよ。これが最後の闘いだ。」
その声は心に響くように重くのしかかって来た。
「今や 地上を取り戻し、海を取り戻した。だが、深海棲艦は未だ健在であり、私はこの圀を預かるものとしてこれを正さねばならぬ。」
「蛮行の侵略者たちは態勢を整えればすぐにでも荒らし回り再びこの国土にも攻め入ってこよう。」
「諸君らにとってはまさに青天の霹靂。私の振る舞いはたかが一人のおいぼれの妄言と思うこともあるだろう。───だがそれでも、どうか私たちについてきてほしい。」
「国を護り、家族を護り、友人を護るため───この国の誉れ高い守護者として この国の未来を見届けねばならぬ。」
「連合艦隊の勇士たちよ。この国の―――否、星の矛となり盾となってほしい。 さすれば私はどこへどんな戦場へとも赴き、至上の栄誉を与える。」
「天命は、我らと共にある。」
『『『ウォォォォォォォォォォォォオ!!』』』
再び割れんばかりの歓声。
「なんとありがたきお言葉…」
「全ては愛すべき国のために!!」
「閣下へ輝かしき勝利を捧げん!!」
「私は…最後まで君たちと共にある。」
そして横へ捌けていた彼が再びその口を開いた。
「もはや言葉は無用!後は天が我らを導くことになるだろう!!」
爆発的を超える、歓声。その士気の高さはもはや語るまでもない。
「同胞たちよ!我らの覚悟を見せるとき!!」
「───さあ、始めよう。俺達の戦いを…」
「そうね…」
叢雲は彼を見ていた。最初から最後まで。
「始めましょう…そして終わらせましょう。あの時に始まった私たちの戦いに───」
そして彼女の記憶は運命のあの日に戻っていった。
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『特別な指令が発令されました!』
それはある日の昼下がり、いつも通りにパソコンを開き、艦隊これくしょんのブラウザを開いてた時だった。妙だな…今まで見たことなんてなかったんだが…
疑問に思いつつも俺は、その特別な指令とやらを拝むこととした。これが何かしらの指令ならば相応の報酬を期待できると思ったからだ。次にウィンドウに指令内容が記されていた。
『友軍である呉鎮守府が深海棲艦の攻撃で壊滅の危機に瀕している!艦娘を派遣し、呉鎮守府を救え!』
恐らくレイドというやつなのだろうか。ただこれならば大して心配する必要もなさそうだ。派遣任務ならば今までもやってきたことだ。それゆえに何も気負うことなく俺は任務に参加するを押した。
『一度出撃すると達成するまで戻れません、よろしいですか?』
とのメッセージが警告のように出た。母港帰投は出来ないのか、仕方ないなと思いながらイエスを選択した。…その瞬間にディスプレイから目もくらむほど激しい光が放たれた。
「なん──」
その激しい発光に思わず腕で顔を覆い、目を瞑った。そして灼けるような感覚が収まり、腕を戻し、目を開けると愚痴がこぼれた。
「なんなんだ…いった…」
だが最後まで言葉を紡がれることはなかった。目の前にあったのは鏡だった。その下には手洗い場がある。だが問題はその鏡に写っているものだった。…呆けた顔で自分の顔を触るその人物—————————駆逐艦 叢雲がそこにいた。そして、右腕を動かそうと思えば右腕を動かし、顔を振ろうと思ったらその通りに振る…
「まさか…」
自分の野太い声ではなかった。可憐な鈴のような声だった。…え
「えええええええっ───!?」
その絶叫により、その日、鎮守府は揺れた。
「な、何があったんだぁ!?」
そして工廠に慌てて飛び込んできた一人のまだ幼さが抜け切れてない青年と俺はそのまま追突した。…目の前がくらくらする。何とか目を開けるとそこには先ほど追突事故を起こした青年が倒れていた。
「きゅう…」
「た、大変だ!?え、えっとどうすれば…!?」
袖を引く存在がいた。下を見ればそこには散々ゲーム画面で見慣れた妖精さんがいた。妖精さんはその男を持ってこいと、示したようだった。…辿り着いたのは医務室だった。
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「やあ、よく来てくれたね。」
コホンとわざとらしい咳払いと共に青年は話を始めた。
「兎にも角にも座ってほしいかな。今、お茶を淹れるから。」
その人物は横に雑多に置かれている物の中から茶葉を取り出すとこれまた雑多に置かれている急須を取り出し、湯沸かし器で水を沸かし始めた。すぐに沸騰したお湯を慌てることなく慣れた手つきで急須にいれ、冷まし、湯飲みへとお茶を淹れた。そして淹れたお茶をこちらの座る対面机にまで運ぶと、こちらの側に置いた。軽く会釈し対面へと座った。
「自分は『朱鷺坂』というんだ。よろしくね。」
「…叢雲…よ。」
朱鷺坂という人物が握手を求めて来たため仕方なくそれに応じ、彼に握手を返した。まだぎこちないのが分かる。
「一応、ということになるけれどもこの呉鎮守府の管理を任されている者かな…とはいえ、体のいい後片付けと称した方がいい。承知してることとは思うけれどもう一度こちらから事情を説明させてもらうね。」
朱鷺坂の言葉にうなずいた。
「一月前、この呉鎮守府は深海棲艦によって襲撃を受けたんだ。当時、管理していた提督は戦死、同じく秘書艦だった正規空母赤城も轟沈…逃げ延びた艦娘達は何とか他の鎮守府によって保護されてる…それで大本営からのお達しで呉鎮守府奪還作戦を決行…そしてつい三日前、奪還に成功したんだ。そこまではいいんだけれど…呉鎮守府の設備はまさに壊滅。今は何とかこの鎮守府棟だけは早急に建てられたが他には何もない。所属している人間も自分だけだ。休暇中だったのだけれど何故かここへ着任しろ、と言われてね。」
いやあ参ったね、と柔和な笑みを崩さない朱鷺坂。でもその顔に隈があるのが見て取れた。おそらく苦労も多いのだろう。
「それで、この鎮守府に一人も艦娘がいないのはさすがに心もとないということで本部に手の余ってる艦娘を派遣してくれるように頼み、到着したのが君…ということだったね。」
そのあたりの事情は知らないが…そういうことなのだろう合わせておかなければならないだろう。
「先ほども述べた通りここには何もない。あるのはこの執務室と半ば急ごしらえの工廠だけだ。あとは近いうちに食堂も建つ予定だから少ししたら多少マシにはなるだろう。…今のここは一もない、まさにゼロから始める…というのに相応しい。」
朱鷺坂はそこで言葉を切るとゴホッゴホッと激しくせき込んだ。心配そうなこちらを見たのか制しながら続けた。
「失敬、ちょっとした持病持ちでね。…一からじゃなく、ゼロからだ。けれども上からの命令である以上、自分はやり遂げなければならない。そこで叢雲、君に改まってのお願いだ。自分とこの鎮守府の再建に力を貸してほしい。」
…もとよりそのつもりで叢雲はここに来たのだろう。それに今の俺には選択肢は…判断するよりも先に口が動いていた。反射的なものだった。
「拒否権はないけれど…いいわ、アンタの力になってあげる。やるなら私を選んだことを後悔させてやらないから。」
…俺は上手く叢雲を演じれているだろうか。いつぼろが出そうかでとても不安になる。
「ありがとう、その返事が聞けて嬉しいと思うよ。…よろしく、叢雲。」
握手を交わし、その柔和な笑みは一転して少年のような笑みにへと変わった。その笑顔に魅入られそうになるが意識を現実へと回帰する。
「まあ、こちらこそ…司令官。」
そう、これが私たちの戦いの始まり───すべてが始まった日。
冒頭は20年前の決戦前
後半は30年前の始まりです