「ねぇ、提督。」
「どうした。」
「明日のあの作戦って、要するに私たちに死んで来いっていう命令よね。」
「まあ、そうなるな。」
「この泊地ももう私と提督だけだよね。」
「そうだな、他の艦娘は全員他の鎮守府に押し付けた。お前もそうするつもりだったが…」
「冗談。私を蔑ろになんて許さないわよ。」
「…お前ならそう言うと思ったよ。」
「ねぇ、提督…横須賀鎮守府がこっちに増援を送ってるのは知ってる?」
「ああ、横須賀だけじゃない。呉も、舞鶴も、佐世保も、他の泊地からも。…明日には着くんだろうな。」
「でもそれってこの泊地が壊滅してからだよね。」
「まあ、計算的にはそうなるな。」
「…逃げよっか。」
「は?」
「あんな大本営なんか当てにならないのはもう分かってることだし、私と提督で逃げようか。」
「お前、それでいいのか?」
「死ぬのは嫌だから。」
「それはそうだな。」
「それに…もう、戦いたくない。…もう、自分が削れるのは嫌だから。」
「…そうか。じゃあ、逃げるか。……葛城。」
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艦娘は、深海棲艦と戦うために生み出されたものである。戦うことに疑問を持つ者はいなかった…ごくわずかの例外を除いて。
「あっつい…」
ミーンミーンミンミンミンミンミン…超が付くほど鬱陶しく蝉の声が響いている。彼女は扇風機の前でタンクトップに下着だけという軽装で涼んでいた。…畳の部屋で窓は全開という無防備ではあるが腕っ節で彼女にかなうものなどいないのだから問題はないだろう。
「…なーんでクーラーつけないのよぉ…」
この場にはいない彼に対して恨み言を吐きながら彼女は一人の畳の上をゴロゴロゴロゴロしていた。何かを思いついたのか和室にある机の上で彼女は不要紙で紙飛行機を折っていた。
「これって何だろう…流星?瑞雲?…それとも天山…?…まぁ何でもいっか。」
そして羽根の部分を折り終わると彼女はそのまま窓際に立った。右手にそれを持ち、風が追い風に変わったのを確信した瞬間にそれを思い切り、えいと投げた。
「おっ…よく飛ぶ。」
風に乗ったそれは空を飛び田んぼを自由に舞っていた。やがて風が向かい風になったのと同時に紙飛行機も急速旋回していった。投げた窓の方に戻って来たがやがてそれは力尽き家路へとついている男にへと直撃した。
「いだっ」
頭をツンとつつく感覚で振り返ればそこには紙飛行機が落ちていた。その出先を彼は察した。…というよりも使われていた紙が彼が使っていたものであるので犯人はその時点で一人であった。
「…葵、てめぇこの野郎!!!」
「ご、御免って!!」
慌てて短パンを履いた彼女は怒りの表情を浮かべた彼に追い掛け回された。…そんな様子を見ながら農作業にいそしんでいる老人たちは今日も仲が良いねぇと農作業に精を出していた。それはまだ夏盛りの暑い昼のこと。
「それで、何か言うことは。」
「ゴメンナサイ。」
彼女は死んだ魚の目で正座のまま謝罪した。彼はそんな彼女に対して顰め面をしていたがやがて固く結んでいた眉を解いて彼女の頭をポンポンと撫でた。
「…いや、暇させてた俺も悪かったな。ただなぁ…葵、一応この紙は外に出しちゃあんま良くないもんだが…」
「だったらなんで修司はゴミ箱に捨ててたのよ。」
「そりゃあゴミだからな。」
「大事なものならバラバラにしてから捨てた方がよくない?」
「めんどくせぇ。」
そしてその紙をくしゃくしゃと丸めるとポイっとゴミ箱へと放り込んだ。
「私には言うのに修司だけそーいうのは何か納得いかないんですケド。」
「読まれなきゃいーんだよ、読まれなきゃ。」
むすっという表情をしている彼女…葵とそんな彼女に対して投げやり的な返事を返す彼…修司。山奥の田園地帯のこの畳十二畳(キッチン、風呂付)で暮らす二人は周囲からは都会を捨てたカップルか、若夫婦のように見られている…が、この二人こそかつて陥落した鎮守府に最後まで残り死亡したというように伝えられていた元提督と、元艦娘だった。
「修司ー お腹すいた、作って。」
「…お前なぁ…少しは飯の作り方くらい…」
「私だって出来るけど…」
「簡単なものだけ、な。」
文句を言いつつも彼は台所に立つ。そして手にしているビニール袋から大根を取り出した。
「ん?…それって鈴木さんの所の?」
「ああ。この前収穫したってな。丁度いい時期だし今日はこいつを使おうと思ってな。」
「ふーん…」
手慣れた様子でざくっざくっと包丁で大根を両断していく彼の様子を見ていた葵だったがやがて飽きたのか畳に寝っ転がった。
「もう夕方だってのに…あっつい…」
「んな快適な環境の前でよく言うぜ…」
「でもあるの扇風機だけじゃん…クーラーはー?」
「この片田舎でそれを期待するだけ無駄だぜ…」
「…いや、分かってるけど。他の家もクーラーなんて上等なもの無いの知ってるから…でも欲しいー…」
ごろりと顔だけ彼の方に向けて言った。彼は料理している手元に目を向けながらも返答した。
「まあな、あの涼しさには何にも代えがたい魅力がある。」
「よねぇ…あの環境下ならアイスも溶けずに済んだのに…」
「…お前、まだ気にしてたんだな。」
昨日、畳へと消えていったアイスを恋しく思うように葵は畳の線を指でなぞっていた…外はヒグラシが鳴いていた。
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「…提督、良かったのですか。」
鳳翔が提督へ身を預けながら聞いていた。
「何が、だ?」
「とぼけてもらわなくても結構です…葛城さんの事です。」
「…はて、それこそ何のことか。あの艦娘葛城は轟沈したというのは紛れもない事実だったではないか。」
「…そうですね。ですから私は葛城という名前を捨てた少女のことなどもう知りもしませんね。」
「ああ、そうだ。そして自分も最後までリンガ泊地に残り提督としての業務を全うし死んでいった彼に似た青年など知らぬとも。」
提督はライターをつけると共に封筒を燃やした。その封筒には…『リンガ泊地提督目撃についての報告書』と書かれていた。だが、それは無情に燃やし尽くされ残ったのはただの黒焦げになった灰だけである。…そしてそれを見届けた鳳翔はただ一言呟いた。
「…お幸せに…葛城さん…」
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「…ねぇ。」
「どうした?」
食後、そして入浴後。布団を敷いて二人は寝っ転がっていた。当然、この部屋の大きさでは敷けて一つだけなので相布団なのだが…その時の彼女はいつもと雰囲気が違った。
「あれから…どれくらい経ったっけ。」
「んーと…今日で丁度二年目か。」
「そっかぁ…もうそんなに経ってたんだね。」
「どうした。お前から急にそんな話をするなんて。」
葵はため息を吐くとぽつりと白状した。
「夢見たんだよね。…何にもすることなくただただ存在して結局何も出来ずに疎まれて、脚代わりに使われて最後には消えてく夢。」
「…それって。」
「…ええ…そうよ。空母葛城の夢。…何も出来ずにただただ消えていった可哀想な子の夢。けど、私は違うのよ。」
「…葵…いや、今ばかりは葛城って言った方がいいのか…?」
「ねぇ、提督。私っておかしな話よね。生まれた意味なんて一つだったのに、その意味さえ疑うなんて…。所詮私たちは深海棲艦のために生み出されたもの…なのに戦いたくないだなんて。」
ぽろぽろと涙がこぼれた。それもただの涙ではない赤い血涙。
「何も言うな。」
彼は彼女を強く抱き寄せてそのまま唇を重ね合わせた。驚いた彼女だったがやがて眼を閉じて深い接吻を受け入れる。舌と舌が絡み合い、お互いの唾液が交わり、息が切れて一度唇が離れるが糸が引いた。…そして再び熱いキスが交わされる。
「ふわぁ…」
「何も言うな。いいか、もう葛城なんて何処にも居ないんだ。だから戦う必要はない…ただ、俺と共に生きてくれ。」
「…そうね、そうよね。…ねえ修司。良い知らせともっと良い知らせ、どっちから聞きたい?」
「…そうだな、良い知らせからか。」
「ふふん…じゃあ良い知らせから…最近、ちょっと胸も大きくなったのよね。」
「…おい、待て。それって…!」
「…体が成長してるってこと…何か知らないけど歳を取る身体になったのよ。」
「…奇跡か…これは…」
彼はあまりにも嬉しくて涙が目じりに浮かんできた。そう、艦娘とは本来不老不死の存在だった。故に姿形は変わらないし、提督が歳を取っても艦娘は歳を取らなかった。だが、何の奇跡か…彼女は歳を取るようになった。
「…それで、もう一つ良い知らせっていうのは?」
「私…今日が危険日なんだよね。…それでね、そろそろ一人目が欲しいって思ってたの…だから、シない?」
彼女は布団の上でシャツをめくり、下着を見せた。見れば分かる明らかな誘惑だろう。
「…なぁこんなこと野暮だと思うんだけどさ。」
「何よ。」
「なんで『葵』なんだ?ずっと疑問に思ってたんだが…」
「そうね…それが私の名前だからよ。」
「名前?」
「艦娘になる前からずっと持ってる名前…ってそんなことはどうでもいいでしょう。それに修司もすっかりたってるし、早く始めましょ。」
「…それもそうか。…じゃあ、本気で産ませに行くからな。」
彼の男らしい発言に、葵は無言で頷き秘部を濡らしていた。
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艦娘とは深海棲艦との闘いに作られた兵器である。
提督とは艦娘達を指揮して国を護るために育てられた兵士である。
彼らはどちらも消耗品…けれども戦いに疑問を持つ者は少なくともいた。だから、これはあるかもしれない関係の一つ。
テイトクとは他の艦娘よりも優れたうえで人柱にされた哀れな人たち。盲目的に提督を愛するようにと仕向けられた兵器であって人間。
そんな彼女たちにとってこの二人の関係が一番幸せなのかもしれない。
『あー、なになに?深海棲艦の残骸から死体回収した?じゃあ修復かけておいて。んでそっちは?あー、愛宕の建造終わったのね。じゃあいつも通り転送して。んで君は?…ああ、そういえばテイトクくん攫ったんだったね。じゃあいつも通りにぶっこんでおいて』