「…叢雲、ここに居たのか。」
ずしりとその場にいるだけで威圧されそうなほどの重圧の声が電算室に響いた。高雄はその声に振り返り、冷や汗を掻いた。一方、叢雲はやはり来たかとでも言わんばかりの顔で振りむいた。
「…司令官。」
「元帥…閣下。」
この男こそが、海軍の全ての上に君臨し、片手間で操れるほどの莫大な権力を持つ男…海軍元帥だ。そして、三十年前に呉鎮守府の提督だった男でもある。
「一応、人払いしていたつもりだったけれど。」
叢雲が言外になんでこんなところに来たというようなニュアンスで元帥へと言葉を向けた。…彼と対等に口を利く艦娘というのは世界探してもこの叢雲しかいないだろう。
「普通ならばお前の言葉に疑問を持つ者はいないだろうな。…護国の将として名高いお前の言葉に逆らおうとするものもいないはずだ。」
「ただ、一人…除いて、ね。」
かつかつと歩み寄ってくる元帥に対して叢雲は諦観にも似た感情を抱いた。間違いなくこの男は、三十年共に連れ添ったこの男はカミを揺さぶるのを止めようとしている。
「…海軍統合参謀本部採用電脳機…あれは、先代の海軍元帥が設立したものだった。」
「…知ってるわよ。私だって、あの人には…会ったことがあるし。」
二十年前に海軍元帥だった男。既に余命いくばくでありながら戦場に最後までたち続けたある意味気の毒な存在。
「これはいわばあの人が魂を売ってでも守り抜いたものだった…そう、私にはこれを守らねばならない理由があるのだよ。」
元帥はコンピュータージャングルを見下ろしながら、静かに背後の叢雲を見た。高雄はその威圧感に固まっている。…静かに叢雲が口を開いた。
「高雄、貴方には話したことはなかったわね…アレが担っている役割の事を。」
「…役割…ですか?」
叢雲も、高雄も同じく電脳機を見た。この地下室に山のように積みあがり、配線されたコンピュータージャングルはいくつかの生態装置を備えているのは見て取れた。元帥が漸く沈黙から移行して喋りだした。
「電脳機には役割がある。…どのようにすれば、深海棲艦との戦いに人間が勝てるかその最適な方法を演算し、それを実行する。…そして、その過程となる艦娘を作り出す。」
「…艦娘を?」
高雄の訝しげな声に叢雲が静かにやるせない気持ちを滲み出しながらも答えた。
「ねぇ、高雄。今まで艦娘の出自を考えたことはある?」
「………いいえ、ありません。」
「そうでしょうね。…私たちはそうやって私たちが存在することに疑問が抱かないようにプログラミングされてるんだから。」
「そうだ。艦娘は己の出自を気にしない。生まれながらに自分が艦船の転生体であることに疑問を抱きはしない。自分が深海棲艦との戦いに身を投じることに疑問を抱きはしない。」
「…何故。私たちには意志が、意思がある。しかし、ならば何故…」
「…そうやって考えないことが幸せだからよ。…存在意義を疑わないことが、楽だからよ。」
叢雲は、自分のアイデンティティなんて悩まない方が楽に決まっているのだからと告げた。…そして元帥が静かに語り始める。
「…そうだ、これこそがこの世界の真実。君たちという存在を生み出してしまったカミと我々の所業だ…」
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例えば、深海棲艦の襲撃によって壊滅した島。そこには幾多もの死体が転がっている。中には瀕死なものもあるがそれは糸の切れるのが少し遅いだけですぐに周囲と同じ死体へと変わっていくだろう。
「パパ…ま…ま」
この少女も同じことだった。隣で事きれている両親に最後の力を振り絞り手を伸ばしているがそれもすぐに終わることになるだろう。…だが、運命というのはどうにも悪戯が過ぎるようだ。
「………ふぇあり…?」
彼女の意識を落とす最後の瞬間、目に映ったのは伝承にあるようなフェアリーだ。ふわふわと周囲を浮かび、まるで何かを祝福するように少女の周りを漂っていた。…そして、妖精は少女の体を掴むとそのまま漂いながらどこかへと運んでいった。…海を越えてそれは何処かへと運び込まれるのだった。
「…まず、君たちが妖精さんと呼んでいるあの存在だがあれはカミにより使役された天使のようなものだと考えればいい。…あれは戦地に赴き、まだ年若い少女や女性の遺体を回収する。」
そして培養液に満たされている水槽を指さす。
「そして、あそこへ運び込む。」
緑色に満たされた液体の中は見えないが影があることから何かが入っていることは分かった。
「さて、高雄君。艦娘の出自とは何か…という先ほどの問いだが、君にとっての艦娘とはなんだ。」
「…かつての大戦で戦った艦船の記憶を持ち、艤装を使い深海棲艦を狩る存在と認知していますが。」
「そうだ。その通りに間違いない。君たちは深海棲艦に対抗するために生まれてきた。否、生み出されてきたとでも言うべきか…そう、電脳機に。」
そして元帥の視線はあの培養炉へと向けられていた。培養液が吸い取られて水槽の中にはその中に入っている人物を除いて空になった。
「…なっ…あれは…」
目を閉じて水槽の中にたたずむ女性…それは艦娘香取によく似ていた。
「そうよ、あれが艦娘の生まれ方…」
叢雲がいつみても嫌なものねと吐き捨てながら解説を続ける。
「艦娘には必要な素材が三つあるの。まず初めに、私たちが艦娘であることの由来となる艦の魂。次にそれが宿ることになる身体。そして、それを改造するための資材。各鎮守府で建造するけれどあれはここで製造された艦娘を転送してるに過ぎない…ってこと。」
「待ってください…その体は?その体はどのように用意されるのですか。」
「基本的には年若い少女とか女性とかね。…死体を使うのよ。まだ体の原型をとどめてるものを妖精が回収してあそこの培養炉に突っ込むの。それでまず体の修復から始まる。そして、身体に機能が戻ったのと同時に艦娘になるのよ…艤装が適合し、ちょっとやそっとじゃ死なない体になるように…」
高雄はもう発する言葉がなかった。…艦娘の体というのはどこからともなく生み出されるものではない…普通に考えれば確かに無からモノが生まれるのは異常だと思うだろう。だが、それを疑問に思うことは今まで一度もなかった。…それは艦娘でもテイトクでも同じことだった。
「それでは、元の体の意識というのは…」
「当然ないわ…死者の体だから魂がないものに魂を宿らせて動かしたというならばまだ聞こえはいいわ。…けれどそうじゃない。ねえ、司令官。」
叢雲は首を横に振ると沈黙していた元帥へと声をかけた。軽蔑の声音が大なり小なりとも含まれていた。
「ああ、そうだ。…基本的に艦娘の肉体には死体が使われている。だが、それだけではない。…身寄りのなくなった子供を海軍統合参謀本部が引き取るという名目のもとに、殺して艦娘にしている。」
「…そ…んな…」
高雄はこの世界に来てそれなりにさまざな経験をしていた。だが、今目の前で知らされている真実はそれを簡単に上回るものだった。
「…閣下は、それを知ってなお、止めようとはしなかったのですか。」
「…ああ、私はカミの意向に逆らいはしない。それが国のためなのだから。」
高雄はキッと元帥をにらみつけると、彼に向かって連装砲を向けた。そしてこの場ごと全てを吹き飛ばしてしまおうと引き金に指をかけた…が、それは横からの着弾に阻まれた。
「………叢雲さん…なんで…」
そこに居たのは目から光を失った状態で立ち尽くしている叢雲だった。彼女は高雄に向けて発砲し、そのまま蹴り飛ばしたのだった。
「もう一つ、教えておこう…艦娘は建造されるその段階で脳に対して薬物をつけて強烈な洗脳を施す。己が主を何でも守ろうという盲目的な忠誠心を持ち、そして提督へ絶対的な愛情を抱くようにと、そう設計されている。たとえそれがテイトクであろうとも同じことだ。」
叢雲は何も言わず彼の足元へ跪いた。それはまさに忠臣のそれといっても過言ではない。
「叢雲に自覚症状はない。だが、彼女には私に対して危害が及ばないようと強烈な暗示が施されている。そして、それが至上の喜びであると感じることもな。」
高雄にとって叢雲は尊敬する人物だった。彼女が先導し、あの戦を勝ち抜いた。彼女は戦乙女だった。数多の勇士を率い、その鎮魂を祈る立派な人物だった。
「普段は自由に動かせてはいたが彼女は君たちが何をしているか事細かに話してくれていたとも。それゆえに今回の事もこれほど簡単に制止が出来た。」
「…それを知って…何を。」
「君たちには悪いが、カミを壊させるわけにはいかない。この世界にはまだこれが必要だ。故に高雄君、それを実行に移そうとした君には洗浄を受けてもらわねばならない。」
高雄は意識が朦朧としてきた。光のない目で見つめる叢雲と目が合った。
「何、君は有効な戦力だ。殺すことはしない…ただ、次に目覚めた時に君は艦娘である高雄へなってるだけだ。」
「………やまと…」
そしてそのまま高雄は気を失った。元帥はコンピュータージャングルを見てかすかにだけ呟いた。
「…すべてはあなたのために。」
そして叢雲へ向き直る。
「よくやった。」
「いいえ…すべては司令官のために…」
虚ろな声音で叢雲はしゃべる。まるで意識などそこにないような人形のような状態だった。
「いや、誇るがいい。お前は私のために、私の理想のためによく働いてくれている。」
「…それが私の使命です。これからも私を使い潰してください。」
「…ああ、ならば彼女を洗浄機へと運んでくれ。そして、洗浄を実行せよ。」
「…はい。」
叢雲はそのまま高雄を抱えるとカミの中へ消えていった。そこに残ったのは元帥一人となった。
「いくらでも私を恨むといい。だがこれも全ては人類の勝利のためには欠かせないこと。…その憎まれ役程度いくらでも買って見せよう。」
洗脳は条件付けとでも思ってくさい
ガンスリタグ付けようか悩みはしたが義体とか直接的な関係はないのであくまで要素に留めておきました