タイトル通りの内容です。可愛い魔王の娘が、勇者にデレデレするだけの物語。
是非、頭をスッカラカンにしてお読み下さい。

この作品は、『小説家になろう』にも、投稿しています。



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勇者と魔王の娘が婚約して、世界は平和になりました。

 

 

「フンッ……勇者の力とは、この程度か」

 

 嘲笑うような声が、頭上から満身創痍の俺に浴びせられる。

 言葉を返すだけの体力も無い俺は、どうにか顔を上げて、声の主を睨む。

 

 俺を見下ろしながら、玉座で踏ん反り返る、漆黒の鎧を纏いし浅黒い肌の大男。

 奴はこの世界を混沌に陥れ、滅ぼそうとする悪の存在――魔王だ。

 

 そして俺はその魔王を討伐すべく、仲間と共に旅立った勇者の使命を受けた者。

 長い旅路を経て、魔王城へ辿り着いた俺達はついに魔王との決戦に挑み――今まさに、敗北の瞬間を迎えようとしていた。

 

 クソ……ここまで来て、負けちまうのかよ……ここで負けたら、他のモンスターを足止めしてる仲間達も全員殺されちまうのかな……それだけじゃない、国のみんなも、世界も……こいつに壊されてしまうのか?

 

「苦しかろう。今すぐ、楽にしてやる」

 

 魔王が右手を前に出す。赤黒い光が、掌に集まる。

 

 ここまでか……ゴメン、みんな――全てを諦めて、目を閉じた、その時だった。

 

「――ねー、パピー」

 

 この場に似合わない緊張感の無い可愛らしい声が、突然聞こえた。

 

 顔を上げると、魔王の座る玉座の裏から、一人の少女が顔を覗かせていた。流麗なピンク色の長髪を靡かせる、小柄で幼い顔立ちの少女だ。

 

「ん? あれ!? フィーちゃん!? どうしてここに!?」

 

 魔王はその少女を視界に捉えると、さっきまでの威圧感が嘘みたいに素っ頓狂な声を上げる。

 

 な、なんだ? フィーちゃん? 誰なんだあの子、いきなり現れて……人、なのか?

 

「こんなところで何してるの! 今パパ取込み中だからさ」

 

 パパ……? え、という事はあの子は魔王の娘か!? 嘘だろ……見た目普通に可愛い女の子じゃん! ……ていうか魔王なんかキャラ変わってね?

 

「ならさっさと終わらせてよねー。私お腹すいたー」

「ま、待っててね! すぐにこの勇者殺して、ご飯にするから!」

「ゆーしゃー? パピー、そんなの殺すのに時間掛かってるの?」

 

 そう言って、魔王の娘はようやく俺の方に目を向ける。

 そして俺と目が合った瞬間――彼女の動きが、時が止まったように固まった。

 

 な、なんだ? なんかジッとこっちを見たまま動かないが……しかし、本当に見た目は人間だな。

 肌は綺麗な肌色だし、そんじょそこらの女子よりよっぽど美人だ。身長も小さめで幼い顔立ちだが、スタイルは出てるとこは割かし出ててとても魅力的だ。もしも街中に居たら、声を掛けてしまいそうだ。

 

「さて……待たせてしまったな」

 

 と、呑気に彼女の観察をしていた俺に、再び迫力が戻った魔王の声が届く。

 そうだよ……俺、これから殺されるんだった……全く、カッコ付かない最後だな……

 

「娘との時間が惜しい。一瞬でチリに――」

「パピー待った!!」

 

 魔王の攻撃が放たれる直前。魔王の娘が突然俺と魔王の間に割って入る。

 そして彼女は、そのまま俺に向かって歩み寄る。

 

「フィーちゃん!? 何してるの!? そんな男に近付いちゃ駄目だよ勇者菌移っちゃうから!」

 

 謎の造語で引き止める魔王を無視して、魔王の娘は俺の正面に立つ。そのまましゃがんで、俺の顔をジッと見つめる。

 一体何が目的なのかさっぱり分からず、俺は呆然と、彼女の大きく澄んだ黄色い瞳を見つめ返す。

 

「……決めた」

 

 しばらくすると彼女はすくっと立ち上がり、魔王の方に向き直る。

 

 そして彼女は――高らかと叫んだ。

 

「私――この人と結婚する!!」

「…………はい?」

 

 え? この子何を言ってるんだ? ……結婚? ……え、俺、今求婚されたの? ……どういう事?

 

 完全に思考が停止する。それは魔王も同じようで、間抜け面で己の娘を見ていた。

 

「……ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!? ちょっとフィーちゃぁぁぁぁぁぁん!?」

 

 が、しばらくして再起動したようで、魔王の間を震撼させるほどの絶叫を迸らせる。

 

「なななななななな、何を言ってるのいきなり!? けけけけけけ、結婚って、そいつと!? 今パパに殺されかけてた軟弱勇者を!? 何故!? どうして!?」

「どうしてって……一目惚れ?」

「ひっ……」

「なんていうかー、ビビッてきたっていうか? ボロボロになった姿にキュンってきたっていうか? なんかもう……好き、って」

 

 そう言って魔王の娘は両手で頬を押さえる乙女のポーズを取り、ポッと顔を赤らめる。

 

「……いやいやいやいや! そいつ勇者ぞ? パパ達の敵ぞ? そいつ居たら世界滅ぼせないんだよ?」

「そんなの関係無いし! つーか世界なんて滅ぼさなくていいでしょ? だってそれ成し遂げたところでなんも無いじゃん?」

「あ、それ言っちゃう!? いや、パパも薄々思ってたけどさぁ。でもやっぱ魔王だし? やる事やんないと……」

「というか前から気になってたけどその魔王って何? ダサくない?」

「ダサくないよ!? と、ともかくパパはそんなの認め――」

「あー、もう。うっさいなぁ」

 

 苛ついた声を上げて、彼女は地面を思い切り踏み鳴らす。

 すると、地面が隕石でも落ちたかのように砕け、嵐でも巻き起こったかのような衝撃が辺りに広がる。

 

「私が結婚するって言ってんの。文句言うんなら……パピーでも殺すよ?」

「……はい、ごめんなさい」

 

 魔王弱っ!? さっきまでの威圧感どこ行ったの!?

 

「分かればよし」

 

 満足、と言った風に呟き、彼女はクルリとこちらに向き直る。

 

「と、いう訳で」

 

 再びしゃがんで、顔を見つめながら俺の手を取る。

 目はキラッキラに輝き、頬は赤らんで、表情はうっとりとしている。完全に、恋する乙女のそれだ。

 

「私、フィリスって言うの。これから末永く、よろしくね――ダーリン!」

「…………えぇ……」

 

 

 ◆◆◆

 

 

 その後、俺の仲間や魔王の配下達にも先刻の魔王の娘、勇者に求婚事件を説明して戦いは一時中断。

 そのまま俺と仲間達、それから魔王とその娘は、俺に勇者の使命を与え、送り出した王に状況を説明する為に一旦王都へと戻った。

 

 そして王都に戻り、事情を説明した後に王が発した発言が、これだ。

 

「……何やってんのお主」

 

 当然だ。魔王倒してこいと命を与えた勇者が、魔王の娘口説き落として、魔王親子同伴で王都に戻って来たのだから。

 

 王は頭が痛いと言わんばかりに眉間を押さえ、しばらく考え込んだ後、口を開く。

 

「……とりあえず、事情は理解した。それで……それが、魔王の娘か?」

 

 と、王は俺の腕に満面の笑みで絡みつく魔王の娘――もとい、フィリスを見る。

 さっきからなかなかに包容力がある谷間の感触が伝わってきて、ちょっと話に集中出来ない。

 

「で、なんだ……その娘は、勇者との婚約を望んでおり、叶えてくれるのならば今後魔王軍は我々と争う事はしない……という事で問題無いのですかな? その……魔王よ」

 

 俺の後ろで不機嫌そうに仁王立ちをする魔王に、王は恐る恐る問い掛ける。

 

「一応、そういう事にはなっている。だが! 我はそんな事を断じて認めるつもりは無い! 貴様らのような劣等種族に、我の可愛い愛娘を――」

「パピーちょっと黙ってて」

「…………すみませんでした」

 

 だから弱いよ魔王! お父さんでしょあんた! 

 俺、あんな奴に殺されかけたのか……情けない。

 

「そうか……フムゥ……」

 

 王は立派な顎髭に手を当て、数秒程考え込む。

 

「……よし。勇者よ! お主に、魔王の娘、フィリス嬢との婚約を命じる!!」

「……え、マジですか!?」

 

 突然のお前結婚しろ宣言に、つい反応が遅れる。

 

「いやいや待って下さい! そんないきなり決められても! 俺の意思はどこですか?」

「なんだ? お主は嫌なのか?」

「嫌、ていうか、なんというか……いきなり結婚とか言われても……」

「まあ、嫌だと言ってもお主に決定権は無いがな。世界を救う為だ。大人しく婿に参れ」

「いやいやいやいや! そんなの困りますから! だって、相手は魔王の娘ですよ!? 見た目は人間ですけど、いわゆる魔族ですよ!? そんなのといきなり結婚とか――」

「ダーリン……」

 

 王に反論をぶつける中、俺にしがみ付くフィリスが悲しそうな声を上げる。

 その声に慌てて視線を彼女に移すと、上目遣いで、こちらを見上げる涙目のフィリスの顔が映った。

 

「ダーリンは……私と結婚するの、嫌……?」

「……嫌というか、その……」

「おい……何ウチの娘泣かしとんじゃ。滅ぼしちゃうよ? 世界滅ぼしちゃうよ?」

「ヒィ!? ほら勇者! いいから娘さんと婚約せんかい! それで世界が救われるんだ! どーせ魔王倒せないんだから諦めんか!」

「あー、それ言っちゃう!? お主なら出来るって送り出した張本人がそれ言っちゃう!? だったら最初から勇者の使命なんて与えるなポンコツ王がぁ!!」

「負けた癖に何様だ貴様ぁ!!」

「勇者様じゃバカヤロー!!」

「こっちは王様じゃ敗北者ー!!」

「誰が敗北者じゃゴラァ!! その通りだけど取り消せコンニャロー!!」

 

 思いがけない事の連続で混乱し、お互い頭に血が昇っていたのだろう。その後俺は小一時間ほど、王との口論を繰り広げた。

 

 

 で、結局俺は王の命令と、世界を人質にした魔王の脅迫に抗う事は出来ず……魔王の娘、フィリスと婚約し、魔王軍と人類の争いは終結。世界に平和が訪れたのでした。めでたし、めでたし――

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

「……全然めでたくない」

 

 魔王の娘と婚約って……こんなの全然予想してねえよ。

 俺が予想してたのは、こう……カッコ良く魔王を倒して、王都のみんなからチヤホヤされて、最終的には一緒に旅をした仲間と結ばれて、平穏にどっかの小さな村で余生を過ごす――みたいな事を想像していたのに。

 

「……現実はこれだよ」

 

 と、俺は目の前に立つ巨大な建物――先日激闘を繰り広げ、敗北し、求婚された魔王城を見上げた。

 

 俺を待ち受けていた現実は、カッコ悪く魔王に敗北し、王都のみんなから敗北者と馬鹿にされ、最終的に魔王の娘の婚約者になり、辺境にある魔王城で余生を過ごす――という、想像もしなかった結末になった。

 

 世界は平和になったかもしれないけど、俺は全然平和じゃないよ。不安いっぱいのお先真っ暗な人生だよ。本当に、どうなるんだよ俺……

 

「……諦めるしかないか」

 

 とりあえず、今は流れに身を任せよう。この状況を脱する機会は必ずあるはずだ。だから今は、我慢の時だ。

 そう自分に言い聞かせながら、俺は魔王城の巨大な門を開いた。

 

 先に広がっていたのは、広大な広間。

 そこには俺を待っていたのか、フィリスが立っていた。何故か、可愛らしいピンクのエプロン着用で。彼女は嬉しそうで、ちょっと恥じらいのある笑顔を浮かべながら、両手を合わせて微かに体を傾けながら、こう言った。

 

「お帰りなさいダーリン! ご飯にする? お風呂にする? それとも……わ・た・し?」

 

 ……どこでそんな言葉を覚えたんだこのお嬢さんは。でもちょっと可愛いと思っちゃった自分が居るのが悔しい。

 

 どう返答すべきか困っていると、フィリスが困惑したように表情を崩す。

 

「あ、あれ? 人間の夫婦はこういうやり取りをするって聞いたけど、違った?」

「……どっから仕入れたよその情報。まあ、多分あってるんじゃないか。知らんけど」

「そっか! それで、ダーリンはどうする?」

「……じゃあ、風呂で。なんか変な汗かいてるし」

「分かった! じゃあお風呂場に案内するね!」

 

 元気の良い声を発しながら、フィリスは歩き出す。

 つい答えてしまったが、魔王城の風呂ってどんなのよ……毒の沼とかじゃないよね? 人間に害ないよね?

 

 そんな心配を抱きながら風呂場に向かった訳だが、俺を待っていたのは意外にも普通の風呂場だった。

 お湯も透明で適温。更にとても広くて、まるで王宮の大浴場だ。……ただ、一面黒一色で、髑髏のオブジェクトが所々にあるので、全然快適ではないが。

 

 こんな場所に居ては余計に変な汗が出る。さっさと済ませて出てしまおう。

 湯にはゆっくり浸からず、汗だけ洗い流してしまおうとした、その時だった。

 

 突然、風呂場の入口が開き――タオル一枚だけを纏ったフィリスが、風呂場に入って来た。

 

「どわぁ!? お、お前何しにきた!?」

「何って、背中を流しにだよ! 妻は夫の背中を流すものだって聞いたから!」

「だからそれどこ情報……そんなのいいから!! 早く出てけよ!!」

 

 目を逸らしながら、俺は風呂場の外を指差す。が、フィリスはそれに反して俺に近寄る。

 

「大丈夫! 上手くやるから! ダーリンは安心して、背中を預けて! ね!」

 

 ……ああ、これ、いくら断っても無駄な感じだ。これ以上歯向かっても、結果は変わらないだろう。

 俺は諦めて、彼女に背中を向けて近くにあった風呂用の椅子に腰を下ろす。

 

「じゃあ、背中流すねー」

 

 フィリスが俺の背後に膝を突く。チラリと後ろを向くと、タオルの隙間から小柄な割には少し大きめな胸が見えてしまい、慌てて目を逸らす。

 

 ほんと、魔王の娘という点を除けば非の付け所が無いぐらいに良い子だなこの子……こんな子と婚約なんて、立場が違ったらこれ以上嬉しい事はないだろうに……魔王の娘という事実がその歓喜を妨げる。

 少しでもやらかせば、あのお父さんの逆鱗に触れてしまえばこの世界は滅びかねない。そんな綱渡りな結婚生活など、精神が磨り減るだけだ。

 

 どうしてこんな事になってしまったんだ……早くこの状況から脱却したい。……いや、もうこうなったらこの状況を謳歌するように努力してみるか?

 別に彼女自体は、今のところ悪い子には見えない。むしろ良い子だ。もしも、俺がこの子を真剣に、本気に愛する事が出来れば、この状況も天国に変わるかもしれない。

 

 なら……ちょっと距離を縮める事にトライしてみるか。まずは……会話だ。

 

「えっと……フィリス?」

「なぁに、ダーリン」

 

 俺の背中をゴシゴシ洗いながら、フィリスは嬉しそうに返事をする。

 

「その、さ。フィリスはどうして、俺と結婚したいなんて?」

「言ったでしょ、一目惚れだよ!」

「……それだけ? なんというか……無いの? 他に」

「無い!」

「そっから発展しないのね……それだけで、よく結婚しようと思ったな」

「うーん……なんというか、したい! って思ったんだよね。だから、結婚するって決めたの!」

 

 適当だな……魔族はそういう生き物なのか? 振り回されるこっちの身にもなってほしいよ。

 

「――でもね。私、なんとなく予感があるの。私はきっと、これからダーリンをもっともっと、いっぱい好きになるって!」

「え? ……なんで?」

「なんとなく!」

「なんとなくって……」

「でも間違いないって、確信してる! だから、私はダーリンとの結婚を後悔なんてしないよ!」

 

 ニッコリと、フィリスは愛らしい笑みを見せる。あの邪悪な魔王の娘とは思えない、無邪気で可愛い笑顔だった。

 

 ……なんか、調子狂うなぁ。

 

 

 

 風呂を終えた俺は、フィリスに連れられて移動を開始。

 着いた部屋にあったのは、巨大な食卓。恐らく、食堂だろう。

 

「じゃあ、私はお料理持って来るから、座って待っててね!」

 

 そう言って部屋を出るフィリス。俺は言われた通り、適当に席に座る。

 

「――勇者か」

 

 同時に、部屋の入口から聞き覚えのある声が聞こえて来る。魔王だ。

 

「フンッ、不愉快だな……貴様のような下等生物が、我の食卓に居座っているとはな」

「それはこっちのセリフだよ。あんたとディナーとか、とんだ罰ゲームだよ」

「羽虫が……今すぐ殺してやってもいいが、それではフィーちゃんが悲しむからな」

 

 と、魔王は食卓の一番奥に腰を据える。

 ……とりあえず、その威圧感のある声でフィーちゃん言うの止めてくれないかな。

 

「……言っておくが、我は貴様を微塵たりとも認めてはおらんぞ」

「……知ってる」

「だが、我にとって一番はフィーちゃんの望みだ。フィーちゃんがそれを望むのならば、我は大人しくしていよう。……ただ、一つ言っておく。もしもフィーちゃんを泣かせるような事があれば、容赦はせん。世界滅ぼすかんね?」

 

 そんな軽いノリで世界一恐ろしい脅し文句吐くの止めてほしいな……

 泣かせたら、か……これは下手な事は出来んな。出来る限り、彼女の機嫌を損ねる事は避けないとな。

 

「お待たせダーリン! お料理、持って来たよー!」

 

 勢いよく扉が開かれ、戻って来たフィリスが俺の目の前に料理を並べる。

 

 その料理に、俺は言葉を失った。

 

「これ全部、私の手作りなの! いっぱい召し上がれ!」 

「……フィリス。この紫の液体は?」

「これ? キマイラの血を使った特性スープ! とっても癖になる味なんだ!」

「……この骨の付いた肉は?」

「それはぁ……ゴブリンの肉をスケルトンの骨に刺して、フェニックスの炎で焼いたお肉! 生きてるみたいにジューシーなんだよ!」

「……この黒いのは?」

「えっと……忘れた! けど、きっとおいしいよ!」

 

 この子料理出来ないタイプの子だ! しかも材料漏れなくモンスター! 共食いじゃん!

 これは駄目だ……食べたら確実に死ぬ。魔王討伐の旅で培った危機管理能力が全力で告げている。流石にここは断るしか……

 

「勇者。夫たる者、妻の出した料理は残さず平らげるのが礼儀だ」

 

 逃げ道塞いできたよこの魔王! こんな時だけ夫認定するの止めて! 嫌がらせか? 俺に対する嫌がらせか!?

 

「あ、ついでにパピーの分も作ってあるから、食べていーよ」

「……パパはちょっとお腹痛いから遠慮しとくよ」

 

 おいコラパピー! お父さんなら愛娘の手料理ぐらい平らげなさいよ!!

 

「あ、フィリス。俺もちょっとお腹痛いから、料理は遠慮しとこうかなぁ……」

「え……そ、そっか……私の料理、いらない……?」

 

 小さな声を出しながら、フィリスは悲し気な目で俺を見る。

 

「うっ……」

「……セカホロしちゃう?」

「食べる食べる! 全部頂きます!!」

「本当!? よかったぁー! じゃあダーリン! あーん!」

 

 一転、元気いっぱいになったフィリスは、肉……らしきものを俺の口に運ぶ。禍々しい気配が、俺の口目掛けて近付く。

 

 か、覚悟を決めろ俺! これも世界を救う為だ!

 

「あ……あーん……」

 

 そこから先の事は――何も覚えていない。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 気が付くと、俺はとある個室のベッドの上に横たわっていた。

 

 なんだか、口の中が変な味がするし、異臭が常に鼻腔を攻めている。そんで……お腹の中で何かがうごめいている気がする。

 

 明日以降も、あのような料理を食さなきゃいけないのだろうか……そんなの、命がいくつあっても足りない。

 この状況も天国に変わる……そんな事を考えもしたが、やはりそんな事は無い。この生活が続く限り、俺の下に平和は訪れない。

 

 やはりどうにかしてこの状況から逃げ出さなくては……でも、もし俺がここから逃げたらどうなる?

 ……嫌でも想像出来てしまうな。きっと世界滅亡ルートまっしぐらだ。

 

「はぁ……俺がしっかり魔王に勝てていれば、こんな事にならなかっただろうに……」

 

 でも悲しいかな、俺は魔王には勝てない。今再戦を申し込んだところで、待っているのは敗北。そして今度こそ世界の滅亡だ。

 

 結局俺には、この状況に耐えて、魔王とその娘との共同生活を過ごすしかないのか?

 

「……ん? 待てよ……」

 

 そうだよ……俺、今は魔王と一つ屋根の下に居るんだ。つまり、魔王の懐に居るようなもの。

 つまり……この状況なら、不意をつく事も可能なのではないか? 夜襲を仕掛けるなり、色々手はある。

 

 正直、勇者としてはどうかと思うが、魔王さえ倒せれば世界の危機は去るんだ。つまり、俺とフィリスの婚約も意味が無くなる。

 

「……やってみるか」

 

 ならば今日の夜中、早速実行に移してみるか。出来る事なら、一日でも早くこの状況から脱却したいからな。

 

 確か魔王城を攻めた時に、武器庫があったのを確認してる。武器はそこで調達すればいい。魔王の寝床は……フィリスにそれとなく聞けばいいか。

 早速行動開始だ――と、部屋を出ようとした途端、扉が開かれる。

 

「あ、ダーリン目が覚めたんだ!」

 

 入って来たのは、フィリスだった。寝具と思われる薄手の黒いワンピースに着替えた彼女は、どことなく色気を醸し出していた。

 

「ご飯を食べ終わった後、すぐに倒れてビックリしちゃったよ! ちょっといっぱい食べさせ過ぎたね、ごめん」

「え? あ、ああ、そう、だな……」

 

 問題は量じゃないけどな……なんて、口が裂けても言えない。

 

「あ、そうだ。フィリス、魔王ってどこで寝てるか、知ってるか?」

「パピー? どうして?」

「え!? いや、その……ほ、ほら! フィリスと婚約した訳だし、改めてご挨拶にー、なんて」

「ダーリン……私との事、真剣に考えてくれてるんだね……嬉しい! パピーの部屋なら、ダーリンと始めた会った場所の奥にあるよ」

「あの部屋か……ありがとう」

 

 どういたしまして、とフィリスは微笑みを返す。

 そのまま俺が横になっていたベッドに歩み寄り、中に潜り込む。

 

「さあ、今日はもう遅いし寝よ! ほら、ダーリン!」

「え? その……ここで、一緒に寝るの?」

「うん! 夫婦って、一緒に寝るものなんでしょう?」

「そ、そう、だな……」

 

 まあ、彼女が寝た後にこっそり抜け出せばいいか……ていうか、女子と一緒に寝るなんて初めてだな。

 見た目は少し幼いし魔族だが、彼女だって立派な女の子だ。一緒に寝るのは、男として少々気恥ずかしい。

 

 が、ここで断ったら、きっとフィリスは「一緒に寝てくれないの……?」と悲しみ、どっかの馬鹿魔王が「世界滅ぼしちゃうよ?」となるだけだ。

 つまり、断る権利は無い。俺は大人しく、明かりを消して彼女の横に横たわる。

 

 同時に腕に襲い掛かる、柔らかい感触。それが彼女の胸だと、遅れて気付く。

 

「な、何を……!?」

「こーしてたいからしてるの! ダメ?」

「……いいよ別に」

「やった! ダーリン優しい!」

 

 さらにギュッと強く腕を抱き締め、限界ギリギリまで密着する。

 なんか甘い香りがする……それに色々柔らかいのが当たってるし、正直このまま眠ってしまいたい気分になる。

 

「……今日は、すっごく楽しかった」

 

 ふと、フィリスがそんな事を呟く。

 

「ダーリンと一緒に過ごして、私今までで一番楽しかった。やっぱり、ダーリンを選んで正解だった。もっともっとダーリンを好きになったら、もっともっと毎日が楽しくなるよね?」

「……俺に聞かれても、困る」

「そっか。でも、そんな予感がする。私は、きっと、もっと幸せに……」

 

 彼女の言葉が、やがて寝息に変わる。どうやら夢の世界に旅立ったようだ。

 

 幸せに、か……会ったばかりの、しかも種族も違うような相手によくそんな事を言えるもんだ。こっちはまだてんやわんやだっていうのに。

 このまま彼女と一緒に過ごすっていうのも、ある意味良いのかもしれない……でも、それでも危険は常に付きまとう。いつ、魔王の気が変わるか分からないのだから。あと、俺の身が耐えられるかも危うい。

 

「……行くか」

 

 フィリスを起こさないようにそっと起き上がり、彼女の弱まった抱擁から抜け出し、部屋を出る。

 

 暗い廊下を記憶を頼りに進み、武器庫に潜入。剣を一本拝借して、魔王の部屋を目指す。

 幸い、警備の者は居らず、容易く魔王の部屋に潜入出来た。

 

 奥行五十メートルはありそうな広大な部屋。奥にベッドが一つ。

 気配はある。恐らく魔王が、あそこで寝ている。

 

 息を殺して、ゆっくりと近付く。一歩ずつ、魔王に気付かれないように進む。

 そしてベッドの目の前に立った瞬間。俺は剣を全速力で振り下ろした。

 

「――夜襲とは、汚い真似をするものだな」

 

 が、剣で裂いたベッドの中には魔王の姿は無く、背後から声が聞こえた。

 慌てて振り返ると、そこには魔王が立っていた。――星柄のナイトキャップと、寝巻きに身を包んだ。

 

 ……何その可愛い格好! 緊張感台無しだわ!

 

 と、ツッコんでる場合ではない。奇襲は完全に失敗だ。これは、非常にマズい状況だ。

 

「やれやれ……見逃してやっているのに、わざわざ自ら死にに来るとはな」

「悪いけど、俺はそこまで楽観的じゃないんだ。こんな事であんたが大人しくし続けるとは考えられないんでな」

「フンッ。やはり、貴様なぞにフィーちゃんをやる訳にはいかんな。ここで、貴様は排除する。居なくなれば、フィーちゃんも目を覚ますだろう」

 

 鋭い殺気が、魔王から発せられる。

 刹那――素早い鉄拳が、俺の鳩尾に打ち込まれる。

 

「グハッ……!?」

 

 あまりの衝撃に、そのまま背後の壁まで吹き飛ばされる。血が、口から飛び散る。

 

 ヤバイな……勝てる気がしない……ここまで実力差があるものかよ……でも!

 剣を支えに立ち上がり、魔王と向き合う。

 

 でも、ここまで来たんだ。やってやるさ。だって俺は、勇者なんだからな!

 

「行くぜ、魔王――」

 

 と、意気込んだ瞬間――部屋の入口が、爆発に吹き飛ばされたような勢いで開かれる。壊れた扉が俺達の前を通り過ぎ、壁に激突する。

 

「――やっぱり、ここに居た」

 

 入口から、低い声が俺の耳に飛んで来る。ゆっくりと首を回すと、そこには少女が一人、立っていた。

 

「フィ、フィリス……どうして、ここに?」

「起きたらダーリンが居ないから、もしかしたらって思ってきたら……やっぱりだ」

 

 フィリスは鋭い眼光で、俺を見る。

 一瞬、父である魔王を襲った俺に対する怒りの眼差しかと思ったが、その目はすぐさま、魔王へと移った。

 

「パピー?」

「は、ハイッ!」

「ダーリン、怪我してるみたいだけど……パピーがやったの?」

「え!? いや、これは……だって、そいつが夜襲とか仕掛けて来るから……フィーちゃん、やっぱりそいつ危ないよ! いつフィーちゃんに牙を向けるか分からないよ!? だから早いとこ始末――」

「関係ない」

 

 不意に、フィリスの姿が消える。

 次の瞬間。魔王の足元がひび割れる。ひびの中心には、魔王の真正面まで移動したフィリスの拳。

 

「言ったよね? 私はダーリンと結婚するって。文句言うなら――パピーでも殺すって」

「…………はい、ごめんなさい」

 

 と、魔王は怒られた子供のような返事をする。

 

「分かればよし」

 

 拳を地面から離し、フィリスそのまま俺の下に歩み寄る。

 

「ダーリン」

「はい! ごめんなさい!」

 

 反射的に姿勢を正し、謝罪の言葉を吐いてしまう。

 しかし、フィリスは俺に対して怒りをぶつける事はせず、心配そうな目で見つめながら、俺の口から流れた血を指で拭う。

 

「ダーリン大丈夫? 痛くない?」

「へ? あ、はい! 全然平気です!」

「よかった……もう、ダーリンってば、勝手に出て行っちゃ心配しちゃうよ。今度はちゃんと一言掛けてからにしてよね? お手洗いの時も、パピーを殺しに行く時も」

「フィーちゃん、流石にその時は止めてくれない?」

「パピー黙って」

「ごめんなさい」

 

 ……今、分かった気がする。この世界にとって本当に危険なのは、魔王じゃない。きっと魔王の娘(彼女)の方が、さらに危険だ。強さも、恐ろしさも。

 

 だから俺は、やはりこの状況を受け入れなければいけないのかもしれない。彼女という危機を、世に放たない為に。世界が、平和である為に。

 

 改めて、俺はとんでもない役割を任されたのかもしれない……魔王の娘と婚約、か……運が良いのか、悪いのか……ともかく、責任重大だ。俺が彼女に相応しく居られるかどうかで、世界が平和でいられるのかが決まるのだから。

 

 

「――さて! じゃあダーリン、部屋に戻ろう! 私眠いや」

「そ、そうだな」

 

 そのまま魔王の部屋を後にして、元の部屋を目指していた途中。

 

「あ、一つ忘れてた」

 

 フィリスが思い出したように呟き――そっと俺の頬に、唇を当てた。

 

「……え?」

「えへへ、おやすみのチュー! 夫婦って、こうするんでしょ? 明日は、おはようのチューだね!」

 

 フィリスは無邪気に笑って、自分の唇に手を添えた。

 

 ……まあ、この生活も、案外悪くは無い……かもな。

 

「さて! 明日は早起きしないと! ダーリンの為に、いっぱいお料理作ってあげるね!」

 

 ……やっぱり、そうでも無いかもしれない。

 

 

 勇者と魔王の娘が婚約し、世界は平和になった。でも勇者である俺に平和が訪れるのは――もう少し、先の事だ。

 

 

 

 




ここまでご拝読、ありがとうございました。
そう珍しくも無く、内容も薄い作品ですが、楽しんで頂けたのなら幸いです。




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