そう…まず原因を語るならその泊地は少々、人手不足だった。その割には重要な防衛地点であったり、補給地点としては不可欠な場所にその泊地はあった。だから彼らにはプレッシャーが掛けられているどこか剣吞とした雰囲気があった。
けれども彼の提督は決して悪人ではなかった。侵略者から国を護ろうという気概は十分だった、それに意欲も燃えていた。何より、彼女たちに負担をかけることを誰よりも悔いていた。公平な人間だった、気持ちのいい青年だった、誰もが彼をそう評していた。
艦娘達もそんな彼の心痛を理解していたのか重労働に文句を言う事はなかった。決意は強いが体は弱い青年のために結束はとても強かった。中には愚痴を溢すモノもいたがそれこそ一言文句を言う程度だった。誰も、彼の事を嫌いではなかったのだ。
そう、「カレ」でさえも…
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いけ好かなかったもしれないが、嫌いではなかった。共に戦い続けて来たことで彼とは絆を深めて来たつもりだった。実際、心の距離は縮まったかもしれない。視線の先には問題の彼がいた。
「ああ…済まない、また君に負担をかけることになる。」
「…気にするな、俺はまだ暴れ足りてないからな。」
彼が相対するのはこの人での少ない泊地の貴重な火力要員。雷巡の木曾。だが彼女もまた疲労していた、けれどもそんな弱音を吐いている暇はない。
最近、深海棲艦の攻勢がまた激しくなってきた。横須賀鎮守府防衛戦以来この泊地の近海での侵攻は確実に数を増していた。
この泊地は重要な防衛地点だ。だけど人手は少ない。だから少ない人数でも上手いこと回して動かなければならない。大本営から支給される資源だって有限だ。そのためには遠征艦隊を派遣しなければいけない。ただでさえ人手はなく、更に少なくなる。この泊地に暇人は一人もいなかった。提督だってその一人だ。彼も常に変化する戦況に合わせて目まぐるしく対応しなければならない。これはこの泊地に所属するものの暗黙の了解だった。
『彼の意志を尊重する』、と。
「さて…ああ、そうだ。ゴーヤ、12時間後にまた潜水艦隊を率いて頼む。そうすれば緊急時以外は休んでくれていて構わない。」
「…ホント、疲れたでち。…追加労働手当を貰わなくちゃ割に合わないでち、てーとく。」
「…すまない。」
提督は申し訳なさそうに顔を伏せた。彼は本当に心の底から過労気味なことを申し訳なく思っている。誰よりも多分優しい、だからこんなことをさせたくない、けれどもしなければここの運営は回らない。その激しい自己の矛盾にずっと苦しんでいた。冷酷非道に振る舞い、すべての憎しみを受けてもなお我が道を突き進めるほど彼は強くなかった。
「…それ以上は言いっこなしでしょ。皆、みんな、てーとくを信用してるし、てーとくのために頑張っている。だから謝るのはゴーヤたちの気持ちを裏切ることになる…でち。」
「…ああ。」
「分かっているならよろしい…それより提督、提督も少し休むべきでち。貴方が丸二日休んでないのは皆知ってることでち。」
「…そうだな、私もそろそろ体に限界を感じて来た頃だ。大人しく仮眠を取ることにするよ。」
一時間眠ると言い残し彼はそのまま目を閉じる。一時間だけではなくどうせなら一日でも休めと言いたいのが私の意見だがそれが罷り通るほどここは甘い場所ではない。有事ならば彼は飛び起きてでも事に当たるだろう。いや、もしもを考えていたって仕方ない、私も出撃するのだ、少しばかり休んでおかなければならない。
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「ところでゴーヤ、最近提督と進展はあったのかな。」
海水を噴き出した。それは行軍中にハチが急に言い出した出来事だった。潜水艦隊と言う以上この艦隊を構成するのは潜水艦だけだ。そして旗艦はこの私になるわけだが…
「…どういう意味、かな。ハッちゃん…ゴーヤには質問の意図が掴めないでち。」
「ふむぅ…伝え方を間違えたか。伝達に齟齬があったかもしれない。だったらすまない、ゴーヤ。私の言い方に問題があったようだし謝ろう。」
「なーんて、言っちゃって本当は分かっているんでしょ、ゴーヤは。」
そこに言葉を被せて来たのは潜水艦の中でも割と問題児である伊19…イクだ。
「イクが思うにゴーヤは照れくささで勝ってるの。だから分からないふりして乗り越えようとしてるの。」
言いがかりにも程がある。イクの戯言に普段は付き合ってる暇なんてなく軽くあしらっただろう。けれど、私には心の余裕が足りなかった。
「ほ、本当に意味が分からない…ゴーヤがてーとくと何を進展させるって言うんでち。」
ああ、分からない。関係は確かに悪いとは思わないが、狼狽しているのかハチの質問の意図がつかめない。あまりにもぺースが乱されている気がする。
「ろーちゃん、聞いたことあります。ハッチャンの質問の意図分かります!」
ああ、乗り込んできてのは元ゆーちゃん、現ろーちゃんだった。彼女もこういうところで絡むのは本当に悪癖だ。面倒事のにおいがする。
「ハッチャン、ゴーヤに向けて言った言葉、ダンジョの関係、間違いないです!」
「まあ平たく言えばそうだね、君が提督と良い雰囲気になったかな、と聞きたかったんだ。」
何故そこであてる。そしてハチ、お前はそんなろくでもないことを聞いてくるものじゃいない。いつも本ばかり読んでてそういったことに興味は一切ないと思っていた。というかそれをオレに聞いてくるのは何故だ。ありえないという事を知ってるのではないのか。いや、話したことなかったか。オレが男と言うのはここにいる全員には内緒のことだ。これは上手いこと誤魔化せねばイクに揶揄われ続けることになる。ここは何とかうまい言い訳を…
「最初に言っておく、でち。てーとくと私はそんな関係じゃないでち。」
「そうか…提督との距離が最も近いのは君のため、君ではないかと思ったがそれは思い違いというやつだったか。」
「なんだ、つまんないの。」
イクに関してはからかい前提でこの話にへと首を突っ込んできたらしい、趣味が悪いとつくづく思う。
「大体、ゴーヤは確かにてーとくのことは嫌いじゃないけど、持ってる感情って言えば…」
言えば…それは何なのだろうか。尊敬の念だろうか、優れた上司に対して人間は尊敬の念を抱くことも十分にある。けれども尊敬云々にしては彼のとの関係は気易すぎるだろう。確かに妙に緊張した関係よりもいいが尊敬というわけではないようだ。では友人として好き、ということだろうか。オレは提督のことを良き友人と捉えているためあまり言い難いことでもズバッっと言えるかもしれない。言いたいことを言える関係も悪くはないが、決して上司と部下の関係ではないだろう。
そして言葉に詰まっているオレに天啓が舞い降りた。
「…そう…てーとくとゴーヤは言うならきょうだいみたいな関係でち。」
放っておけばすぐ無理をする、たしかに手のかかる弟を見ているような気分だ。だからきょうだいのような家族へ向ける感情ではないだろうか。艦隊の皆は家族と言うし。
「成程、ゴーヤはそうやって捉えているの。…もう少し時間が必要なのね。」
イクは何かを最後に言ったがそれは海の音に流されてしまった。けれども一刻も早くこの話題を脱するためオレは言う。
「そんなことより任務に集中するでち。今はいないけれどもいつ来てもおかしくない位置にゴーヤたちはいることを忘れないで。」
そうやって注意を促していた自分が一番気を抜いていたかもしれない。自分が一番馬鹿だったかもしれない。いや、結果論を言ったところで何かが現状が変わるわけではない、もしもオレが判断を間違えなければ、何事もなく皆、帰還出来ていただろう。
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暗い海の中を走る。
正直に言えば泣きたいが泣けば彼女たちの最期の努力を無駄にすることになる。それだけは何としてでも避けなければならない。オレが伝えなければ間違いなく泊地は大惨事になる。だから暗い海の中を走る。
それは想定してなかった深海棲艦の艦隊だった。いつの間にか囲まれていたオレたちは反攻するまでもなく袋叩きに遭った。けれども最期の輝きをもってオレを逃がしてくれた彼女たちのためにもオレはとにかく走る。
ああ、傲慢だった、楽勝だと思っていた、ああ、チクショウ、オレは大馬鹿野郎だ。彼女たちにも提督にも申し訳が立たない。もう十分すぎるほどに失態を演じたがこれ以上泥を塗るわけにはいかない。オレが一秒でも遅れたらもっと多くの犠牲が出る。心の中で彼女たちに謝罪しながらも泳ぐ足は決して止めない。いつもの数倍速度が出てる気もするが多分脳がマヒしているのだろう。けれども十分だ、こうやって考えれているならそれだけで事足りる。
脳裏に思い浮かぶのは提督だった。常に無理をするあの人をオレは心配してない日はなかった。けれども彼の優しさに皆、救われていた。何より救われていたのはオレだった。
あの日、艦の記憶により暴走していた自分を慰めてくれたのは他の誰でもない、彼なのだ。苦しかった時助けてくれたのは他の誰でもない、提督なのだ。
ああ、今更知るだなんてオレ…私は愚かか。こういう感情をどういうのか私は知っていたはずだ。けれども今更気が付いてしまうとは。
この感情を世の中では『愛』と言うらしい。
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残骸が漂っていた。
海に浮かんでいるのは鉄の塊と人間たちが作り出した文明の利器の数々だった。それらは全てオレにも見覚えがあったものだった。だって
それはゴーヤが過ごしてきた泊地のある島なのだから
その日、地図から一つの島が消えた。オレは鉄の残骸を掻き分ける。残骸の中心には机、紙などが多く散らばり沈んでいっていた。そしてさらにその中に一つの布切れがあった。
オレはそれを手に取る。潮に濡れて少し変色していたがそれは間違いなく。
どうしようもなく毎日見て来たもので、見上げていたもので…彼によく似合っていたものだった。
「…どうして?」
「オレ、頑張ったよ…泣きそうになるくらい辛かったのに、頑張ったんだよ。」
「なぁ…悪い冗談ならやめてくれよ。」
「提督…ほら早く出てきて、褒めてくれよ。こんなに可愛い子が待ってるんだからさ。」
くしゃりと顔が歪んだ、果たして彼女はどんな顔をしていたのだろうか。彼女にそれを知る術はない。だって、それはもはや意味のないことだったから。彼女にとってそれは無意味なことになり下がったのだから
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」
タダヒトツ、ゴーヤハドウコクシタ
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「てーとく、おかえりでち。また頑張っていたみたいでち、えらい、えらい、でち。…えっ?また行かなくちゃいけない?…ならゴーヤも行くでち。…どこまでも、もう、ずっと、離れないでち。」