Fang of No Face〜Sword Art・Online alternative〜 作:Mr.bot-8M6N
今回のエピソードは《無貌》の誕生秘話をめぐる過去編の一つとなります。
一応、これ以外にも現在2つか3つ程エピソードを温めていますが、いつの話になるのやら……
第三層南部エリア全体を埋め尽くす深く暗い森。その森を縫うよう通った未整備の道から外れなければ何の不自由も無く主街区をはじめとした重要区域に辿り着く事ができる、しかし、それは、「道を外れなければ」の話。その心許ない道を少しでも離れると、360度全方位を囲む木と濃霧、生い茂った枝葉にによる日が遮られ薄暗くなった視界によって自身の位置を見失う。更には、プレイヤーが持つマップ機能さえ制限されており、一度迷えば二度と外には出られないと言われている。
ここは、通称《迷い霧の森》。延々と続く木と霧、そして木に擬態したトレント系モンスターによって構成された天然のダンジョンである。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「しまった。これは完全に迷った」
第三層南部の森の中で、一人の少年の疲れを滲ませた呟きが漏れる。少年の名前はナナシ。彼はある情報屋の調査依頼を受けてこの森の中を歩いていた。
「あの情報屋の女……。事前情報ガバガバかよ……」
彼の片手小さな冊子があった。その冊子は、手のひらより二まわり大きい程度の小冊子で、裏表紙には一応「ネズミ印」が押されているが、どうも作りが粗く急造感が否めない。彼が森へと入っていく直前に情報屋に息急き切った様子で「サービス」として渡された物だ。おそらく、本当に急いで用意された物なのだろう。
その冊子の開かれたページには件のクエストの開始地点を図解されている。されているが……
「『大体、この辺』って……。このだだっ広い森のど真ん中とか迷って下さいって言ってるよえなもんじゃねーか!」
冊子には、第三層南部の地図のほぼ真ん中に大きな円が描かれており、無造作に矢印と『大体、この辺』と書かれているだけだった。
その程度の情報で《迷い霧の森》に入っていった彼も彼だが、それをツッコム人間は居ない。
一応、情報屋を弁護するなら、件のクエスト開始地点は第三層南部の中心のランダムな位置で発生するので、第三層解放からそう時間が経っておらず件の《キャンペーンクエスト》をこなしているプレイヤーが少ない為、これ以上のクエスト開始地点の特定が現状ほぼ不可能なのである。
「『クエスト開始地点付近では剣戟の音がする』か……。それが聞こえなかったら二度と人里には戻れないかもしれんな……」
森に入ってからプレイヤーが持つマッピング機能の大部分が制限されており、マップを見ながら元の位置に戻るというのはほぼ不可能だ。
「剣戟、剣戟……」
そう呟きながら耳をそばだてているとーー
『モロロロロロローー!』
ーーという特徴的な喚き声と共に視界が暗くなる。
影だ。それもナナシよりも巨大な生物の影。それがナナシに覆い被さるように近付いて来た。
影の正体は、《トレント・サプリング》。この第三層に生息する樹木と人間の特徴を合わせ持ったトレント系モンスター最下位種。木に擬態し、近付いてきた獲物を奇襲により襲う習性を持つ。
「お前は、お呼びじゃねぇっての」
《トレント・サプリング》の振り下ろされた腕は、ナナシが右足を軸に回転し半身になることで紙一重で躱される。
「てか、奇襲なのに叫ぶとか頭が悪過ぎる……」
一閃。いつの間にか鞘から引き抜かれた片手剣が青の燐光と共に振り下ろされた腕を斬り落とす。そして、もう一閃。一撃目の上段斬りから飛び跳ねるように繰り出された二撃目は、容赦なく《トレント・サプリング》の幹を捉える。
片手剣・縦二連撃
「まぁ、知能をコレに求めること自体が間違えているか………いろんな意味で」
振るった片手剣を鞘に戻すのと同時に、モンスターが派手な破砕音と共にポリゴンの粒子となって空へと消えていく。
その音を背後で感じ取りながら、息を吐く。
「コイツ等の対処は慣れてきたが……いい加減疲れた。日が落ちるまでに森を出ないと本気でヤバいかもしれん」
しかし、一度森に入り自分の位置を見失った以上自力での脱出はほぼ不可能。ならば、情報屋の依頼通りに件のクエストをこなすしかない。
クエストのスタート地点に着く以前から躓いている現状に溜息を吐きながら、ナナシの姿は木々の影と深い霧に消えていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
時を主街区の路地裏で情報屋とナナシが話していたところまで遡る。
「大型キャンペーンクエストですか?」
ナナシの口から小さな疑問が呟かれる。
「おヤ、知らナいのかイ?……まァ、その名の通りクエストの一種サ」
ネズミ面の小柄な女がどこか笑いを噛み殺したような声が響く。
「普通のクエストと違うのは、そのクエストがそれなりに長いシナリオ仕立てになってるってトコだナ」
「長いというのは、厳密にはどの位ですか?」
その疑問に女の笑みが更に深まる。
「ヨく聞いてくれタ!今回のキャンペーンクエストはなんと第三層から始まって、エンディングは第九層!更に、そのクエストは二つの陣営に別れる訳ダが、一度選べば選び直しは不可能。ついでに、クエスト自体の受け直し不可の各プレイヤー一度きリ!ってな具合の同プレイヤーによるルート検証不可の情報屋泣かせの鬼畜クエスト、サッ!」
「……………はぁ、そうですか」
「……いヤ、ノリが悪いゼ、ナナ坊……。もっと『な、なんだって〜』って返しをくれヨー」
「媚びんな気色悪い……いえ、気色悪いのでやめて下さい」
数瞬の間、情報屋はゴミを見るような視線に晒されたという。
「し、辛辣……」
「情報屋泣かせですか……。確かに一度きりとなると調べるのも苦労すると……しかし、ベータテストの時は第十層まで行ったと聞きました。なら、そのクエストは攻略されているのでは?それとも、本サービス開始で追加された新しい要素なのでしょうか?」
「ナルホド、無視するのカ……まぁ、イイけド。………一応言っとくト、この《キャンペーンクエスト》……通称《エルフクエ》ってのは、ベータ時代からあっタよ」
「……?………なら」
「デもな、今回のサービス開始後にベータ版では誰も入れなかったシナリオのルート分岐に入った奴らがいるんだよナー。……実際にベータの頃からあったのか、それともサービス開始時に追加されたのかは不明ダが、今まで誰も知らないルートだってのは確かダ」
「成る程……しかし、何故自分なのでしょうか?今はその特殊なルートの解放条件が分かっているのでしょう。それなら誰でも良いと思うのですが」
「アー、それナー……。実は、その条件ってのが結構実力を問われるんだワ。それも最前線のプレイヤーが十中八九しくじるレベルだ」
「それで俺って……」
「まぁ、確かに駄目元ってのはアるナ。最前線プレイヤーに頼む訳にはいかナいし、かといって中途半端な奴に頼んデもナー………だから、ナナ坊って訳ダ!最前線プレイヤー並みの実力があって最前線に居ナい。ついでに対人戦も出来るとナってくるとナナ坊しかいねぇんダ!」
何処か必死に説得するように手を合わせ、頭を下げる情報屋。
「分かっテる範囲の情報はタダで送るから、ナ?」
ナナシは情報屋との付き合いが短い。それでも何となく分かっていることがある。
この女はーー
「つー訳で、よろしく頼むヨ」
ーー何処までも、嘘臭く、演技臭い。
情報屋は合わせた手の後ろの顔を上げる。そこには、やはりと言うべきか人を食ったような笑みが溢れていた。
「……………………」
ナナシにとってこの依頼は、「借りを返す」為だから断る気は無い。無いのだが…………。
この笑みを見て、ナナシは辟易とした様子で空を仰いだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あの時、断っとけば良かった……」
情報屋との会話を思い出しながらの呟きは、木々と霧の向う側に消えていく。完全に後の祭りだ。
この森に入ってからどれくらい経っただろうか、延々と続く変わり映えしない景色に時間感覚までおかしくなり始めた。
「1〜2時間は歩いたような気分だが、こういう時総じて大して時間が経ってねぇんだよなぁ」
森に入ってからもう6度もモンスターの奇襲に会っている。レベルによる安全マージンは十分以上にとっており、そうそう負ける事も命を脅かされる事もないが……。それでも6度襲われたのだ。ほんの数ヶ月前まで普通に学校に行き学生として生きていた彼には、この終わりの見えない森の探索という状況もあって疲れと嫌気に内に募らせる。
「このまま夜になりにでもしたら……今以上に悪い視界……夜行性のモンスターの
今になって、顔を少し青褪める。
「クソッ、生きて帰ったら絶対にあの情報屋をとっちめ…………ん?」
その時、ナナシの耳にこの森に入って初めて聴く音が耳を叩いた。
ーーこれは、金属のような硬質な物同士がぶつかるような……
「…………剣戟ッ!」
こんな偏屈な場所で響くこの音は間違いない。キャンペーンクエストの開始地点ッ!
クエストは逃げはしないが、森から抜けられる手掛かりに反射的にナナシは音のする方に駆け出した。
数分後。
『ハァッ!』
『シィッ!』
2つの裂帛の気合いがぶつかり合っている。
それをナナシはネズミ印の小冊子を片手に一本の木の幹に隠れるようにして覗き込んでいた。
そこは今まで無造作に乱立していた木々が無く開けた空き地となっている。そして、その空き地に二人の人が剣を片手に激しい戦いを繰り広げていた。
いや、あの二人を人間と言うべきかは疑問が残る。何故ならーー
「ーー耳が長いなアイツ等……。もしかしなくても、エルフか?指輪物語とかの……もう片方は……色合いからダークエルフ?」
一人は金髪で緑眼というオーソドックスなエルフの女性。ただ、手に持つ武器が弓ではなく
もう片方のダークエルフは茶褐色の肌に白の長髪を後ろで結った男性。肉厚の片刃の|曲剣(サーベル)を振るっている。
しかし、コイツらーー
「何、コイツら……強すぎね?カーソルがもうほとんど黒なんだが……」
ナナシの視界には、二人の頭上には「未受注クエスト」を示す「!」マークと一緒に、もうほとんど黒に近い赤のカーソルか浮かんでいた。
SAOのプレイヤーの視界に写った生物には、頭上にひし形のようなカーソルが浮かんでおり、その生物の分類によって色が変わっている。通常のプレイヤーなら緑、NPCなら黄色、モンスターなら赤といった風にだ。そして、モンスターのカーソルには自身とのステータスとの差によってカーソルの赤の明度が変わる。弱ければライトピンク、強ければダーククリムゾンといった風にだ。
そして、あの二人のカーソルカラーはダーククリムゾン、間違いなく格上。それも逆立ちしても勝てないレベルだ。
「アレの間に入んの?!会話すんの?!正気かよ!?」
慌てて、手元の冊子に視界を移し、ページを捲る。そこには、
『キャンペーンクエスト『秘鍵戦争』
・概要
このクエストは、《フォレストエルフ》と《ダークエルフ》による秘鍵をかけた戦争で、2つの陣営のどちらかに所属し、与えられたクエストをこなしていきます。
※なお陣営の変更は不可、受け直しも不可の一度きりのクエストとなります。
1.第1章《翡翠の秘鍵》
・クエスト受注場所……第三層南部中央《迷い霧の森》内部
・クエスト依頼者……《フォレストエルブン・ハロウドナイト》or《ダークエルブン・ロイヤルガード》
・クエスト内容……翡翠の秘鍵をクエスト依頼者の陣営に届ける
・クエスト概要
このクエストは二人の依頼者の内一人しか受けられず、受注した瞬間、もう片方がモンスター扱いになり依頼者と共に討伐する必要があります。
なお、依頼者と敵対依頼者は第七層エリートクラスモンスターであり討伐は困難を極めます。
しかし、プレイヤーのHPが半分を切るとクエスト依頼者が自爆攻撃により依頼者と共に敵対依頼者が消滅します。
追伸
件の特殊ルートに入るには、ここでプレイヤーのHPが半分になる前に敵対依頼者を倒すことで依頼者を救う必要があります。
前任者は《ダークエルフ陣営》で頑張ってルから、ナナ坊には《フォレストエルフ陣営》でやって欲しいナー』
………………ちょっと待とうか。
「……………………………ちょ……ハァッ?!……ハァッ?!ハァァァアッ?!!?!第七層?!倒すの!?アレを!?てか、倒したのか!?アレをぉ?!馬鹿じゃねぇの!!」
少し悲鳴混じりの絶叫が森に響いた。
今話の登場キャラ
・ナナシ……当時はツンツン状態だったが、初対面や目上?の相手には敬語で対応する教養はあった模様。
・情報屋の女……依頼を受けて即行動しようとしたナナシに慌ててキャンペーンクエストの自作攻略本を用意した為、現在若干グロッキー状態