孤高の一夏   作:アーチャー 双剣使い

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第10話


きっとこの思いは許されないだろう。

 

赦されない罪。赦されない存在。赦されない感情。

 

そんなモノばかりを得てしまい、如何にもできずに、ただ苦しむ。

 

だってそれは、それこそが正しいのだから。

 

裏切り者の

 

織斑一夏()には

 


 

その男は笑っていた。

 

楽しそうに、愉しそうに、笑顔を浮かべ、その笑顔は純粋な子供の様だった。

 

いや違う。()()()何処までも空虚な心。

 

 

目を見ればわかる、可笑しな存在。

 

顔に浮かべる無垢な笑みは、ニヒルな笑みに。

闘争心に満ち、戦いを望む心は、奥底では本当は酷く冷たい。

 

常に真逆な表裏一体というのは異質だ。見てて吐き気を催すほどの異物。

常人にはできないからこそ、狂っている。

 

 

それが彼の本質、本当の姿。

何年も何年も隠し続け、誰にも知られずに、すくすくと成長していった。

此処まで大きくなってしまったら止めることは出来ない爆弾のようなもの。最初から壊れていた彼にはどうしようもなかったこと。

 

しかし、彼が何よりも望んだことは孤高であること。

世界に縛られ、操られ、翻弄されることがなくなる為に。

 

だけど、壊れた硝子細工は治らない。ただ割れて、周囲を傷つけるだけ。

 

 

 

 

試合開始の合図の電子音が鳴り響き、セシリア・オルコットは天高く飛翔する。逃げるようにぐんぐんと。視界の端々に流れていく光景もISの補助で情報を整理しハイパーセンサーによってその目にクリアに映る。

試合開始直前に宙に留まる自分とは逆に、地に足を付け堂々と立っていた織斑一夏は同じ人間とは思えないような事を仕出かした。その時に感じた畏怖の気持ちがずっと自分の頭の中にこびりついて離れない。地面に足をついて立っていたらきっと膝が笑っているだろう。

そこには少し前までは自信に満ちた誇り高い女性ではなく、お化けに怯えるような少女が一人。

 

試合が始まって間もないというのに彼女は恐怖に包まれていた。

それだけショックだったのだ。下に見ていた男が、何歩も先を行っていたはずの自分を軽々と越える実力を発揮したのだから。

 

 

こんな姿はオルコット家の当主に相応しくない、と頭を振り、怯える自分を叱咤する。

考えろ、思考を放棄するな。考えることを辞めたなら、それは降伏と一緒だ。

 

自慢の狙撃も正面から防がれてしまった以上は効果は期待できない。麻痺していた頭は理論派だからこその冷静な判断で距離を離すことを最善とした。空中ならISに搭乗時間も長く、経験のある自分の方が分があると判断したからだ。

 

正しい判断だった。いつもの彼女なら相手との距離を一定に保ち、ビットとライフルでじわじわと削っていく戦い方だが、それはビットが距離を離しすぎると集中力を余計に消費するからだ。

 

そもそもビットは第三世代機の兵装の中でも適性というものが高くなければいけない。

その適性は、主に並列思考、空間把握能力、演算能力を多少といった具合だ。

ISの戦闘ではビットを複数個を操りながら自分も動くことを前提としなければならない。ISを使った戦いで棒立ちの戦いなど機動力の高いISには的の様なものだ。

だから、同時に事を為す為に同時操作を行い、空間を把握して指示を出すということをできなければならない。

 

戦力の分析ではビットは一対多数という戦況が想定されているので、試作機ということでまだ数が少ないが四基積まれている。それを標的が一人に絞れていると単純な計算だと五対一という有利な状況になる。

 

そうすれば人外な織斑一夏であろうと捌き切れずに被弾するだろう。多少距離が離れたことで負担が増しても、負けた時の方が恐ろしいのだ。

 

 

何処からか情報が漏れていたのだろう。今回の件がイギリス政府に知られてしまっていた。試合に関しては専用機を使う時は代表候補生には所属する国に報告する義務がある為、言い訳を用意していたのだが、問題はオルコットが日本を貶める発言をしたことだ。それすらも知られていたのは予想外だった。

 

その為、彼女に後は無い。

あろうことか女王陛下にまで知られてしまったので、このままだと貴族としての地位を失うだけでは済まない。確実にオルコット家は潰される。

 

 

それだけは認められない。自分は何故此処まで血反吐を吐くのを耐えながら努力してきたのか。

それはきっと母の為、オルコット家という先祖の形見を無くさない為だった。彼女の誇りも財産も心も、全てそれが有ってこそだった。親もなく、それすらも失ったら、残るのは空っぽのセシリア・オルコットというただの敗北者。

 

故に、体裁も誇りも自信もかなぐり捨てて、価値を示し、未来を勝ち取らなければ生き残れない。

 

「認めない!私は生きる。どれだけ皆の目に醜く映ろうと、私が、私である為に」

 

その決意は彼女が知ることのないISの()()が汲み取り、共感し、彼女に同情することで稼働率が上がっていく。

 

 

 

ISは操縦者を理解し、経験を蓄積して、成長する。

それにはISの好みというものも関わってくる。

 

自らの信念というべきか、心の在り方が定まっているほどISは操縦者の心を強く認識できる。逆に特にそんな考えを持たない操縦者、例えばISをファッションの様に認識している生徒は芯が真っ直ぐではないので共感を呼ぶことができない。

 

 

そして好み。それはISを道具の様に扱うものには嫌悪を示し拒絶する。個体差はあるが差別意識が強かったり、人格が破綻している者にも拒絶を見せる。

他にも、争いが苦手な心を持つISは好戦的な操縦者を苦手として、稼働率が下がるなんて言う話もある。要は相性の話。そこが問題としてISの好み、心を制限するプログラムがIS適正の正体であったりする。

 

オルコットは適正率が高いのに、稼働率が低い理由。それは極度の女尊男卑、差別的思想の所為だった。

しかし、その意識を捨てたオルコットにISは拒絶せずに共感する。

 

 

ビット四基を開始地点から動かぬ白式に飛ばす。それを一夏は面白そうに眺めている。まるで玩具を与えられた子供の様な笑みを浮かべている。ただ、片目はずっとオルコットを射抜いていることが彼女に緊張を奔らせるが、オルコットは距離を詰めずにただ眺めているだけの一夏の周囲にビットを配置し終えた。

 

一夏の表情は時々硬くなる。痛みに耐えるように。

一夏は何もしない。何かすることと言えば、歌を口遊み機体から送られる情報に目を通すだけ。

 

警告:周囲に敵第三世代兵装〈BIT〉四基が包囲網を形成/危険度 中レベル]

[推奨:破壊]

『♪~♪♪~』

 

最初は様子見からだろう。一夏の行動をそう判断したオルコットは早期決着を決断し、ビットで攻撃を開始する。

この時、今まではビットの操作だけで精一杯だったのがISの補助が加わり機体の制御も両立することができたのだ。

 

射撃を始めるオルコットに一夏は微動だにせず、ただ目を動かし、耳を澄ませ、空気の流れの中の歪みを見つける。それは最早人間ではなく獣の様だ。

感覚を研ぎ澄ます一夏に白式は邪魔にならないように小さな警告文を視界の片隅に表示する。

 

警告:ビットに加え、敵機に狙われています]

[報告:使用武器 スターライトmkⅢ/危険度 高レベル]

 

[推奨:回避行動]

 

オルコットの射撃はどれも精確であり、一つ一つの攻撃が繋がっている。

相手の回避先を事前に読み、タイミングをずらすことで相手に攻勢にでる隙を与えない。これでは如何に器用な者でもいずれ限界を迎える筈だ。

そんな文字通り四方八方からレーザービームが飛んでくるという並みの操縦者だったら全てを防げぬうえに過剰としか言えない徹底した戦略。

 

だが根本的な問題でオルコットは一夏を倒せない。

 

 

人は獣に勝てないからだ。

なぜなら人は食物連鎖の頂点ではない。

 

では何故人が最も繁栄したか?

それは他の動物にはない知恵と本能に刻み込まれた群れる気質があるからだ。

一人ではできないものも個々に役割を与え補い合う。

社会を築き、文化を築き、それを後世に残す。それを積み重ねた結果、地球で最も繁栄したと言えるのではないか。

 

だが、幾ら発展しようとも多くの人間には限界がある。身体能力など最もたる例としてあげられる。

人は肉食動物と素手で戦ったら勝てるだろうか?常人には不可能である。

しかし、人には知恵がある。武器や道具を作り、罠を使い、弱点を探す。そうすれば勝てるのだ。

 

だが、それも常識の範囲内でしか通用しない。

何故なら人は自然災害を防ぐことは不可能であり、書物や言い伝えにある怪物、化け物を倒すことは出来ない。

それを成し遂げられる例外は勇者や英雄と呼ばれる超人だけだ。

 

そう。織斑一夏は獣のようでありながら、正しく超人と呼ばれる者に分類される。

それゆえに何重にも敷かれた罠を噛みちぎり、束縛する鎖を引きちぎり、邪魔な檻を破壊する。

 

 

空ばかりに憧れ、肉体を枷と決めつけ、絶対者に焦がれる者たちと対を為す存在。

空を一瞥し大地を見据え、肉体を自身と定義し、強く在る者。

 

 

空とは手を伸ばしても決して届くことは無い理想。

肉体とは在るがままに受け入れるしかない現実

 

彼は壊れていながらも完成している。

いや、これからも成長するのだから完結というべきだろう。

それを誰が止めれるというのだろうか?

 

 

「そんなもの()()()()()

 

迫る閃光に逃げ場は封じられた。だが、隙間がある。

彼にはそれで十分だ。

 

ドスン、という音を立てて機械仕掛けの翼は地に堕ちた。与えられた翼などはいらないと言う様に。

身軽な動きですいすいとオルコットの方に向かう。レーザービームが避けているかのように当たらない。

オルコットは一夏の間合いに持って行かれないように円形のフィールドに沿いながら不規則にパターンを変更し予測されないように飛び回る。

 

「貴方はどうして強いのですか!?こんなこと、在り得るはずがないですわ!」

「在り得ないなんて事こそ在り得ないんだ。ただ受け入れないだけだろう」

「貴方には分からないでしょうね。私が、いえ私たちIS乗りが必死に努力して積み上げてきたものを掻っ攫い。ぽっと出のくせに珍しいからと優遇され、挙句才能だけで此処に居る。自分だけ特別なのはどんな気分でして!」

「それが何だというのだ。それに俺は努力をしなかったことは一度もない。お前には物事の本質が見えていない」

「黙りなさい!」

 

中央で立ち止まった一夏は左腰に差した葵に右手を添える。

そして、走り出した。一歩足を前に出す度、地を蹴った鎧の足は削れて形を変えていく。

 

オルコットは追いつかれると思い、生身の癖で一夏の方を見ると右手は振り抜かれ、持っていたであろう刀剣が回転しながら進行方向に迫ってきてる。急いでスピードを下げるが背中に強い衝撃は走り、鋏に切られる様な形になる。オルコットはシールド(S)エネルギー(E)は思ったより減っていないことに安堵するが、致命的な隙を見せていることに気づき、距離を取ろうとするが、壁際に追い詰められている為逃げ場がない。

 

一夏が接近してきたが苦手な近距離武装は出している時間が無いと判断し、ライフルを構えて引き金を引く。

ISの補助が無ければ気づいた時には当たるほどの弾速、それがレーザービームの特徴だ。

だというのに目の前にいる男は全て避ける。笑いながら。

 

オルコットはその笑みを見る度に一夏と自分の父が重なるのだ。彼女は父を取り繕った姿でしか世の中を生きられないなんて、と貴族としての矜持から嫌っていたのだ。

だが目の前の男は反対だ。力があるのに弱者を装い、相手を嵌めることで障害を排除しているその姿。強者なら堂々とするべきなのだ。

 

「どうしたオルコット。お前はその程度か」

「舐めないでくださいまし!」

 

ライフルは銃身が長いため懐まで入られたら為す術が無い。

だからライフルを槍のように突き出すと当然一夏は左手で受け止める。それが彼女の起死回生の一手。

 

オルコットは理論型故の焦りがあった。何故なら彼女のバトルスタイルは計算された行動に持っている技術を費やして完成するからだ。

そこに想定外の行動をされ続ければそのバトルスタイルは破綻する。だから勝負を急いだのだ、手が付けられなくなる前に。

 

ただ土壇場で一皮むけた彼女は前と違い教科書通りでなくとも大胆に行動できる。

 

「この距離なら外しませんわ!」

 

事前に危機を察知していた一夏だったが回避は間に合わない。仕方なく上半身を逸らし左手を犠牲にする。

銃口から0距離射撃の為、発生した熱に溶かされ、ビームで貫かれ左手の機械腕は無残な状態になるが、構わず右手でオルコットの顔を掴み何度も何度も壁に叩き付ける。

ドゴン、ドゴン、と響く音は悍ましく、観客たちは声にならない悲鳴を上げている。

 

オルコットのSEが四分の一ほど削るほどの攻撃だったので、今度は右手の機械腕が耐えられずにバラバラに崩れていく。

後ろに振りかぶった時に自壊し、当然オルコットは投げ飛ばされる。

もう両腕は使えないが、腕が使えなくても足がある。また近づくと今度は蹴りで潰すだけ。

 

ガン、ガン、と金属同士がぶつかり合うことで発生する耳触りな音が会場に響き、会場は一夏に対する野次が飛び交う。

 

そんな中ヒュン、と空を切る音が背後から聞こえ、一夏は咄嗟に前に跳ぶが間に合わず背中にビットが直撃して体勢が崩れる。

その隙にオルコットは使えなくなったビットを捨てて、ライフルを拾う。

オルコットのSEは半分を切った。それに対して一夏は無傷と言える程の残量がある。

 

「いいぞ。とても面白かったよ、オルコット。まさかビットを使って体当たりとは予想外だった」

「その奇襲を受け流した人に言われましてもね。それにしても貴方、手足の機械の四肢(マニピュレーター)のシールドを切ってたんですの?」

「ああ。邪魔だったのだが、機体の本体の一部分だから切り離せないんだ」

「イカレてますわ」

 

ケラケラと呑気に笑う彼と正反対にオルコットは現状打破の術を探る。

状況は圧倒的に不利であり、戦闘技術も経験も相手の方が上である。

 

相手は理性ある獣だ。単純な罠も常識も簡単に食い破る。

勝てる見込みがないのだが、逃げることもできない。

 

もう分かっていたことだ、勝てないと。

だが、人は諦めてその現実を受け入れたときに敗北する。

だから足掻いたのだ。見苦しかろうと進み続けなければ死人と同じだから。

 

それでも雨は止まず、彼女の代わりに涙を流す。

 

 

だが、彼女にはまだ光が差していた。

今にも沈みそうな夕暮れの太陽。だが一際輝き燃えるような茜色の光が。

 

 

 

二次移行(セカンドシフト)が完了しました。確認ボタンを押してください』

 

オルコットの目の前に現れたウィンドウ。それを確認したオルコットは即座に押すとブルー・ティアーズに変化が現れる。

 

ボロボロだった装甲は新品の様に新しく。

壊れたBITもそれぞれ形がスマートに、数も8機に増えた。

傷だらけの銃身だったライフルも綺麗になり、新しい二丁のビームピストルが太腿に収納されている。

 

以前と全く違う機体なのにそれでいてどこか馴染みのある感覚。

 

 

「ここからが勝負でしてよ!」

 

ライフルからレーザービームが放たれる。それは以前よりも連射が出来るようになっている。

 

以前の比ではない弾幕だ。

それに回避されて的に当たること無く、観客席を守るバリアにかき消される筈だったビームが曲がって更に一夏を追い立てる。

それはBIT偏光制御射撃(フレキシブル)と呼ばれる技術で操縦者の適正がA以上、BT兵器稼働率が最高状態にある時にのみ使用可能な能力と言われている。

その射出されるビームそれ自体を精神感応制御によって自在に操ることができるという切り札にもなり得る能力。

 

そして一夏は徐々に被弾していく。様子がどこかおかしい。

よく見ると顔色が悪く体調に異変が出ているようだ。

しきりに頭を手で押さえ、呻き声が出ないように我慢している。

彼自身にも訳が分からないが身に覚えがあることは確かだった。

 

「痛えなあ。滅茶苦茶痛え。頭の中を内側からガンガンと叩かれてるみてえだ。一体何が起こってやがる」

 

 

ズキッと鋭い痛みが奔る

頭が割れるように痛い。こんな痛みは初めてだった

ナニカがこみ上げてるように自身の内で暴れているのだ。

 

 

疑問が生じる。

今まで考えつかなかった事だ。まるで思考を誘導されていたみたいに。

 

この慢性的に起こる頭痛。それは体質だと思っていたが、昔はそんな事が無かった筈だ。

 

では何故だ?

そういえば、酷く自分を傷つけたく、殺したくなる時がある。

その酷く不快な感覚を感じる様になったのはいつだろう?

 

たしかそれはあの()()された夏の日だった筈だ。

 

 

 

記憶の奥底、深い深い海底にかつては日の光を浴びて悠々と浮かんでいた船たちの残骸が山積みになっている

 

そんな中に、ひときわ輝く宝箱が一つ

 

それは鎖で縛られ、決して開く事が出来ない様になっていた

だが、その鎖は錆びついて脆くなっている

少しの衝撃で壊れてしまうことだろう

 

 

彼の目前に一つのウィンドウが出てくる。

 

『想起が一定値を超えたため最適化処理を行います。』

 

私を受け入れて(思い出して)くれますか?

 

答えは知っていたかのように考えるまでもなく自然に口から出てくる。

 

「ああもちろんだ」

 

答えを返すとウィンドウは閉じられ、視界に無数の数字が流れる。

 

 

『e38193e3828ce381afe9818be591bde381aee7a59de7a68f

 

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一方管制塔は大混乱のまっ最中であった。

なぜなら白式の行った進化。それは今初めて確認された事象であり、過程も理論も分からなかった。

更に異常事態の種は蒔かれる。

一夏の乗る白式をモニタリングしていた真耶は叫び声に近い声を上げ現状を報告する。

 

「織斑先生、これを見てください。白式と織斑くんのシンクロ率を測定していたのですが、90台を越えた後測定不能になりました。こんなこと前代未聞ですよ、今日乗ったばかりの機体だというのに」

「更にISのプログラミングが物凄い勢いで書き換えられており、リミッター…通称〈首輪〉と呼ばれるもののプロテクトすら破られました。それで止められなかった以上如何にもできません」

 

その内容に千冬は驚愕する。

 

「あの〈首輪〉はISの生みの親の束が直々に作ったものだぞ。それが破られたら確実に一夏は潰れてしまうだろう…ISの意志に塗り潰されて何人の人が廃人になったか知っているか?山田君」

「すいません。その話は噂程度にしか…」

「そうか。実際に稼働実験中に精神崩壊などの心的な障害を多く患った者たちの数は2000人にも及びそのうち100人強が自殺したんだ」

「そんな…」

 

突如ピーッと危険を伝える音が鳴る。急いでモニターを見るとISに掛けられているいる性能的なリミッターや封印されたISの特殊な機能のリミッターが外されていく。

 

「不味い、ISが織斑くんに精神干渉をはたらいています。どうしたらいいでしょう?」

「緊急停止信号はどうだ?」

「ダメです。こちらの命令を受け入れません」

 

キーンという産声のような音が聞こえると白式に関するウィンドウが全て閉じられた。

白式だったものからはもう情報は得られない。

 

 

 

キーンという耳障りな音が聞こえて観客は耳を塞ぐ。

しかし、彼には心地よく聞こえたみたいで先程までの病人の様とは反対に生き生きとしている。

 

 

白式の装甲の隙間から光が溢れ、全体を覆い隠す。その卵の様な白いエネルギーの球体に罅が入り、異質な姿が目に映る。先程までの機械特有のシャープな装甲は菌の入りこんだ傷口のように膨らんでいる。

 

その殻を跨ぎ地に足を着くと、その弱い振動が全体に広がり歪な装甲が硝子の破片の様に辺り一面に砕け散る。

それは到底ISと呼べるモノではなかった。先程の機体よりも一回りも、二回りも小さく、身長が高い大人ような大きさしかない。

だが、それよりも目に行くのは腕部や足にある引き締まった()()だ。大部分が黒い人工筋肉で覆われ、金属の装甲は少なっている。それはとても人間味のある肉体だった。

先程の真っ白な装甲とは真逆の漆黒。

更に筋肉の鎧の上に破片となっていた白い装甲が集まり、金属の鎧が出来上がる。

 

 

「ああ、とても馴染む。重しが無くなったみたいだ」

 

 

一夏の中には先程までの痛みは消え失せた。そう己を縛っていた拘束から解放されたのだ。

代わりに何か優しいモノが生まれた。いや、沈んでいたものが浮き上がってきたのだ。

 

だが今は押さえつける。

戦場に戦士として立っている一夏は万全の態勢で相手に挑むからだ。

 

 

「待ってろ。あと少しで終わらせる」

「私はまだ戦えますわ。甘く見すぎないことね!!」

 

その独り言をオルコットは挑発として受け取り、攻撃を再開した。

だが、当たることは無い。余裕の表情の浮かべる一夏は高周波ブレード〈徒桜〉を鞘に納められた状態で呼び出す。

そしてこの試合で始めて感情を籠めた声を上げる。

 

「いくぞオルコット。死んでくれるなよ!」

 

そういって一歩踏み出した瞬間、稲妻が迸る。

パチパチと紫電を纏い地を駆ける一夏。

 

その瞬間的速さはISの中で一番だろう。

幾らオルコットがビームを放とうが掠りすらせず足止めもできない。

 

急いで後退しようとするが目測で10mほど前で左手に鞘を握り、今にも抜刀できるよう右手を柄に掛ける一夏の姿が見える。

それは死神が鎌を構えて命日を告げるようだ。

高周波ブレード独特の甲高い音と一緒に()()()()振るわれアーマースカートが斬り落とされた。

濃厚な死の気配にむせ返り、胃液が逆流し喉を焼きながら口腔を不快な酸味で埋め尽くす。

だが決してその吐瀉物を吐き出しはしなかった。

それが彼女の小さな抵抗で精一杯出来ることだった。

 

その後は一方的な試合。

何度も切り刻まれてBITも潰された。

自分の得物は踏みつけられぐにゃっと折れ曲がった。

慣れないショートブレードもスパッと真っ二つに斬り捨てられてしまった。

 

無抵抗なオルコットはSEが無くなるまで斬られ、蹴られ、地面に叩き付けられた。

最後の突きの技の時に隠していたミサイルピットで悪あがきをするが無駄に終わり、敗北した。

 

試合後、オルコットは左目が潰れ、左手が使えなくなってしまった。

傷が治るころには彼女は本国に帰ったそうだ。

 

 

 

夕焼けの太陽は一際輝いた後に沈んでいく。

それが常であった。

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