掲示板/zero
「かんぱーい!」
艦娘に憑依…なってしまった彼女たちは掲示板を用い、交流を持ち、時にリアルに出会いその交友の輪を広げていく。故に、このように艦娘達の飲み会が行われるのも結構頻繁だ。
「佐世保鎮守府のアイドル那珂ちゃんだよー!今日も可愛いー!」
と言いながらビールジョッキを掲げるその姿は何ともアンバランスである。中身が中身の場合だから仕方ないのかもしれないが。
「なんで私がこんなところに…」
ぶつぶつと文句を言っている軽巡、五十鈴。改二になってからというもの彼女の胸部装甲は実に豊満になった。
「ははは…ごめんね、五十鈴。僕が無理に誘ったせいで…」
「別に時雨のせいじゃないわ。ただ…なんでこの面子なの?」
五十鈴の視線の先には一升瓶をマイクのように持ち既に出来上がっている那珂、それを悪乗りするかのように手拍子で囃し立てる伊58 そしてその隣で困ったように苦笑いしている時雨。最後に呆れている五十鈴だ。
「僕の知りえる限りで今日来れる子ってなったから彼女たちだけで…迷惑だったかな?」
「別に…他の鎮守府との交友は持ってて別に損ではないし。」
それにしてもしょうがない子たちねと五十鈴は一人嘆息した。
「どうせなら何か話すでちよ。このまま飲んだくれるだけでも退屈でち。」
「んー…とはいえ何を話せばいいのかな。僕もそこまで話題が豊富というわけでもないし…」
「なら那珂ちゃんから!」
突然ビシッと手を上げた那珂が話題を提供する。
「ずばりやっちゃったことを暴露大会!」
「…は?」
五十鈴の呆れた声が響く。だが那珂はそのまま突っ切る。
「何かしらの失敗談はあるはずでち。酒の席でち 遠慮なく暴露していくでち。」
相当酒が回っているのかゴーヤもいつも以上に傍若無人である。
「とはいえ完璧なアイドルである那珂ちゃんに汚点なんてない!そうそう、那珂は立派な提督だったんだから!」
那珂の立派な提督という言葉に五十鈴とゴーヤが突然頭を押さえた。
「も、もう働きたくないでち。これ以上出撃したくないでち…オリョクルはやめてほしいでち!反省してるでち!」
「や、やめて大和…もうこの体はあげられないから!た、食べないで…もう与えられるものも代わりの私もいないんだから…五十鈴牧場とか言って本当にごめんなさい!だから食べないで!」
「ふ、二人ともどうしたの!?」
突然の豹変に時雨は大慌てである。それを予期していたかの如く那珂はふふんと笑った。
「やっぱりかぁ。…那珂たちが艦娘になっちゃうときって秘書艦だった子だからね。どうしてこの二人はこうなったのかってさっきからずっと考えてたんだ。」
「ま、まさかそのためにわざわざ発破をかけたの…?」
「情状酌量の余地はなし、だよ。存分に自分の良心で悶えると良いと思うの。」
「…君も趣味が悪いね。本当に。」
「や、休ませてほしいでち。中破してるでち。これ以上出撃させないでほしいでち!」
「やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて食べないで食べないで食べないで食べないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで殺さないで」
「ちょ、五十鈴、大丈夫!?」
「清廉潔白な提督であるなら何も恥ずかしがることはなかったんだよ。その点那珂ちゃんはホワイト鎮守府だったんだから!」
割と彼女の性格の闇の深さを垣間見た時雨だった。だがその瞬間、那珂の様子もすぐに変わった。
「…れ…あれ…?なんで那珂が目の前で沈んでるの…?なんで練度も低いままわたしが出撃するの…?ねえテイトク…何をしようとしてるの?」
「テイトク…?なんで…そんなに怖く笑ってるの…?」
瞬間、彼女の瞳から赤い血の涙がぼたぼたとこぼれ始めた。
「ああ…あぁああああああああぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁああああああああああああ!!!!!」
那珂の絶叫がその部屋に響き渡る。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい沈めてごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい許して許して許して許して許して許して許して許してごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい——————ワタシヲシズメナイデ!!!」
「不味い!!!」
時雨は那珂に手刀を浴びせて気絶させるとその場に寝かしつけた。
「…当人たちになってやっとその残酷さが分かる…か、残酷な話だよね。」
那珂はかつて捨て艦常習犯だった。彼が那珂になったのも秘書艦であった彼女を捨てる気満々だったからだ。…ただ、それが来ることはなかった。那珂に自分がなってしまった時彼女は意図的に自分がホワイトテイトクであったと思い込もうとしていた。…そうでなければ自分と同じ顔のした少女がたくさん海に沈んでいくのを幻覚として見てしまうからだ。
「もう働きたくないでち————ハッ!」
「ちょっそんなところ食べられな——————っ!」
五十鈴とゴーヤが那珂がダウンしたことによってかようやく現実へと復帰した。そして思わず血涙を流し眠る那珂に顔をしかめた。
「…当人が一番のブラックテイトクだった…ていうのもおかしな話ね。」
「…五十鈴、これはお願いだけれど…彼女の前では言わないで欲しいんだ。…彼女はまた壊れてしまってもおかしくない…」
「わ、分かってるわ…さすがに自業自得とはいえそれで廃人にでもなられたらこっちも寝覚めが悪いもの。」
気を取り直してか、那珂は寝かしたまま酒宴は再開された。
「思わぬところでトラウマっていうのは植え付けられるものだよ。けれどもそんな事実も受け止めなければいけないのも中々きついものがあるよ。」
「…こんなことなら元の記憶なんて持って生まれなかった方が幸せなのかしらね。」
「けれどもそれじゃあゴーヤたちは自分を失うことになるでち。」
「…うん、僕たちは自我を維持したいと思う…だからこうやって今でも船の記憶と削り合いをしてるんだよね。」
はぁと時雨はため息を吐いた。そして焼酎を一度ぐいっと呑むと五十鈴に向けて酌をした。
「とりあえず今日は呑もう。…呑めば少しは気が晴れると思うよ。」
「そういうものかしらね。まあいただくわ。」
そして彼女たちの盃を傾ける速度が速くなっていく。その度に彼女たちの頬は紅潮していき、だんだんと呂律が回らなくなっていく。
「そもそも!僕たちを呼びだした方も無責任だよ!二十年前がどれだけ緊迫してたのかは理解しているけれども何も人が死ぬようなものをやらなくてもいいじゃないか!」
「…人が死ぬもの?」
「…そっか、五十鈴はあの時勢は知らなかったよね。当時深海棲艦との戦いで決定打が分からず迷走していた時何をとち狂ったのかかつての大戦の忌々しい人間爆弾を使おうとしたんだよ。」
「…人間爆弾…しょれって…」
「『神風特別攻撃隊』、『震洋』、『回天』…物資の少なさもあいまって命すら資源と同等に扱われていたんだよ。」
「やめるでち。」
ゴーヤが時雨の言葉を遮った。不味ったという表情をした時雨。酒に任せて饒舌になり過ぎたと彼女の酔いが急速に覚めていった。
「あんなもの…ゴーヤにはいらないでち。なくてもゴーヤは戦えるでち…いら…ない…イラナイイラナイ…イラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイイラナイ…やめるでち…ヤメロヤメロヤメロヤメロメロ…ヤメロ!!!ゴーヤにそれを乗せるな!!!」
「不味い…っ!」
「シグレ…ウラムデチ…ソンナノ…ダカラレイテデハ…」
血涙を流すゴーヤ。それを抱きとめる五十鈴…そしてゴーヤからもたらされた言葉に時雨は頭痛を感じた。
「…はは…今…そんなこと…何も関係ないじゃないか…」
ぽたぽたと生温かい何かが流れ落ちている。
「時雨…あんた…」
「あれ…おかしいな…僕には何も関係ないよ…ボクは違うんだ…僕は時雨じゃないんだよ…」
ボタボタボタボタと床を赤く染めていく。
「違う…チガウ…僕は…ボクハダレダ…?」
目の前に広がっていくのは海…崩れ、誰かが散って行く海。
「ヤマシロ…フソウ…ヤマグモ…ミチシオ…アサグモ…モガミ…ミンナドコヘイッタノ…?ネェカクレンボダナンテシュミガワルイヨ…ネエ、バカナコトヲシテナイデミンナデテキテヨ…ネェ…ミンナ… ドコヘ…イッタノ…?」
「っ時雨!乗るな戻ってきなさい!」
「ッ!チクショオオオオオオオオオォォォオォォォォォオォォ!!!ナゼボクダケ!!!ナゼボクダケ!!!ナゼボクダケイキノコッタ!!ナニガ…ナニガコウウンダ!!!ナニガ、ナニガ!!!」
きっかけは些細なことだ。些細なことで彼女たちは深く同調する。
「…チクショウ…」
血涙を流したまま時雨は眠りについた。激しい怒りに彼女は目覚め…そして疲弊してしまった。
「…本当に、恨むわよ。…私を…私たちをこの世界に召喚したカミサマ、とやら…」
忌々しそうにギリっと歯を食いしばった五十鈴だけが残った。
と思っていたのか?