天を擦る楼閣と書いて"摩天楼"。
超構造体によるそれらは、自重と強度の限界に縛られていた旧時代の遺物を駆逐し、人類の版図を無機質の森林に作り変えていた。
これらの殆ど全てが、この世界を牛耳る企業群――アイドルプロダクション――により所有されている。
旧時代の末に登場したアイドル達とアイドルプロダクションはそれまでの経済活動を一変させた。
数多の資本家や政治家・官僚達が試み、全ての努力が徒労に終わっていた"庶民の統率"という永遠の命題はアイドルと言う触媒によって実現する事となる。
世の中の労働者は推しの為に働き、推しの為に消費した。
推しが食レポを行った店に食事に行き、推しが着用しているブランドの衣類を着用し、推しがプロデュースする住宅へと入居した。
全ての消費がアイドルによって支配され、同時に全ての産業は雪崩を打ってアイドルプロダクションの傘下に入ることとなった。
そんな時代でも、アイドルプロダクションに所属するプロデューサー達の業務は、旧時代とあまり変わらない。
市井からアイドルの卵を見つけ出し、訓練と言う投資を行いアイドルに育て上げ、彼・彼女らの売り上げで投資を回収する。
この繰り返しだ。
そんな繰り返しの毎日の中、久方ぶりに取得した有給休暇をどう消費しようか悩んでいる男がいた。
超大手アイドルプロダクションのプロデューサー、タケウチである。
自宅に籠っていても芸がないので外へ出かけてみたものの、身に染み付いた習性からなのか、同プロダクション所属新人アイドルのデビューライブ会場へと足を運んでいた。
別に仕事をする訳ではない、偶には客席からの視点でライブを見てみようと考えた故の行動だった。
尤も、全ての行動が仕事に直結している虚しさはあったが。
「「ミク&リーナです! よろしく!!」」
2人の未だ拙さの残る切り出しから、曲が始まった。
自分が新人アイドルのデビューを手掛けているときは、"自分が担当している"という必至さで埋没していた粗が、一歩引いた視点に立つことで見えてくる。
だが、それを同僚に伝えるのは野暮だろう。
彼も自分と同じように、分かってはいるのだ。
こればかりは、場数を踏んで責任ある立場でもなお一歩引いた別視点を持ち続けられるよう、己を鍛えるしかない。
新人の常で、出だしこそ躓いたものの、曲の中盤に差し掛かる頃には観客も随分と盛り上がっていた。
贔屓目に見なくても新人アイドルのデビューとしては「成功」の部類に入るだろう。
「おいっ☆ そこの! どこぞのプロデューサーでしょ? はぁとをプロデュースしてみない?」
ライブ会場の最後方で立ち見をしていた自分は、集団の中に居るのと比べて声を掛けやすい存在だったのかもしれない。
振り返ればボリュームのある金髪をツインテールに纏めた女性がいた。
顔もスタイルも整っている、アイドルになるための第一関門は突破しているといってもいいだろう。
服装だけは幾分か奇抜で、自分には理解できなかったが。
「そう……ですね。自分は休暇中ですが、職務中であれば迷わずスカウトしたでしょう」
しかし、見てくれだけではアイドルになれない。
歌唱力や演技力、愛嬌といったもの以外にも、アイドルが求められている能力は多数ある。
一般にはあまり知られていないが、国家や民族といった概念がアイドルによって吸収されたこの世界において、"対立"と言う行動はアイドルプロダクションによって代行されている。
即ち、アイドルはアイドルプロダクション同士の抗争における尖兵の役割も果たしているのだ。
その役割に耐えられず、アイドルの夢を散らす少年少女達は後を絶たない。
だから、アイドルのスカウト時にも抗争を模した"ライブバトル"を行う。
プロダクション所属の若手アイドルとスカウト候補を当てる事により、若手に経験を、候補に現実を刷り込む一石二鳥の手は、最近ではどこのプロダクションでも行っていると聞く。
職務中であれば、自分の手元に若手アイドルの1人や2人呼ぶことも可能なのだが、生憎休暇中のため手持ちが居ない。
とりあえず名刺でも渡しておこうか、そう考えたとき、ステージの方でどよめきが起こった。
「おっ、乱入イベント? はぁと、生で見るの初めて☆」
乱入? ありえない。
自分の経験から女性の発言を即座に否定する。
ここは物理ステージだ。
人気アイドルにもなれば、観客収容人数の限界を考慮して電脳世界でのステージを使用する事もあるが、ファンからの評判は宜しくない。
情報化が進んだ今日においても、我々人間が現実世界に拘束された物理的な生物である以上、それに寄り添うアイドルもまた現実世界を重視せざるを得ないのだ。
その物理ステージでの乱入となると、アイドル本人が警備や観客を突破してステージ上に乗り込むことになる。
事前にプロダクション同士でライブバトルを計画していない限り、難易度は極めて高いといえるだろう。
音声や映像の投影なら可能だが、それだけではデビューしたてとはいえ現実のアイドル前にまともなライブバトルを行う事は困難を極める。
そんな芸当ができるアイドルは、最近巷を騒がせている"彼女"しか居ない。
後方からでは見えないステージの現状を想像で補っていたところ、職務用携帯が音を立てた。
《タケウチ君か、休暇中すまない。ミク・マエカワとリーナ・タダのデビューライブでライブバトルが発生した。近くに居ると思い電話させてもらった》
プロダクションから支給されている携帯電話には位置情報取得機能がついている。
職員からの評判は宜しくないが、こういった非常事態には必要なものだ。
経済生態系の頂点に立つアイドルプロダクションとはいえ、倒れるときは一瞬である。
「はい、会場後方に居ます。ステージの様子は分かりませんが、"彼女"ですね」
どこのプロダクションにも所属せず、ネットワーク上に載せた音声と映像だけでライブバトルを仕掛ける謎のアイドル。
握手も出来ず、物販も行えない。
目の前に存在する現実のアイドルを差し置いてなお、平面的な映像と量子化された音声だけで観客を魅了できるのは――。
《ああそうだ。"ウヅキ・シマムラ"だ》
***
このままではデビューライブはオジャンだ。
新人のメンタルにも深い傷を残す。それだけはなんとしても避けなければならない。
《キミと同じく近くに居たカエデ・タカガキと連絡が付いている。346プロが誇る最高のアイドルだ。合流して"彼女"をライブから叩きだせ》
タカガキさんが居るなら100人力だ。
Sランクアイドルとして、346プロダクションの頂点に君臨する彼女であれば、"ウヅキ・シマムラ"とのライブバトルも十二分にこなす事ができる。
運がよければ、相手の素性すら突き止める事が出来るだろう。
承知しました、と返して電話を切る。
私より先に連絡を受けていたのだろう、タカガキさんがこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
「オフのところ、申し訳ありません」
「プロデューサーこそ休暇中だと伺いました。お互い様、ですね」
硬直している"はぁと"を名乗る女性を後に、関係者様の出入り口から楽屋へと足を進める。
時間も惜しい為、道中で簡単な打ち合わせを済ませておく。
「衣装は共通のものを。楽屋の予備をリサイズしますので、その間に曲の確認をお願いします」
曲はプロダクションからダウンロードできるが、ステージ設備はどうにもならない。
ミク・リーナ両名のデビュー曲に合わせてチューニングされている。
タカガキさんの曲では出ない音、苦手な音、強すぎる音があるだろう。
しかし、それらH/Wの不都合は全て彼女のアドリブでどうにかしてもらうしかない。
「大丈夫です。これでもアイドル暦は長いですから」
拍手の渦に消えた彼女を見送ってからしばらく。
一仕事終えたタカガキさんが楽屋へと戻ってきた。
「お疲れ様です。首尾は、如何でしたか?」
「ライブからは立ち退き頂けましたけど、素性までは……。惜しいところまで行ったのですが」
まぁ、仕方が無いだろう。
業界最古参の765プロダクションや急成長中の283プロダクションですら、彼女が何者か把握しかねているのだ。
あわよくば364プロダクションが、という思いはあったが、タカガキさんですら難しいのであれば、無理は出来ない。
本件の報告の為に、ライブ会場から離れようとしたところ、先ほどの"はぁと"と名乗る女性と出合った。
報告は早い方が良いが、彼女を見逃すのも惜しい。
幸い、休暇中で1人だった先ほどとは異なり、隣にはタカガキさんが居る。
「ええと……はぁと、さんでしたか」
「シン・サトウで"しゅがー・はぁと"な? 古の言葉だぞ☆ 教養あるだろ?」
確か、旧時代の東アジアの言葉だったはずだ。
特定の文化についてある種の共通言語となっていたようで、話者は絶えて久しいが、研究者はそれなりに居ると聞く。
「素敵な名前だと思います。どうでしょう? 今ならタカガキさんも居ますし、スカウトを受けてみるというのは」
「プロデューサーさん、プロダクションが車を回して来てくれるみたいです。サトウさん、車が来るまでなら、お付き合いしますよ?」
先程までアイドルデビューに乗り気だった彼女が一歩後ずさった。
視線は私の後ろ――タカガキさんに向けられているようだ。
「おいっ☆ スカウトってライブバトルだろ? イキナリそこのカエデ・タカガキとなんて、はぁと死んじゃうだろ☆」
二度と無い良い経験だと思ったのだが、彼女は消極的なようだ。
残念だが、名刺だけ渡してまたの機会にするとしよう。
迎えに来た社用車に乗りこみ、プロダクションからの召喚に応じる。
有休を返上する事に悔いは無い。
自分は特段趣味などを持っておらず、生きがいと言えば、担当しているアイドルがこの世界の階段を上がっていく事だと思っている。
だからこそ、だろうか。
一度も会ったこと無い"ウヅキ・シマムラ"。
今回始めてライブバトルで相対した彼女に、自分は何か惹かれるものを感じていた。
***
「"ウヅキ・シマムラ"による当プロダクションのライブへの乱入回数は計184回」
「今回の乱入は小規模の新人デビューライブであったが、前回は別プロダクションの定期大規模ライブであった。対象とされるプロダクション・ライブは無作為に選ばれていると考えられる。」
「乱入は全てネットワーク越しの映像・音声の投影のみで行われている。今回、タケウチ・タカガキ両名の活躍により、ある程度発信元を特定する事が出来た」
346プロダクション第1会議室。
原則として執行役員以上の理事会メンバーしか入れないそこに、自分はタカガキさんと共に呼び出されていた。
雰囲気に飲まれそうになるのを耐え、彼らの発言と自分の理解に相違ないことを確認していく。
「
理事会にどよめきが広がる。
人類がこの摩天楼の森林を築き上げてしばらく後、人類は陽射しが遮られた地上を捨て、現実的な高度に新たな一枚の"表層"を作り上げた。
摩天楼と"表層"により永久の夜となった地上からは生物は消え去り、超構造体の基礎のみが林立する場所だと考えられている。
「ヒトが棲んでいるのか?」
執行役員の1人が疑問を呈する。
その語感は同じ人類としてではなく、まるで石裏の虫を表すようであった。
「346総研情報部の報告によりますと、表層より下層にも住人が居るようです。彼らはアイドルプロダクションを頂点とする経済系の外側に居り、旧時代の文化や習慣を持っているのだとか」
「では旧時代のノイマン式計算機が当プロダクションの誇るアイドル・システムの防壁を突破したというのか? そんな馬鹿な」
会議が踊る。
彼らにとって、未知の領域である
予想や想像ばかりで言葉が消費され、時間だけが無為に流れる。
「諸君、静かに。分からない事を語っても仕方が無い。直に調査するしかないだろう。よって本件はライブバトルによる対処的な措置から、
理事の1人の提案に、周囲もそれしかないだろうと同調する。
自分自身、
表層より上のライブバトルでこちらが勝てているのは、こちらが生身の
"ウヅキ・シマムラ"の素性を調べようと思えば、彼女の世界である
「そこでだ。急な話で申し訳ないが、タケウチ君には本件"
「望外の喜びです」
いつもの業務に従事していても、多くのアイドルと出会う事が出来るだろう。
その内の幾人かはこの手でアイドルとして花開かせる事が出来るだろう。
しかし、それでは絶対に"ウヅキ・シマムラ"に会うことは出来ない。
自分の中の何かが、「彼女に会え」と言っていた。
今回の業務は渡りに船といえるだろう。
理事の鶴の一声によって決まった本件について、翌日には既に担当者間における調整にまで業務が落とし込まれていた。
346プロダクションのアシスタントであるセンカワさんがテキパキと調整結果を伝えてくれる。
「
「
写真と文字だけでは情報が足りないが、この娘もアイドルとしての素養がありそうな気がしなくもない。
「もう、プロデューサーさんったら、
「ありがとうございます、センカワさん」
頼れる緑のアシスタントに礼を言い、調査の準備を進める。
久しぶりに使用する表層行きの高速エレベーター。
気圧差に対応する為の装備を確認し、扉を閉じる。
ゆっくりと窓から見える景色の視点が降下をはじめ、やがて人工建造物郡によりその殆どが塗りつぶされてゆく。
太陽も星も空も見えない世界。
そこで彼女は、どんな色をしているんだろう。
―― 事務所退職 -Retire from Production- 了 ――
「ナナ・アベ、通称"ウサミン"」の台詞を使いたかっただけ。
まさか冒頭8分で文字数制限越えるとは思わなかった()
楽園追放は大好きな映画の1つです。
持っている映画BDの中でガルパン劇場版より再生数が多いのはこれくらいでしょう。
この映画2時間の中で全てが完結し、なおかつ面白いという。
私の作品もそうありたいものです(叶わぬ願望。