「これが艦これ?」
「そうだよ、ここが母港の執務室。ここから建造、演習、出撃、開発、編成、入渠、改修…まあ色んなことが出来る。所謂ホーム画面だな。」
「じゃあ、この画面に映ってるのは?」
「秘書艦。駆逐艦の『弥生』っていう子。」
「へぇ、君のお気に入り?」
「そう、俺のお気に入り。」
「こんな小さい子が?」
「ゲームの中の趣味にまで口を出すな、オレはロリコンじゃねぇ!」
「でもお好きなんでしょ?」
「いやまあ、そりゃあ、ねぇ?」
「引くわ。」
「うるせぇ!オレは悪くねぇ!」
「…ん?画面がなんか光ってるけど?」
「何々…特別な指令?…遠征任務か?」
「艦娘を派遣して友軍を救えだって。やるの?」
「まあ出て来たからにはな…でもおかしいな…今までこんなこと一度もなかったのに…」
「ゲリラっていうやつじゃないの?ていうか出撃したら戻れないらしいけどいいのか?」
「ん?まあ放置してても勝手にやってくれるしな。とりあえずやってみるか考えるのはそれからにしよう。」
「よし来た。」
「って何勝手に押してん——————」
「うわっなんだこの光は!?」
「まぶしっ…!?」
————————————————
『え?二人も引きずり込んじゃった?…面倒だなぁ。あ、そうだ!それじゃあもう一人の方は提督にしようか。そっちの方が効率もいいし面白くなりそうだ。じゃあ妖精君、後は任せたよ。』
「…かん」
「れいかん…」
まどろみの中、呼び掛けてくる声が彼には聞こえて来た。ようやく彼は目が覚めた。寝ぼけた瞳のまま自分の肩をゆすった人物の顔を見た。まだ視界がぼやけているためはっきりとは見えないが彼には見覚えのある輪郭だった。あと見覚えのある色だった。疑問符ながら問いかけた。
「弥生か?」
「はい、弥生です。司令官。」
視界がはっきりしてきた。それと同時に彼女の姿もまたはっきりと見えてくる。そこにいたのは間違えるはずもない彼の助手を務めている相方の姿だった。
「…寝ていたのか。」
「一時間ほど前から机に突っ伏していました。すやすやと熟睡していたのですぐに起こすのは酷と判断して一時間後に起こそうとしました。今がその一時間後です。」
「…そうか。悪いな。でもすっきりした…」
いつもの癖でポンポンと頭を撫でていると弥生の表情がむっとしたものになっている。提督はそれに気が付いたが原因に心当たりはない。恐る恐る尋ねる?
「あれ…怒ってる?」
「怒ってませんよ。」
「本当に?」
「本当です。怒ってませんよ。」
口では否定してるが表情筋までは否定しきれてない。これ絶対怒ってるよね。ただ否定すると面倒なので怒っていないことにしておくことにした。弥生が起きた彼に質問する。
「どうしますか?その様子ならば今日はもう休んだ方がいいと思いますが。」
「まあ、それもそうだな…執務残ってたか?」
手元の書類をめくりながら弥生は平たんな声で告げた。
「本日分の執務は全て終了しています。このまま休んでも問題ないかと。」
「そうか、じゃあ今日は閉店ということだな。弥生もお疲れさん。」
「いえ、ただ時報をしていただけなので。」
「時報…そうだ、今何時だ?」
「午前二時を回った所です。」
「こんな時間か…まあ眠くなるな…」
ふわぁと欠伸を殺し提督は椅子から立ち上がる。そして何気なく弥生を見た。そこで彼女は珍しく欠伸をしていた。くぁと音も僅かで手で隠してはいるが目は閉じているし目をこすっているのも見える。提督が見ているのを気づくと弥生は慌てて居住まいを正した。その変わり身の早さにはある種の関心すら彼は覚えた。
「眠くありません。問題ないです。」
「いやいや…無理するな。どれだけ振舞っててもその体は駆逐艦だろ。眠くなるのは当然だ…それに寝ないと明日の業務に差し支えがあるからな。もう寝よう。」
「はい…お供します。」
仮眠室へと移動している最中提督は何か思いだし他のように彼女にへと問いかけていた。それは先ほどまで彼が転寝をしてる最中に見ている夢の事だった。それを弥生にへと話す。
「夢を見たんだ。」
「夢ですか?」
「そう…夢だ。パソコンの前でゲームをしている夢だった。俺とお前がな…そして光に呑まれるようなところで目が覚めた。…あの時のことだろうな、多分。」
独白のような提督の言葉に弥生は首を傾げていた。おっしゃる意味がよくわかりませんがと彼女は疑問を含んだ声で尋ねていた。提督は悲しそうな目で一度だけ問いかけた。
「弥生…お前は何者だ?」
「何を言っているのか計りかねますが弥生は艦娘でくちくか…あれ?」
発言の途中で弥生は言葉を遮った。自分の発言に疑問を抱いているかのようだが…そしてそのまま頭を抱えて苦しみ始めた。
「弥生は…艦娘…?駆逐艦のはず…?提督の秘書艦で…?あれ…?あれ…?」
「お、おい。弥生大丈夫か。」
慌てて彼女に手を差し伸べるように提督は近づいた。彼の肩を掴み弥生は血走った目で見た。
「司令官!! 弥生は…オレは何なんだ!!!」
————————————————
「…落ち着いたか。」
仮眠室。温かいお茶を淹れて弥生にへと渡して暫く彼女はそれを飲んでいた。沈黙が支配していたがやがてその静寂は彼女の発言で打ち破られる。他ならぬ弥生の発言で。
「…はい、もう大丈夫です。自分の整理はつきました。取り乱してすいません。」
弥生はいつもの調子で謝罪の言葉を口にした。一方提督は彼女に対して気にしていない、お前も気にするなというだけ言うとそのまま黙りこくってしまった。再び重い沈黙が場所を支配する。そして弥生がゆっくりと語りだした。
「…司令官は覚えていたんですね。」
「…忘れるわけがないだろ。」
「…そうですね…そうですよね。むしろあれだけのことを忘れる方がどうかしている…なのに何故私は忘れちゃってたんでしょうか…」
「…弥生…」
「もう、その名で呼ばれることに抵抗もない…貴方の知る彼はとっくに死んでしまったと思ってください。」
彼らは特殊な状況下に置かれていた。まず初めに二人で艦これをやっていたことがこの状況の一因となった。そして偶然にも彼らは二人の時に引きずり込まれた。艦これを知らなかった男は、提督に、艦これをやって愛していた男は艦娘弥生に…何の因果か彼らはこの奇妙な世界にへと引きずり込まれた。
始めのうちは大変であった。提督は全く知識がなく何をやるにしても初めてだからだ。そんな彼が効率悪く仕事をしているのをベテラン提督である弥生が逐一サポートしていた。最初のうちは完全に弥生の方が司令官に相応しく彼は頼りなく見えたものだった。だが人は成長する。 なれないことながらも少しずつ要領を得て何とか艦隊運営を行えるようになってきた。
『…そこは…』
『この一手がいいんじゃないか?』
弥生の意見も上回るキレた案を出した時は彼に対して不安の念を持っていた艦娘も彼に一目を置いた。弥生は何とかやっていけそうと判断しそれに対して安堵を覚えた。…そして彼女はこのころから全く変わり始めてしまった。
まずだが、彼と弥生はいつも忘れないようにと平成の日本の話をしていた。それが帰還することへの道しるべでもあると信じながら。あの引きずり込まれた日の事…向こうでどのような生活をしていたか、様変わりしてしまった日常について…どれもこれも取り戻すべき日常なのだと弥生は言っていた。
だが、ある日突然彼女は一切合切平成日本の話をしなくなった。初めのうちは呼び掛ければ思い出すことは出来ていた。だが時間が経つにつれて彼女は向こうの世界の事を思い出せなくなっていった。それどころか『彼』の自我すら消えていった。
提督はそのことに畏怖すら覚えた。彼は自分がこの世界に存在しないはずの異物と自分を認識しているためいつまでもこの世界に馴染むことは出来ていない。だが弥生は…『彼』はナチュラルに自分がこの世界に居ることに疑問を覚えていなかった。
絶望した提督は全てを封じ込めようとした。そうすれば自分は思い悩まなくても済むとそう思ったから…だがそれは出来なかった。弥生を見れば見るほど向こうの世界の思い出がよみがえるのだ。姿かたちは変わろうとも彼女は彼にとって替えようもない友人だった。
だが彼の精神をもっと踏み躙ったのは弥生の自分に向ける感情だった。まだ『彼』が顕在していた頃に向けてくるその視線は今まで、向こうの世界で向けられていたものだった。信頼…友情…そういう友愛に近いものだった。だがいつしか彼女の感情が変わって来た。その目に宿っていた感情は友愛…それを越えた信頼。そして情愛…最後に恋。
弥生はいつしか自分を『彼』と名乗らなくなり提督を昔の名前で呼ぶことなく司令官と呼んでいた。最初はむず痒い感触も感じていたがそれすら今はない。それでも提督は弥生に思い出してもらいたかった、向こうの世界の事を。
彼は寂しかった。共有できる人間がいないことを…何とかして弥生には思い出してほしかった。そしてその願いは漸くかなえられた。
「…確かに思い出しましたよ。向こうの事も。自分のことも…貴方のことも。」
「それじゃあ…!」
「待たせて悪かったな。お前に寂しい思いさせてたなんてな…」
それは『彼』の口調。提督はそのことに歓喜を感じた、漸く彼が還って来たのだと。
「なぁ…いつになるか分からないが俺とお前、ちゃんと元の世界に帰ろう。そしてそこでやり直すんだ。こんな形になってしまったが俺達が親友なのには変わりないはずだからな」
提督は早口でまくし立てた。興奮からか伝えたいことがたくさんあった。その中でも最も言いたいことを言えた。それだけでも彼は満足感を感じた。一瞬の心地に浸っていたがそれは他ならぬ弥生の言葉で斬り捨てられた。
「何を言ってるんですか?帰る必要なんてないじゃないですか。」
その変わり身に提督は震えた。今まで気安い友人だったはずの彼女は一瞬で妖艶な淫魔へと姿を変えた…かのように見えた。
「お、おい何を言って・・」
彼の言葉は弥生が唇を塞いだことで遮られた。そしてそのままフフフと彼女は笑う。
「元の世界も元のオレもいりませんよ…こうして司令官と二人になれない世界に意味なんてないですから。」
そして彼をベッドに組み敷いた。
「……………………ど、どうしたんだよ!?怒ってるのか!?」
「怒ってませんよ……むしろ、嬉しいんですよ。フフフ……」
彼は悟った。もう『彼』はどこにもいないのだと。